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天界執行役が、その組織内で騒動を起こし、違反者が出たとされた件は、その数日後に公の発表となった。そして、そこから派生した他世界への侵攻が認められた案件も付随した為、外事を司るランベルセ公爵は、多忙な日々を送っていた。
「ランベルセ。どうして、お前がついていながら、人世で天界大戦並みの闘いが起こっちゃったんですかぁ」
「あれは、レゼッタ殿が三代目輝星剣士に対し、勘違いをした為です。地上で腐乱死体が三代目に襲い掛かろうとし、彼女がそこで助けを求めたそうです。その時の彼女は『何でもするから助けて』と、気が動転していたそうです。恐怖ゆえ。そしてその言葉をレゼッタ殿は『この危険から逃れられた暁には、二人は結婚をし、幸せになりたい』と、彼女は思っている、と勘違いをしたのでございます。それが発端だと考えられます」
「でもでも。その結果、レゼッタ・ガレジィートェと三代目輝星剣士の『言った、言わない』騒動に発展しちゃって、そこへ死神騒動から戻った大地の神が『主様にこれ以上、まとわりつかないでください』と、朝倉さんを庇い、レゼッタ・ガレジィートェと対峙した、訳ですね?」
「はい。そこに、ルートヴィッヒ・ランベルセというレゼッタ殿を以前から嫌っていた人物が『相変わらず嫌がる女性に言い寄るケダモノ妖魔には制裁が必要だね』と、勝手に大地の神へ加勢した。そこへ、争いを止めようと入っていったミルトス殿下が巻き込まれ、更に、他世界の者同士の争いを制するために、外事局のリーブス・ヘイブンも加わりました」
「な、なるほどぉ。つまり、紅の魔道士とルートヴィッヒおじさん対レゼッタ・ガレジィートェと銀竜王という構図が出来、そこへミルトスさんが翻弄された。そういう感じになっちゃったんですね~」
「まあ」
「――って。まあ、じゃありませんよっ!! お陰で、人世の大気が震え、大嵐が起こり、夜送舟艇は、ほぼ全っ壊っ。しかも人世では決着をつける為には『狭い』、とかルートヴィッヒが言い出して、決戦は天界へ縺れ込み、折角、修理が終わり掛かった本神殿がまた半っ壊っ。屋根は吹き飛び、夜はお星さまを見ながら眠る始末になっちゃったですーーーっ」
「すみません。愚かな父のせいで」
「すみません、じゃ済みませんよーーっ。ランベルセのおたんこナスーーっ」
「しかし陛下。そこでも、あの争いは収まらず、その後、我が家において、レゼッタ殿と大地の神による料理対決、更に、リーブスと我が父によりチェス及び囲碁対決、それから朝倉さんとミルトス殿下の歌ウマ対決、などなどの決戦が繰り広げられました。迷惑をしたのは私も同じです」
「ランベルセ。お前も本当に苦労の星のもとに生まれちゃったんですねぇ。ちょっとだけどーじょーします」
「どうも」
「でもですっ。王様のお家を、二回も破壊しちゃダメですっ。だからもう、お前は明日から十日間の謹慎にしますっ。本神殿の出入り禁止っ。わかりましたかっ」
「そんなに休みを頂くと、十一日後、仕事へ行きたくなくなりそうです。それでもいいのでしょうか」
「いいのです、よーっだ。ホントはも~~っと、謹慎させておきたいところですケド。でも、それ以上させると、お前は謹慎させているのに逆らって勝手に仕事をしに来ちゃってウザいですから。十日が限度です。いいですか? 絶対、仕事に来ちゃダメですよ。わかりましたか?」
「はあ。分かりました」
