YASOU SHUUTEI NO PURIN TEIDAN

夜送舟艇のプリン艇団

TEXT ONLY EDITION

榛名 暒

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初回掲載2026年9月4日

第7章

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 人裏界・北洋圏。

 そこは寒冷地帯であり、常に灰色の分厚い雲が空を覆い、そこから大粒の雪が大地を包んでしまう場所だった。こちらの世界はおよそ四〇〇日周期を一年とした暦にしている。その四分の三が、そうした雲に覆われていた。残った四分の一は短い夏とされ、その為、寒さに強い針葉樹などが生き延び、他の生き物はほぼ存在していない。

 当然、人間も無理にこの寒冷地帯で生活はしていない。と、されているが。

 ランベルセが上空から見下ろす雪に閉ざされている小さな島には、人の手で作られた建物が見えた。しかも、御丁寧にその建物の周辺は雪が完全に無くなっている。術で消し去ったのか、融かしたのか不明だった。しかしその建物から、異様な力が取り巻いているのが感じられた。

「古びた城っつーか。石の要塞ってところッスかね」

 イシュールの言葉に、ランベルセも印象はそうだった。

「または、人里から離れた場所で、おかしな研究や、魔術の実験でもやっている施設。と、いったところだろう」

「おっ。それって、以前にどこかの誰かが似たような事をしてましたよね? 今は転職して、一会社員になってますけど」

 従弟はこちらを向いて、茶化すように小さく笑った。確かに自分にも大いに心当たりがあるので、彼に応えようとすれば出来る。しかし今はそれにつき合うほどの気持ちに余裕がある訳でも無く、従弟へ視線を向けるのみに留まった。

 それから、すぐ自分に付いてきたメンバーへランベルセは指示を出す事にした。

「まずは、外事局。ロックとナツメ。君たちは眼下の建物で、人裏界の外から持ち込まれた違法な道具類や痕跡などの発見、及び、そうした証拠品を回収して欲しい。ただし、あの建物内にはまだ違反者などが居るおそれがあるため、充分、注意して任務を遂行すること。そして違反者は速やかに捕縛。いいか?」

 上司であるランベルセの言葉に、

「了解、外事長っ。この俺は、塵一つ、ゴミ一つ、見逃しませんよ」

「雪の降る館で、捕縛と証拠品の採取でっすね~。冷え冷えしたシチュエーションで楽しそう」

 と、二人は楽しそうに返事をしてくれた。彼らは深い事情を知ってはいない。だから通常の外事案件に取り組むような、溌剌としたやる気を見せてくれた。

「残った執行役と私は、先にプレンティス天界執行役を救出へ向かったウォルシオム侯と大地の神を追う。そして救出者を発見次第、速やかな救護へ加わる。とにかく人命最優先で動く事。又、我々が向かう方には、おそらく一連の違反行為の首謀者が居ると思われる。充分注意して取り組む事。以上だ」

 人裏界へ到着直後には、雪が止んでいた。だが、指示を出した直後に、千切れた綿のような雪が、フワフワと灰色の雲から降り出してくる。ただ、それを降らせる雲に切れ間など無く、昼間だというのに一切の陽の光は望めなかった。

「では、建物へ到着次第、それぞれの行動に移ること。イシュール、ユーディア両執行役は私に付いて来て欲しい」

 上空で出来る事はこれくらいだろう。あとは、救出の先発隊と合流し、敵であるエデカルシアと執行役が決着をつけるしかない。

 ランベルセは全員を先導する形で、古びた建物の城門前に降り立った。黒い石を切り崩して積み上げ造った門。扉は鉄格子で作られてあったようだが、相当前に朽ちたらしく、その名残の錆びた蝶番が、石壁にかろうじてくっ付いている。

 彼はそこから建物の本館へ向かう。その建物自体も石造りで、正面中央には両開の大きな扉が重々しく閉じていた。これはつい最近に設置された物らしく、分厚い木の板に、鉄製の輪状の取っ手が中央に二つ並んで付いていた。

