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《第三話 天の歌声 クマ謳歌》(3)‐6
(六)
八月三十一日。
少しだけ秋めいてきたこのよき日。
「で。あたしのバイト代は? あれだけ働かされて、死んだり、なんだりかんだりで、しめて一〇〇億万円は払ってよね!!」
あたしは朝七時半に、森林公園の中央にあるアスレチック広場脇の遊歩道へ来ていた。そう、今回のバイト代の交渉の為に。
「な~んですかい、朝っぱらから。金の無心なんて、みっともないですぜ~」
朝日を浴びた大天使は、いつもながら燦然とした存在感でベンチに座って欠伸をした。
「ちょっと。なに、そのやる気のない態度は? 寝不足?」
「うーるさいですよ、新人。昨日は夜半まで、あのバカ貴族が下手なオペラを歌って踊って散々だったんですぜ。挙句に、夫婦ゲンカをして追い出されたボンクラ王と、それからユーディアが猫と爺さんを連れてきて、マタタビ酒と霞酒の飲み比べを始める始末」
「へ、へぇ。って、そのやる気の無さは、単に二日酔い?」
「マタタビ酒は後に残るのが難点ですサ」
「ふーん。ま、そっちの事情はともかく。問題は、あたしにバイト代を払うのか、払う気あるのか一〇〇億万円って事よ」
そうそう。もう、あれだけの目に遭わされたんだから。ここはビシーッと!! いい値を出してもらわないと!!
「けど、新人。アンタ、あれだけ報酬を払ったにもかかわらず、まだ足りないンですかい?」
「へ? どういう事?」
あたし、一円ももらってないんだけど……?
「おや? おかしいですねぇ。この前、紅の魔道士さんがホットケーキを焼いたからって届けに来てくれた時に、アンタの主に渡しておいてくれって給料袋をお渡しておいたはずなんですがねぇ。百万円の札束が入ったのを」
「えぇぇぇっ。ひゃーく、まーんえーんをーっ。しかもっなーんでカルスに渡しちゃうのっ。それってあたしには実質、支給されないのと同じじゃーんっ。カルスとリムズにお金が行っちゃったら、ボッシュートだよ、ボッシュート!! わーん、ひどいよーっ。あたしの頑張りぃぃっ」
どーりで、昨日の晩ゴハン。ハンパなくゴージャスな北京料理が、テーブルいっぱい並んでたわけだ。ダックに巨大エビのチリソース。至福の飲茶に黄金の極上烏龍茶。魅惑の杏仁豆腐。
あれがっ。あたしのお腹を満たしてくれた一品一品がっ。おっ給ーっ料―っだった、なっんってっ……。
「うぅ。ピンはねされた」
あたしは眩しすぎる朝日の中で本当に悲しい気分でいっぱいだった。きっと、あたしが二人に「お金出せっ」と拳銃を突きつけた所で、二人に勝てないのは明白だし。
はぁ。ただ働きか。
仕方が無いので、あたしは「ちょっとどいてね」と天使の脇に腰を下ろした。
そして、「これあげるよ」と、右手に持っていたビニール袋の中から、紙で出来たランチボックスを天使の前へ差し出した。
「なんです?」
「カルスがね、朝ゴハンを作ってくれたの。公園に散歩に行くねって言ったら」
「おやおや。これはまた。大層手の込んだモンじゃないですかい?」
「本当……」
可愛らしいピンクの箱を開けると、サンドウィッチが入ってた。
でも、その内容が。
ただの玉子サンドじゃなくて、白身フライの入ったタルタルソース風玉子サンド。勿論、買ってきたフライじゃなく一から衣をまぶし、お家で揚げたもの。次にハムとチーズの野菜サンド。これは生ハムとクリームチーズ、摘みたてレタスが手作りからしマヨネーズと一緒に挟みこまれている。それが一個ずつ並び、更に脇にはオレンジとグレープフルーツのヨーグルト添え。
うーん。これって。
「今度は弁当屋を始めよう」
これなら確実に儲かるっ。経営者として一山当てた方が良いねっ。第一、カルスがおべんと作って、それをあたしが売るって仕事なら死にはしないだろうし。うん、安全だし。
「アンタねぇ。相当、労働意欲があるんですねぇ」
「そりゃね。若いうちは苦労は買ってでもしろって言われてますから。決して、利益追求の為に言ってるんじゃないよ」
「ホントかねぇ」
