「だからあまり、ぎったぎたにやっつけないで欲しいのですが……」
天上界の慈悲は、本性が丸出し一歩手前くらいな鬼の形相で、妖魔の女に槍を突いて突きまくっている。そのくり出す速さと、連続性に、大口を叩いて正義を嘯いていた妖魔も、相当、疲労が出てきたようで、反撃どころか、鋭い攻撃を避けるのがやっとという状態まで追い詰められていた。
しかし、それでも、あの死神界最強の攻撃を避け続けているだけでも、あの女妖魔はすごいと感心してしまう。あの恐るべき死神に対しては、相手にした者はほぼ瞬殺されるのが常。だが、その誉れも、あっという間に消えた。
アレックスの手にした槍が、一旦引き戻されると、それを彼はくるりと大きくひと回転させた。その間。女妖魔が戸惑いと共に、攻撃が止んだ安堵の呼吸を刹那、吐いてしまう。彼はそれを見逃さない。むしろそれを誘発させたのだろう。その隙を、アレックスは容赦なく、妖魔へ向けて鉾を衝いた。切っ先が彼女の左脇腹を裂く。同時に紫色の血がバッと噴き出した。
「彼女は間違いなく妖魔ですね」
少し距離を取って一部始終を見守っていたカルスは、目を凝らし、女妖魔をさらによく観察した。血の噴き出し方は、突然、皮膚が切り裂かれたから勢いがあるのは当然だった。けれど脇腹は妖魔にとって急所でも何でもない。但し、痛みは相当あるに違いないし、なにしろ、自他共にその出血状態を放っては危険だと感じる致傷だった。きっとアレックスも見せつける事を意識し、やったのだろう。つくづく、相手にする場合は賢しく、一筋縄ではいかない人物だとカルスは思う。
しかし今は共闘関係。そして、こちらの意を汲んで、策をしっかり講じてくれている。それについては不満は無い。
「くぅ……。よくも」
「とても辛いだろう? それでも君はまだ、僕に刃を向けるつもりかい」
「ワタシは……それでもモ・シーテル・フィ・アルールド……エデカルシア様のお導きを……」
「エデカルシア。やはり……それが原因なのかい」
苦悶の表情を浮かべた女妖魔は、脇腹に手を当てる。そこに白色の光を灯した。回復術を掛けているように見えた。だが、その一方の腕を上空へと伸ばし、大きく前に向かって振った。
すると空の彼方から、無数の、妖力とも神力、魔力ともつかない力を感じた。
「何をしたのでしょう」
それがあと数秒でここへ到達する。カルスは自分と、傍に浮かんでいるアレックスに緩衝結界を張る。彼は槍を手にしたまま、妖魔の女が言い放った言葉に気を取られている。そして何かを施した彼女自身は消えていた。
直後。
「これは――」
凝らした目に、チカチカと白色の発光体が映った。はじめは一塊に見えた。だが、近づくにつれ、それが無数の白い光玉、しかも何らかの強いエネルギーを帯びた物であるのが分かった。それが降り注いでくる。
「重層障壁」
「しかしこれは」
迫る光は、真っ白でもない。白い半透明の膜に覆われた、中身は水色の透明な液体が入っているような球体。大きさは人の頭と同じくらい。
「ンだいっ。こんなマネしやがって」
「どういうことです?」
カルスの間近へ移動してきたアレックスは、言葉遣いと表情がほとんど元の人物になっている。彼は結界へ当たる物を睨みつけている。
その結界にぶつかる物は、ビチャッともベチャッとも聞こえるような、耳触りの悪い音と共に透明な防壁に当たると半透明の膜が潰れる。まるで熟れた果実が地面に落下し、潰れて中身が出てしまう。それと同じだった。ただし、結界にぶつかった物は、幕が破れると壁に粘着質を伴った紫色の水溶性の物体がへばりついた。
「これは……」
しかも、紫色のへばりついたものをよく見ると、人の顔のような模様が浮かんでいる。
「霊魂爆弾だよ」
顔はハッキリと誰であるか識別は出来ない。たて長の円形に、ふたつの窪み、その真ん中に一つの窪み、その下には横広がりの丸い窪み。表情が無い、いや、虚ろの表情ともとれる人の顔に見えた。
