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しかたがないので、後日、ランベルセ公爵が書く羽目となった文書を参照していただく。
――外事局・調査報告から抜粋
レゼッタ・ガレジィートェは、地面から湧き出たように現れた木偶人間を、浄化の妖術によってすべて浄めた。その場所へ後に調査に入ると、日中に私(報告者パルティシオン・ランベルセ)が浄化をしておいた所へ、何者かが再び禁呪術を敷いたことが分かった。
その事から、呪術を使った者は、人間界のその場所に対し、他者を寄せ付けない、又は近づいた者を攻撃、排除する為に木偶人間を予め用意しておいたと考えられる。木偶人間は、呪術者がどこかで人間を大量に捕獲し、殺害の後、魂と肉体を分離。その肉体の方だけを地面へ均しておき、侵入者などが訪れた場合に発動する呪術に使われた。
レゼッタ氏はその呪術を解き、更に、肉体を蘇生可能状態へ戻した。又、焦土と化した場所も、地中深く根付いていた植物たちに妖力による回復術を施し、改めて植物たちが大地に生い茂れるように努めた。
その結果。焦土部分には、短いながらもせり科の多年草や一年草が、土の中から地表へ芽吹き、更に、それが少し成長した状態となる。双葉から本葉へとすぐに成長し、地表から、およそ一〇センチ前後の高さとなる。しばらく経てば、レゼッタ氏の妖力の影響もあり、二〇日程度で高さが三〇センチほどの状態となろう。
よって現状は、呪術で焦土となった場所は、正常化された。そこに、レゼッタ氏は結界を張り、浄化された人間の肉体保護に努めた。そこまでの経緯がなされた状況を、私へ通報した時刻が、午前一時。私が丁度、エデカルシアの拠点を探査中の時であった。私はそこで同行者である外事局ロック・エディスを天上へ向かわせ、天上に残っていた執行役の誰かを地上へ派遣するように要請。蘇生可能屍骸となった人間の肉体の確保を指示。その報告をすぐに受けることになる。
(省略)
その後、レゼッタ氏は蘇り始めた草の上で、改めて石化した人型の生命について対応を検討。しかし石化した人物(その時点では名前などは不特定のためaとする)は、妖魔界の至宝たるモドメーブフの輝石を盗み出したために、大地の神からの神罰で石化したのである。よって、レゼッタ氏は罰として、しばらくそのままの状態にしておくことを決断。aをそのまま妖魔界へ転送させた。又、aと共にレゼッタ氏の弟・ファイゼン妖魔王へ向けての手紙も添えた。内容は、一連の事件が解決した後、三代目大地の神によって罰からの解放をするべきなので、しばらくモドメーブフの洞窟前に戒めとして置くように指示。aは、輝石へ危害を加えるとなる事例として、妖魔の皆の前に晒される事となった。
(省略)
しかし、問題の根幹は、ここからであった。
レゼッタ氏は、彼の担う役割が落ち着いた為、甥である妖魔界王太子ミルトス殿下の所へ報告に向かうことにした。その際、朝倉奏さんも同行を志願。三代目大地の神がミルトス王太子の居る場所に、一緒に居ると思ったからと、後の聴取で明らかとなる。
しかしそれをレゼッタ氏は、自分と離れ離れになりたくないと彼女が思っている、と自己判断した為、彼女の同行を許可。だが、朝倉奏さんの聴取によれば、
「あたしは、カルスがいるかも知れないから連れて、ってちゃんと言ったモン。でも、いつもの通りで、向こうが聞いてなかっただけだモン」
との回答だった。
この辺りで、二人の認識は最早完全にずれているのは明白であると考えられる。
(省略)
そこで二人は、人間界の上空に浮かぶ夜送舟艇へと向かうことになった。
だがそこでは(その時の夜送舟艇は、天川市と御団子村の境に位置する高度五〇〇〇メートル上空に停泊中)、エデカルシアの配下と、夜送舟艇の守護をする外事局リーブス・ヘイブンが戦闘状態になっている最中であった。
と、いうことで一連の経緯はランベルセ公によって語られることとなった。仮にあのままレゼッタ氏の視点で描かせて頂くと、不必要な原稿枚数が想定され、非常に資源の無駄になる。よって、今回はこのような運びとなってしまい、作者としては大変に申し訳ないと思っている。
