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休暇のクマと青春謳歌

初回掲載:2026年8月9日

登場人物

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《クマと貴族としにがみと》(2)‐3

(三)

 ――さて。

 家を出てきたのは良いけど。

「ゼンルはどこに行ったのかなぁ」

 あたしはとりあえず、バインダーとカインズ鎌を喚び、天川市の上空を浮遊していた。

「あ、でも。今日は用があるとか言ってたし。もしかして、空の上には居ないのかも」

 空にふわふわしながらさて、どうしたもんかなぁと考えていた。

「うーん。それに実際、あたしってば天国見たことないし。どこにあるのかなぁ」

 北南。西東。うーん、どこにあるのかな。ず~と、昇って行くとある? それとも、どこかに隠されているのかな。

「あ、バインダーに」

 かいてあるかも。こんな分厚いマニュアルだし。時給は書いてなかったけど。

「えーと。天界への門は」

 パラパラ。パラッパラッ。やっぱ、簡単には見つからないなぁ。

 あたしはそのまま空の上で寝っ転がりながら、雑誌を捲るようにうつ伏せになって読む事にした。

「へー。天界執行役相関図か」


『天界執行役相関図


 天界最高責任者――天界執行役最高責任者――統括班――一班―― …

  - ――二班―― …

  最高責任者補佐官 ――三班―― …



 天界最高責任者――天界執行役最高責任者――特殊行動班

  - ――回収班

  最高責任者補佐官


 尚、特殊行動班は特別任務が下された場合、天界最高責任者直轄機関として行動されたし』


 ふーん。特殊行動班って、神様の中で一番偉い神様の下で働く執行役なんだ。でも、そんなすごい部署にもかかわらず、あーゆーのを班長リーダーにして、あーゆー人達がお働きになっていて。

 天界って、わりと適当?

 あたしはそのままフヨフヨしながら、更にバインダーを捲ってみた。

「でーも。やっぱ、時給は載って無いんだねぇ」

 それに、このバインダー。昨日に増して厚くなってる気がする。特に今日の具体的な任務が書いてあるわけでもないのに。ほとんど〝執行役はこう働きましょう〟、とか、〝特殊行動班はああしましょう〟とかばっかり。ホント、単なる業務マニュアルだよね。

「もっと、面白い事とかは書いてないのかな」

 と、あたしは風の向くまま、気の向くまま。

 そうやって浮かんでいると。

「あ、痛っ」

 前方不注意で何かに頭突きをしてしまった。

「す、すみません」

「おや、新人。戻ってきたンですかい?」

「へ? ゼ、ゼンル!?」

 ぽふっとなった頭を摩りながら、寝そべりを改めくるっと立ち上がる。

 そこには朝あった時のままの天使が立っていた。

 でも。何か珍しく大鎌を手にしっかりと握っている。そして周囲に鋭い眼光を向け、とても落ち着かない感じ。

 って、もしかしてこれは。……敵っ!?

「あの、何か居るの?」

 ゼンルが警戒するなんて。よっぽどの大物って事、だよね。ど、どうしよう。変なところに帰ってきちゃったかも。

「あの、ヤバい所なら。あたしは新人さんなんで逃げて隠れてますけど」

 この時のあたしは、最早、自分が輝星剣士だとか、ちょっとは武人、だとかは忘れていた。

「……っ!?」

 見上げたゼンルの顔色が、一瞬だけ変わった。険しく、そして眉間に皺が寄った。しかも、その姿をいきなり死神装束(?)にさせ、全身真っ黒のローブ姿になった。

 こ、これは。よ、よよっぽどの強敵出現っ!! うおーっヤバいよ、かなりマズよっ!!

 は、早く逃げなくちゃっ。

「じゃ、じゃあ。そーゆーワケでっ」

 あたしは右向け右をし、そのまま最速飛翔速度全開で空に飛び出したっ。

 ――はずだった。

「ぎゃ~何コレっ」

 まさに珍百景だった。

 あたしの左の足首とゼンルの右足首が。今朝方まで使っていた洗濯紐っぽい例の白いビニールで結ばれていた。何で、どうして? いつ、くっついちゃったの!?

「ごれじゃー逃げられないじゃん」

 うっひぃぃっ。もう、急いで取らないと。

 あたしは屈んで足首に固結びになっている紐に手を掛けた。

 その時。

 東の空からキラキラと輝く光が現われた。それは真っ昼間であるにも関わらず、夜空の流星群の様にひと際大きくそして燦然と輝いていた。むしろ、太陽よりも輝いているっていうか。しかも、それは明らかに魔力を帯びている。うおーっ、やっぱり敵っ!! 強敵、出っ現っ!!

