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休暇のクマと青春謳歌

初回掲載:2026年7月31日

登場人物

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《第一話 しにがみ謳歌》(1)‐6

 (五)


 月の光で満ちた空は、星々の瞬きをしばし鎮めているように白い光で溢れていた。静かでどこまでも続く闇。でも今は、それを怖いと感じる事は無かった。とても安らぎに満ち、まるでそここそが安住の地にさえ感じた。

 そう。

 人を送るという瞬間を間近に見て。あたしの気持ちはいっぱいだった。不思議な事だった。


 あたしはあれから、事の全てのあらましを聞いて口がひらきっぱなしだった。そう、開いた口が塞がらないと言うやつ。


 ** ** ** ** **


「――で。一体全体、ホントの本当にどういう事なのよっ。何で二十人の死者の半分近くが死神で、初恋ツアーの二人は消えて、ゼンルがぷれんてぃすとか呼ばれて。もーっ、全然意味が分かんない!!」

 夜になったばかりの空であたしはとにかく騒いだ。もう、事の真相が全部分かるまでは家になんて帰れない。今日のお夕飯だってノドに通らないってもんよ。

「そういっぺんに質問されても答えられませんぜ。第一、アタシらは死者の魂の質問には答える義務がありますが、アンタには別にそれもありませんからねぇ」

「そんなっ。あれだけメチャクチャな目に遭ったんだから、あたしには聞く権利があるってもんでしょっ」

「ヒヒッ。そんなに聞きたきゃ……藤島。応えてやるんだねぇ」

 ゼンルはそういうと、脇に控えている大柄の死神を見た。すると、そこにはハデハデのアロハな藤島さんが立っていた。

 やっぱり本人が言うように、死神の姿より、藤島さんをしている方が気に入っているのだろうか。

「じゃ、藤島さん。貴方で良いんでちゃんと応えて下さい!!」

「はは。俺でも良いなら、か。ま、わかる範囲なら答えてやるか。仕方が無い」

「もう」

 この興信所のおっちゃん。ちゃんと言ってくれる気があるんだか無いんだか。でも、ゼンルはこれ以上しゃべる気は無いみたいだし。

 それに他の死神さん達はそれぞれの脇についていた魂たちの手を取り、空の更に上へと昇って消えていってしまった。

 前原さん、遠藤さん、水野さん、運転手さん、小池くん、松沢さん、日向親子三人、不倫カップル。

 彼ら、彼女らは、本当に身罷ったのだろう。最後にちょっと怖い目に遭いながらも。

 だから、今ここにはあたしとゼンルと藤島さんの三人だけ。空に浮かんでいた。

「それじゃ、何から応えれば良いんだ?」

「まずは初恋ツアーのお祖母ちゃんと孫のメグミさん。あの二人は大丈夫なの?」

「おっと。いきなり難しい事から聞いてくるとは。新人といえど、侮れねーな」

 ははっと笑う藤島さんに、隣の死神は「そーさね。このド新人は変な所で鼻を利かせるから気をつけるんですぜ」ひひっと笑った。ってもう。

「ちょーっと。ゼンルは文句があるなら、自分で説明してよね」

「まぁ、乃々山さんよぉ。順を追って話すから。その後で質問があったら聞いてくれ。その方が早いだろ」

「順番で? うーん、その方がいいならあたしは別に構わないけど。でも、後で謎があったら本当にちゃんと答えて下さいよ」

「あぁ、任せな。これでも死神だからな」

「やーれやれ。イシュールはまだまだ甘ちゃんだねぇ。こんな小娘に何でも応えてやるなんざ~」

 ゼンルはどうしても口が挟みたいのか、また笑いながら横槍を入れてきた。

「申し訳ありません。しかし、お言葉を返すようで申し訳御座いませんが、聞けばこの方が彼の五輝神の総領、輝星の御方三代目というお話じゃないですか。それに、我々の任務を最後に助けてくださったのはまぎれも無くこの御方。その恩に報いたいのです、執行役」

「そーんですかい? そこまでアンタが言うなら好きにするがいいさ」

「ありがとうございます」

 藤島さんは再びゼンルに恭しく頭を下げると、あたしの方へ向きなおした。

「さて、順を追ってって言っても。どこからが最初か分からないって言えば分からないよな」

「えぇ。それじゃ……うん。あたしがバイトを始めた所から。確かカインズ鎌を持たされて、死んだ魂が集まってくる空のポイントに着いた時。二十人の人が死んだっていうから、待っていた。で、時間になるとその人たちが集まってきたけど。もう、その時点から、死神さん達が混ざっていたの? あの二十人の中に」