「では外事長。我々はまず、外観の様子を見てから、中の調査へ入ります」

「くれぐれもお気をつけて下さいましね」

 一番後ろに付いて来ていた外事の二人は、断りを入れ、それぞれ館の左右に分かれ動き出した。

 残されたのはランベルセ。それから執行役の二人、従弟のイシュールと友人でもある死神長。

「霞侶。私はすぐにでも、アレックスが居る場所へ行くことが出来る。準備は整っているか?」

 先行部隊である大地の神とプレンティスの居所は、彼らの神力を探り、もうどこに留まっているのか分かっていた。この館の下、つまり地下から感じられた。おそらく、二人の執行役も分かっているだろう。

「……パルティシオン。私は正直に言うが、〝生と死を等号で結び、その往き来をする生命の理〟に対し、一度たりとも憐れみを感じたことは無い。同様に、怒りも無ければ、悲しみも、又は喜びも楽しみも無い。しかし今回、エデカルシアはそれを原因にし、このような重大違反を犯したのか……」

「霞侶……」

「彼は、生命の死に対し、大いなる憐れみを感じ、このような事件を引き起こした、と聞こえた。しかし私は、生命に死がある事など当たり前、と思っている。だから、その事象そのものに文句は無い」

 ぽそぽそと話し出した友人の言葉に、ランベルセは耳を傾けた。雪が降り積もる微かな音にも消されそうなほど、静かと感じるほどに小さいものであった。その為、ランベルセ自身も自然と息を潜ませてしまう。

「無論、死というものの本質が分からない多くの生命、とりわけ人間などは、正体不明の現象である死に対して、強い恐怖を抱く、という点では理解はしている。経験が無い事に不安を感じる事は自然な感覚。ゆえに、死を通過した直後の生命の中には、恐怖で疲弊している者もいる。だから死者に対し、寄り添う事や癒しとなる術を与える天界執行役が存在し、弱っている者へ手を差し伸べるこの仕事の重要性も理解している」

 彼の話に、今のところランベルセも自分の理解と同じであると思った。だからこそ、執行役らは、死んでいようが生きていようが他者に対して、よく手を貸している。良くも悪くも〝お人好し〟をする事が多いのも事実。ランベルセは内心、思っていた。

「だが。死という現象は、執行役自身にも訪れる。例えば、私であっても死ぬ。それは、永霞侶であった事には区切りがつき、次へと往く。次回が蛙になるのか、茗荷になるのか、それとも今後、突然悪道に目覚め、残虐者へとなれば地獄へ生れる事もあろう。まあ、次の自分が何であるか、は一旦置いておく。
 問題は、現在に区切りがつく事。それに対し未練が残るかと言われれば、それもその通りであり、今の自分に未練がある。と、答えるだろう」

 蒼白い顔色をさせている友人のその答えは、ここにきて少々意外だと思われた。死という事象には当たり前だと考えているが、自分がいざ死ぬとなる事には未練がある。だが言われてみれば、我が事となって慌てる、という話はよくある一般的なもの。対岸の火事は他人事。しかし自宅が燃えれば大惨事。と、いうことなのだろうか。

「まあ、今の私が何か大した事に執着している訳でそう言っているのでは無い。時折、こうして死神長として働き、しかし、普段は日がな一日を畑で過ごす気の楽な仙人である。そうではあるが、先程話した通り来世はどういう生物なのか分からない。で、あるならば今のままでいる方が、まだ勝手知ったる状態だ。知らないものになるよりはマシと考える。そういった意味で、私は区切りがついて別の者になるのは面倒臭い。だから今のままがいいので、多少の未練があるという答えなのだ」

 霞侶はたしかに常と「もっと気の楽な生き方をしていたい」と、よく言っている。本来は仙人岳で畑をやり、午後になれば近所の老人と酒を飲み、夜がくれば寝てしまう。休日は、そういう生活を送っていると聞いたことがある。

