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――ヤバい。さすがにこれはやり過ぎだ――
黒衣に身を包み、無表情を装った自分は外見上まさに悪党である。しかし目の前の光景に、内心、たじろいだ。そしてこの状況を作り出した人へ、一言、言ってやりたかった。
「お父さんのバカ」
と。
「叔父さんっ。叔父さん大丈夫っ。死なないでっ」
「レゼッタ様ーーっ。何ったる事にーーっ」
現在、ランベルセの目の前には、世界の宝と見紛うばかりに美し過ぎる人物が酷い傷を負って横たわっていた。彼のすぐ傍では、その人に良く似た若者が悲痛な叫びを上げ、黄金色をした標準よりやや小さいフクロウがおいおいと泣いている。
「ふっふっふっふっ。これで99勝99敗だね、レゼッタ・ガレジィートェ」
で。そんな傷だらけの人物のド頭を足元に、腰に両手を当て、美麗な人物の顔を覗き込むように前屈みになっているバカ、もとい、父ルートヴィッヒのなんと嬉しそうな顔。本当にこの人は頭がおかしいのかも知れない。
「……ど……どうしてこんな……真似をするんだ。…………ルートヴィッヒ・ランベルセ」
「どうして? そんなの決ってるでしょ。日頃の恨みだよ。君は今でも、ソフィアの忘れられない人なんだっ。ホンッッッッット、ムカつく。許せないんだよっ今でもっっ」
「そ…………それは。…………君が……この…………僕が見ても。彼女に対する…………虐待が……酷かったから…………。同情したまでで…………。彼女には………………もっと優しく…………」
「うーーーーっるさいっ。分かった口を利かないでくれる? ソフィアはあれでいいんだよ。あれでこそ私のソフィアなんだ。それをそれをっ。お前みたいな淫獣が同情!? はーあー!? 私はね、危うく自分の子を殺すところだったんだからね。もしもパルティシオンが私に似ていなかったら、絶対お前の子だと思って八つ裂きにしていたんだよ」
「…………だから。彼女とは何も…………ただ。彼女の話を…………聞いてあげただけ…………だよ」
「うーーーーっるさいっ極悪妖魔っ。今のお前なんて、私があと一発、神術を使えば地獄逝きだよ。丁度、地獄送りの舟もここにはあるし。私が最後まで、地獄の果てまで送ってやるよ」
「……君は…………本当に……頭が…………変だね…………」
「まだ言うつもりなのっ!? このくたばり損いっ」
父は姿勢を戻し、右手をギュッと握って拳にした。そこへ神力を集中させると、拳を軸に自分の背丈ほどの真っ白な神力の刃が作られた。
「まあ弱くなったお前と言えど、餞に、私の神力をありったけ込めたこの槍で心臓を一突きにしてやるっ」
ルートヴィッヒは目を細め、薄ら笑いを浮かべて地面を見おろした。
「止めてくださいっ。叔父さんは昔は悪い事をたくさんしてきたけど、今は善良な妖魔なんですっ」
「そ、そそそうで御座いますっ。レゼッタ様は妖魔界にとっては、無くてはならないおっ方っ。邪悪な呪縛から解放された王兄殿下は皆に好かれ、殿下も皆にお優しい御立派な方なのですぞ。そのっような方の御命を奪うなど、たとえ天上人であろうとも、このグラウクス・ジェイルが許しませぬぞっ」
そんな卑劣な人物に対し、若者は怪我人を庇うように覆いかぶさり、フクロウは勇敢にもルートヴィッヒの顔の前で翼をバサバサと羽ばたかせ抗議をした。だがそんな鳥など卑劣な天上人にはびくともせず、ルートヴィッヒの腕で簡単に鳥は叩き落とされてしまう。
「フ、フク爺ーっ」
「む、無念です……若……」
「ああ、なんてことをっ」
怪我人のすぐ脇にグラウクスもドサッと転がり落ちた。
「一体、どうしてこんな事をするんですかっ。ボクたちが何か悪い事でもしたんですか?」
「悪い事? さあ。今の君たちはしてないんじゃない? それとも心当たりがあるの?」
「い、言っていることが分かりませんっ。どうなっているんですか? 何のつもりなんですか、ランベルセ」
少し離れた場所に立つ自分の方へ向かって、ミルトスが涙を浮かべ叫んでいた。
しかしランベルセは答えない。正確に言うと、答えづらい。なぜならば、ランベルセ自身が「妖魔界を侵攻する」と決めた張本人。そして父には「少し派手な形で、しかし手っ取り早く降伏させて欲しい」と、話をした。すると彼は「じゃあ、その世界の一番強い奴を伸せば、あっという間に解決だね~」と言っていた。
