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西園寺鷹一の冒険

初回掲載:2026年7月10日

登場人物

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《第2話 兼務》(2)‐1

(二)

 音楽事務所は都心からかなり離れた場所に置いていた。トウキョウから一県跨ぎの、過疎に喘ぐ県。その県庁所在地に拠点を構えていた。しかし都心からは新幹線で約50分。一応、通勤圏内とされている場所ではあった。よってオフィス・Sで抱えているアーティストは、決して都会的ではない。けれど都会でも受け入れられている。トウキョウのライブハウスや公会堂、そういった場所で彼らが歌えば必ず客は入る。むしろ満員御礼。だからいずれは、都内に活動拠点を持って行きたいと考えてはいる。その時には、会社を妹へ譲渡し、都心にビルを一つ用意するつもりだった。

 しかし今朝の芽衣子とのやり取りで、彼女へ会社を渡すには時間がまだしばらく必要だと感じた。そして鷹一は何より、才能ある音楽人をじっくり育てたいと考えていた。この廣瀬(ひろせ)市という場所ならばそれが適う。静かで穏やかな場所。そしてなにより、水と風のきれいな、土の薫りに抱かれたこの土地から、彼自身が離れたくなかった。

 空気だけは良いド田舎の廣瀬市。鷹一は日本でこの場所が一番気に入っていた。

「メシも美味いから。やっぱここから離れらンないよなぁ」

 一仕事を終えた従弟が、来客用のソファの真ん中に座り、大皿いっぱいに盛られたナポリタンを頬張っていた。先程の不法侵入者を追い出す手伝いの礼を兼ね、鷹一が近所の喫茶店から昼食を持ってこさせていた。しかし自分は、野菜が細かく刻まれたピラフを目の前にし、腕組みをしたままだった。

「どうかしたんッスか、鷹一さん」

「いや、別に」

「さっきのヤローですか? アイツ、どさくさに紛れて、居直り強盗になっちゃいましたよね~。宝飾品の強奪」

「まあ、あれくらいはどうという事もない」

「でしょうね。つーか。咄嗟にあんなの出すなんて。鷹一さんの方が、よっぽどペテン師じゃないですか」

 含みのある笑顔を従弟は作った。確かにペテンと言われればその通りだった。だから「まあ」と短い返事だけをする。

「あんなインチキな石。よ~く思いつきましたね」

 インチキな石。そう。あれはペテンでありインチキだった。そもそも石、などではない。

「あの場合は仕方が無かった。男が納得するような何かをしなければ、事態が収まらないと判断した。その為の緊急措置だ」

 鷹一は顔を上げ仕事用のデスクの方を見た。視線の先には装飾用の真っ白な羽ペンが置かれていた。

「でもかなりしつこそうで懲りないタイプって感じでしたよね。あのブレスレットだけで諦めるとは、到底見えませんけど」

「あれだけでは駄目なのか? しかしこの先、ああ何度も押掛けられても迷惑極まりない。本当に業務へも支障をきたすだろう」

「そうかもですけど。……けど何だかんだで、翼。見えちゃったみたいじゃないですか」

 従弟の視線も自分と同じもの――机上の白い羽――へと向けられていた。

「まさか。私の術を見破る者などいるはずない。君だって実際、今の私の背に、何かがあるようには見えていないだろう?」

「そりゃそうですよ。公爵の、いえ、鷹一さんの神術(しんじゅつ)を破るなんて誰も出来ないっしょ。この地上では」

 従弟の言う通りだった。自分が本来、〝居〟とする『世界』ならばともかく。この人間世界では、自分の術を破る者どころか、互角に〝渡り合える〟生命などはいないはず。逆にいたとしたなら、それは重大な〝案件〟と言えるものだった。

「さっきの紫水晶は本物の水晶に見える。だがあれは、私の神力(しんりょく)を最弱にし、結晶化したものだ」

「そーッスよ。だからペテンじゃないですか」

「だがあの男は、私の事を〝何らかの力で出来た存在〟といった。つまり我々が神力と呼んでいる力であるとは一言も言っていない。それどころか知りもしなかった。ただ〝強大な力〟としか」

「そりゃその名称は、この人間世界では浸透してないものですからね。不可思議現象を起こす力は、大概、超能力とか霊能力とか言われます。第一、俺らの力の正体を言い当てられる人間が居ようものなら、それって一大事でしょ? 我々が住んでいる世界から『お役人』がやってきて、総力を挙げて調査します。っつーか。その調査の陣頭指揮を執るのは、他の誰でもない鷹一さんじゃないですか? 外事局長なんですから」