 しかしこの話は、どこに到達点があるのか。今のところでは想像がつかなかった。彼の言っている事は、理解が大いに出来る。彼の話す、彼が思う未練、もなるほどと納得できる。そしてランベルセ自身を鑑みれば、霞侶よりも相当に未練が残りそうではあった。今、ここで死んでしまうことは絶対に避けたい。それはアンナがいるから。大切な人と別れが急に訪れたら、化けて出るくらいに未練が残る。もう一度、アンナと話をしたい。いいや、話すだけではなく、やはりもっともっと、一緒に過ごしたい……。

 と、考えると。自分は相当な未練があり過ぎて、執行役に相当な迷惑を掛ける地縛霊になる。いやいや。度合いは違うが、死が齎す未練は、霞侶の言う通り、個々には持っている事だろう。

 基。

「霞侶。それでつまり何が」

「……すまない、パルティシオン。つまり、死とは、自分自身にしか降り掛からないものであり、しかし、誰にでも降り掛かるものなのだ。だから、生命の死に大いなる憐れみ、というものを抱くとしたら。その、どの点に憐れみがあるか。それが問題だと思うのだ」

「憐れむ点?」

「エデカルシアは、死を恐れて心を痛めている生命に対して、大いなる憐れみを向けている。私からすれば、かなり高尚な憐れみ方、と言える。そして自分自身が見えていないから、そんな高尚な思いに駆られていると言えよう」

「こ、高尚? それは一体……?」

「私は、自分自身の未練を自分自身で理解し、それをお前に話した。しかしこれを聞いて、パルティシオンという天上人も又、自分自身の未練について考えてもみたろう?」

「ま、まあ。それは少し」

「お前とて、何か未練となるものが思い浮かぶと思う。これは誰であっても。イシュール。お前もあるはずだろう。〝そんなモン無いッスよ。今死んでも、万々歳だー〟と叫んで、すぐ死ねるか? と、問われたら」

「最高執行役。いっくらこんな俺でも、そんな明るく回答をしませんよ。それに、ユーディア様の話の流れを聞いていたら、誰もが〝うーん、自分の未練はなんだろう〟って考えさせられちゃいますって。ま、それが手ってことでしょうけど」

「そうだ。私のような、一見、詰まらなそうな仙人でも未練がある。他者は〝あのような男にもあるのか。ならば自分にもあるだろうか? よくよく考えてみればあるような気がする。昨日見かけた、新作のミスドの抹茶ブランデーもっちリングは食べてみたかったなぁ〟等と、ふと頭にぎる事だろう」

 友人の言っている事。聞き流すだけでは、おそらく真意など分かるはずもない。しかし。

「このように、思考する機能を搭載している生命は、すぐに取り巻かれた環境に影響をされ、関連付く思考をしてしまう。だが、今はそこの点にも焦点を当ててはいない。
 要するに、そんな個人的な未練を皆持っている。そこは理解できただろう。問題は、それを聞かされた時点で、他者に大いなる憐れみを抱くか、ということなのだ」

 思い起こせば、自分の未練を今、ここで話せと言われたら言いたくはない。アンナと離れたくない、と人前で宣言するなど恥ずかし過ぎる。

 たしかに、個人的な、言わば〝我儘〟なのだ。覆す事が出来ない法則。それに自分の意向が通じない。そんなものへ「自分は妻と離れたくない」「のんびり生きていたい」と聞かされれば、大抵のケースは「はあ、そうですか」となる。自分勝手の思いに対して、法則や理が合っていないから、法則や理の方が悪い。と、考える者がいたら頭が悪過ぎるが、つまり、霞侶の話したい事は……。

「霞侶。材料は揃えてあるのか、お前も」

「ああ。しかし、最早、私は単なる迎えに来た保護者のようなもの。下では、我が師らが厳しくも誠実、且つ、目も当てられぬような叱責と暴行が罰として与えられている。と、私は思う。だから、すぐには下りたいとは思わない」