その結果がこれだった。
妖魔界の一番強い奴=現在の王兄・レゼッタ・ガレジィートェ。曾て邪神の右腕。前天界王やその補佐官を殺した怖ろしい力を有する最強の妖魔。しかし現在は、邪悪な呪縛から解放され、善き妖魔に戻り、弟の妖魔王や王太子らと平穏な日々を暮らしている。そして外事長をしているランベルセにも、善き心を取り戻したレゼッタ・ガレジィートェの評判は聞いている。スゴく温厚で心優しい大変立派な妖魔である、と。妖魔達からも大変慕われ、容姿の美しさに、妖力、剣技の強さ、それを重んじている妖魔達から大絶賛。現在の王族の中でダントツに尊敬を集めているとも聞いていた。
そんな善い人を。
「善人に戻ったとしても、力の度合いが変わった訳じゃないでしょ? その妖魔界最強の彼を倒してしまえば問題解決だね」
そう考えた父ルートヴィッヒの発案により、ランベルセは船を妖魔界の王城付近へと移動させたのだ。尚、人間界を離れるのであればSUVにしておく必要がなくなった。よって改造車にした事は特に利にはならなかった。それについては、改造した本人は大いに不服だったようだが、妖魔界の具体的な侵攻策をルートヴィッヒの言う通りに採用すると、父は途端に機嫌が良くなった。それなのでその点は解決した。
だが。その具体的な侵攻策が、現状を見る限り、あまりに度を過ぎている。そう思えてならなかった。
「あの、ランベルセ。ちょっと、これって、やり過ぎじゃないでちゅか~」
「では、貴方が止めますか? あの人を」
「無理でちゅ~」
「それに貴方がここに居る事がバレると本当に不味いですから、どうぞお隠れください」
「そうでちゅね……さすがに」
ランベルセの右肩にぴょこっと乗っていたネズミがこそこそ話しかけてきた。しかしすぐさま、彼の上着のポケットへと滑り込む。そこからネズミは顔だけをちょっと出した。そのくらいにしてもらいたい。もし天界王が一緒に居て他世界を侵攻中。そんなことが公になれば、本当に天上界が攻めてきたということになってしまう。
「…………とにかくミルトス君。……妖魔界と……妖魔のみんなを守るんだ。……君はもう……僕よりも強い。立派な妖魔界の王太子だ……」
「レゼッタ叔父さんっ」
そう言ってレゼッタ・ガレジィートェは目を閉じ動かなくなってしまう。おそらく意識を失ったのだろう。そんな彼にミルトスは縋り泣きながら何度も叔父の名前を呼び続けた。
「侵略者ってコワいでちゅね~」
本当にそう思う。この光景にランベルセも胸が痛んだ。自分はやはり悪役は向いていない。やっぱりこの作戦は間違っているのではないか、と。
「ふーん。ちょっと聞きたいんだけど。さっきさ、レゼッタ・ガレジィートェが言った事ってホント?」
しかしこんなシーンが繰り広げている中。一人、嬉々として演じ続けている(本気かも知れない)ルートヴィッヒは、ミルトスを見下ろしながらニヤニヤとしていた。
「私はさ、特段、レゼッタ・ガレジィートェを今、憎くて殺しに来たわけじゃないんだよね。勿論、ソフィアの事を思い出して、ちょっと頭にキタ事を思い出したけど。でも本来の目的は、妖魔界の一番強い奴を倒しに来たんだよね」
「よ、妖魔界の一番……。ど、どうして」
「そうすることが、この世界を頂く為に手っ取り早いと思ったから」
「こ、この世界を……って。アナタ方は妖魔界を乗っ取りに来たのですかっ」
「そう。大当ったり~」
「なぜそんな事をっ」
「私達は全界を股にかけ、悪逆の限りを尽くす盗賊団・プリン艇団なんだよ。だから悪い事も、略奪に強奪もお手の物。そしてまずは手始めに、どこかの空間ごと頂いて、そこを根城にプリン艇団を繁栄させようって。そう我々のお頭が決めたの。ね、パルティシオン」
と、ルートヴィッヒは一瞬だけ首だけをこちらへと向けてニカッと笑い、再び、ミルトスを見た。
それに対してランベルセは、なんで自分に話を振るんだ、この策はアンタが考えたんだろう、と寸前のところまで出かかっている言葉を飲み込んだ。しかし、ここまでやってしまった以上、後戻りは出来ない。もう腹を決めるしかなかった。
