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休暇のクマと青春謳歌

初回掲載:2026年8月11日

登場人物

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《第三話 天の歌声 クマ謳歌》(3)‐5

 (五)

 ……。

 あたし。

 ……気がついたら。

 死んでた。

 殺されちゃってた。

 そんな現実ってあるものか。

 ……。

 そう、問ってみても。

 死んでいる。

 ……。

 命を奪われた瞬間て。

 こんなものなのか。

 でも。

 こんな死に方は。

 ……。

 それも選べない。

 生まれる場所も選べないのだから。

 死ぬ場所も選べないのかもしれない。

 ……。

 でも。

 こんな死に方は。

 ずっと。

 続く。

 この問いかけに。

 これに答えが。

 今のあたしに。

 誰か。

 答えて。

 あたしは。

 こんな末路に。

 どうして辿りついたの?

 誰か。

 ――答えて。

「さぁ、答えろ。青い石はどこに隠した」

 暗い部屋の中で。

 あたしは自分の死体を見つめながら、他の死体と同じように天井から手首を縛り上げられて吊るされていた。

「答えねば、ここに捕らえてある人間を更に百人殺す。そして殺した連中の魂も消す」

 男はあたしを見上げて睨んだ。

「さぁ、言えっ。答えるんだっ」

 百人。人が。死ぬ。魂も。消えて。無くなる。

 でも。

 それが今更、何だっていうの? 死んじゃったら、あたしも、みんなも、ただの天国逝きじゃん。そこへ逝ったら、実際どうなるかは結局聞かなかったままだけど。どうせ、幸せに暮らしましたとさ、になるんじゃないの? 魂が消えちゃう事だって、死んじゃうのだって同じじゃない?

「……言わない。絶対に言わない」

「くっ。強情な奴だ。では、本当に人間を殺し貴様も消す」

「何があっても言わない。あたし自身が滅びても絶対に言わない」

「小癪なっ」

 男は忌々しそうに、あたしへ更に怖い形相を向けるが、あたしもそれに睨み返してやった。

「あたしだって死神の見習いだもん。一回受けた任は、死んだって果す」

「なんだと?」

「それにあたしはあの人のやった事を信じる。貴方の大切な人をただ奪っただけじゃないはず。何か理由があるのに決まってる」

「理由? そんなものあるはず無い。そんなものが無くても、あの死神は多くの命を奪い、そして屍を積み上げていく。そういう奴なんだ」

「そんな事はしない。あたしはあの人、あの死神と、出会ってから今日まで、彼女が意味の無い事、理由が無い事で行動したのを見たことがない。あの人の前では、たとえ誰が死んでも、誰が殺されても、それは皆、意味のある死だった。無闇に命が落とされた人はいない」

 少なくとも出会ってこの七年。あの死神が命を奪った人には、その意味と理由があった。死んで逝った高校のクラスメート、天才ピアニスト、病気の男の子、そしてリストラにあって自殺をしたサラリーマン。みんな、みんな、それぞれの意味と理由を抱いていた。

 だから。

 目の前にいる男に抱えられている女の人も絶対にただ殺されただけじゃない。そう、少なくとも、足元に広がっている死ぬべきではない人達とは違う。

「そうか。では、そこまで強情ならば仕方が無い。しばらく考える時間をくれてやる。十分だ。その間に考えろ。青い石の在り処を言うか、言わないか。もし言わなかったら……これを見ろ」

 男は床の上をダンッと蹴る。そこから淡い光りが広がると死体の海が消えた。

「なっ。何……これは」

 代わりに見えたのは薄暗い部屋に寝かされていた、生まれたばかりかそれより少しだけ大きな赤ちゃんが三十人は並んでいた。まるで新生児室。

「サヤのたっての願いで集めた子どもだ。こいつ等の命を手始めに消す。魂ごとな」

「そんなっ」

「だったら言うんだ。青い石の在り処を」

「それも出来ないっ。だってその青い石を手に入れたら結局、悪い事に使うんでしょう? 復讐に使うだけなんでしょう!? その為になんて、ずぇーったい教えないっ」

「ならばあの子どもたちが死ぬだけだ」

「そんな事もダメ。あの子達は本当に何にも関係無いじゃない。どうして、そんな事をするの? 命を粗末にしたり弄んだり。いくら大切な人が死んだからって、他人の命を脅かすなんて傲慢よっ。それに、貴方、仮にも白衣を着ている……医者でしょうっ!? そして貴方が抱いている人だって看護師さんじゃないの? それがどうしてそんな事をするの? 命を助けるのが仕事じゃないの!?」

「オレか? オレは医者ではない。そして、あそこに並んで寝ているのもただの子どもではない。あれも復讐の一部だ」

「どういう事? 貴方は一体、何者なの……」

 この目の前に立っている男は。

「オレは天界執行役。そして、あそこに眠っている奴等は昔、天界で執行役だった連中だ」

「し、執行役……!?」

 こ、この人が? 執行役?

