← トップページへ戻る

休暇のクマと青春謳歌

初回掲載:2026年8月9日

登場人物

読書位置は、この端末に自動保存されます。

《クマと貴族としにがみと》(2)‐1

(一)

 ミーンミーン。

 ミーンミーンミーン。


「――もぉ。そんなには――アイス食べられません」


 ミーンミーン。ミーンミーンミーン。

 ジージージー。


「だから。ミーンミーンって言われても――無理なのぉ」

 ミーンミーン。ミンミンミン。

 ツクツクボーシ、ツクツクボーシ。


「もーっ。だから、ツクツクボーシって言われても。そんなにアイスを食べたらお腹こわしちゃうっていってるでしょーがっ!!」


 と、同時に叫んであたしは目が覚めた。


「あ。う。……何だ、夢か」

 もう。びっくりした。

 だって、アイス屋さんに行ってダブルがトリプルにって言われてホクホクしていたら、更にトリプル、挙句にマックスとか言われて十段にされそうになった。で、それはムリとか押し問答していたら、今度は耳元で店員さんが急にミンミン言ったり、後ろのお客がツクツクボーシとか言ってきたりして。

「はぁ。やっぱ、こんな所で寝ていたからなんだろうね」

 あたしは周りを見回した。ここは葉っぱがワサワサ茂る大きな桜の木の太い枝の上。

「あ、どうも。お借りしてます」

 すぐ隣の枝にはここで生まれ育った蝉がミンミン鳴いていた。夢がおかしなものに変わったのも、きっと彼とそのお友だちらが近くの木で鳴いているからに違いない。

「ふあ~あ。それにしても、木の上で寝るなんて。思いもよらなかった」

 そう。

 あたしは昨日から始めたバイトのおかげで布団で寝る事が出来なかった。


「それじゃ、今日はココで解散。アンタ、明日は午前九時にまた呼んでやるから、どこでも好きなところで休むンだね」

 昨日、いや午前零時を回っていたので正確には今日。最後に遣り残した仕事を終えてから、再び空へと戻ったあたしはゼンルからそう言われた。

「どこでもって……どこで?」

「だからどこでも。ただし、家に帰るのだけは止めておいた方がいいですぜ。低級の悪霊か雑念霊と間違われて、千光灯を打ってくるお人がいるだろうからねぇ」

 彼はそういってヒヒヒッと笑った。

「えー。じゃ、幽霊みたいに見えないし、物に触れないなら空中に浮いていれば良いって事?」

「それでもかまいませんがね。でも、迷い魂と間違われて回収されちまうかもしれませんから、どこかに留まって休んだ方がいいですぜ」

「留まる? そんな事が出来るの?」

 だってモノに触れないってことは、結局、寝ている間にふよふよどこかに行きそうな気がするけど。

「大丈夫ですぜ。コレを貸してやりますから」

「へ? 洗濯紐?」

 ゼンルは左手に五メートルくらいの白いビニールで出来た紐を喚んだ。

「これは霊体でも現世のモノでも結べる紐サ。こいつをアンタの腰と電柱でもさおだけでもくくり付けておけば一箇所に留めておけますぜ」

「そ、そうなんだ」

 あたしはそれを受け取ると早速どこで休もうか考えた。さすがに奴の言う電柱やらさお竹じゃ、凧やら靴下みたいだし。

「あ。緑地公園にいこう」

 そうよ。昨日、家出してはじめに行った場所。そこの林。その木のどれかと結んでおけば良いじゃん。うん、それなら洗濯物にもならないし。

「そうですかい? じゃ、そこで大人しく休むんだね」

「うん、そうする」

 あたしは榛名山の方へくるっと向きを直した。

「それじゃ、また明日。……って、そういえばゼンルはどうすんの? ね、ゼンルって寝るの? お家ってあるの?」

 どうでも良いことなんだけど、何か気になった。死神って眠くなるものなの? と、いうか奴の個人的な行動って、実は結構気になるんだよね。全くの謎に包まれてるから。

 なんつーの。悪役の生活って気になりません?

