読書位置は、この端末に自動保存されます。
《第三話 天の歌声 クマ謳歌》(3)‐1
(一)
「あーら。見て見て、エドワード。このお衣装、素敵だと思わない?」
「そうだな。こっちの小道具もなかなか洒落ているようだぞ、マリアンヌ」
八月二十五日。
空の彼方の果ての果て、とある南国の浜辺にて。
二人の死神が、椰子の木の幹で。それはそれは見目麗しいドレスと目映いばかりの装飾品を発見した。
「この素材も良いものだわ」
女性の姿をした死神はしなやかなドレスを手に取り、うっとりしている。型はマーメード、色は金。ハリウッドのスター女優が赤いカーペットの上を歩く時にしか着られない。しかし、彼女にはそれを着こなせる容姿と度胸もあった。
「しかし、この首飾りは……ガラス玉のようだな」
今度は、男性の姿をした死神が手にしていたダイヤで出来たと思しきマチネーサイズ(約五十三センチくらいの長さ)の首飾りを手に取り目を凝らしていた。直径一センチのダイヤの粒を数十粒連ならせ、その中央には他のダイヤより三倍はある赤い宝石が付いている。朝焼けのような、昇り始めた太陽が空を焼け爛らせたような輝きを放っていた。
「うーむ。それなりには良いものだろう。しかし……」
カチッカチッカチッカチッ。
その赤い宝石からそんな音がした。まるでそれは時計の秒針が動く音。
「何の音?」
「分からん」
カチッカチッカチッ――
音が止まった。次の瞬間。
その赤い宝石は強い光を放ち。
「きゃぁぁっ」
「うおぉぉっ」
ボンッと爆発した。
「な、何なのよぉーっ」
「誰だこんなものを置いておいたのはぁーっ」
二人の死神は見事なまでに真っ黒焦げ。髪はアフロで衣装はススだらけ。
「あぁっ!! ドレスもメチャクチャ。しんじらんなーい」
女性の死神が持っていたドレスもあえなくボロッとなって、南国の風に乗って海の彼方へ飛び去った。
「海の藻くずって感じだな」
男性の死神は水平線の先へ遠い視線を投げてため息を吐いた。
二時間後。
「あー。それで、ですね。この決定的な証拠写真を突きつければ、相手も認めざるを得ないと思います。この報告書も」
とある地方都市の雑居ビルの一室。そこの狭い応接室に、興信所で唯一の職員兼所長と四十半ばくらいの女性が向かい合い、数枚の写真とA4の紙を広げながら深刻に話し込んでいた。
「やっぱりあの人には」
「はい。お気の毒ですが、この数日。正確には九日間。この方と一緒に二回、ホテルへ」
「うぅっ何て事を」
女性は写真の一枚を手に取り、もう一方の手で溢れ出す涙をハンカチでぬぐった。
「こんな男と。こんな男のどこがいいのよ~っ」
ドンッと女はテーブルを平手で叩く。乗っていた写真と紙、そして、彼女自身の頭に乗っていた長い黒い髪が宙に舞った。
「く~そぉぉぉっ透のやつぅぅっ。ぶっ殺してやるーっ」
さっきまでの確かに女に見えていた依頼人は、野太い声で叫んでいた。
「失礼します、お茶をお持ちしましたけど。あ、れれっ? 所長、お客様は確か女性なんじゃ……?」
紅茶とクッキーをお盆に乗せて運んできた小学生くらいの男の子に、所長は目の前で荒れ狂うスカートを履いた男を指差した。
「なによなによっ。あたしが男でどこが悪いのよーっ」
「いや、そんな事は言っていません……ケド。俺は、あの、報酬さえ頂ければ」
「きーっ悔しいっ。あいつ、愛してるのはあたしだけって言ってたのに。なのに、なのになのにぃぃっっ。うっらぎりものぉぉぉっ」
ばんっばんっばんっと、男は両手でテーブルを叩く。
それに伴って、所長、男の子、そしてクッキーと紅茶、写真と書類、それから長い黒髪のカツラが、それぞれ腰を浮かし、波立ち、宙を舞う。