 あたしがそうして驚いている間にも男は姿を一変させた。全身を真っ黒なローブで包み、背には銀に光る大きな鎌が見えた。

 そして驚いたのがその顔だった。さっきまでは、どこにでもいるような特徴の無い二〇代くらいの顔をしていた人だったのに。

 この人は。

「――翔太くんっ」

「そうだよ。のろまノノコ」

 目の前にいるのは、あの我がままな小学生をそのまま十歳くらい年を取らせ、更に長い金髪を肩の辺りで結わえた青年だった。

 そう。彼は。あの人が大切にしている部下の一人、だった。

「どうして。貴方はあの人の」

「そうさ。オレはアイツの率いている行動班の一人、ウィリアム・ロートリンゲン」

「その貴方がなんでこんな事を。だって特殊行動班って言ったら。普通の執行役、死神じゃなくて、別の仕事を任される、優秀な」

「そうだ。そう言われている執行役だよ。でも、どんなに優秀だろうと、掛け替えの無い貴いものを有したっていいはずだ。でも、あの人はそれをオレの前から奪い取り、こんな抜け殻にしたんだ。〝天上の執行役にとって大切な事は何か、そして人間とは何か。良く考えるのです〟なんて言って。それが分かるまでは彼女に会うことは出来ないと」

「そんな。あの人がそんな事を」

「する訳ないと? でも、こうして、この通り、実際にサヤは抜け殻に。こんな風になったんだ」

「ぬ、抜け殻?」

「あぁ。人の死を望む、人が死に逝く瞬間を欲する、死に魅入られた人形にされたんだ」

「じゃ、じゃあ。床に散らばっていた人達は」

「サヤの為に殺した人間達の残骸だ」

「それじゃ、あたしも」

「そうだ。お前の心臓をえぐったらサヤは少し笑った」

 そんな。あたしの死って。こんな事の為に訪れたの……? あたしの命は、死ぬために存在していたの?

「でも、サヤはすぐにその笑顔を消してしまった。死を迎える一瞬と同じ、彼女が笑うのもその一瞬だけだった。だから、オレは彼女が喜ぶ限り人間を殺し続ける。サヤを奪ったあの白い死神に、彼女の魂を隠した天界に、全てに復讐をする。そしてこの手に彼女を戻す」

「そんな事。絶対に、絶対に許されないっ!!」

「黙れっ。その為にはどうしても青い石が必要なんだ。その力を使って、あの白き死神を」

 そういう事――だったンですかい?

 あたし、いいや、アタシ。ここまで化けるのは久しいから。人格そのものにまでなりきるってのは実に厄介な事サね。

「翔太。オマエさんはまだそんな女々しい事を言って、こんな事を仕出かしちまったンですかい?」

 全く。浅はかな子どもは。

「お……お前。ま……まさか」

「まさか、なんです? それとも答えが分かったとでも? 今まで散々、わめき散らしてやっとですかい?」

「……プ。プレンティス……さ……ま」

「そうですサ。それにしても、こんなちんちくりんにもなりきれるなんて、アタシも自~分の素質ってやつに、ほとほと呆れちまう」

 それにしても吊るし上げなんて無粋な格好は、どこかの気違いじゃあるまいし。流行りのもんでもないさ。

「い。いつから。いつから貴女がそこに」

「最初から。オマエさんが此奴こいつさらった時から、この新人はアタシ。そして、ホンモノの新人は」

「わーん。ノノコ死んでるんですけどぉぉぉぉっ」

 天井から顔をにゅって出すと、真下にはあたしの変わり果てた無残な死体と、更に縄で吊るされちゃってるあたしがいた。

「な、何故。どういう……事だ」

「わーん。どーもこーも無いよぉぉぉっ。さっき空で、ゼンルが勝手にあたしの体の中に入ってきちゃって乗っ取ったんだもん。そして気付いたら死体だらけの病院の中で、しかも何か透けちゃってるし。で、ふよふよしてたどり着いたら、あたし、死体になってんじゃんっ!!」

 そーだっ。なにこれっ!! どーゆー事よ。明らかにあの椅子の上に縛り付けられてるあたしは、心臓が飛び出してるじゃん。しかも動いてないし。あれを死体と言わず、なんだってゆーのさっ。

「うわーんっ。ゼンルのバカバカバカッ。あたしを殺すなぁぁっ」

 うぅぅぅっ。一生恨んでやるぅ~っ。あ、でも、一生も何も。終ってるし。がーん。

「ま、そういう事ですサ」

 悲しみに打ちひしがれているあたしとは逆に、下で吊るされてるあたしは涼しい顔で腕を「ふんっ」と振る。すると縄はあっさりブチッと切れ、彼女は軽やかに着地。その瞬間には手足の拘束は綺麗に外れ、その姿も美しい天使へと。