多忙な日々を送っていたが、唐突に休みがもらえた。しかし、本題の他世界侵攻を行おうとしていた天上人、及び、それに付き従っていた者達に対する件は、ほとんど始末がついていた。最後に残しておいた、報告書。その作成も済み、丁度、上司、つまり王へ提出すれば完了だった。そのタイミングで、上司がわざわざランベルセの執務室を訪れ、お茶の催促をし、そして、抗議と文句、それから謹慎処分の発布をして、書き上がった書類を持って出て行ったのだった。
やはり、今回の一連の件について。上司は、自分の納得ゆく解決に導いた、とランベルセを評価したのだろう。そうでなければ十日も休みはくれない。あの方が、ああして安息の日々を自分へ贈るという事は、『この十日だけは絶対の平和を約束した、傍仕えという宿業すら解放してやる』という意味でもある。それだけの評価をしてくださった、といえた。
「しかし。この唐突な方法は、いつもながら困りものと言える」
お陰で、昼前に屋敷へと帰ることになる。
けれど折角の厚意を無下にはしたくはないし、正直、今回は、いいや、今回も結構な苦労をさせられたと自分は思う。よって、彼は筆記具などの道具をしまい、早々に部屋を整えた。そして術を使い、ついさっき出てきたばかりの自分の屋敷へと戻ったのだった。
「あら? 旦那様。どうされたのですか。お忘れ物ですか?」
「ただいま、アンナ。忘れ物ではなくて、帰ってきたんだよ」
「ええ!? もうお仕事が終わってしまったのですか?」
そして帰宅後。すぐに彼は妻の元へと向かった。彼女とは、今朝、お互いの笑顔とハグで別れた。名残惜しさと愛おしさの余韻は、すでに消えてはいたが、彼女の姿を見て、ランベルセの中で、愛しさだけはすぐに蘇る。
「あの。御加減でも悪いのでしょうか」
しかし妻の方は、顔を曇らせた。神殿での経緯を知らない為、そう考えてしまうのも仕方が無い事だった。
「まったく違うよ。本当に仕事が終わり。そしてしばらく無い」
「ええーっ!? お、お仕事が無くなってしまったのですか」
突然現れた夫の姿に、そしてこの発言。彼女はさらに目を丸くさせる。
「え。いや。まあ、その。うん。そう。そうだよ。私の仕事が無くなってしまったんだ」
「そんな……」
「大丈夫。それだけ、天上が平和という事なんだ。だから私の仕事もなくなった」
「そうなのですか?」
しかしこの話の流れのままだと、彼女を心配させるだけになってしまう。
「今回は、君も沢山の心配と迷惑を掛けたから。そのお詫びとお礼をしたいと思って」
「え?」
彼の言葉に彼女は、きょとんとした顔をする。執行役の事件はもう十日前になる。だからアンナは、何の事を言われているのか分からない様子だった。これ以上説明をしないと、ますます困惑するばかりになってしまう。
そこでランベルセは、神殿で王から言い渡された事と、大事に巻き込まれてしまった友人夫妻の現在の話を掻い摘んで話した。特に、謹慎という名目ではあるが、それは王から最大限に取り計らわれた休暇、であるという事を打ち明けた。その話を聞いたアンナは、驚いているには違いなかったが、同時に笑顔が咲きほころんだ。
「それは、毎日立派に天上を守っていらっしゃる旦那様へのご褒美ですね」
彼女は、まるで自分がご褒美をもらったくらいに、嬉しそうな顔で言った。自分の功績を分かつ人が傍にいる。ランベルセも誇らしく、又、喜びと嬉しい気持ちが大きくなった。彼女の傍にいると、本当に気持ちが高揚する事がたくさん起こる。
そんな感情を制しつつ、次に友人夫妻についても話した。
「アレックスもプレンティスも、もう元気になって執行役の務めに励んでいる。先日、彼らが本神殿に顔を出した事は、もう話してあったろう?」
「はい。五日ほど前には、王様の神殿に御姿を見せられたと旦那様がお聞かせくださいました。その時、お二人共元気だった、と旦那様が教えてくださいました」
