それから更に『プレンティス』が攫われた経緯について話を聞いた。
使われたのは妖力から成る高等な術。その術の痕跡を残さずに行えたのは、紅の魔道士が推理した通り、プレンティスが術を発動させたからと言えた。
妻を影から逃し、代わりにアレックスが闇に呑まれた時。彼女も夫を救わんが為に浄めた神力で雷を一撃、見舞った。だがそれこそが敵の術が真に発動をする引き金となってしまったそうだ。
だから余計に辛く悲しいと夫の姿をした彼女は吐露した。それに改めてあの時の状況を考えてみると、目的は天界執行役最高責任者代行を捕える事、が目的だったのではないかと思えたという。
「おかしな話だったんだ。旧盆に地上へゆく死者たちを喰らう物の怪、深蓮・水蓮のような怪物が現われた、その痕跡もある。と、いう下からの報告があってね。それならばと始めにイシュール補佐官を向かわせようとしたんだよ。しかし直前になって彼に対し別件がユーディアから下されてね。エドワードとマリアンヌも元々プレンティスが命じていた検案調査へ赴いていたから、仕方なしに彼女が天上から地上へと行くことになったんだ」
「つまり君はユーディアがイシュールの調査を妨害した、と言いたいのか?」
「いいや。そうじゃないよ、パルティシオン。ユーディアに援助を申し出たのは統括班なんだ。そして統括班もどこかの部署から人員要請をされ、その適任者としてイシュールに白羽の矢が立ったようなんだよ」
「なるほど。だがそうなると、それは偶然の出来事なのでは……?」
「それも違う。ううん、今にして思えば違うと言える事かな。あの時はむしろイシュール補佐官を向かわせるべきだと、プレンティス自身も思っていたからね」
「それは一体……?」
「もう一件。物の怪騒ぎが起こり、しかも緊急性があったんだ。物の怪が出現し、執行役と魂に危害が加えられている。怪我人が出ている、とね」
「そうだったのか」
「そう。しかも今から調査へ出ようと準備が整っている人がいる目の前で。そんな報告が入ってきた。君ならどう判断するだろう?」
話の流れから緊急を要する所へ、丁度用意の出来ている人材がいたらまずはそちらへ向かわせる。むしろ渡りに船、と言えるのかもしれない。
「まるで見計らったようなタイミングで怪物も出現してきているな」
「そう。けれどそれは今にして思えば、ということ。あの時にはすぐに出られる態勢のイシュールを怪我人が出ている方へと向かわせた。そしてその対処をさせている間に、本来の調査対象の方にも再び目撃者が出たと報告があがってね。だから特殊行動班の最後の一人であるプレンティスが人世へと向かったんだよ」
「確かにこの流れ。自然に成り立っているが、よくよく考えれば不自然なほどに自然過ぎる」
「気味が悪いくらいに自然過ぎる状況だよ。しかしその結果、プレンティスが攫われてしまった」
「アレックス……」
巧妙に仕組んでいる。敵は本当に良く考えて行動をしている。
「だがこの妙な自然にいち早く不自然さを覚えたのはアレックスだった。そうなのだろう」
「パルティシオン? どういうことだい?」
「だから君を救えた。無論、彼はいつも君を見守っている。だからたまたま妻の危機にすぐ対処出来た、とも言えなくはないが。しかし彼も執行役であり、風の傍仕えでもあるほどの武人。そしてウォルシオム家の者だ。ウォルシオムの者は昔から智謀を用いて王家を支える侯家。アレックスはその現当主。その智慧を用いて悪神をも相手にしている。だから高い洞察と客観的な情報を得たうえで君を救えたのだと私は思う」
「洞察と客観的な情報……」
何をどこまでアレックスが知っていたのかは分からない。しかし彼の出来る最大限の方法を取った事には間違いはないだろう。せめてプレンティスは逃す。それは大切な妻であるから。
しかし妙なのは、相手にプレンティスを捕えている、と思わせておく事がアレックスの最善の判断としたことだった。なぜそうしたのか。
〝モフィルド〟がプレンティスを攫うメリットは様々な考察から理解が出来た。