聡明で親愛なる読者諸君。この場を借りて心からお詫びを申し上げたい。
「謝るくらいなら、始めからちゃんと考えれば、ううん。レゼッタ・ガレジィートェなんかを視点にしたらどうなるかなんて、考えなくても分かるものでしょ? ウチの子よりも、判断が狂ってるよね」
この人から実際に言われると、スゴく嫌な気分になるなぁ……。合掌。
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これは数分前のことだった。
いくらなんでも、多勢に無勢に見えた。誰が見ても。
「ちょっとちょっとちょっと。なんなの、いきなり。パルティシオンたちが出て行ったら、入れ替わりにこんな連中がやって来て。まさか来るのが分かって、あの子ったらすぐに出かけたワケ?」
「さすが外事長。私の実力に全てを託してくださったのですね」
「はー。君も大概だねっ。そーゆー思い上がり。私はそれが気に食わないんだよ」
夜送舟艇の操舵を握る人物は、忌々しそうな表情をリーブス・ヘイブンへ向けていた。そういう顔になりたくなるのも分かる気はしている。なんせ、この黄金の箱舟は、妖魔、妖精、それから天上人という人種が、無数の土気色をした泥人形のような者達を引き連れ、包囲されてしまったのだった。
「しかしあの人形のように見えるモノは何でしょう?」
「さあね。君には、モノ凄~~い莫大な智慧が、その小賢しい脳ミソに詰まってるんじゃないの? 自分で考えてみたら~」
「なるほど。ここは、互いに協力し合って窮地を脱せねばならない時であるにも拘らず、そのような心が狭い御発言をなさるとは。我らが外事長とはやはり、徳の高さがあまりにちがいますね。パルティシオン様ならば、的確に、今必要な情報は迅速に、必要な分だけ、必要に応じ、答えてくださいます。駄々っ子のような貴方とはまるで違う」
「ちょっと、リーブス・ヘイブン。駄々っ子、って何? 私のこと? その言い方すごーく、気に食わないんですけどぉ」
「貴方に気に入られたくはありませんから、これで良いかと。大体、気に入られると何をされるか。いやいや、天上の高官どもは、本当に怖ろしい連中ですよ」
「もーっ。君なんて、どうせ丈夫なんだから。ちょっとやそっと触ったって叩いたって、切っても貼っても、痛くも痒くもないはずじゃない。減るもんでもないんだし。ケチなんだよ、お前はっ」
「はあ。相変わらず、礼儀もなっていないし、汚い言葉遣いの上、反省の色も無い。頭の悪さは折り紙付ですね、ルートヴィッヒ・ランベルセ」
リーブスは、自分を見ている天上人を詰まらないもの、という認識で見据え返していた。しかしこの詰まらないもの、に成り下がった人物に対しても、初めて見た時には、それなりに興味がそそられる存在ではあった。
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この目の前の天上人を見たのは、そこそこ昔だった。それでも、七、八〇〇年前か。いや、それよりは新しい記憶だったか。正確な時期は忘れた。兎に角、近年、天界と彼らが敵とみなしている邪悪なる者が大きな戦争を起こす前に、出会った、いや、この慇懃無礼な存在たちに遭ってしまったというべきか。
それまでのリーブスは、天上に住む生き物について、近隣住民である仙人の口伝で知るか、古くから伝わる書で知るか、あるいは同種の古い長老方からの見聞でしか、天の都に住む人型の生き物、の話に触れることは無かった。彼の種族は、それで不都合では全く無かったし、不満でもなかった。
ただし。たった一人を除いて。そう。リーブスはその生き物らに興味があり、むしろ、好奇心の塊だった。
彼は天界の北に位置する場所に生まれた。
そこは竜族が住んでいた。
智慧の銀竜。慈悲の金竜。平安の黒竜。そこではその三つの長がいて、一〇〇に近い数の多色な竜たちを統治し、彼ら種族は静かに暮らしていた。
