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漆黒に艶めく大型船が妖魔界の空をずんずん進み、やがて巨大な影を落とし泊まった場所。そこは眼下に深緑色の絨毯が延々に敷かれたような広大な森林群の真上だった。プリン艇団一行は、ランベルセの判断で頭目とイタチが下船をしてモドメーブフの洞窟へと向かう事になった。
「父上は夜送舟艇を守り、アレックスは万が一の敵襲に備えて欲しい。香川さんは引き続き魔道士殿の付き添いをお願いします」
「いいよ。何かがやってきたら、私も戦っちゃうから」
甲板で楽しそうに手を振るルートヴィッヒに見送られながら、
「なぜ私が探検隊に抜擢をされねばならんのだ」
「船に二匹もマスコットは必要ないので」
文句の多いフェレットを右肩に乗せて、ランベルセは翼をはためかせ、深い森の中へと降り立った。
そこは天界にある大森林、アンナの故郷である幻夜の大森林とは全く違っていた。とても暗く、地面には草花があまり生えていない、土と落ち葉だらけの場所だった。しかし周りに生えている木々の幹は太く、しっかり大地に根付いているように見えた。まさに大地の神の恩恵を実感させられるような木々だった。
ランベルセはそんな光景を目の当たりにしながら、神力の光玉を頭上へ二つ浮かべた。そして一旦、心を落ち着かせると、ある力の気配を探った。
「――向こうか」
モドメーブフの輝石はその大地の神の力で出来ている。すなわち、大地の神力が強く感じられる方向が目的地の洞窟。おおよその当たりはつけてはきたが、細かい場所までは地図が無いので、地上からそこへ向かうしかなかった。
しかし歩き出してすぐに、木の生えていない広場のような場所が見えた。
「なんだ? 建物か」
イタチもランベルセの肩から身を乗り出す。
「あれがおそらくモドメーブフの洞窟。人工的に作ったものだと妖魔王はおっしゃっていた。話では、洞窟内に大地の神から賜りし宝玉が祀られている祠があるという」
「なるほど。公爵……ではなく、お頭はそれを手に入れるおつもりか?」
「その通り。盗賊団としては、宝玉などを搾取する事は必須事項」
「お頭は悪に染まっても、真面目であるな」
「口が過ぎる部下を、いつでも血祭りに上げる準備は出来ている」
「私は、いちマスコット風情です。お頭の命令と在らば、イチゴをまとめて5コ詰め込む曲芸だって遣って退けます。どうかご慈悲を」
そうこう言っているうちに、広場へとランベルセ達は辿り着いた。木の生えていない広場には、芝生のような植物が生えていた。その中心に、切り出した石を積み上げて造られた正方形の建物があった。さらに近づいてみると、意外と大きく、高さはおおよそ三メートルはあった。このような建物を見たことがある。どこかと思い出してみると、ちょうど人間界にある地下鉄の地上入口と似ていた。
「かなり頑丈には作られているようだな。それに入口らしき所には、看板が立っているようだぞ」
四角い建物を囲むように、白い花が円状に咲き乱れてもいた。そして建物の四面の壁のうちの一つには、ぽっかりと口が開いている。建造物よりひと回り小さく、二メートル四方の大きさだった。
その入口の右端には「大地の神」と、妖魔界の文字で書かれた木製のプレートが、建てられていた。いつからこんな律儀な物が建てられているかは分からない。けれど、妖魔王の言う通り、大地の神は妖魔達にとって、本当に身近な存在で敬愛されているのだろう。だから案内板まで作られているに違いない。
「洞窟の入口にしては、とても綺麗に整えられているし。妖魔達の間では、本当に大地の主は慕われているな」
肩にしがみ付いているフェレットも、感心をしながら周囲を見回していた。
「しかしこれでは、実際に賊害が起こる可能性は十分考えられる。見たところ、侵入者に対する結界も、番人すらもいない」
「確かに頭目の言う通り無防備すぎるが。しかし、盗む必要が妖魔達にとっては無いというか。そんな罰当たりな事をやろうなどと、そもそも考えないのではないか?」
「妖魔王もそうおっしゃっていた。しかし、現実には私達のように盗みへ入ろうとする悪党もいる」
