← トップページへ戻る

西園寺鷹一の冒険

初回掲載:2026年7月23日

登場人物

読書位置は、この端末に自動保存されます。

《第4話 やっぱりオモシロイ人だった…》(4)‐1

 (四)

 その後。謎の紳士(本名は未だに分からないが、あだ名がバシレウスというのが分かった)自称魔術師は、鷹一たちなどに目もくれずにビルから飛び出して行った。

「内輪揉めか」

「向こうさんも色々立て込んでるんッスね」

 残された音楽事務所社長と興信所所長もひとまず場所を移すことにした。ただその前に、壊れた道路やビルの屋上などの修繕はちゃんとやった。その後、従弟が自分の興信所事務所へと術を使い二人は瞬間移動した。

「けど鷹一さん。あんな事態になっちゃったら、禁忌を犯してでも我が身を守らないと」

 久々に訪れた従弟の興信所は、書類に雑誌、そしてゴミなのか資料なのか分からない紙束が、猥雑に床や来客用のテーブルの上にまで散らばっていた。ここには秘書もいなければ他に従業員、事務員を補助してくれるパート社員もいない。所長の従弟が一人でやっている小さな興信所だった。

「藤島。私のことよりも、君のこの事務所の有様が心配だ」

 掃除もまともにされていない事務所。そんな場所に置かれている、ホコリをたっぷり吸いこんでいるであろう来客用ソファへ鷹一は渋々座った。こんなソファに腰掛けるのはかなりの勇気が要る。従弟とは血の繋がりがあるはずなのに、こういう感覚は全く相いれない。散乱している紙と雑誌を避けながら、鷹一は意を決して浅く腰掛けた。

「大丈夫ですって。掃除しないくらいで死にませんよ。ホント、色々が潔癖な天使サマですね~鷹一さんは。でも心配なのは貴方の方ですよ。いくらてんかいがいちょうとして、他世界での神術使用禁止を知らしめなきゃならない御立場とは言え。さっきの状況。あれはダメじゃないんですか? 正当防衛って言葉もあるんですから」

「正当防衛、か」

 たしかにそうなのかも知れない。現に、剣は喚び出し、自分へ降りかかる攻撃を薙ぎはした。そして実際に神術を撃ち放つ寸前までにはなった。

「しかし、私は術を使いたくはない。私が人間界で神術を使い、結果的に人間が傷ついたとすれば。それが大勢の者に口伝えされてみろ。愚かな者たちは、たちまち他世界へ出て行き、力自慢を始める。外事を司るトップが、他世界で術を使ったのだから自分だって使っていいだろう、と。それがケンカや腕自慢程度の小事で収まるならまだいい。しかし、そこから世を乱す大事へ繋がる事もあり得る。大概、戦争の発端は小事から起こるもの」

「かも知れませんけど。でも我が身を危険に晒し、万が一、大怪我でもされちゃあ、それこそ愚か者に見えちゃいますよ。力が有るのに自分すら守れないのかって」

「そこは神術以外でやって退ける。それこそ示しになる」

「そうッスかね? 俺から言わせてもらうと、力があるのにどうして守らない。いざって時に、守ってくれる立場の人が守ってくれないんじゃないかって、思われちゃいますよ」

「そんなことはしない。では聞くが。私がいざという時に他者を見捨てた事は」

「ありません。貴方はあらゆる生命を平等に見てますし、それを助け守り抜きます。どんな時でも。に差などつけず公平に。それは間違いないです」

「ならば問題はあるまい」

 鷹一はソファへ放られていた書類や雑誌を無意識に手に取り、いつの間にかそれらを種類ごとに整え、目の前のテーブルへ並べていた。やはり身の回りが整っていないと落ち着かない。それにこのような書類や雑誌がゴチャゴチャしている状況は、直属の上司のデスクと同じ。鷹一はそれらを片付けながら小言を言うのが日課だった。その癖がこんなところでも出てしまう。

