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休暇のクマと青春謳歌

初回掲載:2026年7月31日

登場人物

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《第一話 しにがみ謳歌》(1)‐5

 (四)

 それにしても。

「ゼンル……。遅すぎなんだけど」

 傾きかけた陽は、かなり斜めになり時刻は間もなく夕暮れになるところだった。

 あれから、とりあえず穏やかな空気を取り戻した魂さん達は、あたしの監督の下、また昼寝をしたり、ふよふよ浮かんで天への出発を大人しく待っていた。と、いうかむしろ。

「うにゃ~っ。このバイト、退屈なんですけど」

 あたしが一番、そわそわしていた。いや、それ以前に。

「このバイトって時給いくらもらえんの? そーゆー事は規定に書いてないんかい?」

 そうそう、それが一番大事ってもんでしょ。こんなに待たされるし、魂さんたちは死んで間もないからちょっぴり情緒不安定だし。そういう方々のお世話係りなんだから、報酬はババンッと出してもらいたいモンだね。

 あたしは持ってるバインダーに目を落とした。それは無論。

「時給はいっくらかなぁ~」

 ぱらぱらぱらっ。ぱらっぱらっぱらっ。

「うーん。やっぱ載ってないもんなのかなぁ」

 と、何枚も何枚もめくって見るが。細かい字で、死神ってのはこうしろっああしろっと書いてあるばかりで特に報酬についての項目は載っていない。

「ったくもぉ。一番肝心な所が明記されてないなんて。詐欺か、このバイトは」

 それにしても。

 何だかこのマニュアル。ただの天界へ魂を運ぶバイトの為のものにしては、詳しく書かれ過ぎ……のような気がするけど。っていうか分厚い。

 なんつーか、パソコンの説明書か携帯のトリセツかっ!? 並みだよ。でも、あーゆー感覚で責任逃れのために〝一応、書いておきましたから〟みたいに、無駄に表記されてるってわけでもなさそうだし。