「しかし爆弾というからには、爆発するのでしょうね」
「そうさ。でも、コイツが的に当たって、べっちゃべちゃになって憑りついた後。この魂たちに呪いを掛けると、魂たちの苦痛がエネルギーになって爆発するっていう、画期的なシロモンだよ」
「悍ましい呪術にしか聞こえませんけど」
「そーですよ。だから、アタシらはこーゆー憐れな奴らを、キレイにしてやんなきゃならないンですよ」
「私も含まれているのでしょうか」
「これ以上、悪評を高めたきゃあ、見てるだけでも構いませんぜ」
「はあ。どうしてそう、痛い処を突くのでしょう」
「いいかい? アタシは、呪いで爆弾にされちまった魂を、光の力で呪いを解除するから、アンタはその後に命を浄化して、普通の死者の霊魂に戻すンだよ。わかったかい?」
「勿論、理解は出来ました。ではすぐにでも取り掛かってください。私は今すぐにでも浄化を出来ますから」
「せっかちなお人だねぇ」
カルスは自分の三色杖に十分な神力を込めた。それを見た目つきの悪いアレックスは、小さくため息を吐くと、手に持っていた槍を空へ向け、投げ放つ。
「我が命に宿りし光。今ここで、その真なる力を解き放ち、あらゆる生命に祝福を――」
彼は胸の間で手を組んだ。その手と胸の間に出来た小さな隙間に、白金色の神々しい光が生まれる。
「凄い力の持ち主と思っていましたが、もの凄い力を秘めていらっしゃったんですね」
リドール神を倒すために生み出された六源神。その初代、つまり真の六源神の光の神。その娘。父親から受け継いだ物が、どれほどのどんなものか。正直、誰も推し量ることはできないだろう。そして本人も、おおよその見当くらいしか分からないのではないか。それほどまでに六源神の力は底知れない。
でも彼女から感じる今のエネルギーは、目の前の魂たちを救わんが為に、惜しみなく放出されている。このまま浄化すらも出来てしまいそうな力にも感じた。
「解除」
胸の前で、左右の握力を比べるかの如く固く握り合った両手、そこから両肩までを震わせて、今やアレックスの全身から、白金の輝きが溢れている状態になっていた。その輝きが呪文を終えたと同時に、今より高い荒天の夜へ、一気に上昇した。しかもそれほど遠くではない距離の所で、一旦集約し、カッと大きな閃光が空で起こった。一瞬、闇夜が真昼以上に白く光る。アレックスの放った光は、よく見ると、前もって投げ放っていた槍へと到達していた。大きな閃きは、彼の神力と槍とが結びついた衝撃だったのだろう。
そして、神力を得た槍は白金の輝きを膨張させる。そのひかりが、丁度、槍の長さの倍くらいになったところで、その光が弾け、槍を中心に白金色の光が、四方八方へサアアアッと波紋するように広がった。上下、左右、へと行き渡る光の神の力が籠った聖なる光。闇に覆われている夜にも、異形に変えられてしまった魂にも、人にも、眼下に広がる森の木々にも。ありとあらゆる全てを聖く柔らかな温かさと共に包み込む。
カルスはそれを全身で感じながら「人格にこの素晴らしさは、あまり反映されなかったのでしょうか」と、少しばかり疑問が浮かんでいた。それから、自分が担う魂の浄化、その為に、アレックスから距離を取った。もう緩衝結界に守られている必要も無ければ、先程の解除術で、そもそも結界も無効化されていた。
カルスは二メートルほどの距離を取り、神術を唱え始めた。
「生きとし生けるものに祝福を。時生き往くものに善き道を」
彼も左手に携えていた三色の宝玉杖を振りかざし、右腕を水平へ思いきり伸ばして、術の詠唱に入る。三色の宝玉には黄金色の光が宿り、一方の右手には碧色の煌く光玉が生まれる。
「荒ぶれし者。怯えし者。患えし者。幾多の苦痛に晒されしか弱きあらゆる生命に正常なる道を。今ここに再び表したまえ」
彼は右手をゆっくりと恭しい動作で、掲げた宝玉の方へと持って行く。手にしていた碧い光の煌きは、まるで炎が燃え移るように、黄金色に輝く宝玉へと乗った。