ランベルセは入り口の中を覗いた。左右の壁には、術で作られたオレンジ色の光が等間隔に灯されていた。足元には、建物同様に石で出来ている階段が下へと続いて見えた。
彼はそこを躊躇なく、スタスタと下りて行った。そしてしばらく階段を、というより、かなりの段数を歩かされた。五、六段と言う数では無い。
「深くまで続くな」
「おそらくこの構造が、結界や番人を配さない理由なのかも知れない」
それに地下では祠がある、という話だった。石造りの簡単なものと聞いているが、一応それなりの空間に設置しているのだろうから、落盤なども考えると、あまり浅い所に洞窟は掘らないだろう。
「時にレイモンド統括長。執行役に一体、何が起こった?」
足元を注意しながら階段を下っている途中で、ランベルセは独り言のように呟いた。
「状況については、ここまで大きくなった。しかし事の本質、死神の本懐を求められる失態をなぜ招くこととなった?」
果たして自分の言葉に応えてくれるのか。レイモンドも執行役の上位を預かる死神には違いなかった。その役割も、千といる死神たちを統括している筆頭。それを仰せつかっているほどの責任感も強く、優秀な死神。そんな彼が、王にあれだけ、執行役のみで本懐を果たすよう強く言われていたのだから、彼が話をしてくれるかは疑問だった。
「私としては、この妖魔界を支えているモドメーブフの輝石が、人間界へ持ち出された事により、正式に天界外事局案件として部下を動かした。更に、その協力要請を妖魔界のミルトス殿下やレゼッタ殿へした。だからモドメーブフ搾取の件については、最早、外事長として動く事も適う。だからモドメーブフの輝石を介して、執行役らの事情も私の預かる案件に関わるかもしれない。だから応えて欲し……」
「これは我々執行役の上層部の恥とも言えるのだっ」
突然、右肩に痛みが走った。ランベルセは足を止め、その痛みを感じた所をみる。すると小動物が、その狭い額に皺を寄せ、しがみ付いているランベルセの肩に爪を立てていた。
「まさか、彼があのように育つとは。誰も、ユーディア様もウォルシオム侯も。そして私やプレンティス執行役も、考えてはいなかった。思ってもいなかった。だから王の怒りを買っても当然なのだ」
「彼? 君たちは、犯人や、今回の件が起こった要因も分かっているのか……?」
考えたら、執行役らが犯人に心当たりがあるのは当然だった。彼らに詳しい話を聞けないからこそ、今回のような大掛かりを引き起こしたと言えた。
だが、他世界が関わった時点で、ランベルセの領分である越境事案になった。その事件解析の為に、死神たちから事情を聞くことは、最早、違反ではないはず。
「一体、何が起こった。死神たちの間で」
「再び現れてしまったのだ、死に魅入られた者が。その為に、大勢の死を実行させたい、と考えた者がいる」
「死、にだと?」
「天界執行役とは、生命の循環を滞らせぬよう、生死の順行を見守る事が役目。そして生死を見つめ、時として我々も含め、生き物が生きている事に酷く苦しみを覚える事もある。それが耐えがたき苦痛、抗えない苦痛に見舞われ、延々と続く、と追い詰められてしまう者もいる。だから。それを。ならば、と思ったある人物が。それを救済するために、生の逆転。つまり死。それこそを救済の手段。死を、手段と考えた」
「それはつまり、生きる事が辛い。ならば、いっそ、死んでしまいたい。死んでしまおう。そういった短絡的な……。あ、いや。当人は思い詰めているのだから、そうでもないのかも知れないが」
「いや。我々は、常に生死に携わっている。だから、その現象は正に流れ。その流れが順行であるように執る役目こそが、天界執行役という職なのだ。だから生死を自由にやってよい職という訳では無い。生命の流れを滞らせない為に、そういった術も技も使用許可が出されているし、重大な事を取り扱うからこそ、天界王の直轄機関でもある。むしろ、生命の死後、そして生命の発生、までが我々の管轄なのだ。生者に対して、我々が手出しをする事は――まして死を以って救済をするなどは――ただの思い上がり、むしろただの勘違い、とも言えよう。管轄外の話なのだ」