「でも――公爵。外界で術を使う例外も、時にはあるじゃないですか」

 事務所の奥にある給湯スペースから、丸盆に来客用とごつい湯呑を乗せ、従弟が出てくる。だがいつもの砕けた表情は引っ込んでいた。顔がわずかに神妙で硬い。

「つまり藤島。あの男を追った結果が芳しくないと?」

「まあ、なんつーか。余計に意味不明な存在になったっつーか」

「どういうことだ」

 従弟は向かい側のソファへと座ると、時間を掛けて、客人、自分と丁寧に湯呑を置く。それから「ふー」と、疲労感を込めたようなため息を吐いた。

「あのオッサン。とりあえず、鷹一さんの依頼を受けて追跡したんですけど。わかった事は、オッサンは家業を継いで今に至る人間、というのが分かりました」

「家業? まさか本当に魔術師、なのか。いや。奇術師か何かか?」

「いいえ。それが日本古来から信仰されている神道。その呪詛や呪術的な要素を使って、吉凶を占ったり、その凶事を祓ったりする仕事ッスね」

「つまりオンミョウジか?」

 陰陽師。千年前頃のニホン国において、時の政府が役所の一つに置いた部門に属する役職。フィクションなどには、まさに特殊能力が使え、悪霊を祓ったり、災いを鎮めたりするような存在として描かれている。だが実際は、現在の天文学や気象学の前身にあたる、都や各地の天候情報を収集しデータ解析などをし、今後の天気などを予測する事や、月の満ち欠けなどを見て吉日や凶兆を判断する事、などをやっていた役人達。そう鷹一は理解していた。

「その昔の天気予報士というか天文学者というか祈禱師というか、と加えて、もっと古いシャーマニズム的な自然界の力を借りて、雨乞いの儀式とか山火事を収める要素と、更にアジアから伝わった仏教やヒンドゥー教の儀式的な部分、呪術的な部分を混ぜ合わせて特殊能力を発揮する一族、らしいんですよ。ま、色々がごっちゃごちゃになっていて、本質が何であるかを探るにはもう少し時間が必要、ってことです」

「混合的な要素で成り立つ力。それを有した特殊能力者」

「ま、早い話そんな感じみたいです。でもあのオッサン、思ったより警戒心が強くて、追跡を始めてすぐ車に乗って、早々にこの広瀬市を出ちゃったんです」

「見失ったのか」

「いいえ。勿論すぐに追っかけましたよ。ナンバーもバッチリ見ましたから」

 あの自称魔術師。さっきは道路上で散々、自動車について馬鹿にしていたが。自分もそれを保有し、しっかり利用していた。むしろあのような男でも自動車の運転免許が取得できることが疑問だった。

「で、あのオッサンが向かったのはお隣の天川市(あまがわし)も抜けて、その隣にある田舎町、上ノ条(かみのじょう)町でした。その外れにある山の麓、竹の群生地の奥に入って行きました」

「まるでニホンの昔話のようだな」

「そうなんですよ。まさにその通り。なんとその竹林の奥には、平屋のどデカい屋敷が建ってたんです。なんつーか、そのニッポン昔話にある『カグヤヒメ』ってのが住んでそうな家。それがあったんですよ」

「寝殿造りの屋敷があったというのか……?」

「そう。それッス」

 今の日本において。寝殿造りの屋敷に住んでいる者がいる……? いや、考えられない。まず防犯上、御簾や几帳で泥棒や空き巣を回避できるとは思えない。それに防寒防風にも効果があまりないと言える。

「だがまあ、本人が言った通り、高貴な人間かも知れない……のか?」

 あの男は本当に高貴な出身であり、未だに寝殿造りに住んでいるのは、由緒正しかった貴族の家系に未練がある『没落貴族』というものなのかも知れない。

「うーん。でも屋敷の形は御立派なんですケド、それを囲う土壁やら建物自体が崩れたり壊れたりのオンボロ。庭もスゲー広いんですけど草ぼうぼう。池もあるのに完全に干上がっている始末。はっきり言って人が住めるような建物には見えませんでしたね」

「ならば秘密のアジトとして使っているのかも知れないな」

「おそらくは。多分、オッサンが魔術師として活動するための拠点だと思われます。でも問題はこれからなんです。オッサンが小一時間ほどそこに留まって、アジトから出てきた時です。なんとそのオッサンの後に女の子が付いてきたんですよ」

「どういうことだ?」

 予想もしていない事だった。寝殿造りのアジトも多少驚きはしたが、あの妙な男と女の子とは意外な組み合わせ。

「俺も驚きました。あんな屋根も崩れかかりそうなボロ屋敷の中に女の子がいたんです。見たところ十二、三歳くらいの、小学生か中学一年くらいの子供でした。でもあのオッサンがアジトに到着した時には一緒ではなかった。って、ことはですよ。その子は始めから屋敷の中に居た、ってことになりますよね?」

