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《第一話 しにがみ謳歌》(1)‐1
(一)
「アイスが食べたいなぁ」
夏の夜。
お風呂上がりに扇風機に当り氷菓を楽しむ。これぞ夕涼みの正しいあり方ってものじゃないだろうか? あたしなんてもう十年以上、それを楽しみの一つとしてやってきた。
だから。当然のように、一箱八本入りのガリガリ君ソーダ味(特売でなんと200円)が冷凍庫に常備してあるのは当然と言えば当然なのだ。
つーわけで。
「なっはは~。今夜もお楽しみなガ~リガッリッくーんっ」
鼻歌まじりに五百七十リットルの冷蔵庫中央にある引き式冷凍庫を開けた。
が。
「あり? 無くなくな~い! あたしのガリガリ君っ」
いつもの場所にいつもの冷たい水色の棒菓子が、何故か一本も見当たらない。何? これってば、神隠しっ?
「あ、ワリッ。今日、暑かったから五本まとめて喰っちまった」
「すみませ~ん。私の作ったシャーベットよりは劣りますが、暑くてついつい頂いちゃいました」
冷凍庫の扉を開けたまま呆然していると、背後から全く悪びれない様子の声がした。
「ど、どういう事?」
「だっから。暑ち~から、ゴチになったって事だよ」
「お味はそこそこでしたけど。ま、食べられましたね」
あたしの中で何かがぶちっとキレた。
「なんて事すんのさっ! あれはねっガリガリ君はねっ! 夏休みの友なんだよっ。それをっそれをっそれをっ勝手に食べちゃうな~んてっ。鬼っ悪魔ーっ親不孝モノーっ」
「そ、そりゃ悪かったな。でも、もう無くなっちまったし。許してくれよ、御方っ」
「そーですよ。それに〝夏休みの友〟とは夏季休暇の問題集の名称です。はっきり申し上げますと、それは食べ物ではありませんよ」
な、なななっ何て奴らなのぉぉ~っ!
「わーん。なにがしょーがないよっ! なにが問題集よっ! ふざけるなぁぁぁ、アイス返せぇーっ」
「ま、まぁまぁ御方。泣くなよ、たかだかアイスくれーで」
「たかだかじゃなーいもん。とってもと~っても、楽しみにしてたんだもんっ」
「ま、まあまあ主様。アイスの食べすぎはブタさんの元ですよ」
「食べ過ぎてなんかいないもんっ。お風呂から出た後に、普通のサイズよりひとまわり小さいやつだもんっ」
それなのにっ。
「わ~~~~んっヒドイよっ二人ともっっ!」
あたしはキッチンの入り口にいた二人を突き飛ばし、自室に飛び込んだ。
「馬鹿リムズっ! 阿呆カルスっ!」
それからベッドの上へ勢いよく転がった。
まったくなにさっあの態度っ。自分達がガリガリ君食べちゃったクセに、開き直るにも程があるってもんだよっ。
第一リムズなんて幽霊のクセにアイス食べちゃうなんて。ちょっと図々しくない? カルスなんて味に文句つけるなら、自分でアイスを作ればいいじゃない!
