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休暇のクマと青春謳歌

初回掲載:2026年8月11日

登場人物

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《第三話 天の歌声 クマ謳歌》(3)‐2

(二)

「……こ、ここは。って、冷たいっ」

 光が治まり辺りを見回すと。あたしたちはとても薄暗い場所に立っていた。そして、全身、すぐに濡れ始める。

 ここは雨が降っている林の中だった。

「皆さん、こちらです。さぁ、早く」

 カルスはそういうとあたし達を先導し走り出した。どこへ向かっているかは全く分からない。けど今は彼の言う事についていくしかないから。あたしは遅れないように草をかき分け走った。

「あ。何? あの建物は」

「この森林公園の管理小屋です。ですが通常は無人のようなんです。この前、ここへ夕涼みに来た時に見つけたんです。一応、色々が揃っている感じだったのでここで一旦、今後の事を考えましょう。けが人もいますし」

「分かった」

 あたしたちは、急いで丸太で出来たちょっとしたログハウス風の別荘のような管理小屋へと避難した。

「でも、どうやって入るの?」

 木の階段を登り玄関前に立ったのはいいけど。ドアには当然、鍵がかけられていた。まさかここまで来て表で野宿?

「心配はいらないぜ。……ほらっ」

「え?」

 がちゃがちゃノブを回していると、突然、それがクルッと回転し、扉が開いた。

「何で」

「オレの魔法」

 あ、そっか。小手先に魔力を宿し、シリンダーを動かしたって事?

「それよか、早くけが人を面倒看た方がいいんじゃないか?」

「そ、そうだね」

 中に入ると、そこは外観ほど立派な作りではなかった。部屋は二〇畳くらいの広さで板張り。中央には大きな石油ストーブが二台並び、人が三人くらい腰掛けられる堅そうなソファーが二つと、それに挟まれた長テーブル。その奥にはミニキッチンとトイレ。それからシャワー室。サイドボードにはちょっとした食器類が並び、でも救急箱はそれなりに大きいものが設置されている。それらが玄関から一望できた。

「えっと。まずは何かふくものを」

 あたしは部屋の隅にあるクローゼットを発見したので開けてみた。中には数枚のタオルとバスタオル。それから毛布が五枚と寝袋、防寒着がそれぞれ二つ入っていた。

「それじゃ、とにかく魔法でけが人を治して休ませないと」

「それはなりませんぜ」

「どうしてっ。だって、このままにしておいたら、この人死んじゃうかも知れないよ。って、まさかこの期に及んで、過って殺害しようと思ってるとか?」

「アンタね。それも良いとは思いますが、ここでコイツを葬っちまったら、状況を把握するための情報源を全て失っちまうだろう」

「あ、そーか。重症、だったらなおの事、魔法で早く治した方が良いんじゃない?」

「だからそれは止めておいた方が良いって言ってるんですサ」

「どーして?」

「ここで魔力を使っちまったら、それを感知してすぐにアタシらの居所がばれちまう」

「えっ。で、でもさっきはリムズが鍵を魔法で開けたよ」

「そりゃ、程度の問題ですサ。鍵を回すにはそんな大した力は使いませんからね。そういうものは人世の雑念に紛れちまうから大丈夫なんですぜ」

「そうなんだ」

「それよりアンタ。早く湯を沸かしな」

「え、あ。はい」

 あたしがもたもたしている間に、リムズとカルスはけが人を寝かせられるようにソファーを縦に並べ、毛布を敷いてベッドを作っていた。ゼンルはそこにアレックスの服を脱がせて、うつ伏せに寝かせる。

「湯はまだですかいっ」

「あ、はい。もうすぐ」

 あたしもシャワー室にあった桶に沸かしたお湯を汲んで持ってゆく。ゼンルはそれを受け取ると、一度も使ってないと思しきタオルを湯桶につけて絞り、けが人の背中を拭いてやった。でも、その怪我をしている所の傷口から流れているのは人間とは少し違う色の血液。人間よりも少し淡い色の血液。透き通るような薄い赤だった。それが右肩から斜め下にかけて三〇センチほどの傷口から流れていた。