「それは」

 従弟の言う通りだった。自分達の力を知り得る『人間』がいたら、間違いなくその人物はこちらの世界の調査対象者となる。そして、その調査をする役割こそが、本来の自分が負う仕事。音楽事務所の社長はあくまで便宜でやっているだけなのだ。

「だが藤島。その話は、あくまで私の力の正体を正確に言い当てた人間だった場合に行うもの。しかし今回は違う。あの男は私のことを〝自分とは異なる力を持った、力そのもので成っている生命体〟と表現していた。つまり私は『正体不明の存在』として彼には映っている。だから総力を挙げるほどの調査をする必要は無いと思われる」

 鷹一はそう言ってからため息を吐き、そのまま黙る。

 人間は、人間界において自分の目に見え、耳から聞こえてくる音、舌で味わえる苦さなどの〝自身の五感で受け取れる能力〟以外は、力を発揮できるものを滅多に持ってない。

「でもたまにいるっしょ。スプーン曲げちゃう奴とか、死んで間もないゆーれーとおしゃべりできちゃう奴。そういう稀有なお方たちが」

「稀有なモノ、か……」

 勿論、そういった例外も存在する。

 従弟はアイスコーヒーをストローでズズーッと一気に飲み干すと、鷹一を見た。

「人間が持てる力の限界値なんてたかが知れてる。白いモヤを地縛霊だっていう霊能者であれ、宗教の概念上に登場する怪物なんかを追っ払う悪魔祓い師であれ、ナンマンダ~を唱える高僧に、スプーン曲げの超能力者うんぬん……と、まあ何であれ。まれに本気で五感を鋭くしちゃって、調子に乗ってるタイプですよ」

「調子に乗る? それは心掛けの話だろう。個人の善悪の意識の差。善良な高僧もいれば極悪な霊能者もいる」

「いや、まあその通りッスけど。問題はそこじゃなく、人間って種族の器は、どんなに五感を鋭くしても、妖精さんのようなお花を瞬時に咲かせる力は持っていないでしょ? そもそも器と言うか、この場合は種族の構造が違っていて、無理なんですから」

「それはそうだ。人間たちは個々の力量の差はあるにしても、妖精族が持つ、他の生命を活性させられる能力は持っていない。人間はその力を持てる構造にはなっていない」

「でしょ? 人間はせいぜいスプーンを曲げて拍手喝采。それを〝超〟能力って言ってるんッスよ」

 スプーンを曲げる程度の超能力。従弟が言っているそれは「スプーンを手など触れず、又は、摩るほどの事をしただけで――目に見えて強い加圧がされていないにも拘らず――金属のスプーンがぐにゃりと曲がった」という事だろう。言うなれば、見せられた側が金属の曲がるのに当然な力が加えられた事を、視覚で捉える事が出来なかった。

 そう。つまり、これは受け手側の問題である。全ては見ている側の問題なのだ。

 例えば、初めから奇術のタネが仕込んであるパフォーマンス。あれなどは、まさに受け手側の観客を喜ばせるために、最初から本物そっくりの食器や家具などが並べられている。それを然(さ)もタネも仕掛けも無いような仕草や言動で奇術師が〝本物〟だと信じ込ませる〝準備〟をする。それによって、受け手側、見ている観客が「硬いはずのスプーンがぐにゃっと曲がった」とか「あんな重そうな木製のイスを軽々持ち上げた」とか、事前に思い込まされた情報により、脳が勝手にそう判断する。決して硬い物質や重量のある物が軽々と変形したり、人間の備えている耐久性以上の体力でやっている訳では無い。

 また一方で、幽霊が見えるという現象についても受け手の問題と捉える話である。白いモヤ、人の影らしきものが見える。七色のオーラや蒼白い火の玉。それらが見えたとしても、見えてしまったモノ自体が何であるかはさして問題では無い。見えたのだから見えた。自分の搭載している目という受信機が、人間の平均的な視力より『感度が良くて』たくさん受け取ってしまった。ただそれだけの話である。そして、自分以外の目、つまり他人の受信機から自分の脳へ映像を転送する事は出来ない。だから幽霊が見えるの真偽も、客観的に確かめられない。証明は難しいが、嘘はいくらでも吐ける。

 だがさきほど従弟が言っていた、人間が持てる力の限界値、それに近づいた稀有な者なら、嘘を吐く必要はなくなる。彼らは、集中力と智慧が能力の根源である。その二つを高められれば、人間の五感をフル稼働する事ができる。そしておそらく本当に、体力以外の力で金属の食器へ加圧が出来て、変形させられる。

