YASOU SHUUTEI NO PURIN TEIDAN

夜送舟艇のプリン艇団

TEXT ONLY EDITION

榛名 暒

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初回掲載2026年9月4日

第5章

(五)

 甲板に降り立つと、操縦桿を抱え込みぐったりとしている偉大な魔道士の姿があった。それをすぐ傍で呆然と眺めているアレックスと、魔道士の足元で直立して見上げているイタチのレイモンドも、なんだか顔が引きつっているように見えた。

 そんな状況に、最早ランベルセこそが眩暈を起こしそうだった。

「いや~。六源神の名に相応しい、まさにチカラのミナモトっぷりだったね~」

「ちょっと、父上。やりたい放題にも程があります」


 自分が甲板に降り立って間もなく、夜送舟艇の先頭に置かれていた二台の砲台がなくなり、代わりに超巨大な砲台が一つ現われた。それからいきなり、操舵を握っていた紅の魔道士カルスの全身が黄金色の光に包まれた。

「な、何が起こっているんだ?」

 と、船に乗っていた、自分、アレックス、イタチ、それに光ってしまった本人も疑問になる中。その黄金の輝きが、操舵を支える柱へと勝手に流れ込んでいってしまったのだった。

「い、一体これはっ」

「だ、誰かが。わ、私の大地の力を引き出しているようです」

「うーん。誰かって誰なんだろうね……?」

「それは誰か、言うまでもない」

 カルスをそのままにして、残る三人で船の縁へと駆け寄り、落ちない程度に全員で身を乗り出した。前方には不気味な岩船デファ・クグルズ。その少し上には空で留まって、こちらに向かって腕を大きく振るって「目標、幽霊船デファ・クグルズっ。撃てぇぇっ」と叫ぶ誰かの、ルートヴィッヒの、姿。

 そして直後。夜送舟艇が轟音と共に、足元から大きく揺れた。

「あぶっ危な過ぎるっ」

「お、おやおや。ふ、船底からも、か、かなり強力な大地の力が、放出されているみたいだね」

「な、なんということを」

 おそらく、三代目大地の神へ「神様、力を貸してください」などと念じ(強制的に搾取とも言う)、その力を引き出して、大神術でも繰り出したのだろう。父ならできる。そして躊躇なく、遠慮もなく、大地の神の力を使った。そう。紅の魔道士が「操縦やってみたいです」なんて、興味本位で言った時から。父は、もし機会があれば、こーゆー技も使えるはずだよね、と目算していたに違いない。そしてそんな機会が、まんまと訪れたのだ。


 結果。

「あっはは~。でもこの様子じゃ、魔道士君、この先の操縦は無理そうじゃない?」

「それは貴方があのような大神術を夜送舟艇から放ったからでしょーがっ」

「えー。だって、六源神はか弱き生命に力を貸すのが本懐じゃん」

「貴方のどこが、か弱い生命なのですっ。全生命の中で一番頑丈、つまり六源も含めた何よりも、ということですっ。見てください!! 魔道士殿の状態をっ」

 操舵を取り付けている柱へもたれ掛かるように、カルスがぐったりそれを抱えていた。その肩にはイタチが乗って「だ、大丈夫ですかっ。大地の主」と、自分に宿る大地の力をカルスへと分け与えて(返却?)していた。アレックスはただただ、不安と驚愕と憐れみの交じったような複雑な表情で、その様子を見守っていた。

「ダイジョブ、大丈~夫っ。神力は減っただろうけど、魔力の方はまだ残ってるって」

「そーゆーことではありませんっ」

 幽霊船デファ・クグルズは、確かに簡単に壊せる物ではない。しかも、それは敵側に渡っていたのだから、破壊する事は間違いでもない。良い事の為に地獄から出てきた訳ではないのは明々白々。

 だからといって、大地の神をそのような力不足へ追い込むほどの術で撃破する程の事なのか。ランベルセとしては、もう少し、先々の事を考えて実行して欲しいと思えてならない。

 しかし。

「じゃあ、やっぱり私が船を動かした方がいい、とかっていう事?」

「それしか、もう替えが効かないでしょうっ」

「えー。あ、でも、まだ一人居るじゃない。アレックスは? 彼がそもそもの正統な所有者なんだし」

「いいえ。貴方が操縦してくださいっ。もう、その操縦桿を握って、大人しく、余計な事をしない。私の命令に従って、私の指示通りに、この夜送舟艇を動かす。それのみに終始一貫専っ念っしてくださいっ」