「ミルトス王太子。我々は貴方達が大人しくこの妖魔界を渡すのであれば、これ以上、攻撃はしない。妖魔の王一族が我らに妖魔界の実権を渡し、大人しく投降するなら、命までは取らない。しかし抵抗するなら容赦はしない」
ああ、自分の口からこんな事を言う日が来るとは。はあ。つくづく難儀な目に遭わされる日だ、とランベルセは心の深い底で、ため息を吐いた。
そんな思いとは裏腹に「夜送舟艇。目標、妖魔の王城」と、はっきりとした口調で命じた。すると船体の底から伸びている黒筒、左右に二本ずつ並び、縦には四列、合計十六本ある砲撃口が一斉にウィィッと不気味な機械音を立て、船の真下へと向けられた。その先には古いが厳格で重々しい石造りの立派な城が建っていた。おそらく、船底に設けた砲撃口の全てから魔法弾を撃ち込めば、どんなに強固な建物であっても、木っ端微塵になってしまうだろう。さっきも、その砲撃を上空で防御術を張っていたレゼッタ・ガレジィートェへ向かって二発ほど食らわせた。彼は、父の攻撃は堪えていたが、追加で撃ち込まれた紅の魔道士の魔法弾にまでは耐えきれず――しかも、不意のように撃ち込まれたものだったので――吹き飛ばされ、地面へと落下したのだった。
「ランベルセ。何を言っているんだ。君は天界の王の補佐官で、他世界との調停人でもある天上人だろうっ。ぷりん艇団て何だよっ。悪逆の限りって、そんなことをする人じゃないはずだっ。どうしちゃったんだよっ」
自分も大いにそう思っている。プリン艇団ってナニ? 悪逆って、それをする者を退治するのが自分の本懐なのに、何で自分がそれやっちゃってるの? 自分、どうしちゃったの? と。心の中にフツフツと疑問が湧いてくる。そして父や王の言う通り。ああ、本当に自分はこういう事が向いていない。ああ、もう。……こうなったら自棄だ。
「どうしたもこうしたもない、ミルトス王太子。私は揃えられる限りの強さを手に入れた。それを使って欲しいと思ったものをすべて自分のものにしたい。そう思い行動をしている」
「そ、そんなっ。そんな身勝手な事をするのは許されないっ。まして、人を傷つけたりする事は絶対にやってはいけないっ」
「身勝手? 私は私の思うがままにしたい。それが出来る力、夜送舟艇も同志も手に入れた。そしてどれほど他人が傷ついても私に害がないので構わない。むしろ障害物は取り除く。それが出来るからそうしたまで」
「信じられない……。ランベルセがそんな事を言うなんて」
「貴方が私をどう思うかは貴方の自由だ、ミルトス王太子。しかし妖魔界を私へ差し出すか拒むか、早く決断して欲しい。私もその後の対処が決められない。なんなら城を崩してから改めて問う事にすべきか」
「止めろっ。中には城で働いている者や王様もいる。これ以上、妖魔を傷つけるなっ」
「ならば降参しろ、妖魔の王太子。そうするなら皆も傷つかないはずだ」
多くの悪人たちが口にしている常套句。こんな事を言っている自分が信じられなかった。
しかしあくまで自分は演じているだけ。だが、プレンティスを攫った連中はこうした言葉を本気で言っているのだ。奴らは一体、何が目的でこんな愚かで怖ろしい事を口走っているのか。ランベルセ自身はもうかなり堪えていた。生命を傷つけ、生命の負の感情を煽る行為。気分の良いものではまったく無い。
「ボクは……負けないっ。君らには屈しない」
「それならそれで結構。城を木っ端微塵にする」
「ボクが全てを守る。レゼッタ叔父さんが、城もみんなの事も守って欲しいって、そう言っていた。ボクはボクを守ってくれた叔父さんの言葉を守りたい。だからお前たち全員を許さないっ」
涙を浮かべていたミルトスは左手に妖力を集中させた。
直後だった。
彼の右手は真っ黒な剣を握り、間近のルートヴィッヒをサッと飛び越えて、あっという間にランベルセの目の前に迫っていた。速過ぎる。父の方からは「ちょっ。コワいなーっ」という声が聞かれた。
だがその時には、ランベルセはミルトスの剣を自分の剣で受けていた。
「お前たちこそ妖魔界からとっとと出て行けっ」
「そんな事はしない。貴方こそケガをしないうちに降参しろ」
「絶対嫌だっ」
ミルトスの意志の強さが剣にそのまま表れていた。力強い打ち込み。それでいて腕の振りの速さ。彼の身のこなしは軽やかで、加えて相手の動きを読む力も的確。俗にいうセンスがいいという部類の剣士だった。