「ふ~ん。なになに」


『回収班・特殊行動班 対応マニュアル

 以下の執行人は天界最高責任者、並びに天界執行役最高責任者に準ずる者として、死者に対する対応を現場判断にて執行する事が許される。

 又、執行役(乙)は死者(甲)が天界への指示を拒んだ場合、及び他者に対する(甲)が妨害行為をした場合、直ちに(乙)は対処すべし。

 (乙)執行人 プレンティス・ハルト・ウォルシオム
                    特殊行動班長 天界執行役最高責任者代行

・特殊行動班 対処マニュアル


 天界執行役最高責任者代行は死者の魂を処分する権限を有す者とする。

 上記事項が速やかに行われない場合、各自、又は(乙)の判断により(甲)に対する処分を実行する事。又、死者に危害を与える障害物(丁)に対する処分の権限を有する』


「って、読んでも全然。意味分かんないや」

 給料の「きゅ」の字も載ってないし。しかも、知らない人の話に、甲乙とか書かれても誰の事なんだか。さっぱり。

「はぁ。ゼンル、帰ってこないかな」

 あたしは仕方ないので、更に分厚いマニュアルを読んで暇つぶしをする事にした。


 ** ** ** ** **


「おいおいおい、乃々山さん。もう、いい加減にしてくれよ。ホント、待ちくたびれたんだけど」

 夕焼けが西の空に、それは美しく映えた。カラスの声も聞こえてくる。カァカァと。

 そして、あたしの隣では藤島さん他、多数の人がワイワイと各々の主張を始めた。

「アンタ、いつまで待たせるんだっ」

「そうよ。私達だっていつまでもこんな所でうろうろしていたくはないわよ」

 出会って間もなくゼンルに文句を言ってきた水野さんに前原さんが、ここでもあたしに食って掛かってきた。

「す、すみません。あたしも皆様を天界へお連れしたいんですけど。あのその、上司がなにぶんココで待機をと……」

 うぅっ。あたしだっていつまでもこんな所に居たいなんて思ってないよ。でもでも、ゼンルがちっとも帰ってこないから。

「俺らって、もしかして見捨てられてんのかっ!?」

 血気盛んな松沢さんの一言に、一同、一瞬にして沈黙してしまった。って、あたしも含めて。

 いや、いくらなんでも。そんな、見捨てられたなんてことはないでしょ。

「うーにゃ。まさかと思うケド」

 うちらって放置されたところで、あの極悪死神のエサ……とかにされたりなんかしないよね。ねぇ。

 でも。考えたら、あの死神は元はあたしの宿敵で、そんでもって色々魂とか食べちゃったし。朝はメロンパンだったけど、夕飯は魂です、とか。

「ひぃぃぃっ。恐ろしすぎぃぃぃっ」

 あたしは頭を抱えて震え上がった。が、その様子に魂の皆様は何だなんだと……ちょっと引かれた。もぉ、みんなだって危ういんだよっ。つーか、みんなの方が危ういんだってばもぉ。

「乃々山さんっ。とにかく、もう俺たちだって天国に連れて行ってもらいたいんだ」

「そ、そうなんですけどね。もしかしたら皆さん、あの、その、極悪な輩に、食べられちゃうかも知れないって言うか」

「はぁ? 喰われるって、どーゆー事だよっ」

「も、勿論。もしもの時は、あたしが全力でその輩と戦って皆さんを護ります。けど、自信はその」

 ちょっと無いよ、正直。

 だって、あのゼンルと戦うんだよ。二回闘って、一応、二回勝ったけど。けど両方とも、死にそうになったし。簡単に勝てる相手じゃないのは目に見えて分かってるしぃ~。

 第一、リムズとカルスもいないし。

 はっきり言って、不利、だね。七対三で、負ける。負けちゃうよ。

「うーん。やばいね、こりゃ」

 バイト代どころの話じゃなかった。はぁ、何でうかうかついて来ちゃったんだろう。

 考えたら悪い死神なんだよ、ゼンルは。ワル、悪、敵っ。あたし、七年戦ってきたじゃない。それなのに、食べ物を恵んでくれたからって。でも、あたしの辞書には〝食べ物をくれる人に悪人無し〟って書いてあったから。

 あぁ。後悔先に立たず。やばい、本気で。

 あたしは暮れかかった夕陽に向かって、ため息と脱力感、そしてもしもに備えて気持ちを切り替えた。

 すなわち――輝星剣士の姿――になっていた。今日の格好は薄紫色の羽織に小豆色の袴。なんか少し高貴な侍だった。そして右手にはカインズ鎌の代わりに日本刀の格好をした鞘に収まっている輝星の剣。

「来るなら来いっ!! ……なんちって」

 あたしは朝方ゼンルが飛び立った方へ視線を向けた。

 再び、あの最強死神と対決。三度目の戦はどちらに勝利の女神が微笑むか。

「それにしても」

 夕陽が傾いてきてから、雰囲気が悪いんだよね。勿論、魂の皆様がイライラしているんだとは思うんだけど。暗いって言うか、それよりも邪悪というか重いというか殺伐? に近い空気が漂ってる気がしていた。

 日が沈むから? それとも、凶兆?

 あたしは魂の皆さん全員をそれぞれ見渡した。怒ってる、苛ついている、更に怯え、脱力と虚無感。複雑に入り混じっている表情を浮かべている。

「はぁ。本当にどうしよう」

 あたしも同じ表情をきっと作ってるんだろうなぁ。憂うつと、不安のいっぱいな表情。

「……あれ?」

 そんな表情を浮かべていた顔の数が。

「す、少な……いっ」

 見間違え? えっと、うーんと。ひいふうみ……。

 前原さん、遠藤さん、水野さん、運転手さん、小池くん、松沢さん、日向親子三人、不倫カップル、藤島さん、それから初恋ツアーの祖母と孫。

 ――しか居ないっ!!

「ど、どういう事?」

 ゼンルがこっそり帰ってきて食べちゃってたとか!?

 それは。それは無いっ。それくらいはあたしだって気づく。それこそ、気づかなかったら輝星剣士どころか、人間失格並みの鈍さ。

 じゃ、どうして魂が消えてんの? 神隠し? 空の上で? そんな事って、あるモンなの!?