しばし疑いの眼差しをこちらに向けてから、彼女は玉子サンドをゆっくりと食べ始めた。いつも通り、お上品にそして優雅に。
「ところで。アンタ、体の方はもう良いンですかい?」
「あ、体ね。おかげさまで。何もかも全部元気になったよ」
「そうですかい。そりゃ、良かった」
「うん。きっと必死の看病が効いたんだよ」
「看病ねぇ……」
そう。
あの後、あたしは。
「アンタははっきり言って死んでるンですがね。でも、死んだ人間リストには記載されていないから、生き返らせてやりますぜ」
と、言われた。死体の山の中で。ついでに、あたしのご遺体も椅子に座っている場所で。
「そして、ここに死んでる連中も。アンタに預けた青い石が無事だったおかげで、元に戻せますぜ。この人間達もリスト外で殺されちまったんですからね」
「そうなの? 良かった」
ふふん。それはホントに良かったよ。
あの青い石。
実は。
「それじゃ、石を出すんだね」
「うん」
あたしは鞘に収まっている輝星の剣を喚んだ。で、鍔の下を持って振る。
「あたしの心の中に、ねぇ。確かにそうかもしれないけど」
その鍔の部分にはめ込まれている碧い宝石の所から、青い宝石がコロッと出てきた。それを「はい」とゼンルへ渡す。
「でも、そんな事を言ってくれちゃったおかげで。あたしってこんなんなっちゃってるんだよね」
はぁ。もはやスプラッターだ、ノノコ。あ、でも、記念に一枚撮っとこう。なはっ。
「まぁ、そこは謝りますがね。まさか心臓を抉るとは。アイツはそれだけ心ってモンが何か分かっちゃいないって事サね」
そうかも知れない。
心臓がこころ。そんな風に考えていたから、こんな死体の山を築く事になってしまったのだろう。
あたしは床一面の人達が一日も早く帰るべき場所へ戻れるようにと思う。
「ここの方々は、まず天界から何人か執行役を呼んで、この青い石の魂と体が合うように選別させなきゃなりませんねぇ」
ゼンルはそう言いながら、右手に鎌を喚び一振りする。一直線に緑の閃きが宙を斬ると、血と肉塊の海一帯に白い光りが降り全てを包み込んだ。
「うわぁ。皆、元に戻った」
次々に人の形が床の上に現われていく。その姿はパジャマのままの子どもから、スーツを着ている男の人、着飾ったホステスさんと様々。でも、その誰もが当然の事ながら、目を瞑り息をしている様子も全くない。
「それじゃ、後は石をユーディアに渡してやってもらうとして。アンタは別に、これから行って頂かないとならない所があるんですサね」
え? あたしは別?
「ちょっと。いつまでそんな写真撮ってるンですかいっ」
「なはっ」
ついつい、心臓の写真に熱が入っちゃって。でも、心臓に毛が生えるなんていったりするけど。それっぽいのって見当たらないもんだね。
「ん。てゆーか。あの、あたしのご遺体は? 心臓出っ放しなんですけど」
「それはしばらくそのまんまで良いンですぜ」
「は? あたしだけ、こんな無残なままなの?」
「アンタは特別。とにかく、まずそのカメラはしまうんだねぇ。それから、体の中にとっとと入るっ」
「え? この中に?」
「そーさ。そしてアタシが良いって言うまで、そっから出てくるんじゃありませんぜ」
「自分の中から?」
「そーですよ。ほら、つべこべ言わず入るンだよ」
何でだ? でも、まぁ。今のあたしは死んじゃってるんだし。ゼンルの言う事を聞かないと生き返るもんも生き返らないかもしれないし。
「分かった。ちゃんと入ってるから、その代わり、あたしをちゃんと元に戻してよ」
「その為にするんですから。ほら、早く」
もう、強引だなぁ。これで生き返らなかったらどう責任取ってくれるの。
あたしは渋々、自分の体の中に入った。
でも、入った所で死んでるし。目も開けられないから、何か真っ暗の部屋に入った感じで何も見えない。
「それじゃ、しばらく。その中で寝てるンだね」
え?
くぐもって聞こえたゼンルの声がしたかと思うと。あたしは突然、意識が遠退いた。
「……って。何で。あたし」
眠くなっちゃうワケ……。
これって、生き返らせてもらったと言わず、むしろ、その逆なのでは?
