YASOU SHUUTEI NO PURIN TEIDAN

夜送舟艇のプリン艇団

TEXT ONLY EDITION

榛名 暒

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初回掲載2026年9月4日

第6章

 外事局は他世界間の揉め事などを、仲裁、調停、などを公平に行う機関だった。それなので、本来は冷静沈着があるべき姿だった。しかし、揉め事や争い事には、往々にして危険が付きものだったりする。その為、それをも時には必要だった。で、あるからして、天界外事局は文武両道に長けた優秀な者、で構成させていた。とりあえず、自分の部署はなんとか上手く配する事が出来た。

 それに対し。本来は穏健で従順なか弱き生命を取り扱う天界執行役、死神たちは違う。

「ユーディア執行役。改めて、遠方まで御足労を掛け、申し訳ない。事情は私の部下、リーブス・ヘイブンよりお伝えした通りだ。すまないが外事案件に、貴方の執行役が関与している疑いがある。違反者捕縛に力を貸して頂きたい。貴方達も問題を抱えているようだが、こちらも難儀している。どうか手を貸して欲しい」

「……ランベルセ公」

 部下への指示を終えると、改めて古くからの友人へ顔を向けた。ユーディア執行役。緋色の着物を着た本来は仙人である永霞侶。常に、執行役最高責任者の重圧で目の下にはクマの絶えない人物だった。しかし今回の事により、その顔の頬はこけ、最早やつれ切っている。

「……此度は、我ら天界執行役の引き起こした数々の所業。本当に、相すまぬ」

 吹けば飛びそうな体も、隣に立っているイシュール補佐官によって支えられながら、なんとか直立させているような状態だった。

「最高執行役殿。こちらも、違反者捕縛の為、道々、貴方がたの話は聞きたい。先行して、外事に支援くださっている大地の神と、貴方の部下であるウォルシオム侯爵が敵陣へ向かってくれた」

「ウォルシオム侯が……。夜送舟艇に居たと、エドワードら特殊行動班から報告を受けていた……。しかし……ウォルシオム侯が」

「そうだ」

 ランベルセは一旦、ユーディアから視線を外した。そして頭上に浮かぶ幼馴染みが残していった槍を見上げた。

「この槍には敵陣へ導く、導線指標法メトリカト・シリーを施してある。だから、いつでも〝モ・シーテル・フィ・アルールド・エデカルシア〟というものの場所へ行くことが出来る。外事局としては、その者と、それに付き従う者、天界執行役や妖魔も加担していると考えている。それが、人表界へ侵攻した、という重大案件ではないかと今の段階で判断している。ユーディア最高責任者。それに間違いはないか?」

 静かな口調で再び死神長の方を向く。

 ユーディアは蒼白い顔で「……概ねは」と返事をした。

「ユーディア執行役。そこで幾つか手短に聞いておきたい事がある。モ・シーテル・フィ・アルールド・エデカルシアとは? そして、その者の狙いに見当が付くのであれば、それを教えて欲しい。外事にとって、違反者捕縛の有益な情報になると考えられる」

「……モ・シーテル・フィ・アルールド。それは、実体の無いもの。一つの考え方、方向性を意味する。エデカルシアは人の名。彼はその考えを実行する者として、その考えに基づいた者としてモフィルドと名乗った。思想に忠実な者として、考え方と自身を混在させ、その考えそのものが自分であるとし、それを実行に移した」

「モ・シーテル・フィ・アルールドという考え方? どういった意味だ」

 ランベルセには聞いたことの無い言葉だった。

「……それは我ら執行役が死者たちに対し、来世へ往く時に贈る言葉。しかし、その実態は、他世界から天上へ生命を向かわせる時に起こる空間摩擦、それらから彼らを守る保護膜を張る緩衝結界の呪文なのだ。それを張る時に、執行役らには、死の直後であり、か弱き存在となっている生命に対し、慈しみの心を持って挑むように指導した。生を全うした生命は、死に対して疲弊をしている。死とは真の智慧のあるごく僅かな者以外は、大きな恐怖を抱き、その恐怖に苦しむ。執行役はそのような状況を潜り抜けた生命らを取り扱う。