「なんなのっなんなのっなんなのさぁぁぁっ」
その夜は、その悔しさと悲しさで明け方まで眠る事すら出来なかった。
** ** ** **
翌日。
「お、御方さ~ん。おはようございまっす」
「きょ、今日の朝食は主様のお好きなモノばかりですよ」
朝七時三十分。
いつもの時間にいつものように起床。あくびをふおぉ~としつつ、ぼやぼや部屋から出て下に降り、居間へと入った。
すると、そこにはいつもとは全く違う匂いが漂ってくる。焼きたてパンのとても香ばしい香り、上品なお肉の焦げた匂い。どれもこれも一気に目が覚め、食欲を大いにそそるものばかり。
「い、一体。どうなっちゃってるの……?」
居間のテーブルを見ると、そこにはキラ星のごとくに並んだフランス料理のフルコースであろうご馳走があった。
「な……なんなの? これらは?」
料理の豪華さに唖然と眺めていると、台所の方からリムズ、そしてカルスがエプロン姿で現われた。
「どーだ、すっげぇだろっ」
「ス、スゴイも何も」
何と言うか。この料理のスゴさにもびっくりなのだが。実を言うと、ごく平凡なボロい和室に、ゴージャスなフランス料理が並べられていても「馬子にも衣装」とすら思えない。強いて言えば、タコのカルパッチョにあんこがトッピングされているカンジ? に見えた。
「ほら、御方。食べてみろよっ! これだけ食べられれば、昨日のガリガリ君なんてどうでも良いだろ? それどころかお釣りが来たってイイくらいだぜっ」
「味も私が保証します。太鼓判ですよ、主様」
二人はあたしが思っていることなんて露知らず、それぞれ皿を持ってあれこれと味について主張した。カボチャの冷スープ、車海老と水菜の前菜、ラムのクリーム煮込みオマール海老添え。そして、とにかく焼きたてのクロワッサンは美味しそう。なんだけど……。
「いらない。なんで、朝からそんなの食べなきゃいけないの? 大体、家の食費でこんなもの出来ないはずだけど」
と、夏休みの資金を保管しておいた封筒の中を見た。そこには見たことの無い紙、ユーロ札と書かれているものが一枚と、銅の小さいコインが二枚、入っているだけだった。
「あ、あの。こ……これらは?」
「そりゃ、現地にわざわざ行って食材を調達してくるのに使った金の余りだ」
「円では買えませんからねぇ、換金したんです。現在ヨーロッパはほぼ、全域でユーロになりますから。あ、お釣りはいつか海外旅行の時にでもお使いくださいね」
と、フランスやイタリアの市場での出来事をぺらぺら話し始めた。挙句に、お蔭で昨日は一睡もしてないとまで。そう。この二人は悪びれるどころか、あたしがいつ、感嘆をあげるか、今や遅しとばかりに思っているのだ。
「な~に考えてんのさぁぁっ! 夏休みに遊ぶ為の軍資金がぜーんぶ無くなっちゃったじゃないっ! これから一ヶ月、どこにも行けなくなっちゃったでしょーがっ」
握り締めた封筒はあたしの手の中でぐしゃっと丸められ、その腕は肩までワナワナと震えが止まらなかった。なにがユーロだっ! 海外旅行だっ! そんなもん貧乏学生のあたしになんて関係ないんだよっ。金持ちの女子大生やらボンボン学生がチャラチャラ遊びに出かける時に使うもんだろーその紙っ切れはっ。今のあたしにとっちゃ日本の円が大事なんだよっ! 重要なんだよっ! それがなくちゃ祭りの出店も、市民プールに行く事も、映画を観に行く事、遊園地に行くのだって。うーにゃ、それどころかガリガリ君の十本パックすらも買えやしないじゃないのさぁーっ!
「おい、なに不満そうな顔してんだ? この料理のどこが気に入らないんだ?」
「そうですよ。直輸入の新鮮食材を腕によりをかけて調理して差し上げたんです。不味いはずないですよ」
「あぁ。大体、いつまであんなザコっちいアイスの事、根に持ってるんだ? こっちの方が断然イイだろーが。ほら、食ってみろよ」
「さぁ温かいうちに召し上がってください。この料理は夏休みひと月分の価値がありますよ。くだらない外出をして遊ぶ事より、美味しいものを召し上がる方が充実しています。美味なる物は文化ですからね。作曲家だったらそういった事を大事に考え、お休み中は作品制作にもっと勤しんだ方がよろしいのではありませんか?」