「うん。その後、アレックスとプレンティスは、様々な部門から事情を聴かれたそうだ。そして昨日から、通常の執行役として働き始めた。だからもう、健康状態にも不安はない」
「そうなのですか。でも、プレンティス様もおっかないめに遭われたと思います。今度、ケーキとクッキーを焼いて、お届けしたいと思います」
「そうだな」
妻はそう言って笑顔を向けた。
「それで、アンナ。私は、その、十日ほど。この屋敷で過ごさなければならない。いや、正確には王の神殿へと行くことが出来ないのだが。だから」
「では、ずっと。一緒に居られるということですかっ」
「いや。まあ。そうであったら私は嬉し……」
「でも、ずっと一緒なんて……ご迷惑ですよね。旦那様は、これまでずっとお仕事でお忙しかったのですから。ゆっくりお休みした方が良いと思います。わたしの希望を言うだけでは……それはワガママですね」
「そ、そそそそんなことはないっ。ないよ、アンナ。この十日間、アンナとずっと一緒に居たい。私は、私の方こそ。そう提案をしたかったくらいで。う、嬉しいよ。僕は」
「本当ですか。わたしも嬉しいです、旦那様」
薔薇の庭園で、夫婦で向かい合い、お互いを見つめていた。もうこのまま、彼女を自分の腕でギュッと抱きしめたい。そう。そうだ。ここには誰もいないし、抱きしめたいなら、抱きしめたいから、抱きしめちゃえっ。と、彼は小さなアンナの思いの通りに、きゅーっと抱きしめた。
「へー。最近は、人目も気にせず、イチャイチャできるようになったの? ウチの坊ちゃんてば」
「え」
変な気配と、いちいち癪に障る視線が正面から向けられていた。
「な、なななんですか。父上、急に現われて」
「初めから居ました~。アンナとソフィアと、一緒に薔薇さんのお手入れをしていたからね」
本当に、嫌な性格をしている父親だ、と思った。しかし当の本人は、息子思いで最高の父親だ、と思っているに違いない。
仕方なくアンナをそっと腕から放して隣に立たせ「御精が出ますね」と、父の方を見た。無論、そんな事を言えば父からは「君ほどじゃないけどね~」と、笑顔で返される事は承知していた。
そしてその通りの結果になると、父は「そろそろお昼の時間だね。今日は家族でガーデンランチにしようよ」と提案をした。
「昼日中から家族水入らずって悪くないでしょ?」
「まあ」
薔薇の手入れ道具を片付け、ついでに着替えを済ませてきた頃には、昼食の準備も調えられていた。昼の食事は侍女たちがしてくれる。アンナや両親が手入れをしていたバラ園が眼下に臨める四阿に、様々な種類のサンドウィッチと、赤やオレンジのジャムが色とりどり添えられたスコーン、それから大きなティーポットと温められたカップが人数分、磨き上げられた白石のテーブルに並べられていた。用意をしてくれた侍女たちの姿はもう居ず、代わりに父がティーポットを手にして、母のカップへ紅茶を注いでいた。
「さあ、君たちも着席して。私が直々にお茶を淹れてあげるから」
上機嫌の父に、少し面食らいつつ、本人が心から茶を振る舞いたいのが伝わってくるので、ランベルセは妻と共にそれぞれ石の椅子へ腰掛けた。
「父上。アレックスから、いずれ――明日か明後日にも――改めて礼をしたいと申していました。ですので、いつでも屋敷に居る、と伝えてあります」
「えー。私だって、素敵な予定が詰まっているんだよ。勝手に暇人扱いしないで欲しいんですけど」
「はあ。しかし、当面、その〝素敵な予定〟であるところの『夜送舟艇の修理』は、終わらないのではありませんか」
「そうなんだよっ。もう、あの変人妖魔と凶暴竜のせいで、メッチャクチャにされてさ。だから午後はその作業をするんだよ」
