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是鷹おじさんとぼくたち

初回掲載:2026年7月2日

登場人物

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《終話 プロローグ》

「君がいるから面白い」

「は……」

 彼の目の前には屍骸の山だった。それも燃えている。燃えていた。屍骸が。さっきまで生きていて、動いていた人々が。声も聞いた。会話もした。その人々が。沢山。大勢。山と積まれた屍骸の。山となって燃えている。

「あああぁぁぁっ。私はっ。私はちっとも面白くないっ。いいや。面白い面白くないなんて問題じゃないっ」

 周囲の建物も燃えている。自分の傍には、この世界の次代を担う若き王太子も倒れている。けれど四肢があらぬ方向へ曲がり、腹は大きな黒い剣が貫いていた。これも屍骸なのかもしれない。

 その中において。奴は微笑んでいた。この全てを遣って退けた張本人。奴は穏やかに笑っている。その理由は、まだ奴の目の前に自分を楽しませてくれる存在がいるから。だから心底、歓喜していた。

「こんな事をして……。こんな。こんな事を……私に齎して。タダで済むと思ってるのかっ。レゼッタ・ガレジィートェッ」

「大したことはしていないよ。自分でできることをしただけだからね、ルートヴィッヒ・ランベルセ。僕の想いはこんな事くらいで成就はしない。もっともっと彼女のために。願うは死だよ。死んでもらうんだ、愚かな生命には」

「ふざけるなっ。他の生命を殺して叶う願いなんて、ろくな結果を招かない。いいや。他者の生命と、己が願いの間に関係性なんか無いっ。お前の行為そのもの、無意味だっ」


 曾て。天界が一人の邪悪によって一夜にして滅んだ。


 無論。史実として滅びはしなかった。今も天界は存続しているし、天界歴書にも今から四百年前に起こったこの天界大戦については「天上は滅びかけた」と、なっているだけだった。

 しかし。一人の天上人にとって。あの日に滅んだも同然だった。

 目の前の惨状。天上界を統治していた王、その補佐官。そして多くの天上界を守護する兵士、術使い。それらが皆、惨殺された。彼らは皆、強かった。天上どころか、あらゆる弱き世界の守護をも司る最強の戦士、兵団だった。だから邪悪のひとつがやって来たくらいで、彼らが、世界が、こんな事になるはずはなかった。

 しかしそれが。それがそれが。歴代随一の強力な現王が殺され、自分に様々な神術を指南し授けてくれた上司、天界王補佐官も殺されてしまった。これは。現実なのか。

 この炎の山の天辺で、炭となっていく彼ら。王が敗北した。上官が負ける。そんな。そんな莫迦なことが。

「ルートヴィッヒ。君は天界王であるシンフォリュースからも、その補佐官ローレンス・ウォルシオムからも、次代を託せる優秀な天上人、生命だと聞いているよ。ならば強いはずだ。そうだろう。剣技も神術も、彼らから認められている。それなら僕にとって不足は無い。だから。君がいるから面白い」

「ふざけるなっ。私達はお前のような邪悪と戦うことを死命としている。命懸けで挑むしかないんだっ。面白くてやってなどいないっ」

「そうなのかい? 自分の命を守り、強さすらを心行くまで味わうこと。それを楽しみに出来ないのかい」

「必死だっ。自分の命を守ることも、周りの生きとし生ける者を守ることも、お前のようなふざけた奴から護ることに必死なんだっ。強さに興味なんて無い。ただ負けられないっ。ただそれだけで戦っているんだっ」

「ルートヴィッヒ・ランベルセ」

 微笑んでしゃべっていた美しき白き邪悪は、ふと表情を消した。

「……君は。随分と無駄なことに時間を割いて生きているね……」

 声色も声量も落ち、それから小さく息を吐いた。

「他を護る。我が身だけならば納得がゆくことだ。でも、いざそれを他者へと向ける。それが如何に虚空を仰ぐと等しいか。ルートヴィッヒ・ランベルセ。聡明なはずの君が、それを如何様に無駄なことであるか。それが理解が出来ないはずはないだろう」

 その言葉の直後。白き邪悪は手にしていた紫の透けた水晶で出来ているような剣を目の前に、面白いと言っている者へ向けた。

「もしも。その理解に到達できていないのなら。僕が改めてそれを教えてあげるよ」


 これより三昼夜。最強の妖魔・レゼッタ・ガレジィートェと、最強の神術使いルートヴィッヒ・ランベルセは天上界の空で激しい戦いを繰り広げた。

 天上界の術使いは、邪悪な白い妖魔の言う通り、次代の最強の戦士としてよく戦った。そして最終的に、奇跡と偶然をも味方につけ、天界からその邪悪を見事退くことができた。この結末は本当に奇跡的なものであった。

