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《第5話 魔術師と選択》(5)‐1
(五)
「では、傀儡の法剣、というものについて話しなさい」
人間の姿、西園寺鷹一となったランベルセは、妻と一緒に応接用のソファへ並んで座った。ちなみに、妻のアンナには、天上へ戻るように言ったのだが「旦那様のお傍に居たいです。さきほどお約束したじゃないですか。今夜は一緒にいると。邪魔はしませんから」と、せがまれた。彼女に「傍に居たい」と言われ、それを無下にできるほどの度胸を彼は持っていなかった。愛おしい我儘には未だ敵わない。内心、可愛らしい我儘を言う妻の振る舞いに狼狽えながら、表面上は冷静な態度を装い、向かいに座っている男をランベルセは見た。
「我が家に伝わる傀儡の法剣。それは表向き、あらゆる邪気を払い、我が一族に繁栄を齎す、と云われていた。その成り立ちは、特別な魔力が形を成し剣となった物、とされている。
しかし傀儡の法剣の正体、真実を語る歴史や経緯はすべて口伝なので、実際はどのようなものか分からない。ただそれは、千年以上前から我が家が所有していた、と言われている。
当時は、朝廷に藤原一門が巨大な影響力を及ぼしている真っただ中。そして国の中枢には、吉凶の星を読み、占いや呪術を司る者が地位を確立できる時代でもあった。我が一族も、そこに席を置いていたそうだ。しかし我が一族は、政敵や、権力関係で生じた確執により、国の中央機関から離れたらしい。そして一族は、東へ下り、遠方の未開の地、ともいえる場所へ移り、小さな隠れ里で居を構えた。勿論、その時に法剣を携え、共に都から離れた。
それ以降、我が一族は、魔力の宿る血脈と法剣で、魔術を書物や口伝などで伝えながらその技を発展させていった。けれどそうしてきたのは、我が一族を歴史の表へ返り咲かせる為ではない。血に宿るとされている魔力を活かし、その力で使う魔術を向上させることで、一族が末永く、子々孫々が豊かに暮らしてゆけるように、と目的が変わっていった。一族は、都を追われ、その時に味わった恐怖と危機、さらに何も無い土地で強いられた貧しく苦しい生活で知ったのだ。敵を作り争うことは、どれほどの不幸を招き、危険なことだったかを。その事を鑑み、安穏で豊かに暮らしてゆく事こそが、一族にとって幸福であり、それが最も大切な事だ、と知ったのだろう。今でもそれは一族に語り継がれている。
そして。法剣も、我が一族の平和と幸福の象徴へと意味合いが変わっていった。一族繁栄の教えと共に、それを守る戒めの証。直系がそれを継承し、意志と共に剣を受け継いでいる」
男は静かに淡々としゃべった。
この時点までの話を聞く限り、特に不審点は無い。むしろ、善き教訓を生楙白家は千年前に得た、その際に、法剣は一族を戒める為に存在する象徴なもの、となった。昔話の中でも、教訓型のいい話に属すると思われた。
「しかし、傀儡、という禍々しい呼び名が付いている。その剣の本質は何だ?」
「法剣の力は、血で受け継いでいる魔力を用い、他人を意のままに操ることが出来る、というもの。ゆえに傀儡の法剣と呼んでいる」
「だが、本質がそんな物騒な効果を齎すものであれば、一族の平和の象徴とは言い難い代物。むしろ、貴方の一族のみが平和で安穏を齎されるために、他の人間は全て押し黙らせる、と周囲へ脅威の宣言をしているような剣、と他者の目には映るのでは? それでは貴方たち一族へ敵が増える一方ではないか、と思われるが」
「そうではない。たしかに、そうした利用方法を取れば、それも叶うという剣なのだ。
だが都を追われる出来事の中で、そうした使い方はすべきでない、と先祖は知ったのだろう。何が起こったのか。具体的な実録は残ってはいない。だが、京から離れ、以降は、剣を使った戦いを起こしてはいない。安穏とは正反対の事が起こると悟ったのだ。だから残された子孫も、それに従ってきたのだと私は思った」
