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「申し訳ありません、ファイゼン王」
「いやいや。構わんよ、ランベルセ殿。森番たちも面白がっていたから、特に問題は無いさ」
「しかしミルトス殿下とレゼッタ殿には……」
「まあ、兄上もミルトスも、ああいう性格だからな。本当の事を言ったら、上手くいかなかっただろう」
ランベルセが通されたのは、妖魔王が客人を出迎えるための大広間だった。そこには謁見用の豪奢で大きな玉座があり、大窓からは柔らかで明るい光が入ってきている。天井も高く、そこから水晶などを細かく加工した大きなシャンデリアが、部屋の中心と四隅に下がっていた。床にも玉座から深緑色の重厚な絨毯が敷かれ、両開きになっている出入口の扉の左右にはこの世界の最古神である幻天王、輝光妃の壁画が飾られている。客人を迎える部屋に相応しい豪華な場所だった。
そんな場所の立派な玉座にランベルセは『座らされていた』。非常に落ち着かない状態だった。
「お二人の殿下には本当に申し訳なく思っています」
「でも、本気で突っ掛かって抵抗してくれる人がいないと、嘘臭くなるじゃない。そこへくると、あの二人なら打ってつけ。レゼッタ・ガレジィートェにミルトス君は」
「しかし、さすがに二人が気の毒ではないかと。私達のせいで、本気で心を痛め、怪我まで負わせてしまったのです。よく謝らないと……」
顔は未だに無表情のまま。しかし声は完全に沈んでいた。
「いやいや。二人は丈夫に出来ているから、ケガについては気にしなくても結構です。まあ、しかし。二人とも熱血漢だから、少々しっかりとした説明が必要かもしれませんな」
「本当に申し訳ありません、ファイゼン王」
ランベルセは頭を下げたかった。が、それを寸前で止めた。言葉ではいくらでも謝意を伝えることは構わない。けれど頭を下げる事は、今、この場ではやってはならなかった。大広間の光景は、部屋の至る場所に嵌め込まれている大窓から覗こうと思えば良く見えてしまう。声までは遮音結界が張ってもあり漏れはしないが、鳥などにでもなって覗かれたりでもしたら、外から様子をうかがい知ることは出来た。カーテンでもあれば、それを引いて目隠しも出来るが、生憎、ここには設置が無かった。かと言って、他の部屋で密談をするのは、城を乗っ取った悪党の行動ではない。悪党は、まず侵略者として、落とした城の玉座でふんぞり返る。それが定番だろう。城へ入ってすぐに、そうファイゼンからアドバイスされた。
その為。嫌々でも、ランベルセは妖魔王を前にして、その座についていた。本当は早く離れたくて仕方が無かった。
「しかし大変お困りのようですな、天上界の方々は」
「これも、王がどうしても執行役らの本懐にて解決せよとおっしゃった為。しかし陛下の御心も、私は然るべきものであると思うのです。それをまあ、様々な考えがあると知りましたゆえ。私も行動に出た所存に御座います」
「貴方も相変わらず苦労の絶えぬ官吏ですな。私はそんな貴方に協力や援護を惜しみませんぞ」
「ど、どうも」
妖魔王ファイゼンはそう言ってくれた。きっと、表情に表して良いなら完全に笑われていた事に違いないだろう。しかも彼の兄や甥の王太子同様に、この王も大変に整った顔立ちをされていた。微笑めば、優しさが共にこぼれる柔らかで美しいお顔をされていた。
だが、見た目では王族の中で一番年齢の高い印象がある。人間で言えば四〇代半ば。兄のレゼッタ・ガレジィートェより年上に見えるのは、その半生が相当な苦労を重ね、さらに二度ほど起こった大きな戦争の折に、妖力の大半を消失したから、と聞き及んでいる。その為、森の番人と呼ばれる王族の戦士に守られているのも、実際に必要な事だった。そこへ邪神の呪縛から解放された王兄レゼッタの帰還があり、ファイゼン王にとっては大変心強い思いがあっただろう。
「それに、今回の件には我が妖魔族の者も関わりがある、という内容のお話もありましたしな」