な……っ。な、な、ななにそれはっ。この反省の無い態度と物言いのデカさはっ。ガリガリ君食べといてザコ扱い、はぁ? フランス料理でお休み帳消し、作曲しろだとぉぉ!! なんなの……な、ん、な、の、さぁぁぁぁっ! うっにゃぁぁぁぁ~~~~っ。
「むぉぉぉぉ~~~っ! 怒った! あたしは本気で怒ったからねっ。二人の事なんか、もー知らない! もうたくさんだよぉっ。何、勝手なことばっかりしてんの? あたしはねっあたしはっ」
ぶちっとあたしの中で再び何かがキレた。しかも昨日より強烈に。
「家。出てくもぉぉぉんっ」
あたしは昨日の夜と同じく自室にとっとと戻り、自分の部屋の窓ガラスを輝星の剣でぶち破り、ベランダへ飛び出しそのまま手摺りをハイジャンプ。追いかけてくる二人に一べつをくれ「さいならねっ」と、そのままベランダから真夏の青空へ飛び出した。
ふんっ、もう帰ってなんかやらないもーんね。ガリガリ君、勝手に食べちゃうような人たちとなんて一秒たりとも一緒にいられないっつーの。
** ** ** **
「ぷんぷん。よく今まであんな人でなしと一緒に居られたもんだ」
家を飛び出し三十分。それでも怒りはまだおさまらない。それどころか、文無しで出てきたあたしは行く当てもなく、暑くなり始めた緑地公園の木陰のベンチでもんもんとするしかなかった。
「まったくさぁ、料理が豪華であれば許されるだなんて思ってもらっちゃ大間違いなんだよ!」
誰もいない静かな公園をいい事にあたしはわめいた。周りには人家もないので気軽に朝の散歩をする人もいなく、叫ぶには打ってつけ。榛名山の麓に広がる森の一角に、アスレチックとテニス場、陸上競技場を揃えた公園は爽やかな朝の空気で満ちていた。
「ふん。あんな二人、まだゼンルといる方がマシだね」
そんな清々しい空気の中で。あたしのはらわたは煮えくり返っていた。それどころか、もうその半分は焦げ付いている。
「はぁ~。ガリガリ君……食べ物」
ぐぐぅ~。
うぅ。そのはらわたも、おこげが出来たらかなり減ってきた。
「ひもじい」
あたしはベンチに座って、食べ物の恨みを募らせた。
はぁ。考えたら朝ごはん、食べてないや。あぁ、あの見るからにサクッとしていたクロワッサン、現地直送の車海老とシャキシャキの水菜。きっと激ウマなんだろうなぁ。フランス料理を食べた事がないとは言え、匂いと見栄えで美味しいなんてことくらいは分かってたはずなのに。
「あー自分のバカッ。何で食べなかったのっ」
ベンチに足を乗せ膝を抱えて顔を伏せた。うぐ、ひもじい今のあたしに朝日は到底眩し過ぎる。またここでも、ひと寝入りしそうだよ。
「……さん、お嬢さん。大丈夫かい」
うみゃ。
「大丈夫かい?」
誰? どこ?
「具合でも悪いのかい?」
頭の上から声がした。少し年のいった男の人の声。それはあたしを心配してくれているように優しい。しかも、どうやらあたしは本当にふてねしていたみたい。無視をするワケにもいかないので、多少の不機嫌を悟られないように声をかけてくれた方を見上げた。
「大丈夫ですかい?」
目の前には、背の低い初老のお爺さんが立っていた。
と、ばかり思っていた。
しかし。
目の前には、朝の爽やかな風に長い金色の髪をたなびかせ、背に真っ白な翼を生やし、全身も純白のびらびらと長いローブに包まれたスラリと長身の人影が立っていた。
「うにゃ~っホントにゼンルが来た~っ」
「ご~挨拶ですねぇ~。輝星の御方さん」
朝日の前に立つ奴は、まさに天から降臨した神聖な御使いとして申し分の無い存在。絶やさぬ微笑み、慈悲深い面差し。
神々しい大天使の姿がそこにあった。
「何やってるンですかい? お顔色が優れないよう~ですけ~ど」
「いや、まぁ」
と、言いかけた時、お腹がぐるぐるきゅ~となった。うぅ、正直に答えすぎっ。
「腹を空かしてるんですかい?」
「まぁ、ねぇ」