「聖誓浄化光静術」
詠唱を終えた瞬間。掲げていた杖の宝玉に宿っていた碧い煌きが、放射状に幾つもの光の帯となって、真っ直ぐにどこまでも走った。しかも六源神の神力なので、地面や雲などの物理的な物に影響しない。だから行ける先まではどこまでも。宇宙の果てにまで到達するやも知れない。
今やこの周囲は昼よりも明るく、天上よりも神々しく浄らかな空間になっていた。その中で、半透明の膜に覆われていた魂たちは、その膜が弾けて滅び、紫の液状にされていた状態から、ぼんやりと白色に輝く光玉へと戻されていった。
「さて。こちらの方々はどうしましょう?」
「そのうち、ウチの迷子係が保護に来るはずサね」
「しかし、沢山、いらっしゃいますね」
カルスは、自分の周りに浮かんでいる白い光玉の数を見て、少し面食らっていた。ざっと見ても、一〇や二〇ではない。一〇〇か一五〇。もしかしたら、それ以上なのかも知れない。
「ちっ。どっかで、掻っ攫ってきたんだろうよ。死んじまった連中を」
呪いの解除と浄化がほとんど済み、それぞれが術を収めると。奇跡のような神々しい光と、清々しい碧の閃きも段々と小さくなり、最後は静かに消えていく。そして照明用の魔力で出来た光玉をカルスがいくつか浮かべた状態に、空の上はなっていた。雨や風も収まっている。夜送舟艇から出てくる時に、人間界の異常天候も敵側が引き起こしたものだと頭目から聞かされていた。だから、カルスとアレックスの放った術が、それをも解除し正常化したようだった。
空には星が出ていないところを見ると、普通に現状が曇っているようだった。地表は雨によってだいぶ冷やされ、ひとまず熱帯夜からは解消された夜になっていた。
アレックスは周囲を見回し、今度は右手に拳よりも一回り大きい水晶で出来ているような球体を喚び出した。そして「こいつらをひとまず休憩させないとねぇ」と言って、水晶を自分の前へと突き出す。それから何やら小声で呟くと、水晶が白く輝き出し、そこへ周囲の白い光玉たちが一斉にフッと消えてしまう。と、思った次の瞬間に彼が持つ水晶がパッと明るくなり、すぐにまた光が収まる。
「晒し魂はデリケートなンですよ。だからこうして保護しておかないと、すぐにダメになっちまう」
「では、呪いであれほどまでに改変されたりしては、ダメージも大きいのでしょうか?」
「ンなことはないサね。アタシの力と、オマエさんの力で、むしろふつーの死者より栄養過多になる程、善いエネルギーに当たったから。保護しておいたのは、風に乗って飛んでいかないようにしたまでですぜ」
「なるほど」
魂が風で吹き飛ばされる。しかし大気の変動で起こる物理的な風とは思えない。どんな風であるか少し興味も湧くが、カルスはそれ以上に気になっている事があった。
「ところで。キラキラさんは、〝ですぜ〟やら、〝アタシ〟やら、〝サねぇ〟とは、普段は言いませんけど」
「は? あ。そ、そりゃ。そ、そうだね。いやいや、ついつい。愛する妻のことを思い出して。うんうん。ついつい」
「はあ。まあ、顔つきが、御地蔵様と仁王様ほどに違いましたから。いくらキラキラさんの容姿をなさっていても、正体がバレてしまうのではないかと、心配したまでです」
「うんうん。それは申し訳ないね。以後気を付けるよ。そしてその助言に、落ち着いたらたくさん御礼をしないとね。うんうん」
「結構ですよ。それよりも、もう、ここからは時間との勝負ですから。一旦、船へ戻りませんとね」
「ちっ」
「キラキラさんは本当に奥様のモノマネが上手ですね」
「うんうん。覚えておくよ」
** ** ** **
「うーん。やっぱり、神術は派手でカッコいいよね~。それに比べて剣術は地味でダッさいよね~。今からでも鞍替えしない? 君なら、天界一の、いや、二番目……いやいや、五番目くらいの大神術使いになれるよ」
「は? 嫌ですけど。第一、なぜ、いきなり五番目に? どういう意味ですか」
