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《終章・西園寺社長の成果》
(終)
「さてと。これで準備はよし」
「うわー。マジでやんのかよ」
「ああ、そうだ。これはな、俺たちが住む天界って場所で一番恐ろしい罰だ。極刑中の極刑なんだぞ~」
「うわー。マジ天界ヤベー。地獄の方がマシかもしれねー」
「ああ、ヤバい。ヤバすぎる。なんせ悪い事をしたら、王様だってこうなっちゃうんだ。血も涙も無いお方によって」
「それってあの天使のヤローだろー。わー。マジやりそう。こえーこえー」
「ああ。だからあの人には絶対逆らっちゃダメだ。そんでもって、あの人が事務所に来た時は、最高級の玉露と高級菓子店〝正光堂〟の桜餅を黙って出さないとシバかれる。間違っても、そこらのチョコケーキとコーヒーは出すなよ」
「はー。俺、もっとちゃんとした場所で働いた方がいいかもなー」
「何言ってるんだ。折角、栄光ある藤島興信所に入所できたんだぞ。三年辛抱すれば立派な街の解決屋になれるし、ついでに男も磨かれるってもんだ。つーか、新人。その栄えある初仕事なんだから、気合い入れてやれよ~」
「はー。こんな事がかよ」
「それから言葉遣いもちゃんと磨くからな。まずは上司の指示には元気に〝はい〟だ。ほら」
「……はい」
「声が小さいな」
「……はいっ!!」
「よっし。それでは落下っ」
「はいっ」
翌日。地方新聞の紙面には〝橋桁から縄に吊るされた男が発見!! しかし救出後に御縄になる!?〟という見出しと共に、罪状の数々が幾つも並んだという。
「藤島。後のことは君に任せる、と言ったが。ああいった処置に出て良い、とまでは言ってない」
「まあまあ。良いじゃないですか。もしもあの人間のロープが切れて、結構流れの早い水沢川に落っこちて死んじゃったとしても。俺が、丁重に、地獄へ連れて逝ってやりますから。大丈夫ですって」
「そういう問題では無い。私は警察に突き出せ、と言ったつもりだった。人間なのだから、人間としての刑罰を受けさせるべきだろう」
「何言ってるんですか、鷹一さん。悪い事をしたら、その分の罪はちゃんと償わないと。今回、あの男は生命を冒涜し、ヒヨリちゃんを怖がらせ、へーたを悪の道へと唆したんですよ。まったくもって許しがたい奴なんですよ? 人間の警察は、そこまでを考慮してくれますか? してくれませんでしょ? 人ン家で飼ってるペットを誘拐した、無断でよそのお家に不法滞在した、挙句に家屋損壊。それだけじゃ何年かしたら〝塀〟から出てきちゃいます。だから、『少し』身に沁みるようなお仕置き、をしたまでですって」
「しかし。もう二度と悪事ができないように、あの男の妖力も封じた。それで十分だと私は思うが」
「それは鷹一さんの、天界外事長としての判断でしょう? 私利私欲のために異種族狩りをした挙句、その能力を得るために生命を蹂躙した重罪。よって、不法に手にした能力は剥奪。そう罰しましたけど。俺は、か弱き生命が苦しめられた思いの丈を知らしめたんです。天界執行役として」
「まったく。本当に君たち執行役は、死者だけでなく生者にも甘いな」
「悪いッスか」
「別に。まあ、結局。私とて君の事を強く言えない部分もある」
「そーっすよ。鷹一さんの方が、本当に人が好いじゃないですか」
小春日和の穏やかな午後。鷹一は、自分のオフィスで数日前と同様、従弟の藤島興信所所長と応接用のテーブルを挟み向かい合っていた。
来客は、相変わらず袖無しの黒いダウンベストに格子柄のネルシャツ、黒のジーンズ姿で笑っていた。対する自分は、ダークグレーのスーツにブラウンのネクタイを締めたビジネススタイル。今日は午後四時から、そう四〇分後には、業界向けの専門雑誌からインタビューを受けることになっている。その為に完璧な西園寺鷹一スタイルへと調えていたのだった。
「人の好い鷹一さんのお陰で、あのオモシロイおっちゃん。娘のヒヨリちゃんと幸せになれるってもんですよ。うんうん、やっぱ鷹一さんには敵いません。懐の広さに深さ。さすが天上一の実力者」