「あ、あのその落ち着いてください。松本栄助さん」
所長はその名を口にし後悔した。
正面の女性、だった人は。その名に体がヒクッと反応をした。
「そ~の~名~を~っ」
「す、すみません。星セリナさん、ですよね。ははっ」
「く~ち~に~っ」
「しょ、所長ぉーっ。僕、危険を察知しましたよ。今、ここで」
「す~んじゃ~ねぇぇぇっ」
完全に男へ戻った依頼人は、目の前のテーブルをグワッと持ち上げた。
「伏せろ、翔太っ」
「怖いよ~っ」
直後。
そのテーブルは屈んだ所長、小学生の頭上を飛び越えて、奥の窓を突き破りビルとビルの間の細い路地へと落下して行った。
「んもぉっ。最っ低ーっ。あたし、帰るっ」
一通り暴れたその男、いや、女。いや、まぁ。本人の希望で言えば、やはり彼女と呼ぶべき依頼人は、散らばった写真、書類、それからカツラを引っつかみ、所長をキッと睨んでプリプリ出て行った。
「あ、報……酬。うぐ、無念」
「あぁ~所長っ!! しっかりしてくださいよーっ」
「すまねー。俺はもうダメだ」
「だめですよっ。ここで倒れたら、お金もらえないです。そうしたら家賃と僕のおこづかいがっ」
「だが俺はオカマに勝てる力は残ってな……い」
「わーん。やだよぉ~っ。ここで負けたら、お金もらえなくて森羅万象チョコが買えなくなる~っ。起きてよ、働けよぉ~、バカ辰夫ぉ」
「くぉっ。この我がままチビ助っ」
しかし、そんな彼らに更なる悲劇が待っていた。
残された二人の部屋は見事なまでに無残な状態になっていた。粉々に砕けたクッキーの欠片、かび臭い絨毯に広がった紅茶の茶色い滲み。更にテーブルによって突き破られた窓。そのガラスの破片が部屋のあらゆる所に飛び散っており、まるで嵐が過ぎ去ったような状況だった。
「はぁ。これ、また片付けるのかよ。面倒だな」
「仕方がないでしょう。でも、本当の名前を言われただけでキレるなんて。人間てよく分かりませんよね。いいじゃん、名前くらい」
「まぁな。あ、でも。俺らの周りにも一人、本当の名前を言われるとキレる方がいらっしゃるよな」
「あ、そっか。その人もオカマ……いいえ。あの方は一応、女子ですもんね」
「お前なぁ。その発言がバレた日にゃ、地獄の釜茹での刑にされるぞ」
「えへへ、スミマセン」
惨状の中で二人は、よろよろ立ち上がり部屋を見渡した。そして、所長の方はため息を吐き一言。
「新人にでも片付けさせるか」
遠い目をして破られた窓の向こうを見た時だった。
青い空の方から窓へ向かって赤く光るものがポーンと飛んで来た。
「何だ?」
「お宝ですかね!」
光るもの。それは人の握りこぶし大の赤く輝く石。コロコロ転がり、ちょうど二人の足元へ。
「なんだこりゃ? 見たこと無いな。ルビーか?」
「分かりません。でも、さっきの松本さん、いえ、星セリナさんからの報酬の代わりに頂いておきましょーよ。で、森羅万象チョコを買おう」
と、少年はそれを拾い上げた。
その時、だった。
カチッカチッカチッカチッ。
赤い石からそんな音がした。
「な。何か、コレ、もしかしてヤバくないか?」
「え? どうしてですか?」
「だって。普通、宝石から音なんかしなくねぇ?」
「たしかに」
カチッカチッカチッ――
音が止まった。
次の瞬間。
その赤い宝石は強い光を放ち。
ボンッと爆発した。
「うおぉぉっ」
「チョコ買えないじゃぁーん」
二人の悲痛な叫びは、晴れ上がった青い空に大きく響いた。
そして。
――その日の夕刊。某地方欄の隅っこには。
〝興信所に爆発物!? ガス漏れか?〟
〝本日、午前十一時半頃。広瀬市、大森ビル三階にあるF&M興信所(所長・藤島辰夫39)から爆発があった。〟