「ええ。しかしそれは、そろそろ場所を移して申し上げたきこと」
「では、城の地下に書庫もあるから、そちらへ移動しましょう。隣には宝物庫もありますしな。盗賊団には一番、重要な場所であろう」
「はあ……」
すました顔でファイゼン王はそう言って「道案内する私に、槍だとか剣だとかも突きつけないと、雰囲気が出ませんぞ」と、新たな提案までしてくれた。どうやら、妖魔族は愚直か茶目っ気かの極端な性格の王家に率いられているようだった。
そしてランベルセは、父と妖魔王の後をついて行く形で、地下室へ続く階段を下りて行った。螺旋状の石畳で出来ていて、壁には妖術で作り出されたオレンジ色の明かりが灯されている。それによって映し出される石造りの壁や廊下は黒味がかり、やはりその年月の古さがうかがえた。
「さあさあ。ここです、宝物庫は」
「い、いえ。宝ではなく、話をしたいと思って……」
「おや? あ、そうでしたな。ついつい槍が背中を狙っているもので。いつ刺されるかと思うと、まずは大人しく宝を渡してしまえと」
「はあ」
階段が終わり、降りると左右に長い廊下が続いていた。だが、降りて正面の部屋が宝物庫というのは、少々警戒心が薄すぎるものではないかとランベルセは思った。
「ふーん。こんな降りてすぐお宝を置いておくの?」
「いやまあ、金銀財宝というよりは骨董品ばかりが集められているんだよ。それに我々妖魔は、光り輝く宝石などにあまり興味が無くてな。妖術を使うための道具や、神々を祀る神殿の御神体として設置されている他は、衣服の留め具に使うくらいのものなんだよ」
「なるほど。確かに、妖魔って存在自体が美術品みたいに綺麗だから、宝飾品なんかで飾り立てる必要も無いか」
「それはそうでもないんだが。とりあえず、宝だと思っている物が古い物ばかりで、それの保管は光を当てず、ただし天日干しもしないとそれはそれでカビが生えてしまうから、取り出しやすく、と考えて。この部屋になっているのだ」
「そっか。確かに保管と手入れが大変だよね~。だからウチなんて、ほっとんど、絵画に壷とか、人間界で売っぱらっちゃったんだよ。結構、高く売れたよね~」
「なんと、大胆な。さすがルートヴィッヒ殿。いや、それなら我が家のお荷物もそうしてみようか」
「ああ、いいんじゃない?」
父も宝物庫に対して疑問に思ったらしいが、話が別の方向へ行ってしまったようだ。
そして、その隣の部屋の前に妖魔王は立つと、扉を開けた。
「天界の図書館ほど広くはありませんがな。どうぞ、お入りください」
彼が中へと入っていくと、その後ろにくっ付いていた父は、神力で作っていた槍を消し去り入って行く。ランベルセもそれに続いた。
「どうぞ、こちらへ」
中はややかび臭さと、古くなった紙の饐えた臭いが充満していた。自宅の図書館も同じような臭いがしているので、さして嫌でもなかった。
それにここは書庫と呼ばれているようだが、とてもそんな雰囲気ではなかった。入ったらすぐに、大きな丸テーブルが置かれ、その上には白いクロスが敷かれた上に花瓶も置かれている。赤と白の大ぶりのカーネーションのような花が鮮やかに咲いていた。
しかも部屋全体が明るく、壁もオフホワイトと爽やかな青色をした垂れ幕が下がっていて、絵画、彫刻なども所どころに飾られていた。一種の美術館のようである。しかも主である本も、木で出来た艶のある立派な書棚に、ピシッと綺麗に並べられていた。カテゴリーごとにプレートが付けられていて、探しやすさ、それから適度な隙間もあって取り出しやすさも完璧に見えた。
「はー。私の図書館も自慢だけど、ここもかなりイイ線いってるね~」
引退してからの父は、大変な読書家という事もあって、自宅の広大な図書館を管理する仕事もしている。そして本にまつわる場所、つまり書庫や図書館自体もこよなく愛している。その彼が嬉しそうな表情をしているということは、この妖魔城の書庫も気に入ったのだろう。
