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休暇のクマと青春謳歌

初回掲載:2026年8月11日

登場人物

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《第三話 天の歌声 クマ謳歌》(3)‐4

 (四)

「うぅっ。な、何であたしがこんな目に」

 青い光りが収まる中で、あたしは半分泣きながら目の前に広がった光景を見た。全然知らない、でも、何であるかは分かる場所だった。

「びょ、病院……?」

 たぶん、もう大分前に閉鎖されたとは思うけど。

 ほこりに塗れた床に散乱しているひしゃげたカルテ。きっと長い間、陽に当てられていたんだろう。それから壁際に並んでいる白い診察台と枕は所々破れている。隣の薬ビンが並んだ棚もはまっていたガラス戸は割れ、中にあるビンもひっくり返っている。その下の段の鍵付きの棚も同様。扉は壊れて中は荒れていた。

 そして、部屋の中央には二つ椅子。先生用の黒張りで大きいのと、患者さん用の灰色の小さい丸いもの。それから事務用の机とその上にはレントゲン写真を貼り付けて見る為の大きなスタンド。

 ここは診察室だった場所なのだろう。でも、何でこんな所に……。

 あたしは部屋の奥を見た。丁度、ブラインドの壊れた隙間からピカッと稲妻が走った。

「うにゃーっ。何てタイミングーっ」

 一秒後。

 ドッという地響きと共にバリバリバリッと雷鳴が轟いた。あ、あた。あたし、雷ってすごーく苦手なんですけど。

 でも。

 あたしは羽交い絞めのまま、首の刃も押し当てられたまま、立ち尽くすしかなかった。うぅ。何でこんな目に遭ってばっかりなのぉ。

「女。さっき預けられた青い石を出せ」

「い、石?」

 背後にいた男は羽交い絞めを解き、刃物だけ喉に押し当てたまま要求をしてきた。って、い、石って言われても。あたし、そんなもの預かった覚えなんか無いような。

「早くしろっ」

「で、でも。あ、あたしそんなものなんか持って無い」

「受け取っただろう。魂を集めた青い宝玉だ」

「魂が入った……?」

 そんなものなんか持って。ん? まてよ。確か。

『人間の魂ですぜ。一〇〇以上入ってますから失くしちゃ~なりませんよ』

 ってゼンルから渡された青い宝石!! ま、まさかこの男。それが目的であたしを誘拐したって事?

「そ、それなら。隠したもん。あんたさんなんかには教えてあげないよっ。べぇー」

 とりあえずあっかんべーをしてやった。へん、そんな事を誰が素直に言うかってーの。誘拐するし、雷で怖い目に遭わせるし。

「言えっ。言わないと、お前を殺してから、ゆっくり探してやってもいいんだぞ」

 と、男は喉元に強く刃を押し当ててきた。ひぃっ、し、屍なんて恐ろし過ぎなんですけど。うぅっ。

「さぁ、早く言え。それとも死にたいか」

「あーうーっ。い、嫌にゃ……」

「それじゃ殺す」

「う、うぅっ。それも嫌っ……」

 ううーっどうしよう。何とかしないと。でも、どうしよう。きっとホントの事を教えてもあたし、殺されそうだし。言わなきゃここで殺されるだろうし。

「早くしろっ」

「うぅっ」

 首に冷たい刃の感触が。と、同時に強い痛みが走った。や、やばいっ。本気で殺されちゃうっ!!

「……した。お。……お」

「何だっ。どこだ」

「お……っこと……した」

「なに!?何だと」

「だ……から。落とし……ちゃったの。さっき。空の上から」

「な、何だとっ?! 本当なのかっ!!」

「そ、そうだよ……うっかり。あたし……ドジだから。な……なはっ」

「くそっ」

「うきゃっ」

 男はいきなり、あたしを前に突き飛ばした。あたしはそのまま勢いでホコリがたっぷり乗っかった診察台の上に転倒。

 しかし。

「貴方……何者っ!?」

 その勢いに乗ったまますぐに床の上に両足をつっぱり、くるっと犯人の方へ向き輝星の剣を構えた。なはっ、このまま危険な苦境のヒロインをやっても良かったんだけど。本気で殺されても嫌だし。

