読書位置は、この端末に自動保存されます。
《クマと貴族としにがみと》(2)‐5
(五)
「それでは、改めまして。新人歓迎会を始めたいと思いまっす」
それからしばらく。
飲み会にはまだまだ早い、夕方。でも、藤島さんを始め、藤花さんと橋本さんがどうしても〝コンパッコンパッ〟という事なので。準備と用意を整えて、緑地公園の広い遊歩道で夕涼み兼新歓コンパが始まった。
「あの、でも。良いの? 上司とあともうお一人」
「あぁ、大丈夫。そのあともう一人が上司を連れてくるから」
っていうか。むしろ、上司をここに連れてきたらあんたら全員、命、危なくないの? あんな事をしでかして。
しかし、あたしなんかの心配なんぞ露知らず。死神方は十人は座れそうなレジャーシートを敷き、ビールにチラシ寿司、それからオードブルなんかを広げて、まさにお花見のような事になっていた。
「しかも、リムズまで混じっちゃって。良いんですか?」
そう。そして、この会には「リムズも来なよ」、とかなり。彼は所用を済ませたらまた来る、と言ってどこかへ行ってしまった。
「大丈夫ですわ。こういう会は、人数が多いほうが楽しいもの。今日はゲストが沢山。ホスト役としても遣り甲斐満点だわ」
藤花さんは楽しそうに氷水の張った木桶にビールを冷やした。でもその姿、メチャクチャ似合いすぎなんだけど。
「何だか、特殊行動班の皆さんて。面白いですね」
沈む夕陽を眺めながら、率直な感想を言ってしまった。でも、そんな感想に誰も怒りはしなかった。やっぱり笑っているだけ。褒められたのだと思っている。
ま、こうじゃなかったら。あの、ゼンルの部下なんか出来ないか。なはっ。
「あ、そうだ。皆さんは、ゼンル、そのプレンティス執行役とは長くお仕事をされているんですか?」
それから、もしかしたら、ここでゼンルの事が何か聞けるかも。どこに住んでる、とか。ゼンルって寝るのか、とか。
「なんだ、乃々山さん。あんた、執行役と付き合い長いんじゃねーの?」
「いえ。あたしはまだ七年しか経ってません。しかも、こんなに話すのは初めて」
「へー。七年か。それじゃ、まだまだだよな。オレはもう三〇〇年、でも藤花なんて五〇〇年は一緒。橋本が二五〇年。で、小学生くんが一番浅く五〇年ちょっと。ま、あれだな。人間界で言えば三〇年、五〇年、二五年に五年ちょっとって考えてもらえればいい」
「はぁ。でも、そう言ったら、今朝のあのハデハデな貴族の人は本当に……」
あたしは核心部分も話題にしてみた。だって。その人の出現こそが、全ての謎を解く鍵のような気がするんだもん。
「なぁ、乃々山さん。俺があんたをずっと〝乃々山さん〟って呼んでるワケは分かるか?」
「え?」
眩しい夕陽を浴びながら、あたしは思わず隣に腰を下ろしていた藤島さんが突然、そんな事を聞いてきた。あたしは思わず彼の顔を見る。
彼があたしの事を乃々山と呼ぶ。それは、どうしてか。
それは。
「乃々山ノノ子。その本当の名前は朝倉奏。でも、それはここでは無意味なんだぜ。もし、その名で付き合うのであれば、また違った形で会うだろうな」
「藤島さん……」
「そう。俺も藤島。そしてあの方は、あんたにとっては〝夕暮れの召喚士〟ゼンル。俺たちは死神とは言われているが、本当の神じゃない。それはあの方も一緒。
この仕事はな。本当に大変な事なんだ。だから、一つの名でやってはいけないし、二っつ名を持ったからといっても今度はそれを混同してはダメなんだ。
でも、もし。あの方が、アンタにとってゼンルという名以外でお会いになるなら、俺はそれ以上の口をはさまない。挟むべき事じゃないからな」
沈む夕陽をただ黙って眺めながら、藤島さんはあたしの方を見た。ふーと、少しだけ笑いながら。
だから、あたしも。何も言わなかった。
そっか。
あたしも本当はゼンルはゼンルであって、プレンティスだとか、侯爵の奥さんだとか、関係なかった。そう、見たままの、そして同じ時間を共有した、そしてこれから築き上げていく関係の中で考えてゆけば良い事だった。
「ちょーと。藤ぃ~は、何、一人で若いコ口説いているの。ダメじゃない、もう」
ほとんど沈んだ太陽に向かって女将さんの声がした。それから、橋本さんが藤島さんをあたしから引き剥がして、自分が隣を陣取ってきた。「席替えタイムだ」そうだ。
なは。本当に、この人達ってばもう。でも、だからこそ、あの執行役なんてのができるのかもね。
「あ、翔太たちも来たわよ」
「こっちですよーっ」
榛名の反対側の空には、黒色ランドセルを背負った小学生と天使の姿があった。
「おーい。早くぅ~っお腹空いたよ~っ」
あたしも手を振った。考えたら、ごはん。昨日のお昼からまともなもの食べてないし。う~ん、お腹すいたぁ~。
「皆さーん、お待たせしましたぁー」
空の上の小学生が手を振った。勿論、その隣は手なんて振らずにこちらを……。いや、その隣の天使。ふつーに「やっほー」と、手を振っていた。
「な、何? あの、ノリ。まさか、あれも……」
「そ。アイツもニセモノですぜ」
は?