 しかし彼のその後は散々たるものであった。彼、天上界一の術使いルートヴィッヒ・ランベルセに助力を与えてくれた友らも含め、彼らは自らの生命力そのもの、つまりは寿命の大半を戦いの中で消失してしまった。そう。生命力すらもほとんど使い切ってしまった。本来、ルートヴィッヒなどは未だ成人して大して刻が経ってもいない若き天上人であった。けれどその容姿は年老いた者へと変化。天上人の姿が老年に変わるという事は、最早、寿命が残りわずかという表れだった。彼にはまだ幼い二人の子供と、歳の変わらない若い妻がいたのだ。それがこの大きな戦いを境に、帰還した場所には老人と若い妻、そして幼子のいる顛末となった。

「あの……あの莫迦妖魔のせいで…………こんなっ。こんなっ。おじーちゃんになっちゃったじゃないかーーーーっ」

 天上界の主を失い、上司も殺され、世界そのものもほとんど滅ぼされかけた中に残されてしまった天界第三位の地位にいたルートヴィッヒ・ランベルセ公爵。確かに彼は生還することができた。生きて帰ることは叶った。しかし彼に残されたものは、自力でなどでは到底、乗り越えられない、甚大で悲惨な天上界の有り様だった。天上界の王太子は、最強の妖魔によって瀕死の状態へと追い込まれたが、幸いにも命は助かった。しかし王子も命を繋ぐ事が精一杯で、大きく損傷した天界を導ける状態ではなかった。

 ゆえにルートヴィッヒがその代役を負わねばならなかった。王太子が動けぬ今、天界王補佐官代行の身であるルートヴィッヒ・ランベルセ公爵。天界王家の血も引いている彼が。

 だが彼とて、上司である天界王補佐官からその役割を教授されている途中であった。だから天上界の舵取りなどという大事は、彼自身も未熟であった。しかしやらねばならない。天界王家の血を引き、唯一残された高官。体が老いたからと言って誰も待ってくれはしなかった。

「私に何を残してくれたのさ……」

 途方もない絶望と無力感。それ以外は何も考えられなかった。と、思われたのだ。が。

「あの大莫迦妖魔。絶対に、絶対に絶対に。ずえぇえぇーーーったいに、許さないっ。いつか血祭りに上げてやるっ」

 ルートヴィッヒ・ランベルセは、むしろ我が身に起こった全ての不幸をバネに、王太子が世界の王へと立てるまで、政務と実質天上界の守護者として全力でその務めをやり抜いたのだった。


「君がいるから面白い」


 一方。幾つもの世界が存在し、その頂点たる天上界を滅ぼす寸前までに追い込んだ最強の妖魔・白き妖魔レゼッタ・ガレジィートェ。彼はルートヴィッヒ・ランベルセの力の前に、天上から退かざるを得ない事とはなった。だがその後も彼の本来の役目、最悪神リドールの腹心として暗躍し続けていた。

 天上界をたった一人で壊滅寸前まで追い込んだ妖魔である。それを悪神は手放すはずもなく、但し、天上界の壊滅作戦でレゼッタ・ガレジィートェも深手を負っていた。その傷が癒えた後、次回は入念に準備を調え、更に戦力をも加えて再び天界へ戦いを挑んだのだった。

 次の開戦は先の大戦より四百年経った、現代、だった。

 もうこの頃には、ルートヴィッヒ・ランベルセは己が保持していた天界公爵を手放し、彼の息子がその地位と家督を継いでいた。彼の息子パルティシオン・ランベルセ公爵が、現在の天界王補佐官となり、曾ての大戦で瀕死の負傷から復活を遂げ王位を継いだ現天界王を盛り立て支えていた。

 そこへ再び、最悪神とその腹心が、天上界に対し闘いを仕掛けたのだった。

 だが今回の結果も天上界の勝利に終わった。現王は風を司る神でもあり、その補佐官や側近の中で特に強き戦士を「風の傍仕え」と称し、彼らと共に最悪神を迎え撃った。勿論、最悪神側も、白き妖魔をはじめ、人間ながらも甚大で強大な魔力を有する本来は邪神の仇である大地の神の継承者・紅の魔道士、そして史上最強と云われた魔王をもって闘いへ挑んだ。だがこれもまた、天上界を窮地へ追い込むも、風神とその側近らの底知れない神聖な力によって打ち破られた。

「おのれっ。天界王めがっ」

「莫迦の一つ覚えの台詞。もう二度とボクは聞きたくないです。……退け、滓がっ」

 こうしてあらゆる世界が悪の手から救われたのだった。


 この戦いによって、レゼッタ・ガレジィートェという妖魔も、最悪神の呪縛から解放される結果を迎えた。彼は悪神によって遠い昔、呪いを受け、大きな憎悪を駆り立てられ悪行に走らされていた存在だった。


 ゆえに呪縛からの解放。それと共に。

「……覚えていないんだよ。その殺意というものを」

 それを聞いた彼に恨みのある者達は激震が走った。

「あの当時の事は、全部、覚えていないんだ。確かに記憶はしているよ。頭の中に浮かんでくる。しかし多くの生命を拷問をし殺害をした、その行動を自分がしていたという実感がまるでない。僕の懐いていた憎悪がリドール神の邪悪な力に中てられ、僕は憎悪と邪悪の為に動かされる生命になっていた。そこで大勢を虐殺をしていた。けれど邪神の呪縛が解けたのと同時に僕の懐いていた憎悪も消え、それと共に悪行動を取らせる僕の中にあった原理も消えてしまったようなんだ。だから原理を失った僕は、邪悪の力に中(あ)てられる前の僕に戻っている」