しかしアレックスがプレンティスとなって向こうに囚われているメリットは何なのだろう。むしろ彼一人でも敵側を壊滅できなくもないと思われる。しかしそれをやらないのは、彼をも凌ぐ何者かが居て戦う事をしないのか。それともプレンティスの言う通り、あらゆる生命を傷つけたくないから戦いたくはないとでもいうのか。傷つけない方法を模索しているのか。
だが中身はアレックスであったとしても、姿は自分の妻。その妻の衣服を剥ぎ取られた姿を曝した状態を披露できるものだろうか? ランベルセ自身は全く考えられない。アンナの姿になってその裸を晒すなど……もう考える事さえ万死に値する。
と、いうか客観的にはしない。つまりその必然性があったから、としか考えられない。
「一つ確認したいんだが。アレックスにとって一番と考えている事はなんだ?」
「僕の一番かい?」
「そう」
聞くまでも無い事なのかも知れない。しかし人の行動原理を探る上で必要な情報として必要だった。そう。これを彼に聴いている時点で当然の答えが答えでは無い、と言っているようなものだった。
「それは……」
「済まない。こういう風に聞くべきではないのだろうと思う」
「いいよ。でもそれはつまり君も一番と考えているのは、僕からの出てくるであろう当然の答え、と一緒でありアンナとは言えないという事なんだろう」
返事に窮した。その通りだから。
「女性が聞いたら辛い話かも知れない。しかし聡明さを持って聞き届けて欲しいのだが」
「そうだね。本心は妻を一番だと言って欲しいものだけど。でも心に現われるものは瞬間で変わるからね。その瞬間に一番必要な事が一番になるから本当のところはよくわからないよ。ただ僕はプレンティスの夫、風の傍仕え、そして陛下を支えるウォルシオム侯爵のその全てに手を抜くつもりは無い。その心づもりで生きてきたし、今後もそれらが不動の順位であり続けられるように精進してゆきたいと思っているよ」
「そうか」
明解な答えだった。感情論で言えば実に羨ましい指針を持ってアレックスは生きていると思う。自分などしどろもどろになりそうだった。だから彼からの心意を突いた問いに沈黙してしまった。それに比べてアレックスは実に強い男だと思う。
又、合わせて情報としてアレックスは主に三つの柱を礎として行動を取ることがわかった。そして聞かされて改めてそのどれかを順位づけしていないと判断できる。仮にその三つの柱が同時進行で害された場合は、全ての害を取り除くだろう。手段や方法として順番が付けられるかも知れない。しかし優先順位がある訳では無く、全てを解決しなければならないのだ。その為に段取りや手順として順番が生まれる。
それは自分も同じだった。アンナを愛し、悪神と戦い、王家を悪害から守り支える。何かを手放し見捨てはしない。その三つはとにかく遂げる。とは言え最近は三番目に挙げた柱は少し手抜きをしたいと思い、一番目に挙げた柱にその分を全力で注ぎたいと本気で思っている節もなくはないが。
しかしアレックスは生真面目である。大切だというものを、同率に、分け隔てなく、本当に大切にしている。これは本当に難しい事だった。常人は出来るものではない。幼馴染みは本当に偉大という言葉で言い表す以外は無い。
「ちょっと。二人でおしゃべりしていると思ったら、奥さん自慢でもしてるワケ? 私なんてイタチ君とクルマの改造なんて男臭い事をやってたのに」
「しかしあれは改造というより、最早改変というものでは……」
アレックスの行動についてもう少し考えたい所に、父とその右肩にマスコットがぶら下がりながら廊下に姿を現した。しかもルートヴィッヒの格好は焦げ茶色の上下がつなぎになっている作業着姿をしていた。
「父上。相変わらずカタチにこだわって行動をしますね」
「いいじゃない。これはね、知り合いの自動車屋のマツダさんからもらったんだよ。人間界で人殺しをした事件を解決した時に仲良くなった人から」
「はあ」