「どうしちまったんだ、乃々山さん? つーか、人数、減ってねぇ?」

 藤島さんも気づいた。と、いうか周囲も他の魂が消えていた事に気づいていなかった。

 でも、ゴハンを食べていた時は全員いた――うにゃっ、そうじゃない。

 落ちていく夕陽。代わってゆっくりと夜のとばりが空に降りてくる。それを背景にあたしはもう一度、魂の数を見た。さっき確認できた十四人はいる。でも、あと五人。姿が無い。宵闇に姿が紛れてるの?

 あたしはバインダーを確認する。見えなくなっちゃう魂ってあるの?

「あ!! そ、そんなっ。そんな事って」

 ぺらぺら、ぱらぱらとページを捲っていくと。最後の方である項目を見つけた。赤字で、その箇所にはアンダーラインも引いてある。


『回収班・特殊行動班 特例命令伝達書

 八月十二日 以下の行動には充分注意し、見つけ次第、天界執行役最高責任者代行は対処すべし。

 盆前夜に現れ行き交う魂を食い漁る一〇〇と八の物の怪、〝水蓮・深蓮〟。見つけ次第に拘束。喰われた魂は日没までに物の怪の腹より下すべし。もし日没までに水蓮・深蓮の腹より下せぬ場合は魂を救い出す法。皆無』


 そして、その脇には。


『アンタの後ろに何がいる?』


 真っ赤な手書き文字が書かれていた。

「あたしの後ろに」

 背筋にモゾモゾと悪寒が走った。邪悪で、そして本当に冷たい空気。

「――いた」

 振り返ると。

 藤島さん。前原さん、遠藤さん、水野さん、運転手さん、小池くん、松沢さん、日向親子三人、不倫カップルの後ろ。

 そこには初恋ツアーの祖母と孫。

「えっ!?」

「なんじゃ?」

 その後ろに。

 彼女たちの二倍、いや、三倍の真っ黒い影が二つ躍った。

 これが、魂を喰う――水蓮・深蓮っ!?

「皆さんっあたしの後ろへっ。早くっ」

 あたしの叫びと同時か、それより先に。魂たちはスススッとこちらへ飛んで逃げてくる。

「って。そこの二人もはやくっ」

 剣を抜いてあたしは影に向かって舞った。

「きゃぁぁっ」

「吸われっちまうよぉ~」

 しかし、黒い影が二つの魂に上から覆いかぶさるようにあっさりと飲み込んだ。あたしの手など届く間もなく。

 二つの魂は影の中に消えた。

「い。いやぁぁぁっ」

 他の魂たちもひと塊に集まって、その光景に一様恐怖の表情になった。悲鳴を上げ、半狂乱したように怯えおののいている。

「よくもっ」

 あたしは二つの影へ剣を振り落とそうと加速をつけて影に向けて飛び込んだ。けど、考えたらこの影の中には食べられちゃった魂がいるんだっけ。しかも〝物の怪の腹から日没までに魂を下すべし〟と書かれている以上、食べられた人たちはまだ無事だという事。つまり、剣で影を斬ったりしては魂たちも傷つけてしまう可能性がある。

「くぅっ」

 あたしは影の頭上ぎりぎりで剣を引き、くるっと宙返りをして影の目の前に着地した。

「どうすれば良いのっ。このままじゃ」

 誰も助けられない。初恋ツアーの二人も、そして消えてしまったと思われた他の魂の皆も。

「もぉーっ。どうして、ゼンルはこんな時にいないのーっ」

 千光灯を打つ、剣で叩き斬る、神力を使う。あぁっそれは全部ダメ。こうしてる間に陽はどんどん沈んでいく。

『ク、苦シイ……助ケテ』

『カ、係リの方。近クニ……イルナラ助ケテ……下サレ』

 え!?

「メグミさんっトメさんっ」

 二人の声がした。影の中から、くぐもったような声が確かに聞こえた。

「あぁっ。どうしたら、助けられるの!!」

 あたしはこの期に及んで、バインダーを見ようとした。が、目の前の影が今度はゆらりゆらりとあたしに向かって覆いかぶさってきた。

「あ、バインダーっ」

 避けようとした瞬間。手に持っていたそれが影に当たり、その勢いで黒いバインダーが手からスルッと落ちてしまった。って、あぁっ手がかりがっ。

 と、言うよりむしろ。

「の、乃々山さーんっ!!」

 藤島さんの叫び声。それはこちらに迫った黒い影に対する警笛だった。けど時すでに遅し、あたしは足を捕られてしまった。

「う、うわーん。は、放せっ!! 気持ち悪いよぉーっ」

 影は足からみるみるあたしの体を飲み込んでいく。これって、食べられているっていう事!?