「大丈夫そう?」

「キズは深くはありませんからね。止血して、消毒薬でもふりかけて包帯をしておけばそのうち良くなりますぜ」

「そ、そっか。なら安心だね」

「ちっ。コイツがただの通りすがりでやられていたなら、真っ先にぶっ殺してやったものを。惜しいさねぇ」

「う、うーん」

 コメントに難しさがあるんだけど。でも、その気持ちは良く分かるから。

 あたしはキズの手当てをゼンルに任せると、夏なのに石油ストーブをつけて服を乾かしているカルスと、同じくストーブの前で寝っ転がっているリムズのところへ行った。彼らはあるものを見てしかめ面をしたり、うーんと唸っていた。

「どうしたの?」

「これ、です。この箱の中身が非常に気になります」

「あ、さっきの爆発しそうになった箱が入った水晶?」

「あぁ。こいつは一体何んなんだ? プレゼント爆弾か? テロか?」

 確かに。このプレゼント。あのままいけば爆発していただろう。しかも宛名がわざわざ書いてあったという事は。名指しで狙ってきた。その人を。すなわち。

 あたしはけが人を包帯でぐるぐる巻きにしている奴を見た。

「ゼンルを狙ったって事?」

 と、いう事なのかなやっぱり?

「でも、あのゼンルを爆弾で暗殺なんか出来っこないと思うけど」

 そう。多少の殺傷能力であのゼンルをどうにかしようなんて。少なくとも、ココにいる人間あたしたちは考えないだろう。

「主様。これは多分、ゼンルさんの命を狙った犯行ではありませんよ」

「え?」

 あたしの推理は途中で切れたけど、それを補うようにカルスがこちらを見た。

「どういう事? 命を狙ってはいないって。じゃ、何が狙い?」

「おそらく、力」

「力? 力って、パワーの力?」

「はい。現にあの方の部下は、全員、あちら側に取られてしまったじゃありませんか」

「え、まぁ。そうだけど」

「詳しい事はこの箱の中身を取り出すか、または、あちらのケガ人が目を覚まして事情をお話して下さるかしなければ分かりません」

「そうだけど。じゃ、箱を取り出してみる?」

「それはムリですね。取り出すためにもやはり魔力を使います。それは鍵開けとは違って簡単ではない。回復魔法より強い力が必要になるでしょうね」

「えー。じゃ、結局、あのハデハデな人が元気になるまでは何も分からないって事?」

「少なくとも。あの方がしゃべれるようになるまでは、ここで大人しくしているしかありません」

「そんなぁ」

 と、悲鳴を上げてみたところで。きっとカルスの言っている方法以外に最善策は無いだろうとあたしも思う。

「はぁ、まったく。ホント、御方と一緒に居ると退屈しないよな」

「うぅ。リムズはのん気で良いね」

「オレだって、色々と気をもんでるんだぜ」

「そうには見えないけど」

 リムズは寝そべりながら足の裏で水晶玉を転がしていた。何てことをしちゃってるんだか。

「あ、リムズさん。それ、お話によれば魂さんたちが入っているようですよ。そのように遊んでは不味いのではありませんか?」

「お、そーなのか? そりゃ、わりーわりー。それじゃ、こっちに置いておくか」

 リムズは素直に遊ぶのを止めて、それをテーブルの上にそっと乗せた。

 そして再び手持ち無沙汰になった彼は、またも同じく寝転がり「そういえば」と独り言のようにつぶやいた。

「家の外にいた連中の中で、何人か青い服の死神が居たような気がしたけど。それって、オレの気のせいか?」

「青い? 死神の中に?」

「私は気付きませんでしたよ」

「そーか? 確かに青かったと思うんだよな。なんつーの、真っ青とか明るいのじゃなくて、葱みたいな緑と蒼と黒の混ざったような色。四、五人居たような気がするな」

「へー、そうなんだ。でも、あたしたちは見てないよ。二階からは見えなかったよね?」

「はい」

 あたしたちが見たのは全員、黒尽くめの死神たち。変わった色のは見てはいない。

「そりゃ、おそらく抹消執行者」

 あたしの背後でゼンルの声がした。

「抹消執行者?」

 それも死神?

