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西園寺鷹一の冒険

初回掲載:2026年7月23日

登場人物

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《第7話 千年前の案件、解決》(7)‐2

「妖魔……」

 ランベルセを含め、そこにいる全員が男の方を向いた。

「しかし他の妖魔が、人間と妖魔の混在種である生楙白一族をなぜ狙う? 意味があるのか」

「意味はある。むしろ大ありだっ。我が一族、冨地原家にとっての悲願」

「フジワラ……。確かそれは」

「拾ノ末さんと篤仁さんを苦しめた悪い男の人の、名字、だったような気がしますっ」

 隣でひらめいた、とばかりにアンナが声を上げた。そう。ランベルセも、最も悪として聞かされ、語られた男。その家名がフジワラだった。

「おいおい。どういうことだ? 先祖がやった悪い事を謝るならともかく、お前さんのその態度は、全然そういう感じじゃないぜ」

「はーっ。ボスがフジワラ? つーか、そのフジワラってのは、話の中に出てきた悪い貴族で、だけど人間だろう?」

 興信所の所長と見習いも、怪訝さと困惑の顔で男の方を見ていた。

「そうだ。ワシの一族は、元は力弱きただの人間。だが千年前に得た化け物の他にも、そうした存在がこの世の中に居るのではないか、と探し求めた。そしていくつかの化け物を得たのだ」

「化け物を、得た? どういう事だ」

「どうもこうもない。一匹いるなら、二匹目もいる。そういうものだろう」

「そりゃ、そういう理屈もあるかもしれないけど。でもそれってまさか」

「この人間界を気に入った妖精や妖魔を見つけ出し、彼らにも非道な真似を働いて……」

 同様の、交配を強要し、力を高めて得ていったのか。なんという悪族。聞くに堪えかねる。

「非道? 違うな。ワシの一族は、化け物を狩りながら血を継いでいった。千年前に手放してしまった我が一族の最強の力を取り戻すために」

「はっ? 拾ノ末の子孫である生楙白家自体を所有物、だと言っているのか。アンタは」

「そうだっ。かつて摂関家の流れを汲んでいた貴い家柄だったワシの一族が、下賤で卑しい陰陽師ごときに特別目を掛けてやった。それにも拘らず、その恩を忘れ、そいつらの先祖は、道具の分際で勝手に逃げ出しおったのだっ」

 この男が言っている理屈。ランベルセには全く理解が出来なかった。生命を道具と考える神経。それがそもそも理解不能だった。生命は互いを支え合わなければ、生きてゆけない。だから、一方的な我儘だけを通し、他者を利用だけして生きる事は決して許されない。何事も、他の生命が存在しているから、己が生かされている。それが生命の法則なのだ。

「そこの人間。貴方の言っている事は、意味が分からない。今の発言を、本気で思っているというのならば、それは全て貴方の、いや、貴方の先祖が思い抱いた単なる独り善りだ」

「違うっ。拾ノ末の末裔は、我が一族の所有物。遥か昔に無くした、我が一族の道具。それを取り戻して何が悪いっ」

 やはりこの男。分かっていない。生命は道具という無機質な消費物ではない。

「なんと愚かな人間よ。お前こそが、曾てのフジワラを現代に背負う身なれば、千年の過ちをそこの二人に詫びるがいい」

「うるさいっ。ワシを見くびるなっ。この千年の間、重ね得た力は伊達ではない。ワシに流れる血の力を篤と見るがいいっ」

 嫌な感情を掻き立ててくる人間には違いなかった。だが、こちらとまともに一戦交えるとして。たとえ男が、千年の間に様々な妖魔や妖精などからの力を得ているといっても、自分や従弟の力を上回るということはありえない。一体、こちらに勝てるなどという確信は、どこから来ているのか。

「ちょっとっ。その赤い珠を放しなさいよっ。貴方なんかに、貴方だけには、触って欲しくないっ」

 ランベルセが考えあぐねていると、突然、少女が父親の腕から飛び出した。

「拾ノ末は道具なんかじゃないっ。そしてわたしたちも、アンタの物じゃ無いっ。その力も、アンタなんかにぜーーーーったい、使われたくないっ。放しなさいよーっ」

 彼女は無我夢中になって、うずくまっている男へ突進していった。それを父親が「ヒヨリッ」と叫んで制止させようとするが、彼女は止まらない。従弟や、彼女の親戚の青年も呆気にとられ、すぐには動き出せなかった。

