YASOU SHUUTEI NO PURIN TEIDAN

夜送舟艇のプリン艇団

TEXT ONLY EDITION

榛名 暒

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初回掲載2026年9月4日

第7章

 広大な敷地に芝生を敷いた庭へやって来ると、澄んだ風が通り抜けていったところだった。その心地良い涼しさを肌に感じながら、目の当たりにした巨大な物に、ランベルセは圧巻した。

「これの修繕には、数日、いや、数十日と掛かる。そうおっしゃっていませんでしたか」

「そうだったっけ?」

 緑の絨毯の上には、正確には地面から数センチ、その建造物は浮かんでいた。

 天の光を受け、ぴかぴかと輝く黄金の船。その雄姿は、もうすっかり完全に復元されていた。

 その船体の脇に立つ父は、知れっとした顔でランベルセの方を振り返った。

 昼食後、すぐに動き出した父より少し遅れて屋敷の西側へと回ってみれば。先に来ていたルートヴィッヒが、腰に両手を当てて、目の前の物を見上げていた。夜送舟艇はいつの間にか蘇っていた。

「ま、私の腕に掛かれば、こんなものはすぐに元に戻るものだよ」

「はあ。これでは、修理がどれだけ面倒か、などとは感じずに終わってしまいましたね」

「坊の言葉なんて子供だましだよ」

 たしかに、と言いかかった。しかしそれはあまりに上司が憐れなので控えておいた。

「けど。今回の君は、かなりイイ線までいっていたよ。私は褒めても良いと思うほど。坊も何だかんだで、自分の補佐官の働きを満足したみたいじゃない」

「それは……どうも」

「大儀」

「畏れ入ります」

 ルートヴィッヒは黄金の箱舟を背に、ランベルセを見て、彼自身も満足したような笑顔をした。

「ま、私としてはリステの娘さえ無事ならそれで良いんだ。彼女は、本当に危なっかしくて面倒だからね。それに強いし」

 父の発言は矛盾ばかりのように聞こえるが、実際のところ、その通りの人物だった。プレンティスも、自分が大切だと思うものへは、己が身など顧みないで猛進してしまう所があるし、天邪鬼で一見、何を考えているか分からない部分もある。それでいて、心が繊細だから、感情に余裕が無くなってくると、自分の持っている甚大な力を暴走させてしまう恐れもある。

 なので、結構、彼女に関して言えば、父の言っている事に「まあ」と、返事をしても間違いはなかった。

「しかし、夫であるアレックスが傍にいれば、父上の懸念は払拭されますから。もう心配は要りません」

 ウォルシオム夫妻の無事は、友人であるランベルセも本当に良かった事だった。

 そして、各部署からの事情聴取の際、外事局の長としてランベルセも話を聞く機会があった。聴取は一人ひとり行われた。始めにアレックス。次にプレンティス。二人からは共に礼を言われ、とても感謝をされた。

 一方、ランベルセは業務上、必要な質問を幾つかさせてもらい、合わせて個人的な疑問もした。アレックスには『どうしてプレンティスになり、敵地へ乗り込んだのか』と。

 その質問には彼はこう答えた。

「エデカルシアはね、僕とプレンティスを大変に尊敬していた。生命の終末に対し、いかに慈悲ある行動を取るか。その心構え。それを示す振る舞い。僕らのそうした執行役としての姿に、とても憧れを抱いていた。
 けれど僕らは、他の執行役らの手本になる立場だから、そうした態度で挑む事は当然なんだ。しかしエデカルシアは、本当の慈悲になかなか目覚めなくて、か弱い生命を心で侮辱していた。侮っていた。苦しんでいた者へ手を差し伸べ、それを救い、感謝をされる。その感謝の念に対し、とても高揚感を得ていた」