「アンタねぇ。規定の最後をお忘れですかい?」

「規定の最後?」

 あたしは、今日はもう開く事はないと思っていた黒いバインダーの最初の方を捲ってみた。

「えーと」


 へ)死神の個人情報は答えない


「ま、そういう事ですサ」

「えぇっ。でも、これは死んだ魂さんたちだけに有効じゃないの? いーじゃん、教えてよ~。上司じゃん、仲間じゃん、友だちじゃん」

「ちょっとアンタ。いつからオマエさんなんかの仲間に入れられたンです? アンタのお仲間は、初代やら紅の魔道士さんやらじゃないですかい」

「それもそうなんだけど。いーじゃん、別に。あ、じゃあ今日から仲間って事で」

「馬鹿言っちゃ困りますよ。あんな集団に混ぜられちまったら、アタシャこの世の全ての魂を刈りつくしますサね」

「もう。そんなに嫌がらなくたっていいじゃん。あ、じゃあ今度うちにご飯食べに来なよ。カルスのごはんてす~ごく美味しいんだよ。ね」

「アンタ。いい加減にしないと」

「あ、じゃあ。それとも一緒にドライブする? 空の上も良いと思うけど、クルマって良いと思うよ。乗った事ある? 無いでしょ。だったらポテせん号に乗せてあげるよ」

 ふっふっふ。ドライビングテクニックについてなら、ちょっと自信があるんだから。

「朝倉奏さん」

「はい?」

 お家に帰ってからの事をあれやこれや計画をしているところ、突然、あたしの本当の名前が呼ばれた。勿論、呼んだのは隣に立っている天使。

「貴女は今日、とてもよく頑張りました。だから、ゆっくりとお休みなさい。さぁ」

 月明かり降り注ぐ中の彼は、穏やかな口調であたしに微笑んだ。

「え、あ。まぁ、はい。たしかに疲れちゃいました」

「そうでしょう。もう貴女は体を休めたほうが良いのです。無理はいけません」

「え、あ、その。はい。良い子はもう寝ます」

「そうです。良い子はお眠りなさい」

「はい。おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 そうしてニコリと微笑んだ天使に見送られながら、あたしはぼんやりしながら榛名の麓へ向かって飛翔したのだった。

 って、簡単にあたしはやり込められてしまったワケなのだが。

 昨日の朝と同じで、ゼンルに諭されると、何だかどうしてだか。言う事聞いちゃうんだよね。あの微笑。あの物腰柔らかい口調。

 うーん。まさに天使っていうか。男子のはずなのに、妙に女性的な時もあるし。

「ホント、謎だね。あの死神だけは」

 でも、その日は本当に疲れていたので。緑地公園にたどり着くと、林の中へ入る前に、公園の遊歩道に生えている大きな桜の木に自分を括りつけ、すぐに太い枝にもたれかかる様に寝てしまった。


「そっか。結局、ゼンルの事、なーんにも聞き出せなかったけど」

 ふお~ぉっと欠伸をしながら昨日の夜、結わえておいた紐を解いた。

「うわー。今日も暑そうだねぇ」

 桜の木から空へと飛び立つと、夏の太陽がキラキラ照っていた。霊体みたいなものだから実際の暑さは分からないけど。朝のミンミン蝉の大合唱から考えて、今日も真夏日には間違いない。

「さ~てさて。今日は何をさせられるんだろう」

 確か午前九時には呼び出すとか言ってたけど。どこに呼び出すんだろう。

「それに」

 公園内のアスレチック広場にある時計は午前七時五〇分を指していた。時間までには一時間近く余裕があるし。

「それじゃ、朝の散歩と洒落込みますか」

 あたしは一旦、遊歩道に降りると。朝の爽やかな空気を堪能するつもりで、夏の道を歩き出した。

「♪ ゆかっいっに~あるっけっば~うたっもは、ず、むぅ~」

 うんうん。誰も居ないから、思いきり歌も唄えるし。大体、もともと人間には見えてないんだし。何か、お風呂に入って唄っちゃうノリだよね~。

 あたしは調子が出てきたので、そのまま遊歩道を三回往復しながら、小学校の時にくばられた歌の本を喚び出し、初めのページから唄いまくってみた。いやー、何かこれ、かなり楽しいよね。気球に乗ってどこまでも~、未知というなの船に乗り~。