死神を生業にしていて、へんてこりんな言葉遣いをなんかする奴に本当は言いたくは無かったけど。ニコリと美しい微笑みをこぼされると、ついつい白状しちゃうんだよね。
ゼンルはくすっと小さく笑い、黙ってあたしの前にすっと手を差し出した。そこには、丸々と大きな白っぽい物体があった。
「さっき天界に送ったばーさんが礼にくれた代物サ」
奴は半分にそれをちぎると、かたっぽをあたしに手渡してくれた。
「メロンパン。仲良く朝ごはんにしませんかい?」
ゼンルは勝手に隣へ腰掛け、半分のそれを上品に一口大に千切って食べ始めた。
「あの。いいの? 食べて」
「お好きなだけ」
「はぁ」
よく分からないけど。なんか死神に食べ物を恵まれた。
あたしも手に持って眺めてるだけでは仕方が無いので、思い切って半分になったパンを「いただきます」と、かじり始めた。
「ん……おいしいねっ。このパン!」
「悪くない味ですサね」
たしかに味は普通のメロンパンだけど。お腹が空いている分、その甘さがいつもより美味しく感じられる。
「ところでアンタ、こんな所で何してるンですかい? 敵にでも追われてるですかい?」
「い、いや。別に今は誰とも戦ってはないよ」
あたしは思わず、モグついているメロンパンの塊をのどに詰まらせそうになった。
「しかし、それにしちゃ~いつも一緒にいるあの目障りな紅の魔道士さんと初代の姿がありませんぜ」
「それは」
奴の言葉にあたしも〝目障りな二人〟として彼らのツラが頭に浮かんだ。
「いいんだよ、あんな連中は」
「なんです? 内輪もめですかい」
「違うよ。あの二人は史上まれに見る悪人だったんだよ」
「はぁ。悪人、ですかい?」
「う~にゃ、そうだよ。だってさ」
と、昨夜から今朝にかけて起きた出来事をあらいざらいゼンルにぶちまけた。ガリガリ君の事からフランス料理のフルコースまで。勿論、悪人度を三割増しに。
隣の天使は、ただただそれをニコニコと笑いながら聞いていた。そして、全部を聞くとあたしの顔をのぞき込むように見た。
「じゃ、しばらくはアタシと一緒にいるといいサ」
その顔は朝日のような神々しい微笑みに満ちていた。
「は、はぁ。それは……どうも」
思わずその笑顔にぼうっとなった。拒否をする事が出来ない。と、いうより一瞬でもありがたやと拝みたかった。悪人二名に邪険にされていたせいか、ホントは性格がひじょーに悪いゼンルが本物の天使に見えた。
「けど、一緒にいるっていっても。何するの? ここで話でもするの?」
「違いますぜ。仕事をするのさ、お仕事を」
「へ? 仕事? 何の?」
「何のって。アタシャ死神ですぜ。それをするんですよ」
「それって、まさか」
「死神の仕事ですよ」
「えぇっ」
そんな。あたしが、死神の仕事をするって。め、面倒くさいっていうか何て言うか。
「それは出来ないよ。だってあたしは普通の人間だし」
「いいえ、出来ますぜ。いや、やらなきゃならないんですよアンタはもう」
「え? な、なんで!」
笑っていた天使の顔は自分のメロンパンを見て、皮肉ったような笑顔を浮かべた。
「このパンを食べた者は、アタシの仕事を手伝わなければならないという誓約が成されてるんですぜ」
は?
「アンタもご存知の通り、誓約ってのは」
隣の死神は皮肉の笑みを満面の天使の微笑みに変えた。
「絶対」
対してあたしの顔は引きつった。
「そう、絶対なんですサ」
ひぃぃ~。なんたる事! 一瞬でも善い人だって思ったあたしって一っ体っ。
「ひ、ひどいーっ食べさせておいて。こんな罠が仕掛けてあるなんてぇぇぇっ」
「ひひっ。食べちまったモンは仕方ないでさ~ね。とっとと片付けて出かけますぜ」
涼しい顔をして、ゼンルは残りのパンを最後までお上品に食べている。
もぉ~っどいつもこいつもあいつもそいつも。マイペースというか、人権無視っていうか。天使の顔が悪魔に見えた。やっぱり性格が悪い奴は、いつでもどこでも悪いってかっ。
でも……パンは食べちゃったし。一応、腹減り時に恵んでもらったワケだし。
「仕方ない」
最後の一欠けらを味わいながら、あたしはしぶしぶ死神の仕事を手伝う事に納得した。