YASOU SHUUTEI NO PURIN TEIDAN

夜送舟艇のプリン艇団

TEXT ONLY EDITION

榛名 暒

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初回掲載2026年9月4日

第4章

 衝撃波の振動があまりに強かった。胸騒ぎを覚えたランベルセは、外の様子をうかがう為、一番近い出口を案内してもらった。そこはちょうど城の正面玄関だった。ランベルセは父と共にそこから表へと飛び出した。その際、ファイゼンには城の中に留まるよう言い、自分たちは念のためそれぞれ剣と杖を喚んでいた。

「あれはっ」

「へー。あっちも面白い物を持ち出してきたじゃない」

 外へ出てみると、夜送舟艇から数百メートル離れた上空に、巨大な平べったい岩が浮かんでいた。しかし縦にも長く、両翼もあり、十字架の上部が無い状態の物が水平になって浮かぶ、飛行機のように見えるものだった。

「相変わらず不気味だよね~」

 父の言う通りだった。岩というか、石というかで出来ていて、全体の色が赤紫と青紫、更に所によっては黒くなっている、斑な染みのような色合いをしていた。そして一番奇妙だと思われるのは、両翼の中央、その船体の前面中心に石で出来ている巨大な人の顔がある所だった。青紫をし、くっきりとした目鼻立ち、そして唇も真一文字でしっかり結ばれている無表情。人間界の欧州辺りで、歴史的な美術品として彫像の顔面だけが浮き彫りになっている。

「幽霊船デファ・クグルズだね」

 ランベルセはその言葉だけは知っていた。しかし実際に見るのは初めてだった。だからある程度の観察をし終えても、その不気味さに何も言えなかった。

 幽霊船デファ・クグルズ。人世では歴史に船が登場して以来、必ずと言ってよいほど付いて回る幽霊船、即ち、死者の乗り物だったり、死者や霊魂、はたまた骸骨や腐敗した遺体自体などが操舵する朽ち果てた船の一つだった。幽霊船デファ・クグルズも、そうした伝承、伝説、民話に都市伝説に属する話に登場する。

夜送舟艇のプリン艇団 第4章の挿絵

 しかしデファ・クグルズは『本物』だった。

 十五世紀の終盤。海を制した者こそ世界を制す、広い海上を舞台に、多くの国々がその覇権を争っていた頃。欧州からはるか南の海域を根城にしていた海賊団が居た。デファ・クグルズという国籍不明のならず者が率いる、大筒を何台も有する大型船団。彼らは海上交通の要所に出没しては、どの国、どの会社、客船だろうが貨物船だろうが、目ぼしい獲物に映ればお構いなしに片っ端から襲っていた。しかし、当時世界貿易の覇権に手が届く勢いのあった王国が、それを目障りとして、自国の所有する無敵艦隊を南方へと送り込んだ。そして激しい海上戦が繰り広げられ、双方は多数の犠牲者を出した。やがてデファ・クグルズの海賊たちは、武器や補給物資の不足に陥り、根城としている海岸へ退却を余儀なくされた。だがその途中、自分らの住処を守るべく、幾つもの岩が柱のように飛び出ている自然の要塞へ海軍らに追い込まれてしまう。逃げ道を失ったデファ・クグルズの船は、霧逆巻く海上で怒りと焦りで方向を失い、岩柱に突っ込み海の藻屑となってしまう。こうして悪逆の限りを尽くした海賊たちは、船と一緒に砕けた岩の下敷きになり死んでいった。ここまでが人間界における史実だった。

 しかし。生命としての循環にはまだまだ続きがある。

 デファ・クグルズ一党らは死後も激しい怨念を抱き、自分たちを苦しめ死に追いやった岩へと憑りつき、勿論、地獄へ行くことなどは拒み、その酷い情念の岩と霊魂が一つの塊になってしまう。結果、彼らは巨大な石船へと変化を遂げてしまう。それが幽霊船デファ・クグルズだった。

 無論、そんな『ワガママ』な生命は天界執行役、つまり天界の死神たちによって説得を何度も受けた。が、勿論、そんなワガママな生命なので、ちっとも言う事など聞かない。それどころか、幽霊船になっても、霧に紛れて生者の船を沈めて少しでも自分たちの恨みを晴らす、という行為に及んでいた。

 その為、当時、天界執行役の長であった前・ウォルシオム侯爵によって「強制執行」で地獄へ連れて逝かれた。

「うーん。坊と同じくらい手を焼く生命には、しっかり仕置きをしないとね」

 こうして生命らは無事に地獄へ堕ち、岩船は地獄の血の池へと沈められた。

 だが、岩船が再び日の目を見る時がすぐにやって来る。この直後に、天上界が悪神によって壊滅寸前まで追い込まれてしまう戦いが起こる。俗にいう四〇〇年前に起こった「天界大戦」だった。開戦して間もなく、地獄へ沈めた幽霊船は〝大きさが丁度良いね〟と、いう事で、前・ウォルシオム侯爵ローレンスによって砲撃艇に改造された。