「あ、替え歌バージョンも」

 更に調子が出てきたあたしは、小学校の頃に開発した(開発された)変形歌詞バージョンも歌ってみた。

「♪ 赤いくつ~は~いてたらコケタ」「♪ ま、い、に、ち。ま、い、に、ち新聞っ」

 そして更に更に。

「♪ アン、アン、アン。とっても、大好き」

 ふっふっふ。

「さて。ドラえもんは、ドラ焼きのあんこと皮。どちらがすきでしょーか?」

 くるっとターン一回。それから手を差し出し、回答者の皆様にジャーンと答えを求める。

 なーんて、誰もいないけど。


「さあねぇ。アタシャあんな青ダヌキがどっちが好きかなんて知りませんぜ」

「俺はあんこ。俺が好きだから」

「あーら。あたくしは外側よ。だって、〝取って〟言ってるじゃなくって?」

「ならば、とっても、という副詞が大好きに掛かっているんじゃないか? だからあんこ」

「わー。ぼく、考えた事も無かった」


 ……。

「な、なんですか? おたくらは?」

 あたしの手の平の先には、架空の回答者ではなく、見知った顔と見知らぬ顔が半々の回答団がディスカッションをしていた。

 一人は朝から神々しい天使、一人はピンクアロハにココナッツ印の四十近いおじさん。この二人には見覚えが勿論ある。

 しかし、その隣は更に別の人たちが居た。

 一人は割烹旅館の女将風の迫力美人。赤玉のかんざしを挿し、緋色の留袖姿をした三十代後半。鼻筋の通った繊細な顔立ちで、少し冷たさのある美人。まかり間違うと、極道の女かもしれない。

 一人はツナギを着た電気工のお兄さん。黄色いメットを被り肩には黒いビニールに巻かれた電線を何重かの輪にして下げている。年齢は二十代半ばくらい。日焼けをしたやや彫りの深い顔立ち。よく働いているってカンジがにじみ出ている。

 そして最後に。黒いランドセルを背負った小学生の男の子。背丈から考えると高学年くらいだけど。どちらかというと大人しそうなイメージで、昼休みには図書室に通っているタイプ。

 と、いう方々があたしの問題を一所懸命に考えているのだった。

「んじゃ、正解を発表して頂きましょうかねぇ。新人」

 制限時間いっぱいになったところで、天使があたしの顔を見て笑った。

「え、えっと。答えは」

 これの答え。それは。どちらでもあり、どちらもハズレ、という引っ掛け問題なんだけど。しかし、会場の皆様は『一体、どっち!?』と、純粋な瞳を向けあたしの答えを待っていた。ど、どーしよう。こんな良さそうな人たちを引っ掛けるなんて。しかも、答えが二つに分かれちゃってるし。ひ、引っ込みがつかない。

「さ、答え。言うンだね」

「え、えーと」

 そして、更に。あたしの引っ掛け問題と知っている者一人が、ニヤニヤ言ってくる。むお~っ何て嫌な性格っ!!

 けど。この人たちも、ゼンルの知り合いって事は。

「こ、答えは」

『うんうん』

「えーと」

『なになに』

「正解は……」

『正解は?』

 ――たぶん。

「って、皆さんが聞かれたら。どちらを正解にしますか? 先輩方」

 これが答え。つまり、あたしの降参。

 すると。一同、顔を見合わせて笑いだした。

「ははっ。さっすが、乃々山さん。上手く誤魔化したな」

「ホント。さっきの替え歌もなかなかイケてたけど」

「一人でクイズまで出す新人とはなかなか居ない」

「あのターン良かったと思います。むしろ、教えていただきたいっ」

 と。それから「昨日お弁当を大きくしちゃったわよね」「深蓮にたべられてたぞ」「けど人間なのに死神候補なんだよね」などなど。

 そして。

「さすがプレンティス様。また面白いのを拾ってきましたね」

 あははははっと、ご一同様に大笑いされた。

「な、何? この人らは」

 多分、それは聞くまでもなく。

「昨日、アンタも会ったはずですぜ。特殊行動班のメンバーさ」

「こ、この人たちが」

 あの、ちょっとカッコイイって思った人たち……!?

「な、何かイメージとちょっと違うんですけど」

「そうですかい? 見たまんまの連中だとおもいますけどねぇ」

「そ、そうかな」

 戸惑うあたしを尻目に、彼らは「気に入った」「気に入った」「さいこー」「受け入れ可」と、勝手に仲間入りさせられていた。

 って、なんですか。本当にこの人たちは。これが、あの天界執行役最高責任者代行とかいう偉そうな人の部下なんだろーか……?