天界執行役を統括している者は、厳しい顔をしつつも「ふー」と小さなため息を吐いた。
ランベルセも、彼が言わんとしている事は分かった。この事件を起こした者こそが、短絡的な執行役だ、ということなのだろう。
「この騒動を起こした者は、生者に対して心を寄せ過ぎ、生者に心を砕き過ぎた。あまりに生きる者へ同情を繰り返し、仕舞には、そのもの自身が生きる事は苦痛でしかないと心が蝕まれた。そして、辛過ぎる生には終止符を打ち、新たな生へと転じれば現世よりはより良くなる、と思い至った。
だが生命とは、もとよりそういう法則で成り立っている存在なのだ。
そして生命に心を寄せ過ぎる事は大変に危険な事なのだ。
人間を例に取れば、生まれ出ることより、死する事の方に思いが強くなり、巡らせる比重が大きい。なぜならば、生まれる時の状態は、未だ脳が発達していないから、思考を深める事などがそもそも出来ない。だから妄想する事も叶わない。その為、死に対して、不安も期待もあまり出来ない状態にある。生への執着、死への恐れ、という業の動力源であるそれらに、期待も不安も、そして恐怖も大量に湧いては来ない。
しかし、人間が育ち、成長すると違ってくる。脳が成長し、その間に得た知識、経験、により、感情が豊かになり、その分、湧き上がる妄想も大きくなってしまう。そして生きている事に慣れ、当たり前となる。それゆえ、死というものに、経験が唯一出来ないものに、大きな不安や恐怖、又、期待や希望まで持ってしまう。
今回はその、後者に強く惑わされてしまった執行役が現われてしまったのだ。人間の強い苦痛の訴えを幾度と耳にし、実際に死によって救われたと声を掛けられ、その者は次第に心が蝕まれていった。そう。生命の苦痛は死によって救われる。そして苦しくなったら死ねばいい。いや、生まれ出でる事すらなければ、最早、苦しみすら生まれない。死した状態のままであり続ければいい。それこそが救いとなろう、と」
「つまり、人間にとって、彼らの強すぎる苦しみや悲しみ、憎しみや恨みの解放は死。そう言い聞かせられ続けた執行役が、誤ってそう思い込むようになった。だから、もう二度と生まれ変わらないよう、死んだままでいる方法は無いかと模索し、その者なりに何かを発見した。おそらくそこに夜送舟艇が必要であり、その者は夜送舟艇を要求してきた、という事なのか?」
「そう。命の救済、独善的な行動の達成のために、天界執行役最高責任者代行を攫い、夜送舟艇を要求してきた。だから王は我らに対し怒りを持たれた。それは当然だ。烈日秋霜の心持ちで職務に臨む事が、天界執行役の要。生死が滞りなく流れるために、心を厳しく持ち、時には憐れみを持って慈しみ命を労わる事が務め。にも拘わらず、苦しみや悲しみの感情に押し流され、その独自の思い込みで、生命の循環を捻じ曲げ、剰え、もう死ななくても良い、生まれなくても良い、など絶対にあってはなら無い。生命とはそういうものなのだ。苦しくとも悲しくとも、輪廻は繰り返す。法則上、そういう風に成り立っている。
もしも本当にその輪廻を乗り越えたいのであれば、その方法を自分自身で見つけ、自分自身で体得しなければならない。少なくとも、他人に委ねられるものでは無いのだ。
なぜならば、生死は結局、自分自身に起こる現象なのだから。我々、天界執行役が齎すものでも、神や悪魔が采配を揮うものでもない。
そして、天界執行役とは。その順行をあくまで滞らせないために在るだけなのだ。だから、死なない、生まれない、それは救済などにならない。そんな事をしては、生命の順行が滞り、止められた命は流れの澱みに嵌るだけ。それはその生命の来世に、悪影響を及ぼす事を意味する。
生命は、澱みに嵌る間にも、己を維持する為に自らの生命力が消費されてしまう。そして、消費された分が来世の心身を虚弱にさせてしまう場合がある。更にもっと懸念されるケースは、生命の流れの澱みに嵌っている間に、生命が現世への〝執着〟という悪感情に囚われる場合だ。そうなってしまうと、執着という悪感情が膨らみ続けてしまう。その悪感情は当然、悪業となり、悪業を余分に積んで転生する事になる。よって来世が不幸を身近に置くことになってしまう。