「ははははっ。得難き、と思っていた道具の方から来るとは。是幸いよ」

 傍目からは、みすぼらしく年老いた枯れ枝のような男に見える。そのわりに、発言が愚か過ぎて虫唾が走る。少女も自分の力で、妖力の珠を取り戻せるに違いない、と思ったのだろう。それに、先程の話を聞いて、拾ノ末の心をこれ以上、踏みにじられたくはないと感情が高ぶったのもあるに違いない。彼女は脇目も振らずに、男へ猪突猛進していく。

 一方で、不気味な笑みを男は浮かべていた。そして胸に押し当てていた赤紫色の珠が、ある瞬間、ぐぐぐっとめり込むように、体の中へと消えていく。

「ど、どういう事だっ」

 ランベルセも、男の事は嫌悪を抱く対象として見ていた。だが腕力や特殊な力はそれほどないと思っていた。見た目もかなり人間としては高齢だった。

 しかし。妖力の珠を体に押し込んだ男は、黒装束から出ている皮膚が急激に皺やたるみが引き締まり、血色も良くなっていった。

「それ以上は行くなっ。その男から離れるんだっ」

 ランベルセもすぐさま飛び出す。だが少女は、立ち向かった相手の手に掴まれ、その腕に囚われてしまった。

「曽祖父の願った道具がついに手に入る。お前がワシの子を宿せば、さらに強くより完全な力を持った一族最高の力が齎され、一族の悲願が達成されるのだ」

「イヤよっ。放しなさいよっ」

 男はさらに変貌をし、白髪のザンバラ髪は黒く艶やかになり、肌には張り、瞳も真っ黒に精気が戻った邪悪な閃きが宿る。そして最終的には若々しい青年の姿となった。

「さあ、拾ノ末の末裔よ。再びワシの貴き血筋を受けるがいい」

「いやあーっ。放してよっ。お父さんっ助けてーっ」

「最早今度こそ、誰にも邪魔はさせない。木偶の坊たちよっ。ここに居る連中を皆殺しにしろっ」

 邪悪な術師が声を上げると、地面から灰色の人型の土人形のようなものが、次々と姿を現した。

「きゃーっ。旦那様っ」

「アンナッ」

 振り返ると、無数の得体の知れない存在が、妻や生楙白氏、従弟らを取り囲んでいた。顔に目鼻は無いが、口の部分だけ暗い窪みがある。武器は持っていないようだが、手の拳や腕、それから足そのものが大きな打撃を与えそうな土人形だった。身長も二メートルはある。

「はははっ。娘は頂いていく」

「待てっ」

 邪悪に満ちた術師は、余裕の笑みすら浮かべ、少女を乱暴に掴んだまま自らに術を掛けようとしていた。瞬間移動までできるのか。そうなっては、探し出すにも時間が掛かってしまう。妖魔の力をどれ程まで得ているのかは分からないが、彼らの能力は姿や気配を消す技に長けている。一旦見失ってしまうと、すぐに彼らを探し出す事は出来ない恐れがある。だからそれを阻止する方が先決だった。が、しかし、妻の悲鳴をそのままにしておく事も出来ない。やっぱりアンナはお家でおとなしく待っていてほしい。そう言えていれば、という自分の不甲斐無さが悔まれた。ランベルセの思考が、迷いの中で留まってしまう。そんな時だった。

 
 『――須くは陰なる者。陰なる者は影へと帰せ』
 

 混乱する空間に、しめやかで、しかしどこか軽妙さの感じられる声が響いた。直後。淡い白い光が一帯に広がった。その光の中心にはアンナ達がいる。そこから、光が四方八方と広がっていた。

「ど……どういうことだ」

 白い光の正体は妖力では無い。かといって神力でもない。となれば従弟がやった訳では無い。しかしこの強い光は、ここにいる者達の気を引きつけ、動きを封じる役には立っている。