「そうなるな。しかしその少女というのは、どこの誰なんだ?」

「そこまでは分かりませんでした。あまり近づくとバレちゃいますから。少し遠巻きに二人の様子を見てました。でも女の子は身綺麗な感じで、容姿もかなり可愛い子でした。監禁されてひどい目に遭ってる様子じゃなかったです。ただオッサンに対して怒っているような。それから縋っているような。その子、オッサンの腕を掴んで何か言ってました」

「言っていた内容は?」

「聞き取れたのは〝もう止めて〟と〝わたし、いつまでここにいなくちゃいけないの〟って言葉くらいですかね」

「で。それに対し、あの男は何と」

「それがボソボソしゃべって。何言ってるのかいまいち分からなかったんです。かろうじて〝もうしばらく〟どうの、みたいな事を言っていたと思います。それから女の子の手をふり払って、また車に乗ってどこかへ行っちゃいました」

「少女は置いてか?」

「はい、一人で」

 鷹一は腕組みをし、顔をわずかに右斜め上へ向けた。

「藤島。その後はどうした」

「女の子も気になったんで、屋敷を探ってみようかと思って侵入しようとしました。でもその屋敷。結構、頑丈な結界が張って入ることができなかったんです。ま、勿論。それをぶち破って入る事はできますよ、俺も神術を使えば。でも強度のある結界にオッサンが女の子をわざわざ置いていった訳ですよね? ってことは、オッサンは女の子を匿っている、もしくは何かから守ってる。そう考えられるなと思って止めました」

 従弟の判断は支持できるし、自分も結界は壊さないだろう。そして彼の考えにも頷けなくはない。

「少女は拘束されている訳では無く、自らも出ようと思えば出て行ける状態だったのか?」

「はい。少なくともオッサンと女の子は結界を出たり入ったり出来る状態でした。そういう条件を課している、たとえば二人が血縁者であり、近しい血族なら結界の往来は可能、とかすれば。そんな結界が張ってあるんだと思います。ま、詳しくはやっぱり時間を掛けないと分かりませんけど」

「そうか。しかし兎に角、少女はそこに留まっている。つまり彼女自身も結界の中に居る事が一番良い、と考えている。だが彼女の発言から、できれば解放されたいと願ってもいる」

「そうなんですよ。だから」

「なんだ」

 従弟は頼れる人物である。そして従弟であるから、当然、昔から彼の人となりも分かっていた。

「藤島。私は事務所へ不法侵入するおかしな自称魔術師の正体を探り、今後一切、彼が私に付きまといをしないようにする、と君に頼んだはずだ。しかしどうやらそれを反故にしたな」

「反故だなんて人聞きの悪い。そんな事にはしてないッスよ。現にこうやってオッサンをちゃんと追ったから、結果として女の子を見つけた。ただの調査結果です。鷹一さんのお願いを放ったらかしちゃいませんよ~」

「私は君の思惑に加担する気は無い。藤島。君は余計な事に首を突っ込むべきではない」

「分かってます。けど」

「なんだ。不服か? 正直、私の方が不満だ。君はその少女を心配しているようだが、私が依頼した調査対象者のその後の足取りはどうした?」

「それは……」

「私は自称魔術師の正体を時間内に明かすよう依頼した。その調査に最善を尽くすべきなのではないのか? それが興信所の所長として一番にやらねばならない事ではないのか? 藤島所長」

「ま、まあ。鷹一さんのおっしゃる通りで、反論の余地もありません。……でも」

「なんだ? 文句があるのか? それならこちらは依頼が不履行だったということで、君へ違約金を請求してもいいんだぞ」

「わ、分かってますって。貴方のおっしゃる事はご尤も。ご尤もです。けど」

 興信所の所長が見せた歯切れの悪い様子は、鷹一もその原因の予想はついている。従弟は本当に昔から困っている者を放っておけないタイプだった。彼の家は代々騎士の家系であり、その地位は王族の親衛隊を率いる貴族階級だった。彼の父も祖父も王族親衛隊長を拝命していた。その影響からか従弟も騎士道が叩き込まれ、曲がった事が大嫌いで、弱きを助け悪しきを挫くがモットーの正義感が強い男だった。

「藤島。いいか? 君も私も正義の味方をする為に人間界へやって来ている訳では無い。そこは分かっているだろう」

 一方、鷹一はあらゆる生命が公平の下、生存にするにおいて秩序と権利が侵害されないよう見守ることを役目とする立場にある者。人間が、人間たちの領分において抱えている悩みは、彼ら自身で解決してもらわなければならない。つまり人間同士の争いは、人間同士で解決してもらわなければならない。鷹一の仕事は、例えば妖魔界が人間界へ侵攻を企てているならば妖魔達を止める、というものである。他世界同士の争いならば止めにも入るが、同種族間のいざこざに他世界人である彼が、神術などの力を使って助ける事はやってはならない。それは他世界に対する過干渉にあたる。