「ねぇ……ねぇ。あたしって。……死んでない? 殺されてませんか?」
そう。
だって何だか。白くて、ふわふわしている所にいるみたいなんだもん。
なは~それにしても。ものすごくこのふわふわ。柔らかいね~。マルハチの羽毛ぶとん?それとも、ニトリの高級お手軽羽毛三点セット?
「……と。ちょっと、アンタ。何、寝ぼけてるンですかい!? ほら、離すんだねっ。そんな所を掴まれるとくすぐったいじゃないサ」
「だって~。ふわふわ~」
「こらっアンタ。本気で殺しますよ、そんな事してると」
「……へ?」
あれ? 何?
「なっ。あたし……」
すーはー。すーはー。
「生き返った……の?」
息、出来るし。
「そうですぜ。つーか、アンタ。いい加減、その手。離すンだね」
「へ?」
ふわふわが手からするりと離れ、あたしは目が覚めた。
「な……に。ここは!?」
そして目に飛び込んできたのは。
「なんで、目の前に地球が浮かんでるの!!」
そう。
目を開けたら映画館の大型スクリーンに映されたかのような、青くて透き通った大きな星がいた。数十メートル先に。
「面白いだろ。目が覚めるといつもそれが見えるンですぜ、窓から」
「はい? 窓から?」
「そう、天窓から」
「天窓!?」
あたしは何が何だかわからず、勢いで身を起こした。
「ここは……」
右を見て、左を見て、正面を見て。
「どこぉ……?」
四方に太い円柱の柱が立っていた。で、後は宇宙。の中であたしは寝ていた。でも、ちゃんとベッドの上だし。とっても快適なお布団だし。
そんでもって、目の前には銀のテーブルとイスが二脚。それから、直立歩行の格好の白い猫。が、背中の翼を使って宙に浮かびながら器用にお茶を淹れていた。
「って。何? この宇宙とおとぎ話と神話の世界がごちゃごちゃになってる場所は……?」
昔に流行ったSF映画? それともハリウッドの最新CGか何かを駆使した特殊映像? もしくは、あたしも遂にクスリで頭が飛んじゃったとか……。ストップ麻薬っ!! なのに。
「アタシん家、ですよ。ここ」
「はい?」
ベットの脇、右の下から声がした。
「家? ここ? 家なの?」
「そう。天界の」
「天界……?」
えーと、うーんと。それはつまり、あの、えーと。
「プレンティス様、お茶、はいりましたわよ」
正面の白猫がこっちを向いた。
あれ? この猫。どこかで聞いた声、なんですけど。
喩えるなら毅然としている女優のような面差し。まるで……。
「マリアンヌさん?」
「そうよ。もうお加減はよろしくて? 輝星剣士様」
「え、はぁ。なんか色々混乱はしていますけど」
「ふふふっ。それは良かったわ」
翼の生えた白猫はニコリと笑い、銀のお盆に湯気の立つティーカップを二つ並べてこちらへふわふわ飛んできた。そして、ベットの脇にふわっと下りると、あたしとベットの下にそれぞれカップを手渡した。
「もう、プレンティス様。どうしていつも床で本を読むんですっ!? 五〇〇年も前から注意してますでしょう。それから、お菓子もここで食べてはなりませんわ。散らかるし、本も汚れるし、天界図書館からまた怒られますでしょっ」
「う~るさいですねぇ、アンタは。ここにはけが人がいるンですから、少しは静かにしないとなりませんぜ」
「だったら、ここでお菓子を食べない事の方が喜ばしいことですわ。まったく、こんな事だから出戻りになってしまうのですわ」
「ちっ。うるさいですよ、ばあや。体にこのお茶、少し熱過ぎやしませんかい?まったく、猫のクセにこんなのいれるなんて度胸がありますサねぇ」
「そういう小姑みたいな事を言ってると、お顔に皺ができますわ。ほほほほっ」
……なんて言うか。
「あの、ホントに。ここは一体?」
あたしはおそるおそる、声が聞こえてくるベットの脇を見た。すると、そこにはベットに寄りかかり体育座りの姿勢をさせながら本を読んでいる見覚えのある天使がいた。そして彼女の周りには、大きさがばらばらの本が何冊か積み上げられていたり、ケーキの食べかけのお皿と、クッキーの盛られているお皿と、お煎餅の乗ったお茶請け用の木の器が所狭しと並んでいた。
はっきり言って、すごくばっちぃ光景なんですけど。
「おやおや、元気におなりですかい? 輝星の御方さん」
「いや、なんか。何とも言えない気分なんですけど」
「そうなんですかい? だったら、このお茶でも飲んで落ち着くといいですぜ」
天使は本を閉じ、積み上がった本の塔の一番上に乗せ、マリアンヌから渡されたお茶を飲んだ。
「ばあや。やっぱり熱いですよ」
「それではご自分でお冷まし下さいな。あたくしも多忙なんですから、お嬢様のお茶ばかり淹れていられませんのよ」
