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西園寺鷹一の冒険

初回掲載:2026年7月23日

登場人物

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《第7話 千年前の案件、解決》(7)‐1

(七)

「わかった。あらゆる真相を……貴方に伝えよう。それが全てを解決に導く」

 ランベルセは一旦、傀儡の法剣と呼ばれている妖刀も、地面に突き立てた。そして両腕を広げ高らかに伸ばした。

「さあ真実を語れ。過去の記憶を。懐いた想いと共にっ」

 突き立てた妖刀と、その隣に突き立てておいた彼の愛刀から輝きが放たれた。一方は赤紫色の光。もう一方は白い輝き。その光を左右に集めると、彼は頭の上で光を一つに混じり合わせる。掲げた両手の間に、薄紫色をした大きな輝きが保たれた。

 彼は、その薄紫の光を未だ宙に浮いたままあった赤紫色の珠へ、ふわりと投げ放った。すると、光に包まれた赤紫の珠は、ぼんやりと赤い光を灯した。

「妖力に何をした?」

「しっ。よく聞くんだ」

 妖力の珠に、淡い赤色の光が灯った後。そこから小さな音が聞こえてきた。

『――サマ。――サマ』

 音。それはただの音では無く、囁き。誰かの声のようだった。

『――でもこの子のことは、憎んでいません』

 か細い、若い女の声が聞こえてきた。

『それどころか、この子を守ってやりたい。アツヒトサマ。その為に、これを残してワタシは逝きます』

『ヒロノスエ。すべてはこの私の不徳の致す所。お前には本当にすまないと思っている。死んで詫びても詫びきれぬ』

『違います。ワタシは、自らでその道を選んだのです。命の恩人である貴方様に、どうにか御恩返しがしたい。その気持ちから、貴方のお傍にいたのでございます』

『しかしお前のそうした優しい心が、結果、お前を苦しめ、更に、再びお前の命を脅かすことになってしまった。これでは本末転倒だよ。こんな事は許されない。私は許せない。絶対に許さない、フジワラめっ』

『いいえ、アツヒトサマ。あの男に弓を引くより、どうぞこの子をお守りください。それがワタシの最後の願いにございます。もう仇の事などお忘れください。どうかワタシの子どもを、そしてこの子の血を継いでゆく子供たちの為に、お力添えをお願いしとうございます』

『ヒロノスエ……。わかった。お前の願い、思いをきのあつひと、確かに聞き届ける。本当にすまなかった、ヒロノスエ』

 途中から若い男の声も加わった。二人の声は憂いと憤りが織り交っていた。だがこれ以上、どちらの声も聞こえなくなり、光もゆっくりと消え去ってしまう。

「これが我が一族の起源だというのか……。しかし。これだけではどう解釈してよいものか。この二人のどちらかが妖魔で、二人の子孫がワタシたちという事なのか……?」

「これを聞いてわかるように、ヒロノスエ、と呼ばれている女の方が妖魔。アツヒトは人間であり、しかし貴方がたの先祖では無い」

「どういうことだ?」

「貴方がたは知らないと思うが。いや。一部地域では共存していたりもするから、知っている者も中には在る。この数多ある世界の一部の種族は、自らが気に入った場所に住みつく傾向がある。良い例が妖精達だ。彼らは、彼らの主(あるじ)である妖精王がそれを認め、他世界の侵蝕、侵略、改変を目的にしない限りは、妖精たちの往き来を自由にさせている。無論、あらゆる世界の管理監督を任されている天上界も、それを許可しているから出来る事。

 そして又、それに準ずる妖魔も、似たように自世界と他世界の往来が許されている。だから千年前。この人間界へ一人の妖魔が訪れた。しかし妖魔が、訪れた際に深手を負う事態が起こった。それを人間が介抱し保護したことからすべてが始まった」

 ランベルセは、敵のアジトへ行く前に所用と言って寄り道をした。今から話そうとしている内容は、まさにその所用であるところの、千年前の事実を覚えている人物から確認してきた話だった。

「助けた人間は、紀篤仁(きのあつひと)。まだ未熟な陰陽寮の役人。助けられた妖魔は、幻惑の術に長けた女。名前はリシャンジェ。彼女は人間と同じ容姿の上、美しい黒い髪を有し、また誰もが見惚れるほどの怪しき美貌の持ち主だったそうだ。しかし彼女は心優しき妖魔であった為、篤仁に助けられた事を大変に感謝し、恩を感じて、彼のために働くようになった」

