(七)
深夜になって、空は明るくなった。月から降り注ぐ白い明かりのせいだった。この明かりの下で、彼女と見つめ合うことが出来たら幸せだな、とレゼッタ・ガレジィートェは本気で思っていた。しかしそれがまさに今、叶っていた。
「ちょ、ちょっと。なんで、どーして、あんたさんみたいなのが人世にいるのっ!?」
「三代目。僕は貴女に会いたいと、本当に心から思っていたんだよ」
「あ、あたしは心から思っていなかったもんっ」
彼女はしゃがみ込んでいて、体をややねじり、後方を振り返って顔を上げていた。いつもながら愛らしい顔。そこに不機嫌な表情。それがレゼッタ・ガレジィートェには可愛らしくてたまらなかった。
(尚。これは視点人物からの表現の為、余計な解説と、ひたすら偏った見え方や感じ方が為されている。本来の彼女は、憮然とした表情と、露骨に嫌ぁ~~過ぎる顔をしていた、となるべき表現なのだ。しかしレゼッタ氏の彼女に対する見え方、感じ方はまるで違うので注意すべきである)
「けれど三代目。僕は今、危険に満ちている場所を探査するよう、天上界の外事長から頼まれているんだ。それがこの場所なんだよ。だからここは危ない」
「そ、そりゃアンタさんが居れば、あたしにとってはどこでも危険だよ」
「でも大丈夫だよ。僕が居る限り、貴女を守ってみせる。この命を懸けて」
「いや。全然、話が通じてないってゆーか。アンタさんが居る事が、あたしにとっての最大のピンチというか」
レゼッタ・ガレジィートェは、彼女を抱きしめたい気持ちを堪え、彼女の足元に転がっている物に視線を向けていた。
「やっぱり、あった。いや、居たね」
彼もまた、彼女の隣へやってくると、静かに腰を屈めた。目の前には、焦土と草むらの境に、明らかな人型の石像が横向きで倒れていた。顔の部分は精巧に出来ていて、人がそのまま石になった状態に見えた。そう。実際にはそうなのだ。
「ところで三代目はなぜ、こんな場所にいるんだい?」
「それは貴方になんて関係無いでしょ」
「僕に会えると思ったからだったら心の底から嬉しいよ」
「全然違うもんっ。昼間、素振りの練習してたら、天使のお兄さんがやってきて、色々質問をしていったんだもん。そしたら、その後から、カルスが家から居なくなったり、おやつとお夕飯は作ったら、また居なくなったりして。だからここに来たんだもん」
「カルス君を心配したんだね」
「それもあるけど。あたしに内緒で、コソコソどこかで何かをしているっぽかったから。ズルいなぁ、あたしも仲間に入れて欲しいなぁ、って思っただけだもん」
「そうだったのか」
その理由を聞いた瞬間。彼は彼女をやっぱり抱きしめそうになっていた。なんて意地らしい女性なのか、と。それが愛おしくてたまらない。しかし、紳士たる彼は、無闇に愛しているからと言って抱きしめない、と最近誓った。むしろ、甥のミルトスに誓わされた。
『叔父さんっ。いくら自分が愛しているからといっても、相手にだって都合というものがあるんです。三代目の輝星剣士、朝倉奏さんは、確かにその前世が叔父さんの恋人だったかもしれません。でも今は、人間に生まれ変わっていて、人間としての生活を送っているんです。しかも叔父さんの事なんて忘れているんです。そんな状態の彼女に対して、無闇やたらに、愛を叫んだり抱きしめたりしては、迷惑極まりないんですよ』
『でも、彼女はエリセーヌだったし。前世も現世も、両方、いいや、来世だって、僕が生き続ける限り、彼女がどんな姿になっても愛し続けるよ』
『いえいえいえ。そういう事じゃなくて。だから、昔も今も、それから未来も、もし、彼女を愛するのは、別に構わないんです。けど。その時その時の、彼女の状況や状態に応じて、彼女と接してください、と言っているんです。今、人間界に転生している場合は、人間の彼女に合わせる事。朝倉奏さんが、驚いたり、困ったり、嫌がったりする行動は全部慎む。いきなり妖術を使って会いに行ったり、愛しているからといって、その場の感情のまま抱き付いたり、人前でエリセーヌと呼んでしまったり。それは全部ダメな事なんです』
『どうしてだい?』