白猫は「では輝星剣士様、ごゆっくり養生なさいませ。お茶のおかわりはプレンティス様にさせてくださいね」と、言って部屋の右端の柱の所まで行き、柱の隣に付いている床から一メートルの高さの所に付いている金色の取っ手を回す。すると、そこから宇宙は割けて、取っ手から上下一メートルの所から扇形の光りが入ってきた。そっか。そこがこの部屋(?)の扉になってるのか。
「すごい家に住んでるね」
「そうでもありませんぜ。古いンですよ、ここは」
「でも、上に地球だよ。なんか落ち着かないんだけど」
こんなスペクタクルのお部屋は、あたし自身はどうかと。やっぱり日本人は自分の部屋からは松がみえないと。侘び寂びの世界だよ。幽玄建築だね。
「で。あの、あたしは何故こんな宇宙で寝ているの?」
「そりゃ、半分死体のまま地上に放置しておく訳にはいかなかったからですよ」
「半分死体? どういう事?」
「どうもこうもありませんぜ。アンタをあのまま地上に置いておいたら、魂と体が上手く重ならないから、天界で修理しようと持ってかえってきたんです」
「しゅ、修理って。あたしはロボット扱いなの!?」
まったく、失礼しちゃうよね。あたしは歴っとした人間だよ。あの死体を見ればよく分かるじゃんね。
すると、天使はひひっと笑い「面倒なお約束をしましたからねぇ」と、ため息まじりにもう一度笑った。
「美味い菓子のかわりに絶対アンタを守る。それが出来なかったら、契約不履行として抹消執行人になれ、それが紅の魔道士さんと交わした誓約でねぇ」
「ま、抹消執行人!? カ、カルスってばなんて大胆な事を」
「それだけ、アンタの事が大事ぃなんじゃないですかい? 愛ってやつですかねぇ」
「そ、そうかなぁ。むしろ、カルスの事だからあたしをダシにゼンルを抹殺、とか考えてそうなんですけど」
あたし的にはそっちの方がありえそうな気がする。
「まぁ、なんにせよ。そういう約束しちまったからには、アンタをしっかり治してから紅の魔道士さんや初代の所にお返ししないと不味いですよ。だから元気になって頂くまで天界に連れてきておいたのサ」
「そ、そうだったんだぁ」
そういえば、まだ体がだるい。少しだけ頭もぼーっとするし。
でも、体。胸の所を見る限り、心臓はもう飛び出してないし。つーか、元通りの体になってるし。でも、なんかあたしってレースふりふりのごわごわしているネグリジェなんですけど。これは誰のシュミ……? まさか、この天使の?
「と、ところで。さっきから色々不思議でいっぱいなんだけど。ここって、ゼンルのお家の……」
「アタシの部屋。ウチは狭くて余分な部屋が、いいえ、部屋はあるんですけどねぇ。どこも詰まっていて、人が寝られるのはアタシの部屋かマリアンヌの部屋くらいしかないんですよ。でも、あっちの部屋じゃベッドが狭くて。なんせカゴですから」
カ、カゴ!? カゴかぁ。ま、まぁ猫だから良いちゃ良いけど。確かにそれじゃあたしは寝られないね。
「っていうか、あのマリアンヌさんてホント、何者なの?」
「あれはアタシが子どもン時からずっとこの家に仕えている屋敷猫。まぁ、乳母のような教育係りというか、世話焼き婆さんのような変な女ですよ」
「や、屋敷猫? 猫さんだったの? マリアンヌさんて」
「そーですよ。アタシが嫁に出されるときも、心配だからってウォルシオムの家にまで付いて来ちまって。更に、アタシが天界執行役になるって言ったら、今度は自分も心配だから執行役になるなんて言って、挙句に本当になっちまいやがって」
「ツ、ツワモノ過ぎだね」
前々からスゴイ人だとは思ってたけど。マリアンヌさんて、猫でゼンルの乳母だったなんて。恐るべし、天界。あ、駄洒落じゃないけど。
「え、じゃあ。もしかして、あたしってば、ゼンルが寝る所を取っちゃってたって事?」
「まぁ。別にアタシャどこでも寝られますからね。ここだって快適なんですけど」
と言って床をコンコンと叩く。はぁ。ゼンルが床で寝てるってのも何だかなぁって気がする。でも、そんな所で寝ていたら、マリアンヌさんに怒られそうなんだけど。
「それじゃしばらくゆっくり寝てないんじゃないの? 色々あって疲れてるのに」
「別に。アタシャそんなに眠らなくても平気ですから。人間とは違いますからね」
「ふーん。でも寝るときはこんなびろびろなパジャマ着て寝てるの? 寝にくくない?」
「そりゃマリーの変装道具ですよ。まったく年甲斐も無くそんなものよく着ますサねぇ」
年甲斐の問題なのかなぁ? でも、マリアンヌさんのモノなら納得だね。持ってそうだもん、こういうの沢山。
「あ、それで。あたしってもう大丈夫なの?」
自分的にはすっかり元通りになってる気がするけど。見えない所でまだ故障中、じゃなくて。具合悪い所でもあるのかなぁ?