「ここは読書を好む兄上が、妖魔界へ帰ってきて以来、整理整頓をし直し、更に調度品を揃え、内装までも綺麗に改装したんだよ。そして時間がある時は、ずっとここで本を読んで暮らしている」
「へー。あんな奴でも、やるものだねぇ」
父は感想を述べながら、書庫の奥へと入っていってしまう。興味関心が高い物へすぐに突進してしまうルートヴィッヒを止められる者は誰もいない。
そんな父は放っておき、ランベルセはファイゼンに勧められた大きなテーブルの席へと着いた。そして頭を深々と下げ、開口一番、謝罪の言葉を改めて述べると、これまでの非礼を詫びた。
「いやいや。本当に気にする必要は無い、ランベルセ公爵」
「しかし陛下の兄君、それから王の大事な後継者に傷を負わすなど、大変遺憾なこと。申し訳ございません」
「二人は本当に頑丈だから大事ない。それに、彼らの傷を診るとスタリート王が自らついて行ってくれたではあるまいか。それこそ畏れ多いことであるぞ」
「それは……」
ずっとランベルセのポケットの中で待機していた天界王だったが、さすがに事の有り様を見て「ボ、ボクがお手当に行きマウス~」と、城の救護班のあとにくっ付いて行った。あの方でも良心が痛んだのだろうと思われる。
「それにランベルセ殿。アナタ方がこれほどまでの騒ぎを起こすなど、過去に無い異例の事。そこまで解決が難しいという件について、もう少し詳しく話して頂けないだろうか」
向かい側に座った王は、少し表情を硬くしてランベルセを見た。
「貴方から届いた親書には、妖魔も悪事に加担している可能性があると書かれていた。それは一体どういう事なのか」
今回の妖魔界を落とす、しかし、実際には見せかけでしかない、とした作戦。それを仲間らに話し、その協力を仰ぐためすぐに妖魔王へと親書をしたため、神術を使って王へ直接送った。そしてその返事が来るやいなや、作戦を実行に移したのだ。
『天上界で人質事件が発生しました。その救助のためにご協力願います。現在、秘密裏の作戦遂行中です。妖魔界へ夜送舟艇と共に参上いたします。その時に、我々は稀代の悪党として現れることでしょう。しかしこれも天上人救出の策の一つです。そして、妖魔界を乗っ取る盗賊を騙る事と思います。しかし実際はそんなことは致しません。『見せ物』として、作戦の一つに御座います。但し、抵抗はして頂きたく、その協力の旨、親書にてお願い申し上げます。
パルティシオン・ランベルセ 天界最高責任者補佐官』
これを自分の羽を使って書いた。そうすることによって、自分の神力が文字に籠る。神力は固有のため、識別に使える。筆記具にした羽も添えて、妖魔王へ転送術を使ったので悪戯や、偽物とはよほどではない限り疑われない。だが、それでも疑念があるならば、実際に事が起こった時に判断をして欲しい、と書き加えた。
しかし妖魔王はすぐに快諾をし、添えておいた羽と共にランベルセへ返事をくれた。王も、ランベルセが親書を寄越す時に、羽を添えてあることが常であるので、疑いはしなかった。そして返信にはこう綴ってあった。
『兄と王太子には報せません。存分にどうぞ』
と、書かれてあった。二人の性格を鑑みて、それが一番リアリティを持たせ、効果がある事だと王は判断してくれたのだろう。まさに、予想以上に迫真の演技、というか演出になった。これで悪党プリン艇団は、かなりのレベルが高い悪の組織に格上げとなったことだろう。もう、正義の天使や清き六源神に返り咲くことは出来無いかも知れないほどに。
「では、まず順を追ってお話いたします。誘拐されたのは天界貴族、ウォルシオム侯爵の妻……」
ランベルセは、高級位の死神を誘拐し、夜送舟艇と人質の交換を迫られているという話と共に、その誘拐犯の中に妖魔がいるのではないかという理由を話した。犯人たちは、人を惑わす術に長けている事や自然の中に溶け込むことが巧みである事、それから。
「モフィルド、ですかな?」
「そうです。彼らは、モフィルド、という何かの下で動いているようなのです」
「うーん」
妖魔王はしばし間を置いてから「聞いたことの無い言葉ですな」と、答えた。