「別にそう褒められるほどのことじゃない。それに、私も思った以上で、渡りに船と言ったところだ」
「確かにあのオッサン、根は真面目そうですからねぇ。オモシロイ、けど」
「いや。それが案外良いらしい」
「いいんッスか?」
「ああ。人間の感性は、時として理解できない所がある」
「へー。ま、鷹一さんの感性だって、俺には結構理解できない所がありますよ。同じ天上人なのに。純情一直線」
「何?」
「何にも」
従弟の余計な一言に、鷹一の目尻が微かに引きつった時だった。扉の向こうで騒がしい声が聞こえてきた。それからすぐに社長室の扉がノックされる。
「どうぞ」
返事をして気持ちを切り替えると、直後に「失礼します」と男の声がし、続いて白いコートを着た女性、それから「ねー、だからオモシロイだから面白いんだよ~。シロちゃん」とはしゃぐ若者と「うん。わたしもオモシロさんが付いてくれておもしろ~い。自慢できちゃうマネージャーさんだよね、コガネ君」と、大変な盛り上がりをみせる若者達が入ってきた。
「聞いてよ、鷹一さん。今日、卒業記念ライブをする会場を予約に行ったら、も~のすっごく時間が掛かっちゃって。大変だった~」
「そうなのっ。だってライブハウスの人が、何度も何度も、オモシロイって何が面白いのか聞いてくるから。そうじゃなくて、わたしたちランタンのマネージャーの名前がオモシロイ、って苗字なのって言ってるのに。やっぱ通じなくて。何度も何度も説明してるのに、もう無限ループしちゃって。ちょー笑えた~」
『ねー』
ブチ猫柄のPコートに赤と黒の細かいチェックのパンツルックをした青年と、辛子色のダッフルコートに白のベレー帽をかぶった若い女性。オフィス・S所属アーティストのランタンの二人が喜びながら笑い合う。彼らはもうすっかり冬の装いをしていた。
「ちょっと兄さん。確かに生楙白さんは有能よ。ランタンに、それから他のみんなのスケジュール管理は完璧。経理も出来て、車の運転も、各種公共交通機関へのチケットの手配も、それから営業も交渉も、とても素晴らしいわ。私も副社長として、これ以上の人材はいないと、とても喜ばしく思うわよ。
でもね、色々な仕事のスタートの段階で必ず一〇分以上、業務とは関係無い部分で時間が取られてしまうのっ。どうにかならないものかしらっ」
ランタンの後ろで白いコートを着た妹が、脇に控える上品なスーツ姿の紳士を訝しむように、最早、半分睨むように見ていた。
「芽衣子。そんな小さなことで騒がないように。業務に支障どころか、満足が行く結果の方が多いのだろう。利点が欠点を打ち消せるなら何も問題はない。それに他のみんなも、彼の事を気に入っている。気が利くし、細かい所に目は届くし、面倒見も良い。まるでこの事務所で働くために生まれてきたような存在じゃないか。それに一〇分のタイムロスも、そのうち彼の知名度が業界で広がれば減るはず。むしろ、場を和ませる話題になって良い効果になる」
鷹一の言葉に大学生コンビも、
「そーだよ、メイさん。今日だって会場のオジサンが〝もう、言ってる事がわかんねー。でもオモシロイってのが面白いから10%オフだ〟って、会場代、安くしてくれたじゃん」
「うん。オモシロさんがいてくれると助かるし、わたしたちもオモシロさん自体が面白いからオモシロイ……って、もー、わけわかんなーい」
と、さらに大笑いする。
「はー。思った以上にオッサン、上手くやってますね~。つーか、結構な人気者ッスね」
その様子を見た従弟も、腕組みをして感心していた。
「まったく。これじゃマネージャーまで、芸能人みたいになってしまうでしょっ。あくまで彼はアーティストたちを支える立場なのよ。オフィス・Sの社員なのっ」
そんな周囲に対して妹だけが一人抗議している。しかしそれを聞き入れる者は誰もいない。鷹一自身も彼女には気の毒だが、成るようにしかならない、と心で呟いた。これ以上言ったところで、妹は話を聞き入れる事もないだろうから。
それに、ここへ雇い入れてはどうか? と、言い出したのは、当の妹本人なのだ。
「あら。車の運転ができるの? だったら便利で良いじゃないの。雇ってあげましょうよ」