男の話は、つまり生楙白家の精神論だった。だが、鷹一の知りたい事は、物的存在の経緯。先祖が入手した傀儡の法剣の物理的な話が聞きたいのだ。
もし、人を操れる剣ならば、それが引き起こした事件等を語り継いでいるはずではないのか。仮に、一族が剣も用いて、酷い行いをしたのであれば末代までの恥。そんな事をしては敵を作るだけ。だからやってはいけない。先程までの精神論を法剣を有する子孫が言うのだから、教訓となるであろう過去の出来事は、しっかり残すものではあるまいか。しかしそれらは一向に聞かれない。
そこで鷹一は話のアプローチを変えることにした。
「では、貴方はその剣を実際に使ったことがあるのか?」
剣を使用した戦いは行っていない、と男は言っていた。しかし、本当に魔術という技が使える魔術師であるならば、試してみたくなるものだろう。
「勿論。私は実証してみた。あくまで実験なので、被験者には同意をもらい、協力を頼んだ。娘だ。彼女が大嫌いなピーマンを法剣の力によって食べられるのか試してみた。彼女はピーマンを見るだけでも、臭いも嫌っている。細かく刻んでも、肉詰めにしても」
「……で」
言われてみたらこの男には娘がいた。しかもその娘が誘拐されてしまい、剣の奪還と合わせて、彼はその助けも欲しているのであった。話は急いだ方が良いのかも知れない。
「結果、野菜炒め、野菜ピラフ、肉詰めもすべて完食。確かに人を操る事が出来た。しかも魔力は最弱で使ったにも拘らず、ヒヨリは一週間、きちんとピーマンを食べ続けてくれた」
「た……確かに悪しき行いとは言えないし、協力者の同意を得てやった結果も成功に至っているようだが。何ともコメントし難い」
「彼女は八日目には〝夕ご飯にピーマンなんて出さないでよ〟と、元に戻った」
「しかし、如何に偏食であっても。操って食べさせることはやはり強要。本人の意思を無視したやり方だと私は思う」
「だが一連の結果で、法剣の効果を証明できたのだ。弱めた魔力でさえ、苦手なピーマンも食べられる。それがもし、強力な魔力を用いてやったならば」
「暗示程度の好き嫌い解消ではなく、傀儡として他者を操る事が出来る、ということか」
「そうだ。しかも法剣は、ひと薙ぎで複数を同時に操る事が出来る、と先祖の残した書物にあった。一説には百や二百など容易いと。実際に試した記録は載っていなかったが、実証実験の結果を踏まえると、おそらくそれも嘘ではないと思われる。術を受けた者は、全員傀儡となる。だからこそ、法剣は我が家の戒めであり、同時に門外不出。屋敷の奥で固い封印を施し安置しておいた。それと同様に術も禁忌。あまりに危険過ぎる」
危険な剣。男の話がすべて事実であったならば、その通りだろう。けれど、これを事実だと仮定した場合、そんなすごい威力を秘めた道具が人間によって作り出せたのか、という疑問がさらに大きくなる。鷹一の見解からしたら、絶対ムリ。人間が有する事が出来る特殊能力の強さの範囲を超えている。
まして。そんな威力がある剣を、目の前の男が扱えた、という事にも驚いた。いや、そちらに関しては、正直、ビックリさせられた。純粋に鷹一は驚いた。
話の中で登場する傀儡の法剣は、最早、人間の手で作られてはいないと推察できる。それを用いて(本人曰くの)魔術とやらで人を操った、ということになる。一体、本当にこの男は何者なのか。
「それで。その法剣について、他に申し立てることは」
鷹一は腕組みをし、足を組んでソファの背もたれに寄り掛かったまま、話を促した。
「傀儡の法剣は、千年以上存在しているにも拘らず、未だ、錆びもせず、綻びもせず、刃毀れ一つしていない。ゆえに、傀儡の法剣は、非常に強い魔力が宿っているか、又は、剣そのものが強力な魔力で形成されていると考えられる。だが、実際の起源は分からない。それは書物や口伝の中にも残されてはいなかった。だからこそ、稀有な魔力、絶大な技を齎す道具として、魔術界では一目を置かれてはいる」
「剣の成り立ちについては、貴方の一族にも伝えられてはいないのか?」