「さて、ウィリアム。オマエさんの話はよ~く分かりましたぜ。やっぱりアンタは、天界執行役には向いていなかった。こんなのを採用したあのボンクラ王や統括班もどうかしてる。が、そんなオマエを辞めさせなかったアタシにも責任がある。
だから、ここで二つ。オマエさんには選ばしてやる。そのどちらかを選んで、とっとと失せるんだね」

「な、何をこの期に及んで。オ、オレに一歩でも近づいてみろ。そしたら、この子どもたちがどうなっても」

「この子どもたち? どの子どもたちの事ですかい?」

 つとんっとゼンルが鎌の柄を突いた床には。

「み、皆んな!?」

 ピースや手を振る藤島さんや藤花姐さん、そして電気工の橋本さんが赤ちゃん達をだっこにおんぶにしている姿が映っていた。

「さ、ウィリアム・ロートリンゲン。お前は天界執行役として重大な罪を犯した。よって、ここに二つの選択を問う」

 そう言って、ゼンルは鎌を殺人犯の男の首にスッと掛けた。こうなってしまったら、もう誰も逃げ出せはしない。たとえ、どんなに強い死神だって、その刃を退かす事は叶わない。

「一つ。これより抹消執行者として素直に天界へ投獄され処刑される事。一つ。この場でアタシに斬られて消滅する事。さぁ、好きに選ぶンだね」

 とは言われたって。だって、どっちを選んだとしても、結局は殺されるって事じゃない……? その選択になんの意味があるっていうの?

 ゼンルの顔は感情が一切無い、冷たい表情だった。

「さぁ、どうする?」

 対するウィリアムはただじっと前を睨んでいる。

「天界へ向かうか、それとも」

 この選択には。

「この場で消えるか」

 一体。

「オレは」

 何が。

「オレは」

 あたしは。

「貴女にどうしても復讐してやるんだーっ」

 男は首の鎌を握り撥ね付けた。そして手から人間よりも薄い赤色の血を流しながら、その場から飛び上がり、グッと顔をこちらへ向けた。

 って。あたし、もしやヤバイ?

「来るんだっ」

「わーん」

 あわてて逃げ出そうとしたものの、本当の幽霊は神力で飛んでいる時や死神の腕章を付けているのとは勝手が違い、体が機敏に動かない。

 ので。あっさり髪の毛を束ねているちょぴん部分を捕まれ、男にそのまま拉致された。うぅっ。どうして、こんな目にばっか遭うのぉ~っ。

「わーんわーん」

 幾つか床と天井を抜けると、雨が降っている薄暗い空の下へと出た。

「もぉーっ。離してよっ」

「うるさい。お前は人質としてこれから天界まで一緒に来てもらう」

「やだよーっ」

 もぉっ。本当にこの人は一体全体、何であたしをこんな目に遭わせるのさ。しかも反対の腕には不気味な人形なんか抱っこしちゃってさ。その人形も時々「きききっ」とか「けけけっ」とか言っちゃって、ちょー不気味なんですけど。

「サヤ。もう少しで君に逢えるから。待っていてくれ」

 ひぇぇっ。しかも、この死神、変な人形に話しかけちゃってるし。うぅうぅっ。ますます恐ろしいよ~っ。

「すまない、サヤ。穢れた魂と一緒に君を抱いているのは不本意だけど、しばらく我慢していてくれ」

 けっ。しかも人をばっちいもの扱い!? はんっ。どっちがばっちいんだか。そっちの人形だって相当薄汚れてるように見えるけど!!

 それでも、男の方はあたしを不服そうに、人形と一緒にわき腹の所で腕に抱えた。

「あ、てゆーか。えーと。この人形……本物の死体!?」

 どっひゃぁ~っ。もう、あたしって不幸の連続なんですけどぉぉっ。

「死体ではない。サヤはまだ生きている。呪われているだけなんだ」

「の、呪い?」

 そ、そうかなぁ。完璧、死んでるように見えるんだけど。

 あ、でも。何はともあれ。この人の中には魂は入っていないみたいだし。

「ふふーん。そっちがあたしを人質にするなら、あたしがこの人の体に入っちゃうもんね。ひっとじっち、ひっとじっち~」

「な、何だと!?」

 あたしは不気味な人形の体の中にスス~っと入り込んだ。

 けど、死んでる体なんかどうやって動かせばいいのかなぁ?

〝……れ? ……だ……誰? わたしの中に入ってくるのは〟

 へ? この人って死んじゃってるんじゃなかったっけ?

