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休暇のクマと青春謳歌

初回掲載:2026年7月31日

登場人物

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《第一話 しにがみ謳歌》(1)‐2

(二)

 朝ごはんを食べ終わると、すぐにあたしは死神のアシスタントに任命された。

 まずはゼンルから〝あるばいと〟と赤字で書かれている黄色い腕章をもらい、左腕に着ける。すると、体が何となく軽くなりちょっと透けた。

「おぉっ! こりゃ一体どういう事?」

「即席死神効果の腕章ですぜ。それを着けてりゃ人間からは見えなくなり、逆に死んだ魂たちからは見える存在になるンですサ。壁抜けも出来るし、まぁ幽霊みたいなもんです」

「幽霊? ってことは心霊写真として誰かのカメラに写る事も」

「出来ますぜ」

「やった~」

「でもそんな戯れ事してると、アンタの首を飛ばしますよ」

「……しません」

「イイ心がけですさネ。その腕章は遊び道具じゃないですから。さて、他に質問は?」

「あの、まさか千光灯も効くとか?」

「そりゃ勿論。だから、霊媒師や陰陽師、それから千光灯使いには気をつけるンですねぇ。あいつらは結構問答無用に消しにかかってきますから」

 ゼンルは少し忌々しそうに言い放った。なんだ? 昔、何か嫌な目にでもあったのか?

 それから一通りの注意を受け、次に仕事内容を聞かされた。

 まずは、死者の魂が集まるポイントという所が空の至る所に設けられているので、自分が担当する場所へ行く。そこで〝死んだ魂リスト〟を見て、名簿に載っている人数が全員揃ったら天界へ連れてゆく。

 その時に、死神がしなければならない事が幾つかある。


 イ)死者の魂には敬意をはらい、彼らから繰り出される質問には全て答える事

 ロ)素直に天界へ逝かない魂は根気良く説得する事

 ハ)恨みや怨念を抱いている魂には多少の力技を加えても良いから天界へ連れて逝く事

 ニ)寄り道をしないで速やかに天界へ連れて逝く事

 ホ)迷い魂は必ず見つけ出し天界へ連れて逝く事

 ヘ)死神自身の個人情報は答えない


「とりあえず、この辺でサ」

「へぇ~。わりと面倒臭い……いや、大変な仕事だね。質問に答えるなんて、ちょっと難しそうだけど」

「まぁ、最初はアタシの指示に従って動いてりゃいいンです」

「ほいほい」

 んな訳で。

 あたしはゼンルの後にくっ付いて天川市上空、千メートルに向かった。眼下には、箱庭よりも小さな家々が点のように見える。普通は飛行機にでも乗らなきゃそんな光景は見られない。

 でも、今のあたしは。そんな所にいるにも関わらず、空気の薄さも、気圧の変化も、地上との温度差も感じない。ホントに幽霊になった気分だよ。

「それにしても、今回は団体さんを迎えに行くんですがねぇ。アタシをよぶ程の事ですから、相当駄々をこねてる人間がいるんでしょ~かねぇ」

「団体?」

「そ、団体。生きてた頃から団体さんのようでしたけどねぇ」

「どんな?」

「バス旅行ってやつですサ」

「ってことは」

「バス事故ですゼ」

 ほいほいコイツに着いて来たけど。仕事の内容はかなりヘビーな事なんだよね、死神って。しかも、気楽にさっさと流れ作業のように片付けられない。

 やっぱり普通の神経じゃ出来ないよね、この仕事。

「ちょっと御方さん。いきなり凹んでどうするンですかい。ほら、ノロノロしてると後がつっかえちまいますぜ」

「あ、はい。すいません」

 と、思ってたケド。意外と流れ作業的なの?