「でも鷹一さん。あのオッサン、絶対にまた鷹一さんの所へ来ちゃうと思うんですよ」

「君がしっかり依頼を果たさなかったからな」

「そうじゃなくて。さっきビルの屋上でオッサンとピンク頭が言い合ってたじゃないですか。そん時、オッサンの大事にしてる剣が、ピンク頭を雇ってるボスってのに奪われたって話してたでしょ? ってことはですよ。オッサンは絶対にそれを取り返しに行きますよね?」

「まあ。命より大切な剣だ、と言っていたな。そんな大切にしているものなら大抵の者は取り戻しに行くと思うが」

「ですよね? で。剣が置いてあった場所には保護の結界みたいなモンを施してあった、ってピンク頭も言ってましたよね?」

「たしかにそんなような事を言っていたな」

「そしてアイツは自分の力じゃその結界をぶっ壊すのに骨が折れる。でもボスならそれを壊せてオッサンが大事にしている剣は持っていった。そういう話になってましたよね?」

「らしいな。しかし私は途中で関心が失せたから、話の正確なところはわからない」

「んもぉーっ。自分が興味無いとすぐに聞く気を失せちゃう性格、どーにかしてもらえませんかっ。いいですかっ。ってことはですよ。オッサンは自分の大切にしていた剣を奪い返しに行く。でもボスってヤツからそれを取り返すには、オッサンの力だけじゃ分が悪い。少なくともボスはオッサンより格上。オッサンの結界を易々と壊しちゃった訳なんですし。ってことはオッサンが一人で行っても目的は成し遂げられないのは明白。だから目を付けておいた大悪魔、つまり」

「……ん。大悪魔? それはまさか私のことを指しているのか?」

「そーですっ。大悪魔で、堕天使で、地獄の総統であり、明けの明星でもある、鷹一さんを連れてレッツ奪っ還って訳ですよ」

「何を莫迦な事を言っているっ。私は再三言うが悪魔では無い。そして翼があるからといっても堕天使ではなく、母が天上人の翼有族だから血筋によって羽を持っているだけ。従弟なのだからそれは分かっているだろう? それに言わせてもらうが地獄の総統と明けの明星は同一人物では無い。物語ではセトとルシファーは別にしっかりと描かれて……」

「そんなことはいいンすっ。架空の話は今はどうでもいいんです。問題は、オッサンが貴方に『頼れる下僕だ一緒に来い』とか言って絶対また貴方の所へやってくる。もしかしたら、あと十五分位で来ちゃうかも、っていうことですよ」

「なぜだ。どうして時間まで分かる」

「それはですね、車で上ノ条町からこの廣瀬市の往復が二時間で出来るからですよ」

「だから?」

「はい。だからおそらくアジトに大事な剣も保管されてた、と思うんです」

「確かに強度がある結界が張られていたと言ったな。まあ少女も守っていたのであれば、大事な剣とやらもそこに一緒にあった可能性は十分考えられる」

「そうですよっ。そこに隠しておいた剣が奪われたってことは、そこにいた女の子もタダじゃ済まない可能性がある。あの子も剣同様に、魔術師のオッサンにとっては大事な存在。だから結界で一緒に張って守っていた。そういう考えになりませんか?」

「しかし君と私が言っているのはあくまで可能性の話だ。子供は床下に隠れていたり、押し入れに潜んで難を逃れたかもしれない。それに、ピンク頭の雇い主は剣が必要だったのだろう。少女には用は無いはず。必要が無いものをわざわざ攫って行くだろうか」

「けどオッサンとボスが敵対関係なら、女の子を人質にするなりにして、利用価値があるものとして連れて行っちゃったかも知れませんっ。それに鷹一さんが言うように、攫われなかったけど、ボスっていう奴の襲撃で女の子が傷つけられたりしていたら。オッサンは剣の奪還と共に〝仇を討つ〟とか言って、やっぱり鷹一さんを頼る為にやってくると思うんです」

「私は人間同士の争いに加担などしない。手助けもしないし手心も加えない」

「でもですね、状況からみて絶対に女の子はオッサンにとってのアキレス腱なんですよ。結界で守ってたんですから。そうなれば、ボス側はどう考えても女の子を利用すると思います。オッサンを不利な状況へ追い込むはずですよ、その子を使って」