「ランベルセ殿にも心当たりが無い訳ですな?」
「はい。私も天界で外事を司る職務にありますが聞いたことの無い言葉。あらゆる世界を広く見ているつもりですが、モフィルド、という言葉に覚えが無いのです。人なのか、何かの象徴なのか」
ランベルセももう一度、記憶の中を探ってみたが、モフィルドに該当する言葉は、聞いたことがなかった。
「しかし、ランベルセ殿が知らぬとなれば、誘拐を企てた者達が作り出した言葉かも知れませんな。そうだとしたら、彼らにしか分からないもの」
「そうかも知れません」
例えば、言葉の区切りがモ・フィールドやモフィー・ルドといった形になったとしても、又、モーフィールドやモフィルドーと発音を変えたとしても、思い当たらない。そうなれば、ファイゼン王が言う通り、誘拐犯たちだけにしか浸透していない言葉なのかも知れない。手掛かりになりそうでいて、この言葉自体が謎を深めるものになってしまう。
ランベルセはこれ以上、それにこだわっても、現段階で役に立たないので一旦、考える事を再び保留にした。そして話を変えた。
「ところで、ファイゼン様。妖魔界で最近、何かおかしな事が起こったり、変わった事があったり、様子の変化で不自然な事はありませんか。些細な事でも構わないのです」
「些細な事……か」
「そうです。無論、あらゆる物質は常に変化はしています。そういったものではなく、通常あまり起こらないような事です。何かありませんか?」
するとファイゼンは先程のように間を開けて「本当に些細な事でしたら」と、前置きをして話し始めた。
「実は、本日、兄上が天上へ赴こうとしていたのです」
「レゼッタ殿が天界へ? それは一体……?」
「私やミルトスは、さほど大したことではないと思っていたので、そうする必要は無いと兄へ言ったのですが。彼は変に『意固地』な所がありまして、兄は難しい顔をして〝話しておく方が良い〟と、再三申しておりまして」
「彼は何をそれほど気にされていたのでしょう? 何が起こったのですか」
なんという事してしまったのか。話を聞いてみなければ、手掛かりかどうかは分からない。そういうものだというのに、話が聞ける本人を『倒してしまった』。今となっては悔まれるところだった。
「ええ、まあ。先日、正確には二日ほど前に、妖魔界の大地へ祝福を齎す〝モドメーブフの輝石〟という宝玉が、それを祀る祠から転がり落ちていた、という事が起こったのです。宝玉自体は、六源神・地の神の神力が結晶となっているものです。公爵殿もご存じかと思いますが」
「ええ。この妖魔界を支える大地の源。初代六源神トーラの神力を結晶化させたものだと聞き及んでいます」
「その通りです。その宝玉は、この城の北、モドメーブフという村の近くに、人の手で掘られた洞窟の一番奥にある祠で祀られているのです。しかしその祠とは、大人の腕で抱えられるほどの小さなもの。宝玉を乗せた台座と、それを囲う箱型の石枠を祠と呼んでいるだけなのです。しかも、宝玉を正面から見えるように、囲いの前面は網も柵も取り付けられている訳ではなく、たまたま転がり落ちたとしても不思議ではないのです。ですから近隣の村の子ども達がイタズラをした、ということも考えられる。モドメーブフの輝石はそれほど身近な存在で、誰が盗ろうと思えば簡単に持ち出す事が出来る。そんな御神体なのです」
「そうだったのですか……?」
妖魔達は大らかな性格の種族ではある。しかし世界を支えている重大な代物を、そこまで軽く扱うほど大らかだと、些か心配な種族のような気がする。普段から頭がカタいと言われるランベルセでなくても、そう思うのではないかと想像できる。
「いやいや。モドメーブフの輝石については、妖魔であれば幼い頃からどのような存在であるか、しっかり教え込まれているのです」
「それならばなおさら、保管方法や扱いを慎重にすべきでは……?」
「その逆ですぞ、公爵」
「ぎゃ、逆……? とは」