「そうです。奴らは死神。正確には、執行役だった連中ですサ」

 そういって彼女は(で、いいよね。とりあえず)あたしが座っている隣に立った。

「だった? だったって事は。今は違うって事?」

「そうサ」

「では何者なのでしょうか?」

 しばらく黙っていたカルスも、冷静な口調で話しに入ってきた。

「読んで字の如くですサ。執行役だった事を抹消された者達。魂たちに対し執行役としての責務を果たさず、私利私欲の為に魂や生死を悪用した言わば咎人。故に役を解かれ、天界の〝常しえの監獄〟へ投獄された天上人」

「罪を犯した執行役、という事なのですか。しかし、そんな所へ入れられている者達が、大手を振るって人世に出てくる事は通常ありえませんよね」

「当ったり前サね」

「じゃあどーして、そんな奴等が人世にいるんだよ」

 今度はリムズがやや興奮気味に話へ加わってきた。でも、あたしの気持ちも彼と同じだった。どうしてそんな人たちが人世に出てきて、しかも家に来るワケ?

「それこそ分かりませんぜ。だから、あの情報源がその全てを知っているんじゃないですかい?」

 ゼンルはそう言うと、あたしの隣に座った。

「そもそも抹消連中は、人間の生死を利用して悪事を働いた死神。あの監獄に入ったものは二度と表に出られる事はなく、いずれは肉体を滅ぼされ、魂も回収されて地獄の煮込み鍋行きなんですよ」

「それって死刑になっちゃうって事……だよね?」

「そうサ。人の生き死にを弄んだ訳なんですからね。そのくらいは覚悟をして頂かないと。死神ってのはそういう事をやろうと思って簡単に出来ちまうモンなんですからねぇ」

「そっか。でも、それならゼンルも? 前にたっくさん、色々、やらかしていたんじゃ」

「……それは」

 めずらしく彼女は口をつぐんでしまった。って、あたし、もしかしてしてはいけないツッコミをしてしまった、とか? で、でも現にあたしもカルスも殺されそうになっちゃったし。ねぇ。被害者っちゃ被害者の会だよ。


「……は悪くは無い。彼女は」


 え?

 どこから声がした。弱々しい声が。

「彼女は……悪くない。……職務なのさ。それが」

 ソファーの方からだった。アレックスが目を覚ましたのだろう。

「彼女の任は……。慈悲と無慈悲の狭間にある、真実を解く事なんだ。プレンティス、君は間違ってはいないよ。少なくとも僕はそう思う。そして、ユーディアも王もそう思っている。だから君はただ職務を全うしているだけなんだ」

 彼は気がついたばかりだというにも関わらず、とにかくプレンティス、プレンティスと彼女の名を呼び、彼女の仕事についてしゃべり、そして彼女をかばい続けていた。咎められる事は何もしていない。誰も悪くは無いと。

「止めるんだねっアレックス」

 うわ言のように繰り返す話に、当のプレンティス、ゼンルがやや声を荒げて厳しく彼の言葉を遮った。

「そういう戯言は後にしな。アンタ、気がついたンなら、天界と魂とそれからアタシの部下がどうしてあンなになっちまったのかをとっとと喋るンだねっ」

 彼女は立ち上がりソファーの脇に立って怖い顔でケガ人を見下ろした。

 あたしもついでにゼンルの隣に並んでアレックスの顔を見た。苦しそうな表情をしていた。まだ傷が痛むのかもしれない。

「ミスノノコ。彼女は天界執行役最高責任者の代行。だから君には分からないような事も沢山やらなければならないんだ。だから君は君で、君の考えたことに責任を持って動けば良い。そして、彼女もまた彼女の考えと責任で行動をしている。それを分かってあげて欲しい」