「あぁ。あの中の六人は少なくとも死神だった」

「ろ、六人も。っていうか、黒い影の中から三人死神さんが出てきた訳だから、その他に三人いたっていう事? 誰? 全然分からなかった」

「そりゃそーだ。俺と仲良くしていた〝熟年カップル〟をやっていたからな。あいつらは毎度演技に入れ込みすぎるから。そんじゃそこらの素人さんには分からないもんだ」

「へ? って言うと。あの斉藤・岡島不倫カップルも……死神!?」

「そーゆー事。ベテランでしかも優秀」

「ひえぇぇっ。気づかなかったっ」

 お、驚いたぁ。あの二人。本当に不倫してる会社の同僚だと思っていたのに。よりにもよって死神だったなんて。ある意味一番の詐欺師だよ。

「そりゃあ気付かれちまったら、アタシらの任務ってのが大方失敗したって事になりますからねぇ。アンタ一人くらいをだまくらかすなんざ、造作もない事なんですぜ」

「任務? って、いう事は。ゼンルを含めて、藤島さんや今日ここにいた死神さんはみんな普通の死神じゃないって事?」

「おや。アンタに話してなかったですかい? バイト内容について」

「話すもなにも。バインダーに書いてある通りに仕事を進めろって、ゼンルが自分で言ったんじゃん」

「そーりゃ悪かったですさ~ねぇ」

「うわーちっとも悪びれてないっその言い草」

「そりゃ悪う~ございましたねぇ」

「もういいよっ。藤島さん、どういうことなんですか。皆さんは一体、何の死神さんなの?」

「俺らか? 俺らは」

 そう言うと、彼はチラッとゼンルのほうを見た。見られた方は、天使の顔に不敵な微笑みを作って藤島さんに一瞥くれた。

「俺らは。死神は死神でも、特別な命令を引き受けているチーム。天界最高責任者、即ち天界王と、天界執行役最高責任者、即ち死神の長と同等の権利と義務を果す事が現場で唯一許されている執行役、天界執行役最高責任者代行プレンティス・ハルト・ウォルシオムが率いている特殊行動班」

「と、特殊行動班。つまり、天界の王様が司る生死の事や一番偉い死神と同じ事が出来る実働部隊って事?」

「そーゆー事」

「えーと、そんでもって。そんなすごそうな天界執行役最高責任者代行が」

 あたしの視線がヒヒヒと常日頃から笑っている男へ向いたのは言うまでも無い。

「あぁ。プレンティス・ハルト・ウォルシオム特殊行動班長、目の前にいる方だ」

 と、藤島さんもゼンルの方を見た。

 や、やっぱり嘘とか幻とかじゃなく。名前が違えども。ゼンルって、ホントの本当に、昔、本人が言っていた通り〝最高の死神〟だったんだ……。

「な~んて肩書きなんざ、アタシにとっちゃどーでもいいンですがね。こんなモンはあのボンクラ王が勝手に押し付けてきただけの事。詰まんなくなっちまったら、またすぐにでも辞めっちまいますがね」

「まったく執行役。もう勝手に出歩いて単独行動は辞めてください。貴方が動きすぎると、我々だって付いていくのに骨が折れるんですから。今回だって骨じゃないが実際、顔を喰われた部下も出たじゃないですか」

「ヒヒッ。相も変わらずイシュールはユーディアみたいな事を言いやがる。うざったいねぇ、そういう所は」

「何を仰います。ユーディア様は貴方からの教えを守り、今では天界執行役最高責任者となったんですよ。言わば己の戒めが還ってきているんです」

「ちっ。口の減らない手下だねぇ、オマエさんは」

 し、しかも。ゼンルってば、昔はちゃんとした事を他人に指導していたなんて。

 ……あぁ。あたしが戦ってきた七年間て一体。

 でも。今はそこを追及するんじゃなくて、今回の事件(?)のあらましをハッキリさせないと。

 要するに、ゼンルたちは班行動をとっていた。かつては普通に死んで間もない魂たちを集めて天国へ連れて行くのではなくて。

「今回の俺らが受けた命は死者の魂で例外にあたる人間達の選別と逝き先案内。ファイルにもあったろう。〝処分、讐霊、その他の措置が為される者は回収班または特殊行動班が対応にあたる〟って」