〝わたしが死んでいる? そうね、そうかもしれない〟

 う? どういう事ですか? あの、アナタは?

〝わたしは大内沙耶。山の中のサナトリウムで働く看護師。アナタは誰? どうしてわたしの中に入って来たの?〟

 あ、えーと。あたしは乃々山ノノ子っていいます。えっと、どうして貴女の中へ来たかっていうと。貴女を人質に取る為に。

〝人質? 人質かぁ。うん、何だか面白そうね〟

 は?

〝だって、わたし。気付いたら、誰にも私の声を聞いてもらえなくなっていたの。そして外からの声も聞こえなくなってた〟

 そ、そうだったの? あの、それで話は戻すけど人質になってもらっても良いですか?

〝いいでーす。あ、でも。ちなみに、わたしって誰を困らせる人質なの?〟

 だ、誰を? え、えーと。それは限りなく断られそうなお相手かも知れないです。貴女が一番大切に想う人なんじゃないかと。

〝カーネル・サンダースさん? だったら断るわ〟

 え? いや、ケンタッキーフライドチキンには恨みはないから大丈夫です。あの、そうじゃなくて。

〝……それじゃ翔太の事?〟

 え、あ。その。はい。

〝ならばよーし〟

 え? だ、だって彼は貴女の。

〝恋人よ。でも、だからこそ一番困れば良いの。だって、一番、話を聞いてくれなかった人なんだから〟

 そ、そうなの?

〝そーよ。わたし、看護師なのに自分も病気になって、それが重くなって。そのせいで毎日意識が遠くなっていく事が増えたんだけど。その中で翔太ったらちっとも話を聞いてくれなくなったの。そして最後に見た時なんて、彼があんな事を〟

 見た時?

〝ううん。何でもない。とにかく翔太が困るなら、わたしは大賛成。乃々山さんに協力する。と、いうより乃々山さんがわたしを動かしていいわ。きっと、わたしの意識を眠らせると完全にわたしの体、止まると思うから。そうすると、貴女の自由で好きに動かせるはずよ〟

 そ、そうなんですか? それはどうも。では、遠慮なく。

〝どうぞどうぞ。思い切り、翔太、困らせてあげてくださいね〟

 はいはい。

「ってなわけで」

 目を開くと。

 眼下には病院と広大な森。

 顔を上げると、正面には天使と死神。

 で、上を見上げると金髪の死神。彼が、沙耶さんが困らせろって言ってた翔太。あたしの知っている翔太くんの大人版。

 その彼が今や死神、天界を裏切ってかつての仲間と対峙している。

 で。

 その中、あたしは〝大内沙耶〟となって気がついた訳なんだけど。

「ウィリアムッ。もう、止めろ。そして、諦めろ。執行役として最後は誇りを持って選べ」

「そうよ。アナタにはもう、それしか残っていない」

「二つの選択が許されている。それがせめてもの救いだ」

 天使の脇に控えている死神たちは必死な顔をしていた。

 でも、執行役としての禁を犯した男には何も聞こえていないようだった。正面の誰かが叫べば、それに対して「復讐」「死神」そして「サヤ」と言い返しているだけだった。

 この人にはもう。誰の言葉も聞こえない。聞こえていない。何も届いていないのだろう。

 そして、天使はただ黙ってそれを見ていた。

 全てを見据えている。

 それでいて何も見ていない。

 あの人は何を。

 どうしたいのか。

 何を。

「……た。……翔……太」

 そう。ゆっくり、声にして。

「翔太。……翔太。どうしてそんな顔をしてるの? まさか、フライドチキンを買い忘れて来ちゃった?」

 沙耶さんは何が言いたかったのか。彼女はこの人に、本当は沢山言いたかった事があるに決まっている。

「わたし」

 それをゆっくり、声にして。

「ずっと、待ってたんだからね」

 あたしはするっと彼の腕の中から抜け出して、彼の正面に立った。

「サヤ……どうして」

 勿論。

 誰もが度肝を抜かれたのは言うまでも無い。約一名を除いて。

「どしてもこうしてもないわ。わたしの中に変んな人が入ってきたから食べちゃった。そうしたら元気がすごーくみなぎって。この通り」

「でも、君の魂はもうこの体には残っていないんじゃ?」

「ちょこっとだけ。ザンリュウシネンっていうやつ? よく分からないケド。とにかく、粋の良い魂は良薬よ。おかげで元気百倍っ。ほらっ」

 と、彼の前で回って見せた。……けど、普通の人間て飛べないんじゃなくない? バレないかなぁ。ま、その時はその時。この体を本当に人質にとっと逃げ出そう。

「翔太。わたしはずっとケンタッキーが良いって言ったのに、どうして普通の人間ばかりを集めたの? それって、ちっとも食べられないし嬉しくない」

「サヤ。だって君が、最後まで死を望んでいたんじゃないか。だからオレは」

「わたし、そんな事ちっとも望まないわ。わたしの望みは、普通にフライドチキンと、それを買出しに行ってくれた貴方だけ。それがどうして、両方とも、わたしの元にたどり着かないの? 何で?」