だから、慈悲を以って、生き逝く者へ祝福をという念を込め、少しでも彼らの心に寄り添い、安穏を齎して来世へと導くように。そう教えた」

 ここまでの話を聞いて、ランベルセは特に違和感を感じてはいなかった。とりわけ、おかしな事、理に適っていない事を友人は言っていないと思った。

「しかし、エデカルシアは……その苦しみや恐怖に対し、ひどく憐れんだ。そう。彼は心底、生命に対し、死が齎す負の感情が、あまりに悍ましいものだと強く思った。だからその死が生命に訪れないように、あらゆる生命に二度と生まれてこないように、誕生が無ければ死も無い。輪廻が起こらないようにすればいい。その為に、一度、死にはするが、もう、それ以上は生まれもしないし、故に死することもない。そうしようと考えたのだ」

「死なないようにする……?」

 荒唐無稽な話だった。いや、古来から、不死を求める人間の話はよく聞いた。現状を終わりたくない。だから不老を願ったり、永遠に生き長らえる事を彼らはよく望んでいた。特に権力者などにその傾向が強かった。その為に、人間界的魔術の道具やら儀式などが、盛んに行なわれていた。そのたびに、他人が殺害されたり、意味の無い膨大な時間が費やされていた。

 エデカルシアという人物はそうした事をやろうとしているのだろうか。しかも、それは自分の為という訳では無く、全生命に対して。

 死なないようにする。つまり、死なないようにしたい。なりたい。それは、その死というものに対する恐怖から、心を守りたい。ひいては、その恐怖から解放されたいから、という理由。

「しかし霞侶。それは、法則に外れた考え方。ゆえに、それを望んでも絶対に叶えられない。下手な考え休むに似たり、と思われるが」

 と、自分の考えをつい言葉に出してしまった。

 しかし。なぜかその発言の直後。周囲がシンと静まり返った。友人の顔もわずかに、ヒクッと表情が揺れた。そして、その直後に「君って……」と、背後で操縦桿を握っている父の声がした。と、思った瞬間、背中の方で大きな声で笑い声が立った。勿論、父の声で、あはははっと。

「ちょっ。ど、どうして。なぜ、笑うのですかっ」

「だって。君のその言い方。もっとさあ、何か違う言葉があるでしょ? よりにもよって、下手な考え休むに似たり、って。君も往々にして、言ってくれちゃうね~。さすが、腐っても公爵家のお坊ちゃんだね~」

「はっ!? どういう意味ですかっ」

「さすが、我が息子っ。大きく高くの上から目線っ。よ、ランベルセ公爵閣下っ。ぷぷっ」

「ちょっと。失敬なっ」

 父にとっては抱腹絶倒だったのか、高らかな笑い声が止まらないようだった。よく見ると、部下も、特にリーブスはニコリと微笑んでいるし、外事の者達も肩を震わせている。一方の執行役達は、完全に唖然、いや、途方に暮れているような顔をさせていた。

「公爵。一応、俺たちも散々苦心して、執行役の役割と存在意義を考えての現状なんです。そんで、ユーディア様もレイモンド統括長も、まあ、こんな感じで萎れちゃったンす。もう少し、まあ、言い方ってものがあるんじゃないンすかね」