「き、貴様っ。貴様こそ、ただの人間の死神見習いではないな」

 前に立っていたのは、白衣を着た二〇歳くらいの男だった。

「お医者さん?」

 そう。男はまるでこの部屋の主だった。でも手にはメスではなく一メートルくらいの長剣を握って、あたしの事を死神見習いと呼んだ。つまり、この人こそただの医者ではない。

 互いに剣を引かずにらみ合った。

 とは言っても。いつまでもそんな事をしていられないし。早く脱出して、青い宝石をゼンルに渡してこんなのに狙われないようにしなくっちゃ。

 もうこの際、この人がどこのどなたでも良い。

「こうなったら。いち、にぃ~のっ」

 右足を後ろに引いて。

「さんっ」

 自分の声と一緒に引いた右足に力を込めて床を蹴り、大きく飛んだ。天井すれすれ。それからお医者を飛び越え、そのまま机も越えて床に着地。

「昔から、逃げるが勝ちって言われているもんで」

 うんうん。それに、家出と脱走に関しちゃ、ちょいとしたモンよ。

 あたしはそのまま輝星の剣を窓に向かってぶん投げる。それはブラインドを巻きこんでガラスを突き破り、外へと飛び出した。

「それじゃ、ばいばーいっ」

 その後をあたしも急いで追うように破った窓を飛び越え、そのまま雨の降りしきる空へと飛翔した。

「なっはぁ~。大っ成功」

 と、同時にピカッと空に稲妻が走る。そして、ドドッと大きな雷鳴が、辺り一帯、そしてあたしの頭にも容赦なく響いた。

「うっきゃぁぁぁっ」

 あたしはよろよろしながら、それでも、とにかく真っ直ぐに飛ぶ事だけに集中。でも、空が光っては鳴り、光っては鳴りを繰り返すので、もう身が持たない。なはぁっどうしよう。

「仕方ない。降りて召喚逆転リバースしよう」

 あたしは病院から結構離れたのを見計らい、地上へ降りる事にした。

 でも、その地上っていうのも。

「また森?」

 見覚えはないけど。森林公園のように見渡す限り広大な樹木で大地が覆われていた。これなら目くらましにもなるか。

「……んっ?」

 眼下に目を見張っている時だった。

「逃がしはしないっ」

 背中にビリッと電気が走った。しかも、それは一ヶ所ではなく何ヶ所も。まるでクラゲに刺された時のように、痛くてそこから全身に麻酔が掛かったよう。

「あ、貴方は」

 後ろを振り返る間もなく。

 あたしは一瞬世界が真っ白になったような稲光を目に焼き付けて、スッと意識が遠退いた。

「……う」

 なに。

 この痛みは。

 それに、すごい臭い。

「い……痛っ」

 背中が焼けるように。

 じんじんと痛い。

「……何な……の?」

 身動きも取れない。手も足も動かない。あたしどうなっているの?

 とにかく重く閉じかかろうとする瞼を必死に開けた。うぅ。頭もぼんやりする。一体どうなっちゃってるんだろう。

「こ……これは」

 意識が戻った事を後悔した。ひどい有様だった。

 あたしは椅子に鎖で縛り付けられていた。そして、袴の裾や縛られていない部分の着物は切れたり、破けたりしている。

 そして、足元には一面。

 死体の海が広がっていた。

 老若男女が様々に、手足それから首を散り散りに切断され転がっている。そんな一秒たりとも目をやりたくない床から視線を変えても、壁には天井から鎖で手首を縛り上げられた首の無い死体が隙間無く並んでいた。

 あたしは折角覚めたばかりの目をきゅっと閉じ、顔を背けた。

 多分、あたしも。そのうちに、こうされてしまうのだろう。だから、こんな所に居る。それだけは分かった。

「ほう。お目覚めかね、女剣士」

 真正面から声がした。

 さっきの医者の格好をしていた男の声が。

「貴様にはまだ聞きたい事がある。そう簡単には逃がさないよ」

 あたしはもう一度、ゆっくり目を開けた。

「あ……あな……たたち……は」

 床の死体、壁の死体。その中央には、重厚そうな木で出来た机が置いてあった。その向こうには椅子に座っている人影と、その隣に立っている細身の人影がいた。

「さぁ、女。青い宝玉の在り処を教えろ。何度も言わせるな」

 影の表情は暗くてよく分からない。

「……ほ。……ほうせ……きは」

 ダメだ。

 背中の痛みが全身を駆け巡ってまた意識が遠退いていく。

「ほう……せきは……あた……しの」

「貴様の」

「こ……こころ……なか」

 やっぱりダメだ。

 もう、耐え……られない。

 気持ちが痛みでいっぱいになり、意識が全てそれに持っていかれた。

「……う。うぅ」

 ひどい臭い。

 さっきからずっとしているあの臭い。

 それが、もっと間近でした。

「う……うぅっ。うぅっ」

 あたしが目を見開くと飛び込んできたのは生首の目。それと目が合った。とはいっても、正確には、相手はもう目玉が一つはとびだし、もう一つは真上を向いていていたので、合う部分など実際にはどこも無かった。