 つまり。この人にとって「なんて事をしてしまったんだーーーっ」という気持ちがさっぱり無かった。分かりやすく言うと、酔っ払いが「覚えてません」と似たような状態に近い。

 しかもこのレゼッタ・ガレジィートェという妖魔は元がとても善良だった。

「本当にすまないね。やってしまった事は変えがたい事実。ただただ謝罪の念しかない。僕を殺して気が済むのであればそうしてくれて一向に構わないよ」

 しかし、である。

「お前を殺したところで誰も戻っては来ないんだよっ」

「そうだろうね。けれど恨みは晴らせるんじゃないのかい?」

「はっ? あのね、お前は自分のやって来た事に自覚が無いんだろうっ。シンフォリュース様を殺したこと、ローレンス様を殺したこと。そして私をこんなおじーちゃんにした事にっ」

「うーん。憎悪そのものが思考していたような状態だからね。今の僕なら、ルートヴィッヒ・ランベルセを殺したいとか、君の上司たちを虐殺したいとかは一つも思わないよ。うん。思いつきもしないよっ」

 にこやかに、そしてこの世のどの生命よりも澄んだ聡明で清らかな紫色の瞳をした美麗の妖魔は、かつての好敵手へそう言い放った。現在の世の中で、これ以上の善き心の持ち主はいない、と誰もが実感するほどだった。善良だった。善人だった。

 そうした生命ですら、悲劇に見舞われれば、憎悪を抱く。おそらくあの事態――恋人が虐殺され、二人の間の子供も殺された(でも実は生きていた)――は、憎悪を抱かない者などいない、というほどの悲劇だった。そこへ最悪神が、彼の憎悪を抱いた心をさらに強化する為の力、負の力を送り込んだのだ。レゼッタ・ガレジィートェはそれによって憎悪の塊となり、自らの復讐と邪神の為だけに生きる生命体と化されてしまったのだ。

 それが元の善人になって帰ってきた。こうした場合、一体、どうすれば良いのか。

 悪人前 → 「なんと素晴らしい妖魔界の王兄殿下様(尊敬の眼差し)」

 悪人真っ最中 → 「なんと残忍で恐ろしい白き妖魔。殺さないでくれっ(恐怖の眼差し)」

 悪の心からの解放後

  ↓↓↓

「なんと善き方。言葉を交わしただけで、こちらの心が洗われるようだ」

「このように一点の邪念も無い方は、数多ある世界にそうはいない」

「御戻りになられたレゼッタ様は、やはり心が聖(きよ)き方。還って来てくださりありがとう」

 (上から安穏の眼差し、敬意の眼差し、期待の眼差し)

「あー。もー。今のお前を、ぎったんぎったんのけちょんけちょんにしても、もう私の方がただの殺戮者とか聖人殺しに見えるんだよっ。だから、もういいっ」

「いいのかいっ!?」

「よくないっ」

「ん? どっちなんだい?」

「むっおぉぉ~~~っ滅ぼしたいぃぃぃ~~~」

「うーん。君が僕を殺すことが拙(まず)いのならば……。そうだよっ。僕がここで自ら命を絶つのはどうだろうっ。それで気持ちが晴れやかになるのであれば、君の為に今この場で絶命するよっ」

「だーーーかーーーらーーーっ。よっく、のわあぁぁぁーーーーーいっ」

 ちなみに。ここは天上界王宮の大広間。現在、天界王主催で各世界から王族や、その世界の代表や貴族などを招いた晩餐会が開かれていた。

 そんな大勢の前で、前天界公爵ルートヴィッヒ・ランベルセ大閣下と、妖魔界からやって来た王族レゼッタ・ガレジィートェ王兄殿下は、幾年ぶりに顔を合わせた。そしてレゼッタ王兄殿下から「やあ、ルートヴィッヒ・ランベルセ。息災かい?」と、穏やか極まりない微笑みで挨拶を大閣下は受けたのだ。その結果がこれであった。

 ゆえに、方々から「なんてことでしょう。あのようなお美しくもお心清いお方が自害を!?」とか「ルートヴィッヒ閣下は、厳格で冷徹な采配を揮い、内政を取り仕切られていたお人ゆえ。外事に関しても特別厳しい事を各界へ御申しつけされたのでは?」とか。

 はっきり言って、見た目が凄く良い、非の打ち所が一つとしてない完全無敵の美麗、尚且つ性格が善良なレゼッタさんと、天界を立て直すためにめちゃめちゃ厳しく自他共に高いハードルで天上界の運用に挑んでいたルートヴィッヒ様(見た目は普通に良いけれどレゼッタさんにはやっぱり劣る)では。周囲の評価がこうなってしまうのであった。世の中、顔と性格である。