「アンタが自分で元に戻ったって思うなら、もう良いですぜ。でも、体から魂が抜けちまって死んでたんですから、もう少し休んだ方が良いかもしれないねぇ」
「そっか。なら、そうする」
だってこのお布団。すごーく寝心地が良いんだよねぇ。硬さといい、枕の高さといい。まるであたしの為にあるベッドじゃない? しかも枕の隣にはさわり心地がちょー良い、ふわっふわっのくっちょんが付いていて。これってとっても気持ち良いんだよねぇ。
すりすり。
「ちょ、ちょっとアンタ。さっきから人の翼をベタベタ触んないで欲しいんですがね」
「え? あ、これ。あ、ホントだ。ゼンルの羽だったんだ」
「そーですよ」
なーんだ。くっちょんが付いてると思ってたら、ベッドに寄りかかっていたゼンルの羽があたしの手に触っていたんだ。ふーん。でも、天使の羽ってすごく柔らかくて手触り最高なんだね。
はぁ~。いいなぁ、気持ちよくって。
「もうちょっとさわってもいい?」
って言いながら、もう触っちゃってるけど。なはっ。
「ちょーっと。もう、いい加減にするんだね。その翼の付け根に近い所を触られるとムズムズするんですよ。こら、さわるんじゃないですぜ」
「なっはっ。ふわふわ最高―っ」
「もう、こらっ。大人しく寝てるんだねっ」
と、ゼンルが暴れたせいで。床に散乱していた本の山はくずれ、お菓子のお皿たちは引っくり返り、まるで幼稚園児の誕生会のように足の踏み場が無くなった。
「あーらら。マリアンヌさんに怒られちゃうよ~」
「ちょいとっ!! アンタのせいでこうなったンだよっ」
なはは~。そう言われても。もともと床の上に色々置いていたゼンルが悪い訳だし。自業自得ってもんだよ。
それに。
ゼンルって何んだか。
外ではすーごく仕事が出来るけど、おうちではだらしがないOLさん? みたいな生活しているように見えるし。ま、そんな事を言ったらきっと殺されちゃうだろうけどね。
うーん。
でも、死神をしていて、変な旦那さんがいて(しかも現在は別居中?)。それから、お家は天界なんだけど、自分のお部屋は宇宙だし。
あたしには逆立ちしても理解が出来ない存在だね。やっぱ人智を超えている。今だって読んでいた本は〝眠れる森の美女〟。オトメなんだか、冷酷無比なんだか。単なるだらしのないお嬢様なんだか。どれにでも見えるし、どれでも無いようにも見えるし。
「奥が深いねぇ」
あたしは白猫のマリアンヌさんに淹れてもらった透明で甘い香りのするお茶を飲んだ。うん、これ、ほんのりイチゴの味がする。ふっしぎ~。
けど。
「も~、アンタ!! アンタも床、掃除するのを手伝うンだよっ」
ゼンルは自分の翼から羽を一枚ひっぱり抜くと、それで本もお皿も一緒くたに寄せ集め、汚れた部分をもう一枚、羽を抜いて拭いていた。
うん。
これが一番。
「ふっしぎ~」
その光景を眺めながら、ゆっくりゆっくり目が覚めてきた。