傀儡の法剣事件を解決し、その事後処理(組織に加担した者や、さらわれたと思しき人、動物等を、それぞれ元の居場所へ術で送り届け、ボスだった男もただの人間と同じ状態にし、従弟と彼の事務所へ弟子入りした新人に頼んで、悪人を警察へ突き出したり等)を無事に済ませはした。が、しかし。一つだけ困ったのが、生楙白氏の失職。つまり生楙白氏が無職の中年になってしまった事だった。
そこで従弟が「うーん、もう俺ん所じゃへーたを雇ったからな。だったら鷹一さんの事務所で雑用とかさせれば良いんじゃないッスか?」と言い出した。しかし鷹一自身は「事務的な業務をする者であっても、オフィス・Sは何らかの社会的に役立つ資格を持たない者は、基本的に採用していない」と断った。しかしそれを従弟が「あれ? 車の免許は持ってるみたいじゃないですか。ほら、運転はしてたし。運転手として雇ってあげればいいんじゃないッスか?」と、さらに薦めてきた。
そんなやり取りを聞いていた妹が「あら。それなら丁度良いわ。わたし、車が運転できないから……」と、言って生楙白氏を勝手に軽い気持ちで採用してしまった。
しかも。
「あら。貴方ってパソコンも使えるの?」
「魔術についての資料整理やデータ収集をしておりました」
とか。
「まあ。会計事務も正確なのね」
「貧しいながらも家計簿を少々つけておりました」
他にも「まあっ! お茶を淹れるのも本格的ね」「魔術に使う妙薬や霊薬の調合をする上で茶についても学びました」とか。「すごいわっ。あのホールを押さえることができたの?」「悪魔と交渉し契約を結んだりした事もありましたゆえ」とか、副社長の心を、見事に射止めたのだった。
そして極め付けが「悪いけど、ランタンの二人と一緒に会場交渉へ付いて行ってあげて。あの会場は手ごわくて学生じゃ話を聞いてくれないと思うから」という話を「名字がオモシロイ、ということで契約が取れました」などとまとめ上げてしまった。それにはさすがの社長である鷹一自身も「できる」と感心した。結果、生楙白氏は鷹一の会社でメキメキと頭角を顕していったのだった。
後に「車の免許だけでも取っておいてよかった」と生楙白氏はしみじみ思い、今では「この仕事が天職です。社長には足を向けては寝られません」と日々、鷹一に感謝をして過ごしていた。そして上ノ条町にあった無駄に広い神殿屋敷の建つ土地家屋を、すべて売り払い、事務所近くのマンションへ越し、娘と二人つつましやかな生活を送っているという。娘のヒヨリも「給食費が払えない生活からようやく抜け出せたのが一番嬉しい」と、父が忘れていった弁当を事務所まで届けに来てくれた時に、そう近況を語ってくれた。
一体、本当にどんな魔術師生活を送っていたのか。今となっては本当に謎の親子であった。そしてなによりも――
「思えば彼の魔術がどうスゴイのか……。実際に見たことが一度もなかった気がする」
すっかり若手アーティストに懐かれ、妹からは「お茶を淹れて」と命令され、それを朴訥な彼が黙々と作業を始める様子は、面白味さえ感じる。従弟も「いや~、味がありますね、生楙白さんは。さすが面白い」と喜んでいる。そんな今の姿と「魔術師だ」とわめいていた頃の彼のギャップ。確かに面白い。面白いのだが、しかし、彼が術を使った様を見た覚えが無い。千年の血を受け継いで魔術師界の頂点のようだったらしいが、今となってはそれを確かめようがない。そして一番疑問なのはなぜ「生楙白」という名字なのか。本人も「不便であるが、よくわからない」として生きてきたそうだ。本当に、まったくもって謎の一族、生楙白一族。アツヒト、という陰陽師が現われた時に、ついでに聞けばよかった。鷹一にとってどうでもいいが、だが永遠の謎は残った。
「でも本当に面白い事をしちゃってるのは、やっぱ、鷹一さんですよ」
「なに?」
「だって初めてあのオッサンに会った時、見たんじゃないんですか、悪霊人形(アンデット)たちを」
「初めて会った時に?」
「そうですよ。廣瀬中央公園で」
「公園……」
そんなことがあっただろうか。
「で、その時に〝使い魔になれ〟ってオッサンに言われたんでしょ?」
「使い魔」