人間界の天気のように、クルクルと表情が変わるルートヴィッヒは、紅茶を全員分に注いだ途端、ぷーっと頬をふくらませて自分も席に着いた。
父もあの件で事後処理があった。その中でも、夜送舟艇が操縦桿と動力室、そして多少の甲板を残し、殆ど原型を留めることなく壊れてしまった。その為、修理をするよう命じられた。王によって。
『もーっ。ルートヴィッヒおじさんは、色んな物を壊してばっかりですっ。少しは壊される身にもなってくださいっ。壊れると修理しなくちゃいけないんですぅーっ。修理は本当に面倒で大変なんですから。罰として、修理の大変さを身に染みるために、夜送舟艇を元の立派な箱舟に戻してくださいっ』
『えーっ。なんで私だけがやらされるのさ~。大体、大きく破壊したのは、レゼッタ・ガレジィートェとリーブス・ヘイブンだよ。私なんて加害者、じゃなくて、被害者。危うく二人に殺されかかったんだからね』
『じゃあ三人で、仲良しこよしで、修理して下さいですーっ』
『はーっ!? そんなのお断りだね。だったら一人でやった方がマシだよ。頭がすっからぴーの妖魔と、頭でっかちのいけ好かない竜王なんかがいたら、気分最悪。直る物も直らなくなるよ』
『だったら、一人でコツコツ侘しく修理してくださいっ』
『はーあ。仕方が無いなぁ』
と、いう事で。ランベルセ公爵家の屋敷の西側に広がる芝生の庭には、現在、夜送舟艇の残骸が置かれていた。
「そうだ。君って、十日も休みがあるんだよね? だったら、今日の午後は、パパと一緒にお船を造って楽しく過ごそうよ」
「は? 私の休み、というより、私は謹慎になったのです。それに私は一〇日間はアンナと過ごすと決めたのです。貴方とは、もう、関わり合いになりたくないです」
「ちょっと。なーんて言い草するのさ、ウチの坊ちゃんは」
父はますます、ぷんすか、となってサンドウィッチを頬張り始めた。しかしランベルセは、紅茶を静かに呑みながら、素っ気ない態度を取った。今回の執行役内部の騒乱に関わり、一番学んだことは自分の父への対応だった。もう。この人を一秒でも構うと、一〇〇秒の損をする。だから出来るだけ、放っておく。そうする事に決めた。
「はぁーあ。反抗期が今になって来るなんて。でも休暇だか謹慎だかは明日からでしょ。それなら、その『楽しい謹慎』の前に、半日くらいは私に付き合ってよ。そうじゃないなら、その一〇日間、ずーーっと楽しい謹慎に私も参加するよ」
ゆで卵とローストビーフの野菜たっぷりサンドをもぐもぐしながらも、父は息子の反撃に怯まなかった。隣に座っていた母が、そんな様子の父に対して「子供はどちらですか、ルートヴィッヒ様。物を口に入れてしゃべるのは、お行儀が悪いですよ」と注意した。父はそれにも「どうして私だけを悪者にするの!? 信じられないっ」と抗議。だが、それをアンナは楽しそうに眺めていて「旦那様。お義父様のおっしゃる通り、明日からが楽しいお休みです。今日は親子水入らずで、船を造ってはいかがですか?」と、微笑んだ。
そう言われてしまうと「本当は午後、明日からの予定を決めようかと思っていたのに」などとは、到底言えなくなってしまう。アンナが父へ気を遣ってくれた事を無下には出来ない。
「分かりました。夜送舟艇の修繕状況を確認する事も仕事のうちです。今日はまだ謹慎期間ではありませんから。午後は父上につき合います」
と、いうことで。ランベルセもまた、野菜のたくさん詰まったサンドウィッチとシンプルなスコーンを食べ、それからアンナとは夕食後にこれからの計画を立てる約束をして、久々に家族と一緒に、ゆったりと食事の時間を楽しんだ。