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《クマと貴族としにがみと》(2)‐4
(四)
「あの、えーと。質問、しても良い?」
「嫌だと言っても聞いてくるンじゃないですかい」
「まぁ、えーと」
「でも、執行役の規定がありますからねぇ。お答えは」
「うん。良いよ、じゃあ。でも、代わりに」
「なんですかい?」
「えっと。足、どうにかして欲しいんだよね。ヒモ、解けないし切れないんだよ」
「紐……?」
「そう、紐」
あの。変な死神貴族が去ってから半時。
あたしは放心状態だった。でも、隣も眉間に皺を寄せたまま微動だにしなかったので同じようなものだった。
だって、当たり前じゃん。と、しか言い様がない。
あのわずかな時間。
あれは一生。
忘れられない。
たぶん。しばらくは。確実に。
「紐ですかい。紐。ははっ紐つけっぱだったい」
へ。
目の前のゼンルは狂っちゃったのか。今度は言葉遣いが壊れてきたんですけど。
「あの……ゼンル?」
「あぁ。カッコだけは」
は? 何言ってんの? この人。カッコだけ? だけ……ってことは。
「じゃ、誰?」
「藤島辰夫、三十九歳。現在独身、嫁さん募集中」
「はぁ……?」
目の前のゼンルは狂っちゃった、んじゃなくて。右手で指パチをさせポムッと煙を全身に纏わせると、それはピンクアロハを着た興信所のおっちゃんの姿になった。
つーか。
「ど、どどどうして藤島さんがゼンルなんかやってんの?」
「ははっ。そりゃ、面白いから」
「そ、そんなことやって。殺されない?」
「たぶん。自信はないけど」
そ、そんな。そんな軽いノリでこんな事を仕出かして許されないと思うんだけど。
「ほら、色々仕事で執行役に成りすます事も結構あるからさ。どーよ、上手いだろ」
「上手いも何も。影武者なんだ」
「まぁな」
彼は笑いながら今日は傑作、初代も見たろ~と言って空を見上げた。
するとそこには。輝星剣士の格好をして手を叩いて喜んでるリムズの姿があった。こ、この二人……何考えてるの?
「どういうことなの? 何でリムズがいるの」
「どうもこうも。藤のダンナが、この前の芝居の続きを見せてやるから来いって言ってさ。ついでに御方にも見せてやるからって」
「劇の続き?」
あの、痴話ゲンカみたいなのが……演劇だったって事?
「あぁ、そうだ。天界貴族劇場ってやつをお膳立てしてやった訳だ。どーだ、面白かったろう。アレックス様は」
「いや、面白いも何も。あたしにとってはかなり衝撃的だったよ。ゼンルって女の人で、人妻で、あんなシュミのわるーい旦那さんがいたなんて」
うんうん。そこはもう、あたしとしてはぶっ飛んだ。
だって、あたし。
出会った頃から七年間。
ずっと男の人だとばっかり思ってたし。ほら、声も嗄れ声で喋ってたから。体に力入ってたし。それに、むしろ男女があるって感じじゃなくて。ゼンルっていう存在で、それ以上でも以下でもなくて。そういうもんだとばっかり思ってたから。急に女子です、急に結婚していますって言われても。
何とも言えない。
「でも、さっきの貴族の人。本当にゼンルのオットっなの?」
「あぁ。プレンティス様の歴っとした亭主、ウォルシオム侯爵殿下だ」
「こ、侯爵殿下……。ピッタリだけど、何か嫌だな」
「まぁまぁ。あれでも、天界貴族の中では名門中の名門のウォルシオム家の方だ」
「はぁ。ってことは、ゼンル。えーと、プレンティス、も一応貴族?」
「あぁ、貴族。人世でいう貴婦人ってやつか? ははっ。見えねえーよなぁ。我が上司ながら。だって、ひひひって笑うんだぜ。ははっ、さすが」
「え、えぇ。まぁ」
なんだ。ゼンルの変な笑い方、部下にもやっぱりおかしいって思われてるんじゃん。あたしだけじゃなかったんだね。