「ん、あーっ。もう、鎌で切っちゃえ」

 あたしはカインズ鎌を喚び出し一気にカタをつけようとした。んが。

「な、なんで切れないのーっ」

 こ、こんなことしちゃってたら強敵との対戦に巻き込まれちゃうって。あ、もぉっこうなったらっ。

「ちょっと、ゼンル。その鎌貸して」

 と、あたしは大鎌の峰の部分を掴んで紐をキリキリしてみた。はぁ、この鎌って、昔、カルスやあたしのお腹をブッ刺してくれちゃった代物なのに。それが今じゃビニール紐を切る為に使われるとは。

「って、これでも切れないんだけど!!」

 何、この特殊合金並みの紐はっ。どーして? もう、何で出来てるのっ!!

「それよか、もう大ピンチなんですけどーっ」

 その光は黄金に輝きながらすぐそこ、五メートル先まで迫ってきていた。あぁ、こうなったら、ゼンルの後ろにでも隠れてないと。

 そんな訳で。あたしは紐を切るのは諦め、とりあえず上司の後ろに隠れた。

 って言うか。その上司。彼は、さっきからちっとも動かないんだけど。

「あ、あの。ゼンル? どうかしたの?」

 話しかけても反応無し。しかも、顔が強張っている。あの、ゼンルが。

 もしや、これは。

 奴ですら、言葉を出す余裕が無いほどの……。ひぇ~、あたしの口からは言えない。恐ろし過ぎる。コワ過ぎる。


 ――真に差し迫った、恐怖。


「あ、何か。……が、骸骨?!」

 目の前に現われたのは。頭が白骨。でも、全身が真っ赤な詰襟。その襟元やカフス部分には金の刺繍が施されている。それから純白なマント。

 商売道具として右手には黄金の刃を持つ大きな鎌。って、ゼンルが持ってる鎌と同じく鎌を持っていた。しかも、キンキラ金。ま、まさかコレが日に当たってすっげー光ってたとか?

「な、何この人。いや、骸骨頭」

 ゼンルの後ろからちょっと顔を出すと。その魔物は、持っていた鎌のようにピカッと輝きだした。

 それから、その光が治まると。そこには。

「やぁ、プレンティス。今日も相変わらず、美しいね」

 時代でいうところ、十七世紀辺りの欧州貴族。ベルサイユあたりにいたかも知れない、金髪の男装麗人のような派手な容姿の男、が真っ赤なバラを持ちその花びらを口で軽く噛んでいた。

 って。なんですか、この人?

 ん。いや、何か。そういえば。

 あ、リムズが言ってた――タカラヅカっ!!

 そう、お月見の晩に現われた歌劇団。チャンバラ役者。

 多分、それ、なんじゃないだろうか。真意は不明だけど。あんまり関わっちゃダメな気がする。何か、嫌、っていうか。……ねぇ。

「おや? プレンティス。今日は可愛いお嬢さんを連れているね。一体誰だい?」

 ひぇ~。しかも、あたしの存在も気づかれた。怖いよう。

「あ、あのう。なんかあの人、ちょー怖いんですケド」

 とりあえず、上司にその旨を訴えてみた。しかし、何も答えてはくれない。ただ、ただ、黙り込んだまま。えー、やっつけるとか、せめて、追っ払うとかしないの? ど、どうしよう。

「え、えーと。その、あの。あたしは」

 仕方なく、あたしはゼンルのローブの後ろから顔だけ出してみた。

 ひぃ~。やっぱハデハデだよ、この人。洋服の刺繍が光っちゃって。あたしは眩しいので、思わず顔をゼンルの後ろへ引っ込めた。この人は一体誰?

「おやおや、恥しがり屋なんだね」

「は、はぁ。己(そちら)の方が恥じるべき所があたしよりありそうなんですけど」

「これはすまない。レディーに名前を伺う前に、こちらの身を明かさなければいけなかったね」

「は、はぁ。ど、どっちでもいいんですが」

「僕の名は」

 いや、ホント。どうでも良いんだけどね。むしろ、聞きたくないし。

「僕の名はアレクサンドロス・セム・ハルト・ウォルシオム。人呼んで、死神貴族」

「し、死神……貴族?」

 へ、へぇ~。そうなんだ、としか言えない。た、確かにその出で立ち、物腰、無意味なバラ。どれをとっても、まともな死神とか死者の魂とかには見えない。劇団員か本気の貴族にしか。

「ところで君は? プレンティスの部下?」

「え、えーと。あたしはその」

 仕方がないので、偽名の方の『乃々山ノノ子』を教えてあげた。今はゼンルの所で見習い中の新人ですと。

「そう。では良く頑張るんだよ、ミスノノコ」

「は、はぁ」

 さん付け、呼び捨て、じゃなくて。ミス、ときたもんだ。そんな風に呼ばれたこと、生まれてから一度もないや。

「ね、ねえねえ。この貴族の方。何? タカラヅカの人?」

 隣にこそこそ耳打ちすると、ゼンルは今、我に返ったかのように死神貴族を一瞥して「死神界の面汚し」と、教えてくれた。ふむふむ、それは納得だね。

 でも、この貴族の人。妙にゼンルに馴れ馴れしいというか。親しそうだよね。知り合いなのかな? だから、お月見の日に劇を見せに来てくれたとか? ゼンルも一応友だちっぽいのがいるのかぁ。ま、あたしだったらこんな友だちはちょっと嫌だけどさ。