「働く? 屋敷で身の回りの世話でもしていたのか」

「そうではない。彼女は彼の〝式神〟として様々に動いた」

「式神、だと?」

「そう。始めは自分の身を差し出したそうだ。しかし篤仁は怪我を負ったものを助けることは当然であり、そんな事をする必要は無いと言ったそうだ。

 彼女は彼のそんな心に触れ、ますます尽くす気になったのだろう。ならばと陰陽師として働く彼に、リシャンジェは自分の妖力で技や術を活かすようになった。

 当時は、呪術などが現代より寛容に受け入れられていた。占いや奇術まがいが、大変重んじられていた。だから彼女は人型の式神と称し、陰陽師が命じる式神の技をつかう物の怪、として通すことが出来た。おかげで篤仁も、順調に出世をしていくようになった。

 しかしその式神の噂を聞きつけたある貴族が、それを利用しようと企んだのだ。その男は当時、栄華を極めていた藤原家の末端の家柄の出身。物質や金品はそれなりに持っていたが、政治の中央へ進出するためには、何か名声を立てなければと日夜考えていた。

 しかし藤原一門とは言えど、端に位置する自分にはそれが簡単には出来ない身の上。お上の外戚関係を狙うにしては、一族の頂点にいる者らが席を占めている。かといって学問や武術で名声を得るなどは、身分が低い卑しい者がやるものだ、とうそぶいて初めから馬鹿にしていた。だからあと残されている手段は人を利用することだけ。

 男は篤仁を屋敷に呼びつけ、その見事な働きをする式神を披露するようにと命じた。年若く、身分も高い訳でも無い陰陽師の篤仁は、それを許諾するしか無く、リシャンジェをつれて彼の屋敷を訪れた。

 篤仁自身も、その貴族の評判の悪さは聞いていた。人を利用し、使えなくなったら捨ててしまうような人物であること。何人も愛人を囲っていたり、他人の金品を横取りしたりと、都に住んでいる者なら誰でも知っていた。それを知ったリシャンジェも、男の屋敷へ行く事は止めるように言ったそうだ。

 それに、もうその頃には妖魔リシャンジェを式神としての呼び名、ヒロノスエ、拾ノ末と呼ぶようになり、彼女も篤仁に本当によく懐いて、懸命に働いていた。彼女は、人間界へやってきた時に、鷹狩をしていた人間の矢にあたり、傷を負ってしまった。それを介抱してくれた篤仁に、本当に恩を感じていた。妖魔はとても恩義にも厚い。その上、篤仁自身の人柄も本当に良い人間であったから、拾ノ末は彼のことを掛け替えのない存在と思うようになっていた。だから、貴族の屋敷へ行く事を本当に心配していた。そしてその心配は的中してしまう」

 長く話し続けたランベルセは一旦そこで口を閉ざす。そして、宙に浮かんでいる妖力の玉を見上げた。この先の話はあまりしゃべりたくは無かった。実際、この事実を聞かされた時、自分自身もとても嫌悪した。

 彼が所用と言って出かけた場所は妖魔界だった。外事局の伝手で、千年前に人間界へ渡った者を知る者がいないか確認をし、その人物のもとへ赴いたのだった。そして話を聞かせてくれた人物も「妹は、人間界で最高の幸せと最悪の不幸を得たんだと思います。リシャンジェを他世界になんて行かせなければ良かった。そうすれば、小さな幸せだけで一生のほとんどを過ごせたと今でも思っています。本当に悔まれてなりません」と、沈痛な表情をしながら語ってくれた。だから多分、ここで話を聞かされる者たちも、決して良い気持ちはしないだろう。

「それでどうなったのだ」

 だが、話が始まれば、続きは気になるもの。彼は男に促されると、小さく息を吐いてから、再び話を始めた。

「欲深い貴族の男は、始めこう考えていた。自分が個人的に篤仁を召し抱え、式神共々、自分の配下として使おう、と。彼と式神を利用し、自分の出世の道筋を導き出そうとした。