「なんなの、なんなの、なんなの。んっさあぁぁーーーーっ」

 そして遂に天界の大貴族、ルートヴィッヒ・ランベルセ元公爵大閣下の堪忍袋の緒が切れた。

「お前ねっ。私よりちょこっと顔が良くて背が少し高いからってねっ。許される事と生かしちゃおけない事があるってわかってるのっ」

「んんん? ルートヴィッヒ。確かに僕は君よりも顔の造形が繊細で良く整っているし、背丈も高い。でもそれは、ちょこっとや少しでは無くて、わりと差があるよっ」

「なっ。ななななーーーーーーっ。なんだとぉぉーーーーーーっ」

 この会話に周囲は騒然。閉口。更に緊張感が走った。まさに天界大戦Vol.3 開戦前夜といったところだった。

 しかし、レゼッタさんは常に澄んだ清い紫色の瞳でルートヴィッヒさんを見ていた。善良な心の生命、確定。一方。ルートヴィッヒ閣下は、今ここで邪神が復活した場合、負の心を増大させられ憎悪の塊になりかねないほどの大激怒をしていた。

「ちょっとちょっとちょっと。ルートヴィッヒおじさん。もう、どうしたんですか~。せっかくのパーティーなのに、そんなに怒って~」

 そこへレゼッタさんとはまた別に、温厚と柔和な微笑みを湛えた可愛らしい顔立ちの青年がやって来た。白金色の柔らかな髪をした、高貴な雰囲気を纏った人物だった。

「みんなも見てますよ~。それに結構ひいてますぅ~」

 にこにこと割って入ってきた青年は、この状況を知ってか知らずか、胸の辺りで両手を広げ首をふるふると振った。

「坊っ。私はもうこの大莫迦妖魔を滅ぼすべきだと思うよっ。大体、君だってコイツにお腹を刺されたり、父親を殺されたりしたんじゃないの? それなのに、どーーーして、気楽に晩餐会へ呼んでるのさっ」

「え? でももうボク、今は元気ですし。パパが死んじゃったことは、とってもとっても……うう、悲しいですぅ。びえーん」

 青年は笑顔を引っ込め、唐突にべそを掻き出した。

「ほらっ。悲しいんでしょ? その根源はコイツの悪の所業なんだよっ」

「あ、でも」

 だが。いきなり青年はべそを中止。

「今のレゼッタさんは悪い人じゃないですし。パパもレゼッタさんが本当は悪い人じゃない、今は邪神のせいで悪者にされちゃっていて、その大元の邪神を倒せないでいた自分が不甲斐無かった、悪いのは天界王であるにも拘らす邪神に力が及ばない自分だ、って昔から言ってました~。それに兄さんたちや弟も、レゼッタさんのことを許してるから~。ボクも、もう別に怒ってないですよ」

「ちょっとっ。なんなのっその弱気な言い草っ。コイツが天界を滅ぼしてくれたお陰で、私がどーーーーーれだけ苦労させられてきたのかっ。どーーーーーーーーーれだけ大変だったかっ。もうっ。天界王なら、まずは私を労うとかないのぉーーーっ」

「えー。でもでも。天界王だからこそ、ボクはあらゆる生命を見守り、心に寄り添い、心を砕いて、全生命のため、善き風を吹かせたりしているんですよ~。おじさんだけ特別扱いは出来ません。えっへん」

「はぁーーっ。な、なななんなのっ。なんなのさーっ」

「うんうんっ。素晴らしいねっ天界王陛下っ。さすがあらゆる世界を見守ってくださる偉大なる天上界の王っ。風の神だねっ」

「でっしょ~。そうでしょ、そうでしょ。わかってますね~レゼッタ・ガレジィートェは。ほら~。おじさん。こうしてレゼッタさんも、今やこ~んなにもすごくきれいな心の生命なんですよ~。それを自殺に追い込もうとするなんて。ましてこんな公衆の面前で。もう~ルートヴィッヒおじさんの方が最低でっすよぉ~」

「くぅー。なんなの、坊はっ。昔から可愛げの無い、バカ王子で、何度何度も同じところを勉強させても、ちーーっとも覚えない挙句、面倒だけど仕方なく付きっきりでやっとまともに字が書けるようにしてやった恩も忘れてっ。レゼッタ・ガレジィートェの味方をするなんてーーーっ」

「あっひどいですぅー。ボクをバカ呼びしてーっ。お勉強だって、ルートヴィッヒおじさんの下手くそな教え方が全部わるいんですよーだ。ボクは元々、おりこうさんだったんです。パパだって、坊はおりこうだな~って言ってたモン。それなのに、バカ王子呼ばわりしてっ。ひどすぎですーーーー」

「バカにバカって言って何が悪いのさっ。あー。もー。この世の中でレゼッタ・ガレジィートェを賛美讃頌する奴なんてねーーー、全っ員っ、大莫迦者の偽善者なんだよーーーーっ」