「つまり心が得る報酬というものか。金品で謝礼されるものではなく、謝意が齎す快楽。それは何よりも心は酔わされる。見返りとしては、物質的な物よりも、ある種、人が与えられる中では最上級。どのようなものよりも遥かに格別なものとされている」

「そう。自己承認欲求の強い者にとっては、大変な毒ともいえるもの。そしてエデカルシアには本当の慈悲が備わっていない。だから弱き者に寄り添い、憐れむことで、弱き者から得られる謝意は心を酔わす、美酒のようなものだった。だからそれをもっと増大させたい、と思うようになったんだ。
 勿論、公言はしないし、むしろ、無意識の中で蓄積していった。しかし、彼の方向性は定まった。彼は、死して間もない者から、己がやってあげた厚意により、己が心をときめかせる謝意が得られる。その謝意は本当に気持ちが良い。ああ、そうだ。もっと大きな謝意を得られる方法はないか、と。
 けれど、その思いはあくまで、心の無意識無自覚の部分が抱いている。どこかで感じてはいるが、感覚でしか掴めない幻のような心理。なぜなら、その本当の思いは、まるで汚い、とても浅ましいと思える事。自分は、そんな浅ましさなどは持ってはいない。
 浅ましさとは恥。その意識はしっかり認知している。恥は掻きたくない。そして尊敬している方々からも、そんな浅ましさを微塵も感じない。自分も尊敬している人物たちのようになりたいと思っているから、そんな浅ましさは持ちたくない。そう自覚はあった。浅ましさはとても不恰好であり、そんな醜さを持つ自分はありえない。醜さは耐えがたき恥。恥など掻く事はあってはならない。自分に在ってはならない事。即ち、自分にとって正しくないと感じる事。つまり正しさの逆は悪。そう。みっともない姿は醜い。醜さは恥。恥こそ、つまり悪。
 こうして彼の中で得たいものが二つ生まれた。一つは謝意の報酬。もう一つは、醜さの無い、素晴らしさだけしかない自分像。それを崩壊させない自意識。しかし無意識の深層には、心の快楽を得たい自分がいる。つまり浅ましさが潜んでいる。けれどそれを抱く自分は、感知されないように存在している。無意識の深層に。だから意識をし、自覚のある思いの方が勝者だった。決して醜さなど持たない、尊敬している僕らに近づこうとしている善き人物。そういう生き方をしている天上人だ。エデカルシアは見た目上、そして自分自身もそういう人物だと自覚し、生きていた。
 だが、彼を支配している深層の核は、心の報酬を得ることを強く望んでる。それをどうにかできないか。

 それはつまり、自分自身の深層を自分にも気取られないで、より報酬を会得する。執行役として死者を憐れむ事で得る謝意。それ以上に心を高揚させる何かは無いか。
 そして考えを深め、出した答えが、生き物が現世の次にもう死の瞬間を迎えなければいい。輪廻をし、死に苛む事をなくせばいい。二度と生命として生まれなければいい。そうすれば生命は、今以上の苦しみを得る事がなくなる。ならば、自分はそれを救済としよう」

「どういう解釈だ? 心に得る報酬は、死者が増えれば、それに比例し、より獲得できるのではないのか? エデカルシアがやろうとした方法では、二度と生まれないようにするとは、その分、死ぬこともない。それでは死者数が減ってしまう。死者が減ってしまえば、その分、感謝をする者も減る。むしろ、生命の循環を滞らせないで見守りとする事、そう、執行役の役割をまともにやる事こそが、エデカルシアにとって、心の報酬を得られる一番良い方法ではあるまいか?」