 そういって何故かあたしの方へ手をさしだした。だから、あたしも自然とその手を取り軽く握った。

「そう。君は輝星剣士なんだから」

 彼も力なく握り返して手を離した。それから「あぁ、プレンティス。君の白骨のような麗しい手にも触れさせておくれ」などと言ったので、その弱々しく震えた手はぐしゃっとあっさり踏み潰された。プレンティス自身によって。

「あ、ええーと。で、あのその。アレックス様も気がついた事だし。本題の話を聞こっか?」

「はぁ。でも、話を聞ける状態なのでしょうか?」

「さっきより悪くなってねぇ……?」

 あたしの隣にならんだカルスとリムズの言葉に「そうかも」とは思うケド。

 でも、まぁ。これも運命ということで。

「それでアンタ。天界で一体何があったンですかい? 聞けば抹消執行者が表に出てきちまったようですけど。まさかウッカリ脱走させちまったとか言うンじゃあ~りませんよねぇ~」

「はは。プレンティス、その、ま、さ、か、さっ」

 そして彼の言葉を聞くとゼンルは眉間に皺を寄せ「本当、な、ん、で、す、か、い?」とアレックスの胸座を掴んでゆっさゆっさと乱暴に振った。

 って、ホントにこんな扱いでこのケガ人は大丈夫なの? いや、本気で。

 しかし。

「何がそのまさかなんですかいっ!? それでっ。それからどうなっちまったンだいっ!!」

 ゼンルはなおもゆっさゆっさと激しさを増した。

「な、何もどうも。今日、処刑される抹消執行者たちを牢から出すときに、奴らは刑務の者を殺害し脱走したんだよ。全部で五人。誰も彼も凶悪な奴ばかり。人間の魂を食べたり殺したり。生死を勝手にいじったりを繰り返した者たちだ」

「五人。まさか」

「そう。君がこてんぱにし、生死の境を彷徨わせて捕らえた」

「んな事ぁ捨ておきなっ。このろくでなしが」

 と、今度はけが人をポンとソファーに放り、顔面を踏みつける。

「そいつらは殺戮集団〝青い真珠〟
――えらくセンスの悪い名を名乗り、魂を大量に略取誘拐、挙句に天界執行役最高責任者のユーディアの夕飯に毒薬を混ぜ暗殺を企んだ連中サ。あの時は始め原因と犯人が全く分からなかったンですがね。調べていくうちに死神が関与している事が分かって。で、とっ捕まえてみりゃ執行役が五人もぞろぞろと。さすがに呆れましたサねっ」

「うんうん、そうだったね。緻密な企てをし未遂にしろ実行できた奴等。でも君と仲間が敵のアジトに乗り込んで捕り物帳をし、とりあえず全員の首をかっさばいた……」

「してませんぜ」

「とりあえず全員の左腕を鎌でさばいた」

「ま、そうですがねぇ。悪さする手ぇは要~りませんから」

 と、手を伸ばすケガ人の左手をもう一度ゼンルは踏み潰した。おイタが過ぎるって?

「え、えーと。つまり、そんな危険な奴等が脱走して今や表舞台で悪い事をやりだしたってワケ?」

「そうだよっ。さすがミスノノコ!! プレンティスの指導のタマモノだね」

「いや。別に誰でもわかると思うんですケド。で、具体的にその人たちは何をやろうとしているの?」

 また殺戮とか? 魂をいただきます、とか?