「そうだ。さっき言った通り、我が一族は千年前は都で陰陽師をしていた、という経歴が記された書物は残っている。そのルーツについても、大和朝廷に近い地方の豪族から始まり……というような、一般的な歴史書のような書かれ方だった。
とは言えど。ワタシとて、このような力の有る剣が齎されたのだから、その出会った瞬間や経緯が記されていないのは、さすがに不可思議だと思った。しかし我が一族と剣との出会い。その詳細は残ってはいない。いつ、どこで、どのような方法で手にしたのか。それさえも記されていない。
剣の話が出てきたのは、平安京から追われる際に『家宝の剣を持ち、東へと逃げ延びた』という先祖の日記に登場したのが初めてだった。残されている文献を様々読み返してみたが、我が一族と剣が結びついた云われは、やはりどこにも見当たらなかった。
だから考えられる事として、先祖が都を追われる事態となった時、その最中に生じた混乱で、紛失や焼失してしまったのかも知れない。又は、この千年という長き時の流れの間に、紛失や一族の誰かが故意に処分をしたのかも知れない。真相は不明だ」
たしかに、千年という時の中で、過失で汚損、破損等は当然起こること。それと同様に、紛失も十分あり得る。又は、先祖の中で「これは残しておいては拙い物」と、判断した当主がいて、処分をした可能性だってある。一族が千年間同じ考え方を続けている、とはかぎらない。それぞれ考えがあるに違いない。
「法剣の記述は、生楙白家の者が使用できる術と、その方法についてばかりだった。文献や書物、口伝は、殆どが実用書に近い。例えば、一時的に己の姿を消す術、一定の範囲を血族以外すべて排除する術、魔力そのものを体外へ放出し、他者へダメージを与える術など。そうした基礎魔術は書き残していた。だから子孫たちは、それらを発展させ、今日まで我が一族は魔術師として生き残ってきた」
起源を知らなくても、道具は使用方法さえ知れば使うことが出来る。しかし、その云われなどを知ると、より道具の力を引き出せるヒントを得る事もある。だから、より使いこなしたいと思うならば、道具の起源をより深く知りたくなる。自然と興味が湧くものではないだろうか。鷹一自身を鑑みると、自分が所有する愛刀の云われや、父などが新開発した神術の仕組み等には関心が湧くし、実際に知ろうとするだろう。
しかも生楙白家は、剣があってこそ、魔術というものを発展させ、それを生業としてきた一族だと思われる。ならば、剣の起源を知らないとは、あまりに足元が脆い一族ではないだろうか。剣が一族の強さを増す道具であるにも拘らず、その剣が何であるか知らず使っている。持ち主が道具の根拠を知らずそれを振りかざし『魔術界では最強』というのは、恥ずかしくはないのか。
しかし少なくとも、目の前の男は法剣の起源を知ろうとしていた。道具の主としても、一族の長としても、自然な感覚はしている。他は少々疑問ではあるが。
「だが、そうした我が家に伝わる技術を得たいと考える者が現われたり、我らの力を利用しようとする者も出てきた。しかし法剣は我が家に伝わる家宝。そして、我が家に伝わる戒めの最後に〝法剣は善き心で揮うべきもの。法剣は門外不出。我が身の温存のためのみの法とす〟とされているのだ」
と、ここまでの話を聞くと。総じて、この男の一族は『魔術を生業にし、不思議な宝剣というものを有する没落貴族の末裔』と言える。しかも端々から聞かれる、先祖からの戒めがかった言葉や言い伝えは、かなりまともなものばかり。
むしろこの紳士が、鷹一の前でしてきた数々の突飛な行動や言動は何だったのか。今、このような話しぶりを見て、改めて深い疑問になった。
その点に考え込んでしまう。そして紳士も長く話して疲れたのか、言葉を止めた。
「ってことはだ」
鷹一らが会話をストップさせ黙っていると、今まで何も発言をしていなかった従弟が、テーブルの上座から紳士へ声を掛けた。
「つまりお前さんは、魔術師の集団だか徒党に所属している訳でも、魔術師の首領でもなく、単にオモシロイ一族だけで平和に暮らしていたってことなのか?」