「なんですかーっ. レゼッタ・ガレジィートェは今はもう善良で善人なんですよーだ。それを見て分からない、コンコンチキの分からず屋で昔のことに執着してるルートヴィッヒおじさんの方がしつこくて執念深くて性格が最悪ですぅ~」

「はぁーーっ!? 何なのっ弱虫泣き虫の仕事サボり魔の天界王のくせにっ」

「ボクは仕事をサボってなんかいませんよーだ。今やろうとしたその瞬間に、補佐官のランベルセが『何サボってるのですか、アンタは』って来ちゃうんですよーだ。それもこれも、ランベルセがおじさんの息子だから性格が悪いんじゃないですか~。あーもー、これだから。ランベルセ家は揃いもそろって、み~~んな性格が悪くて困っちゃ~~う」

「……んなの。なんなのさ、その言い草は~~~~~~~っ」

 天界大戦を己が命を懸けぎりぎりなところで喰い止め、それよりおおよそ三百年もの間、老いても尚あらゆる生命の為、護るべく世界の為、歯を食いしばり生き抜いてきた元天界王補佐官ルートヴィッヒ・ランベルセ大公爵閣下。

「へ? あ。えーーっ。お、おおおじさんたら。な、なななんでここで、そんな大神術を使おうとするんですか~」

「んんん? ルートヴィッヒ・ランベルセ。どうしたんだい? ここには君がそんな大きな力を使って滅ぼさないといけないような悪者や邪神はいないよ」


 現代に至っては、未だ殲滅することが出来ず何処かに潜む最悪神が在るとはいえ、世界は概ね平和で安穏であった。そんな世において、彼もまた残り少ない余生を穏やかに暮らすべきと自他共に思っていた。


「あわわわ~。ちょっとちょっと、ランベルセッ。お前のパパを止めてよ~。おじさん、急に怒り出しちゃったんですぅ~。このままだと王宮が滅亡しちゃいますぅ~~」

「は? アンタがまた要らぬ事をおっしゃったのでは」

「ボク、悪くないモン。ねぇ」

「陛下は特におかしな事は言っておられなかったよ」

「これは証拠不十分ですね」

「もうっ。そんなことはいいですぅー。とにかくなんとかルートヴィッヒおじさんを止めてくださいーーー」

「無理でしょう。天上界一の神術使いを誰が止められるんです? こうなった結果を招いた者が止めろ、としか言えません。無論。家族であってももう無理です。以上」

「そんなーーーっ」

「ルートヴィッヒ・ランベルセッ。そんなことをしていないで、このイゴというゲームでもしないかい? 最近、ニンゲン界のゲームを色々教えてもらったんだ。かなり面白いよ」

「わーわー。もうっ。レゼッタさんたら、今はそんなこと言ってる場合じゃないですぅ~~っ」


 かくして。


「うっるさぁーーーーーいっ。私に対する数々の無礼な口ぶり、言葉による狼藉っ。ぜーーーったいに許さないからっ。くらえっ」


 各世界の国賓を招いての天界王主催の晩餐会は、天上界一の術使い、それはすなわち神術、魔術、妖術に呪術、霊術、というあらゆる特別な術や法を操る事のできる者の頂点を意味する者。それすなわち、数多ある世界の、その中の一番の術使いであるルートヴィッヒ・ランベルセが放った激怒の一撃によって。天界王の宮殿が木っ端微塵に破壊され自動的に閉幕となった。


「うわーーーん。ルートヴィッヒおじさんのバカーーっ。もうっ。ボクん家、壊れちゃったですぅーーーっ」

「はぁ。しかし、まあ。私としては、困った親とヤバい上司に何とも言えません」

「うーん。ルートヴィッヒは、イゴではなくて、ショーギの方が好きだったのかい? そちらの方を提案した方が良かったのかな」

 しかし。勿論、この結果。ルートヴィッヒ・ランベルセもただで済まされるはずも無かった。

 どんな理由があっても、一応、王様のお家を壊して、各世界の王族方などを危険な目に遭わせてしまったのである。

「父上。陛下から、しばらく天上界から出てって欲しい、と言われました」

「なんで~?」

「なんでも何も。陛下は自分の家を壊されたからという事と、楽しいパーティーをメチャクチャにされたことに御立腹。だから顔も見たくないそうです」

「ふ~ん。自分でその原因を作ったのが悪いんじゃないの? 特にレゼッタ・ガレジィートェなんかを呼んだからさ。分かってないなぁ~」

「しかしそうは言っても。事情をよく飲み込めずにいらっしゃった各世界の要人の方々へ、私は陛下の名代として毎日、謝罪へ回っているのです。外事局の局長でもありますゆえ。その時に謝罪文句に『ランベルセ元公爵の不躾な振る舞いにより不快な思いと、命に関わるような事態に遭遇させてしまい、大変申し訳ございませんでした』と、言って回る始末」