「理屈はそうだね。しかし、その考えでは、それは自分の浅ましさを認められる、つまり、死者に感謝されるこの仕事は、とても大変だけど止められないな、となる。感謝されたいからやっている。そんなみっともない答えを自分のような立派な者が、『思うはずもない』。
 けれど僕の答えは違う。むしろそう答えられるような執行役だったら、全く問題の無い話なんだ。そんな風に、『足る事を知っている者』ならば。
 浅ましさは確かに醜い。しかし、人であったら普通はそれを持っている。そんなものだと達観でき、尚且つ、当然、己もそうだ、と自己をしっかり分かっている者、認められる者。むしろそういった人物こそ、謙虚さを持ち、分を弁えている。善き心構えをしている。僕はそう思うし、そういう人物たちを僕は決して悪いとは思わない。
 しかしエデカルシアは、理想を高く持ち合わせていて、浅ましさなど持ち合わせてはいない、生まれた時から心清らかな天上人だ、とも思い込んでいた。尊敬をしている人物たちと、自分も同じである。深層ではそれも違えている事は分かっている。しかし自分を聖者、生まれた時から心清らかな天上人であると思い込んでいる。
 だから、そんな自分の結論として、憐れみを強くする事が己にとって最善だ、が今回の事件の起源を心の深層に生まれた。それすらも無意識にね。
 エデカルシアは、無意識という深層に潜む心に支配され、その無意識が意識を分からないように操っていた。意識は無意識に添うよう操られていたんだよ。
 だから結果として、ユーディアが指摘した通りの、抗えない法則に挑む愚かな行為へと走り、沢山の生命を危機に晒したんだ」

 なるほど、と納得させられる答えを、友人は悲しそうな表情で話してくれた。

 そして彼が妻の姿をして攫われた事については、彼女を守る為、という回答が公的な文書に記す事にした。しかしこれもまた真実は違うという。

「エデカルシアは、僕やプレンティスの元では、大変に真摯な態度で執行役の務めを果たしていた。それは――たとえ無意識の中に潜んでいた欲や願望があったにせよ――行動自体は執行役として立派だったと思う。間違いも犯していなかった。
 だから僕は、そんな彼に話をしたかった。無意識が生み出している心を今度こそしっかり受け入れるように、と。こうなる前には、幾度となく、実際、話をしてはいた。しかし彼には、僕の事にしろプレンティスの事にしろ、その表面しか見えていなくて、いいや、無意識が持っている欲や願望が、執行役の本懐や真髄を理解できなくするように、阻んだのだと思う。彼は、自分の力不足が最高執行役補佐官や代行に心配や悲しい思いを抱かせ大変申し訳ない、と言っていた。一見、我が身を謙虚に受け止めているからこそ、指導者の指南を実践できない自分を恥じて謝っている、そんな態度に見えていた。けれど、僕もプレンティスもそうではない事は分かっている。それどころか、いつまでもそんな事を繰り返していたら、いずれ大きな間違いを引き起こし、大変な事をしてしまう可能性がある事を説いたんだ。
 けれど、彼の解は決まってこうだった。自分は尊敬する我々に一日でも近づくために邁進し、我々の言葉を誤って理解はしていない、それを証明するのが我が執行役の姿である、と言って、職務を続けていた。勿論。僕やプレンティスが行っている執行役の姿を手本にすれば、やはり表面上は立派な死神に見えると思う。だからこそ、エデカルシアが今回のような大事を引き起こしたことに、執行役の中では未だ信じられないと思っている者達もいる。
 しかし本質は全く違っていた。先程話した通りの心持ちで職務をこなしていた。だから僕は時々、声を掛けていたんだよ。けれど彼の都合で、僕からの覚え良き執行役だ、と彼の虚栄心を駆り立ててしまった。
 だから今回。あのような事を起こしてしまった彼に、それでも、執行役というものがどんなもので、どうあるべきなのかを話したかった」

 アレックスはエデカルシアの犯した罪を、指導し、見守ってきたからこそ、その過ちに対しても、見捨てられなかった。けれど、エデカルシアの方は、最早、目が、耳が、受け入れた感覚を、アレックスが望むようには受け取れない状態に心がなっていた。彼の受信機が受け取った感覚を、無意識に支配されている脳という変換機で通過した瞬間、破滅へ向かう道を進んで行ってしまった。そう。最後まで気づかずに。