 何だか出前を急かされている気分だね。あたしは黒いプラスチック製のバインダーを渡された。

「いいですかい、アンタの担当はこの二十人」

「えぇっいきなりそんなにも!」

「多いときは百人近くを連れて逝くんですから、今回は少ない方なんです」

「そ、そんなに! ケド、あたしは初心者なんだよ」

「空に上がって死神になったら初心者もバイトも関係ありませんゼ。兎に角、人数揃ったら天界の門まで案内すりゃ良いンですサ」

「んな、おおざっぱな。それに天界の門てどこにあるの?」

「そりゃ全員がちゃんと揃ったら教えますサ。今一番肝心な事は、とりあえず全員が天界へ逝く事を承知させるのが先決なんです」

「はぁ」

「ほらほら、そんな渋い顔なんぞしてると魂がびびって素直に逝くモンもうまく逝かなくなっちまいますゼ」

 とは言われても、ねぇ。どんな仕事だって研修とか、心構えとかってあるもんじゃないの? しかもこんな難儀そうな仕事をぶっつけ本番だなんて。

「さ~さぁ。そろそろ集まってきますサ」

「えぇ~っもう来るの?」

「無駄口は厳禁ですゼ」

 ゼンルは注意をしたあと、白い天使の姿を黒いローブに変え、手には大鎌を喚んだ。

「あの、あたしは」

「アンタはバイトなんですから、そのままで良いンですよ」

「えぇ! そんなの詰まんないっ。あたしも本格的な格好したいっ鎌持ちたい!」

「ウルサイですねぇ」

「かーま、かーま、お鎌!」

「……分かりました」

 ゼンルは渋々、もう片方の手に何かを喚んだ。

「さ、これでも持って。静かにしてくださいよ」

 手渡されたのは。

「えぇ! これ草刈り用の鎌じゃん!」

 ホームセンターで普通に売られている刃渡り二十センチ、柄の長さが三十センチほどの鎌。しかも某カインズホームの値札シール(2000円税抜)までが付いている。

「さ、来ましたゼ。ついでにこれも首にかけておきな」

 奴は挙句に手ぬぐいをあたしの首に巻きつけた。っくそ~、これじゃ完璧に農作業ルック。こんな格好で死神なんか出来ないよーっ。てゆーか、ホントに稲刈りルックじゃん。

「ほれ、新人。笑顔で迎えてやるンですぜ」

 足元の方から目を凝らさないと分からないような、白く透き通る光が昇って来るのが見えた。注意していないと雲かと間違えそうなくらい。

 やがて、そこから声も聞こえてきた。幽かに、囁くようなひそひそ声。子ども、大人、男の人女の人、様々なものが近づいてくる。

「あれが……魂」

「そうです」

 白い光はやがてあたし達の足先辺りまで昇り詰めると、次々に人の姿へと転じていった。小さい子ども、二十代の男女、それから三十代、四十代に上は七十代くらいの年配者までいる。

「あの、これ全部バスの」

「それもいますが、巻き添えになった人間も数名いますサね。大事故でしたから。っていうか、リストに書いてあるからちゃんと確認していただけませんかねぇ」

「あ、はいぃ」

 呆れる死神を尻目に、あたしはとりあえず持っていたリストの一枚目に目を通した。そこには氏名と年齢、死因が書かれている。

「まずは点呼をとって全員いるか確認をするンですぜ」

「は、はい」

 あわてて落っことしそうになったバインダーにもう一度目を通し、それから一歩前に出て一行を見渡した。

「え、えっと。皆さん。自分の名前が呼ばれたら、返事をして下さいね」

 とりあえず、昇ってきた魂の皆さんへむけて叫んでみた。

「ちょっと、新人。何やってるんですかい? いきなり点呼なんて言われても混乱しますサね。まずは状況説明が先ですよ」

「え? だってそんな指示されて」

「言わずと知れてる、当然の事ですぜ」

 案の定。

「あの、ここはどこなんですか? 気づいたらこんな所にいるんですけど」

「そうだ。何でわたし達がこんな所に居なけりゃならないんだ。バスはどうなってる、添乗員は」

 二十代くらいの若い女性と五十代くらいのやや硬そうな男性が、ずずっとあたし達の前へやって来た。二人ともそれぞれよそ行きの格好をしているところを見ると、バスに乗っていた乗客のようだけど。