「ふふっ。ミスノノコ、そこまではまだ分からないんだね?いいだろう、僕が教えてあげるよ」

「え、あ。何か別に遠慮したいような」

 いや。でもここでお断りをしちゃ不味いか。

「――復讐だね」

「は? 復讐?」

 ちょっと葛藤していると。思わぬ言葉が耳へ入ってきた。

「復讐って。それってゼンルに?」

「そう。正確に言えば自分たちをこんな目に遭わせた天界執行役の特殊行動班へ」

「そ、そんな。それって、自業自得じゃない? 悪いことしたんだから」

 でも、そんな事ぐらいで、左腕がもがれたくらいで、あんな大暴れをするもんか? しかも仕掛けてきたのは小型のプレゼント爆弾。それじゃ到底復讐を果すような威力は無い気がするけど。

 つまり。

「行動が矛盾していますね」

 そう。そうだよ。あんなに大暴れが出来る殺戮集団なら、奇襲作戦で特殊行動班をやっつけちゃえば良いワケだし。逆に、隠密行動で仕留めるならこんな派手なパフォーマンスは避けるべきじゃない? こっそりグサッてな感じで。

 うーん。どういう事だろう。

「それはきっと〝左手〟だったことが鍵のような気がします」

 左手だから?

「って、なんで?」

 死刑にされそこなった事を恨むならともかく。極悪人が左手を取られたくらいでそんなにも怒る? 手にまだ右手はあるじゃん。

「カルスは何でそう思うの?」

「考えてみてください。第一に脱走した青い真珠は、その目的を逃亡や行方をくらます事ではなく〝復讐〟とすえている。これは連中が〝罪を犯し捕まった〟という一連の流れの中で、復讐をしたいと思う何事かが起こったからではありませんか? 復讐とは何かが起こり、それに対して恨みを晴らす行為です。普通は脱獄をしたら、まず見つからないように遠くに逃げる、またはどこかへ隠れる事をしませんか? もし仮に私だったら、今度捕縛されれば確実に死刑にされてしまう相手に、わざわざ戦いを挑んだり、危険を冒してまで復讐など考えません。少なくとも、ほとぼりが冷めるまでは行動は慎みます。しかし、あの逃亡犯はそれをあえて選んでいる。危険を顧みずですよ。それは死よりも果すべき事、モノ、があの人々の中にあるという事ではありませんか?
 そして第二に、ではそんな復讐心がどこから芽生えたのか。もし投獄された事を恨んで復讐したいというならば、あまりにも動機としては薄いとは思いませんか? それに、投獄が復讐の要因であるとしたら、逃げ出す事で解決ではありませんか? それはある意味、心の蟠りが解放され、復讐心は薄らぐのではありませんか? 自由になるだけで良い。戻って復讐などかえって全く無駄な行為です。
 と、なると。投獄自体が復讐の動機ではない、しかし復讐心は強い。
 ではあの逃亡犯が捕まる前に時間を戻し捕り物帳の時を思い返いしてみると。その時に受けた仕打ちについて振り返ると、ゼンルさんたち特殊行動班によって捕らえられ、更にその時に〝左腕を削がれた〟が浮かび上がってきます。
 ただの攻防だけでは投獄されたと同じくらいに、復讐したいという動機には薄いです。そして殺戮集団の個々に受けた傷はまちまちのはず。仲間意識で誰かが一人深手を負ったからその復讐をするのもあるかもしれませんが、おそらく全員が恨みを抱く決定的な事が起こったのでしょう。一つだけ、同じ苦痛を味わわせられた。それが〝左手を削がれた〟事です。
 つまり、その行動こそが一番恨めしく憎らしいと思った事になるのではないかと。如何でしょうか?」

 ……。

 って、言われても。

「さすが紅の魔道士殿。いや、だからこそ地の神として任を賜れてらっしゃる訳だね」

「まったく、呆れるくらい深く読みますサねぇ」

 アレックスとゼンルも少し間を空けてそれぞれ感嘆した。あたしとリムズに至ってはぐぅの言葉すら出てこない。恐るべし、元軍師。

「その通りだよ。まさに、左手、だったからこそさ」

「そうなんですか。執行役さんにはよっぽど意味のある手、なんですね?」

 するとアレックスは自分の両手を顔の正面まで持ってくると、その手をじっくり眺めた。

「死神の手。僕たちの両手には、それぞれに意味があるんだよ」

「意味が?」

 右はお箸を持って、左はお茶碗を持つとか、そういう事?