「ええーっ。子どもに指示されて、それしかやっちゃダメなんて、全っ然っ詰まらないんですけどぉ~~」

「詰まる詰まらない、の問題ではありませんっ。貴方の考えと行動は滅茶苦茶過ぎて、もうどうしようもありませんっ。頭目としても制御不能。これ以上、勝手な振る舞いをするのであれば、下船退去命令を下しますっ。プリン艇団をクビにしますっ。クビにっ」

「ナニソレーーっ。横暴だよっ」

「横暴ではありませんっ。秩序の乱れは、作戦遂行にとって一番の致命傷。それくらいはお分かりになりますよねっ」

 さすがのランベルセも、父親ルートヴィッヒに向かって人差し指を鼻先に突きつけた。それでも父は「ピヨピヨのくせに、生意気言わないでよねっ」と、喰ってかかってくる。しかしカルスの状態を見れば、もう、この人こそ大人しく力の源やら、補佐やらをして欲しかった。

「――ルートヴィッヒ・ランベルセ。君は子供にも手を焼かせているんだね。本当に君って人は、生きているうちは、誰かに面倒をみてもらわないと生きてゆけない天上人だね」

「お、叔父さん。どうしてそーゆー風に言っちゃうかなぁ」

 覚えのある声が聞こえ、併せて操縦桿の傍に、軽やかでとても大きな力が二つ感じられた。

「ちょっとちょっとちょっと。それ、どういう意味?」

 その声がした途端、父は操縦桿の方へとスタスタ歩き出した。そして二つの大きな力が人の姿へと変わると、背の高い方の見目麗し過ぎる人物の前へ立った。

 が、完全にルートヴィッヒの方が、若干、いや結構、20センチ位は身長が負けていた。息子である自分も含め、そもそもランベルセ家は背がそれほど伸びない家系だった。その中でも父はわずかばかり低い部類に入って、170センチにあと2センチ届かない。本人はあの通りの性格なので、それについて気にしてはいない。普段は。

「レゼッタ・ガレジィートェ。私はね、お前みたいに、悪逆卑劣な生き方を、生まれて一度もやったことは無いんですけどぉ」

 父は腰に手を当て、美しい妖魔を見上げて息巻いた。

「大体ね、ちょこ~~っと私より背が高くて顔が良いからって、何をしてもいい訳じゃないんだよっ。世の中を舐めないでくれるっ」

「僕はそんなつもりで生きてはいない。大体、いつも言っているが、私がいつ、君の身長や顔の構造をけなしたと言うんだ。持って生まれた部分をけなす真似は、とてもいけないことだし、僕ははじめから、君が僕より背が低いことも、容姿のことも何とも思ってはいない」

「お、叔父さんてばっ。そーゆー何も考えないで言っちゃう所がダメなんですよ~~。相手が余計に傷つくんです~~」

「んっもぉぉ~~っ。なんなのさーっ。極悪卑劣妖魔族めーーっ」

 と、父は手に風と光の祝福シーリュリーテ・フォル・トを喚び、目の前の善良な妖魔達に振り上げた。杖の先端には碧い光なんかも宿っていたりしている。

「な、何するんだ。危ないだろう」

「叔父さんが全部いけないんですよ~~」

 綺麗過ぎる妖魔の方は、向けられている杖の先端を素手で止め、爽やかな方の妖魔は、叔父さんという人の袖を掴み、本気で「ひーっ」と震えていた。さらに、その爽やかな若者の右肩には小っこいネズミが乗っていて、前足をルートヴィッヒの方へ伸ばし「止めて止めてっ」と、ランベルセに向かって叫んでいるように見えた。しかしこの騒ぎの中で、小さいネズミの声などは実際に聞こえてはこない。

「父上。もういい加減にしてください」

 ランベルセは、出来るだけ落ち着いた声で言い、ルートヴィッヒの脇に立った。

「これ以上、この船で問題行動を起こすのであれば、金輪際、掃除係として甲板のモップ掛けだけをして頂きます」

 そして父の握る神術の杖をグイッと奪い取った。

「ちょっと、なにするのさ」

「貴方こそ何やってるのです。我々の目的を忘れたのですか? この妖魔界を乗っ取り、そこを根城にして、この世の至宝と我らプリン艇団の繁栄の為に行動する。その為には、我ら以外の悪党と騙る雑魚も含め、全てを根絶やしにして邁進する」