ファイゼンは小さく笑った。そんな顔をされる覚えがないので、ランベルセは余計に困惑した。
「モドメーブフの輝石の価値。妖魔の皆が大切に思うからこそ、親しみを覚え、いつでも誰でもその感謝を伝えられる為に、そうしてあるのです。隠したり、仕舞い込んでしまっては、大地の神を傍に感じる事が出来なくなってしまいます。妖魔にとって、大地の神は命の源として、とても大切に思われ、愛されているのです」
「そうなのですか」
「まあ、尤も、子ども達の中には悪戯をしようと考える子もいます。しかし、それは宝玉に伝わる〝罰〟の話が役に立っている。もしもその宝玉を盗んだり、悪い事に使おうとすると、石になる。ですから宝玉には、誰もが畏敬の念を持って接しているのです」
ファイゼンに言われて記憶の底から引っぱってくる。
石は六源神を深く信奉している妖魔に対し、神が応えてくれたもの。自然の恵みを大切にしている妖魔たちへ、森を育て、生命の根幹である大地の源として齎された。大変偉大な力である。その辺が妖魔たちの感謝の念を強める部分なのだろう。
そして。モドメーブフの輝石とは、ただそれだけの存在である、と云われている。つまり妖魔界の大地を豊かにするもの。それ以外の効果は無い。ゆえに、それを他の力へ転用も出来ないし、他世界へ持ち出し、その世界の大地の為に使う事も出来ない。それは妖魔が「本当に大地の神へ対する敬愛が強い」その心に対する大地の神からの贈り物であるからだった。
それなので、もし仮に、別の世界の大地の為にと持ち出そうとすれば、妖魔界の外へ一歩でも出た瞬間。神様の意に反するという事で、その者をたちまち石へと変え、その後、石自体は妖魔界の元の場所へ自力で還る、と言われていた。真偽は不明だった。それが言い伝え通りであれば、本当に怖ろしいことなので、未だそんなことをやった者はいない。その為、実際のところは分からないのだった。
「兄はこの世界を大切に想い、又、妖魔たちの日々の平穏な生活をとても大事に考えています。その想いから、モドメーブフの輝石が台座から転がり落ちたことでさえも、大変に気にし、天上界にまで行こうとしていた」
「はあ。確かにレゼッタ殿は生真面目な性格ではありますね」
「そうなのです。それに、もともと兄は勘が良いというか、変に考えが深い所のある人物ゆえ。今回も考え過ぎではないかと、私や甥は言ったのですが。一度強く思うと、他者の話を聞き入れる様子も無く、天上へと行こうとしていたのです」
「なるほど」
ファイゼンの話は、内容はとてもよくわかった。だが、その中に出てくるレゼッタ・ガレジィートェという人物の人となりについては、ますます理解しがたい存在であるという事もわかった。もうそこは、自分の父と同じように「そーゆー人」と、いう事にしておくほかない。それどころか、ランベルセの中で「そーゆー人」の括り同士である父とレゼッタ・ガレジィートェが、どういう訳か敵対関係のようであるが、それつまり然るべきという気がする。強すぎる個性はぶつかり合って、お互いを弾き合う。磁石のプラスとプラスのような関係なのかも知れない。
「しかし、私としては『どんな些細な事』であっても、今は情報の一つとして得たいと考えています。レゼッタ殿は他に何か言ってはいらっしゃいませんでしたか。その、風変わりな発想でも構いませんので」
「うーむ。兄上は本当に不思議な事を言いますからな……。それに決して人を悪く言わず、優しい心の持ち主で、子どもたちの悪戯で台座から落ちたと私やミルトスが言っても『子供たちにそんなことを出来るはずがない。みんなも輝石の言い伝えを知っているはずだろう』と、かなり真剣な表情で抗議しましてな。余程、子どもの事を信じているのでしょう。純粋無垢な幼い子供が神様からの頂き物を粗末にするはずがない、と」
「そうですか」