天界執行役はそうならない為に、生命の循環を見守っている。今回の騒ぎを起こした者は、それを忘れでもしてしまったのか。我々の日々の指導や行いは、彼の目に映ってはいなかったのか……。ゆえに、何人に頼る事も、援護をしてもらう事もあってはならない。王は、そう思し召しなのだ」
レイモンドは呪姿のまま、苦しみ、あぐねた顔をさせていた。小さな体に苦悶している表情。本当に弱りきった状動物が、今にも死んでしまいそうに見えた。
そうなのだ。この人は、本当に死にたいほどに責任を感じている。そうに違いないはず。
天界執行役の総統括長を拝命している彼は、その責任感の強さと厳格な指導力が王に認められ、その職務を任されている。そんな彼の下から学び、経験を積み、多くの立派な天界執行役が巣立って行った。そんな彼らも、レイモンドを畏れ、敬慕、そして感謝をし、日々の務めに励んでいる。
そしてレイモンド自身も、そんな彼らが、しっかりと職務を果たす姿を誇らしく思い、彼らの日々を見守っている。天界執行役は、死者の話を聞き、彼らのくり出す問い掛けに答え、それを解決し、心穏やかにして天上へと導く事が基本的な職務なのだ。だから、確かに心労が高まる事も多い。けれど、そうした心の疲れに対しても、レイモンドをはじめとする統括班は目を配り、声を掛け、執行役達の日々の負担を軽減させている。
彼などは、特に死者たちにも心を砕き、その上、部下を含めた大勢の執行役達にも、話を聞き、時には共に考え、叱咤激励をしている姿をよく見掛けていた。執行役の幹部、上級位者であっても、その姿勢にはランベルセも感心させられるほど。
そんな彼の下から、まるで彼の行いを踏みにじるかのような離反者が出た事は、本当に彼にとっては辛い事だろう。ランベルセも大勢の部下を率いている身。その気持ちはよくわかる。
まして、天界執行役は、こうした形で職務違反を犯した者が過去にもいた。執行役という仕事は、それほどまでに厳しくも難しい職という事なのだ。その上、天上界の主からは、本懐を遂げよと求められている。
天界執行役とは――生命に関わる者達というものは――実に。
「レイモンド統括長。いや、我がプリン艇団のマスコット・モンすけ。君はこの艇団から破門だ。即刻、天界へ戻るがいい」
「お、お頭っ!? どういうことだっ。私も、この一団に、この可愛らしさで癒しを齎しているはずだっ。まさか、あのカガワネズミの方が良いとでもっ」
「正直、私はフェレットもネズミも、どちらも好みでは無い。私はリス派」
「な、なんだとっ」
「しかし、今回の破門理由は君がリスではないから、という事では無い。君は天界に生息しているのが本来だろう。そして本来の飼い主もいる。君の飼い主は、私のかつての友。現在、私が悪党であっても、過去における友に受けた恩は忘れない。そんな彼の下から、私の部下が君を勝手に連れてきてしまった。悪党にも情けはある。私は君を天上へ戻す」
「お、お頭……」
「そして我が友に伝えて欲しい」
「我が友とは、もしや死神長ユーディア様の事か」
「友は、永家の霞侶。確かに執行役の責任者を務めている時は、字をそう使っている」
ランベルセは腕を組んで、フッと息を吐く。そして、名を出した友の事を思う。
ユーディア最高執行役。彼も今回の件で、ほとほと心労が尽きない状態であるに違いない。執行役の最高責任者を負って以来、目の下のクマが消えた事を見たことが無い。
そんな彼が、今、抱えている事態に、最早、卒倒してしまうのも時間の問題のような気がして、それはそれでランベルセも気にはしていた。部下が失態を起こし、自分の直属の上司は天界王であり、その王には見捨てられ、挙句、幹部を楯に夜送舟艇を要求されている。その上、大した戦力を持っている訳でも無く、拠点としている天界本神殿東殿はほぼ全壊。
それを考えると、夜送舟艇をまんまと持ち出したランベルセらにモンすけを託し、そこからどんな小さな情報なりを得たいとしている彼らの思いが、今更ながら強く感じられる。本当に憐れでならない。