「も~。なんなのさ、坊は。人のせいにしてーっ」

「しかし、事実は事実。天界の本神殿、王の居住宮を全壊させたことに変わりはありませんので」

「でもさ。別にそこにいた人は怪我人も死人も出なかったでしょ? それは私もちゃ~んと計算し加減をして、考えて術を使ったからだよ。ほら。私は本来、医者でしょ? だから生き物に危害を加える事はしないし、出来ないの。分かる~?」

「全く分りません。全然、そのようには見えませんので」

「も~なんなのっ。息子のくせに、親の仕事も生き方も分らないなんてっ。まったく親不孝だなぁ、君は」

「いいえ。貴方の方がよっぽどの親です。それはもう、生まれた時より承知していますから、別にいいのです。しかし」

「な~に?」

「陛下は、貴方への反省を促すため、天上界より追放をし、どこかで他の生命の為に働いて、その行動によっては天上界への帰還も許す。と、おっしゃっていました」

「は? 他人のために? この私が?」

「そうです」

「って、いつも世のため、人のために生きているじゃないっ。私ほど他の生命のために生きている優良な天上人はいないよっ。見て分らないのっ!!」

「知りませんよっ。そう王陛下がおっしゃっているだけなのですから。ですから。とっとと、さっさと荷物をまとめて、天界から出てけ、とのことです」

「もーーっ。坊の奴ぅーーっ」

 こうして。ニホンでいうところの一月十日。一人の天上人が地上、ニンゲン界その①の方へとやって来た。

「とりあえず、ここで一晩、何をするか考える」

 と、あるド田舎県の鄙びた安宿に籠ると。

 翌日には、とあるショウワ感がたっぷりある築六〇年の木造住宅を手に入れた。

「本当にこんな家でいいんですかい?」

「あ、いーのいーの。住めればそれで。住めば都っていうでしょ? それにこういう土地が欲しかったからさ」

「でも、もっと良い土地もありますけど」

「いいの。市街地で、それなりの広さもあって、となるとこういう感じが一番なんだよね」

「はあ、閣下がそれでいいなら俺はべつに。で、次は……」

「ここにクリニックを建設。設計図と必要機材のリストはもう出来てるから。あとは君のコネクションでふた月くらいで完成させてよね~。金なら出すから。もちろん、うちの子が」

「鷹一さんが、ですか? 自分じゃなくて」

「そうだよ~。だって、私は今は文無しだし。息子は札束一つしかくれなかったからさ」

「天下の西園寺財団が札束一個。まあ、当面は生きられそうッスけど」

「じゃ、私は今日からここに住むから」

「えっ!? も、もう」

「そうだよ~。掃除用具とか、生活に困らない道具は一通りあるんでしょ? なんせ夜逃げした家なんだし」

「そうっすけど……」

「いーじゃない。私がそれで良いって言ってるんだから。そんなことよりも、藤島。ちゃんと手配してよ、そっちの色々」

「分りましたけど。でも本来はこういうこと、興信所の仕事じゃ無いンすよ」

「もーっ。つべこべ言わないっ。マルガレーテ姉さんの息子なんだから、いちいちぐちぐち言わないの。君はさ、私の甥っ子なんだから。叔父貴の面倒ってのはみるものでしょ? クルマトラジロウという歴史上の偉人の甥っ子だって、ちゃ~んとおじさんの面倒、みてたじゃない」

「まあ、そうッスけど」

「しかも君は天界執行役。仕事の一環でニンゲンのフリをしてニンゲン界で活動してるじゃない。お陰で今のニンゲン界事情に詳しいし。丁度良いんだよ」

「でもですね。そンなら、実の息子の鷹一さんにしてもらった方が良いんじゃないンすか」

「あー。うちの子はね、私がこっちのニンゲン界で医者をやること自体を反対してるの。でもさ、私が医師の技術を学んだのって、このニンゲン界なんだよ。だからその恩返しと、天上人や妖魔、妖精なんかよりも非力で虚弱な生命体のニンゲンに、慈悲の手を差しのべようってワケ。これってすごい善業じゃない?」

「まあ、聞いてる分には大変ご立派な気が俺も思いますけど」

「でっしょ? それなのに、うちの子ったら私がニンゲン界に行って、余計なことをし、剰え、ニンゲン界に悪影響を及ぼす真似をされたら外事局長たる私が苦労する、とか言っちゃってさ~。もう。私のどこが他人様に迷惑が掛けられる天上人に見えるっていうの? パルティシオンも我が子ながらへそ曲がりだよね~。それとも遅れた反抗期っていうやつ~?」

「さあ。多分、言葉のまんまじゃないンすかね~」

 こうして。身分の高い者の間でよく行われるコネクションを上手く使い、ルートヴィッヒ・ランベルセ元大公爵閣下は、姉の息子に協力などを仰ぎ、己が身に起こってしまった不遇を着実に脱しようとしていた。


 それから二か月の間。現在のニンゲン界情勢や文化の知識を取り入れ、チキュウ上の言語の復習をし、必要書類を上手に作成、提出し、住み良い我が家(木造築六十年)をちょこっとリフォーム、その隣にはとてつもなく新品でちょっとおしゃれ風な小洒落たカフェのような外観をした街のクリニックを建設。北関東にあるド田舎県天川市に内科を開業させたのだった。名前は「西園寺クリニック」。医院長の名前は「西園寺是鷹」。