ランベルセも剣士の道を進んでいるからよくわかる。目の前の相手は稀に見る強敵。自分も相手の動きを間違わずに読み、刃を打ち返している。だが、ミルトスの一刀一打の衝撃は早くて強い。こちらがその上を行き、反撃を喰らわせ隙を作るまでには、相手の体力が尽きない限り無理のように感じられた。まして、今のミルトスは強い気持ちで剣を振るっている。その思いは体力の問題など物ともせず、長丁場へと縺れ込む勢いだった。
「出て行けっ悪党どもっ」
しかも彼からの辛辣な言葉に、ランベルセの方は心が痛んでいた。自分はこんな事、本心でやってるんじゃないんです。精神的にダメージが結構きてます、の状態。ハッキリ言って自分の方が不利だった。
「ちょっとパルティシオンッ。もっと押せ押せで頑張りなよっ。君が頑張らないなら、ここでくたばってるレゼッタ・ガレジィートェとフクロウは人質にするよ。あ、それとも、魔道士君にお城をもう撃ってもらう? その方が早くケリがつくよね」
離れた所からルートヴィッヒの声がする。あの人はあそこで斬られて、そのまま帰らぬ人になってくれていた方がどれほど良かっただろう。なぜミルトスはとどめを刺してくれなかったのだろう。そう思えてならなかった。悔まれて仕方が無い。
しかし父の声にミルトスは反応した。
「止めろっ。叔父さんとフク爺にこれ以上、手を出すなーーっ」
サッと身をひるがえし、ミルトスはそう叫びながらルートヴィッヒへ目掛けて舞った。
「輝光爆裂破っ」
だが彼に向かって父は腕を伸ばし、白い光の神力弾を同時にいくつも打ち出していた。
その中へミルトスは飛び込む形になった。しかし彼は光の閃光弾の軌道をよく読み、かわすか、斬り捨てるかをし、まったくダメージを受ける様子は無かった。
そしてあっという間にルートヴィッヒの頭上に到達し、両手で剣を振りかぶり、そのまま「出て行けっ悪党っ」と叫び、刃を振り落した。
「脇が甘いよ、王子様」
父はその一刀を素手で受けた。正確には、右手に張った神力の緩衝結界で、刃を掴んでいた。その上、左手に握られている短刀がミルトスの脇腹を掠めている。彼の上着に裂け目が入り、布がはらっとめくれた。
「私はね、闘いに容赦はしないタイプなんだよね」
ルートヴィッヒは嘲笑を浮かべ「聖光白緋破弾」と唱えた。その直後、右手に大きな神力が宿ると、それは緋色の光となってみるみる膨れ上がる。
「熱いっ」
光がミルトスの握る剣の刃に掛かる。が、緋色の光玉は人の頭分ほどに大きくなった時点で「避けないの?」と、いう声と同時に、父の手から勢いよく放たれた。
「うわーーーっ」
ミルトスは赤い光に弾かれ、宙へと投げ出された。そして高く空を舞い、すぐさま急降下。ドスッという音を立て地面へと落ちた。丁度、ランベルセの足元に仰向けに倒れた。
「大丈夫ですかっミルトス殿下」
と、本来ならすぐにでも回復術を掛けているところだった。
しかし今は、そんな傷ついた生命をただただ無表情で見下ろす。それどころか、倒れた敗北者を踏みつけるような行動さえすべきなのかも知れない。だが、さすがにそこまではランベルセは出来なかった。
「……ど、どうして…………こんな酷い事を……」
「アナタがおっしゃる通り、私は悪党だからです。この行動はやって然るべき事。寝言は言わないで頂きたい、ミルトス王太子」
見おろす先にある若者の顔は、その中心に皺が寄り、苦しそうな表情を浮かべていた。相当な痛みを感じているのだろう。いつもの朗らかな彼からは絶対に見ない程のしかめ面だった。
そんな顔をさせてしまい、ランベルセは本当に心が痛んだ。
「はー。少し手間取っちゃったね。でもこれで、本当に邪魔者は全て排除できたね」
人の気も知らない人物が、笑顔でランベルセのすぐ傍までやって来た。この人に、良心だとか、善き心というものは少しも備わっているのだろうか。本気で心配だった。
「これで城を壊さずに、妖魔界を手に入れられます。根城を修繕してから改めて使うとなれば、時間が無駄になりますゆえ、これで良かったかと」
そんなセリフをいう自分も、もうすっかり悪党だった。
「はー。効率を考えてたつもりなの? だったら、正義ヅラの強者退治をもっと迅速、且つ、とっとと仕留めて欲しいところだったけど。君、そこの王太子に押され気味だったじゃない」