「だから。君が神術使いに転向すると、今の実力だと、上手が四人くらい居るって意味。まずは私。次に紅の魔道士君。それから坊も含めてもいいかなぁ」
「結構です。むしろそのようなお方々と、上位争いをすることは、術師の実力を量る上位争いではなく、いえ。皆まで言いませんが。そんなトンチキ争いになど、絶対に関わ合いたくないと私は思います。貴方はそこで、せいぜい、お山の大将を気取っていればよいのでは? お父さん」
「ちょっと。なんなの? その生意気な言い方はっ。そんなこと言ってると、急速旋回をして、君なんて振り落してあげるからね」
「はあ。しかし私は翼がありますゆえ、困りません」
「船酔いさせてやるぅ~~」
地味に面倒な事を始めようとする父に、ランベルセは「父上。そんな事よりも、作戦を完璧に遂行してくれた方々が戻られます。しっかり操縦をしていてください」と、冷ややかに言い放つ。言われた方は、唇を尖らせながら「はいはい。人使いのあらいピヨピヨ団長」と、不服そうに返事をした。まったく。よほど息子に神術使いの道を継いで欲しかったらしい。しかし父は自分が全界最強の術使いだと言っているが、一方では剣の扱いも相当な腕を持つ。なんせ、前の天界最高責任者補佐官だった。その補佐官には、あらゆる生命の敵と対等に戦える「英雄の剣」が与えられる。文字通り、剣である。補佐官はその剣を携え、戦わなければならない。勿論、得意な武器で応戦しても構わない。しかし悪神に対し、一番有効な武器が与えられるにも拘らず、それを使わないのはただの宝の持ち腐れ。
それに王家の分家であるランベルセ公爵家では、跡継ぎに必ず剣技が教え込まれる。つまり当然、前公爵だった父にも。しかも真偽は不明だが、ランベルセの祖、王家から離脱した初代ランベルセを名乗った『剣神』リィカサスの再来、と昔は言われていたらしい。
つまるところ、剣士にしろ、神術使いにしろ、父は立ちはだかる存在なのだ。しかもそれは物心がついた時に、痛感した事。それ以前には、父の神術によってイタズラやからかわれ、幼心に相当傷ついた。だから絶対に、術使いになんてなるものか、カッコいい剣士になってやる、と子供心に強く思ったのだ。
言わば、己のせいで息子は術師の道を蹴った。にも拘らず、いつまでもいつまでも、神術使いになる方が良い、とうるさい。本当に困り者の父なのだ。
「はあ。うちの子って、ホント頑固者だよねぇ。術使いは楽しいのに」
「だったら。いずれ孫でも出来たら、一流の神術使いにでもしてください。本人の意思を確認して」
「ふーん。そんなの百年先の話になるかも知れないでしょう。その頃には、私なんて、とっくにポックリ逝ってるよ。あーあ。親不孝な息子だよねぇ」
これに対し「貴方など、あと一万年は生きられるのでは?」などと言おうものなら、話が拗れるのは必至。
ランベルセは面倒臭くなったので、小さく息を吐くと、すっかり風雨が収まった闇夜を仰いだ。それからすぐのこと。甲板に、幼馴染みと紅の魔道士が軽やかに着地した姿が見えた。そして二人はスタスタと歩いて、操縦桿の間際までやってくる。
「ご苦労様でした」
ランベルセは桿を挟んで、戻った二人を労った。彼らは、苦労をしたような素振りなど見せずに、首尾は上々と報告をしてくれた。
「しかし敵は、未だ、我々に送り込む戦士を小出しにしています。それを考えると、向こうには戦える者が少ないのか。それとも、用意に手間取っているのか。そこが掴めないとこちらも安易に動けません」
紅の魔道士はやや神妙な面持ちをランベルセへと向けた。
「そうだね。大群が人間界へ押し寄せて来ては、ここが戦場になってしまう恐れがある。しかしパルティシオン。君が願っていた事、欲していた物は、手に入ったよ」
アレックスは柔らかな表情で、自分の愛槍を手に喚び出した。それは白亜の長い柄に三叉の鉾を冠にした立派な槍。彼の母親が宮廷騎士であった時に携えていた物だった。
その槍をランベルセへと手渡した。