 彼女はずっと待っていた。本当に望むものを。自由、それが何かのせいで。上手く彼に伝わらなかった。だから、間違ってしまった。

「だって、君は。病に蝕まれてゆく中で、ずっと死んで逝く者を目の当たりにして、それを眺めて楽しんでいた。僕は知っていた。そして、どんどんと病が進行して行くにしたがって、君は自然に死が訪れるのが待ちきれなくて、自らの手で入院中の人間を殺していったじゃないか。最後の最後には。自分が手を下せなくなって。だから、オレが代わりに君の前で人間を殺してやった。君はそれを見て微笑んだだろう、喜んでくれたじゃないか」

 えぇぇーっ。そうだったの? そんなのは聞いてないんだけど。だとしたら、この大内さんて人もメチャメチャ極悪人じゃ。

 いーや。でも。彼女の話では〝毎日意識が遠くなっていく事が増えた〟と証言している。そして、人殺しをしていたとか自白も無い。更に、彼女は〝最後に見た時なんて、彼があんな事を〟と言って口を閉ざした。

 するってーと。沙耶さんの意識が無い所で何かが『死』を望んで、彼女は意図しない殺人を繰り返したって事?

 ――その通りですぜ。新人。

 へ? はい? な。どうして頭の中にゼンルの声が聞こえてくるの?

〝そんな理屈は捨ておきな。今は最後のヒントやりますから、よっく考えるんだね〟

 ヒ、ヒント?

〝いいですかい。アタシが出した二択のうち、アイツが選ぼうと思った方じゃない答えに導くンだね〟

 は? 何? それってめちゃくちゃ難しいんですけど。第一、翔太くんの選んだ方なんて知らないし。

〝ここまで出したンですから。あとはアンタで何とかするんだね〟

 えぇーっ。分からないよ、そんなの。

 けど。それ以降、なんの反応も無くなった。うぅっ。ひどいよう。

 大体、翔太くんが選んだ方なんて分かんないし。えっと、出された二択だってうろ覚えだよぉ。

 えーと、確か。一つは抹消執行者として、天界に行ってそれから投獄されて処刑される。で、もう一つはこの場でゼンルに引導を渡されるか、だった気がする。

 って、どっちも。全然、分からないんだけど。普通はどっちなんて選べない。

 あぁっでもっ。それがヒントなんでしょう……?

 うーん。

「サヤ、どうしたんだ?」

「え、あ。いいえ、なんでもないわ。ちょっとした食当りかもね。変な魂なんかを食べちゃったから」

 さて、急がないと。怪しまれちゃうし。

 それじゃまず現状の翔太君を考えてみると。

 彼は「復讐」に燃えまくっていて、どうしても「天界」に居るであろう「沙耶さん」に会いたいと思っている。でも、それがことごとく失敗、、の状況。現在はかなりの自暴自棄に陥ってあたしを人質に取っている。完璧、追い込まれた状態。

 うーん。あたしだったら〝何もかもダメだーッ殺すなら殺せーっ〟ってなるような状況だよね。彼はサヤさんと復讐の為に動いていた訳だから、それが失敗してしまったと悟ったら、生きていても仕方が無くなると考えるかもしれない。

 つまりこの場でゼンルに消されてしまう事を選んでいた?

「ってことは、抹消執行者を選ばせろって事?」

 いや。

 でも、こうしてあたしを人質に取って「天界まで行く」って息巻いていた訳だから。まだ、この場で死ぬことを望んではいない。今だってこうしてゼンルの前で抵抗しているって事は、そのチャンスを狙っているって見えるし。しかも、今、こうしてサヤさんに会ったと思い込んでくれているのなら。少なくとも「今」すぐに死を選ぼうとは思わないだろうし。

 でも逆にやっぱり、ここでサヤさんに会えたから、もう思い残す事は無い。殺してくださいって思ってるかも知れないし。

 うきゃーっ。

 どっちなんだ!?