「元々はさ、うちの子がニンゲン界で財団を持つ事になったから、そこの名ばかり総帥になって欲しいって言われた時に作った名前なんだけど。ま、それをそのままスライドすれば面倒は無いでしょ?」

 と、本人は語った。しかし西園寺財団とは、個人資産で運用をしている財団だった。各団体に私財で金を掛け、交通や産業、それから文化面にも大きく貢献をしていた。その財団で一番エライ人。それが西園寺是鷹、となっているのだった。俗に言う大金持ち、資産家、だった。

「だからなんだよね~。このボロ家が必要なのは」

 本宅はド田舎県の県庁所在地・広瀬市に大きな屋敷を構えていた。しかしそんな所を出入りし、お医者もしてます、なんてことが知れたら。ただの身代金がうろついているように見えるもの。

「昨今のニッポンて、危ないんだよ」

 だから彼の普段着も、白い前開きシャツにラクダ色の腹巻と紺色のよれたスエットを穿き、ついでにおでこにハチマキをしめた。それから藍色半纏。

「父上……いえ。お父さん。さすがにそこはやり過ぎです。ハチマキはとってください。今時の大工さんもしてません」

「あ、そっ。五、六十年で時代はかなり変わるんだね、ニンゲン界って」

「ショウワとレイワは違い過ぎますから」

 こうして。

 三月三日の雛祭り。チラシ寿司と桜餅に世間が彩られる最中。ド田舎に、小さな街のクリニックがこっそり開業したのだった。

 これが是鷹医院長が地上にやって来た理由だった。


 しかし、である。

「へ~。こんなに洒落てるから、喫茶店かと思ったよ」

 開業早々のことである。

「そうじゃないよ。ところで三ツ橋さん。何でここに来たのさ。どこが悪いの?」

「いいや、別に。これと言って悪い所はねえよ。ま、血圧が高いから。その薬を出してもらおうかと思ってさ」

「は? じゃあ単に高血圧じゃない? だったらかかりつけの医者に行きなよ」

「あの若ぇねーちゃん先生じゃ駄目なんだよ。文句ばっか言って。しょっぱいモン食うなってうるせえし。だから行きつけの病院を替えようとしたとこなんさ」

「じゃ、ここじゃなくてもいいじゃない」

「まあ、通ってみてだな。気に入ったらここにすっぺ」

「は? 何なの、あなた」

「患者さまだよ~」

 ド田舎の街である。人口の六割が高齢者。そのほとんどが、様々な慢性疾患をお持ちだった。やれ高血圧、やれ脂質異常、それから糖尿病に不眠症、食欲不振、認知症まで。そういう患者さまが毎日のように、どやどや新しいクリニックを目掛け詰めかけてきた。なんせ、目新しい物好きの上に、日々の生活に代わり映えの無いド田舎である。そこへ小洒落た病院がぶっ建てば、格好の餌食、ならぬ話題の新スポット。加えて先生も一見おじーちゃんである。親しみも湧く。そのため小さなお子さまを連れたお母さまや、人生に疲れを感じた出社拒否になったサラリーマンまで、なんやかんやと来るようになった。

「医院長。ものすごく繁盛してしまっておりますわね」

「なにこれ。どういうことなのさっ」

 ランベルセ家から連れてきたニンゲン界の看護師免許を持つ侍女長、マーガレットさんも驚いていた。

 ちなみにランベルセ家は、天上界に邪神などが攻めて来たという緊急時や非常事態が発生した場合、救護支援を司る家でもあった。平時の屋敷に仕えている者達は、公爵様やお屋敷のために働いているが、いざ天上界が戦いに巻き込まれた時、ランベルセ家総出で天上人たちの救護、看護、医療に当たる役割を担っている。だからお屋敷勤めの侍女たちは、医術助手の手ほどきも受けているし、更にそれが嵩じて、ニンゲン界の高度な看護技術までをも学び、資格まで取ってしまう侍女も少なく無かった。が、その多くは単にニンゲン界ライフを送ってみたいわ、という理由の方が強いかも知れない。

 それなので、是鷹医院長は「患者なんてさ、たいして来やしないから。形だけでいいんで、マーガレット。少しの間、私のクリニックを手伝ってよ」と、公爵家の中で一番の古株であり、ニンゲン界の知識と良識のあるメイド頭へ元当主は看護師役をお願いしたのだった。だが思わぬ盛況っぷりに「ワタクシだけでは無理ですわね」と、なる有り様だった。