 ……そのひどく個人的な見解は、まあ、そう思う。ランベルセもすぐにウォルシオム侯爵夫妻の元へ「大丈夫か」と、行くのは憚られる。おそらく、罵詈雑言の応酬と阿鼻叫喚の地獄のような仕打ちが行われている。そんな事が出来る死神幹部に加えて、にこにこ笑顔で、楽しそうに拷問内容を提案できる紅の魔道士殿もいる。

 ま、あと数分は待った方が良い。

「つまり、打ち消し、だな。霞侶。どこの誰でも、未練はある。それはエデカルシアにも。些細な事であっても、大きく思っている何かでも、個人的な何かは必ずある。

 無論、本物の悟りに達した者のような聖者なら別だろう。それこそ現世の区切りを理解している。いいや、現世どころか、己が始まりも終わりも無い事に気づいている。だから自分だと思い込んでいた一生命だった頃の時間になどに、何かを思う事も無くなる。しかし、普通の生き物はそんな悟りに達する事はまず無理だ。

 エデカルシアもそうではない。聖者になっていたなら、まず何よりも、法則や理に抗う事が無意味と理解をしている。だから彼が夜送舟艇を使って、生命に死が訪れないような何かをしようとした事は、初めから無意味といえる。死を止める。しかも永遠に。つまり生命の循環を滞らせようとした。

 だが生命の循環は、法則に従って成り立っている。それは誰にも止められない。執行役は、その循環を見守る事が仕事であるが、実際に、法則の実行者ではない。執行役とは、つまり、その法則に抗おうとする者を諭す事が務め。死者がどれほど死にたくはないと言っても、それは最初から無理である。だから、その無理に対し、抗う事こそ苦しみ。執行役は抗いが苦しみである事を説く。それこそが善行であり、そんな他人事にわざわざ心を寄せて救おうとしているからこそ、慈しみの深い集団なのだ。

 しかしエデカルシアはそれを勘違いし、自分が新たな法則を創る気にでもなったのだろう。それはただの傲りだ。創造を司る神でもない限り、法則は変えられない。それに創造の神とて、最早、成り立ててある法則の変更は、最初からのやり直しをしなければ出来ないほどの大事。それこそ、世界創世からやり直さなければならなくなる」

 しかも創造を司る最高神、と言われている神でさえ、その能力の本質は違う。何も無い処から何かをポッと創り出せる訳では無い。と、以前、本人が言っていた。だから実質、この世界の法則を変える者などいないのだ。

「挙句、大なり小なりの個人的な欲を抱えているにも拘らず、他人の未練にかまけ、それを憐れみ、そんな憐れみが生まれないよう自分が何とかしてやる、と言っている傲慢さ。他者を救うと言って、自分の方がよっぽど救いようがない莫迦ではあるまいか」

 ランベルセ自身は、エデカルシアこそ憐れましい存在に思えた。初めから無意味な事に奔走し、結果、やはり無意味な事を身を以って知る事となる。

「パルティシオン。だからこそ、死神は秋霜烈日の心構えを忘れてはならない。どんなに悲惨な死を迎えようとも、又は、どんなに離れがたき現世に生きていたとしても、区切りは来る。死神は、そんな生命にひどく同情しても、それこそ憐れんでも構わない。それこそ、心痛んでいる者に心寄り添い、晴れやかな気持ちへと心が向けられるのであれば、それが死神の業務の本質なのだ。
 しかし、同時に死神も生命の一つ。自分も死を迎える。必ず区切りはある。そしてお前の話した通り、悟りを開くなりしていなければ、区切りを前に、己自身も自分が取り扱っていた他の生命と同じ心持ちを抱く、ただの一生命となるはずなのだ。曾て死神をやっていた者でさえも、いち人生を歩んでいたことには変わりはない。天界執行役という職から離れた私的な時間もある。いや、仕事の時間でも、私的な時間でも、感情は常に動き、思考はしている。思考とは執着。執着は即ち未練と直結するもの。
 ゆえに、死神の職務は秋霜烈日。生命を慈しみ、死して間もない状態の弱りきった生命に手を差し伸べる。同情や憐れみを抱く。しかし、その目の前にいる区切りを迎えた生命は、明日の自分の姿である事を忘れてはならない。そう己が自身へ厳しく言い付け、それでも弱音を持たず、恐れず、他の生命を慈悲なる心で天へと導く。そんな厳格さを胆に銘じ職務に当たらねばならない。決して、その心は緩めてはならないのだ」