そう言えばそんなことがあった……? のだろうか。いや。そう言われると、そんな気がしなくもない。ライブへ足を運んだ日の夜。寒空の下、おかしな事を言っていた人間がいた。仕立ての良い背広のみを着こんで、寒さに負けず、コートも手袋もマフラーさえもしないで、わーわーさけんでいた人間が公園にいた、かも知れない。
「うーん。あの男だったのか……?」
自分としては、唐突に事務所へ乗り込んできたおかしな輩。それが生楙白氏と初めて会ったと思っていた。だが言われてみれば、夜の公園で、心に風邪をひいてしまっている人間と遭遇したような気がする。その時は警官を呼び、すべて解決したと思っていた。
そうだ。その日のそんな出来事を、妻のアンナに話し「錯乱した人間が奇術を使い、こちらへ何かを仕掛けてこようとした。だが、どうみてもその人間は心を病んでいるようだった。今思えば病人であるなら、人間界では救急車の方がよかったのだろうか? いまいちケイサツとキュウキュウシャを呼ぶ違いが分からない」と、疑問に思ったことを妻に話した。その時たしか……。
「でも旦那様。どなたかが来てくだされば、きちんと対処してくださるはずです」
「それはそうかも知れない」
「最後まで心配して差し上げる旦那様は心がお優しいです。旦那様は善い行いをされたのですからきっと大丈夫です」
「うーん。いまいち心配だ。本当に大丈夫だろうか」
「はい、きっと。旦那様の行動は立派です」
と、彼女は微笑んでくれた。
「り、立派……」
彼は彼女に褒められ、その上、彼女の笑顔に気持ちが絆され、むしろ「立派」と褒められ、心が舞い上がり、自分の中でその話は「立派」に終了した。と、いうか、アンナの笑顔があまりに可愛らしく、そして嬉しさのあまり、瞬時に心が彼女でいっぱいになってしまった。アンナが自分を褒めてくれて、にっこりと微笑んでくれた。立派だと褒めてくれた。嬉しい。嬉し過ぎる。幸せだ。幸せ過ぎる。
ということで。公園での出来事などは、記憶にとどめる必要無し。と、一切をすっかり忘れていた。
「わかった。ありがとう、藤島。謎が少し解決した」
「はあ。俺は逆に謎が深まったってゆーか。そういう自分だけが納得しちゃう所とかが、面白いんですよね。でもって、今回はさらにその上をいっちゃったし」
「どういう意味だ」
「ですから。あのオッサンは天上界のナンバー2に〝使い魔になれ〟な~んて大見得を切ったせいで、自分の方が天使の使いっパシリにされちゃった。そういう事ッスよ。まさに本末転倒。やりましたね~」
「使い走り……」
すべてを終えて。生楙白氏は、ランベルセが人間界で西園寺鷹一業を営むうえで、それの仕事を手伝ってくれる存在となった。自分が社長であちらが従業員。いわゆる上司と部下になった。社員は使い走りではない。だが、まあ、こちらが雇い主ではある。
「いやいや、ホント。おっかないですね~、鷹一さんは。使える者は何でも使い、出来ることは何でもやってのける。それは天上でも人間界でも。いやいや、本当に、ランベルセ公家の当主はやり手だなぁ~」
「藤島。私は自分の最善を尽くしたまで。やり手という事では無い」
「じゃあ、あれですか? やっぱり今回の事件解決と後始末は、外事長としての仕事では無くて、単なるお人好しが引き起こした人助けって事ですか? まあ、陛下とその周囲じゃあ、いつも通りの評判になってますよ~。千年続いた悲劇の因縁を断ち切り、人間を幸せにした英雄、みたいな感じで。しかも休暇中にも拘わらず、本当に偉い。本当にエライお人好しだってね」
「私が……お人好し」
「だから鷹一さんも生楙白に倣って、西園寺じゃなく、オヒトヨシって名字を変えたらどうだって、我らが敬愛してやまない天界王陛下が言ってましたよ~。そして周りにおられた高貴な方々も大層な御納得ぶりで、皆一様に喜んでおいででしたね~。うん、それはピッタリだ、ってね~」
「……」
あの上司(ヤロー)。人がいないからと好き勝手な事をまた吹聴しやがって。基、まったく王にも困ったものだ。唯一、上司として仰ぐ御方に、それほどまでにお褒め頂けるとは、正に恐悦至極。大変に光栄なことだ。