「じゃあ、どうするかなぁ」

 と、思案をするうちに。しかし二週間後には、ぱったりと患者さまが来なくなった。

「はー。良かった。ニンゲンが減って」

「まあ、そうですけれど」

 別段、医院長に思惑があった訳ではなかった。これはただ単に。

「父上。いいえ、お父さん。これは一体、どーゆーことですかっ」

「なにが~?」

「たった二週間で、どーしてこうなるのでっすっ」

 或る日。時折、父親(の行動)が心配で様子を見に来る息子が、スマホの画面を突き付けてきた。彼は天上界で要職に就くも、ニンゲン界でも諸事情により活動をしていた。その時は西園寺財団の実質トップであり、そこが支援をする音楽事務所の社長までもしていた。そんな彼である。様々なニンゲン界の情報にも精通している。その上、身内の、とりわけ「ウチの親ってヤバいよな」的存在が経営しているクリニック。その様子を放っておくはずもない。

 そして世はレイワ。インターネットという文明の利器により、世界中で様々なものが評価される時代となっていた。この西園寺クリニックもその影響を受けない訳がなかった。

 そして医院長は、天上界では怒りん坊ナンバー2と称される元公爵大閣下。幼少の砌はお女中、もとい、その頃はまだメイドの中堅だったマーガレット女史から言わせれば「ワガママでどうしようもない利かん坊」だったルートヴィッヒ氏である。

 さる医療系評価サイトによると……


『最下位・西園寺クリニック(内科診療)・天川市25件中 25位 評価★1.2

コメント:☆なんてつけたくない。でも付けないとコメントできない。

一言で最低 ★☆☆☆☆

コメント:オシャレな外観と内装だけど、先生サイアク ★☆☆☆☆

コメント:こういう人が医者やってて良いんですか ★☆☆☆☆

コメント:精神科に通うようになりました ★☆☆☆☆

コメント:ふざけるなっジジィ ★☆☆☆☆

コメント:ありがとうございました ★★★★★

コメント:はよ閉院 ★☆☆☆☆

コメント:なんで市販薬??? ★☆☆☆☆

等々……』


 その他、大手のクチコミ病院評価サイトやアプリにも、軒並み「サイテイ・サイアク」がずらずらずらりと。こうした結果を手にした西園寺クリニックである。ニンゲンが減って当然だった。

「でもさ。まだしつこく通ってくる近所の高齢者がいてさ。困るんだよね~」

「なんて物言いをっ。そういう方がいるからスズメの涙の診療報酬が入ってくるのでしょうっ」

「しかし坊ちゃん。医院長は入ってきた報酬を全て患者様へのおやつとして使っています」

「は? おやつ……とは?」

「だってさぁ~。近所のじーさんたちったら、お茶菓子を出せだとか、サービスが悪いだとかうるさいからさ~。それなら近所の和菓子屋にお菓子を自分らで買ってこいってお金を渡したの。勿論、私の分も買ってこさせてるけどね~」

「は? 患者に?」

「そう」

「糖尿病を患っている患者などに? 菓子を買わせて持ってこさせ、挙句、一緒に食べてると」

「そう。駄目?」

「ダメに決まってるでしょーーーーーがっ」

「どの辺りが?」

「貴方がおやりになっている全てですよっ父上っ!!」

「あっそ。うるさいなぁ~、パルティシオンは」

 以降。この西園寺クリニックへは、ご近所のおじいさんやおばあさん(医院長の口撃無効化レベルの人物)や、評判を見ないでふらっと入ってしまった一見客、カフェと間違っちゃった人、くらいがやって来るようになったのだった。


 なんと言っても。


「あのさ。不摂生して自己管理が出来ないくせに、薬を飲んだら血糖値が下がるからケーキに焼肉食べ放題って、何? しかも、そういうことをしたいから薬を飲んでるんだし、別にそれでいいじゃん、って開き直るのってさ、莫迦な考えだと思うけど。そういう身勝手な考えが、最終的に国を滅ぼしたり、健全な人たちの害悪になるんだよね。だからアナタに薬なんて出さないよ。どうしても欲しけりゃウチじゃなくて他所に行きなよね~」

 とか。

「ちょっと。アナタさ、頭痛がするって言っても。その頭痛、単に酒を飲み過ぎただけでしょ、話を聞く限り。今もすっごく酒臭いし。臭過ぎ。あのね。その頭痛はうちじゃないよ。治したいのなら、この天川市の山奥にあるホスピタルの方に行くべきだよ。あそこには正親さんっていう親切なカウンセラーがいるから。でさ。アナタみたいな酒乱がひとたび暴れ出すと、一撃必殺で止めてくれるよ~。その後はありがたい説教までしてくれる。そういう特別な治療を繰り返してると、酒なんて飲みたくなくなるから。あ、それから。ついでに桜町君というカウンセラーもいる。彼は手癖の悪い人間も改善してくれるよ。興味があるなら行きなよ。今、このデスクに置いてあったボールペン。盗ったでしょ? 返してよね。大体、使わないでしょアナタ。ボールペンなんて」

 とか。

 是鷹医院長は特に方針を変えるつもりもなく、★も一点台をキープ。そのまま爆進中だった。

 そんな素晴らしいクリニックがド田舎県天川市に開院したのであった。

  プロローグ・了

最後までお読み頂き、ありがとうございました。
※物語の結末に関するネタバレを含みます。

御礼いらすと&あとがき