「そ、そうなの?」

「はぁ。何やってんだよ、お前さん。一所懸命読んでたろう、死神マニュアル」

「う、うん。暇つぶし程度に」

「たく。こんなんがホントに死神候補でいいかよ」

「し、死神候補? あたしが?」

「そうだよ。今回の任務その二、新規天界執行役採用試験の実践編及び特殊行動班認定試験。あの黒い影の腹ン中に入ってたのは、特殊行動班の試験を受けに来て、まんまと物の怪にやられちまった平の死神。ま、もっともお前さんよりは一〇〇倍は優秀で立派な天界執行役には変わりないけどな」

「そ、そうだったんだ。って、あたしはなーんも聞いてないんですけど。死神採用試験を受けさせられてたなんてっ。ゼンル、どーゆー事っ!?」

「おやおや。アタシャそんな大切な話もしなかったンですかい? 我ながら物忘れが激しくなっちまったようですぜ~」

「ウソーッ。絶対ウソだよそんなの。暇でひもじいあたしにアルバイトを斡旋しただけじゃん。メロンパンで釣って。試験をするなんて何にも言ってなかったじゃんねっ」

「そう言いますがね。ア~ンタにホントの事を言った所で素直に〝きゃ、面白そう。付いてくぅ〟なんて訳にはいかなかっただろう。だから、食いモンでかどわかすのが手っ取り早かったんですサ」

「か、かどわかすって。しかも食べ物……」

 い、言い返せない。けどでも、なんか悔しい。しかも、第一どうしてあたしなんかに死神試験を受けさせるんだ?

「その顔だと、どーして自分に執行役のお鉢が回ってきたかって知りたそうだな」

「へ? ま、まぁ。それに、話がちっとも先に進まないから」

「分かった。後はノンストップだ。疑問は後から聞けよ」

 そう言って、藤島さんは月明かりに照らされながらしゃべり始めた。

「お前さんを死神候補にしたいと仰ったのは天界執行役最高責任者代行の意見。だからこれは、本人に直接伺うんだ。

 俺が話せる事は今回の特殊行動班の仕事と事の次第についてだ。さっきも言ったように、俺たちは天界執行役最高責任者代行の命で、魂たちに特別な措置が認められている。そして、死んだか弱き魂たちを助ける事もその仕事に含まれている。

 すなわち、魂たちがそれぞれの逝き先へ無事にたどり着けるまでの護衛と各魂への対処だ。

 で、今回の行動班は認定試験官役と魂を各所へ送り対処する事。そして、その認定試験ってのが水蓮・深蓮の撃退」

「あ、あの黒い影の事? でも、撃退って。あいつらはやっつけた訳じゃないの?」

「あぁ。あいつらは人世でいう旧盆あたりになると、日本上空に出てくるんだ。何度退治しても、毎年毎年湧いてくる。元々、人世にある邪悪な思念が寄り集まって魂を勝手に食い漁る性質の物の怪なんだ。だから、そういう性質の物の怪を俺たちは水蓮・深蓮て呼んでる。

 そいつは、初めに一つ人間の魂を喰って、喰った魂の格好をし、そ知らぬ顔をして、他に死んだ魂たちに近寄ってこっそり喰っちまう。しかも、最初に喰った魂の気配を身に纏い、自分の気配をそれで覆っているから見つけるのも困難なんだ。けど、そんな奴を放っておく事は勿論出来ない。かと言って、すぐに対処しなけりゃ大変な事になる。だから、俺たちは水蓮・深蓮が発生した場所に飛んでいって、見つけ出して撃退する。ま、一回追っ払えばその年は一〇〇パーセント近くそれ以上は出てはこないから。でも、今回は既に誰かの魂を喰って、人の格好になっていた。だから、大方の目星をつけて、集まって来た魂たちの中に俺らも混じって探しあてようとした。ついでにそれを試験にして、物の怪を撃退出来るか試す事にした。

 けど、思った以上に事は難航した。試験を受けに来た連中は相次いで物の怪に喰われてくわ、水蓮・深蓮も性質が変わったのか、あいつらの一方が喰った魂を別の方が身に纏い、しかも分裂までしていた。あの福沢トメ、大井メグミは転落事故に遭った時に水蓮か深蓮か分からんけど、どっちかに喰われてしまっていた。そして、その時点で喰ったのとは別のほうが二人の魂の皮を被り二人に成りすまし、この魂の合流地点までやってきた。だから俺たちも事故現場近くから事故に遭ったように装って、この場所まで来た。その時は誰が物の怪だったかまでは分からなかったからな。