 友人を支えている従弟がやれやれと、結構本気な真顔でランベルセに言った。

「いや。私は決してふざけて、まして、執行役の存在意義や役割を莫迦にして発言したものではない。しかし私は、エデカルシアという者の懐いた考え方と、それに基づいた行動を馬鹿馬鹿しいと言っている。法則は変える事の出来ない、言わば、人間にとっては酸素が無ければ生きられない、植物の光合成には光がなければ成り立たない、というそれだけのこと。生まれれば死ぬ。そんなことは当たり前ではないのか? それを天上人如きが、動かす事の出来ない定理に対して抗おうとし、挑んでしまっている。この生命の法則に関しては、抗いを、やってみなければ分からない、の話ではない。やらなくても分かるだろう、ということではあるまいか。イシュール。君とて、それをプレンティスや霞侶から、強く、言い聞かせられたのではないか」

「そりゃ勿論。代行からは、もう、骨の髄にまで染み渡るほどに叩き込まれましたよ。何度、あのデカい大鎌でタコ殴りにされたことか。死した者へ慈しみを。心砕き寄り添う事。それを毎日、俺が清く正しく実行しているのを公爵だって見てるでしょう?」

「毎日ではないが。わりと知っている」

「でしょ~。けど、エデカルシアは、なんつーか。その慈しみと憐れみを勘違いしちゃったっつーか。ま、神力が強かった分。自分でも、その法則っていう大波を制する事が出来ると思い、その大海原へ舟を漕ぎだしちゃったワケですよ。自分の乗り物が板っきれ一枚だって気づかずに。だから、あ、いや、ホント、公爵がおっしゃる通りに、アイツは莫迦かも知れませんけど」

「そうだろう。だから私は別に他人から笑われるような事は言ってはいない」

「あ、でも。笑ったのは自分の親ッスよ。もろ、家族。他人じゃないッスよ」

「揚げ足を取るものではない、イシュール」

「へいへい」

 自分だけが憮然とした表情になっているに違いない。けれど、執行役らが困り果てた事件というものが、あまりに稚拙な考えを持ち、それを実行してしまった者がいる事、というあらましだったのだ。そんな事に、アレックス、プレンティスのウォルシオム侯爵夫妻は巻き込まれ、自分などは世界中で一番厄介な人物と共に行動しなければならない羽目になった。ランベルセにとっては、この事態を招いたエデカルシアという者が非常に恨めしい。

「霞侶、いや、ユーディア執行役。私は天界王陛下より天界最高責任者補佐官として、アナタ方天界執行役の解決をしかと見届けよ、と命も承っている。彼のお方の名代として。ゆえに、私は外事局としての他空間侵攻罪を犯した者の捕縛はするが、エデカルシアに対して執行役がどのような結末を着けるのか。これよりアナタ方と行動を共にする」

 ランベルセは槍の方へと再び向いた。

「おそらく。敵地では大地の神とウォルシオム侯らが、下地をもう作られておいでだ。敵陣へは、出来るだけ急ぎ向かわられたし、と六源は言っておられた」

 そう言いながら、彼は右手を槍の方へとかざした。すると、槍が白い輝きに包まれ、その輝きは白い光の粒へと変化し、ランベルセの掌へサラサラと流れていった。彼はその光を手の中へ集約させる。その光る白色の粒は、先程、アレックスらが戦い、その相手となった黒衣の女の血液を付着させ、そこから取り出した彼女の記録だった。その光の粒を一旦、自分の中へと取り入れる。すると、頭の中で彼女が過去に視覚から得たものが同期した。ランベルセはそこから、何所へ行くべきかと、幾つか彼女の記録を浚った。ピンポイントを一枚の写真のように写し、スライドを一枚一枚見るように手早く映像を送った。

 その中に一枚、見覚えがある人物が映る場所があった。昼間、西園寺の家で水晶を覗き込んだ時に見た人物だった。袖の無い黒衣を纏った男。肌は手も顔もくすんだ灰色。髪は赤味が強い橙色をし肩まである。端正な顔立ちに、髪と同色の瞳はぎらぎらとしている男。そしてあの時も思った、不思議なほどに品はある。しかし全体は太い眉と目はやや吊り上り、野生の中で群れる百獣の王のような印象の人物。