そして族長らは、すなわち王であり、それぞれ竜王と呼ばれていた。その王等によって治められる竜族は、天界の北、晨明の谷、俗に、竜谷に棲み、何万年という寿命で生きていた。又、彼らは争いを嫌い、他の天上人との交流は断っていた。彼らは人との摩擦で争いが起こる事をよく知っていた。その為、竜族は、穏やかでのんびりとしている気質が合う仙人岳の仙人らと時折、物のやり取りなどをするくらいだった。仙人たちも、薬を作る時に必要な草や、畑に使うという竜谷に落ちる滝の水を少量得る為に訪ねてくるくらいで、竜族の方が他所へ出てゆく事などはほぼ無かった。
第一、彼ら自身が表に出てゆくことはまさに争いの種。竜族はそれを大変に恐れていたのだった。
竜族の体長は、成竜となるとおよそ全長十五尺。体長は一〇尺。そして、背には巨大な翼が付いており、空を飛ぶことも出来た。
だが彼らは、人間界で言われている水神系統に属する龍神族とは違っていた。「辰」と呼ばれている方ではない。どちらかと言えば、セイヨウという側の魔獣や邪悪な怪物。忌み嫌われている方に近い姿をしていた。
その為、平和ボケで満ち溢れている天界に、そんな巨大で、皮膚の硬そうなゴツゴツしている怪獣、が現われたらただの脅威。怖ろしがられるのは完全に明白。
それ故に、竜族は天界の北で細々と暮らしていた。と、いうよりは、天界の北にある晨明の谷くらいしか、巨体な竜が棲める広い場所が無かった。
そして竜族はその見た目通り、腕力も強く、五尺くらいの大岩などは簡単に粉砕できた。それに皮膚も硬く、この世の者とは思えないほど。目つきもつり目。それが高圧的で威圧的な雰囲気をさらに醸した。
――余談であるが、しばらく前に天を治めていた王にも、そういう者がいたらしい。話によれば、目つきの悪さで相当苦労をし、妃を得たと聞く。人型の同族同士であってもそんな事になる。だから竜族が、天上の都へ行くとどうなるかなど火を見るよりも明らか。言わぬが華というものだろう――
それから竜族が持つ能力もやはり脅威を齎す。口からは、炎や冷気の他、個体によっては生命の肉体を痺れさせる毒素の気体を吹く竜族もいる。それどころか、最近では、体内で電気を起こし、それを放電できる事も分かった。若い竜がやってみた。しかも炎や冷気と同様に、口から出せないかと試してみた。すると、放電する際に、喉の辺りで電気を一極集中させ放つと、とんでもない白色電光が飛び出し、結果、谷の一番高い山を木っ端微塵にしてしまった。さすがにこれには、大らかで気質の柔らかな竜族、そして滅多に怒らない竜王たちに「若いとはいえ、少しやり過ぎだ」と諌められた。若い竜は、その行為について反省はした。しかし実験の結果には満足をした。
そんなことをしてしまうのだから、彼は、元々風変わりな竜だった。
他にも、種族が接触を禁止している人型族に興味があった。彼にとって、寿命が竜ほど無いにも拘らず、様々な事をわざわざ複雑に考えて行動する天上人。彼らが考え出す答えが、実に興味深くその若い竜には伝わってくる。だから彼は、もっと天上に暮らす他の天上人らと積極的に交流を図りたい。もっと天上人を知ってみたい。そう日頃から思っていた。
そんなある日。仲の良い仙人から、人の格好になる術、とやらを教えてもらう事が出来た。それを試すと、竜族の彼も使えた。だから彼は早速、人の格好をしてみた。元々、竜族も直立出来たが、地面を移動する際は、巨体ゆえ、後ろ足をゆっくり動かし、大地をノッシノッシと身体を揺さぶりながら歩いていた。だから始めは、歩行のバランスが分からず、竜の時と同じようにゆっくり、そして壁などに手を当て、そろりそろりと歩く練習を繰り返した。すぐには仙人のようなスタスタと軽やかにはゆかなかったのだった。
だが数日間の練習でかなり上手くなった。手を壁につかず、転びもしないで、歩けるようになった。その後はすぐに、人型族と同じように歩行できるようになった。
そこで今度は、人の姿で近隣をフラフラ出歩いてみることにした。仙人岳の傍に棲む、純粋な天上人たちの街もあった。そこを徘徊し、彼らと交流を図ってみたりした。散歩中に彼らから聞かされる話は、本当に奇妙奇天烈で、しかし彼にはかなり興味が湧くものばかりだった。天上人の中には、鳥のような羽根を背に持つ翼有族や、呪姿という憐れな種族がいることなども教えてもらった。彼は話を聞かされるたびに、そんな不思議なものがいるなら実際に見てみたい、と好奇心が大いに駆り立てられた。