「右を再生、左を消滅。それを魂に与える事ができるンですぜ」

「再生と消滅? あの、どういう事かよく分からないんですケド」

 するとゼンルは、やれやれという表情を作って「アンタの所は部下の方が優秀サねぇ」と。ついでに「両手の意味も右はお箸、左はお茶碗とか思ったンじゃないですかい?」と。うぅ。なにさ。別に良いじゃん。

「つまり。死神が右手で鎌を振るうと人は甦り、左手で振るうと人は消滅するという事だよ、ミスノノコ」

「へ? そ、そんな事が出来るの? 死神のみんなは」

 あの、おふざけばっかりの特殊行動班の人たちも? 藤島さんや女優、電気屋さんと小学生のあの子まで。

「そうです。だから秋霜烈日に職務に当れない者は死刑になるんですサ。アンタが考えてる程、この仕事ってのは甘くはないンですぜ」

 秋霜烈日か。

 知らなかった。死神ってただ単に人を天国へ案内するだけだと思っていたのに。そんな権利まで持たされているなんて。

「ま、もっとも。こんな力は滅多に使いませんがね。第一、アタシらが人間に近づき過ぎて、深く関わっちまうと死の馨りに中てられちまうのもいますからね。わざわざ殺し屋みたいに地上へ行く事もないンですよ。そして執行役は主に天への道を説き、導く事が仕事。鎌を振るう事は通常しないンですぜ。言わば鎌を持つのは形だけなんですがねぇ」

「それに満足出来ない者たちがいた、という訳ですね」

「そう。それが今回の青い真珠たちサ」

 はぁ。そうだったんだ。悪い事を考える輩ってどこにでもいるんだねぇ。死神なんて基本、みんな良い人たちばっかりだと思っていたのに。

「ってことは。ゼンルが左手を切り落としたのは」

「無闇に人間を殺した罰。あいつらは死人リスト外の人間を百人以上は殺しましたからね。天命でも寿命でも無い人間を。これぞよく言う、罪も無い人間を」

「って事は。特殊班を付け狙うってのは完全な逆恨みじゃない?」

 って、あたしは思うケド。

「しかし青い真珠たちは思わなかった。魂を人間から刈る為の左手を失ってしまい、脱走したところで今までと同じ悪行もできなくなってしまった。だからそれが今回の復讐につながるという訳ですね」

「だと思うンですがね」

 そうだったんだ。悪人はどこまでも悪い事しか考えないよねぇ。

「でも、だったらそんなに焦って急がなくても良いんじゃない? もう、その人たちって悪い事は出来ないんでしょ? だったらこっちも良く考えて動こうよ」

「いいえ。そんな悠長な事も言ってられないンですぜ」

「なんで? だって、その人たちはもう」

「そうじゃないぜ御方。今朝いたのはそいつ等以外にも死神がいただろう。しかも青服じゃない、操られてたような黒い死神が」

「あ、そういえば」

 確かに二階から見えたのは黒ばっかだった。

「それにあの赤い小型爆弾も気になります。牢に入っていた者たちがそこで作るのは不可能。そうなると以前から作っておいた、または、誰かが作ってきて彼らに渡した。つまりなんにせよ、奴らには牢の外に仲間がいたという事になります」

「えーっ、仲間!?」

「そうです。脱走の手引きをした者、外と中を結んでいた内通者がいたと考えるのが自然でしょう。
 プレゼント爆弾などという、あのような手の込んだ事。それを脱獄してすぐにそれを利用した行動を取る事ができるでしょうか? それはいくらなんでも不可能です。前もって準備はしていたはずでしょう。しかし牢の中だけで爆弾は用意できません」