 そして、その最後というのは、天界大法廷で裁かれ、犯した罪を贖う刑が言い渡されるということ。量刑は、行われた事実と、それから心のありようも加味される。今、この目の前にいるような本物の慈悲を持ち合わせている者により、心を明らかにされ、断罪される。

 だから、アレックスが妻の振りをしてエデカルシアに捕まっていたのは、彼が最後に出た賭けだったのだろう。もしも、そこで執行役の本質に微かでも気づき、思い違いを正す方向を示す事が出来たなら。友人は、彼を再び見捨てることなく、手助けをし、真の素晴らしい執行役へと導く事をしたのだろう。そうしたかったに違いない。

 しかし結末は違った。

 もう遅かった。エデカルシアという状態では、矯正は限りなく無理である事を彼も分かった。身を以って。だから、公平な裁きを受けさせ、そして、徳を積み上げる修行のやり直しへ送るしかない、と判断をしたのだろう。

「大丈夫か? 君にはとても辛い結果になっただろう」

「勿論、残念だと思っているよ。素質はあった。けれど適正な人物ではなかった。天界執行役をやる事は、本当に難しい事だよ。その両方が無ければできない。だからこそ、なってもらえる人に限りがあり、なかなかなってもらえはしない」

 友人はそう言って、最後に、今回の事件解決へ導いたランベルセに向かって、心から感謝の言葉を述べた。特に妻を励まし、支えてくれた事に対して、静かに微笑んで、頭を下げ、彼の前から去っていった。

 それから次に聴取をした妻の方。プレンティスは「殿下を助けて下さって、本当にありがとう」と、滅多に見せない、おそらくはもう二度と見る事は無い、儚い様子で礼を言われた。が、本題の話を聞かせてもらう時には、すっかり通常の彼女へと戻り、その彼女曰く「アイツはね、最後は聞き訳が無かったンで、ボッコボコにしたよ。それから簀巻きにしたところに、やっとのこのこ現れたユーディアに説教されてから、イシュールに担がれて移送されましたぜ」と、回答をもらった。

 ……まあ。これはこれで。もう起こりうる展開だったので、公式的な文書として残せるよう、ランベルセは後に清書をした。

 彼女に至っては、自分の想い等を十分、夫であるアレックスへは話しただろう。そして夫である人物以外には、決してその想いを話しはしない。ルートヴィッヒが言う、面倒、という部分である。己の気持ちを本当に心許した人物にしか打ち明けない。どれ程親身になっている者がいても、彼女は自分を明らかにしない。だから、彼女の後見人を任された父としては、どうする事が彼女にとって最善か、又、彼女が何を望んでいるのか。非常に分かり難いという訳なのだった。


「はあ。だからさ。これからはプレンティスの世話なんて、アレックスだけがしっかりやれば良いんだよね。配偶者なんだし。彼以外は彼女の事なんて分からないのだから。私に頼らないで欲しいんだよ、ゼフィは」

「しかし亡くなった親友からの願いなのでしょう。ですから、貴方が生きているうちはやった方がよいのでは? 暇なのですし」

「ちょっと。暇って、なんなのさ。後見人は暇潰しで出来るもんじゃないんだよ。ましてあの、初代六源神の光神の娘の。で、娘もあーゆー子だし」

「ま、まあ。そうかも知れませんが」

「あ。じゃあ、さ。君がプレンティスの後見人をやったら? 公爵の地位も継いだのだから、後見人の立場も私から引き継ぎなよ」

「お断りします」

「ちぇ。子どもが反抗期過ぎてムカつく」

「親が我儘過ぎて話になりません」

 天上の光あふれる穏やかで平和そのものの中で、ランベルセはため息を吐いた。やはり、目の前の人物と一緒に居ると、疲れる事だけは間違いなかった。

「大体。今回の件では、我が公爵家に対し、汚名が着せられ、いいえ。最早、恥の度合いが更に増さんとしていました。最後に、他世界侵攻罪の首謀者を捉える事が出来、夜送舟艇を動かした我々は、その為に秘密裏に動いていた、と公言出来たから良かったものの。あれで、事件解決がきちんとした形で終われなかったら、一体、今度はどのような一族と思われていた事か」