「それは……」
「なになに? 実は負けそうだったとか?」
「そうではなく、自分で戦うのが面倒だと思ったので。ただそれだけです」
「はー? そんな理由でノロノロしてた訳? だから全部私にやらせたの?」
「先鋒はアナタ、と決めたではありませんか」
「もうっ。本当に何でもかんでも、未だ親頼りにするなあ」
プリプリ怒るルートヴィッヒに、ランベルセはこれ以上、言葉が見つからなかった。いつものこと、よくあること。放っておこう。そう思って小さく息を吐く。
そんなやり取りをしている間に、自分たちの周りが、突然、何かの強い殺気に包まれていた。そう。一つや二つの気配では無い。城の周りを囲うような深い森の中から、幾つも数十は居るのかも知れない。
「なーに、何? 今さら」
周囲を見回すと、多くの妖魔たちに取り囲まれていた。
「よくも王子らを」
白銀の鎧を纏った姿かたちの美麗な人物が、長い槍を構え、森のすぐ傍に立っていた。目鼻立ちのくっきりした美しい顔には、怒りの表情が作られていた。王子や王兄は群を抜いて芸術品のような麗しさがある。しかし、この妖魔界の戦士と思しき人物も凛々しくもあり、容姿端麗でもあった。そして白金の長い髪に白光りをする鎧を身につけ、王子を救いに現われたその様は、もう誰が見ても正義の騎士だった。
一方のランベルセは、灰色の髪に真っ黒な服。それも海賊の船長をイメージにしたものだから、完全に悪。しかも自らで悪党を演じているから、これもまた疑いようのない悪の一団の頭目だろう。
「我ら妖魔の森の番人は、我らが主、妖魔王の忠実なる守護者。又、王族を守ることも担いし戦士なり」
その言葉に呼応し、森の中がざわめいた。視線だけをそっと向けると、数十と弓を構えた者たちが今にも矢を放つ用意が見えた。
「ちょっと。そんな原始的な方法で私達を倒せるとでも言いたいワケ?」
「黙れっ。我々は誰一人として怯まない。王子、王兄殿下を必ずお救いするまでは引くことは無い」
「ふーん。熱心な部下だね。私なんて陛下を守るためにそこまでしたことなんてないや。って、いうか妖魔の王族って、戦士に守ってもらわないほど弱いってこと?」
「無礼なっ。ミルトス様もレゼッタ様も強きお方。貴様の方こそ、殿下らに正面から挑めば勝機が無いと判断したからこそ、卑怯にも騙し討ちを仕掛けたのではないかっ」
「そんなの当たり前でしょ。こっちは勝てばいいんだから。ね、パルティシオン」
……本当に、どうして、こういうことを聞いてくるのだろう。この人は。
「妖魔の誇り高き戦士らよ。私達は必要以上の殺生を望んではいない。しかし、このまま弓を引くというのであれば、必要に迫られた殺生をする。夜送舟艇が城を壊滅させる。躊躇はしない」
実際は、とても躊躇していた。もうこれ以上、犠牲者を出したくないし、破壊活動だってやりたくはない。できれば、こーゆー正義感の強い者達の登場は御遠慮願いたいところだった。
しかし出てきてしまったからには……はあ。どうしたものか。
「――止めるのだ、我が忠実なる戦士たちよ」
思案のための沈黙をしている時だった。
レゼッタ・ガレジィートェが倒れているその前に、まるで空を纏っているかの如く、深い青色のマントを羽織った、ゆるくウェーブの掛かった紫の長い髪を有す人物が現われた。
「誇り高き我が戦士たちよ。ここは耐えてくれ。王太子と兄を救う為にはそれをするほか無い」
「ファイゼン様っ」
「頼む」
「しかし……」
「我々は降伏する。だからこれ以上、妖魔界の者達に手出しをしないで頂きたい」
「ファイゼン陛下っ」
足元に倒れている人物によく似たその人は、深く頭を垂れた。レゼッタ・ガレジィートェと顔がよく似ている。彼に、壮麗さと威厳さが備わったこの人物こそ、妖魔王ファイゼンだった。
「わかった。貴方の意思を汲み、我らプリン艇団はこれ以上、手出しはしない。但し、城は頂く」
「……好きにするがいい」
ランベルセは内心ホッとすると、そのまま城の方へ向かって歩き出した。
もう。盗賊団だか、海賊団だか、本当にやってられない。どうせなら、あれだけノリノリの父を頭目に据えて、自分は甲板の掃除係にでもなっていたい。そんな心境だった。