「ありがとう。しばし借りて良いか」
「勿論」
「ふーん。今度は槍使いにでもなるの? 神術使いから、どんどん離れていくね」
「別に、己が道を転向する訳ではありませんよ」
ランベルセは持っていた槍へ浮遊術を掛ける。それから操縦桿から少し離れた所へと移動する。丁度、三人の立っている場所と船の最先頭との中間位置辺り。そこで彼は、両手で垂直に持っていた槍を、手から離した。槍には術を施してあるので、中空に浮いたままだった。彼は槍と向かい合ったまま、そして、両腕を槍へと伸ばし、右手を浮かんでいる槍へ、その手の甲へ左手を添えるようにし、目を瞑る。それからすぐに、自分の神力を高める。
「その血を齎す者へ。我が求む地へと指し示せ」
そこそこに高まった神力を感じ、目を見開く。
「――導線指標法」
その後、詠唱を終えると、自らの手には赤色の光が保たれていた。その光を軽く前面の槍へ向け、グッと押し当てた。すると槍は、術を押し当てられた場所を中点に、上下に向かって赤い光がササーッと走った。その光が両端に達すると、槍はランベルセの頭上にまで浮かび上がり、一度、放射状に赤色の光を四方八方へとパーッと発光させる。だが、それはその一回のみで、あとは槍の中心部分に、うっすらと赤い光がぼんやり灯るだけとなった。
「これでよし」
彼は一つ頷いて、三人が居る場所へと戻った。
「ってことは。敵は、この世界にはいないってことじゃない」
「はい。いえ。手掛かりとなりうる、先程、紅の魔道士殿たちが相手をした人物は、人間界に居ないという事です」
「そうですねぇ。しかしあの方、妖魔の方のようでしたけれど。一応、こちらのキラキラさんと格闘し、避ける事は出来ていましたので。それなりの腕前はあると思います。おそらく敵側にとっては、重要な地位や位置に配されているのではないかと。
それから〝モ・シーテル・フィ・アルールド・エデカルシア様〟と、いう単語を口に出していました。彼女はきっとそれに心酔し、それを〝正義〟と考え、行動原理にしている。彼女はそういう存在。つまり、腕が立ち、意識が何らかの強い暗示に掛けられている存在です。そういった方は、ボスにとって、扱いやすく、重宝しやすい。ですから幹部としてまず間違いなく、名を連ねている。なれば当然、敵陣の隠れ家を知っている。今もそこへ、舞い戻ったやも知れません」
「そしてそんな存在である彼女の血を、僕の槍は受けた。血は雨で流されたとしても、この槍は彼女に触れた。その僅かな接点でも、彼女の痕跡や彼女自身を知り得る事が出来る、という訳だね」
「私はそんなものなんか知りたくないけど。早く悪漢の地を、ぎったぎたに滅亡させたいくらいかな」
一部、物騒な意見も出た。しかしそれも、最終的に果たすべき目的となるだろう。それに今は、その物騒な発言をした人と同意見であった。
「モ・シーテル・フィ・アルールド・エデカルシア。私はそれが何であるのか、重要であると考えてはいない。アレックスは当然知っているのだろう? 天界執行役に関わりある言葉だろうし」
「うん。それは勿論」
「しかし、それが何であるかをここで披露したからと言って、今回の解決に直結するだろうか」
「それはおそらくしない。僕は、君が使った導線指標法を辿り、すぐにでも彼女を追うべきだと思う。そしてエデカルシアがやろうとしている事を止め、プレンティスを取り戻したい」
「私もそれが『一番早く』、今回の大事を収められると思う。無論、全員で出撃すべきだとは思ってはいないが」
長らくの追及、応戦をしてきた。しかしこちらの目的はあくまでプレンティスの奪還。プリン艇団の目的はそれのみに絞って行ってきた。父は、敵やその陣地などの滅亡まで考えているような発言をしているが、そこは天界執行役達の領分になるだろう。更に、先程の女妖魔がエデカルシアと繋がっていて、共闘なり、従僕なりをし、人間界へ危害を加えたと分かれば、ランベルセは外事局の長として、外事法違反で違反者たちを捕縛し、しっかりと罪を精査し、罰を下さねばならない。