「そ、そんな。それってば」

「そうサ。死神の中に、彼らへ味方をした裏切り者がいたってことさ」

 裏切り者……。天界に、死神にそんな人が居るなんて。

「おやおや。信じられないって顔をなさっていますがねぇ。でも、以前からそういう歪みを内偵はさせていたんですよ。執行役とは言え、所詮は生を受けた時からそういう素質があった連中だけがなっている訳じゃないんですよ。適性が合っていたから皆、この任を負っているだけ。全員がアタシのように平等と正義と優しさが完璧じゃ無いンですぜ。だからこそ、そういう悪事に走っちまう事もある。そして、そうならない為にも、戒めとして規則を破ったら死ぬ、そう定めているンですぜ」

「厳しいんだね、死神って」

 つくづくそう思う。この人達の仕事は結果が全てで、良き事は良し、悪しき事は死ぬ。これほどまでの厳しさに毎日耐えて生きているなんて。人間には出来ない、少なくともあたしには出来ない事だと思う。

「でもアンタ。アタシャね、アンタにゃその素質があると思うンですよ。少なくとも死神を裏切った者、脱獄した連中に比べたら」

「そ、そうなの? で、でも何か」

 相手は死神失格というか、むしろ人道上、いかがなものかという連中であって。比較されているあたしがすごくイタい存在のような気がするのは……気のせいではないと思うんだけど。

「ま、でも今はそんな戯言を言っている場合じゃないねぇ。問題は青い真珠の他にも内通者か外部の味方がいてアタシらを狙っているって事だね」

 ゼンルもさすがに険しい顔をした。それを受けてなのか、のびていたアレックスもいつもにない真面目な顔をする。

「そう。多くの執行役があの五人に操られて天界からこの人世へやってきている。だから天界王は天界と人世の門を閉ざされて悪しき連中を締め出した」

「門を閉じた? よりにもよってなんてことするンです、あのボンクラは」

「仕方が無いんだよ。青い真珠の操った死神が多すぎて。天にもそういう奴らが溢れてしまったから、地上に出て行った連中と天界の連中を分断して、それぞれが対処に当たることにしたんだ。
 だからプレンティス。天界最高責任者から特殊行動班に命令だ。地上に降りた青き真珠の抹殺と操られている執行役たちを正気に戻し、地上の人間達の安全を確保すること。そして、それを迅速かつ確実に行って欲しい」

 まじめな顔で一切の踊りをせず、彼は特殊班の長を見た。

「そうは言いますがねぇ。特殊行動班は現在アタシしかいないンですぜ。加えてアンタは動けないだろう」

「いや。君が動き出したら、もう隠れている必要もない。だから君の愛がこもった熱い回復術で治してもらえば僕も戦える」

「アタシが動き出したら、まずアンタを一番先に息の根止めてやりますぜ」

「はははっ。息も出来ないほど愛を語り合おう」

 直後。

 けが人に二度目の顔面キックが見事にキマッた事は言うまでも無い。こ、この人達って本当に真面目にやる気、あるの……?

 と、ともかく。

「それじゃ、その青い真珠を早速、退治しに行こうよ」

 これ以上、どーでもいい夫婦漫才を見せられてもなんだし。それに事態は思った以上に深刻っぽいし。

「そうですぜ。こんな所にいつまでもいちゃ何も解決しませんからね」

 ゼンルもアレックスの胸座を掴んで、反対の手で背中に回復魔法を掛けてやる。手から薄い緑色の光がゆっくり広がっていく。これできっと青い真珠たちに居所が知れて、開戦って事になるのだろう。