彼はパイプ椅子に座り、ずっと鷹一の聴取を静観していた。
「ああ、その通り。我が一族は、特に集団活動や弟子の育成などもしてこなかった」
「んなら。どーして、魔術の王だとか何だとか言われてるんだ? むしろ自分から色々スゴそうな事を言っちゃってないか」
「それは……法剣と一族を守るため。〝最強〟と知らしめれば、脅威を感じて安易に近づかないだろう」
「なーる。攻撃は最大の防御っつー考えなのか」
「ああ。結果、無敗の術師、呪術師、そして魔術界最強の一族と言われるようになった」
「だから自分でも、王だなんだと言ってたのか。周囲に睨みを効かせるために」
「それは、あの男が現われて以降の話だ」
「あの男? って、法剣と娘を連れてった奴のことか」
「そうだ。奴は次々に、洋の東西を構わず魔術と系統される術師たちを征服し、又、現在にも存在する陰陽師の子孫等も掌握し、魔術界の強さの構図を変化させた。我が家も例外ではない。我が一族の権威も落とされる危機に晒されている。
奴は私に、バシレウスなどというおかしな呼び名を付けた。向こうにとっての隠語なのかもしれない。ネクリアードもそうだ。大体、さっきの、若いピンクの頭をしていた男は近藤平太だ。親戚の占い師から、魔術だけではなく精神をもっと鍛えるべきだ、と我が家に預けられた小僧だ。しかし若気の至りか、我が一族の力ではなく、より強い力を有すあの男に心酔し、与するようになってしまった。まったく情けない。もともと素行の悪い奴ではあったが」
と、紳士はため息を吐いた。
「ふーん、なるほどねぇ。あの若造はへーたちゃんって名前なのかぁ。思った以上にスケール小さい小僧だな」
従弟は、なぜか感心をし、うんうんと態とらしい頷き方をした。あの若者の名前が分かったところで、彼がどうしてそんな態度をとるのか。鷹一にはよく分からなかった。しかし感性が従弟とは全く違うので、彼の中では、何か思う所があるのだろう。
「それで。娘も、一緒に攫われたのか……」
従弟は唐突に神妙な面持ちに変わり、魔術師の男を見た。直前までのふざけているような態度から、顔つきが一瞬で険しい表情になる。そして男をジッと見据えていた。
「生楙白一族なら、誰でも法剣が使える。いいや。少なくとも、他家の人間が法剣を利用するためには、生楙白家の人間が協力、もしくは、脅迫をして法剣を使わせればいい。だからアンタも、そうならないように娘を剣と一緒に結界で守っていた。違うか?」
その様はまるで事件の謎を追い詰める探偵のようだった。
「……そうだ。はじめは娘のヒヨリと法剣は別々に隠していた。第一、彼女自身は魔術を使う事は出来ない。だが万が一を考え、離しておいたのだ。しかし両方を見守るには、ワタシ一人では無理があった。あの男は、平太を使って我が一族の隠れ家という隠れ家をすべて暴いていった。だから致し方なく、剣と娘を一緒に強力な結界の下で守る事にした」
「でもそれが、いっぺんに持って行かれちまった。つまり、色んな意味で早く何とかしなけりゃならない。そういう事なんだろう?」
「ああ、早急にあの男から奪還しなければならない。法剣に、我が一族の魔力が与えられる事は、絶対に避けなければならない。ワタシが張っておいた結界は、自分で作り出せる最強だったもの。それを短時間で壊したとなれば、奴もワタシが思っている以上に力を付けたと思われる。そして、目的を果たす準備が整ったので、剣とその力を引き出せる人間を手中に収めた、と考えられる。最早、時間が無い」
「あっちの目的ってのは何なんだ?」
「あの男の目的は、魔術界を完全に掌握し、その後、表の、つまり一般社会へ戦いを仕掛けるつもりなのだ。その為に、魔術師たちを傀儡の兵器にし、他の人間たちを奴隷として死ぬまで弄るつもりだ」
「ってことは、何か? 全部操り人形じゃ面白くない。少しは抵抗出来るヤツも残したり、足掻くヤツも残して、そうした人間達の様も楽しみたい。そういうことか?」