 やつれ果てた姿の死神長は、それでも、言葉を澱みなく言い切った。その顔も、頬がこけているが、表情は本人が口にした厳格という言葉と同じく、引き締まっている。

「モ・シーテル・フィ・アルールド・エデカルシア」

 そして従弟が上司の前で呟いた。

「本質を間違えると、とんでもない考えに至るってモンです。もしも、その間違いをどうしても直せない、それどころか、本質自体が理解できない時は。やっぱり、根気か退場か。我々ももっと早くに見極めるべきだったと。俺は今更ながら思います」

 間違いに進む者を、その間違いを根気強く指導するか。それとも諦めるか。人には、それぞれの理解の限度もある。とりわけ、こうした生死に関わるものへ携わる者の場合、本人の意志以上に、他者への配慮が必要な場合もある。他者を苦しめてまで、理解の乏しい者を置いておく訳にはゆかないだろう。

「パルティシオン。この一連の騒動は、私が全て責任を負う。終息をさせ次第、私は最高執行役を辞す考えだ」

「霞侶」

「私には、本当に荷の重い役目。私自身も、己が事として生命とは向き合っている。自分もいずれは死ぬ。それをああも理解せずに、執行役を続けていた者がいた。それを見抜けなかった。まったく、情けない」

「しかしお前が辞してはならない。いや。私が口を挟んで良いものでもないだろうが、だが、私の立場から言わせてもらうと、ユーディア執行役。貴方は、執行役としての善き考えを持ち、それが実行できる。そんな人材を天上としては、みすみす手放したくはない。貴方以上に、真に執行役の在り方を理解している者は、おそらく、ウォルシオムの両名だけだろう。二人が師であるのだから。その二人が、最高執行役を貴方がすべきと推挙したのだ。だから辞する必要は無い。そして辞すると考えるより、現状を最善に収め、今後の執行役らの在り方を、貴方を含めてよく考える事だ」

「パルティシオン……いや。天界最高責任者補佐官殿。私は」

「善き考えに基づいた実行。それが何よりも、今、必要とされている天界執行役。今、この瞬間でさえも。さあ、すぐに取り掛かって欲しい」

「……承知しました」

 最上級の死神はうやうやしく頭を下げた。それから「ではまず、違反者の元へ御導きを」と、この一連の出来事への終結に、再び歩み出した。

 ランベルセは、彼の望んだその場所へ。静かに術で送り出す。碧い光に包まれた死神らは、その中で溶けるように消え去っていく。そしてすぐに光と人影も完全になくなった。

「おそらく。我が主の望まれた事は達成できたのだろう」

 建物の扉から離れ、屋根の無い庭先へ出た。相変わらず灰色の雲から、真っ白な大粒の雪が深々と降っていた。そんな空をランベルセはしばらく見上げていた。そう。庭にも、しばらく前から雪が積もり始めていた。ほんの少し前は違った。結界が張られていて、建物と周囲には、雪の粉さえ落ちてはいなかった。

 つまりその時点で、この事件は解決を予兆していた。雪から建物を保護していた結界が消えた。それは、結界を作動させている神力などの供給が途絶えたから。それをエデカルシアが仕掛けたのか、その部下がやったのかは不明だが、どちらにしても、術の供給源に何かが起こり、力を送れなくなったのだろう。

 この降り積もり始めた雪を、しばし眺めて待つか。それとも。

「残務があると言えばあるな」

 部下に任せておいた探索へと自分も加わることにした。結局。何もしないで静かに風情を感じ終息を待つ事など出来なかった。

「常春の天上に、雪など降りもしない」

 ため息を吐き、もう一度、ランベルセは館の扉の前へと戻るのだった。