〝室内に居た所長、藤島辰夫さんと甥の三井翔太君(10)が爆発に巻き込まれた。二人は駆けつけた救急隊によって助けられ、病院に搬送されるが特に命に別状は無く、手足に軽い擦り傷を負った程度で済んだ〟
〝なお部屋の被害状況と中から少量の火薬が検出された事から、警察は爆発物による事件とガスによる事故の両面から捜査を進めている〟
〝藤島さんは日頃からお金に困っている事が多く、甥の翔太君を事務所内で働かせている事がしばしば目撃されていたという。〟
翌日。
「お~やおや。だから、アンタらまとめてシケた面、してるンですかい?」
と上司は、暗い表情、浮かない顔を浮かべている四人の部下を見た。
「し~かし、藤島に翔太。この新聞には、良い事が書かれてますさねぇ」
それからテーブルの上に、パサッと昨日の夕刊を放る。そして、ある記事を白くほっそりした美しい指でトントントンッと指した。そこには〝藤島さんの調査は日頃から強引なところがあると言われており、怨恨の面からも捜査は進められている〟と記されていた。
「強引な調査、ですかい。そりゃ、そうかも知れませんよねぇ。姿を消して、人間のプライベートを探るなんざ余裕のよっちゃん。なんと言っても天界執行役、死神な~んですから。そうですさねぇ、イシュール、ウィリアム」
上司はいっそ強く、そして早く指をトントントントントントンッとつき最後のトンッで新聞紙にはズボッと穴が開く。
あぁ、下のテーブルに指、貫通しちゃってるんですケド。あたしの。
「ま、まぁまぁ。ゼンル、そんなに怒らなくても。みんなだって可哀想な目に遭ったワケなんだからさ」
あたしは見るに見かねて、上司と部下の間に入ってみた。このままだと藤島さんと翔太くんの命が本気でヤバイと思うし。ってゆーか、あたしの部屋で血の海が広がっても困るし。
「そうはいきませんぜ。人間になって人世で働くのなら、そこのルールに則ってもらわなくちゃ困るンですよ。道理ってモンがあるんですサ。アンタら、それを分かってるンですかい?」
しかし、誰も返事はない。藤島さんたち、よっぽど凹んでるらしく上司のお説教もかなり効いているようで無言だった。
ま、まぁ。確かに。あれだけ、毎日がハッピーハッピーに生きている人たちからしてみたら。
「でも、爆弾にやられちゃったんだから。少しは……ねぇ」
そう。
彼ら、彼女ら、天界執行役特殊行動班は、昨日、何者かによって爆弾を送りつけられたらしく、それぞれがかなりダメージを受けていた。勿論、体への外傷はそれ程でもない。むしろ、魔法でその辺は何とかできる。
しかし、問題は心のほうだった。
彼ら、彼女らは、常に天真爛漫さが売りなのだが。そんな人たちに、いたずらにしては少~しひど過ぎるのではないかと思われることが起こったのだ。さすがに藤島さんを始め、他の執行役の方々も落ち込んでいるようだった。しかも人世でちゃっかり副業を違法なカタチでやっていた藤島さんは、上司、ゼンルにばれてしまい、更なる追い討ちを受けているようだった。
「ちっ。ま~たっく新人にかばわれるなんざ、みっともありゃしない。少しは反省しているンですかい?」
しかし四人とも無反応。
うーん。やっぱり、よっぽどだったんだよ。
「イシュール。何か言いたい事は無いンですかい?」
「……たんです」
「な~んです?」
「見たんです、俺」
「何を?」
「赤い宝石の中に」
「だから、何をです?」
「「「「魂たちを」」」」
四人の合わさった声に、あたしとゼンルは顔を見合わせて頭にハテナが三つくらい乗っかった。
魂が――入っていた? どーゆー事? っていうか。いつもの冗談か何か?