「いいか、モンすけ。霞侶にこう伝えるんだ。現在、天界外事局が、妖魔界と人間界で重大違反行為を起こした者を追っている。そして、『念のため』、その違反者に天界執行役の関与が無いか、外事局のリーブスという男を訪ね、確認をすると良い、と」
「が、外事局が!? 動いてくださったのか」
「外事長の判断の下、妖魔が人間界へ侵攻をした疑いの調査に、外事局が乗り出した。話によると、その件に天界執行役も関わっている、との情報も掴んだそうだ。だから、人一倍責任感の強い、かつて天界執行役の総統括長などをしていた我が艇団のマスコットも、大いに気がかりに思うだろう。と、私は考えるが。どうだ? モンすけ」
「そ、それは勿論っ。し、しかし」
「私はただ、我が友に対する恩を返したい。それだけだ。霞侶にそう伝えて欲しい」
「……お頭」
フェレットは前足で、ランベルセの肩を更にギュギュッと、強く掴んでていた。さすがに彼の爪が食い込んで痛かった。しかしそれはそのままにし、しばしフェレットを見下ろしていた。
「……申し訳ありません、ランベルセ外事長。我々、執行役が後手に回るばかりで、何も解決が出来ず、ユーディア様も万策尽きていたところ。最早、実地に歩いて人探しをするくらいしか出来ない状況でした。特殊行動班もプレンティス執行役が人質になり、手も足も出ない状況で、ウォルシオム侯もいないとなると、天界執行役はほぼ無刀と呼ばざるを得ないのです。無論、イシュール補佐官らもいます。しかし今回の相手はあまりに卑怯な手立てを使って……」
「分かっている。本来、天界執行役は武器など持つ役に無い。だから特殊行動班が設けられている。そして、今回の件は妖魔も一枚噛んでいる。彼らが手を貸せば、格段に敵側の状況、戦力に至るまで、有利になるのは必然。執行役の落ち度は、そこに関しては無い」
「我ら役付きが離反者を出してしまった責任、又、天界執行役の本懐を、私を含めた全執行役が今一度、改めて胆に銘ずる事。そして今回の大事を一刻も早く解決に導き、か弱き生命と仲間の救出をすること。それを我らは結果として出さねばならない。それが天界王が自ら配する天界執行役としての責務と誇り。必ずや、やり遂げねばならぬ事」
レイモンドはひょいっとランベルセの肩へと乗っかり、そのまま腕の方へとトトッと移った。ランベルセもその腕をくの字型に曲げ、胸の前にまで持ってくる。そして腕に乗ったまま直立しているフェレットと向かい合った。
「ここから先は、外事長の独り言だ。人間界へは妖魔界のレゼッタ殿が向かってくれた。そのうち私へ報告が入ってくるだろう。そして外事局へは、現状の通達と、外事局として動くべき指示をミルトス殿下へ伝言を依頼した。そうなれば、外事局も動き出す。彼らも情報を収集するために、方々へ出てゆくだろう」
「だが、そうなれば、敵側も当然、最早、事態が天上界で公になったものとみなし、もっと苛烈な行動へ出るやもしれない。そうなってしまったら、外事局は外事局として対処する。だが対処の方法が、我々だけでは足りぬ場合、他所への応援も要請するかもしれない。その時に共闘できる部署があれば良いのだが……。まあ、どのような事態になるか。そればかりは予測はつかないので、何とも言えない」
「そうですか。では、時宜が来るまでは動かぬよう、執行役最高責任者にはお伝えします」
小動物も意図を汲み取ったようだった。それから、頭を下げた。
「我ら天界執行役を総じて、貴方様の御配慮に篤く御礼を申し上げます。この御恩、何時ぞや必ず報いますゆえ、ワタクシ、今よりプリン艇団を退き、天界執行役として我らが長の下へ戻ります。しばしの間でしたが、世話になりました」
フェレットは両手に拳を作り、ギュッと握りしめていた。それを震わせながら、もう一度、握り直し、それからバッと顔を上げた。険しい顔と、目元は少し濡らしている。
「必ずや『ウォルシオム侯』と、執行役の本懐を取り戻します」
そう言って、自らに青い光を術で纏わせた。レイモンドはその光と共にサッと消えた。
「やはり彼らもプレンティスが無事であったことを知っていたか」
ランベルセは小さく息を吐くと、再び階段を下り始めた。