『どうもこうもありませんっ。それをすると、朝倉さんが困るからです。そして近くで見守っている僕も、ヒヤヒヤして心臓に悪いんです』
『そうだったのか……。彼女が困ってしまうのなら、止めた方がいいね。僕もそう思う』
『でしょでしょ~。だから、今、言った事は守ってくださいよ。それから、彼女が気になるからといって、閑さえあれば、妖術を使って水晶に彼女を映して観察したり、もダメ。どうしても人間界の彼女に会いに行きたいという時は、僕かフク爺と一緒に行く。でも、一年に一度くらいですからね。分かりましたかっ!! いいですねっ!!』
『ミ、ミルトス君。君にしては顔がおっかないね。わ、分かった。そこまで恐い顔をするということは、それを守らないと三代目が本当に困るという事なんだね。僕は彼女を困らせたいとは、全く思っていないんだ。彼女のためになりたい。彼女の助けに、彼女の幸いになりたいんだ。うん。わかった。君がそこまで、僕の愛に尽力してくれているという気持ちも、大切にしなくてはね』
『いや。そうではなくて。どうしてそう都合のいい、前向きな捉え方になっちゃうんですか、レゼッタ叔父さんは』
『僕は君の応援と協力を大切にする。そして朝倉さんを大事にするよ』
『なんでそうなるかなぁ……』
と、いう会話をつい先日にした。だから、その甥が抱く温かな応援の心を無下にはしたくなかったので、レゼッタ・ガレジィートェは、今、傍らにいる愛する人(一方通行)に対して、気持ちを堪えていたのだった。
それに、愛する人が居るこの場所は、本当に危険に満ちていた。
「この石像は妖魔に間違いない。姿を石に変えられているだけなんだ」
「石に? 貴方がやったの?」
「いいや、違うよ。大地の神からの神罰というべきか。約束を守らなかった者への制裁と取るべきか」
「ええっ!? カ、カルスがやっちゃったのっ!?」
「いいや。それも違う。初代の大地の神の力だよ」
「そ、そうなんだ……」
彼女を驚かせる発言も減点なのかも知れない。けれど、嘘はそれ以上に言いたくはなかった。だから、三代目には心の中で「驚かせてごめんなさい」と言ってみた。
それに、彼女が驚いたり、少しホッとしたりと、様々な表情を見せてくれるたびに、彼は心が弾むような、嬉しさも込み上げるような、それでいて胸がキュッと締め付けられるような思いに駆られてしまうのだった。本当に、抱きしめないよう自制する事が、精一杯になっていた。しかも、彼女はなぜか輝星剣士として戦うための姿をしていた。こちらの世界の民族衣装、ハオリ、ハカマという上下のキモノという服を身に纏っていた。今夜は薄い桃色の上着、裾の広がっているスカートのようなハカマは濃い青色をしていた。その姿が、彼女にはとても似合っていて、とても美しくも見えた。
はあ。やはり、輝星の御方・朝倉奏さんはとても素敵な人だ。と、見惚れてしまうほどに。
「あの。大丈夫なの? さっきから、真面目な顔をしたり、うっとりしている顔になったり。びょーき?」
「そうかも知れない」
「ええーっ。だったら帰った方が良いんじゃないのっ。それがうつったら嫌だしっ」
「いや。うつしはしない。でも、僕と同じ病になって欲しいくらいだよ、貴女にも」
「ええーっ。恐過ぎるんですけどーーーっ」
「そう。恋に堕ちるとは、本当は怖いことなのかも知れない。恋をすると、同時に失う怖さと隣り合わせになるから」
「言ってることが怖すぎるんですけどーーーっ」
彼女は困惑しているようだった。
(尚。〝彼女は困惑〟はやはり、あくまでレゼッタ氏の見解であって、本来の作者から客観的に見た場合、朝倉奏さんは〝ふつーにドン引き、以外のなんでもない様子でしかなかった〟と表現すべきなのである)
「しかし三代目。今はここで二人の恋と愛について語り合ってはいられないんだ」
「か、語り合っては初めからいないんですケド」
「ここは危険なんだ」
「えっ!?」
確かに。浄められた月明かりが静かに絶え間なく降り注いでいた。