 ランベルセはこの隙に、中空から少女を捉えた男の元へと舞い降りた。案の定、男も移動術を使う集中力を欠き、少女を抱えていない方の腕で、顔を黒い衣で覆っていた。

 ランベルセは、そこへさっきと同じく、今度は自覚を持って、男の頭を靴底で思い切り踏みつけた。足元では、声にならないような呻き声が聞こえた。だがそんなものは無視し、彼に掴まれていた少女をサッと助け出す。そして彼女を抱きかかえ、すぐさま宙へと浮かぶ。

「さあ、もう大丈夫だ」

「あ……りがとうございます」

 救われた少女は、安堵というより少々困惑しているような顔をしていた。人によって宙に浮く、まして、天使によって宙に浮かぶ経験など普通の人間はしない。驚くのも無理はない。だがケガを負っている様子も無く、少女は無事だった。それを確認し、彼は女の子を抱えたまま、白い光の中心へと向かった。

「これは」

 天井すれすれの上から見下ろすと、地面の上を徘徊している無数の得体の知れない灰色の者たちが、次々と崩れ去っていく様子が窺えた。その為、妻を含め、そこに居る全員は全員無事のようだった。

「彼の、お陰か」

 そして。その中に、さっきまでは存在していなかった人物の姿があった。薄(すすき)色の狩衣に立烏帽子。手には蝙蝠扇(かわほりおうぎ)を持っている男性。人間の世、ニホン国で、ヘイアンと呼ばれた時代に、身分の高い者が普段着としていた出で立ちをしている人物だった。

「しかしあそこに居たのは」

 妻と従弟に生楙白氏。それから少々無鉄砲に見えた若者。だが。

「平太お兄ちゃんがいない……」

 言葉遣いが少々乱暴な若者が立っていた場所。そこに、着物姿の優しい顔立ちをした細面の男が立っている。

「いや。彼なら居る」

「え」

 近藤平太の姿は、突然現れた男の足元にあった。倒れている。ここからだと、意識があるのかどうかは分からない。

「平太お兄ちゃんっ。どうしちゃったの? さっきの変な人形みたいな奴らにやられちゃったのっ」

「それは私も分からない」

 けれど、術師の男が喚び出したのか作り出したのか分からない灰色の存在に、あの若者がやられたようには見えなかった。仮に襲われたとしても、従弟がいたのだからケガをしたり、命を落としたとは思えない。と、なると。考えられるのは、突然現れた着物姿の男に由来するだろう。

 ランベルセは様子を探りながら、妻達がいる場所へと舞い降りた。少女の足を地面へと着かせると、彼女は父親の方を見る。

「ヒヨリッ無事か」

「うん。大丈夫、お父さん」

 そんな会話を聞いて、ランベルセも息を吐く。そして彼も、すぐにアンナの傍に行くと、彼女の様子を確認する。すると妻は「あの大きな人形にも驚きましたけど、白い光にビックリしました」と、元気に話してくれた。彼女もどうやら無事のようだった。

 そして。

「平太お兄ちゃん……」

 少女はその後、すぐに父親の方へとは行かなかった。躊躇せず気持ちの赴くまま、倒れた若者の方へと駆け寄った。

 ランベルセも着物姿をしている男の方を見た。あの男は何者だろうか。なぜ急に現われた。危険は無いのか。

 しかし着物姿の若者からは、穏やかで柔らかい雰囲気しか感じられない。しかも全体的に薄らいだ存在感というか、幽霊のように見えた。

「あの着物の男は誰なんだ、イシュール」

「ちょっとまあ。諸事情で、新人の頼み事を聞いてやったんです」

「頼み事?」

「はい」

 ランベルセは、自分たち夫婦の脇に立ってる従弟を見た。彼は、いつになく少しそわそわし、きまり悪い表情をしている。これはもう、彼が何かをやったことは明々白白。しかも、度が過ぎている方法、つまり、合法すれすれ、もしくは、咎められる事をやった事後報告の時にする態度だった。