 だがやって来た篤仁が連れていた拾ノ末を見て、あっという間に気が変わった。彼女が欲しい、と。

 彼女は、人前に出る時、白拍子のような格好をし、黒い衣を頭からすっぽり被せ、顔を隠していた。式神ゆえにそういう存在だ、と篤仁以外にはそう思わせていた。しかし貴族の屋敷を訪れた際、吹いた一陣の風で黒衣がめくれ、隠していた彼女が、恐ろしく美しい女であることを知ってしまった。

 そして男は、篤仁を歓迎した宴を催し、彼を泥酔させ、その隙に拾ノ末を手に入れようと企んだ。しかし、いち早く危険を察した拾ノ末が術を使い、篤仁と共に屋敷から逃げ出すことに成功した。けれどその後、男の配下によって、篤仁と拾ノ末は命を狙われることになった。それからのあの欲深い男は、何がなんでも拾ノ末を手に入れようと、様々な方法で篤仁たちを追い詰めていった。

 その結果。拾ノ末はこれ以上、自分が人間世界に留まり、篤仁の傍に居ることは無理だと悟った。だから妖魔界へと帰ることを決意した。篤仁もそれを寂しく思うが、彼女の身を考えると、そうする方がいいと承知する。そして、今までずいぶん世話になった礼をしたい、と彼女へ申し出た。しかし、彼女の方こそ助けられた恩に報いたい、とやっていた事なので、自分の方こそ感謝が尽きないと話す。それにもう二人の間では、主従や友愛とは違う感情の絆が芽生えていた。だから、二人にとっての別れは、本当に悲しく辛いものだった。

 ただ。もし拾ノ末が篤仁に一つだけ願いを聞き届けてもらえるなら。一つだけ叶えてもらいたい事がある、と彼女は言った。篤仁との間に深い絆の証である子供が欲しい。彼女はそれを懇願した。

 本来、妖魔は同種間でしか交配は認められてはいない。しかし妖魔と人間は、生体構造が似ている上に、妖魔の方が擬態変容の術を使う事が出来るため、それが無理ではなかった。

 しかし他世界でそれを行なうことは、その世界を侵蝕する行為、とみなされ禁忌とされていた。特に、出産した直後の母親は、罰則として死の制裁を受けることになる。そうなれば、子供も保護をする母親がいないので、放置され死ぬことになる。又は、仮に生き延び、その子が成長できても、妖魔界へ連れて行かれるか、拒めば殺されてしまう。

 但し、特例もあり、他種の子を宿した妖魔の女が、妖魔界へ戻り自世界で生んだ場合のみは、母子共に生かされる。他世界で放置された子どもとは逆で、生まれた子供が妖魔界で純血統の妖魔と血を繋いでゆけば、三代ほどで他種の血はほぼ消える。人間の血も例外では無い。だから拾ノ末は、自分の想いをそれに託す事にした。篤仁もその願いと想いに自分の想いを重ねた。

 そして拾ノ末は、擬態変容の術の準備を調えた。晩を迎え、二人で共に過ごし、夜が明けたら別れの朝とする。そう決めた日。再び強欲な貴族の男が、金品で雇った悪漢に二人を襲わせた。

 今回は、篤仁がとうとうひどく傷めつけられ、四肢の骨を砕かれる怪我を負わされた。それを見せしめにされ、彼を殺されたくなければ拾ノ末の身を寄越せと、男は嫌がる彼女を無理矢理我がものとした。変容の術を使っていた彼女は、ほぼ人間であったため、抵抗する事も、妖術で逃げ出すことも出来ず、さらにその身は子を宿せる体になっていた。結果、彼女は最愛の人の傍で、最も憎い男の子供を身籠る事になってしまった」

 このとても長い話をランベルセは、淡々と、むしろ搾り出すように言葉を続け、ようやく終えた。悲劇、そんな言葉でまとめてしまう事は到底無理だった。

 周囲も一切沈黙していた。何を思うかはそれぞれだろう。語り手であるランベルセも、しばらく口を閉ざし、自分の中に生まれた嫌悪が鎮まるのを待つしかなかった。

「……かわいそう」

 重たい沈黙の中で少女がぽつりと呟いた。

「本当はアツヒトさんとヒロノスエさんは一緒にずっと居たかったんでしょ? それなのに、それをどうして邪魔したりするの? 大体、別れなくちゃならない原因を作って、その上スゴくひどい事までして。許せないっ」

