** ** ** ** **
「もうっ。そーゆー訳でボクのお家が壊されちゃったんですっ」
「お義母様。旦那様はトウゾクダン、というお仕事を始めたのですか?」
「きっとルートヴィッヒ様が悪乗りをしてパルティシオンを焚き付けたのね」
ランベルセ公爵邸の庭園。その一角にある四阿で、元当主の妻と現当主の妻が菓子や香茶を並べ仲良くおしゃべりに興じていた。と、そこへこの世界を統べているはずの王、らしき人物がプンプンとしながら一所懸命に何かを訴えにやって来ていた。
「だから王様のお家を壊した罪でランベルセ公爵家の屋敷を包囲しました。そして二人が帰って来たら捕縛します。屋敷の人たちも外出禁止ですっ」
「どうしましょう、お義母様」
「申し訳ありません、スタリート陛下。ルートヴィッヒ様ったらプレンティスちゃんを助けに行ってくれるはずではなかったのかしら」
元当主の妻であるソフィアはふーっとため息を吐く。反対側に座っている現当主の妻アンナは不安と困惑の表情をし、義母の方を見つめた。
「こうなったら、やっぱりわたしたちだけでプレンティスちゃんを助けに行った方が良いのかも知れないわね」
ソフィアは真剣な顔つきでアンナの方を見た。
「ルートヴィッヒ様は本当に気まぐれな方だから、急に〝気が乗らなくなったから帰ってきちゃったよ〟って、よくやるのよ。昔からそうだったの。だから今回も大きな船を動かし始めたら〝これなら宝探しに行けるね~〟って、気分が良くなって、プレンティスちゃんを助けるのを後回しにしてしまったのかも知れないわ」
「ええっ!? でも、もしそうなってしまうとプレンティス様を誰が助けにいくのですか?」
アンナはますます不安になり顔が蒼くなる。ソフィアの方を見るが、彼女は静かに首を振る。
「誰もいなくなってしまうわ」
「そんなっ」
「ルートヴィッヒ様のお話だと、自分たち以外に救えるのはいないとおっしゃっていたの。陛下もやってはダメだ、とおっしゃっているようなの」
「どうしてそんな……」
「お仕事の役割上、プレンティスちゃんを助ける事はしてはいけないって。だからルートヴィッヒ様やパルティシオンが最後の頼みの綱だったのに……」
「そんな。旦那様……」
青ざめた顔になっているアンナの目にはうっすら涙が浮かんでいた。
「旦那様が危険な目に遭うのは嫌です。でも、困っている人を助けない旦那様も嫌です。旦那様が出来ないのならわたしが助けに行きたいです、お義母様」
彼女は胸の前で両手を組み、義母へ強く訴えた。
「そうよね、アンナ。わたしも夫がしっかりしないのなら、やっぱり自分で行きたいと思うの。一緒に頑張ってプレンティスちゃんを助けましょう」
「はいっ」
二人は、うん、と頷く。
「あ、あのぉ。でも二人は外出禁止だって、さっき、ボク、言ったんですケド」
やる気の満ちている空気の中でおずおずと王様が割り込んできた。
「そ、それに二人が勝手にプレンティスを助けに出かけたりなんてしたら、ランベルセとルートヴィッヒおじさんに怒られちゃいます、ボクが……」
やって来た時の勢いが収まってしまった王様は、むしろ顔を引きつらせながら少しだけ愛想笑いをした。
「どうしてですか?」
彼の言葉と態度の変化にアンナはキョトンとする。
「それはルートヴィッヒ様とパルティシオンがワガママだからよ」
「お二人がわがまま? どういう意味でしょうか」
「自分たちは好きな事をしているのに、わたしとアンナがプレンティスちゃんを助けに行くことは危ない事だからそんな事はやってはダメ、っていうのよ。二人はそういう性格をしているのよ」
「まあ。そうなのですか? でもわたしはプレンティス様を早く助けたいです」
「わたしもそうよ。親友だったエリザの娘が危険な目に遭っているなんて、自分の子供が危ない目に遭っているのと同じくらい心配だし、一刻も早く助けてあげたいわ」
「わたしもです。プレンティス様はとても親切で頼りになる方です。わたしは大好きです。だから助けに行きたいですっ」
「そうでしょ? 助けが必要な人を助けるために、決まり事も、それをして良い基準もないわ。困っている人を助けるのに難しい事なんて一つも無いはずよ。助けたい気持ちが一番大切なのよ」
「わたしもそう思います、お義母様っ」
「アンナ。準備をしましょう」
「はいっ」
二人はバンと石のテーブルに手をついて、勢いよく立ち上がる。
「ちょ、ちょっと二人ともダメですって!! そんなことをしたら、おじさんとランベルセがもっとボクのお家を壊しちゃいますーっ」
そんな彼女たちの前に両腕を大きく振って王様が止めに入った。
「ソフィアは、おじさんの性格もランベルセの性格も分かってるはずですぅー。そーゆー無謀な事をしないでくださいよーっ」
「そんな事は関係ありません。助けに行くのはわたしとアンナの意志です」
「でもでもっ。その意志決定をした現場にボクが居たってバレたら、〝坊が居たのにどうして止めなかったのさっ〟とかちょー怒られたり、ボクの事を無言で殴った挙句に神殿の屋根からぷら~ん、っていう酷い目に遭わされるのに決ってます~~っ」
王様は叫びながら「そんなのヤ~~ですぅ~~っ」と、べそを掻きはじめた。
「ボクボク、今日はとことんツいてないんですぅ。もうこれ以上、ルートヴィッヒおじさんとランベルセのせいで、嫌な目になんて遭いたくないですぅ~~」