「何です、それは? 誤魔化すならもっと他にもあるんじゃないンですかい? それをよりにもよって、死神やっててそんなデマかせを言うなんザ、全員、降格処分ですぜ」
ゼンルもあたしと同様に、その話をまともに聞きはしなかった。
「で、でも執行役。我々は本当に見たんだ。あの、赤い輝きが破裂した時に、一緒に少なくとも十人分の魂が一緒に爆発して、その場で散ったんです」
「そうなんです。僕も見ました」
「あたくしも。光だけじゃなかったのよ」
「あれは確かに、魂。それも人間の」
四人はそれでもなお主張を続けた。しかも彼らのお気楽さは完全に消えて、真剣そのものの表情だった。
「それじゃ、その証拠をアタシの前に持ってくるんだね。そうすりゃ、信じてやりますぜ」
ゼンルは部下のあまりの深刻な顔に、ため息を吐いて「やれやれアタシも甘い事を言っちまったもんだ」と独り言のようにつぶやきながら四人を見た。
うんうん。いつもいたずらばっかりやらかしてる彼らには、それくらい言わないと真実を語らせられないのかも知れないけど。でも四人は浮かない顔で悶々としていた。
「ホントなのかな?」
「さぁ。こればっかりは分かりませんからねぇ。第一、もし、そんな魂が出てきて吹っ飛ぶ爆弾なんかが出回ってたら、まずはアタシらの班にイの一番に知らせが来るはずですぜ。けど、お生憎様。アタシは何にも聞いてないからねぇ。大方この四人の悪ふざけなんじゃないですかい?」
「そーなのかなぁ」
まぁ。確かに四人の話を鵜呑みにして振り回されるのもちょっと、ねぇ。ここはゼンルの言う通り、ホントにそうだったなら何かの証拠物件を提示してもらわないと。例えば、爆発した赤い宝石の欠片とか。
「ま、でも。今はとりあえず朝ごはんにしようよ。そろそろカルスが用意出来たって運んでくると思うから」
そう。今日はいつもお世話になっている死神の先輩と上司を朝食に招いてみたのだ。けど、まさか、こんな事件が起ってたなんて。何かすっきりしない朝だけど。でもカルスの作ったご飯は美味しいから。食べたら皆んなも少しは元気が出るでしょう。
「それじゃ、あたしも支度が出来たものを運んでこようかな」
何となく重い空気だったので、とりあえず気分が変わるように出来上がった料理から運ぼうと立ち上がった。
その時だった。
「主様~、開けてください」
「あ、ほら。丁度、ゴハンが出来たみたいだよ」
ナーイスタイミング!!
あたしは部屋の前から聞こえたカルスの声に返事をして、急いでドアをあけた。
「ありがと、カルス。あたしも運ぶのを手伝うよ」
「それはありがとうございます、主様。でも、朝食はあと少し時間が掛かります」
「え? じゃあ、どうしたの?」
「それが先ほどリムズさんが新聞を取りに庭に出ようとしたら。この箱が届けられていたのです」
「箱?」
「はい。しかも」
と、言って何故かゼンルの方をみた。
「何です? アタシにですかい?」
「はい。このメッセージカードに〝プレンティス侯爵妃殿下様宛〟と書かれています。それは、貴女の事ではありませんか?」
「まぁ。確かに、この中でそれに該当する人物に一番近いのは、アタシかもしれませんがねぇ」
と、言ってゼンルはカルスの持ってきた箱を受け取った。縦横高さが二〇センチくらいで、白い包み紙に青いリボンが掛けられている。
「なーに? ケーキかな」
「さぁ。食い物を差し入れてくれるような知り合いはいませんぜ」
「じゃ、何だろう。ダイヤかな? 宝石?」
「アンタねぇ。アタシにそんなものを贈ってくる奴は」
「え、一人いるじゃん。アレックス侯爵殿下が」
「だったら、早く捨てちまわないと……いや。あと、別にいるかも知れませんぜ」
と、奴は鋭い目つきになりその箱を耳元へ近づけた。
「な、なに?」
「しっ。静かにするんだね」
その一言で緊張感が走った。
カチッカチッカチッ。
「秒針の音?」
何故か今までしなかった時計の音が聞こえてきた。
「こ、この音」
「これです。この音がして」
「そうよ、すぐに爆発が起こったのよ」
「プレンティス執行役っ危険です」
四人の死神たちは次々に立ち上がり叫び出した。
その直後。
カチッカチッ――
音が突然鳴らなくなった。
同時に。
箱から赤い光が大きく広がりだした。
「主様っこちらへ」
「わーんっ怖いよーっ」
あたしはいち早く、カルスの背の後ろへ引っ張られて避難。でも、この光がさっき藤島さんたちが言っていた例の爆弾だったら。今度はあたしの部屋が吹き飛んで、テレビと新聞沙汰にっ。