 彼女は顔面蒼白で震えていた。

「でもその子孫が……わたしたちでもあって。わたし……イヤだよーっ」

 探して彼女はそのまま大きな声で泣き出した。

「おいっ。どういうつもりだよっ。ヒヨリはまだ小学生なんだぜっ。ちょっとは考えて話をしろよっ」

 従弟の傍に立っていた青年が、少女の隣へ駆け寄った。彼女はそのまま「へーたお兄ちゃーん」と、彼にしがみ付いてさらに泣きじゃくる。

「公爵。子どもがいるのに、大人でも相当キツイ話ですよ。まして自分のルーツに直接関わる話となれば、もう少し配慮ってものがあっても良いんじゃないッスか」

 この話が、もし自分の身の上で、そうした起源であったなどと聞かされたら、まったく良い気持ちにはならない。だから配慮が無かったと思っている。

「旦那様……」

 従弟は怒り、妻は心配そうな顔で彼を見つめていた。

「すまない。しかし事実は事実。そして篤仁は男の屋敷に囚われ、拾ノ末もそのまま屋敷で男のもとに居るしかなかった。そう。篤仁はかろうじて生かされ、それが拾ノ末にとっての人質と言えた。だが彼女が、人間に変容している術が切れた後、妖術が使えるようになるとすぐに彼を救い出し、共に遠くへと逃げ出した。あの時代、険しく、まだ未開の地が多い東へと下った。そして、落ち延びた山里で拾ノ末は子供を産み、妖魔の掟通りに命が尽きた。それが先程聞こえた会話だと思われる」

 ランベルセも、宙に浮かぶ鈍い赤色の光を灯す珠を見上げた。そこからはもう何も語られない。ただ静かに浮かび上がっているだけだった。

「なんということだ……。ワタシたちは妖魔の血を受け継ぎ、一方で卑しい人間の子孫なのか。そんな血筋を千年も守ってきたというのか」

 父親も顔面蒼白になっている。彼は「なんということだ……」と、繰り返しつぶやき、やがて静かになる。

「わたし死にたいっ。こんな血、妖力が無くなったからって、気持ちが悪いっ。自分の中に、自分がアタマに来て許せないような人間の血も流れてるなんてっ。気持ちが悪過ぎっ。妖魔の血だけの方が、妖魔に生まれていた方が全然マシよっ」

 少女の言葉はまさしく真理だった。拾ノ末の善き血と、邪悪な心の人間の悪しき血。そして、たとえ、今まで人間世界で人間として生きてきたとしても、自分の本当のルーツを知り、突然つきつけられた善き異端者の血を選べる彼女。それはとても意味がある。彼女は善良さがある人。愚か者は、いや、弱き心の者はそうはいかない。

「ならばこの剣の意義を聞いて、もう一度考えるんだ。この剣は、拾ノ末が命尽きる寸前に残した彼女の妖力。力を剣へと変え、子や孫、これから先の自分の血を引く者たちに、危険が及んだ時の助けになるよう、命懸けで残した剣。そうして篤仁へと託した物だ。それが法剣の成り立ち。幻惑術を得意とした彼女だからこそ、他人を幻惑し、操る事も出来る。その力が、自分の血を引く者を守る為の何かの役に立つのであれば、と残した。

 だから問いたい。妖力を棄てるという事は、彼女の思いを捨て去る事でもある。君は、それを本当にすべきことだと思うのか。君から取り除いた妖力は、私がここで消滅させてしまったら、もう二度と取り戻すことは出来ない。今ならまだ間に合う。再び、君へと戻すことが出来る。そうすれば、拾ノ末の思いは君の中で生き続ける事が出来る。剣も君たち親子を守る力になる。それは間違いない」

 ランベルセは、地面へ付き立てた傀儡の法剣の方を引き抜いた。相変わらず銀色の閃きを放つ冷たい刃は、見事なものだった。それすらも妖力で成っている物。彼は右手に取った剣を宙へとかざした。その切っ先を妖力の珠へと向ける。