「さて、アンタら。自己紹介したら、とっとと仕事に行くんだね」

 しかし、上司の命令が下るなりすぐさま彼らはあたしの前に来ると、簡単に名乗り握手を求めてきた。

「あたくしは料亭藤野屋女将、藤花。面白い人大歓迎よ」

「ど、どうも。よろしくお願いします」

「私は橋本だ。お見知りおきを」

「は、はい。よろしくお願いします」

「ぼくは三井翔太、小学五年生です。貴女と同じく新人です。一緒に頑張りましょ」

「こ、こちらこそ。よろしくお願いします」

 女将、電気屋、小学生が楽しそうに挨拶をしてくれると、それぞれはゼンルに頭をさげ「いってきまーす」と、空の彼方へと飛び立っていってしまった。なんつーか、嵐のようなお方たちなんですけど。

 そして、残ったのは。

「おはようございます。藤島さん、そしてゼンル」

 二人の顔見知りがあたしの前に立っていた。

「よう、乃々山さん。結局、死神になって残る事にしたんだってな」

「え? そんな事は絶対にないんですけど」

「まぁまぁ恥ずかしがるなって。死神になりたい奴ってのはワリといるんだから。せいぜい頑張りな」

「あ、いや。そーゆーのじゃなくて。何かこの腕章が外せなくて。それで仕方なく」

 と、あたしはピンの所をいじって確かめてみた。

 ……ん。あれ。

「取れた。ねぇねぇ、取れたよっ。取れちゃった」

 ウニクロのTシャツからピンを抜くと、腕章を腕からスルッと抜いた。

「わーいわーい。腕章が取れたっ。これでお家に帰れる~。やっほーい」

 あたしは嬉しくなり小躍りをする。いや~、実は昨日、このままだとホントに一生死神をさせられるんじゃないかって心配してたんだよ。

「いや~。これで、心置きなく乃々山家、じゃない、朝倉家に帰れます。なっはっ、二人にはお世話になりました。いや、むしろ、こっちが迷惑かけられたってカンジ?ま、それはどっちでもいいけど。あたしはこれにて帰ってゴハンを食べて寝ます。とにかく、それじゃ……」

 あたしは自分の家の方角へ体をくるっと向けた。

 すると、そこには。

「あーるーじーさーまーっ!! 今まで一体、どこをほっつき歩いていたんですか!!」

「おーんーかーたーっ!! オレらにイタズラしたのはあんただろーっ」

「カ、カルス……リムズ」

 仁王立ちの二人がいた。な、なんで? ど、どうして?

「な、なはっ。ぐっもーにん」

「ぐっもーにんじゃありませんよっ。貴女、一体、なにやってるんですか?」

「え、いや。あの……ア、アルバイト。ほ、ほら。ね」

 と、持っていた黄色い腕章を見せた。

「そ、それよりも。どうして、二人がココに居るの?」

「〝ココにいるの?〟 じゃ、ねえよ。あんたが行方知れずになったから、一晩中、魔方陣を引っ張ってあんたの気配を探っていたんだ。で、ついさっき。御方の神力を感知したからここへ飛んで来た」

「そうなんだ。そ、それはそれは」

 つーか。二人とも、何かすごーく怒ってるっぽいし。あたしは何かすごーく、嫌な。

 よ、か、んっ。

「で、でもあたしにもその事情があって。そのせいで昨日は帰れなくなったんだけど。今日はもう、ってゆーか。もう、今から家に帰ろうとした……」

「わけじゃ、ありませんぜ。紅の魔道士さん、初代」

 は?

 あたしの背後にひひひっという笑い声がした。勿論、言うまでもなくさっきまでお世話になっていた上司とその補佐の人。

「これはこれはゼンルさん。この度は我らが主が大変世話になり、恐悦至極、痛み入ります」

「おやおやおや。そんなに感謝されちまったら、こっちとしても喜ばしい話ですサね」

 カルスとゼンル。二人はあたしを挟んで何か火花を散らしていた。つーか、二人とも笑顔の達人だけあって、ちょーニコニコしてるけど。何かものすご~く、危険なカオリが漂っているのは……気のせい? こ、これは俗に言う一触即発とかいうやつなのでは……?

「さて、世話になっておりました我らが主ですが。この方も本来多忙なお方。故に、早々にご帰宅をさせていただきます」

「おや。そうなんですかい? でしたら、結構。アタシも所用がありますから、こんな小娘に用はありませんぜ」

「それは良かったです。では、即刻、我々の前から消えて下さい」

「そうさせていただきますサ」

 すると、天使と興信所のおっちゃんは「さいならね」と、あっさり姿を消してしまった。

 で。残されたと言えば。

「あ、あのぉ。お、怒っていますよね? リムズさん、カルスさん」

 首を縮こまらせながら二人の顔を見ると。言うまでもなく、怒声がとび、あたしは昨日の夜のように縄で縛り上げられると、朝倉家へ強制送還させられた。

 うぅ~っ悲しい。


第二話 クマ帰還・終わり