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休暇のクマと青春謳歌

初回掲載:2026年8月9日

登場人物

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《クマと貴族としにがみと》(2)‐7

(七)

「ありがとう、リムズ。そしてカルス」

 コンパ(?)は盛り上がって、余韻を残して尚も宴もたけなわだったが、ゼンルが朝の仕事に遅刻したら処刑と言ったので、本日はここまでとなった。時刻は二十三時。確かにすっかり夜も更けている。

「あ、でね。二人とも。あたし、まだお願いがあるんだけど」

 帰り支度をしている二人の前にあたしはおずおずと切り出した。ちょっとした事なんだけど。

「何だ、御方。二次会か?」

「違う。そうじゃなくて」

 すっかり盛り上がり過ぎたリムズはまだ飲む気満々。むしろ、飲み足りないようだった。

「あのね、あたし」

 リムズほどじゃないんだけど。まだ、足りてない事があった。

「もう少し、死神をやっていたいと仰りたいのでしょ? 主様」

「え?」

 隣で空の風呂敷包みを持ちカルスはあたしが言いたかった事を言い当ててしまった。

「良いですよ。私はもう反対しません。あなたが納得するまでやる方がいいと思います」

「いいの? ホントに?」

「はい。どうせ家に帰っても、出かける為の資金が無いと言って、だらだら過ごされるでしょう? でしたら、体を動かし、人様のお役に立つ事をしている方がいく分マシです。そうすれば、また出かけられる資金も溜まるでしょう」

「う、うん。多分」

「だったらお好きに為さってください。ただし、危険な事はしてはいけませんよ。そして、何かあったら……ゼンルさんを楯にして、自分の身だけは守ってくださいね」

「分かった♪」

 それを聞いていた上司は「口の減らないお人で」と言い、更に次回の差し入れを要求してきた。どうやら、カルスが作ったお菓子をえらく気に入ったらしく、あたしの身の安全=カルスのケーキと契約が交わされたらしい。

 あたしの安全て一体。

 ともあれ。ならば、これで心置きなく死神のバイトが出来るってもんよ。そう、バイト代もがっぽり。あたしの懐もホクホク。よし、頑張るぞ。

「じゃ、また朝もよろしくお願いします」

 いやぁ。そう言えば、今日から、もう家に帰ってふかふかお布団で寝られるんだよね。間違って千光灯を打たれたりする恐れは無くなったワケだし。うんうん、ホントに良かった良かった。雨降って地固まる、っていうカンジ?

「何を言ってるンですかい、新人。アンタ、今日は仕事を一つもしてないじゃないさ」

「え?」

「朝もヨロシクだなんて、馬鹿を言っちゃこまりますぜ。これから最後の仕事、やって頂きますさ」

「えぇっ。そんな」

「当たり前ですぜ。ただ飯喰らいは、うちの班には要りませんからね」

「そ、そーんーなー」

 あたしは思わずリムズとカルスの方を見る。が、二人とも「自分で決めた事なんだから最後までファイト」「食べたら動く。基本ですよ」と、笑っているだけだった。

 ひ、ひどいよ。みんな。




 そんな訳で。

 後始末が終わり、おやすみのご挨拶を交わして、それぞれ解散となった緑地公園には。

「なんであたしだけ寝られないの~」

「ほら、さっさと行きますぜ」

 あたしとゼンルだけが残された。そして、そんなあたしもゼンルに引っ張られて、空の上に飛び立った。

「うぅ。仕事ってなに?どこにいくの?」

「ひひひっ。着いてからのお楽しみですサ」

 奴はそう言って更に空の上へ上へと上昇していく。何があるっていうの? 何をしようっていうの?

 あたし達はお月様を下から真っ直ぐに線を引くようにしてさらに昇っていく。下を見ると天川の街に灯った明かりがぽつぽつ光っていた。それはまるで夜空を見下ろしているよう。

「さて、ここら辺で良いですかね」

「え?」

 丁度。月を上りきったところで、ゼンルは止まった。あたしもそれに倣って止まり、奴の隣に並んだ。

「アンタ。アタシが夜はどうしてるか、寝るンだかどうだか知りたいって言ってましたけど。そんな事がどうしても知りたいンですかい?」

「え?何、突然」

「どうなんです?」

「そ、そりゃかなり興味あるっていうか。悪役さんの一日にズームインっていうか。でも、それがどうしたの? 仕事があるんでしょ?」

「まぁ、そうですがね。それじゃ、取り掛かりましょうかね」

 と、言うと。奴は何か呪文を詠唱した。

 そして、それに伴って両手を掲げ、手の中には青い光が生まれてくる。

「何が……始まるの?」

 その光はだんだんと大きくなり、人の頭大になったところで、奴はそれをえいっと放った。

「出でよ久遠の門っ」

 放たれた光はあたし達の三メートル位離れたところで炎のように大きく燃え上がり、その中には、ヨーロッパのお城についているような白い大きな扉と、それを支える石柱が扉の両脇に立っていた。高さは五メートルはある。壮麗で本当に大きなものだった。