「サヤ。オレはあの日、あの出会った日から、ずっとそばにいたかった。でもオレは天上に住むもの。そして君は地上の人間。大きな境界線があることは承知していた。それでもオレはそんな境界なんて関係なかった。会えるだけで嬉しかった。そばで君が笑っている顔を見られるだけで良かった。だから、そばに居られるように境界を越えて人間の姿になって君の前に舞い降りた」

「翔太……」

 うーん。それだけじゃ分からないなぁ。

「ねぇ、翔太。あなたは本当にずっとわたしのそばに居てくれた。だから、もう離れて欲しくないの。もう買出しにだって行って欲しくない。ずっとずっと。夜も日も、寝ても覚めても一緒にいて欲しい」

「サヤ」

「だって、そうじゃないと。貴方が遠くに行ってしまいそうで。だって、わたしたちはもう深い絆と運命で結ばれたんだもの。片時だって離れたくない」

「そうさ。オレだって君を失いたくない。誰にも奪われたくない」

 そうきたか。

 ってことは、二人の仲はかなり親密。でも、そんなことが分かったからといって、何のヒントにもならないし。第一、この二人。普通のカップル以外のなんでもないじゃん。

 それがどうしてあんな大事件をしでかすような事をするわけ? そういえば、さっき天と地の境界線があるにも関わらずって言ってたけど。

 いや、まてよ。

 確か森林公園へ逃げた時にゼンルが。

〝アタシらが人間に近づき過ぎて、深く関わっちまうと死の馨りに中てられちまうのもいますからね。わざわざ殺し屋みたいに地上へ行く事もないんですよ〟

 って言ってた。

 それってつまり死神が人間と深い仲……恋人とかになると〝死の馨り〟に中てられてしまって、死に関して何らかの行動を取ってしまう事なんじゃない? 死神が近づくと、死にたくなるとか。あとは死に魅了されちゃって、人が死ぬ所を見ると楽しくなっちゃうとか。もしくは自分で人を死なせてやりたくなるとか。

 え? するってーと。

 沙耶さんは死神である翔太くんと只ならぬ仲になった。で、そうしていくうちに沙耶さんが死の馨りに侵されて、人の死に魅了され、殺人まで犯すようになった。人の死を望む、そんな人間になってしまった。

 そうか。

 それが意識を失っていた部分の沙耶さん。

 なるほど。だから、もう体が馨りに蝕まれすぎているのに気付いたゼンルが彼女を救う為にとった形が、命を奪う、という事だった。

 そしてゼンルは〝天上の執行役にとって大切な事は何か、そして人間とは何か〟と、翔太を諭したんだ。

 執行役にとって大切な事。それは人間の生命に天への道を説き導く事。

 人間とは。尊き〝生命〟というものを有した存在。

 執行役とは尊きモノとされる〝生命〟を天への道を説き導き、最大の敬意と慈悲で向き合う天上の役人である者。つまり決して彼の存在を傷つけ穢してはいけない。あってはならない天の者。

 愛し合う事は確かに素晴しい事かも知れない。けれど、それ以前に執行役じぶんというものが人間さやさんに何を齎してしまうのか。そして人間さやさん執行役じぶんと深く絆を結び、心を通わせ近づけば近づくほど、どんな事になっていってしまうのか。

 だから。

 秋霜烈日なのだ。

 死神とは。

 それを冒したせいで。

 近づきすぎた。人間に。

 つまり、彼が。

 彼女の命を奪う原因だった。

「それじゃあたしは……何も言えないよ」

 そんな事実をあたしがどう口にすれば良いの? こんな事実をここで言ってしまったら、この人は本当にどうなるの?

「サヤ、どうしたんだ? やっぱり、おかしいぞ」

「……翔太、くん。ゴメン。あたし、やっぱり無理だよ。沙耶さんもごめんなさい。貴女からの約束、守れないよ」

 と、言った瞬間。

 ふうっとあたしは、彼女の体から抜け出てしまった。力の限界だったのか、それとも沙耶さんが目覚めてしまったのか。とにかく追い出されてしまった。でも、幸いに再び気味の悪い人形みたいになってしまった沙耶さんは、あたしと分離した勢いで翔太くんの胸元へ帰っていた。

「お前は」

 彼は正面に立ったあたしを見るなり、訝しげな顔になった。

「翔太くん。貴方、何で死神になったの?」

 対してあたしはその場から逃げる事無く、彼に向き合った。

「何だと?」

「だから。どうして死神になったの?」

「そんな事、お前には関係の無いことだろう」

「ううん。あたしにも関係ある。いいえ、ここにいる全員に関係あること」

「全員にだと」

「そう。貴方、死神になった時に様々な誓約と様々な心得を立てたんじゃないの? そしてそれを死神である以上、生涯を通じて守り、貫き通すつもりだったんじゃないの?」

「それは」

「だってその職についたものは、人間の生死を左右し、魂の行く末を自由に出来る存在なんだよ。それって、実は、愛や恋を謳う尊さよりも、もっとすごいことなんだよ。だって、その愛や恋って、人間は生きていなくちゃ出来ないんだから。云わば死神の仕事はそれを生み出す根源なんだから」