鷹一はそのまま沈黙していた。探して興信所の所長は笑顔で「ンじゃ今回のうちへの報酬は成功費もはずんでくださいね」と言って立ち上がり従妹や若いアーティスト、そして生楙白氏に挨拶をしながら扉の前へと向かう。
「ではでは月末の請求書。楽しみにしててくださいね~」
探して部屋を出る直前、一度振り向いてそう言い残し「いや~、従業員も賄わなきゃならないし。興信所も物入りだな~」と、社長室を出ていった。
「まったく。自分の方がよっぽど阿漕に稼ぐつもりだろう」
やれやれ、と鷹一はため息を吐くと、腕を組んで再び沈黙するしかなかった。
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それからおよそ一か月後。
「――なるほど。それが西園寺社長の経営方針ということですか?」
「方針、というより社長として私が心がけている事でしょうか。何ものにも臆せず、思い込みや夢、野望などに、溺れ、振り回されずに淡々と日々の業務をこなす。リーダーとして組織運営の判断には常に臨機応変さと柔軟性を大切しています。そしてなにより適材適所へ人材を配すこと」
「さすが様々な場所で社長としての姿勢や方針を取り上げられているだけの事はありますね。こういった業界であるにもかかわらず夢や野望を否定する。さすが時代の寵児と評されるだけのことはありますね」
「アーティストも、実際は活動に取り組んでいる時は作品そのものに集中している。夢や野望は作品へ向かう機動力にはなります。しかしそれも結局、個人的な欲の感情でもあります。それが始終込められたパフォーマンスや作品を聞いて人は心から感動はできないものではありませんか? ステージに上がって歌っている時に〝これを歌い切ったら何万円の稼ぎになる〟と考えているアーティストの歌を誰が喜んで聞けますか? 彼らは躍動的で情熱的にパフォーマンスをしている時でも、とても集中し、心は冷静なんです」
「たしかに恋の歌を歌っている時に、そのアーティストが心の中では再生回数を気にしていたら興ざめしてしまいます。嫌ですね、正直それは。でも心の中までは分からないものなのでは?」
「そうかもしれません。しかしうちのアーティストたちはそんなぬるい考えを持ってやってはいません。それだけは断言できる。だからこんな田舎で活動していても全国にファンがいるんです」
「たしかにオフィス・S所属のアーティストのみなさんからは、音楽そのものを愛している事が伝わってきますね。歌っているジャンルがばらばらであっても、お互いの楽曲を褒めたり、純粋に気に入って好んでいるようですもんね」
「彼らは自分たちのカラーを持っていますが、お互いの音楽が好きなんです。だから相乗効果もあり、とても良い関係を築いて、お互いに高め合える環境でもあるんです」
「なるほど。西園寺社長はそうしたすべてを把握し、運営しているからこそ、オフィスSは会社としても業績が良いのでしょうねっ」
「アーティスト達には活動を自由にやらせています。任せられる実力と才能があるからです。事務所はそのフォローと音楽を提供する場所を用意し、快適に音楽ができる環境を調えるためにある。オフィスSもその仕事を淡々とこなしている。最近も真面目なマネージャーが、元々マネージメント能力が高かったからそれが活かせたようです。彼はこの仕事にとても遣り甲斐を感じているようですが、業務自体はとても淡々とこなしています。結局、アーティストにしろマネージャーにしろ、そうした高い実力と才能、つまり適材を集め、それを活かせる場所、適所へ配置さえすれば、配された者が自然に良い仕事をやってくれるのです」
年の瀬が迫った気忙しい中。書店の一角に平積みとなっている雑誌の中で答える時代の寵児、西園寺鷹一は、滅多にみせることの無い穏やかな表情で最後をこう結んだ。
「ですから職場で働く人材は、アーティストは勿論、経理、マネージャー、役員を含めて、会社にとっての財産。いわば人財とでも言いましょうか。彼らがあってのオフィス・Sです。私の方こそ恵まれた環境にいますね」
西園寺鷹一の冒険 了