「封除破っ」
部屋の中に突風が吹き荒れだした時、カルスの声がした。それと共に、風は収まり、赤い光も小さくなり、やがて消えた。
「な、何っ!? え? 何? これは?」
あたしは彼の背から顔を出しゼンルの立っていた所を見た。すると、そこにはサッカーボール大の水晶玉を両手で持っている奴が立っていた。よく見ると、その水晶の中にはさっきの白い箱が閉じ込められている。
「壊すより、こちらの方が貴女方のお役に立つでしょう」
「紅の魔道士さん。アンタ、話を聞いていたんですかい?」
「はい。リムズさんが、貴女の補佐官から爆発騒ぎの話を聞いていましたので、事の次第は」
「そうですかい。はぁ、こりゃアタシが間違ってたサねぇ」
「えぇ。しかし貴女も気付いたじゃありませんか。やはり、そのメッセージカードですか?」
「まぁ。あの男が何かを寄こすのに、アタシの事を侯爵妃殿下、なんて書いては寄こしませんからねぇ」
「そうでしょう。まいはにー、なら分かりますが」
「アンタもアタシをからかうンですかい?」
「いいえ。私はそんなことをしませんよ。これは私の個性、とでも思って下さい。それよりも貴女にはおやりになるべき事があるのではありませんか?」
「そうですさね」
ゼンルは水晶を持ったまま四人の部下を見た。
「悪かった、お前たち。アンタらの話は偽りじゃなかったんだねぇ……」
いつもより声に凄味が無い。もしかして頭とかも下げちゃうとか? と、思っていたら。
奴はさっと視線を彼らの向こう側の窓にやった。 やっぱり腐っても上司? 頭までは下げないのかな。
でもそういう事ではなかった。
「アレックスさん……?」
ゼンルが見ている先には朝から目が痛くなっちゃうような、神々しい十七世紀のベルサイユのハデハデ男が立っていた。けれどその顔はいつもの余裕に満ちた歌い手のような表情ではなかった。そんな顔が出来るのか!? と思えるほどの強張った堅い顔だった。
「なっ。どうしてアレックス最高執行役補佐官が」
藤島さんたちも振り返り彼の方を見た。
「プレンティス執行役最高責任者代行」
そして開けっ放しになっていた窓の向こうから、いつもとは全く別人のような厳しい口調で、アレックスはゼンルの名を呼び、彼女の方を見た。
「やられた。このままだと天界が――魂たちが」
そういって彼はそのままベランダへ前のめりに倒れこんでしまった。その背中には赤い何かの染みついている。
「ちっ。なんてザマだよっ」
異変に気付いたゼンルは誰よりも早く彼に駆け寄り、胸座を掴んで部屋に引き入れた。……ま、何か雑な気がするのは気のせい?
しかし、その直後。
タタタタッとアレックスが立っていた場所に氷の矢が四本、刺さった。ってこれは!!
「な、何!? 今度は!?」
外を見ると、窓の向こうには……。
「な、なんで死神が!?」
銀色の鎌を持ったローブ姿の、ゼンルや藤島さんなんかが執行役の仕事をする時の装いをした奴等が数人。こちらを向いて宙に浮いていた。奴等はそれぞれの手に炎やら、氷の魔法を喚んでいる。その照準はこちらを向いている!?
「御方っ!! どうなってんだっ!! 表にすげー数の死神がっ!! 囲まれてるぜっ」
「リムズっ」
彼も壁抜けをしてあたし達の前に血相を変えて現われた。
「どうやら、天をも揺るがす大事が起こったようですね」
「ど、どうしようっ。でも、逃げるにも逃げ出せないし」
「けど戦うにしても数が多いぜ。外の連中は一〇や二〇じゃない。それに死神と戦うなんて勘弁だぜ」
たしかに。死神と対決なんて。
「でも、アンタら。そんなのん気な事を言ってはいられないようですぜ」
「え?」
ゼンルはアレックスを肩に担いだまま、すぐ間近の部下の姿を見た。彼らはさっきの暗い表情を更に暗くさせ、顔を伏せたままあたし達の方へ振り向いた。あ、明らかに……おかしいのは分かるけど。
「連れて行きますか? それとも置いて行きますか?」
カルスはゼンルの方を向き、それから奴の四人の部下を見た。
「ひひっ。いっくら部下思いの上司でも。敵の方についちまった奴等を連れていく義理はありませんぜ」
「分かりました。では。彼らはまたおいおい」
カルスはそう言うと、あたし、リムズ、それからゼンルが入る範囲の円陣を魔法で引く。
「では一時撤退させていただきますよっ。召喚逆転っ」
そう叫び、あたしたちは青い光に飲まれていった。