言いそうな事だ、とランベルセも思った。あの人は、邪神の呪縛から解き放たれて以来、その反動なのか? と、いうほどに善い考え方を持った生命になった。と、いうか、以前の彼を知る者からすると〝元に戻った〟らしい。ファイゼンの言う通り、決して他人の事を悪くは言わず、謙虚で、慈悲深く、自己を省み、日々を一生命としてしっかり過ごしている。それはランベルセの幼なじみ、アレックスを思い起こさせる。そういう人らしい。
だから台座に祀られた御神体である宝玉〝モドメーブフの輝石〟に、子どもに限らず、妖魔の誰かがイタズラをするとは考えられない。みんなにとって大事なものは、みんなも大切にするはず。そんな発想で生きていても不思議ではなかった。
「ちょっとちょっとちょっと。二人共、なに、レゼッタ・ガレジィートェの事をそんなに買い被ってるの? 信じられないよ、そのお人好しな発想ーっ」
書棚の奥から姿を現した父は、眉間に皺を幾つも寄せ、目を細め、そして何故か何冊か本を両腕に抱えていた。表情は相当、不機嫌で、怒っているようにも見えた。
「あの男はね、そういうアレックスみたいな気楽に物事を捉えている訳じゃ無い。子供が純粋だから悪い事はしない? そんなワケないでしょ。無知だから恐れを知らない。純粋に興味が湧いたから触ってみた。そういう風に考えてるし、ムカつくけど、私もそう思う」
ルートヴィッヒは持ち出してきた本を「よいしょ」と、ランベルセらが向かい合っているテーブルの端へと積み上げた。それから勝手に席に着いて、一番上に乗っていた茶色くて紙の拉げている古そうな本を勝手に開き、読み始めた。
「父上。失礼ではありませんか、ファイゼン王を前に色々と」
「だって、本当の事だよ。私は少なくとも198回、アイツと戦った。レゼッタ・ガレジィートェはね、スゴく強くて勝つも負けるもいつも命懸け」
「それはそうでしょう。その力が欲しくてリドールは心の引き金を引いたのですから」
「は? 私はそういう事が言いたいんじゃないよ」
父の興味は完全に開いている本へと向いていたが、一瞬だけ、こちらを見てフンッと小さく息を吐いた。そしてすぐに元の読書をする姿勢に戻ってしまう。
「アイツは強い。私でさえ命懸け。それって、アイツの頭が良いからなんだよ」
「頭が……良い?」
と、言われて「それって頭がおかしいの間違いでは?」と息子は寸前まで出かかって、何とか言葉を止めた。
「君はきっと、頭が変だ、くらいしか思わないかも知れないけど。そんな、『程度の低い皮肉』しか思いつかない君には、きっと想像もつかないと思うよ。レゼッタ・ガレジィートェの凄さって」
「はあ」
父の言葉に、腹立たしさと図星を指された恥ずかしさが同時に襲ってくる、なんとも言いようがない気持ちに晒された。だが、直後にルートヴィッヒのある言葉に引っかかった。
「父上はレゼッタ殿を決して見くびっている訳では無いと」
「当たり前じゃない。見くびっている相手に互角って、どれだけ自分が劣った弱い存在なワケ?」
「まあ」
「いーい? 彼が君の幼なじみと同じような、少しポワポワしてるのは、ただの気質。物腰柔らかい性格だから。あとは丁寧な言葉遣いをしているから。それは単に王族だから。そういった教育もあったからだからだと思うけど。それが混在しているから、ちょっと足りない変な生き物に見えるかも知れないけど。でも中身はスーパーなんだよ、スーパー。わかる?」
「は、はあ。スーパー、というと……それがつまり凄い、ということですか」
「そう。中身は冷静なんだよ。そして何事に対しても、物凄く良く推し量る。その能力が滅っ茶苦茶高い。だからこそ、ああいう風なふにゃふにゃな調子で生きている。気性が荒かったり、派手な事が好きだったり、なんとなくの感覚で単純に生きていたら、それに付随する感情に振り回されて、冷静でなんていられない」
「つまり冷静イコール強さ、ということですか?」
「その通り。アイツはよく『勘がイイ』、って思われるけど。本当はそうじゃない。アイツはよく見ている。よく観察している。そしてその瞬間、発揮している集中力が半端無い。だからあっという間に、一〇手先までの想像がつき、五手先の道筋を立て、三手先までを他人へ話す。そして確実な一手を打ってくる。