「どういうことだ? イシュール」

「いえ。へーたが、ヒヨリちゃんを助けたい、悪しき術を使う奴から守りたいって言うもんで。でも今の自分じゃ無理だから……」

「だから?」

「それならとりあえず、俺が出来る範囲で助太刀してやるよ、って事で」

「で」

「俺の出来る限りの方法で、最善を尽くしたんです。その結果が」

「それが」

「へーたの一番強かった頃に、一時転還」

「イシュール。君という男は」

「ま、そういう仕事に就いてるもんで」

 従弟はふふんと、今度は愉快だと云わんばかりの笑顔を見せた。さっきのバツの悪い、自信が無い素振り。それこそ、ただのフリだった。

「まったく。本当にお人好しだ」

「義理人情に篤いのが、天界執行役。それこそが、死神たる者の最も大事な素質ですから」

「それは、君の所属している班のみの話だろう。他の執行役達は、常に沈着冷静で情に絆される者の方こそ珍しい」

「って、いう奴の方こそ珍しい。チンチャクレイセイの死神なんてのは、ただの一人もいません。でしょ?」

 従弟に言われ、彼の所属組織を思い浮かべると返す言葉がなかった。彼の言う通り、死神たちは、右も左も何だかんだと言って、死者らに寛大。と、いうより、生命に甘い。彼らは、常に死した者へ慈悲を以って誠実に接する。それは素晴らしいと思うが、その気持ちが嵩じて、彼らは死者たちにお節介を焼いたり、情に流されたりする傾向があるのも事実。〝生き返らせろ〟以外の事柄は、悪意でない限り、何らかの形で手を差し伸べている。

 そういうところが、ランベルセにとっては羨ましく感じられる。だから余計に、従弟に対して言葉が見つからない。

「旦那様。パルティシオン様も執行役ではございませんが、御心がとっても広くお優しいと思います。素晴らしいです」

 しかし、結局。自分もこんな事件に首を突っ込んでいる。他者を羨望する必要は無い、と自分に呆れた。それなので、妻の方を見て「ありがとう」と微笑むことしかランベルセには出来なかった。

「それで。近藤平太の一番強い頃とは何者だ。あの術師が出した灰色の存在を鎮める事が出来るのだから、彼もまた只者では無い。妖魔の類か?」

「違います。彼はまあ、この話のもう一人の主役ですかね」

「主役?」

「そうです。拾ノ末と篤仁。ま、二人揃い、時を越え再会し、大団円って感じッスかね」

「二人揃って……。つまり拾ノ末の子孫と、幾世の過去に篤仁だった男が巡り合いを果たした、という事か?」

「うーん。そんな曖昧なモンじゃなくって。実際に二人が逢えた、ってことですかねぇ」

「と、いうと?」

「そこは、ほら。あの二人を見れば分かるってモンでしょ? いくら恋愛経験がレベル1で有名なランベルセ公爵でも」

「なっ。イシュール!! 何が言いたい」

「何にも。我らが尊敬してやまない、天上の主が自分の補佐官を『恋愛経験がレベル1』って吹聴しまくってましたから。てっきりそうなのかと思って」

「イシュールッ」

「まあまあ。ともかくですね。ここは時を越え、また会えた二人を温かく見守るってのが平和の御使いたる天使様と、死者の安穏を齎す死神様の役目って事で。少し時間をあげましょうよ」

 そう言って従弟が向けた視線の先。そこには本当に穏やかで、愛おしさとわずかに寂しさを織り交ぜたような表情の着物姿の男が、心配と不安でいっぱいの顔をした少女の頭を撫でていた。

『いつの世でも貴方は勇敢で優しいひとだね。それに比べ、私はいつの世でも、弱くて情けない。本当にすまない』

 彼の言葉に少女は「平太お兄ちゃんは大丈夫なの? 死んでないよね?」と問う。それに対し、着物姿の若者は『大丈夫。じきに目を覚ますよ』と、やはり微笑んで答えた。少女は再び泣きそうになりながらも、今度は「よかった」と言い、表情が穏やかになった。

「お兄さんが、平太お兄ちゃんやお父さんたちを助けてくれたの?」

『神様のお陰かな。なんとか間に合って良かったよ』

「ありがとう。わたしも天使に助けてもらうことができたわ」

『けれど君を危険な目に遭わせてしまった。しかも私は、君が危険に晒されることへ加担していたようだね。情けない。本当にすまなかった』

「そうなの? でも今はこうして助けてくれたし、悪い事をしていたのに気づいて反省して、謝っているじゃない。だから誰も貴方を責めたりはしないし、みんな感謝しているわ。わたしも感謝もしている」