 で、どれが水蓮・深蓮かを探りながら、そして認定試験しながら様子を伺っていた。ついでに新規採用試験も兼ねて」

 な、なんと。そんな事が裏側に潜んでいたなんて。あたしはホントに全然、何にも気づかなかったよ……。

「あ、だからあの黒い影をやっつけた時、トメさんとメグミさんが居なかったんだ。じゃ、別の方の物の怪の中に居たって事?」

「そう」

「じゃぁ二人は無事だったの?」

「そりゃな。あの二人を喰った水蓮は、事故現場にしばらく留まっていた。そして死んだ魂に成りすまし内偵していた死神ぶかが帰って来ない事に不審を抱いた天界執行役最高責任者代行が現場に赴いた事によって撃退された。その時に福沢と大井は対処された……はず、ですよね?」

 と、一応藤島さんはゼンルの方を見た。が、本人は至って「どうだかねぇ」と言っている。たぶんそれは「へーき」って事なんだろうケド。

「ま、そういう事だ。で、話を戻すが。こっちに混じった深蓮の方はどんどん魂を食い漁り始めて、仕舞いにゃ調子に乗って執行役まで喰おうとしてきた。……あんた、よっぽど美味そうだったんだな」

「そ、そんな」

 がーん。あたし、食べ物に見られてたなんて。ショック~。

 しかし、笑っている藤島さんに、その隣もヒヒヒッと笑っているところを見ると、否定しがたい屈辱には間違いなかった。

「はぁ。そういう訳だったとはね」

 大体、話は分かったけど。

「じゃ、最後にあたしが半分食べられそうになって助かったのは、誰かが、藤島さんが助けてくれたおかげ?」

「まーな。俺が、深蓮撃退に使う術を唱えたんだが。あいつ、中の魂たちの力を吸収してたのか術だけじゃ抑えきれなかったんで、最後の最後にあんたの剣で薙いでもらったんだ」

「そうだったんだ。でも、あたしは剣で黒い影を突くと、中の人まで刺しちゃうと思ってわざとやらなかったんですよ」

「そりゃ心配ないさ。現に平気だったろう。だからもし、次に物の怪に遭った時は遠慮無くやりたまえ。逆に、俺はあんたが空に舞ったとき、一気にケリを付けてくれるとばっかり思ってたから。あそこで深蓮を仕留めていたら、新規執行役試験どころか特殊行動班認定試験も受かっちまう勢いだったぜ。けど、ちゃんと勉強しておかなかったから最後の詰めが甘かったな、新人」

 と、藤島さんは右手にポムッと何かを呼び出し、それであたしの頭を軽く叩いた。

「痛っ。何するんですかっ……て、これは」

 叩かれたそれを彼の手からもぎ取ると、それは落としたはずの黒いバインダーだった。そして、その一枚目。目に飛び込んできたのは〝水蓮・深蓮にはあらゆる攻撃可。まずは霊体浄化魔法等を当て、後は通常の攻撃を食らわせば容易に撃退可能〟と、書かれていた。