「さあ、唯一の後継者。君はどうしたい? 何を答えとする?」

 そして待った。何を掴まんとするかを。

 静けさが続いた。誰も、何も、しゃべることはなかった。答える者と待つ者だけ。許された者だけが、この沈黙を破る権利を持っている。

「……やはりそれは。必要は無い」

 しかし答えは、それを委ねられた者からではなかった。声は、指名した唯一の後継者からではなく、彼女の父親だった。

「お父さん、どうして。天使の人は、わたしに聞いてるのよ」

 娘は泣きはらした顔で父を見た。彼は娘の方を向き、首を振った。

「確かに、力の所有について委ねられているのは、ヒヨリ。お前だよ。だけど、それでも答えは親になった事のあるワタシが出さなければならない。そして、実際の魔術師として生きてきた者が、ね」

「どういう意味? 大人じゃなきゃダメなの? わたしはこの力を」

「ヒヨリ。ワタシは今だから分かる事がある。親であるからこそ。いや。お前にとって、ワタシはあまり親らしい事をしてやらなかった。だから親として、などと言う権利はないかもしれない。だが、拾ノ末も今ならば、もう安心してこの剣を手放し、妖力を放棄する事に賛成するだろう。むしろそう願うだろう」

「どうして? 自分が子供や子孫のために残したものなのよ。それを勝手に捨てるのは、彼女の思いを棄てる事と同じじゃない」

「違う。だからこれは、親にならなければ分からない事なんだよ。彼女が剣を残したのは子供を守りたい為だ。しかし、それは千年前の話。当時は、剣も妖力も必要とされた物だったかもしれない。現にそれがあったからこそ、我が家はずっと続いてきたのかもしれない。でも現代。ワタシたちは、この力、この剣によって、何者からか守られる必要があるか? まして、この剣が幸せを齎しているように、ヒヨリ、お前は感じるか?」

「それは……」

「今、この剣と妖力は、持っていると彼女の子孫が、危険に晒される原因となっている。特別な力、妖魔の力を持っているからこそ狙われる。そして剣も同じ。持っているからこそ、それを悪の手から守り、ワタシ達はその為に強くならなければならない。しかしその生き方は、果たして幸せと言えるか? 戦い続け、守り続ける生き方が」

「わたしは……イヤ」

「そうだろう。子孫の安穏を願った剣が、今では傷つき傷つけあう戦いの元凶になっている。もし、このままお前がこの力を受け継ぐと言ったら、今度はお前がその生き方を科せられる事になる。妖力を失ったワタシは、お前を手助けするどころか、何の役にも立たない人間になる。お前は一人、剣を守ってゆく生き方をしなくてはならなくなるんだ。お父さんはその辛い生き方をよくわかっている。大切な人を傷つけ、大事な物をただただ心配し、守り続けなければならない日々。本当に大事で、大切な掛け替えのないものを労わる事や、しっかり見守ってやる事が出来なくなってしまう。それは本当に辛いことだ。

 普通の人間には、何かを守りながら労わるほどの強さはない。ワタシはそれができなかった。力不足と言われようが、でも実際、それをやり通すことが出来なかった。だから、お前の母親は出て行った」

「お父さん」

「この剣、そして、拾ノ末の妖力は、もう十分、その役目を果たしてくれた。たぶん拾ノ末が、もし今の我々子孫を見たら、彼女が本当に心優しく子供を思っている人物であったなら、一日も早く剣も力も捨ててくれと願うだろう。彼女の願いは、力を受け継ぐ事ではなく、自分の子供や、その先に続く我々子孫の幸いなのだから。ヒヨリ、お父さんが言っていることはちゃんと伝わっているか」

「お父さん。わたし」

「ん?」

「……ちゃんと伝わった。ワタシに伝わってるっ」

 娘はそう叫びながら父親の方へと飛び出した。そして父の胸に飛び込んだ。彼もしっかりと娘を受け止めた。

「お父さん。わたし、この力も剣もいらない。でも、拾ノ末さんの心はしっかり受け取ったよ」

「すまない、ヒヨリ。最後までお前に辛い思いをさせてしまって」

 父娘の姿に、ランベルセは赤い玉へ向けていた剣を地面へと再び突き立てた。そして彼らの様子を、傍らで腕組みをし見守った。そんな彼に妻が寄り添い、安堵の表情に少し涙を浮かべている。興信所の所長と若者も親子の近くで、同じく二人を見守っていた。