「と、とにかく。でも、こんな一部始終がゼンルにバレたら。あたしは抹殺される気がするから、もうこの場から離れたいんですケド」
そうそう。こんな事がばれたら。あの、銀に煌めく鎌で、首をバッサリ。
「アンタらまとめて、一気にその首。頂いてやろうかねぇ」
背後でそれはそれは聞き覚えのある声。そして、殺気に満ちた気配。
あたしは背中にツーっと冷たい汗が流れるのを感じた。多分、他の二人も同じではないかと。
「イシュール。何がそんなに面白いンですかい?」
「いえ。俺はべ、別に。この新人に死神心得を」
「ほうほう心得を。そりゃ、大層な心得を教えたようですさねぇ」
「お褒めにあずかり光栄です。ははぁっ」
「し~かし。死神心得なら、何故、初代がここにいるンですかねぇ? 散歩でもしているンですかい?」
「そ、そう。オレ、と、通りすがりの正義の味方さ。はは、あははは」
三人、並んで。その首には銀の大鎌が掛かっていた。ど、どうしよう。ゼンル……本気で怒ってるっぽい。
「わ~ん、死にたくないよ~」
「オレも~」
「俺が悪かったです。許してください~」
たぶん。うちら、死刑だよ。この場で。
「イシュール。何か言いたい事は」
天使の美しい声が背後からした。
「もう、二度とやりません」
「それは一〇八六四回、聞きました」
天使の御声はあくまで穏やかに。でも、殺気に満ち満ちているには変わらない。
「貴方のイタズラは度が過ぎます。よって、この場でもって極刑に処する」
「わ~んわ~ん。命だけはお助けを~」
「オレも~っ。死んでるけど~止めてくれ~」
「これで最後にします。最後の最後ですっ」
「それは一〇二七五回、聞きました」
うひゃぁぁっ。
「なんっちゃって」
は?
「引っかかりましたわね、イシュール補佐官」
「切羽詰ると、案外、もろいな」
背後から女の人と、何故か首に掛かった鎌から男の人の声が聞こえてきた。
「え? え? な、何? 何なの?」
あたしは恐る恐る後ろへ振り返った。すると、そこには今朝方会った老舗旅館の女将風美人の藤花さんが腕組みをして、カラカラ笑っていた。
「ど、どういう事なんですか」
「あはははは~っ。どう? プレンティス執行役に似ていた?」
「え、あ。まぁ。本物かと」
「そ~っ。やっぱり、あたくしの演技は抜きに出ているわよね」
「はぁ。まあ」
すると、更にあはははは~と笑い喜んだ。な、何? この人は。
そんでもって。
「確かに、藤花は五〇〇年以上も前からプレンティス執行役にお仕えしているから、あの人についてはもう完璧マスターだな」
一方。
銀の大鎌。そのまま宙に浮いた状態で、藤花さんの隣までやってくると、同じく今朝会った、電気工のカッコをしている橋本さん(だったよね、なはっ)になった。こ、この二人は一体。何してんのさ。
「おーい。ビックリさせんなよ、お前たちは」
さすがの藤島さんの肝を冷やしたようだった。ホントに彼女たちの演技は逸品。見事にあたし達は騙された。
「だーって。お仕事、終っちゃったから。どうせなら新人歓迎会をしようって思って。だから、同じくちょうど仕事が終ったハッシにも相談したら。こーゆー感じでドッキリにしようって話がまとまりましたの」
「そして、ついでに補佐官と輝星剣士の初代殿もいたから、まとめてドッキリにしてしまおう、と思ったのだ」
二人は顔を見合わせて「ドッキリ、成っ功っ」と、手をパンッと打ち合った。
な、なんてお気楽な方々。しかも、新人歓迎会って。あの、ふつーに。殺されかかったんですけど……。あたしって、歓迎されてるの?
「御方。すげー所に就職決めたな」
「な、なは。なははっ」
あたしは返す言葉がなかった。うぅ。早期退職かな、ここ。