 しかしその色合いが、地獄の血の池のせいで、赤黒かったり、紫やら青ざめたようなまだら模様に染まり、かなり不気味だった。その上、人間の顔を前面に搭載。海賊たちの怨念が形になった物らしい。その顔にある口から巨大な神力弾を撃つ、という、もうただの不気味さを飛び越え、天上界の武器には到底見えない禍々しいものになった。それを飛行させて使いたいというのだから、船の形から、飛行機のような両翼がつき、船体を後方に長くした石の飛行艇へとなった。

 当時、現役で神術を使って悪神軍と戦いに臨んだ父も「本当にセンス悪いな~。一緒に戦いたくないよ」と言っていた。父でさえ、そんな風に思っていた。だから、一般の天上人にも大変不評な武器で、その為、最終的には誤って味方から攻撃を受けてしまったのだった。悪神側の武器だと思われて……。そして幽霊船はそのまま地獄の血の池まで墜ちていった。

 以降、誰もそれを引き上げようとはしないし、引き上げたいと思う者もいなかった。わりと平和になっている現状、使い道もないし、第一、不気味過ぎて使いたいと考える者も誰一人としていない。それどころか、地獄の管理を任されている執行役からは「血の池掃除にメチャクチャ邪魔です」と言われる始末。一〇〇年に一度、池の水を抜いての大掃除のたびに、天界本神殿へ抗議が寄せられていた。

 そんな代物が、今、なぜか妖魔界の王城上空へ突如、出現をしたのだ。しかも、あの不気味な顔の口が開いている。つまりその幽霊船を本来の用途として何者かが出航させている、ということになる。

「父上。あれの威力は如何ほどに?」

「そうだなぁ。一発撃つと、エネルギーの充填に少し時間がかかるけど。でも、こうしてニコニコ親子の会話を楽しむ暇はないかもね」

 ルートヴィッヒは杖を携え、言葉を言い終えた直後にはサッと空へと飛んだ。その途中で、杖の先端へ神力を集中させているのが見えた。白金色の先端に翠と白の宝玉を凝った台座に据えた杖、風と光の祝福シーリュリーテ・フォル・ト。名の通り、風と光の六源神の力が宿り、そこへ自らの神力を込めたようだった。

 自分は確か、父に幽霊船の攻撃力を尋ねたはず。しかしそれに答えることなくルートヴィッヒは空を目指した。

「つまり」

 地上からは翠色の雄々しい光と共に上昇する事くらいしか、ランベルセは確認できなかった。

「どこの誰だか分らないけど、そんな不気味な幽霊船はさっさと地獄に沈めないと」

 あまりに気味が悪過ぎる、その青紫と赤紫の石の顔。だからその頭の上に、ルートヴィッヒは中空で留まった。

「おやおや。誰かと思えば、貴方様は天界の大公爵様ではございませんか」

「は? 私がそうだったのは、もう結構前の話だけど。まあ、今でも勘違いしている人はいるか。でも私はアナタの事なんて知らない。どこの誰さん?」

 岩の巨顔から二メートルほど下がった辺りに、木製の柱のような物が船上を突いていた。その傍らに真っ白な長い髪をなびかせた老人が立っている。裾が長い煤けた緋色のローブを着て、まるで中世の呪い師そのままに見える。顔も、袖から見える手も皺だらけで、青い瞳は濁っていた。ただ、口元が異様に緩んでいて、奇妙な笑い顔をしている。

「ワタシはリンガディの小僧とは違ってね、余計な時間は使わないんだよ。だから名乗ってる暇なんてないのさ。いっひっひっひっひっ」

 甲高い声が空にこだますると「悪霊砲発射っ。撃てーっ」と、手を翳す。その言葉の直後に、巨顔の開いた口へエネルギーが集約を始めた。と思った瞬間には、そのエネルギー――妖力とも魔力ともつかないモノ――が、赤い光玉を形作り、ドンという重い音を轟かせ前方へと飛び出した。

「ちょっと。私を狙わないなんて、いい度胸じゃない」

 幽霊船の巨顔の上にいた彼に砲撃が当たる事は無い。狙いは正面の夜送舟艇だった。

輝光爆裂破リス・テ・クォートっ」

 ルートヴィッヒは用意していた神力を術へと変え、赤い光を狙った。碧い光の筋が、夜送舟艇に迫った赤い力の進路を妨げるように押し上げた。方向を変えた悪霊砲と呼ばれた赤い力は、ルートヴィッヒの輝光爆裂破リス・テ・クォートの碧い力に呑みこまれながら、青い空の彼方へと向かい、やがて完全に碧い光の中で消失した。その光も見えなくなってしまう。