『それなら……それなら良かったよ』

「うん。もう大丈夫。だから貴方ももう、ちゃんと成仏した方がいいと思うわ。わたしには何となくだけどわかる。貴方が篤仁さんでしょう?」

『そう。貴方にはわかるの……?』

「何となくだけど。勘みたいなものだけど。ただ優しそうで、少し頼りなさそうだけど、でもちゃんと困っている人、危険な目に遭ってる人たちを守ってくれた。それがさっき天使の人が話してくれた、篤仁という人に重なったから。そう思っただけ」

『もっとそれがしっかりできるように、私もこれから頑張っていくよ。いざという時だけでは無く、常に君や助けが必要な人たちの為に、ね』

「きっと出来ると思う。さっきもちゃんとできてたわ。わたし、応援してる」

『ありがとう。いつもそう励ましてくれてたね』

「え?」

『それじゃあ今度こそ、それに応えられるように。……そろそろ、いくね』

「あ、待って。貴方がワタシのご先祖様を育ててくれたんでしょう? だから今こうしてわたしも生まれてこられて、生きていられると思うの。どうもありがとう。だから貴方は情けなくないし、弱い人でも全然無い。だから本当に大丈夫だと思う」

『拾ノ末……。貴方は本当にいつの世でも、とても勇敢で優しい人だね。ありがとう』

 着物姿の男は、穏やかな表情に今度は安らかな微笑みだけを湛え、そのまま幻のように消えていった。それからすぐのことだった。倒れていた若者が目を覚ました。それに気づいた少女は、彼にしがみ付いて大いに喜びの声を上げた。

「よかったよー、平太お兄ちゃんが無事で」

「ヒヨリ!? お前こそ無事だったのかっ」

「うん。もう大丈夫」

「よかったーっ。俺、お前を助けようとした瞬間、急に目眩がして、意識が途切れたから。はー。もう死んだかと思ったぜ」

「本当に大丈夫なのっ。あの、変な奴らに殴られたりしなかった?」

「いや、そりゃ無いな。ホント、奴らが現われた直後ぐらいに気ぃ失ったと思う。で、今が無事だろう? だから何ともないはずだ」

 若者は何事も無かったかのように起き上がり「運が良いんだよなぁ、俺って。昔っから」と、無邪気に少女の方を見て笑った。その様子を見て、心配をしていた彼女も「もう、平太お兄ちゃんは昔からヒヤヒヤさせるんだから」と笑う。

「いや~。過去も現在、未来も、救済できるのが、天界執行役ってもんです。はー、良いことしたな、俺」

「イシュール。無闇やたらと過去世の記憶を引っ張り出すな、と君の上司も言っていなかったか?」

「良いんですよ。決まり事は大切ですけど、臨機応変な柔軟性こそが最も大切ですから。そう上司が言ってました。それに〝どんなに偉かろうが凄かろうが、いかなる生命をも慈しまないヤツぁは、誰であっても首ぃ掻っ捌きますぜ〟とも言ってました。いや~。ホント、キビシイお方だなぁ。俺の上司って」

「……もういい」

 食わせ者ばかりで組織されている死神に、何を言っても無駄なことは分かっていた。それに従弟の言う通りで、これにて、千年前の過去も現在も、そして今この瞬間から善き道を進もうとするならば、未来も。自ずと善き結果が得られる事だろう。めでたしめでたし、と言ったところになる。

「では。総仕上げに、今度こそ役目を終えし力を解き放とう」

 ランベルセは、壁際で卒倒している悪事を積み重ねた男へ近づくと、先程、妖力の剣を術で喚び寄せた。それを手に取り「解除(トー・ファス)」と、少し張りのある声で術を発動させる。すると、倒れている男から赤紫色の光が煙のように立ち上り始めた。

「――長きに渡り命を守り続けた慈悲深き母の想いよ。今ここで。その宿業から我が祝福を以って解き放つ」

 立ち昇った赤紫色の光が、中空で集約し、光り輝く美しい透明な赤い珠(たま)へと変わる。彼はそれを手にし、掲げた。そして、一方の手で握っていた剣も頭の方へと掲げ、それを宙に放した。剣はそこでそのまま留まる。切っ先を天井へ向け、彼の手のひらから離れた状態で浮かんでいた。