ならば、人種の坩堝、と呼ばれはしていないが、様々な天界の民が集う場所、王の住まう神殿があるから、そこへ行くと様々な天上人にも会えると教えられた。彼は充分に準備をし、ある日そこへと赴くことにした。竜族であることを気取られない為に、仙人の家でしばらく逗留し、竜の臭いの代わりに桃の香りを焚き付け、天上人の生活仕様もそこそこ身につけた。
そしていよいよ、天界の長が支配しているという本神殿へと出かけて行った。
だが。そこで今までに無い、本当に怖ろしい、身の毛もよだつ恐怖体験をする羽目になったのだった。これを思い出すと、今でも全身に身震いが起こる。
その元凶の一人。それがルートヴィッヒ・ランベルセという天上人。当時の天界補佐官代行。つまるところ、天界の実力者で三番目の天上人だった。
初めて出会ったのは、天界本神殿を迷ってしまった事からだった。大勢の天上人が行き交う広い場所。聞けば、この神殿の一番幅のある通路、廊下、であると尋ねた事からだったと思う。その時の自分は、人の数が多過ぎて、圧倒と共に感激をしていた。だから通行の邪魔になっていたらしい。それを教えてくれたのがルートヴィッヒだった。彼は上級役人であり、貴族であるにも拘らず、神殿に初めてやって来た田舎者の自分に親切にしてくれたのだ。しかも、この神殿の中を案内するとまで言ってくれた。自分は暇だと言って。
お陰で、神殿の一般人へ開放している場所はくまなく見せてもらえた。その途中で、様々な天上人を見る事も出来たし、この巡回は本当に有意義だった。しかも、ルートヴィッヒは、初めて来たこの田舎者を安全で善良だと判断したから、自分の上司にも紹介したいと言ってくれた。巡回する中で、会話を重ねるうちに、田舎者である自分には智慧もあり、頭も良いと分かったから、是非、上司の元へ連れて行きたいと言ってくれたのだ。
自分も、ルートヴィッヒという天上人は面白い考え方をしていたので、興味を引かれた。彼の話では、上司という人物も大変な人格者らしい。それならば、面白い話が聞けるかも知れないとついて行った。
しかしそれが大間違いだった。
ルートヴィッヒの引き合わせてくれた上司というのは、天界の二位に就く、ローレンス・ウォルシオムという男だった。彼はルートヴィッヒの言う通りに大変頭が良く、何よりも博学であった。
彼らと自分は様々な話をローレンスの執務室で重ね、彼らに茶なども振る舞われ、更に有意義な時を過ごすことが出来た。とにかく、ルートヴィッヒもローレンスも、考え方が面白かった。二人は博学で、ルートヴィッヒは医術というものに、又、ローレンスは他種の生物などに大変な興味を持っているという話を聞いた。それは自分も同じで、とにかくそこから話が合った。
そしてなにより彼らからは、大変な智慧を感じた。厖大な知識を有し、それを理性的に使うことが出来る存在。自分がどうして、天上人に興味が湧き、その存在に魅かれたのか、この二人と会話をし、分かった気がした。本当に天上人とは良いものだ、とその時は心から思った。
この時の自分は、こんな面白くも素晴らしい智者となら、我らが種族と交流を以っても間違いは起こらないだろうと思った。自分は竜谷へ戻った後に、王たちへこの話をし、やはり積極的な交流活動を行うべきと進言しよう、と考えた。
その矢先だった。もうすぐ天上が宵の闇で覆われるという頃。自分も帰らなければならないと告げると、二人は最近調整をした茶があるから最後に一杯どうかと勧めてくれた。自分はそれを何のことなく一口もらうと、一気に体が痺れてしまった。そしてそのまま気を失ってしまった。
目を覚ますと、薄暗い、なんとなくジメジメした場所に自分はいた。しかも椅子に縛りつけられている状態だった。一体、何が起こったのか分からなかった。
しかし次の会話から、何が起こっているのか速効、分かった。
「ルートヴィッヒ君。こんな素晴らしい観察対象は滅多に現われないよっ。本当に良くやったねぇ、うんうん」
「でしょー。なぜか、竜が神殿に紛れ込んでいたから捕獲してみました。私もこの前、ゼフィに習った麻酔薬を試してみたかったんですケド。陛下の食事にも混ぜておいたら、すぐ効いて。もっと、スゴイ存在でも効くのか試したかったから、渡りに船ってものです」