「そうだよっ。だからその為に私の活躍はかなり貢献していると思うよ」

「わかっています。貴方は強い。最強です。それならば、侵略した場所の王子様方らに、いちいち目くじらを立てないでください」

 息子はその杖を一振りした。すると、綺麗過ぎる人と爽やかな青年を鎖によってぐるぐる巻きにした。

「ようこそ我らプリン艇団の夜送舟艇へ。お二人は妖魔界の人質として、この船に拘束します」

 杖を持ったまま、無表情でランベルセは二人を見た。それから爽やかな人の肩に乗っていたネズミを自分の右手へと移す。

「ご苦労様でした、香川さん」

「この二人は船に乗せて、以降はボクたちの働きにしっかりと貢献するよう、言い聞かせましたでちゅ~。もしも逆らったら、妖魔の王様は電気ショックで一瞬にして殺されちゃう呪いを掛けてきましたでマウス~。ボクってエラいマウスか?」

「はい、大変結構な働きです」

「やったでちゅ~」

 ランベルセはネズミを自分の左肩へと乗せた。するとネズミは小躍りしながら彼の耳元にそっと囁いた。

『この二人には事情を話しました。そしたら、お手伝いしてくれるって言ってくれました』

『ありがたい事ですが、話が大きく……まあ、もう。充分過ぎるくらい、大きくはなりましたけど』

『それよりもレゼッタ・ガレジィートェの話。聞く価値がありますね、外事長としても』

『……わかりました』

 上司の声音が少し冷やりとするものが感じられた。ただの人助けがこんな大事になっている上に、外事長としても、とは。最早、何がどうなっているのか。

「とにかく、父上。貴方が操縦士になってください。そして魔道士殿は休息をさせ、少しでも回復次第、戦力へと回って頂きます。その間は、アレックス。君がこのプリン艇団の攻撃の要。いいな」

 さすがに操縦桿にもたれて、ぐったりしている人物は放っておけないと、幼馴染みは急病人をそこから甲板へ寝かせている。カルスは見事に目をまわし「わ、私を何だと思っているのでしょうねぇ……」と、完全に弱り果てていた。

「ねーねー、ボクは?」

「私もいるぞ」

「アナタ方は、まあ、これといって特には。マスコットとして、その本懐でも全うしてください」

「えーっ。じゃあ、ボクは癒し系マスコットのロボロフスキーハムスターとして、憐れでざまぁない大地の神のお手当でもしてあげマウス~」

「ならば私とて、可愛い系マスコットのフェレットとして、皆々を楽しませる曲芸でも披露するべきか」

「……とにかく。邪魔をしたら、晩の食事のオードブルにする。以上」

 ランベルセはルートヴィッヒに早く操縦を変わるよう促した。それを父は「あーあーあーやれば良いんでしょっ。わかりましたよっ」と、しぶしぶ承諾し、カルスから夜送舟艇のスペアキーを継承する。そして操縦桿を握ると、船についていた先頭の砲台は消え去り、代わりに船の左右の縁に距離を開けて、人の足ほどの細長い砲弾が数十と現われた。

「何か起こった時には、これを使って撃墜させるから。安心してよね」

「はあ」

 父は操縦桿を握りながら、笑顔で胸を張った。結局、この人は自分が楽しめるような事が出来ればそれでいい、という人物なのだ。

「では、父上。針路を北へ。妖魔王の話によると、これより北、モドメーブフという村の近くに、神から賜りし輝石が祀られている洞窟があるとか。まず手始めにそれを手に入れて、完全に妖魔界を掌握しましょう」

「いいね~。それをこちらが手にすれば、完全に妖魔界は支配できるね~」

 なんとなく、本気気味、のように感じられるルートヴィッヒは、張り切って「夜送舟艇、はーっしんっ」と大型帆船を動かし始めた。

「残りの者は、まず、急病人を救護部屋へ運ぶんだ。アレックス、それから香川さん、アナタ方で何とかしてください」

「承知したよ」

「おまかせマウス~」

「それから人質は私に付いてくるように。酒蔵で縛り上げておくか、それとも従順なプリン艇団の下僕になるか、じっくり精査する」

 と、ランベルセは、父から奪っておいたままの魔法の杖に、真っ黒な炎を先端へ燈し、妖魔の王子様らの背後へ突きつけた。

「さあ。進んでもらおうか」

 彼の抑揚のない言葉に、高貴で穏やかそうな妖魔の二人は「黒炎だなんて、格好良いね」とか「ランベルセはもうすっかり、立派な悪党だなぁ」などと、笑顔に暢気な表情をさせていた。ので、炎を首元にまで近づけさせて「とっとと進んでください、人質は」と悪党の頭目は催促した。これを皮切りに、全員、言われた通りに動き始めた。