周囲には、大きな鉄製の建物にも見える不思議な物体が、いくつか焦土の上に置かれている。レゼッタ・ガレジィートェには何であるのかは分からない。しかし、焦土になっているここは、本当は大きな山の麓に広がる森。それが上空から見ると、ぽっかりとくり抜かれているようになっていたのだ。そこに、人間界ではありえない力の形跡も感じた。
そして探査開始時点では、人間界は大嵐になっていた。しかし時間が経つにつれ、それが一気に収まり、曇り空に変わり、現在は厚かった雲も晴れて月の光が落ちるほど。良い晩になった。
けれど、周りの様子も時と共に変化していった。焦土には、もともと生き物が死んだ臭いが充満していた。それを誰かが一度、浄化をした跡が残っていた。天上人の神力のようだったし、その力を今日会った天界の貴人から同じものを感じたので、彼がやったと推察される。
しかしそれを覆した力が、せっかくした浄化を打ち払い、再び、死の臭いをこの辺り一帯に広げた。つまり、この一帯には、死で満たされた何かがある。
そして目の前には、石像となった生き物。加えて、三代目の輝星剣士。
「けれど、どうして三代目はこの場所へ来たんだい? いいや、この場所へ来ることを選択したの?」
「それは、一昨日くらいにスッゴイ雷が落ちた場所だから。しかもその雷はゼンルが使った神力が原因みたいで、それを今日、天使のお兄さんが調べにも来たから。やっぱり何かあったのかなぁ~って思って。だって、リドール神が悪いことをしてたら、輝星剣士として放っては置けないでしょ?」
「輝星剣士として……?」
「うん。それにさっきも言ったけど、カルスもコソコソ何かやってるみたいだし」
「カルス君の様子も普段と違うから、ということなんだね」
「そうそう。だから、気になったから、雷が落ちた所に何かがあるのかな、と思って、こっそり出てきたら……なぜかアンタさんが居たって訳で。今はここに来なきゃ良かったって心境なんですケド」
「そうだったのか……」
レゼッタ・ガレジィートェは「輝星剣士としての責任感は素晴らしいよ。やっぱり、正しい心、善き心は、生まれ変わっても変わらない。君はなんて凛々しく聡明な人なんだっ」と、とても感動した。本来はそれを心の中だけで叫ぶつもりだったのだが、彼は感動のあまり、大きな声で叫んでいた。それを聞いた彼女は少し照れながら困った表情になっていた。そこもまた、なんとも慎み深いと意地らしく彼は思った。
(尚。もう、これ以上、彼の誤った見解を正す事に作者も疲れたため、今後は彼のおかしな見え方にいちいち訂正をすることは中止とする。最後に言わせてもらえば、朝倉奏さんは〝少し照れながら困った表情〟などではなく、〝顔の左側が大きく引きつり、こんな場所に来るべきではなかった、と心の底から思った。いや、心で叫んで、いやいや、実際に大声で言ったのだった。しかし、目の前の頭がおかしい、顔だけは異常に良い妖魔には、全くその叫びは聞こえていなかった〟と、いう事実が隠されていた。これにて、作者の修正サービスは一旦、終了。しかしレゼッタ氏のあまりにひどい歪曲があった場合は、再び顔を出すかもしれないので、読者一同は安心されたし。合掌)
「しかし貴女の善き心の行動力は、今回、必要が無いと僕は思う。だからカルス君は一人で動いている。そして初代は逆に、まったく動いていない」
「ど、どういうこと?」
「これは悪神が行動を起こしている問題ではない、ということだよ」
「でも、ゼンルが戦ったり、天界の人も人間界へ来たりしてるし。妖魔のアンタさんだって来てるじゃん」
「それは、それぞれの世界で問題を引き起こした人物がいて、それを天上界の取締官が捜査して捕縛しようと尽力しているんだ。僕はその手伝いを仰せつかっている。カルス君も大地の神として、協力をしているんだよ」
「それじゃあ、あたしもっ。あたしも輝星剣士として協力するっ」
「うーん。でもそれは、あまり良くない事かもしれない」
「どうして?」
「それは、カルス君が喜ばない事かも知れないから」
「なんで?」
「彼は、君のことを〝主〟として大切に思って、思いの通りに大切にしている。だから、そんな大切な人物を危険だと思うものへ近づけたいとは思っていないはず。むしろ、君に危険が及ばないように、自分が解決してしまおうと、ランベルセ公爵に協力と共に、牽制をしていると思うんだ」