「うんうんうん。私も竜の血というものに興味があるんだがね。なかなか彼らは自分たちの巣から出て来てくれないのだよ。それがこうして、向こうの方からやって来てくれたなんて、私達は本当に幸運だね。さあ。まずは彼が寝ている間に、その血を分けてもらおうか」
「竜の血液かあ。そそりますね~」
「さて。どれほど抜いていいものだろうね?」
「半分取っても死ななそうですよね。竜って丈夫だって聞きますし」
「そうだね。いくらか多めに抜いたとしても、少し休んで帰ってもらえば、問題無いだろう」
かくして。怪しい二人組の傍には、大きな刃をした曲刀が怪しく閃いていた。昔、どこかの何かの書物で、竜の皮膚をいとも容易く削ぐことが出来る唯一の刃物、という物があるのが脳裏に過ぎった。たしかそれは、大きな曲がった刃で出来ている刀だった。
……まさか。
自分の身に、大変危険が及ぶ予感がした。確実に。それに、多少の怒りも込み上げた。あの二人はただの狂人。自分を切り刻み、血を奪い、何かを企んでいる。その上、もしもこんな者たちが竜谷へやって来たら――大変だっ。
一族の安全と、自分の安全のため。自分は意識が完全に戻ると。谷で過ごしている時の姿へと戻ったのだった。
その夜。天上界の中心、天界本神殿がほぼ崩れ去った。
そこには、美しくも気高い銀色の竜が姿を現して、火を吹き、風雪が巻き上がり、更には真っ白な雷の柱が何本も落とされた。王の住む荘厳で神聖な場所は、惨憺たる有り様になったのだった。
「な、なななにが起こったというのだっ。悪神の気配も、あのバカ妖魔の気配もしないのに。う、家が壊れた。ど、どどどどういう事だっ」
「うーん。そういうものでもないんだよ、シンフォリュース。ルートヴィッヒ君が捕獲した銀の竜が、突然、暴れ出したんだ」
「えーっ。私だけを悪者にするんですかっローレンス様!! 卑怯ですよっそんなの~。大体、貴方が、竜の血を半分も抜こうと言い出したのが悪いんじゃないですか~。私はただ痺れ薬を投与したまでですよ~」
「ローレンス・ウォルシオムッ!! ルートヴィッヒ・ランベルセッ!! まっっっった、貴様らかーーーーっ。こーーーのっ、大っ莫っっっっっ迦者どーもーがーーーーっ」
「パパ、パパ。りゅうのめ、おっかないでしゅ~~。びえ~~ん」
しかし。天上の長は、こんな惨事が我が身に降りかかっても、その元凶であろう竜を咎めはしなかった。
「銀竜よ。誠にすまない。いや、本当に怖ろしい目に遭わせてしまうところだった。これは主たる余の監督不行届き。この二人は天上界でも一、二を争う危険物。お前も血を抜かれた後に、切り刻まれることは間違いはない。皮膚をそぎ落とし、骨までしゃぶりつくす勢いなのだ。余には分かる。大いに分かる。そんな阿呆どもを野放しにしていた余が悪いのだ」
それどころか、とても謝ってくれた。その上、竜を深く憐れんでもくれた。加えて、天上人はこのような狂った者ばかりではなく、むしろ、この二人だけが頭がおかしいだけである、と話してくださった。だから天上人の全てが狂っている訳では無く、他は穏やかで聡明な者であり、竜族同様、平和を重んず者。ゆえに、怒りを鎮めて欲しいとおっしゃった。
そして。
「智慧の銀竜よ。今宵は咎めはしないし、罰すべき者へはその制裁を下す。しかし其とて首長であり、竜の王の一つであろう。そうある者、種族の鑑となる姿を示すべく、谷へと帰して、其もまた精進の必要があるまいか」
彼の王はそう述べられた。
やはり天の王は立派である。あらゆる生命を、枝の先にまで命を慈しみ、見守る王。そう謳われている天の王。その言葉は、竜の姿を曝し暴れた自分の心に深く突き刺さった。
自分も、人様の住処を壊すという恥ずかしい行いをしたことには変わりない。以前に山を壊した時同様、自分は未だ、自らを戒める能力が身についてはいない。これでは、他の生命に自分こそが害となる。
そう。自分も、竜王の一人。神殿へやって来た時には、便宜、リーブス・ヘイブンと名乗ってみた。だが本名はホウシギ。智慧の銀竜。竜族の紹介文などでは一番始めに出てくる竜だった。