「奴にとって都合のいい世界改変。それが最終的な目的なのだ」
「ふーん。絶対服従な武器を手に入れて、後は、疑心を植え付けたり恐怖を煽ったりする。そうした世の中を自分は見て楽しみたい。ついでに美人を侍らせたりして。はー、相当な悪趣味だな。俺とは絶対反りが合わないな」
「だが娘のヒヨリは、法剣に魔力を与え使いこなす術を知らない。だから……」
「血で受け継いでいる娘の魔力を、無理矢理に引き出し利用する。貴方はそれを懸念しているのだろう」
従弟との会話から、そうなる事は容易に推測できた。鷹一は思わず彼の会話に割って入る。
「そうだ。魔力を無理に引き出す術をあやつは開発し、他の魔術師を実験台に何度か試みた、と平太が言っていた。その段階では成功したのか失敗に終わったのか、結果はまだ分からなかった」
「だが、あの男、という者が、娘を攫うという強硬手段へ出たのだから。それは術の開発が成功した事を意味する、ということか」
「おそらく。しかしワタシには信じられない。先祖が残した文献や書物にも、他者の魔力を奪い取る方法など記されてはいなかった。大体、魔力とは固有的なもの。言うなれば、体力と同じく、他者に分ける事も、また他者から受け取る事も出来ない。いや。もしかしたら、出来る者がいるのかも知れないが、少なくとも、我が一族には、そうした方法は伝わっていない。そしてワタシもその術を知らない。知らないからこそ、使役や悪魔に呪術を掛けてもらうなりして、一定の間、魔力を高める事をしていた」
「なるほどねぇ。だから鷹一さんに色々命令をしてたって訳か。まあ、そういう事なら合点がいくな。それに、悪魔の力を自分の力にするんじゃなくて、自分の魔力を高めるっていうのは、その通りだと思うぜ。俺だって、鷹一さんの神力を、そのまま自分の神力になんて出来ないからな。相手の力は術に変換されてこそ、他者に影響を与えられる。治癒の術を使って傷を治してもらったり、失った分の神力を補ってもらうんじゃなく、残っている神力をより効率良く放出させられるようにしてもらう。ま、それが万国共通だな」
「だから、あの男が開発したという術は、他者の魔力を奪い、何かに変換し、自身も法剣を我が一族同様に使えるようにしたと考えられるのだ」
男はそこで再び言葉を止めた。
「鷹一さん。ここまで聞いて頂ければ、もう、正義の味方の貴方ならお分かりでしょう?」
従弟もいつもの通りの口ぶりだが、顔は至極真面目だった。
「どんな方法であれ、法剣を使う為に利用されようとしている娘さんは、大変危険な状況にある。もしも、その方法が彼女の命を奪う結果に繋がるものだったら」
そして正面からは「だから恃む。ワタシに力を貸して欲しい」と紳士が頭を下げた。その上、隣に座ってさっきから事の成り行きを心配そうな表情で見守っていた妻も、何かを懇願するような顔で夫を見つめていた。
精査の判定の時だった。
「駄目だ」
対して間髪入れずに鷹一は返答した。
「公爵っ。そりゃ少し可哀相じゃありませんか。それに世界の危機なんですよ」
しかし鷹一は首を振った。
「いいか。これは結局、人間世界の話だろう。そこへ天上人である私が介入しては、他世界に対する過干渉となる。まして、私は天上で外事調停を取り扱う立場の筆頭。それが容易く違反を冒すなど、あってはならない。天上の外事長とは、他世界との調和を図る役人であるとともに、他世界間での抗争が起きた時にのみ動く調停人。天界外事局は、他世界間の関係を平等、且つ、公平に保つのがその役目。今回の話はそれに該当しない」
「でも旦那様」
隣に座っていた妻がひどく不安そうな顔で夫を見つめていた。
「この世界には、人間になられた義妹の芽衣子さんや、王妃様の御実家もあり、その御家族様もいらっしゃいます。この世界が危ないということは、そうした皆様も危険になってしまうのでは……」