 ランベルセはその人物の映る記録を更に詳しく知る為に、そこに残されている〝記憶〟の方も覗き込んだ。

『エデカルシア様。我々は貴方様が願った尊い標、その成就のために最後まで参ります。黄金の船に寄せ集められた憐れな人間に、再びの苦を齎さない為。聖められた母と貴方様より齎される新たな生命となり永遠の安穏へとお導きくださいませ』

『ミルゲリフィ。その時は間もなく訪れる。お前はその瞬間まで、か弱き生命の守護者として、私の成就の為に命を紡げ。聖し母が我が血を受け、真なる大いなる聖母として降臨する時まで』

『仰せのままに』

 この場面から、黒衣の女が目の前にしている男――この人物こそがエデカルシア――へ非常に心酔している事がひしひしと伝わってきた。目の前の男の考えが素晴らしい。彼女も、考えそのもの自体が自分である、と強く思い込んでいる。

 つまり、生命の苦を何とかして無くしたい、と。

 しかしそんな事は無理である。しかもこの二人の会話は、非常に怖ろしい内容を語っている。

 エデカルシアという人物が、か弱き生命を救う為に取ろうとしている方法。それは、現世をとりあえず終わらせ、次へと生まれ変わるまでの生命の素状態(分かり易く言えば、肉体を持たない心だけの状態、又は、便宜上で言えば魂のみの状態)にし、その生命を次へと向かわせず、永遠にどこか、または何かに留めようと、しているらしい。しかもその方法が、現世の終了から来世には生まれないようにすると言っているにも拘らず、良く聞いてみると違っているようだった。

 その方法というのは、エデカルシアと聖なる母が新たな生命を齎すと言っている。それはつまり、エデカルシアと誰かの間で血の繋がりを持ち、その誰かに新たな生命を齎そうとしている。ランベルセにはそう聞き取れた。多分、誰が聞いても、黒衣の女(名はミルゲリフィだと思われる)が〝聖められた母と貴方様より齎される新たな生命となり永遠の安穏へ〟と発言をしている。しかし、新たな生命として誕生しては、生命がいずれ見舞われる死への恐怖が生まれてしまうのではないのか? エデカルシアが最大の目的としている〝死を恐れる恐怖からの回避〟に対し、根本から矛盾をしている。

 しかも、この流れから、そしてわざわざプレンティス・ウォルシオムを攫ったとなると。彼は、プレンティスを聖なる母、つまり彼女と血の繋がりを持とうと、言ってしまえば、我がものとしようとしているのではあるまいか。

 こうなってくると、最早、人間界で良く見かける新興宗教の教祖らが使う悪質な手口の他ならない。教理に基づく聖なる行為。尊き師から与えられる神秘のチカラ。しかし実態は、全くのペテンとインチキな理論を振りかざし、女性を強姦するだけの話。悪いが、エデカルシアとやらの発言と行動が、先程のミルゲリフィとの会話で矛盾をしていた所をみると、十中八九、か弱き生命の為に救いを齎したい、ではなく、プレンティスを手に入れたい、という欲望が突き抜けたのだろう。信者=ミルゲリフィに対しては、聖なる母が命を苦しみから救う。彼女から新たなる生命として生まれれば、安穏が約束される。その手助けをミルゲリフィはやっている。と、表向きは言っていることになる。信者は、狂信化するほどエデカルシアに心酔している(もはや洗脳に近いレヴェルの状態になっている)から、彼の話を疑うどころか、何かおかしいと気づきもしない。

 まさに、死神から派生した新興宗教でしかないものだった。

 いや、もしかしたら。はじめは、本当にか弱き魂を救うつもりだったのやもしれぬ。しかしエデカルシアの中で、救いから、自負の念や、死神という特殊な職務に就いた選民思想などが膨れ上がり、自分が救いの主であると思想の頂点に達してしまった。死して間もない疲弊した魂に、寄り添い、労わる事。それ自体は悪いことではない。天界執行役として、最も心がけるべき彼らの真髄、といっても過言ではない。