「ケンセイ? って、どういう意味?」
「貴女にとって害になるものが近づかないように、いつでもどこからでも自分が遠くからでも見守っている。と、相手に圧力を掛けている、みたいな意味かな」
「えーっ。でも、害になるものが今、おもいっきり近くに居るのに、ケンセイっていうのがされてないよっ」
「ん? 確かにそうだね。ここはとても危険だから。こうなったら、彼に代わって貴女をしっかりと守るよ」
「カルスのケンセイって全っ然っ効果ナシーーーっ」
彼女の声が周囲に木霊した時だった。
ザワザワザワと大風が森の方から抜けていった。さっきまで、ほとんど無風であった。
「な、なに……」
「やっぱりおかしい。何も居ないのに、何かが――」
焦土が動いた。彼や彼女の足元に近い場所から、焦げ茶色になっている土の端まで。円状に広がる焼け焦げた大地の上に点在し、それらは居る。
「きゃーーーっ」
そして三代目から、恐怖に迫られた時に聞かれた悲鳴が上げられた。彼女がしゃがみこみ、横たわる石像を挟んだほんの間際で、土まみれになった人型の何かが、モゴモゴと地面からまるで生え出ていた。
「いやーーーっ。あたし、腐りモノって、ホントにダメなのぉぉぉーーっ」
彼女は思わず近くにあったもの、つまるところ、レゼッタ・ガレジィートェに向かって思いっきり跳び付いた。
「さ、三代目……!!」
「はや、早くぅーーーっ。何とかしてっ、どーにかしてっ。追っ払ってよーーーっ」
彼女は彼の左半身に、まるでコアラのようにしがみ付いていた。通常の彼ならば、誰からも触られたくなければ、触りたくも無いし、フクロウの伯爵にも肩を貸したくはないほどであった。しかし彼女は全然別だった。
「わかったよ、三代目。貴女の気持ちが」
「わかったなら、早ーーーくっ。急いでっ。やっつけるか、追っ払うか、一網打尽にしてよーーーーっ」
こんな窮地に陥っても、彼女の気持ちを垣間見ることが出来た。いいや、こんな窮地に陥ったからこそ、彼女は自分の本当の気持ちに気づけたのかも知れない。
「――僕は、貴女が僕に抱く心に今、応えるよ。無事に帰れたら結婚しようっ」
「うわーうわーっ。なーんでもするからっ。早ぁぁーーーくっ。な~~~んとかしてよぉ~~~~っ」
こうして。彼女の想いを受け取り、彼は右腕を振り上げ、掲げた手には真っ白な神聖な光を灯した。それは、まるで彼女を花嫁に迎える時に着せてやりたいと思う、純白の心洗われるような、清らかな白さだった。
その光が、四方八方と放射状に伸び、辺りを照らした。その光から、キラキラと光の粒が降りそそぐ。まるで粉雪が降るかのように。
「ああ。僕の心は幸せな気持ちでいっぱいだよ、三代目」
「うへーーん。まだいる? もういない? こーわーいーっ」
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これは完全なる人選ミスである。わたくし作者が視点人物に選んだ者は、全くもって読者諸君に正確さの欠けた情報ばかりを伝えている。その為、これ以上、彼の視点で描き続ける事は作品進行に支障をきたす。むしろ続けることが不可能である。
よって、この場面については後日、時の逆巻き術を使い、何が起こったのかを精査したランベルセ公爵が整理をした報告視点にてお送りする。
尚。なぜ、ランベルセ公が後にこの場面を見返さなければならなくなったのか、といえば。先程のレゼッタ氏の発言に対し、朝倉奏さんが応えてしまった言葉により、ちょっとした騒動が起こった。
だが、聡明で親愛なる読者諸君は「ぜってーなるよな」「レゼッタ・ガレジィートェって卑怯よ」「天然恐るべし」「まあ想定内」と、様々な想定がなされることだろう。
とにかく。この一連の発言をめぐり、ランベルセ外事長が、空間の隔たりで起こった事案を解決する、という業務の一環で、自ら乗り出さねばならなくなるのだった。彼もまた、よほど仕事が好きな人物と言えよう。合掌。
「好きでやっている訳ではないのです。いい加減な発言は慎んで頂きたいっ」
まあまあ。