レゼッタ・ガレジィートェの勘が良いって思われるのは、時々、五手先の起こり得る事を唐突に人へ話してしまうから。だから凄い奴だって言われるんだよ。そりゃそうだよね。順を追って言えば、なんて事の無い話になるのかも知れない。でも、いきなり言われてしまっては、考えがそこまで達していない浅い者にとって、何事を言われているか分かるはずもない。けれど結果が出て、後々思い起こせば、あの時アイツが言った事が現実になった、って事になる。そういう事なんだよ」
父の方こそ何の事もないと言った風に話している。結びに「だから厄介で骨が折れる相手なんだ。実際に、腕も、足も、しょっちゅうボキボキに折ってくれたけどね~」と、付け加えた。
ランベルセとファイゼンは父の言葉にしばし沈黙をせざるを得なかった。
特に、ファイゼンは先程、自分の兄は妙に勘が良い、と言っていた。妖魔王自身も、レゼッタ・ガレジィートェの能力の高さをただの勘だと思っていた一人だった。それをルートヴィッヒは、彼がそんな事を言っていたのを聞いてか聞かずか分からないにしても、非難するような発言をアッサリ言ってしまう始末。
「よ、妖魔王。も、申し訳ございません。父の数々の無礼な発言を」
「いやいや。謝る事など無い、ランベルセ公爵」
「し、しかし」
本当にこういうお父さんって困る。もうどうしよう、と内心、肝を冷やした。
「むしろルートヴィッヒ殿の言葉で、やっと兄の事が理解できた気がします。礼を言いたいほど」
「は、はあ……」
正面に座るファイゼンは、うん、うん、とゆっくり頷き、晴れやかな顔つきになった。
「兄のレゼッタは幼い頃から、とても穏やかで優しい方でした。しかし、まあ、この妖魔界はご承知の通り、以前は王家の一族が目も当てられない程に酷い有様で。そのような過酷な環境の中を、それでもあの方だけは全くその穏やかな人柄が荒むことがなかったのです。しかし同腹の弟である私を守る為に、異母兄であるユロカサスの酷い仕打ちには、厳しく、時に激しく対立することもしばしばでした。端から見ていれば、レゼッタ兄さんも私も巨漢で暴力的なユロカサスになど、すぐに殺されてしまいそうな虚弱な妖魔でした。それが生き延びられたのは、あの人が本当に強かったから。
子供の頃に兄から、城内で身を隠すように言われた時や、安全な場所、時間、行くように指示された人物は、すべて考えのあっての事だったのですね。過酷な状況下で磨かれた勘や、偶然などではなく、全て兄は考慮していた。私は子供だったので、そうした真意が分からず、ただただ良い方へ導かれるのを不思議だと思っていた。それが何であったのか今、やっと分かった気がします」
彼の話を聞き、ランベルセもファイゼンの明るくなった表情に納得が出来た。妖魔の王一族が荒廃寸前にまで陥っていた事は、天上界も把握している。原因は、今目の前に居るファイゼンやレゼッタ・ガレジィートェの兄にあたる前王が起こした不貞行為の数々だった。そこから端を発した事で、レゼッタ・ガレジィートェは恋人を殺され、目の前のファイゼンも婚約者を失った。その結果がレゼッタをリドールの腹心へと導く結果になり、妖魔界も王族がファイゼン一人を残して、全て滅ぼす結果となった。
だが八〇〇年の歳月を経て、レゼッタ・ガレジィートェは善き心を取り戻し、弟の所へ帰ってきた。そして、又、ユロカサスの遺児である(はずの)ミルトス王太子と共に、三人で力を合わせて妖魔界は平和で穏やかな世界へ導いて行っているのだ。
「で。そういう良い話をしたい訳じゃ無いんでしょ?」
「え? え、ええ。無論です」
そうだった。危うく、良い話を聞きメデタシメデタシとして話を閉じてしまうところだった。
「ファイゼン王。もしかしたらこれは本当に大事が起こるのやも知れません」
ランベルセはファイゼンとは対照的に、自分の表情が硬くなったことを実感した。その直後、妖力と魔力が頭の上の方でぶつかり合った衝撃波を感じた。