 そしてプレンティスは、執行役の中でも、誰よりも生命を平等と慈悲の下で取り扱っている。最優秀の死神。執行役を直属に配している天界王からの覚え目出度き、又、霞侶やイシュールら上位者からも尊敬の念を持たれている。しかも誰よりも何よりも見目麗しい。それは彼の最古の女神、輝光妃の孫、ともいえる血を受け継いでいる点も少なくは無い。そう。『黙っていれば、静かに侯爵邸の奥で留まっていれば』、天上界で最上の美姫である。(後に、何らかの拍子でこの見解が本人に知られることになり、ランベルセは三日ほど自宅療養が必要になるが、それは別の話であった)

 基。とにかく、エデカルシアについては、全てを考慮し、まったく。何とも言えない。ランベルセからしてみたら、エデカルシアとは、救いようがない男でしかない。単に、美しい彼女を自分の好きにしたいだけ。そんなこと、本人にしてみても、彼女の夫にしてみても、嫌悪と卑劣な話である。

「アレックスはそれを知っていたのやも知れない……」

 ランベルセも不思議に思っていた事があった。なぜ、アレックスとプレンティスが入れ替わっていたのか。代わる為の必然性。それがどうにもわからなかった。けれど、一連の事情などを知るにあたり、こじ付けや想像でしかないが、一応の筋道が立てられる。

 それはどこか以前のタイミングに、エデカルシアがプレンティスを狙っていると分かる瞬間が、アレックスにあったのかも知れない。それどころか、エデカルシアのような人物は、堂々と夫に対して挑発ともいえる発言をしたのかもしれない。つまり、故意に。本当に想像でしかないが、無いとは言い切れない。

 だから。嵐の晩に、プレンティスが一人で人間界へ行かなければならないタイミングが訪れた時。これも、もしかしたら彼女を一人誘き出すために仕掛けたのかも知れない。それを心配をしたアレックスが彼女を追った。そして、エデカルシアの信者が捨て身の攻撃をし、プレンティスを攫おうとした瞬間。夫が妻と入れ替わった。アレックスほどの高等神術使いであれば、誰にも気づかれずそれを遣って退ける事など簡単だった。又、プレンティスも夫が自分と姿を入れ替わるような術を使って、しかも、プレンティス自身も自分の周囲で不審な動きを感じていれば、それが必要な時と判断し、夫の姿で彼をやり通す事を選ぶだろう。

 故に。あの夫婦は、互いの姿を入れ替え続けている。それは辻褄があると考えられる。

 と、ランベルセに考えが浮かんだが。しかし、本題は、そこを考える事ではなかった。彼が、『見たかった』のは、黒衣の女信者とエデカルシアが居た場所。そこへ、自分と外事局の者、それから執行役らを導く為に、場所の特定をしたかった。アレックスの槍が彼女の血に触れ、彼女の足跡がある、つまり黒衣の女信者が行った事がある場所を基点とし、そこへ瞬間移動をする。導因術を使う為に、彼女の記憶を覗いたのだった。

 更に、彼は槍に遠感術を施していた。導かんとする場所が、出でて問題がないか。絶対安全とは言い難いだろうが、少なくとも、罠や待ち伏せ、面倒事が降りかからないか。あとは、目的地として間違いはないか。それを探っておきたかった。

 そして彼が遠感術を通し、槍に触れた血を通して見えた、彼女の足跡。敵陣の現在の様子は、奇妙な、というより、ランベルセにとっては、少々、げんなりとするものだった。

『モ・シーテル・フィ・アルールド・エデカルシアの下に。最後の聖戦へ、我らは死をも恐れず。死を越えた楽園へと向かう』

 遠感を通して見えているのは、黒衣の女ことミルゲリフィが厳かな声でしゃべる様子だった。彼女の脇には、どこの誰だかは分からない人物――狼人と老婆、それに美しい青年――が立っていた。どうやら、エデカルシア一味の幹部のようだった。だが、問題の張本人はいない。ボスも近くに居るのだろうが、遠感術はあくまで基点感知から発展となる。