 しかし人間は、集中力と智慧を最高値まで高める〝手段を知る者がほぼいない〟。ゆえに稀有な存在。人とは脳の構造上、集中力がすぐに途切れてしまう。あるいは、最大の原因は智慧を「偏差値がいくつだ」とか「MITの博士課程を修了した」などと知能指数を智慧と勘違いしている。智慧とは理性を用いて、客観的な判断をする事。そこには必ず他者を慈しむ心も伴っている事。それを本当に理解し、実践出来る人が智慧のある人と言える。

 そして、集中力とは智慧であり、智慧とは集中力である。この言葉を理解できる者ならば、手に触れずスプーンを曲げられるかも知れない。

 但し、何らかの影響で脳内機能に欠損があり、余計な感情に基づく雑念や妄想を肥大させる部分機能が阻害される者は、一つの事に『集中が出来てしまう』。そういった人間は、もしかしたらスプーン曲げを手を使わずにやれるかもしれない。しかしこの場合は、人間として〝特異体質〟だとか、あるいは、ある種の健常ではない人間とみなされ、酷い差別を受けたりすることもある。元来、妄想や概念に囚われない事は得難い能力。余計な雑念が無ければ、その分、集中力を高められる。それに対し、妄想で頭がいっぱいの人間の方は、その妄想で他者を攻撃する。理性も客観性も慈悲も無い、感情で派生した自分勝手の独善行為である。それで攻撃をするのだから、本当に酷い話である。

 つまり集中力が高いと五感は鋭くなり、集中力が低く雑念ばかりで脳が占めている者に比べれば、余計に多くのものが見えたり、聞こえたりもする。

「藤島。だが私には一つ不思議に思う事がある」

「なんッスか」

 あれだけ奇術のタネ明かしや、智慧について思い返したが、それはあくまで全て〝人間世界のみで考えると〟の話である。ここからは、もっと広い世界を含めた話である。

「あの男は私の能力を感知していたようだが、私にはあの男から高等な能力を感じなかった。なぜだ」

「それは……」

 通常、神力(しんりょく)や妖力(ようりょく)といった類いの力は、人間の指紋や耳紋と同様に必ず個性を持っている。自他の能力はそれで識別し、裁量を計ったりする。そして人間であっても五感を鍛え高い能力を得た者や、生まれつき何らかの特殊な力(例えば前世からの因縁や呪い)があれば、人間ではない自分は何かしらの気配、力を感じるものだった。だがあの人間からはそうした個性を感じなかった。

「鷹一さん。それは気の毒ってモンですよ」

「気の毒? どういう意味だ?」

 従弟に何を言われているのか理解できず眉間に皺が寄った。従弟はそんな鷹一を一瞥し、大袈裟に呆れ「いいですか~?」と、言ってため息まで吐いた。

「鷹一さん。アナタみたいな、すごーーいお力をお持ちのお方が、ちっぽけな力しかない奴の近くにいたら。御自身の、すごーーいお力のせいで、ちっぽけな力なんてあっさり相殺されちゃいます。いやいや。相殺どころかアナタの強いお力で、相手が持つ特殊な力の気配なんて掻き消されちゃいますね。ほとんどの人間の、ちょー能力はきれいさっぱり。わかります?」

「私の力で、相殺? どういう意味だ……」

「ですから、力のお強い人は、自分から感度を上げて探ろうとしない限り、小さい力や刺激は感じないモンでしょ? ゾウは背中にアリンコが歩いてても気づかない。そういうモンじゃないですか」

 従弟は再びわざとらしいため息と吐き「これだから天然の高能力者は困りますね~~」と笑う。たしかに彼の言う通りかも知れない。自分は小さな力を近距離では気づかないだろう。人間と自分では数千倍、数万倍、もしかしたら数の上では表せない力の差を自分は有している。

「だがあの男は、私を力そのもので出来ていると言った」

「だ、か、ら、ですよ。鷹一さんの力が厖大(ぼうだい)過ぎて、実際はどんな存在だか判別できなかった。だから大悪魔だ、何だかんだって言ったんです。今更言うのもどうかと思いますけど、人間世界には、感情や病気を怪物や悪魔という存在に具現化してみたり、天災のような人智を超える現象を神の怒りだと言っているシューキョーとかシンコーが、いっぱいあるじゃないです。けど、そのほとんどはウソ。ペテンです。だって感情は物理的なものではないし、病気は病気ですよ。細菌だかウイルスだかの影響で、粘膜に炎症が起きたりするんです。でも一方で、本当に何らかの要因で、特別に鋭い感度を持つ人間や、過去世から引き継いでる何らかの特殊の力を持っている人間もいます」