「しかし、だからと言って私には何も出来ない。何度も言っているが、そして改めて言う必要も無い事だが、私は天界外事局の長なのだ。私が出来ることは、数ある空間世界において他世界へ向かって争いを仕掛けたり、侵略を企てたりする不届き千万な輩を取り締まること。古来より最高神から、天上が世界公平の実行を務めよと言い渡され、そのために設立された機関、言うなればその管轄を担う役所の責任者なのだ。そんな私にどうして人間同種族間で起こっている争いの仲裁の真似事を求める。そんな事は出来る訳が無い」

「わかってますよ、外事長。でも女の子の安否が心配にならないンすか? 人間同士であっても弱い立場の生命が危機に晒されている。それを放っておくつもりなんですか、鷹一さんは」

「無論、目の前で弱者が虐げられているのであれば私は救う。但し、それが人間界で起こっている、人間同士の間であるなら、人間の領分を侵さない最善の方法で、だ。神力を使うということは圧倒的強者が弱者を弄ぶ事と同様。それは生命倫理上、最低な行為といえる」

 鷹一はおもむろに懐から懐中時計を取り出した。時刻は午後九時二〇分を指している。

「悪いが藤島。今夜は九時に帰るとアンナに言ってある。もう二〇分以上も過ぎてしまった。これでさらに遅くなってしまっては、彼女の寝顔にしか会えなくなってしまう」

 頼りになる従弟。地上で活動をする事の多い任を負う彼はその為にこの広瀬市で興信所を開いている。そして、そこでは親切で、頼りになる街の興信所の所長と評判でもある。そう。人間にも、彼が本当に頼りになる人物と映っている。悪しきを挫き弱きを助ける騎士道を重んじる家風で育っただけではない、彼の本質。気質。良くも悪くも、他者へ心を砕き、必要以上の手助けをしてしまう。いわゆるお人好しな性格なのだ。時に暴走してしまうほどに。

「藤島。悪いがこれ以上、話につき合う気は無い。今日はこれで帰らせてもらう」

「鷹一さんは見捨てるンすか」

「見捨てるのではなく、私には何も出来ない、という話だ。少女についてはそれこそ自称魔術師が何とかするべきだろう」

「でも」

「それに藤島。君の方こそ私が依頼した件を満足に果たしていない。自称魔術師は一体、何者なんだ? 強力な結界を張ることが出来るなんらかの力を持ち、他者に狙われるほど価値がある謎の剣を所有し、上ノ条町に寝殿造りのアジトを構えている。それで終わりか? こんな情報に私は金を払わされるのか? せめて魔術師の力が何なのか、謎の剣の正体がどんなものなのか、それくらいプロであるなら明かしてきてもらいたいものだが」

「それは……」

「そして。少女の件に関しては、人間同士の抗争で危機に瀕している。気の毒ではあるが、我々、天上人(てんじょうびと)が手を出してはならない。だから君も関わってはならない。これ以上この件であれこれ言うのであれば、私は外事長として、藤島。君を他世界に過干渉を働いているとみなし罰するぞ」

「そこまで言われちゃうと、オレも命は惜しいですから。諦めざるを得ないッスけど」

「今回の調査はここで一旦中止とする。私としては外事局が出て行かねばならないかどうか、それが知りたいだけ。現状、魔術師の正体がわからないとはいえ、他世界の何かが関与している形跡も見られない。君から得られた多少の報告と、私自身が実際に目にした自称魔術師やピンクの髪をしていた若者も、通常の人間では発揮できない力を持ってはいるようだが、他世界からの干渉を受けて使っているようではなかった。彼らは潜在的に持っている力をより効率的に発揮できるよう、自らで能力開発をし、体得したように見える。だから外事局が出る幕でもない」

 そう言って鷹一は立ち上がった。

「藤島。今回の君への報酬は、調査費用のみで請求を掛けて欲しい。依頼自体はほとんど失敗だが、それでも一日分の調査費くらいは払う」

 彼は従弟を一瞥し、自らに術を掛けた。

「探して一つだけ忠告する。馬鹿な真似はするな、藤島。他人に無闇やたら関わると、ロクな事にならない。それどころか、今回は他世界に過干渉することになる。利口な判断を私は望む」

 鷹一は全身に碧い光を纏わせると「召喚逆転(リバース)」と術を発動させ、人間界から慌ただしく去った。