 しかし、その一撃目の終始を見届ける余裕はなかった。

 その間に緋色の呪い師は、自らも攻撃魔法を繰り出してきた。ルートヴィッヒはそれをかわし、時には神力を込めた杖で薙ぎ、何発かの反撃を繰り出していた。けれど呪い師は「いっひっひっひ」と、奇妙な高笑いをしながら、彼の攻撃を受けることなく、自分の術を次から次へと打ち出していた。よく見ると、術師は自分を囲う魔法陣の中に居る。しかもそれは、奴が掴まっている木の柱を中心に描いてあった。

「ふーん。それが力の源ってこと?」

 ルートヴィッヒは呪い師の隣、幽霊船の石床から伸びている焦げ茶色の柱を見据える。

「来たれ刃」

 見据えた石船に中空から滑空する。そして持っている風と光の祝福シーリュリーテ・フォル・トは翠の光に包まれると、その姿を長い刃の剣に変化した。ルートヴィッヒは柄へ神力を込め、柱に向かって思いきり剣の刃を振り落した。その瞬間、バチバチバチッと感電するようなけたたましい音が空に響いた。

「いっっ痛ぅーーっ」

 剣を手にしている彼もまた悲鳴を上げる。ふつうにスゴく痛かった。高圧電流に弾かれたような、激痛が手のひらを襲った。もし、その手のひらに緩衝結界を張っていなければ焼け爛れていたか、弾け飛んでいたかも知れない。しかし幸いな事に、ただ手がスゴく痛かったくらいで済んだ。ただ剣は弾き飛び、どこへ墜ちていったかはわからない。

 だが狙った木の柱は無傷だった。船から伸びているそれは、幽霊船のやはり力の要のようなものであり、壊す事などは容易ではないようだった。

「大公爵も大したものではないのぉ」

 その上、呪い師は攻撃を止めることなく、嬉々として術を繰り出してくる。奴自身の力が底無し程にあるのか、それとも石船のエネルギーを転化させて撃ってきているのかは分からない。

「ったく、調子に乗らないでもらいたいね。大体、幽霊船が強いのは、アナタの力でも何でもない。あの賢しい目障り妖魔を打ち倒すため、私の上司が改良したんだから強過ぎて当たり前なんだよ」

 ルートヴィッヒは両手を摩りながら、一旦柱から距離を取り、幽霊船の上空に留まった。

「こうなったら……夜送舟艇っ。百連砲の発射準備始動開始っ」

 彼は振り返り、声を張り上げた。

 すると誰が呼応する訳でも無いにもかかわらず、妖魔城の上空に待機している真っ黒の巨大帆船からグウングウウウという、モーター音のようなものが唸りを上げた。

「六源・神力充填開始っ」

 黒い船は轟音と共に船体も変化していく。先頭に人の身長ほどの弾口が開いた大筒が現われ、船底からも左右に各五つの吊り下げ砲が伸びた。

「ふっふっふっふっ。私もね、昔、カッコいい戦艦が欲しかったんだよ。攻撃力抜群の」

 そしてそれぞれの弾口に黄金の光が集まっていく。それは分かる者には十分すぎるほど感じる事の出来る大地の神の力。

「久しぶりに私に痛みを恵んでくれたアナタには大公爵たる私から素晴らしい褒美を取らそう」

 未だに両手がじんじんした。だからといって、雑魚の攻撃で受けたものに回復術なんて使いたくはない。

「喜んで受け取ってよ」

 ルートヴィッヒも不敵な笑みを漏らす。

「目標、幽霊船デファ・クグルズっ。撃てぇぇっ」

 大空に木霊した声と共に、彼は右腕を勢いよく岩船へと向け指し示した。

 夜送舟艇はその命令に忠実だった。大口を開けている大筒から、神々しい黄金に輝く光の帯がドドドドッと一気に噴き出す。と、同時に船底の吊り下げ砲からも、金色の神力弾がダダダダダッと連射された。

「妖魔界の空に粉塵として彷徨うといいよ」

 彼は、黄金に包まれた上に神力の弾を浴びて形を崩していく幽霊船を眺め、しばらくするとそれに飽き、とっとと夜送舟艇の方へと飛び去ってしまう。ルートヴィッヒが行って間もなく。巨岩のような幽霊船は彼が言った通りに、砂粒ほどに粉砕され、妖魔界の空に拡散し跡形もなくなった。