「何言っているの? ランベルセ公爵家は、設立以来、大変ご立派な御貴族様で優秀な術使いを多く輩出し、天上界を始めとする全界の守護術使いとして、誰からも尊敬されている一族だ、って思われているんだから。これ以上の評価は上がらないよ。誰かさんが、剣士だ何だ、とか言い続けない限り、下がりもしない。はーあ。ホント、あの魔道士君に跡継ぎになって欲しかったなあ」

「父上。剣でも魔法でも、それは関係ありません。人格者であるかが問題なのです」

「そこは問題なんて無いよ。だって私、大変ご立派、且つ洗練された人格者だから。……ん。あ、君が人格者であるかどうか、自分を心配したの? うーん。そこは確かに心配した方がいいよ。ピヨピヨお坊ちゃんには変わりないんだから」

「ピ、ピヨピヨ……って。そうではなく。いいですか。貴方のそういった、言動や行動が、今回、私や大地の神の評価を一時的に急降下させたのですっ。著しい虚偽は、今後慎んでくださいっ」

「えー。本当の事しか言ってないのに」

 そして疲れが増すのは、この人のこの言動、そして行動。結局、事件を終息する事が出来た。しかしこの人が、事件解決までに起こした事で、失墜しかかったランベルセを含む公爵家の評価や、紅の魔道士の評判を回復させる事が、最も大切な重要事項でもあった。何と言っても、ランベルセ親子による夜送舟艇を用いての天界王襲撃、妖魔界への侵攻と大地の神による天界本神殿の壊滅。これは、もう、世間一般様から見たら、悪神襲来並みの大災厄に映るような事だった。もしくは、またルートヴィッヒ・ランベルセ元大公爵閣下が酔狂な事を仕出かした、と。どちらにしても、いや、どちらかというと後者の方だと世間は判断するだろう。そして、その為に、息子を始めとする家族も一括評価〝面白迷惑な一族〟と思われ、天上一の笑い者、となってしまう。

 父の巻き添えで、そう思われる事がどんなに嫌なものか。幼少から味わってきたからランベルセにはよく分かる。だからこそ、それを払拭するためにどれ程努力してきたことか。その努力が、今回の一連の破壊行動で一気に水の泡となってしまっては、もう本当に目も当てられない。自分が報われない。骨折り損。

 それに、自分が思われるならまだしも、アンナもそんな非常識一族の、おかしな人物に入れられてしまったら可哀相過ぎる。だからランベルセは、人一倍、今回の事件解決の事後処理には心血を注いだ。

 お陰で、全ては外事長として犯人の目を欺くためにやった行動、として世間には「大胆な作戦で見事事件を解決した」と、伝わったのだった。それは大地の神も同じ事で、人世の危機に対し、その危機回避の為に天上補佐官と共闘し、見事に人間を助けた。さすが六源神様、素晴らしい。と、評判は完全回復させることに成功した。

 だからご本人は。

「プリン艇団はなかなか愉快な一団だったと思います。しかしもう二度はありません。そして、今回の件に関する事はすべて、ぼらんてぃあ、というやつです。しかし、そこから派生したレゼッタ君が主様に付きまとう行為について、私は正式に妖魔の人が他世界へ干渉が過ぎる、と天上界へ訴えたいと思います。すとーかー、ですよ。あの行為は」

「はあ。しかし、あの方に言葉で伝える事はかなり至難の技。甥であるミルトス王太子殿下も手を焼いておいでで。ですから、レゼッタ殿が現われるたびに撃退して頂くしか方法は無いのではないかと」