 まったくファイゼン王が言う通り。この二人に本当の事を知られてしまうと、全体がだれてしまいそうだった。大丈夫なのだろうか、とランベルセは内心、大きなため息を吐いた。

 そして。夜送舟艇の中央に設けてある階段を3フロア分下り、船底にある一室へと二人を連れて行った。廊下には術で作ってあるオレンジ色の光が、人を感知すると灯されるような仕組みになっていて、進む道が暗いという事も無い。

「どうぞ、こちらにお入りください」

 それは案内した部屋も同じだった。船の外観は真っ黒であったが、中に入ると、廊下には青い絨毯が敷かれていて、壁もオフホワイトの落ち着いた色合いだった。ランベルセが案内した部屋の中も、窓は無いがオレンジ色の光が壁の四方に灯った明るい場所だった。しかも本当に酒樽が何個も積み上がっている。

 彼は酒樽に囲まれた部屋の中央に、神術で簡素な木製のテーブルとイスを三脚出した。そして妖魔の二人に掛けた鎖の呪縛を解き、座るように勧めた。自分も風と光の祝福シーリュリーテ・フォル・トの杖の炎を消し去り、腰を掛ける。それからここでも開口一番に謝罪をした。

 だがレゼッタ・ガレジィートェもミルトス王太子も、妖魔王の時と同様、笑って許してくれた。むしろ「律儀」と「真面目」だと褒められた。

「きっとソフィアが、君にしっかりそういう事を教えたからなんだろうね」

 レゼッタ・ガレジィートェは美し過ぎる顔に、小さな笑みを作ってランベルセを見た。その柔らかな微笑は、幼馴染みと同様の善良さを感じる。この人は本当に怒ってはいない。それが重々に伝わる表情だった。

「でも、ランベルセ。スタリート様から大まかな事情は聞いたけど。なぜこれほどの騒ぎを起こさなければならない事件になったの?」

 そして爽やかな青年妖魔は、いつもより顔を引き締め、同じく彼の方を見ている。

「ミルトス殿下。おそらく我らが王は、概要と謝罪のみをされたのかと。私は王同様に謝罪と現状について、改めて手短にお話致します。それからレゼッタ殿にはお聞きしたい事がございます」

 目的地まではどれくらいで着くのかは分からなかった。だから彼は発端からここまでの経緯、それらを一切の無駄を省き、簡潔に話した。自分が動く発端は父の依頼であった事。攫われた彼の親友の娘を助けるためにやり始めたという事。しかし事件解決には天界王が制限を掛けているので、大っぴらに解決へ乗り出せないという事。又、攫われているプレンティスは、実際には夫によって難を免れている事。そのため本当に救出すべきは、彼女の夫であるウォルシオム侯である事。しかしそれを知っているのは、ランベルセとおそらく紅の魔道士だけであるという事。かなり難解と思われる事情だった。説明しているランベルセも、その複雑さに油断をすると全体の把握が混乱しそうだった。だが、説明をしている中で、それは逆に整理され自分自身も現状の把握がついた気がした。

「なるほど。確かに難しい事態に陥っているようだね」

「そっか。けどスタリート様ならば言いそうな事だなあ」

 そして妖魔の二人も、ランベルセの説明で大方の事情を呑みこんでくれている様子だった。笑顔はもう消え、それぞれに思案をしている表情になっている。自分でも混乱しそうな内容であったにも拘らず、目の前の二人はそれで分かってくれた事に、ランベルセの方が感心した。

「それでランベルセ公。貴方は、僕に何が聞きたいのだろうか」

 その上、自分が後に質問をすると宣言しておいた相手から、逆に問われてしまう。彼は表情に出さないよう努め、レゼッタ・ガレジィートェに「モドメーブフの輝石の一件で天上へ行こうとした理由」を尋ねた。

「貴方が輝石が台座から落ちていた事を心配され、天上へ何かご相談があったとか」

「その話についてか。僕は今、こんな事態になって、確信したよ。もっと早くに天界へ行くべきだったとね」

「レゼッタ殿は今回のプレンティス誘拐事件と、モドメーブフの輝石に何か関連がある、とお考えなのですか」