「善きものへ。弱きものへ。その貴き力を分け与え給え」

 彼は、自分の額の前で赤色の光珠と剣を交差させた。二つは一つに重なり合い、その瞬間、美しい紫色の輝きを放った。それはまるで夜明けの端に広がる空の色。

「理法命還術(リ・ヴィラ・ンフィーオ)っ」

 光は言葉を受け、一層明るく輝き、そのまま光の帯となる。ドドドッと光る紫色の滝の如く、けれどそれは一気に上昇し、天井を通り抜けていった。

「す、すごい」

「あれが我ら一族の力だったのか……」

「実際は本当に強ぇんだなぁ、ヒヨリん家の力は」

 父娘、それから親戚の青年らは驚き、感慨深く天を仰いでいた。

「って、公爵。あの光のその後、俺たちって見られないンすか」

「見たいのか?」

「いや。だって、普通は奇跡的なスゴイ場面なんかを見て、メデタシメデタシにするモンじゃ。その方がスッキリするっていうか」

「しかしここは屋外では無い。だから見えなくて当然だろう」

「いやまあ、そうっちゃそうですけど。何か、こう、なあ。綺麗な幕引き感がないっつーか」

「あの光のその後など、別にどうという事は無い。妖力を別の力へ変換し、この世界の善きもの、弱きものへの活力になるよう散らせたまで。光の軌跡は、見える人間には見えるかも知れない。我々のような天上人や、直観力の鋭い者、本物の超・能力を持っている人間なら、外では白い光の粒が降り注いでいるのが見える」

「だったら、折角だし。見させてくださいよ」

「しかしここには天井があり、上はこの悪党団体が根城にしていた古びた建物が建っている。それを突き破らなければ空は見えない」

「あーもうっ。だったらそうしちゃいますよ」

「待てっ。そんなことをしたら、瓦礫の下敷きになるだろう」

「だったら建物と、その瓦礫も一緒にフッ飛ばしちゃえばイイって事でしょ? やれるからやっちゃいますね」

「イシュールッ。君の考えはいつもながら早計過ぎるっ」

「公爵がお堅いだけですよ。あ、それ。光熱劇烈破(リス・テ・ヴィトーガ)」

 止める間もなく。従弟は天井へ向け、まるで人間同士がキャッチボールをするかのごとく、気軽に黄金色に輝く光玉を放った。しかし威力は気軽い、どころではなく。ドン、ドン、ドーンっと轟音を立て、その音のたびに、砂やホコリ、時には木片や石などが降りかかってきた。

「馬鹿っ。術は考えて使えっ」

「うーん。意外に地盤と建物が脆いッスね。全部崩れちゃうかも」

「まったく君という男はっ」

 ドカドカ、ガラガラと建材が崩れ落ち、砂煙とホコリが舞い上がった。ランベルセは即座に妻を腕で庇い、ため息を吐き「……全員を脱出させる」と言って、フロアに居た父娘、従弟が雇った若者、それから魔術師団体に所属していた者、魔術に利用されていた動物やら悪行を先導していた首領まで、そのすべてを術で一気に地上へと移動させた。

「はーっ。やっぱ外は開放感があって良いなーっ。砂も石も降って来ないし、空気が美味いっ」

「イシュール。誰のお陰で砂や石が降ってきたと思ってるんだ」

 一同は、半分崩落した大きな洋館の庭にいた。周りには針葉樹林の広がる暗い森が迫っていた。そして東の空は、わずかに白んでいた。もうすぐ夜明け。だが未だ空の大半は夜で覆われている。その中に。

「きれい」

「だな」

 少女と若者の声がした。

「雪とは違う。しかしなんと美しい光景だ」

 その隣で、少女の父親も静かに淡々と空を見上げていた。

「まるで夜空の星が降っているように見えますね、旦那様」

「やっぱりフィナーレの醍醐味ってのは、こういう感じを味わってこそッスね。そうじゃないンすかね、公爵」

 腕に抱きしめているアンナは嬉しそうに、その隣に立っている従弟は満足そうに、それぞれランベルセの方を向いた。

「まったく。しかし、まあ。これで良しとする」

 彼もまた、降りしきる煌めく光の粒を見ながら、あらゆる生命の幸いと、新たな道を見出す人間たちの前途へ祝福を思った。