「これは……?」

「天国への階段」

「へ? これが」

「そ」

 奴はそういって銀の鎌を門へ向けて振るうと、やがてその白い門がゆっくりと中央から両開きに開いていった。

「わーっ。すっご~い」

 中を覗くと、真っ白い階段が霞の中にどこまでもどこまでも続いていた。ここからじゃ、その頂上まで見ることができない。

「と、いう事は。死んだ魂さん達はこの階段を登って天界に逝くの」

「まぁ、そういう事ですぜ」

「そっか。死んでからもこんな階段を登らされるなんて。大変だね、人間は」

「アンタねぇ。別に歩いて登ってもらわなくてもかまいませんぜ。どーせ、浮いているンですからね」

「あ、そっか」

 そういえばそうだよね。昨日の魂さんたちもふわふわしていたワケだし。じゃ、何故階段なの? やっぱ、雰囲気重視ってこと?

「それで。この門を開いて何をするの?」

「寝ずの番」

「はい? ね、寝ずの番て。ずっと、これから一晩!?」

「そうですぜ。次の朝日が昇るまで、夜番の執行役が連れてくる奴らをここで案内してやるのさ」

「えーっ。なんでそんな事するの? だって、連れてきた執行役が『ここを登っていってね』って言えば良いだけじゃないの?」

「それはそうなんですがね。ここは特別な連中がやってくるンですぜ」

「特別?」

 それって一体。どんな人たちが……。

 上手く成仏出来ない人とか? それとも他に何か問題がある人達とか?

「ふ~ん。一体、どんな方がいらっしゃるのやら」

 あたしはふあ~と欠伸をしながら(勿論、それを見られゼンルに鎌の柄でぽかっとやられたケド)待つ事になった。

 うぅ。眠たいよぉ。


「ねぇねぇねぇ。さっきから、全っ然っ、来ないんだけど。今日って、人があんまり死ななかったんじゃないの?」

 それから、しばらく。と、言うどころか。あれから、待てど暮らせど。魂の〝た〟の字も姿を現さなかった。勿論、執行役の方も全く誰も姿を見せなかった。ホントに、この世の中の誰も死んでないんじゃないの?

「うーるさいですね、アンタは」

「だって。なんも来ないんだもん」

「だから。こっちの門は特別に作られた門なんですよ。だからわざわざアタシら特殊行動班が担当しているンですぜ」

「そーなの?」

「そーなんです。この門は――ほら、来なすった」

 ゼンルが言った通り見下ろすと、ずーと下の方からどっかで見た、それはまばゆい光がどんどんと上昇してきた。あ、あれはもしや。

「ちっ。今夜はアイツが番だったのかい」

 あの口振りからすると、ほぼ間違いなく。あの光の正体は……きっとあのお方。

「ま、良いですサ。仕事は仕事。しっかりやるだけの事」

 と、奴はいつもの通り死神の装束、真っ黒なローブ姿になり門の前へ立ちはだかるように立った。

「あの、あたしは」

「アンタは見学。そこでよく見てるんですね」

 そう言われたので、あたしは仕方なく門の脇にどいた。

 そうしている間に、あの太陽のように明るい光が門の前までやってきていた。それから、光は人の形に転じると、思った通りの人物の姿となった。

 アレクサンドロス・セム・ハルト・ウォルシオム。

 彼は右手に白くぼんやりと輝く、ひよこ位の光を抱いていた。

「やあ、プレンティス。今日は君が当番だったんだね」

 彼はゼンルの前に立ちものすごく嬉しそうに笑った。

「ちっ。こんな事なら今夜はイシュールにでもやらせりゃ良かったですぜ」

「それはつれない。僕は今夜のこの任を幸運と思っている」

 彼はそんな事を言い、ついでにあたしの方にも手を振ってきた。うぅ、やっぱりこわいよー。

「で。今日はその魂が、ですかい?」

「そうだよ。このコは逝って半時。残念だったよ」

「そりゃ、おかわいそうに。それじゃ、はじめますぜ」

 奴はそう言うと、その魂へ向けて白い光球をぽわりと手から放った。すると、手の平に乗っていた魂がみるみる大きな光へとなり、初めの三倍くらいの大きさになった。そうなると、それは死神の手から離れ、丁度、ゼンルとアレックスの間に浮かんでいた。

「では、始めますから。アンタもあっちへ下がってるんですサね」

 ゼンルは光を連れてきた死神もしっしとあたしの方へ追っ払い、白い魂と二人だけになった。

「あ、あのう。これから何が始まるのですか?」

 隣には追い払われた、ホントはあんまり話掛けたくないハデハデさんに意を決して声をかけた。

「あれは特殊行動班だけが許された秘儀だよ」

「秘儀?」

「そう。転生の法さ」

「テン……セイ!?」

 転生ってっ!!