『夜送舟艇を我らの手に』

『ひひひっ。死を以って祝福を』

『もう誰も苦しまなくなる。幸いの始まり』

 どうやら彼女らは、現状の把握が出来てはおらず、これから遂に夜送舟艇を手中に収め、彼女らなりの〝善行為〟を仕上げる、といったつもりのようだった。と、いうことは、そのうち、この夜送舟艇を襲撃に来るのだろう。

 しかし、まあ、もう。誰が来ようとも、この船には父ルートヴィッヒにリーブスがいる。どちらか一人がいるだけで、ほぼ完全無欠の勝利となろう。と、いう事で放っておいても問題は無い。

 だが問題は、エデカルシアも幹部と共にこの船へやって来るつもりなのか、それが分からない点である。

『必ずや、モ・シーテル・フィ・アルールド・エデカルシアの下へ。我々の手をもって、黄金の船を持ち帰るのだ』

 黒衣の女ミルゲリフィが、その他の仲間に向けあくまで厳かな口調で言った。それに対して、狼人と老婆、青年は『モ・シーテル・フィ・アルールド・エデカルシアの祝福があらんことを』と、声を揃えた。本当に彼らは、マインドコントロールでもされた憐れな新興宗教の信者のようだった。

 と、いうことは。この四人で夜送舟艇へやって来て、これを奪っていこうという事になる。ならば、エデカルシアは少なくともこの船へ来ることは無い。おそらく、彼も敵陣のどこかにはいるはず。それならば現地で探し出すしかない。それも難しくは無いはず。彼も天上人。生命の気配で探り当てればよいだけの事。

「――では。我々もいよいよ、敵の本拠地へ向かう」

 ランベルセは右手を槍へと掲げたまま後ろへ振り返り、外事や執行役などが一堂に会している方を見た。

「外事局ロック・エディスとナツメ・カリオ、及び天界執行役らは私と共に北洋圏の孤島へ向かう」

 そう。一番大事なことは、敵陣がどこにあるかだった。遠感術を飛ばし、ミルゲリフィの居場所を特定してみると、彼女の気配はこの表の人間界ではなく、人裏界の方からしたのだ。

「に、人裏界っ!? そちらの方に隠れていたのか……」

 誰かがうめき声のように呟いた。驚くのも無理はない。だが、敵もよく考えていると思われる。

「へー。確かに向こうの世界なら、魔法使いも大勢いるし、妖魔や妖精が森や古い建物に住みついたり、ディープな連中は人間の振りまでして暮らしてるからね。どさくさに紛れて、悪人の能力者にとっては地下活動しやすいかも」

 これは父の声。そしてその言葉通りだった。

「でも、そんなのを外事は見逃してるの? 職務怠慢だなぁ」

「ルートヴィッヒ大閣下。それは我々に対して、些か失礼ではありませんか。この外事局は、その長である貴方の御子息の号令の下、立派に全界の生命の為、命を懸けて日々尽くしております。貴方のような、非道極まりないナマケモノのテイタラクではありません。ご立派な大人物です。その方の指揮を執る部門なのですから、見逃しなどではありません」

「ふーん。ウチの子の方が、ボケ・抜けだらけのテイタラクだと思うけど」

「ルートヴィッヒ様。貴方、今はそんな事を言ってらっしゃいますけれど。そのうちきっと、我らが外事長たるパルティシオン様に吠え面をかかされますよ」

「へーえぇえ。むしろ、掻いてみたいね、吠え面。私、生まれて一度も、そんなもの掻いたことがないからね。それに比べてウチの子は、しょっちゅう、掻かされてるよ~。私や坊によってね~~」