「分かりました。仕方がありません。毎度毎回、叩くしかありませんねぇ。私はモグラタタキげーむ、というのは結構得意なんです。しかしリムズさんの方がお上手ですけどね」

「はあ」

 あの美麗で繊細に出来ている妖魔界の貴公子をゴキブリと言える人物。しかし大地の神も一部では〝氷れる女神〟と言われるほど、見目麗しい青年だった。だからまあ、容姿に至っては、妖魔の貴公子と大地の神の間で大した事ではない。しかしそんな美し過ぎる人々に愛される三代目輝星剣士。見た目はタヌキの信楽焼き。その人間関係の相関図を思い浮かべると、本当に首を傾げたくなる。

 いやいや。人とは自分に無いものを求めたくなる、とされている。深く考えても、人の感性や趣味はそれぞれなのだから、理解できぬ事もある。と、いう事にして。ランベルセは、事件解決にあたり、大地の神へ感謝の言葉を述べた。そして後に改めて礼をする事を伝えると「天上界の方が我々に近づくと必ず事件が勃発しますので、来なくて結構ですよ」と、丁寧に断られた。それなので、まあ、その希望通り、大地の神や三代目とは、以降、会ってはいない。

「でも、今回みたいな夜送舟艇とか動かして冒険するのは、結構な暇潰しになったよね~」

 そして。まったく無自覚なトラブルメーカーの、この無神経な発言。この人が生きているうちは、決して止まりはしないだろう。

「父上。貴方はそうかも知れませんが、本来の私には暇などありません。ですから暇潰しなど必要も無いのです。その上、私は結構な苦労もありました。特に、貴方と出撃という所が何よりも……」

「でしょっ。楽しかったよね、親子共演。うん。これはまた、絶対やりたいよね」

「お断りします」

「じゃあ、次は……そうだね。今度は本当に妖魔界を潰しに行こうか。あ、竜谷へドラゴン狩りに行くのも良いよね~。人間界の、すまーとほんげーむ、みたいで。面白そうじゃない」

「そんなことは致しません。と、いうより、貴方と出かけるのは、ご近所のスーパーでさえ、金輪際、お断りです」

「うーん。じゃ、君の謹慎中の二日は親孝行の日にして、私と悪辣卑劣な妖魔退治に行くことにしよう。ね。そうしよう」

「しません。父上、私の話を全く無視していらっしゃるようですが。第一、妖魔退治などという物騒な事に加担しませんよ。そんなことに乗り出したら、またミルトス殿下が卒倒してしまいます」

「大丈夫だって。妖魔は頑丈なんだよ~、あんな優男ぶっても。じゃ、決まりだね」

「決まってないですっ」

「それじゃアンナにパルティシオンを二日は親孝行で使っていいか、許可を取って来るね。あ、そうだ。アンナも誘ってあげよう。きっと喜ぶだろうなぁ。ホント、良い父親であり、良い義父だよね。私って」

「へ? はっ。ちょ、ちょっとっ。父上っ。アンナを巻き込まないでくださいっ」

 黄金の船を背に、屋敷の方へ駆け出すルートヴィッヒ。それに一歩、いや数歩の遅れを取ってランベルセも慌てて走り出す。

 平和でのどかな天界に。折角の休暇を与えられてもこんな事態。きっとこの様に、休暇をあたえてくれた方が見たら、やれやれと呆れられるに違いない。

 そんな自分を情けないと思いつつ。こんな父親に、いつまで大騒ぎを付き合わされるのか。心底出てくるため息。そして、まあ仕方が無いという諦めと、なぜか少し可笑し味が湧いてくる自分を、まだまだ、と実感しながら。穏やかな昼下がりが過ぎて行くのであった。

夜送舟艇のプリン艇団 第7章の挿絵


                      夜送舟艇のプリン艇団・了