「あぁ。さすがに良く効くね、君の力は」

 色々な意味で苦痛の表情を浮かべていたアレックスは、みるみる顔色がよくなった。

「それじゃ、アンタ。行きますよ」

「あぁ。君となら一緒に地獄にだって行くさ」

「やっぱり一人でいきますぜ」

 と、ゼンルはいつもの自分の銀の鎌を喚び、玄関の方へ歩き出した。

「それじゃ、あたしも」

 右手に輝星の剣(刀バージョン)とカッコも羽織袴の姿になった。ちなみに今日は緋色の着物と黒袴。なんか、闘争心がみなぎるいで立ちだね。

「ちょっと、アンタら」

 剣を抜いたあたしにゼンルがこちらを振り向いた。

「アンタはここで大人しくしてるンだね」

「は?」

「これは天界の引き起こした事なんだから、アンタには関係は無いンですぜ」

「え!? でもだって、あんなに敵がいるんだよ。二人で戦うなんて無謀すぎだよっ」

「無謀もうまい棒も関係ありゃしないンだよ。これは執行役特殊行動班が責任をもって解決することサ。アンタみたいな〝人間〟には用の無い話なンだよ」

「そうかもしれないけど。でも、そう、一応あたしだってアルバイトだもん。死神見習いだよっ」

「だとしても、見習いなんかには到底手に負えない話ですぜ。大体、アンタの格好は何なンです? そりゃ立派な輝星の御方さんじゃないですかい。それは見習いのする出で立ちじゃないですぜ」

「もぉっ。格好なんてこの際どうでもいいじゃん!! あたしは藤島さんとか皆んなが心配だし、多勢に無勢の戦いへ二人だけでなんて行かせたくないっ」

「ちっ。そんな事は心配無用。アタシャ一人でも余裕で勝ちますよ」

「でもでもっ」

「アーンタもしつっこいですねっ」

「ゼンルの方こそしつこいっ」

 むぉーっあんなに沢山敵がいて、人質だか、敵に寝返っただかの特殊行動班もあっちにいるっていうのに。いくらゼンルが強いからって絶対無謀だよ!!

「ゼンルさん。ここは共同戦線、という事にしませんか? このままでは人世の魂が奪われる、即ち、人世の人間が殺されてしまう。それは六源神である私や、生命を脅かす者へ剣を振るう五輝神にとっても由々しき事態。人間を守るのが我々の使命でもあります。だから互いに協力しあう、というのはどうでしょう?」

 譲り合わないあたしとゼンルに、カルスがにっこり笑った。

「勿論、貴女方のやり方に我々は口をはさみません。お好きに為さってください。あくまで、こちらは〝人を守る為に動く〟ということです」

「紅の魔道士さん、アンタ」

「私も多勢に無勢は合理的ではないと思います。魂が狙われているのならば、一刻も早く動く、そして共に行動できる者がいるならば数は多いほうが良いと考えますよ」

「ちっ。どいつもこいつも」

 ゼンルはそう言って「それじゃアレックス補佐官。六源神と輝星剣士の行動を共にする事に許可を」と玄関を開けて外へ出て行ってしまう。

「へぇ。あの死神ヤロー。いや、あの執行役は思っていたよりまともだな。スタリートが選びそうな奴だ」

 リムズはそういうと、自分も星光灯の剣スターライト・ソードを喚び、それからしょうけんの姿――銀の長い髪を一つに結わえ、マント、詰襟の動きやすい白の軽装にさせた。

「さ、お許しを頂いたみたいですし。我々も行きましょう、主様」

 カルスも本来の姿である水色の長い髪を頭の天辺で結わえ、紅い魔道士のローブに、それから手には三色団子と同じ色の宝玉がついた紫水晶の杖アメジストロッドを喚んだ。

「あ、うん。でも、あたしの説得って効いたのかなぁ? なんかカルスの言い分に軍配が上がった気がするんだけど」

「そんな事はありませんよ」

「そうだぜ、御方。ほら。少なくとも、あのキラキラヤローは」

 と、リムズが指を差した方を見ると。

「……したっ。感動したよ、ミスノノコッ。僕のプレンティスの為にその身を挺して戦ってくれるなんて。うんうん、プレンティスと行動を共にする事、大いに結構。さぁ、共に巨悪に挑もうっ。手に手を取って!!」

 確かにハデハデ貴族さんは完全復活のオペラを謳っていた。あ、まぁ。許可が出た事はよかったよ。

「え、えーと。それじゃ、ゼンルを追おうっ」

 あたしたちも雨の降りしきる外へ、各々の相棒と共に飛び出した。