「アンタ。何しに来たンですかい?」

 黙っていた彼はやっと口を開いた。とてつもなく、忌々しそうにだけど。

「何をする為に? 悲しい事を言うね、君は。僕が君に会いに来る理由と言ったらたった一つ」

 そう言って貴族は、何故かあたしの方にA4バインダーの丁度半分くらいの四角い……盾、を優雅に手渡してくれた。

「これは……写真立て?」

 これまた全体を細い金で編み、いたるところにダイヤっぽいのが散りばめられているゴージャスなものだった。何でこんなものをいきなり見せてくるんだ、この人。

「まぁ、見たまえ。僕の妻さ」

「はぁ?」

 な、何故いきなり。この人、まるで空気読めてないっていうか。なんか、重症、っぽいんですけど。

「はぁ~!? っな、なにこの人っ。ちょー美人なんですけどっ!!」

「そうだろう」

 ひえ~っと驚き上がるしかなかった。だって、この人。金髪の天使。おっとりした目、でもその翠の瞳は大きくてキラキラしている。顔のパーツは全部ガラスで出来ているように繊細で、身に纏っている薄いピンクのドレスは何か桜吹雪に見える。しかも、胸は大きいのに華奢で。

 ま、自慢したくなるのは分かるけど。でも、何で今、このタイミングで?

 ……て。この人ってまさか

 なんてゆーか、雰囲気がゼンルにすっごくそっくり。

 あたしの中の全ての時間が停止した。

 ……。

 そう。

 ……。

 アレクサンドロス・セム・ハルト・ウォルシオム。

 ……。

 ゼンルの本名。

 ……。

 プレンティス・ハルト・ウォルシオム。

 ……。

 ウォルシオム。

 ……。

 同じみょーじ。

 ……。

 ……。

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇっ」

 ゼ、ゼンルって。ゼンルってゼンルって。

「女の人、だったのぉぉぉぉぉっ!!」

 事実は小説より奇なり。いや、まぁその表現はびみょーかもだけど。とにかく、何より、それより、どれより。

「うそぉ。全っ然っ、気づかなかったよーっ!!」

 でも、確かに。何年か前、女の人が堕ちる地獄に行った時。ゼンルは人世で最大の力を持つと言われる占い師・冥法女史に化けて、その変装は上手かったし。

 そう。それに大体、いつも自分の事を〝アタシ〟って言ってるし。

 はぁ……知らなかったぁ。

 ゼンルって女の人だった挙句、あんなシュミわりー勘違いヤローの〝妻〟だったなんて。うわー人妻だよ、人妻。ひやぁぁぁ、恐るべし、真っ実っ!!

「ちーがいますぜ」

 今まで黙っていた彼、いや、彼女? ま、どっちでも良いけど。奴は持っていた鎌の柄で取り乱すあたしの頭をポカッと叩いた。うう。

「んな訳、無いですサ。そりゃ、事実無根。大体、アタシャこれでも」

 と、いきなり身に纏っていたローブの上半身をサッサと剥ぎ取って見せた。って、な、なんでそーゆー事を。

 でも、そこには。写真のようなふくよかな胸は付いておらず、代わりに無駄なお肉なんぞ一切付いていない、鍛えられた感のある胸とお腹が。

「そ、それはそれで。別の意味でドキドキする……」

 しかし。貴族の人はフーとため息を吐きつつも余裕の微笑みを浮かべて「まーたまた。君はいつもそうやって、僕を困らせるね~」と、言っている。

 っと。

「いや、なんつーか。ゼンルの方が困ってるみたいなんですけど」

 うん、明らかに。本人もフードを被りながら「違うって言ってるじゃないですかい」と、反論はしているものの。やっぱり貴族の人はちっとも聞いていない。

「ところでそうなると。じゃ、この美女は? ゼンルに似てない?」

「さぁ。知りませんよ」

「えー。すげーそっくりだけど」

「他人の空似ってやつじゃないンですかい? 大体、アタシャこんなカッコしませんぜ」

「ま、まあ。確かに」

 ピンクのドレスと頭にティアラは……つけないよねぇ。

「まったく、迷惑なんですサ。毎度毎回、無関係のアタシの所に来られて騒がれるのは」

「はぁ。まあ、何となくその気持ちは察しますけど」

 そりゃ見ていて、痛いほど伝わってきます。なはっ。

「それじゃ、プレンティス。僕は君に挨拶が出来たから仕事に戻るよ」

「どうぞご勝手に。むしろ毎度毎回、二度と来るなって何度も申し上げていますがねぇ」

「では。ミスノノコ。プレンティスのいう事をよく聞いて励むんだよ」

「は、はぁ。ありがとうございます」

「ごきげんよう」

 そう言って、死神貴族と名乗った変な男は再び空の彼方へ消えていった。