彼は王様であるにも拘らず、二人の前で屈みこんで膝を抱え、わんわんと泣き出した。それを目の当たりにしたソフィアとアンナもさすがに顔を見合わせて「みんな困った人たちねぇ」と、ソフィアはため息を吐き、アンナも困った顔をするしかなかった。
それからしばらく王様がぐすんぐすんとしているので、侍女たちに焼き菓子とお茶を用意してもらい「本当に夫と息子が迷惑ばかりをかけて申し訳ありません」と、ソフィアは謝った。それに合わせてアンナがお茶の支度を調えて「わたしとお義母様で焼いたクッキーとアップルパイです。それからデコレーションをしたプリンもあります。よかったらこれを食べて元気出してください」と泣いている王様に優しい声を掛けた。すると彼から泣き声がピタッと止んだ。そして俯かせていた顔を王様はそーっと上げた。
「あの、おやつ、くれるんですか」
王様は弱々しそうな声で二人に問いかけた。ソフィアは「元はと言えば全部ルートヴィッヒ様が悪いので。せめて美味しいものを食べて気持ちを明るくしてください、陛下」と微笑む。
「それにおっしゃる通り、わたしたちではプレンティスちゃんを助けられない事は分かっています。第一、どこへ行けばいいのかもわかりませんもの」
「そうですね」
「でも旦那様なら、きっとプレンティス様を助けてくださいます。旦那様は悪者をやっつけたり、困っている人を助けるのが自分のやるべき事だといつも言ってます。だから大丈夫です」
「それもそうかもですケド……」
「ただルートヴィッヒ様は寄り道をしたり、気分屋だからすぐにやってくれなかったりするの。終わり良ければすべてよし、っていう所があるから。そこがヒヤヒヤさせられてしまうのよね。しかも誰の話も聞いてくれないし。だからパルティシオンは振り回されっぱなし」
「それは本当に否定できないですぅ」
「そこだけが心配なのよ」
微笑みの中に少し困った表情を混じり込ませたソフィアは小さく息を吐いた。王様はそんな彼女をしばらくジッと見つめた。
「お義母様はお義父様のことをいつも心配していらっしゃいます。お義父様はとても偉大で強いです。でも身体を悪くしたり、心を痛めることは他の天上人と同じです。だからその時のお気持ちで我が身を呈して何かご無理を為さる事をしないか、お義母様はいつも心配していらっしゃいます。わたしもそんなお義母様の心が疲れないか心配です」
アンナの声は小さいけれど、意志のしっかり伝わってくるしゃべり方をした。
「きっとお義父様と旦那様が一緒に行かなければならないような、とても大変な事がプレンティス様の身に起こっているのだと思います。わたしもとても心配です」
王様はそんな二人のことをただ黙って見ていた。
「……わかりましたです。それならボクがおじさん達のところに行って、ソフィアとアンナが心配するから早く助けに行くよう、言ってきてあげます」
突然、彼がしゃがみ込んでいたはずの場所がピカピカと金色に輝き出した。
「えいえいっ。ちゅ~~」
その光はすぐ収まると、そこにはなぜか黄色がかった灰色の毛の小さな小さなネズミがちょこんと居た。それは人間世界で一番小さいハムスター・ロボロフスキーという種類に似ている。ネズミはテッテッテッテッとソフィアとアンナの足元の間にやって来る。彼女たちは少し驚きながらも、ソフィアが両手ですくい上げるようにネズミを手の中へ収めた。彼女はそれを顔の傍へと近づける。
「ソフィアとアンナは、あの二人とは比べものにならないくらい優しい天上人でちゅー。だから今回はネズちゃんになって、特別に二人のおつかいをしてきてあげマウス~」
ネズミはソフィアの手の中で後ろ足だけで立ち、前足をなんとか胴体にあてようとする。おそらく胸を反らせ「えっへん」という風にしてみせているつもりなのだろう。しかし前足が短すぎるので胴にうまくくっつけられず、あきらめて四足立ちに戻し、ソフィアを見上げた。
「でもでも。公の場所で、王様のお家を壊した事にはかわりありませんから、それはみんなも見ている事でもあるし、ただで許すということは出来ません。ちゃんと悪い事をした分の反省を示す事はやってもらいます。それはわかってもらえますよね?」
ネズミになった王様はつぶらな瞳をソフィアに向けた。彼女は「それは構いません。他所様の家、まして自分が仕えている王様の居住宮を壊す事はどんな理由があれど、いけない事。しっかりお叱りくださいね」と、再び微笑んだ。
そしてソフィアは石造りのテーブルへとそっとネズミを放すと、アンナと一緒に「どうか夫をよろしくお願いします」と言って、王様に向かって頭を下げたのだった。王様は「それじゃ『念のため』、反逆罪に問われているランベルセのお家は、引き続きたくさん王宮の兵士たちに見張ってもらいます。二人とも、絶対にお家から出ちゃダメですよ」と言って、テーブルの上に用意されていたクッキーのお皿の方へテッテッテッテと走り出す。そのお皿の中から、赤と緑のゼリービーンズが真ん中に乗ったお花の形のクッキーを二枚失敬し、再び直立して、それぞれの前足の脇で抱えた。
そして二人の貴婦人に見守られながら「いってきマウス~」と、クッキー共々、自らに青い光を纏わせて、ネズミはランベルセ邸から瞬間移動をしたのだった。