「過去世からか。ありえなくもないが」

「そうです。世界は、本当に広いわけですから。オレたちみたいなのだっているんですよ。広義の意味で、ってことで」

「広義……」

 つまるところ、人間世界だけで話を考えるな、という意味か。

「と、いう事は。話を総じると、あの人間にはやはり何か特殊な能力があっても不思議はなく、それが原因で私の力を感じ取ることが出来た、ということか」

「だと、思います。鷹一さんを巨大な大悪魔だと感知しちゃう」

「失敬な。私のどこが概念の具現化した存在に見える」

「まあまあ。とにかくあの妙なオッサンはアナタの翼が見えた。それって、オッサンも何らかの、『本物』のちょー能力、が無ければ絶対ムリ。それに、鷹一さんが作った紫水晶に似せた神力の結晶にも反応した訳ですし。第一、何も無いふつーの人間なら、そもそも鷹一さんを見つけた時点で、西園寺社長だ、と思うでしょう。まかり間違っても、悪魔だ、使い魔だ、魔力だなんて言わないッスよ」

 従弟は笑顔のまま。完全に面白がっている。

 一方の鷹一は少々疲れを感じた。妙な人間に本物の〝ちょー能力〟がある。しかも厄介なのが、簡単には見破れないはずの鷹一の術を見抜いてしまった、かもしれない。

 そもそも、地上では翼を畳み込んで、術で小さくし、背に収納してある。そう。だから、服を着ているこの状態で翼を見ることは絶対にありえないのだ。物理的に布で隠されてもいる。つまり、一秒でも鷹一の過去を見られる能力があった、ということになる。

「藤島。君に一つ依頼をしたい」

 今日は何度、ため息を吐いたのか。しかし「ふー」と深く息を吐いてしまう。

「ダイジョブですか? 鷹一さん」

「大丈夫ではない。妙なものに目を着けられたものだ。だから依頼をしたい」

「何をって、聞くまでも無く、さっきのヤローですか」

「ああ。腕力であれ、集中力であれ、先祖が持った特異体質を血脈で受け継ぐ力であれ、人間の範囲内で備わっている力、であるなら特に気にしない。しかし、私の翼が見えた、というのは無しだ。そこまでの能力を人間は持てない。ゆえに、重大であるかも知れない、とも考えられる」

「それって……公爵閣下としての御発言ですか? 外事局の長として」

「ああ。人間が人間の持てる範囲以上の力を有している、かも知れない。そして、その原因が他世界からのものであったら――例えば、人間を利用し、剰え、この世界へ侵攻しようとしている為に、彼らへ妙な力を与えていたならば――それは天の法を犯す重大な違反行為。見過ごすわけにはいかない」

「それは確かにそう思いますけど」

 一瞬、従弟は沈黙した。そして「でも、あのオッサンを利用……?」と、呟く。そして再び沈黙した。

「なんだ。何か問題でもあるのか」

「あ。いいえ。その、ただ。俺だったら利用したくないな、と思っただけです。ちょっと使いにくそうっていうか。仮に俺が人間界を侵攻目的へやって来て、人間を手下として利用するにしたら。その何て言うか。ハッキリ言うと、もっとちゃんとした、『まとも』な人間、を人選しますけど。あれだと目的が頓挫しちゃいそうじゃないッスか」

「それは」

 従弟の発言に、自分も沈黙した。確かに使わない、使いたくないと瞬時に判断する。その瞬時が微妙な沈黙になった。

「と……兎に角。現状は情報が少なすぎて、私はあらゆる意味で算定が出来ない。外事局を動かすほどの違反者であるか、本当に他世界と関わりがある確証も得られていない。だからその前段階として、あの男の身辺調査をやって欲しい」

「身辺調査ッスか? さっきのオッサンの」

「ああ。私では感じられない微小な力が何であるか。なぜ、そんなもので私の翼について知り得たのか。彼は現状の私の服の下を透視をした訳では無い。彼はこう言っていた。〝背についている翼。ワタシには見えた。光り輝くような白い翼が〟と。つまり、隠していた物を見たと言うよりは、私の正体を読み取った、もしくは、過去の姿を見た、ということだと考えられる。一秒前でも過去は過去。それをあの男は出来たのかも知れない」