「た、助けてぇーっ。やだよーっ。何とかしてよーゼンルーッ」

 影はあたしのお腹の所まで上ってきていた。

『ウマ……イ。死神……ウマイ』

 えぇっ!? ほ、本気で味わわれてるよぉぉっ。も、もうダメ。ホントにあたし。こんな変なバイトしたせいで、命の危機!! 死神って危険な職業だよぉぉっ。

 落胆と絶望感。言葉に出来ずに、あたしは助けてと繰り返して泣き喚いた。

 おうち帰りたいよーっ。リムズ助けに来てよーっ。カルスのご飯もっと食べたかったよーっ。ゼンルの馬鹿ぁーっ。変な仕事させるなぁーっ。


「おい、新人。叫びすぎだぜ」


 ――え!?

 白い閃光が。

 涙でぼやける視線の先で――弾けたっ。

「ふ……藤」

 光はキラキラと細かい粒になって一帯に降り注ぎ、あたしとあたしの体に絡みついた黒い影を包んだ。この光は千光灯に似てる。でも、蒼白い光ではなく真っ白。これは一体。

「さぁ、新人。アンタの剣を一振りしな。そうすりゃ皆んな助かるぜ」

「え?」

「早くやるんだ。アンタもそれで助かる」

「で、でも。魂さんたちを間違って傷つけたりするかも知れないし」

「大丈夫。良いから早く」

「は、はいっ」

 その声に促され、あたしは一か八かで握っていた剣を影に向けてひと薙ぎした。すると光に包まれていた影は『ぎゃー』と苦しそうな悲鳴を上げて、白い光に呑まれていってしまう。後には、人の形をした影が一つ二つ三つ、四つ五つと姿を現した。それからあたしの体も元に戻り、お腹から下もちゃんとあった。

「よ、良かった」

 白い光が大分おさまり、あたしは胸をなで下ろした。ほっ、助かった。

 周囲も夕陽がすっかり落ち、静かな夜の始まりが訪れている。でも、その中にはもう邪悪な気配は無かった。さっきの光と輝星の剣で完全に消え去ったのだろう。

「それにしても。これは一体どういう事なんですか――藤島さん!!」

 あたしは太陽の代わりに昇り始めた満月の光を燦々と浴びている、アロハシャツの彼を見た。そして、あたしの足元に倒れている五人の姿を。彼らは、森永満・カオリ夫妻。

 それから、月明かりに浮かぶ黒い姿が三つ。

 それは――死神。

 鎌こそ持っていないが、間違いなくゼンルと同じ格好をした人たちだった。

「ななっ。なんで? どうして?」

 あたしはこの光景にこそ驚愕した。

「ま、驚く事はないさ。これが今回の俺ら特殊行動班の仕事なんでね」

「ふ、藤島さん!? ど、どういう事なんですか!?」

「どうもこうも。我らが班長(リーダー)、天界執行役最高責任者代行の命令さ」

「て、天界執行役……」

 た、確かファイルにもそんな人がいたような。あぁ、ファイルは落っことしちゃったし。

「で、でも最高なんとかの命令って。あの、もしかしなくも藤島さんも……死神ってことですか?」

 そう。それよ、それっ。このアロハな興信所のおっちゃん。死んだ魂ではなくて、この人もゼンルと同じ死神って事なのっ!?

「はは。そうさ、その通り。プレンティス執行役の補佐官、イシュール・ルドウィン。それがこの俺の名前」

「いしゅーる・るどうぃん……。横文字なんだ、本名」

「そこ突っ込むとこか?」

「いえ、あの。まぁ、藤島辰夫って名前にその風貌がかなりマッチしていたから。じゃ、そのアロハの格好もニセモノ?」

「まぁ、一応な」

 と言って、彼は指をぱちんと鳴らした。するとポムッと白い煙に包まれ、やはりどこかで見た黒いローブ姿になった。しかも、がたいの良い、短く金色の髪を切りそろえた翠の瞳の男の人。それが藤島さんのいた所に立っていた。うーん、この人ってばどっちかってーと不健康なイメージの死神をやってるより、ハリウッドのアクション俳優ってカンジに見えるけど?