「……なんで」

 気がつくと、あたしは椅子に縛り付けられる代わりに、死体の中で手足を縛られてうつ伏せに倒れていた。もう、あたしも彼らと同じに思われた状態なのだろうか……。

「……ん。でも。背中、痛く……ないかも」

 そして、いつの間にか背中にあった痛みが消えていた。どうしてだろう。

「サヤ。君は。君はどうしてそれほど、死を望む。死んでも、それでも何故それ程に死を望む? 答えてくれ」

 あたしの頭の上から、声がした。

 あの男の声だった。

「オレは君が欲しいと願うだけ、人間を用意した。そして、君が望むように手を貸した。それなのに、どうして満たされない。どうしてオレの声を聞き入れない」

 それから男の声がずっと続いた。懇願するような声、悲しみが入り混じるような声、そして時には哀れむような声が、繰り返し聞こえてきた。

 でも、それに返事は無かった。

 それでも。

「サヤ。お願いだ。君にあの青い石を贈る。そうすれば、死よりもっと美しいものが手に入る」

 ……青い石。

 もしかして、さっきからあたしに要求しているあの宝石の事? あれを誰かにあげるっていうの? しかも、相手は。

 考えがまとまる前に、背中にゾクッとしたものを感じた。

「気がついたか」

 いつの間にか、男の声が真上から聞こえた。あたしはあわててひっくり返り、仰向けになって上を見た。

 そこには。

 さっきの白衣の男と、彼の腕に抱えられている真っ蒼な顔をした黒髪の長い女の人がいた。彼女の方も看護師のような服を着ているが、どう見ても生きている人間には見えない。でも、「うー」とか「あー」とか、唸り声が微かに聞こえた。

「あ。貴方。一体、何をするつもり!? 宝石をどうするの? あれは死ぬはずの無かった人間の魂が宿っているものなのよっ」

「あぁ、そうだよ。オレが全部殺した人間の魂が百個以上入っている」

「あ……。貴方が?! 貴方が殺したってどういうことなの? だって、あれは青い真珠とかいう抹消執行人たちが」

「そう。あいつらは抹消執行人だ。ただの死刑を待っていた愚かな奴らだ」

「待っていた? じゃ、じゃあ貴方は? 貴方は誰なの? 何者なの?」

「オレは奴らにこの赤い石を渡して牢から出してやっただけさ」

「赤い……石!? え、じゃあ。貴方があの連中を手引きしていた……黒幕!?」

「そうだ」

 そんな。この男が全部を企ててたなんて。

「なんで? どうしてそんな事をしたの? 死ぬはずじゃなかった人間を沢山殺したり、悪人達を天に放ったり、死神を操ったり。なんでそんな事を!!」

「復讐さ。オレの一番大切なものを奪った奴らの」

「復讐?」

「そう、復讐」

「一番大切なものを奪った事への……」

 あたしは男が抱いている、手足をだらりとさせ首も据わっていない女を見た。彼女が奪われたといっている一番大切なもの。サヤ、と呼ばれている女……?」

「ここにいる彼女は抜け殻だ。ある日死神が、突然彼女の魂を天界へ死んでもいないのに連れて逝った。沸き立つ天の深部のどこかへ隠してしまった」

「し、死神が?」

「そうだ。とても神聖な顔をし、尊い光りに包まれた白い神に」

「それって、もしかして」

「あぁ、そうだ。貴様がかしずくあの死刑執行人だ。あいつは神々しい顔をして、平気でサヤを身罷みまからせた。だから、アイツの大事なもので復讐をしてやろうと思った」

「大事なもの……?」

 そんなもの、あるのかな? アレックス様の事? それとも鎌?

「アイツの最も大切な部下たちを使って、人間どもを殺させるの。何千と。何万と」

「部下で人間を殺させる……?」

 それって。

 藤島さんたちが人間を殺すって事?

「じゃ、じゃあ。赤い石を皆に贈りつけたのは!?」

「そうだ。サヤを奪い隠している天界と死神たち全てに復讐をするためだ。そして、ついでにアイツ自身にも自らの手で人間を大量に殺させようとも思った」

「大量殺人……」

 そうか。

 だから、あんなに普通の死神も操られて、挙句にカモフラージュの為に青い真珠たちを外に出して暴れさせた。

「でも、ことごとく失敗に終わったようね」

 そう。どこが不味かったのかと言えば、多分、全部不味かった気がする。青い真珠なんかを使おうとした事、特殊行動班なんかを操ろうとした事。いや、一番の間違いはあの神聖な死の神に復讐なんかを企てた事。それ自体が大間違いなのだ。

「いいや。そうとも、限らない」

「なんですって?」

「特殊行動班だけが、アイツの部下じゃない」

 男はそういって顔を歪め静かに笑った。

 彼の視線の先には。

「青い石を探させていただいたよ。少し手荒な真似をさせてもらったがね」

 椅子に座っている人がいた。着物を着た、女の人。

「心の中にあると言っていたが、やはり見つからなかった」

 ゆっくり首を上げると、何故かあたしは体ごとふわりと浮き上がった。

 そして。

 天井まで浮いてしまったあたしの目に入ったのは。

「い」

 心臓を抉り出された。

「やぁーっ」

 あたしの死体だった。