「過去が見える……って。それは人間には出来ない事じゃないですか。妖魔か、それこそ我々の地元の高位術や高等生命じゃないと」

「いや。人間も、集中力と智慧の高き者であれば、中にはそれが出来る者いる」

「そんなスッゲー人間、イマドキ、居るとは思えませんよ」

「しかし可能性が無い訳では無い。だから身辺調査をして欲しい」

 無論、調査対象としているあの男が、スッゲー人間、だとは鷹一も大いに疑問だった。けれど、だからこそ不可解であり、正体を知りたいと思うのだ。

「なんにせよ、妙な人間が私に関わろうとする事自体、非常に困る。私は家族のために始めたこの事務所の運営と、得てしまった日本銀行券をこの世界の決まりに沿って運用する事を限定とて人間世界にいる。それ以外の、不可思議現象を解決する事などは、厳密に言って〝私のやって良い事〟に含まれてはいない。だからこれ以上、私の前に妙な人間が現われ、面倒を引き起こされるのは、非常に困る。私も忙しい身。煩わしいものへは早めに手を打ちたい」

「そりゃ西園寺財団の総帥であり、音楽事務所のやり手社長、西園寺鷹一さんは常にお忙しい人ですから。変な人間に付きまとわれるのは困るでしょうね~。んじゃ、そういった事が収まるような軽い警告、みたいなのもコミでやっておきましょか? そこはサービスって事で」

「とは言え、あまり物騒な真似はしないで欲しい。藤島。君にはあくまで身辺調査をしっかりやって欲しい。それも迅速に」

「承知しました。ってか、鷹一さんは付いて来ないんッスか」

「私はこれから用がある。昼前に入れていた予定が、午後へ繰り越しとなった」

「へー。さすが多忙を極める西園寺社長」

「いや。こちらの世界の仕事ではない。外事局が私を呼び戻している」

「外事長を?」

「どうしても私にやって欲しい、仲裁から派生した越境案件があるのだそうだ。その為にどうしても来て欲しい、と再三の要請がされているらしい。しかし仲裁自体は、私でなくても優秀な調停人を向かわせばいいだろうと言ったのだが、先方がどうしても私を出せと『ワガママ』を言い、部下たちが困り果てているらしい。だから、仕方が無い。休暇中であっても行かねばならない」

「はあ。そこまで乞われるってことは、よっぽど拗れた外事案件が?」

「そうでもない。概要を聞くに、お花の妖精さんと高貴な妖魔が森に迷った人間をどちらが惑わすかで揉めただけ、らしい」

「は? それってただのケンカの仲裁じゃないッスか」

「そうだ。ただの喧嘩の仲裁に来て欲しい、と私にも聞こえる。とにかくそれを済ませ次第、君の事務所へ行く。それまでに出来るだけ調査をしておいてほしい」

「ってことは。一日最短コース。料金は超特級になりますけど良いッスか」

「日本銀行券がいいのか」

「そりゃあ一番、ありがたいですね。興信所の方は、今月、思いのほか暇で。ここで大口の依頼は大きな収益。感謝感激ッス」

「藤島。大口というほどの依頼料は払うつもりはないが」

「いやいや、御構い無く。日本銀行券のサツタバでも、モバイルからの入金でも、俺はどちらも対応してます。はー。持つべきものは金持ちの従兄だな~」

「だから束ほど支払うつもりは」

「では外事長で、公爵閣下でもある従兄サマの御用命により、大至急、最高の技術で取り組みまッスよ。お任せあれ」

「調査技術は信頼している。だが支払う金額は成功しなければ、札束などとはほど遠い額だ。そしてもう一つ」

「なんですか?」

「……閣下はやめて欲しい。そんな大層な敬称で呼ばれるほどの身では無い」

「ま~たまたそんな~。御謙っ遜っを~。鷹一さんに言わなくて、他の誰に言えばいいんですか~? 陛下は陛下。その右腕の公爵なら、そりゃもう当然、閣下ですって。それに実質、貴方が我らが『テンジョウ』の現場指揮官じゃないですか。公爵閣下がいなくちゃ、誰も彼もが弱ります。むしろ俺たちの住む世界、いいや、あらゆる全世界が回らなくなっちゃいますよ~。今日だって休暇中にも拘わらず、お呼びが掛かってるんでしょ? だから閣下でも殿下でも大統領でも、とにかく敬意を込め、ありとあらゆる付けられる敬称で呼びますって」

 正面の男はすっかり大皿のナポリタンとアイスコーヒーを空にし「それじゃ腹ごなしに行ってきますよ。昼飯、ごちそーさんです。公爵閣っ下っ」と、笑って部屋を出て行った。

「結局。敬っていないな、あのお調子者は」

 一人残された鷹一はしばし腕組みをしたままでいた。だが自分にもやるべき事があるのを思い出し、目の前の料理を二口ほど口にして、彼もまた部屋から退出した。