「それは……」

「死神は秋霜烈日。さっき聞いたんだ、あたし。その言葉。とても戒めとしては厳しい言葉だと思う。でも、右手で生かし、左手で殺せる者はその言葉を背負い、何をも越えて守り抜かなければならないと思う。
そして、それを守り抜けると思ったから死神になったんじゃないの? だから聞いたの。なんで死神になったのって」

 そう。きっと、こんなすごい任を司るのだから。それに従事する責任の強さと重さだって誰よりもみんな持っているはず。

 でも、それをいざ守れなくなったら。だったら次は、どうすべきか。

「貴方だってその誓約と心得を胸に生きてきたはず。そうやって、ずっと死んだ人間を導いてきたんでしょう。けれど、その中で生き方の根本を揺るがす、大きな貴いものに出会った。今、その貴方の胸に抱いている者に。大内沙耶さんに」

「サヤに」

「そう。そしてその時にこそ、貴方は一番思い出さなければならなかったのよ。死神であるその背負っている意味と在り方を」

「意味と在り方」

「そうよ。貴方だって知っていたはずでしょう? 死神は常に人間の傍に居て危険だという事を。それでも一緒にいたいと望むなら。境界線をどうしてそのまま簡単に越えたの? そんな事をするともしかしたらどんな事になってしまうか。何が起こって、行く末がどうなってしまうか。最悪な事態が想定できたでしょう」

「境界線をそのまま越えたら」

 それを聞いた男は、顔面蒼白になり黙った。彼だけではない。あたしも、そして周りにいた死神も天使も沈黙した。

「サ……ヤは。オレのせいで」

 そして。

 前に佇む男は。

 やっと。

 気づいた。

「オレが愛したから。いのちを奪われ、た、の、か」

 ……。

「そうよ」

 こんな答えは、簡単に出る事なんじゃないの?

 そっとあたしは白い天使の方を見た。彼女は表情を変えず、わずかにこちらへ視線を返した。

「あたしは貴方が人を愛したその段階で、この職を辞するべきなんじゃなかったのかって思います。辞めて地上で生きるなり、彼女を天へと迎え入れるなり、どうとでもすれば良かったのじゃないかと。
確かにそれぞれに生きる境遇は違うでしょう。貴方が天界でどんな居場所で、どんな位置の存在なのか、あたしは知りません。けれども、どんな風であれ、一番優先させるべきものが何か、大切な事が何かという事を本当に分かっていさえすれば、苦しくとも道を誤る事は無かったはず。
そしてもし、これが。仮に貴方の中で、己の保身する気持ちがあったり、または、両方を制するなどという驕りがあったりしたのなら。これだけの重圧なのだから、自分というものは簡単に吹き飛ばされてしまうでしょう。
だからあたしは、貴方に本当は二つの選択なんかいらないと思います。
貴方はこの執行役という厳しくそして尊い責務を果せなかった事と、一人の人間を幸せに出来なかった事、多くの罪の無い人間を殺した事。そして、仲間を裏切ってしまった、その全ての罪で抹消執行者として全てを終えなさい」