「三十ページにアタシがわざわざ書き込んでおいてやったんですぜ、ド新人」

「そ、そんなぁ」

 くぅ~っ。ちゃんと読んでおけばよかったっ。こーゆー事ってよくあるけど。うぅ、あるからこそ悔しい、あと一歩っ。

 でも、話から察するに。あたしってもしかして、死神の試験には受かっちゃってるって事なのかなぁ。だとすると、それはそれで驚きなんですけど。

「ま、俺からはそんなところかな。何か質問があるか? 乃々山さん」

「し、質問……ですか。何かそう言われると。あ、じゃあ。今日、ここに集まってきた魂のみんなは? 無事に天国へは逝けたの?」

「あの連中か?」

「うん。だって心配じゃん。深蓮とかいうのに襲われたり、天国へ向かうのが遅くなっちゃったし。魂に悪影響を及ぼしてないかとか」

 すると藤島さんは一つ、ふーっとため息を吐いた。

「ま、そりゃ大丈夫だ。全員、逝くべき場所へと間違いなく導かれていった」

「そうですか」

 逝くべき場所、か。きっと、天国、では無い所へ逝った人もいるって事なんだろう。あたしもつい二年前、天国じゃない場所を実際に見てきたし。いや、行ってきたし。

「ほいじゃ、こんなもんで良いか」

 藤島さんはふおーっと伸びをしながら、ゼンルのほうを見た。

「これが今回の成果です。天界執行役最高責任者代行」

 相手は最敬礼をする。

「ご苦労、イシュール補佐官。では特殊行動班、任務終了。以上をもって解散」

 すると、それまで三人だけかと思っていた空の上にはゼンルを取り巻くように黒い人影が更に三つ増えていた。そして、藤島さんがゼンルの脇に控えている。

 これが、天界執行役最高責任者代行が率いる精鋭死神集団。特殊行動班。

「何か……カッコいいかも」

 彼らはそのリーダーの号令で再び空に散っていた。

「んじゃ、執行役。また何かあったら呼んで下さい。それから新人、じゃあな。も~ちっと、よっく修行をしておけよ。そしたら、俺と仕事、組ましてやるから」

「え? あ、どうも……? ん? いや、あたしは死神なんてやりませんからっ」

「じゃ~な~っ」

 藤島さんもそう言うと、指パチをし煙を体に纏わせそのまま消えた。もーっ、最後まで自分ペースな死神なんだから。

「あ、でも。お礼言うの。忘れてた」

 そう。藤島さんには今日、沢山助けても貰ったのに。

「どうもありがとう」

 聞こえるか、届くか分からないけど。あたしは月が昇ってきた方へ頭を下げた。

 それから、静かになった夜空の高い所を見上げた。


 月の光で満ちた空は、星々の瞬きをしばし鎮めているように白い光で溢れていた。静かでどこまでも続く闇。でも今は、それを怖いと感じる事は無かった。とても安らぎに満ち、まるでそここそが安住の地にさえ感じた。

 人を送るという瞬間を間近に見て。あたしの気持ちはいっぱいだった。

 不思議な事だった。


 そして。

 もうこの空に残ったのは、あたしと。

「ひひひっ。どうでしたかい? 良い暇つぶしになったんじゃあ~りませんか」

「ひ、暇つぶしって。死神ってそんなもんじゃないでしょ」

「そんなもんですよ、少なくともアタシにとっちゃ」

「自由、部下に慕われてるっぽいし。活躍してるし、ゼンルには合ってるんじゃないの?」

「そりゃ、どーも」

 月明かりに照らされていた彼は笑いながら、姿を朝、公園で出会ったときの天使の姿にさせた。朝日の中の神々しい姿も美しいけど、月の光を浴びたその姿は儚そうな美しさを湛えていた。この人はまるでいくつもの表情を見せる女性のよう。

「イシュールが言ってましたがね、アンタは見込みがあるから合格にさせたらどうだって」

「ご、合格っ!? な、何か嬉しいけど。でも、そもそもどうしてあたしを死神なんかにさせようなんてしたの?」

 それ。そこがすごく疑問だった。死者じゃなくても、どうしても答えて欲しい事。しかもゼンルが選んだって話だし。絶対、怪しいよ。

「ひひっ。そりゃ一言で言えば……素質。アンタはこの仕事に合ってるって思ったから」

「そ、素質? あたしが?」

「そーです。アンタ、結構、他人に親切だし優しくできる。そして、毅然な態度で臨むし加えて輝星剣士だけあって強い。だから、向いてると思ったのサ」

「そ、そう?」

 な、何かゼンルに褒められるなんて気持ち悪いというか。素直に受け取って大丈夫なのかって思うけど。それに、意外にまともな答えのような気もするし。ゼンルにしては。

 でも、何にせよ頑張った事が認められるって嬉しいよ。なっはっ、あたしって死神に向いてるんだぁ。

「そーかそーかっ。あたしって死神向き。なっはっはっは、見たかあたしの実力っ」

「まぁ、そういう調子に乗ったり、感情的になって暴走するトコはマイナス点ですがねぇ」

「うっ」

 そ、そういう所はよくご存知で。はは。

「そーれに、アタシャまだこの目でアンタがちゃんと死神をやってるところ見てませんから。実際のところ、良いんだか悪いんだか」

 あ。確かに。あたしが色々右往左往をしていた時に、この男は別の場所で一人活躍中だったんだっけ。

「ひひっ。それじゃ、丁度良い。これからアンタの最後の仕事が来ますから。ちゃんとやってやるんだね」

「へ?ま、まだ働かされるのっ!? あ、それにこのバイト代はどうなるの? 時給はいくらなのっ」

「ひひっ。そんな事よりも、ほらっ。来ましたぜ」

「え?」

 足元を見た。白く淡い光がゆっくりと昇ってくる。それは、あたし達を目指して昇ってくるようだった。

「あれは……?」

「ファイルを見るンだね、書いてあるだろう」

 あ、そーかそーか。

 あたしはペンライトを喚び出し、ファイルをパラパラパラ捲った。え~と、なになに。


『日向正基まさき・三十六。八月十二日未明に発生したバス事故に巻き込まれ死亡。反対車線を普通乗用車で走行中、正面からセンターラインをはみ出してきた大型バスに衝突。尚、同乗者、むかいカナエ・三十四、日向サオリ・十、日向なつ・七は死亡。同人、十二時間後死亡となる』