「アンナ。それについては個々が誓約を立てている。芽衣子は、もはや天上と縁を切り、自らの天寿で天上人であることを放棄し、人間へ転じる技を使った。もう別の種へと変わった事と同じなんだ。その時、人間界で人間同士の争いや災害などに巻き込まれ、命の危機に晒されても、他の人間と同等であると誓約を立てた。もう、我々天上人が手助けをしない、たとえ家族であっても。世界の決まりから見たら過干渉になってしまう。そして王妃様の家族も同様。それは天界王様といえど、配偶者の家族を特別扱いはしてはいけない。王であっても私と同じく手助けする事は出来ない」
「そんな……」
妻は顔を曇らせた。さすがにそんな顔をされてしまうと、彼女の言葉を無下に却下した自分を自分で殴りたい思いに駆られる。だが彼の本懐に関わる部分なので諭すしかない。
肉親である妹に対しても、彼女が三年前に「天上の公爵令嬢として安穏に生き長らえても、全く楽しくないの。時代と空気の中で生きる人間の、彼らの音楽と一緒にいる方が、自分の一生が充実している。命を実感するの。生きている充実感がすごいのよ」と、天上を飛び出し、人間として生きてゆきたいと、家族が止めるのも聞かずに人間へ転じる技を使ってしまったのだった。鷹一を含めた家族は初めてその時、彼女が種族変更するほど人間の世界と音楽に惹かれたことを知った。だからそんな妹を何とか支援するため、人間世界に音楽事務所を起業し、彼女の生活の基盤と希望を叶える為に始めたのがオフィス・Sであり、西園寺鷹一だった。それを天上界の主は、他世界の政治、国防、生態系に著しく関与しないと約束するならば、と許可を与えてくれた。そして妹は、家族の縁はあるが生命の性質は別となった。故に今はこの人間界のルールに則って生きなければならず、兄であるランベルセも、天上人としては手助けしてはならない。たとえどんな事が起ころうとも、と誓約を立てたのだった。
「確かに全て公爵がおっしゃる通りですけど。でも鷹一さん。それは、本当に人間同士の争いだったら、の話じゃないですか」
「どういう意味だ?」
「でーすから。今、奥さんに話したことは、人間同士が国だか宗教だかを懸けて戦う戦争だったり、火山が爆発したら、の話ってことですよね? でも今回の件は、ぶっちゃけその判断は出せなくないですか?」
「どういうことだ」
「傀儡の法剣ってヤツの正体が分からないじゃないですか。本当に人間、または人間界で作られたのか。それは不明でしょ? オモシロイおっさんは、千年前から家に伝わっている剣だって言ってますけど。でもその法剣は、オモシロイ血を引く者が力を与えて発動する。つまり、その血と剣に何かがある。もしかしたら人間以外の何かが関与している、かも知れない。そう思いませんか」
「それは」
従弟の指摘には、再三に渡り疑問を抱いていた。生楙白家の男は、「法剣に我が一族の魔力が与えられる事は、絶対に避けなければならない」と、言っている。それは剣が実際に威力を発揮するという事に違いはない。まあその程度は分からないが、血脈に乗せている何らかの力が作用する事は間違いない。
ではそうすると。その血脈に入っている力とは一体何なのか。
これまでの経緯を聴く限り、人間であるとは考えにくい。だが、そうであるなら、それこそこの男から、人間とは違う異質の気配や力を感じてもおかしくは無い。何かを持っている。持っているものは消失は出来ない。と、いう事は。
「ワタシの家系に何か特別なモノがあるのか」
本人は、今唐突にそんな事を言われ、驚きと動揺をしている。彼も散々、過去の文献を読んだと言っていたが、発見できなかったのだ。無理もない。
「だが藤島。それは過去において他世界が関与したという結果。しかも、その関与の仕方は〝特例〟で認められている関与だ。だから私が裁定に乗り出す必要はない」
「でもっ。もしもですよ。あの種族が過去に関わった結果、法剣が誕生し、人間に害を及ぼす物になっているなら、もう空間を飛び越えた事件ですよ。法剣は人間にとって、明らかに持て余す道具。それを発端にして、か弱い生命が生きるか死ぬかの事態になってるんッスよっ。これはもう行くっきゃないですよっ。ランベルセ公爵」