「お二人はこちらの真の実力がわかっていらっしゃらないのです。愚かなものです」

 父のどうでもいい息子批判。それに対して、なぜか部下に庇われている。正直、恥ずかしいし、情けない。そして、格好が悪過ぎる。

「二人とも。時機は丁度いい。口論をしたいのなら、この件が済んだら好きなだけして欲しい」

 ここは冷静を装うことにした。本人不在の論争を止めさせると、ランベルセは改めて執行役らの方を見た。ここへやって来たのは、死神長の霞侶。それを護衛するイシュール。彼はプレンティスの直属の部下でもあるから、彼女を心配しての同行でもあろう。それから執行役ではないが、妖魔界からの協力者という事でミルトス王太子がいた。

「霞侶。レイモンド統括長はどうした?」

「……彼には私の留守を任せた。マリアンヌと統括班も天上で、本来の執行役の職責を果たしてもらっている。こちらへは最少人数で来た」

 彼の指示は頷けるものだった。しかし、戦う術を持ち合わせていない仙人の霞侶が戦地となる場所へ赴かなければならないことは、執行役らが、いかにその真価を問われているかが垣間見れた。

 ランベルセは彼らの方を向いたまま、もう一度、遠感術で敵陣の様子をうかがった。そこには黒衣の女の姿も無く、人狼も、そして老婆が瞬間移動術を使う姿が見えた。

 そして。

『夜送舟艇を持って帰って来たら、エデカルシア様は喜んでくれるはず。そしたら。ぼくもやってエデカルシア様の息子になれる。なれたら。ぼくも幸せになる。先に死んだミルゲリフィは。もう。約束の場所で……幸せになっているよね』

 最後に残された美しい青年がそう呟いていた。それから彼も姿を消す。

 つまりエデカルシアの部下たちは、出撃をしたということだろう。彼の独り言から、ボスのエデカルシアはやはり人裏界の根城に居ると考えられる。こちらも、手薄になった敵陣へ乗り込むチャンスといえるタイミング。

「では天界執行役は私と同行を。それからミルトス殿下。申し訳ございませんが、殿下にもここで夜送舟艇の番を願います。ここで一戦起こったら、貴方の力で人間界への影響を極力抑えて頂きたいのです」

「影響? そんなスゴイ戦いが起こったりするの?」

「わかりませんが。しかし、下手に派手な術などが炸裂すると、人間たちが騒ぎますので。それをできたら隠して頂くか、もしくは、応戦し、早急に解決をして頂くか。御願致します」

「えー。戦うの? 恐いなぁ。戦いとかは叔父さんがやってくれればいいのに」

「レゼッタさんには、調査が済み次第、夜送舟艇へ戻って頂く手筈になっています。そうしたら願い出てください。が。そうなった場合は、貴方が戦い全体を煙幕に巻くような、人間には見えない措置をしてくださいね」

「えーー」

 最低限の言葉で伝えた。しかし敵も、もう、そろそろ来る頃だろう。

「では、外事、及び執行役。私の周りへ、早く」

 指示を出し、ランベルセはすぐさま詠唱を始める。

「――指し示したる地。幾多の時と空より、我が示せし目的となる地を導引せよ」

 一足早く、飛び立って行って紅の魔道士が唱えた呪文をランベルセも口に出す。そうしている間に、外事局の二人や執行役らが彼の間際へ集まった。ランベルセは彼らの中心にいる。だから導引移動術を、自分を中心とした円状に敷いた。全員、その中にいる。神力も移動可能なほどに高まった。

「――導引移動術メルカ・リーリデイ

 術を発動させた瞬間だった。足元が一瞬、ぐらついた。まるで地面から突き上げを喰らう大きな地震のように。これは術の効果ではない。

「もう来たのか」

 術の光に包まれ、赤い光の中から見えた光景。それは操縦桿周辺に、何か大きな光が煌いたところだった。けれどそれを目にしたと同時に、ランベルセは場所の移動を完了させていたのだった。