あたしの真正面でもそもそと勝手にチラシ寿司を食べている藤島さんがしゃべった。ゼンルの声で。
て。この人は……。
「うにゃ~っ。もうっ。何で今度はゼンルが藤島さんになってるのさぁ~っ」
藤島さんの格好をしていたその人は、ポムッと白い煙に包まれると。今度こそ、正真正銘の天使の姿をした彼がいた。
「特殊行動班は主に姿を変えて業務に徹しますからねぇ。みんな、色んなモンに化けるんですよ」
「そんなぁ」
「で。一番の基本は班長に成りすます事。そう、教えてやったら、こいつ等みーんな悪さしやがる。全く、どいつもこいつも」
「いや、そりゃ。イタズラしたくなるでしょ。面白いもん」
「アンタねぇ」
そして、空を見上げると。小学生の隣には、藤島さんが手を振ってこちらへ丁度降りてくるところだった。
もう。この人たちは――っ!!
「特殊行動班。別名、特殊メイク班……なんてな」
隣に座った橋本さんはボソリと一言。もう。今日はホントのホントにやられたってゆーか。最後の最後にはゼンルにまでーっ。
そして、全員揃った特殊メイク班、もとい、特殊行動班は。新人ノノコを囲んで「かんぱーい」と、ホントに新歓コンパになった。
でも、まぁ。
ホントに面白い人たちで、良いんじゃないかな。こんな人たちが天を往来し、最期の道案内をしてくれるのなら。
「あれ? そういえば、お出かけしたリムズは? いつまで用事があるんだろう」
「さーね。ちょいと時間が掛かるって言ってましたサ。おや、あそこに見えるは初代じゃないさぁね」
「あ、ホントだ」
東の空には彼の姿と。それから、風呂敷包みを携えた……。
「カルス!?」
わー、やばい。あたし、外出禁止になってるのに、こんな飲み会に出てたら、今度はおやつ抜きだけじゃ済まなくなるよっ。今日、二度目の生命の危機!!
「あ。あたし、やっぱ帰ります。おうちの人が心配するし。知らない人に餌付けされるなって言われてるし」
「なーにを今更おっしゃいます? アンタ、アタシの酒が飲めないとでも? そーゆーヤツは、鎌で串刺しですぜ」
「ひぇ~、洒落にならないんですケド」
わーん。でも、カルスの嫌味とゴハン抜きもキビシィ訳で。うぅっ。お顔が綺麗な人たちってどうして、こう、性格悪いんだろう。
と、上司の引止めに遭っていたせいで、あたしはとうとう逃げ出せずにその場でおろおろ。結果、少し足が痺れてしまった為、潔く、お説教を受ける覚悟で二人を待った。
「よ、待たせたな」
「……こんばんは」
リムズとカルスは何故かあたしの後ろに立ち、皆に向かって挨拶をした。
「うぅ。こ、こんばんみ」
あぁ。カルスも弁えているのか、いきなり怒ったりはしないけど。でも、背後から放っている絶対零度よりも冷たいオーラにあたしはビクッとなった。
「今日はオレも混ぜてくれるって話なんで、差し入れを、この天才料理人カルスに作ってもらってきたんだ。どれも逸品だぜ」
「どーも」
声を弾ませるリムズに対し、その隣は棒読みでやっぱり冷気。もう、リムズってばどっかのスーパーの買出しで済ませばいいじゃん。よりにもよって、何でわざわざカルスに頼むかなぁ。
「こんばんは、天界の執行人の皆さん。そして、こちらの輝星剣士の三代目、我らが主が大変世話になっており痛み入ります。私はカルス。魔道士です、どうぞよろしく」
彼はそれでもまだ棒読みで挨拶をした。
が、しかし。
「きゃ~、あの天才軍師でシェフの紅の魔道士が来たわよ」
「魔王の息子と呼ばれた切れ者だ」
「って事はお料理が食えるってワケか」
「わー、ぼく、ものすごく感激です。興味津々」