 あぁ、ピンチ。いきなり質問されるとは。でも、死神の規定によると。


 イ)死者の魂には敬意をはらい、彼らから繰り出される質問には全て答える事


 と、なっている訳で。

 ここは包み隠さず、敬意をはらって素直に答えなければ。

「あ、えっと。皆さんは死にました。ご愁傷様です」

 シンプルかつ、誠意ある対応ってね。我ながらマル優。

「ちょ、ちょっとアンタ! いきなり何言ってるンですかい! ダイレクト過ぎじゃないサ!」

 しかし、隣に立っていた死神はあたしの腕を引っ張り耳元で怒鳴った。

「もうちょっとモノを考えてから言えって、さっきから言ってるじゃないサ」

「考えたんだけど」

「どこが!」

「一応、規定イ、の項目に則って」

「どこが、規定イ、なンですかい! なんのイに則ったんです!ちっとも敬意をはらった対応にゃ見えませんゼ!」

「そ、そうかな。ちょっとくだけた感じでいいと思ったんだけど」

「死んだ連中の心が砕けちまいますぜ」

 ゼンルは散々文句を並べてため息をついた。そしてすかさず「手本を見せますから、アンタは良く見てるんだねぇ」と言い、魂たちの前へと出て行った。

「皆さん、大変失礼いたしました。わたくしは天より舞い降りし死を司る使者」

 本物の死神はお行儀良く、全員の前でうやうやしく頭を下げた。

「さて皆さん。先ほど愚かにもわたくしの手の者が言い放った通り、アナタ方は全員地上での生をまっとうされました。そう、即ち死んだという事です」

 頭を上げると、落ち着いた口調で魂たち一人ひとりを見渡した。

 ふむふむ、そうやればよかったのか。

「死する者の魂よ。私は死を受け入れる者へ正しき死を導く者。皆はその導きに従い、天へ身罷るが定め。さぁ、我が手を取り逝くべく場所へと参られよ」

 ゼンルはゆっくりと、そして重々しく言い放った。しかもそのセリフはあたしにもよっく聞き覚えがあるもの。前に戦った時、あたしに言ったやつ。確か白き陰陽師と戦ったときに言った言葉。


『何をする訳ではありません。貴女がわたしに問うのです。それをわたしが答える。それこそ我らが死者に手向ける唯一の慰め。生前に思った事項に何でも答える事、それが即ち天上へ速やかに昇れる手段なのです。

 さぁ、貴女は地上に在りし日の、何事に答えを見出したい』

 決して良い思い出ではなかったけど。


「あ、あの。本当に私達、死んだんですか?」

 さっき一番初めに質問してきた女の人が、また聞いてきた。しかし今度は声のトーンが少し低く、何となく沈んでいる。

「はい。アナタ方全員、残念ですが死んだという事になります」

「そんな。ウソでしょ!」

「事実です。疑っておられますが、貴女自身も薄々は分かっていらっしゃるのではありませんか? 前原エミさん」

「なんで名前を」

「死者として天へ逝く者が載っているこのリストに、貴女の名が書かれているからです」

「うそ……」

 女の人、前原さんという人は、それ以上何も言おうとはしなかった。かわりにその場にしゃがみ込んで大きな声をあげ、わんわんと泣き出した。それを見ていた子どもや女の人も次々と泣き出した。

「本当に私らは死んだのかねっ」

 今度は五十代くらいの男性がイライラした口調でゼンルの前へ出た。その拳は震え、今にも目の前にいる死神につかみかかって殴りそうなほど。さっきもこの人は、添乗員がどうのって怒ってた。

「嘘でも冗談でもありません。水野大造さん、アナタは冗談などがお嫌いでしょう」

「そうだが。本当にここにいる全員が死んだというのかね」

「そうです。ここにいる二十名。前原エミさん、水野大造さん、遠藤ミカさん、小池肇さん、松沢武さん、森永カオリさん、森永満さん、日向カナエさん、日向サオリさん、日向夏貴さん、斉藤康人さん、島岡レイコさん、藤島辰夫さん、渡辺誠さん、大井メグミさん、福沢トミさん、大沢省吾さん、角野マオさん、角野ミオさん、上野尚さん。アナタ方は全員、死亡しました」

 ゼンルが声高らかに名前を読み上げると、魂たちは次々びくっと体を震わせたり、名前を呼んだ死神を見たり、一様反応をした。あたしはその中で、出来る限りリストに載っている名前と顔を照らし合わせた。ちょっと追いつかないけど。

 それでも、なんとか名前と顔を照らし合わせていくと、最後に呼ばれた「カミノナオ」に反応する人物がどこにも見当たらなかった。

「あれ? 追いつかなかった?」

 もう一度人数を数えてみる。一人、二人……十七、十八、十九、しかいない。二十人目がいない。影も形も。

「やれやれ。今回アタシを呼んだのはそいつが原因ですかい」

 ゼンルはあたしの耳もとでこそこそ話しかける。

「アタシャこれから二十人目の御仁を探してくるから、アンタはここで残りの人間たちをみていて下さいよ」

「えぇ! あたし一人でっ。む、無理だよ」

「だったらアンタが代わりに人探しに行ってくれるんですかい?」

「そっちの方がもっと無理に決まってるじゃん!」

「だったら大人しくこいつらの面倒をみてるんですね。さもないと」

 奴の握っていた鎌の刃があたしの方を向いていた。

「分かってますよねぇ」

「う、うぅ。はい……」

 と、いう訳で。

「みなさん、申し訳ありませんがもうひとかたをお連れしませんと、天へ昇る事が出来ません。しばらくこの場でお待ちください。その間はこの者に何でもお申しつけ下さい」

 あたしは十九人の前に出され挨拶をさせられた。

「ども、乃々山ののやまノノ子です」

 とりあえず偽名。だって死神の規定。

 ヘ)死神自身の個人情報は答えない

 と、いう事で。

 ゼンルはあたしの行動をそれはえらく心配し、何度も何度も振り返りながら空の彼方へと消えた。