「この人があの親子の」

 たぶんお父さんであり旦那さん。

 光はあたしの目の前で人の形になった。その姿は普通の白地に青いロゴ入りTシャツとジーンズ。年相応に短く刈った頭。パッチリとした目に特徴的なお団子みたいな鼻。とてつもなく愛嬌のある顔立ちだった。

「何かとても良いカンジな顔してるね」

「アンタねぇ。無駄口叩いてないで、しっかり仕事するんだねぇ」

 あたしはぼんやりと周りを見回している愛嬌パパ、もとい、日向さんを見た。

「――ん。貴女方は? それにココは……どこなんですか?」

 当たり前の疑問にあたしは〝貴方は死にました。ご愁傷様です〟と言って、ゼンルにまた鎌の柄で殴られた。「ダイレクト過ぎですぜ」と。うぅ。だからって殴る事ないじゃん。

「はぁ。僕、死んじゃったんですか」

「えっと。はっきり言っちゃっていいですか?」

「はい」

「んじゃ、遠慮なく。日向正基さん、貴方は死んじゃいました。だから、今は空の上。公式にあたしは乃々山ノノ子。貴方を天国へ連れて行くバイト、じゃなくて死神です」

「天国と死神ですか。何だか漫画みたいですね、死神だなんて」

「そーゆー死神とは違います。あたし達は天国へ往来して、魂を案内するのが仕事なんです」

「そんなもんなんですか」

「そんなもんです」

 彼は愛嬌のある顔つき以上に性格もぼんやりさんらしく、死んだのかぁ、あぁ残念だ、とかのん気に呟いていた。はぁ、これならとっとと天国へ連れて逝けそうじゃん。

「あの、それじゃ貴方を天国へ連れて逝こうかと思うんですけど。準備、良いですか?」

「天国、ですか? 僕が?」

「そうですよ」

「天国に?」

「そうですよ」

「本当に?」

「そうですよ!!」

 お互いに〝何言ってんだこの人は〟と、なった。まったくこの人。いくらぼやぼやさんだからって戸惑い過ぎだよ。早く天国へ逝って、待ってる家族と再会したいんでしょ。

「逝きますよっ」

 気張って号令を掛けているところへ、突然、あたしの着物の裾が思いっきり引っ張られた。

「どっわ~。な、なになになにっ。今度は何が気に入らないの!」

 着物の裾を引っ張り上げて「アンタは」と、呆れ顔を作ったゼンルは、あたしにバインダーを良く見ろと耳打ちしてきた。って、何を見ろっていうのさ。

 と、思いつつもさっき書かれていた項目の隣に目を通した。


『尚、日向正基に関しては特殊行動班によってその場で輪廻抹消。天の門へ入門不可』


 へ? どういう事?

「あの、これは?」

 その場ってこの場? 勝手に輪廻抹消ってどういう事? しかも、天の門へ入っちゃダメって事は天国へはいけないって事? じゃ、この人はどこに連れて逝けばいいの?

「書いてある通りですぜ」

「書いてあるって言われても。輪廻抹消って……解脱の事?」

「アンタねぇ。だったら、そう書いてありますぜ。でもそこには抹消ってなってるじゃありませんかい?」

「そ、そうだけど。じゃあ、この日向さんていう人は」

 あたしが言いかけているところ、ゼンルがスッと前へ出た。彼は日向さんと真正面から向き合っていた。

「アンタ、自分じゃ自覚してるんですかい」

「はい。僕は天国へ逝けるなんて思ってないですよ」

「そりゃ、良い心がけだ。十二人も殺しちゃ言い逃れは出来ませんぜ」

「えぇ」

「しかも、どれもこれも情状酌量にも過失致死にも当たらない。全て、アンタのエゴからきている理由で命を奪いましたからねぇ」

「それは。自覚してますよ」

「って。全部正直に話したからって、神様が救ってくれる訳じゃないんですぜ。他人の命を取った奴は、普通色々吟味してからどこに逝かせるか決めるモンなんですがね。アンタの場合はこの場で終らせて頂きますサ」