「うーん、複雑だな。小学生は、まだまだ父ちゃんの方が頼りになるもんだ」

「は? 何言ってんだよ。今のおれじゃ全然ムリに決まってるだろー。でもいつかはちゃんとして、その姿をヒヨリに見せてやる。へーた兄ちゃんの方が頼りになる、ってところをな」

「そうか。んじゃまあ、明日から男が磨かれるように、ウチでバリバリ働いてもらうぞ。よろしく頼むな、新人」

「のぞむとこ。世話になります、所長」

 これで、後は妖刀で妖力を突き壊してしまえばすべてが終わる。拾ノ末の思いもここで解き放たれ、本当の成就になることだろう。もう彼女の力で子孫らは守られなくてもよい。争いや戦いに生きる道ではなく、平和で穏やかな生活こそが彼女の一番の願いなのだから。

 ランベルセは彼女の思いを汲み、改めて妖魔の剣を見た。

「ではたちよ。この力は、あらゆるすべての願いを以って、ここで終わりとする。異議は無いな」

 それから宙に浮かぶ妖力の珠へ視線を向け、それから親子らを見た。父親も娘も、無言でしっかりと首を縦に振った。そんな彼らに対し、ランベルセも静かに頷くと、もう一度、妖力の珠を見上げた。

「では。この妖魔の力は剣と共にこれにて終焉とす」

 彼は、剣の刃を下に向けたままぐっと引き抜くと、そのまま腕を肩よりも後ろへ反らした。そして、振りかぶるように勢いをつけ、力強く剣を投げ放った。

「止めろーーっ」

 その瞬間だった。何かが、妖力の珠の前へ遮るように飛び込んだ。

「この力はワシのものだっ」

 飛び込んできたもの。黒い人影だった。それが妖力へ飛び掛かり、赤紫の珠をそのまま抱き込んで、地面へと落下する。ランベルセが放った剣は、的を失い、そのまま宙を走り高い岩石の天井へ突き刺さった。

「――この力も。そしてお前たち一族も。すべてワシの物なのだっ」

 裾、袖の長く広い、見るからに邪悪な魔法使いが着ている黒装束を身につけた男が、胸に赤紫色の珠を抱え、ランベルセ達からやや離れた所で、うずくまり叫んでいた。

「やっと見つけだした力。そして剣。それを手にする邪魔は何人であっても許さぬっ。完全なる力は、ワシがこの手に掴むのだ」

 男は、抱えた光をぐいぐいと強く押し込むように、胸へと押し当てている。どうやら、赤紫の珠がどういう存在か、おおよそ理解しているようだった。だが。

「何をやっている。その力は、ただの人間では取り込む事など出来はしない。手を出しては危険だ。止めるんだ」

「ワシはただの人間などでは無いっ。この力を自由にする権利のある、尊い存在なのだっ」

「尊い……? まったくそんな風には見えないが」

 ランベルセには、ザンバラ髪で痩せこけた、ただのみすぼらしい男にしか見えない。発言も横柄で、尊ぶような雰囲気を全く感じられなかった。

「愚かな奴め。ワシこそが、そのの正当な所有者なのだ。千年、そいつらを手中に収めんが為、そいつらを探し回っていたのだ。そして、今まさに手に入ったのだ」

「何を言っている。彼らは物ではないし、大体、貴方こそ、インチキ宗教のような組織を作り上げ、何をしようとしていた? 魔術師団体の総帥よ」

 彼は、さっきランベルセがここへ降り立った時、うっかり頭を踏み潰してしまった諸悪の根源だった。生楙白家の娘を攫ったり、他種間の合成をする術などを操ったりした、とされる悪の魔術師のボスだった。

 だが。考えてもみれば、彼が普通の人間であるならば、誘拐は出来るかも知れないが、生命の合成など出来る事ではない。そうなると彼は一体。

「うーん。ここには、オモシロおっさんに娘、それから、その他の、ちょー能力が使える生命が色々入り乱れてたから気づかなかったけど。お前さん……妖魔、か?」

 悪役と似たような黒衣の、しかし、右手には大鎌を携えている従弟が、訝しんだ表情でうずくまる男を見た。