 ゼンルの出した問題の答えは。

 彼に答えを出させる事ではなく。

 あたしが答えを出す事。

 だって。

「オレは……。オレ……は。すべてが……流れのままにゆくことで良いのだと思っていた。死神になった時も、誓約を立てた時も、流れの中でそうなったとしか思っていなかった。天界執行役が特に重いものだとは考えていなかった。
そして五〇年という時間をその任に務め、その中でサヤと出会った。でも、初めから心動かされ恋していたわけじゃなかった。ただ、空から変わった場所を眺めてただけ。山の中にひっそりと建っていた病院のような所。治療が困難でもう何処にもいけなくなった病人が集まってくるような所。人間を捨てるような場所だった。そこで、彼女が働いていた。彼女はそこをサナトリウムだと言って、ここでゆっくり療養して、元気になって出て行ってくださいね、と毎日毎日健気に死にそうな奴等に笑いかけて一所懸命に世話していた。
そこでオレは面白い事を思いついた。こんなに毎日、死の香りが漂うような場所にい続ける可哀想な女に、少しは楽しい事を教えてやろうと舞い降りてやった。おとぎ話のような容姿の美しい男の死神が。そうすればきっと簡単に女は何もかも放りだしてオレになびくと。所詮、健気に生きていたとしてもそれは偽りの姿。その化けの皮を剥いでやろうと思った。
でも、それは違っていた。夜、彼女が当直で見回りをしていた廊下にオレが姿を見せると、いきなり彼女は死神は出て行けと言って、オレを非常階段まで追いつめ、そこから追い出した。すごい剣幕だった。だから、オレは作戦を変えて昼間、医者になって現われてやった。すると、今度はそれも見抜き、また出て行けと追い出した。
それは何度、どんな姿をして彼女の前へ現われていってもすぐに分かってしまった。だから、ある日それを問ったんだ。何故、オレだと分かるのかと。そしたら、彼女はオレからはここの誰よりも死のにおいがするのだと答えた。そう、彼女は毎日、死に逝く人間と接しているから、それを感覚的に分かっていた。死がどんなものか。何を意味しているのか、彼女は自分自身の中でしっかりと受け止めていた。
だから、オレは自分のやろうとしていた事を素直に恥じ、そして詫びた。すると、彼女は笑ってオレを許し、かわりに少しここで働けと言ってきた。患者のそばにいると如何にもだから、カルテの整理や街まで行って買出しをして来いだのと言ってきた。死神をだ。でも、自分がしてしまった事の謝罪と、少しの間だけならばという気持ちで毎日少しだけ、そして、なるべく彼女に会わないように、手紙でやり取りをしながらオレたちは少しずつ話すようになった。
しかし、ある時から手紙を寄こさなくなった。かわりにオレの前へ直接顔を出すようになった。そして、自分に芽生えた恋心をオレに語り、毎晩彼女はオレの顔をみてうっとりしていた。昼間は太陽のように笑い、夜は甘い花の香りを嗅いだように。
そんな彼女にオレ自身も愛おしさを感じるのは時間が掛からなかった。オレも彼女を愛し、彼女もオレを愛した。
でも、彼女は毎日すこしずつ甘い香りを嗅いだようにうっとりした顔を昼間でも見せるようになっていった。そう、彼女はオレが初めて舞い降りた日から、毎日毎日オレの齎す馨りによって体が死に侵され、気づいた時には手遅れになっていた。
人が変わったように。毎日毎日、死にたい、死ぬ、死、死、死、死。それが彼女に纏わりついた。そして、彼女は毎日、死の香を焚くかのように患者を殺し、それを味わっていった。オレは幾度となくそれを止めさせようとしたが、死の馨りが切れ掛かると彼女は雄叫びのような声を上げて苦しんだ。全身に痛みが走り苦しいともがき暴れた」

 もう、その時には。何が尊厳で、何が愛しいのか全く分からなくなっていた。とにかく彼女のために何かをしなくては、としていた時。最後の最後でオレが自ら彼女のために人間を殺そうとした。そこへプレンティス様が現われ、彼女の魂を刈り取ってしまわれた。

 そして、オレには己がした事の責任を考えろとだけ言って去られた。

 だが、オレには分からなかった。流れによって今の自分があるのに、何の責任があったのか。それどころか残されたオレは、自分の背負っている職務のせいで、抜け殻を抱きしめることしか出来ない事だけは分かった。

 だから、オレは必死になって善行を行って、彼女を返してもらおうと必死になって働いた。己の職務を邁進し、罪を洗えば彼女の魂を返してくれると思ってとにかく働いた。けれど、彼女が返ることはなかった。何をやっても。

 オレからサヤを奪った奴は〝死神にとって大切なものは何か、人間とはなにか〟とばかり問ってくるばかりだし。

 だから、オレは返さないなら、こちらから奪い返そうと考えた。そして、大切なものを奪った奴からは、そいつにとっての大切なものを奪ってやろうと思った」

 彼はやっぱり。

 死神の。

 天界執行役の何も。

 分かっていなかった。

 なにも。

 雨が降りしきる中。

 あたしは死体を抱えた男を特殊行動班へと引き渡した。

 彼は、自分の中の言葉を全て吐き出してしまったのか、大人しく元の仲間に両手を出し、赤い鎖で繋がれた。すると、朝、あたし達を襲撃した青と緑の中間色に黒を混ぜたローブ姿になった。彼もまた抹消執行者となって、天界へと連れられて行く事になった。

 その一部始終を眺めていると、白い天使以外の死神達が、皆、姿を黒いローブに変え、赤い鎖を藤島さん、いや、イシュール補佐官が引き、罪人の左右に、真紅の薔薇色の長い大きくウェーブさせた髪の年齢不詳の絶世の美女と、ダークブラウンの髪を肩で切りそろえた細身の二十代くらいのインテリな青年が脇を固めていた。彼らは一言も何も語らず、黙って天高く昇っていった。

 あれが。

 あの月夜に憧れた天界執行役の特殊行動班。

 あれが、あの時の。

「新人。よく頑張りましたさね」

 見送るあたしに後ろから声がした。

「……ねぇ。あたしって、今、ゼンルに何でも聞いて良い立場、なんだよね」

「おやおや。そういえば、そうですねぇ。すっかり、忘れちまっていましたが。アンタもこの度はご愁傷様ですさぁ~ねぇ」

「うん。それじゃ、聞きたいんだけど」

「なんですかい?」

「ゼンルは悲しくないの? 翔太くんの事」

「――そりゃ」