「この場で。天国も地獄も見ないで?」

「そーです」

 ゼンルの顔は笑ってもなく、かと言って怒っている訳でもなかった。無表情、だった。

「日向正基。貴方は愛人・緒方祥子を絞殺。ならびに妻、カナエ、子どもサオリ、夏貴を自家用車に乗せ、殺害目的で避けきれる、、、、、バスへ自らクルマを追突させた。いいえ、最早自分から突っ込んでいった。そのせいで自分の家族と、本来物理的に谷まで落ちてゆく事は無かったバスを谷へと転落させる結果を招き、生命まで奪われなくても良いはずだったバスの乗客の命まで落とさせた」

 あたしは一気にバインダーに書かれていたことを読み上げていた。

「だって、それは仕方がなかったんだ。祥子はわめきながら妻と別れて結婚しろって言うし、そうしなきゃ会社と妻にばらすと言ってきて。やっと僕にも本社栄転の話が巡ってきたチャンスだったんだ。しかも、妻の実家は地方都市とは言え、その土地に代々続く有力者の家系。僕がしてきた事が明るみに出れば、もう全てが身の破滅だったんだ。だから、祥子の存在は疎ましかった。消えてくれたら良いと何度も思った。そして、気づいたら自分で消していた。でも、それこそが明るみになったら何もかもを失う。妻からは蔑まれ、世間からは白い目で見られ、居場所なんかなくなる。生きていたらたとえ刑務所から出てきても、地獄である事は分かりきっていた。

「だから。僕は、僕を地獄に突き落とす諸共死ぬ事にした。家族も、そして世間という奴等も道連れにして」

「そんな。そんな事っ自分勝手過ぎっ」

「そうかい? ちょっとした過ちを犯しただけで、すぐに疎外されてしまうこの世の中の方が冷たく薄情だとは思わないかい? 不倫だって浮気だって、ちょっとした事だったのに。それを本気にする女、そんな遊びにいちいち目くじら立てる女、そういう女共がどうかしてる。おかげで、上手くいっている人生をメチャメチャにされたんじゃ、たまらないんだよ」

「たまらない? よくっ、よくもそんな事が言えるわねっ。世の中は自分だけの人生が一人歩きしてる所じゃないんだよ。他の人もそれぞれの人生背負って生きている所なのっ。だからルールもあるし、個人の感情だってある。それを破ったり踏みにじったクセに、悪いのを自分以外に押し付けるなんてっ!! しかも自分の子どもの命を奪っておいて、よくもそんな事を平気で言えるわねーっ」

 もーっこの人。愛嬌のある顔とは裏腹に、とんでもない男じゃないっ。こんな奴、あたしが成敗してやる~っ。がるるぅぅっ。

「さて。アタシの部下はまだまだ、浅い小娘だからぴーちくぱーちくうるさい事を捲くし立てていますがね。アタシ自身はそうじゃありませんぜ。

 日向正基。オマエさんは輪廻抹消に相当する。まず、そいつの意味から教えてやる。簡単に言えば、もう命を持って世の中には出てこられない。人間には勿論、虫でも鳥でも、ミジンコにさえなれない。日の光を浴びる存在にはなれないという事サ。

 そして、代わりに二つに一つ選択してもらう。一つは讐霊の地に逝って一〇〇年間、愛欲の業を償うべく地獄へ逝くか。もう一つは、この場で消滅するか。さぁ、どうする」

 ゼンルは淡々と呪文を唱えるように言い放った。地獄逝きか、それとも消滅するか。くう、あと第三の選択であたしの制裁ってのも加えたいところだけど。

 二つの選択。この場合。

「地獄へ逝くと、本当に苦行しか続かない。苦しくて恐ろしくて、足掻きもがくだけの場所。一方、消滅とはその言葉通りこの場で消える。もう己というものが無くなる。意識も感覚も消える――さぁ、答えよ」

 どちらを選ぶ? どう答える?

「二つに一つ」

 難しい。難しいけど。

「僕は」

 あたしだったら。


「――消える」

 ――地獄に逝く。


「答えが出ましたかい? ひひっ、この愚かモンがっ。消えちまいな」


 白い天使は手に大鎌を喚ぶと水平に振るった。同時にパンッと小さく弾けた音と青い光が輝き、すぐに消えた。

 そして。ゼンルの前にいた男は消えていた。

「あの人」

 聞くまでもなかった。

「抹消。終りましたぜ」

「終わり……? もう、いなくなっちゃったって事」

「そういう事サ」

 消えた。

 あたしはそれ以上、何かをいう事が出来なかった。なんて言うのか。最後にあの人と意見が分かれた。だからこれ以上、なんて言っていいか、正直、分からなかった。

「けど、アンタは合格」

「え?」

「ホントに輝星の御方なんざ辞めちまって、死神やったらどうですかい?」

「えぇ?」

 い、意味が。意味が分からなかった。

 ご、合格。死神採用試験に――合格!?