「なんだ。この船に乗って最後までみんなで一緒に戦うのかと思っていたのに」
「そうは参りません。全員で導線指標法が指し示した場所へ赴いたとしても、そこにプレンティスが居るとは限りません。罠などが仕掛けられているとも考えられます。それに、今回の件は、それぞれの領分がしっかり決められている。外事局と執行役は共に敵を追っても構いませんが、プリン艇団はあくまで悪党一派。プレンティスをこちらに連れ帰るのみが許されている集団です。そこに集中しなければならないのですよ」
「ふーん。途端にスケールが小さくなっちゃうじゃない。良い所は全部、役人たちに取られちゃうなんて、悪党っぽくないね。今の私達は妖魔界だって陥落させた全界最強の悪の一団なんだよ。もっとパーーッとやりたいんだけど」
「ではお一人でご勝手にやってください」
「えーっ。……でも、やっていいんだ? 一人でなら」
「ダメです」
「もー。なんなのっ。どっちなのさ」
危うく、一番危機的な状況を作りそうになってしまった。父に「お一人でご勝手に」などとオッケーを出したら、本当に何が起こされてしまうか。今世紀最大の緊急事態を全界に招く恐れだってある。
「ではお頭さん。どうするのでしょう。私もモ・シーテル・フィ・アルールド・エデカルシアとやらの事情や、何を意味するかなど興味はありません。そもそも、私の目的は、とても強そうな術使いが敵にいる、それと手合わせが出来るからという事でこちらに与する事にしたんです。ですから、敵の本拠地までは行きたいのですが」
「僕も、一刻も早く妻を救いに行きたいんだ。だから彼女の所へは、誰に何と言われても僕は行くよ」
カルスとアレックスはそれぞれの理由があって、この船へと乗り込んできた。特にアレックスは切実だった。
「勿論。私は魔道士殿とアレックスに先鋒をお願いするつもりです。導線指標法の指し示す場所へ、お二人で襲撃をしてくだされば、余程の者――悪神の引き金や陰影の引き金――が相手ではない限り、手に負えるでしょう。ですから、むしろお二人に敵陣の撹乱をお願いするつもりでした」
「えーっ。じゃあ、私は? 私には何をお願いしてくれるの?」
「父上。貴方はこの夜送舟艇を最後まで完璧に守り抜いて欲しいのです。現状、この船は貴方の手で動いている。それは同時に、貴方の手にあるということ。アレックスは敵地へ行きます。ですから操縦は、最早、この世で貴方しか出来ません」
「なにそれ。この私には船のお守りだけをさせるってこと~?」
「いいですか? 敵も、自分たちの拠点に籠り、最後の時をじっと待っているはずはありません。今もこの夜送舟艇は狙われているのです。向こうが降伏をし、投降してきた訳では無いのです。そもそも、別の手に討って出てくる可能性はまだ大いにあります。ですから、貴方はここで、これから執行役と外事局の精鋭部隊が到着したら、彼らと共に船を守ってもらいます」
「外事と執行役を呼びつけたの?」
「はい。私は、外事の部下リーブスと共に、そして執行役は死神長の霞侶が、レイモンドとイシュールを伴い、先鋒の二人を追い、敵地へ入りたいと考えています。父上は、残りのメンバーと共に、夜送舟艇を守ってください。この船も手薄になれば、それはそれで危険になります。
それに、そのうち地上へ調査に出て下さっているレゼッタ殿も、何らかの成果を得てやって来てくれるはずでしょう。その時に、貴方がご立派にこの夜送舟艇と天界の者を守り統率していれば、少なくとも恥ずかしい思いはしないのではありませんか? 船の一つも守れず、天よりやって来た者たちを放り出した姿を見せては、天界一の大貴族の名折れ」
「はーっ!? 何、その屈辱的状況はっ。私がそんなドジを踏む訳、無いでしょっ。挙句に、あの変態に醜態を見せるマネ、する訳ないじゃないっ」
「ならば。しっかりこの船を守ってください」