「なんだ、その鳩がマメデッポみたいな顔して」

「いえ。ちょっとアメリカンな州知事を思い出して」

「はは。ターミネーターかよ、俺は」

「まあまあ、深くは気にしないで下さい。それよりも、この状況。一体全体、どういう事なんですか。黒い影からはどう見ても死神っぽい人たちが出てくるし。そういえば初恋おばーちゃんのトメさんたちの姿も消えてるし。二人を探さないと。それとも、二人は黒い影に消化されちゃって消えちゃったとか? そうだとしたら、どうすれば」

 そう。まだこの騒ぎ、解決はしていない。

 初恋ばーちゃんとその孫のメグミさんの姿が消えたまま。のん気に藤島さんの正体で笑っている場合じゃない。このまま二人が行方不明では非常に不味い。朝、ゼンルがここにいる魂たちの面倒をちゃんとみていないとどうなるかって鎌をちらつかせていたし。

 いや、それよりも二人がどうなってしまったのか。無事なのか、どうなのか、そこが心配!! 死なせてしまった、この場合、魂を消滅させてしまったと言うべきなのか。そうさせてしまったら、あたしは。自分の不甲斐無さに、あたしが死んで代われるのなら代わりたい。やりきれないし、口惜くやしいっ。

「わーんっこうなったら武士のケジメ!! 腹切るぅ~っ」

 おばーちゃん、お孫さん。ごめんなさい、ごめんなさいっ。


「それには心配要りませんぜ、ド新人」


 月が照る宵闇に。

 朝、聞いたきりの声がした。勿論、朝だけではなく。ずーっと、しつこく聞き続け耳障りと言っても良いくらいの声。

「ゼンルっ!!」

 彼は満月を背に、いつもながらのヒヒヒッ笑いを浮かべ、あたし達の頭上にローブをはためかせ立っていた。でも、いつもと違って、二十歳位の青年の手を引いていた。どこにでもいるような大学生風のポロシャツとジーンズ姿の青年。

 でも、その彼には顔の右目から上の部分が無かった。

「ちょ、ちょっとその人。顔が……ってまさか、ゼンルがやっぱり食べちゃったの!?」

 あたしは切腹用の短い刀を握ったまま、かぎりなく黒に近い犯人(?)を睨んだ。

「なーにを言い出すかと思えば。こいつの無くなった部分は、アーンタが水蓮の中から引っ張り出したんじゃないさねぇ?」

 ゼンルはそう言うと周囲一帯を見渡した。

「そうでしょう、イシュール」

 そして。壮麗な。まるでホルンのような美しい響きのする声がした。

「ゼンル」

 それは間違いなく、彼の声。そして、その声を聞き届けた死神たちはスッと立ち上がり、それぞれ魂たちの脇に寄り添うと、月に向かって頭を下げた。

 即ち、ゼンルに向かって頭を下げていた。

「やはり食い千切られていました。それがこの欠片です」

 その中、イシュールと呼ばれた藤島さんがゼンルの前へ出て宙に膝を突き、恭しくローブの袖から白く光る玉を出した。ゼンルはそれを受け取ると、何か呪文を唱えながら光球を連れていた青年の顔の欠けている部分に撫でるように押し当てた。

 すると、その光玉は強く輝きだし、さっきの黒い影をやっつけた時の光の様に、あたし達全員を包むように広がった。うぅ、それにしてもこんな千光灯に似た光を何度も浴びて大丈夫なのかなぁ、もう。

 しかし、そんな心配をよそに。光が小さくなり始め、周りの様子を伺えるようになると。あたしは光の放たれた前後の光景に呆然となった。

 ゼンルの隣にいた青年。彼も黒いローブの姿になっていた。

「ありがとうございました、プレンティス様」

 その彼も、イシュール同様にゼンルの足元で恭しく膝をつき頭を下げた。

 って。

「ぷ、ぷれんてぃす!? ゼンルが天界最高なんとかの、ぷぷれんてぃすぅぅ!?」

 すると、膝をついていたイシュールが頭を上げてこちらを振り向き「その通りだぜ、新人」と、面白そうにニヤリと笑った。