 急にそんな事を言われても。それに、さっきのあたしの態度や発言は、ゼンルが言ってたマイナスの部分のような気がするけど。

「アンタの答えは地獄逝き。その理由わけもちゃーんと持っている。そうだろ」

「え。あ、一応は」

「それを心ン中にしっかり戒めて生きてる奴は、死神だろうと、輝星剣士だろうと、六源神だろうと、天界王だろうと何でもやっていける。多少のマイナス、短所があってもプラスや長所ってやつで帳尻が合うンですぜ。

 そして、だからこそ。アンタ、七年かけてアタシを倒す事が出来たのサ」

「なんと」

「もっと言えば、七年でアタシを倒す事が出来た」

「七年で」

「そーさ。たった七年で」

 そう言うと、ずっと背を向けていた彼はあたしの方へスッと振り向いた。その姿はさっきの儚い美しさではなかった。

 白い支柱。

 天を支える、強く美しい柱。

 宇宙にひとすじ真っ直ぐ立っている真っ白な支え。

 そう、あたしにははっきり見えた。

 それが天界執行役最高責任者代行――その名を。


「なんか今日は。本当に死神になっても良いかもって思っちゃったよ、なはっ」

「おやまぁ。そりゃイイ心掛けじゃないサ」

「結構遣り甲斐もあったし、藤島さんとか良い人そうだったし。人間関係あれてなさそうだし」

「ひひっ。アンタもそこまで気に入ってくれたンじゃ、いつまでも居てくれて良いんですぜ」

「あ、でも。やっぱり、家で心配してる連中もいるから。今日はこれで帰るよ」

「そーなんですかい?」

 夜も更け、月も高い所で輝いていた。うん、夏休みに良い経験も出来たし。おかげでガリガリくんの事もすっかり許して良い気持ちにもなったし。実はそれ、さっきまで忘れてたし。そうとなれば帰らない理由もない。勿論、死神っていう仕事も、一緒に働く人達も良い人だったから続ける事に問題はないけど。

 でも、あたしも一応これで輝星剣士だから。なはっ。

「じゃ、まぁ。そういう訳で。一日お世話になりました」

 さて、腕につけたアルバイトの腕章も外して。輝星剣士のカッコから戻ったあたしは、地上へ帰る事にした。

「って。あれ? あの、これ。取れないんですけど」

 おかしいなぁ。安全ピンで留めただけだから、それを外せば。

「って。このピン。外れないんですけどーっ」

 上手く外せないっていうより、ピンが、うーごーがーなーいーっ。なんだこりゃーっ欠陥品!?

 すると、あたしの頭上でひひひっとさも愉快だとばかりの笑い声が聞こえてきた。

「ちょ、ちょっとちょっとゼンルーッ。どういう事よーっ」

「ひひひっ。だーれがアンタをお返しするって言いましたかい? アンタにゃもう少し、本腰入れて働いてもらいますサ」

「そ、そんな~。メロンパンの誓約ってこんなに有効なの~!?」

「何を今更。これでもアタシャ天界執行役最高責任者代行。そんな尊いヤツに誓いを立てちまったんですぜ。しばらくは強力な効果がありますさね」

「えぇ~っ」

「さて。今日の最後の最後に忘れていた仕事をして、また明日に備えますぜ」

「最後の最後?」

「そーさ。アンタが弁当配ったろう。代金が未払いじゃ店のモンが困るサねぇ」

「あ、それを言うならあたしのバイト代も」

「ひひっ。弁当代は給料天引きって事ですかい? こりゃ、気前の良いお方だ」

「そーんーなーっ」


 ってなわけで。

 あたしは深夜になったにも関わらず。ゼンルに引っ張られ、まだまだ眠れる事も許されぬ仕事を続けさせられる羽目になったのだった。

 うぅ。こうなりゃあとで、ちゃっかりお弁当をご相伴に与った藤島さんから代金回収してやるぅ。


 でも、これは後日の話。

「へー。新人として挨拶代わりに弁当差し入れしてくれていたとは、お前さんもなかなか気が効くな~」

「ひえぇ~。そんなぁ~」


 むおぉ~。上司が上司なら、部下も部下だよーっ。

 死神サイテーッ。

 バイト代よこせ~っ。お弁当代返せ~っ。


                     第一話・しにがみ謳歌 了