 あのゲームやら神話やら小説やらで有名なあの!? あの、転生って事!?

 あたしは思わず固唾を呑んだ。そんな事が、間近で見られるなんて。すごい経験かも。

「名を与えられずに身罷った魂よ。さぁ、その逝きし定めをお選びなさい」

 奴はいつものような厳しい口調ではなく、優しく穏やかに。あのホルンのような声で目の前の魂に語りかけた。

「貴方は定めし場所へとは実らず、再び天へと舞戻された。それは己自身の非ではなく、生まるる時間と空間に大きな非があったのです。だからここに。貴方に慈悲と安らぎを与え、今一度、再び地上へ祝福と共にお送りします。

 だがしかし。それを拒み、天へ身罷るならば。この道を登って逝くがいいでしょう。さぁ、名も無き者よ。選ぶのです」

 ゼンルはそう言うと静かに待った。何も言わないで、目の前に輝く光を見つめるままだった。

『……生キタカッタデス。生キタイのデス。私ハ』

 しばらく訪れていた天の沈黙の中に。囁くような声が。本当にか細く、しかも男の人でも女の人でもないような声が。微かに聞こえてきた。

 生きたいと。

「分かりました。それでは」

 ゼンルはゆっくり目の前に浮かぶ光を両手ですくい上げるように取ると、それを頭上へ掲げた。

「幾夜幾日に在りし光よ。地上に降り立つこのか弱き生命に再び大きな祝福を与えん事を」

 その掲げた手を祈るように組み、その手の中には、さっきの白い光が大きな輝きを放って天高く一筋の柱となって昇っていった。そして目をこらすほど高く輝き、その光は花火のように大きく弾け、星屑のように辺り一面に一気に散らばった。

「だ、大丈夫なの?」

「あぁ。見ていれば分かるさ」

 その通りだった。一度散った魂は、もう一度寄り集まって流星群のようになり、そのまま地上へ目掛けてものすごい速さで流れていった。

 そして、天川の街のどこかでフッと光は消えた。

「さて。これで終わり」

 しばらく下を眺めていたあたしはその声で我に返った。

 転生の法。

 流れ星みたいな技。

 綺麗で、そんでもってなんて力強い輝き。

「ちょっと、新人。どうしたんですかい?」

「……した」

「はい?」

「カンドーした。感動したよっ、さっきの。いいねーっ命が生まれる瞬間てっ!!」

「はぁ」

 あたしは思わずゼンルの手を取りギュッと握った。わーっ、この手が魂に新しい命を与えてあげたなんて。すごいーっえらいーっ。感動的ぃ~っ。

「いやぁ、本当に。プレンティスの送り届けは、いつ見ても良い。美しいっ」

 隣にいたアレックスもオペラ歌手が歌うように自分の感想を述べる。

 う、うーん。ひとつひとつの動作が大げさってていうか。何ともかんとも。でも、その気持ちは分からないでもなかったから。ま、いいか。

「アンタらねぇ。ほら、新人は手ェ、放すんだね。それからアレックス。アンタもどさくさにまぎれて人の手を握るんじゃないですサねっ!!」

「いいじゃないか。あぁ、愛しい君の手。細くて美しい。まるで饐えた白骨のようだよ」

「うるさいですよっ。そんなに白骨体がいいなら、ア~ンタ自身を死体にしてやっても良いンですぜ。望みとあれば、アタシが自ら葬ってやるサね。いや、この場で葬ってやる」

「はははっ。マイハニー、なんて照れ屋さんなんだ。君のそういう愛の囁きに、僕の心は何百年と愛を謳い続けるよ。おぉ~愛し君よ~っ。その名はプレンティス~」

 こ、この人は。

 さっきの同感、取り消し。

 寧ろ、目の前の麗しき天使に同情。いや、もう、この変な死神貴族。ゼンルの言うように、今、すぐにこの場で抹殺した方が良いかも。

「さぁ、我が愛しき妻よ。今宵も全てのか弱き魂たちのために謳おう。愛と祝福の歌を」

 ……。

 なんかプレンティスが、どうしてゼンルになっちゃったのか。なんか、分かる気がする。こんな歌劇を毎日見てたら。ねぇ。

「あの、この歌い手さんは昔からこうなの?」

「えぇ。アタシと知り合う前からって話ですサ」

「やっぱ、あんたさんて。男子を見る目、無いかもね」

「まぁ。それに関しちゃ、返す言葉もありませんぜ」

 夜空に響くテノール歌手の独唱は。その次の太陽が昇るまで続いた。

 おかげで。

 あたしと天界一優秀な死神は。見事に翌日、仕事に遅刻をする事に相成ったのだった。


第二話・クマと貴族としにがみと 了