特殊行動班の方々は大いに盛り上がり、大いに歓迎で喜んでいた。な、なんてのん気な。この人たち、カルスの怖さを知らないね。あんたらの上司と同じくらいイヤミなんだよっ。彼は〝魔王の息子〟って呼ばれて、そりゃ、人々を恐怖のどん底に叩き落した極悪魔道士だったんだから。ま、その時に邪悪な側で軍師兼、賄いをやっていたから。確かに魔王も食べてたでしょーよ、彼の料理を。手に余るし。それに、この人間界じゃない世界でだけど。
あ。でも、今は、それを反省して。大地を司る立派な神様になって頑張ってるんだから。さっきの変な褒め方はして欲しくないかも。
「えっと、あの皆さん。あたしも含めて、ちゃんと紹介してませんでした。すみません」
あたしは改めて特殊行動班の皆を見渡した。
「あたしは朝倉奏。皆さんがご存知の通り、輝星剣士です。そして、こちらの二人は、人世では解決困難な事件にいつも協力してくれている仲間、初代の輝星剣士のリムズ。それから、六源神で地の神カルス。どうぞよろしく」
あたしはきちんと身を明かした。
だって。曖昧なままで、あたし達の事を知っておいて欲しくなかったから。この人たちには。リムズも言っていた〝いい人達〟だから。
手に余るし。それに昨日の夜。空の上で見たとき。あの、すごかった一面。確かに憧れだけど。あたしはあれを本当に目指しているワケではない。やっぱり、あたしの持つべきものや居るべき場所って、空じゃなくて。
地面の上。携えているモノは輝星の剣。勝手ながら、そして、かけがえの無い仲間。リムズとカルスが、大事だから。
その証明。
それを分かっていて欲しかったから。
「主様……」
「ん? いや、なんつーか。そういう事じゃん。ね?」
棒読みだったカルスの方を見上げてあたしは笑った。
「さ、皆さんに。貴方のご自慢なお料理を披露してあげなよ」
あたしは彼が両手に抱えた風呂敷包みを広げるように勧めた。彼はほんの少し呆けた表情になるが、すぐにいつものニコニコの笑顔を作ると「どうぞ、召し上がって下さい」そう言って、紫色の風呂敷を解いた。そこには漆塗りの黒い三段お重。それを中央にどん、どん、どん、と並べた。そこには見事に詰められたお弁当、とは言っても、単なるお弁当じゃない。一段目には豪華懐石、二段目には目を見張るようなフレンチ。それから三段目には可愛らしい洋菓子&和菓子のスウィーツ。な、なんて美味しそうな。
「これ、みーんなカルスが作ったの?」
「はい。まぁ」
「御方のために一日かけて。だから、外出禁止。あんたは切れた凧みたいだからな」
「え……?」
リムズの言葉に。あたしはもう一回、カルスの顔を見た。そして、あたしと彼は顔を見合わせて。お互いに笑い出してしまった。
「いーねいーね、若者は」
「ホ~ント、青春だわね~」
「大いに謳え、青年よ」
「ヨールレイヒ~ッ」
わーっと死神さんたちからの歓声が沸いた。
そして。
「あたくしはマリアンヌ・ルトフェ。面白い人大歓迎よ」
「私はエドワード・コルウィットだ。お見知りおきを」
「ぼくはウィリアム・ロートリンゲンです。剣士とかって憧れです。よろしくです」
次々に握手を求められた。
「ど、どうも。こちらこそよろしくお願いします」
あたしもそれぞれの手を握る。朝とは違う、なんていうかワクワクした。なんか未知との遭遇って感じ? あ、違うかもだけど。
「はぁ、やれやれ。ホントにアンタらは友情ごっこに恋愛ごっこに、色々持ってきますサねぇ」
その輪の中心で、パンダちゃんケーキを上品に後頭部から食べているゼンルはこちらを見ながらひひひっと笑う。
「いいじゃん。それより、どう? カルスの料理は?朝、言った通り美味しいでしょう?」
「まぁ。良いンじゃないですか。不味きゃ食べませんぜ」
「よかった」
そんな訳で。
今宵は無礼講。緑地公園では。美味しいお料理と楽しいお酒、それから沢山の笑い声が溢れた。