父は時々、悪友と呼ぶべき幼馴染み二人と人間界へ出かけて行くことがある。そしてランベルセの従弟であるイシュールが人間界の拠点として開いている田舎町の興信所へ出向き、いつしかそこに父らは探偵社を作ってしまった。従弟は執行役として必要にせまられ興信所をやっているのだが、父たちは完全に自分らの趣味で探偵をしている。しかもトンチンカンな推理を披露し、警察を困らせ、市民に迷惑を掛けまくっている。が、稀にそういったトンチンカンが発想転換となり事件を解決に導くこともある。それなので最近はその行動に目くじらを立ててはいない。
ちなみに探偵ごっこを楽しんでいる時は、事件のキーポイントとして登場する事項にまつわる衣裳をいちいち着込んでいる。医者が加害者だったら白衣。銀行マンが被害者だったりするとYシャツにネクタイ、地味なスラックスに何故か両腕には黒の手甲を身につけたりする。それはショウワ時代の格好ではないかと友人らに時代錯誤を指摘されたりもするが、本人はそれが一番その職業を表していると主張し譲らない。変な所にこだわりがあったりする。
そして今日も夜送舟艇を便宜上SUVに変形させたため、父は早速、自動車整備士に扮したらしい。
「で。どのような仕様になさったのです?」
「聞いてよ。折角、装甲車みたいなクルマだからさ。思いっきりエンジンをターボモデルに付け替えて、それからミサイルも搭載させてみたんだよ。ね、イタチ君」
「フォッグランプの部分から小型のスカッドミサイルが発射できるように改良が施された」
「ミ、ミサイルが……」
それでは本当に改造……むしろそんなものは車検が絶対に通らないだろう。
「戦車も用意できたし。これで何でも迎い撃てるってものだよね~」
「はあ。できれば迎撃する機会がない事を願います」
「えーっ。折角やったのに。二、三〇発は撃ちたいよ」
「他所でやってください」
「もー。頭カタいな~ピヨピヨ団長は」
息子の反応がいまいちだったのが気に入らないらしく、先程まで座っていた黒い机の前に胡坐をかいて頬杖を突いた。イタチは父の方からチョロチョロと降り、父の脇で丸くなってしまう。彼の行動は本物の小動物のようになっている。なんだか本当にイタチとして生を受けた生命のような錯覚をしてしまいそうだった。
「で。これからどうするつもりなのさ、プリン艇団は。こっちから出撃でもするの?」
「いえ。相手が何者なのか、どこで何をやろうとしているのかが不明です。それに向こうからそろそろ連絡してくるでしょう。天界であれだけ派手な犯行声明を知らしめたのですから」
「たしかにね~。君ってば上司にミサイルを撃ち込んでたもんね。あれって普通に考えたら王家の転覆を狙う反逆者そのものだよ。はあ。私達ってもう天界に帰れない身になったね~。ウチの子のせいで」
「ちょっと。何をおっしゃっているのですか、父上。元はと言えばアナタがプレンティスの救出をしろと散々焚き付けてきたんじゃないですか。それにこれは陛下も承知している上での行動です。ですからあの方の御身にミサイルが撃ち込まれようとも、爆撃がなされようとも、オールオッケーということなのです」
「そりゃ内実を知っている者同士ならオッケーで良いかも知れないけど。でも体面的にはランベルセ公爵家が遂に王家へ牙を向いた、っていうカッコいい展開になってると思うよ~」
「そ、それは……」
言われてみればそうなのかも知れない。と、なると。アンナや母を始め、屋敷の者達が反逆者の一族という迫害対象になってしまう。そうも考えられた。
「しかしアンナも母上もおそらく、家族が勝手にやったので知りません、又は、ルートヴィッヒ様がいつもの通りに訳の分からない戯事を始めてしまったようですね、と説明すれば皆は納得するかと思います。それに父上。それこそアナタが自らプリン武装艇団と名乗り、お宝目当てに夜送舟艇を持って出航する、と高らかに宣言したではありませんか。ですのでこれ以上、陛下を始めとする天上人たちは手出しなどしないでしょう。触らぬ何んとかに祟りナシ、と人間界でも言われていますから」
「ちょっと。何、それは。まるで私がリドールよりもマヌケで頓馬な神みたいな言い方じゃないっ」
「マヌケや頓馬。と、いうよりトンチキという気がしますね、私は」
「はあ~~っ!? 途中から割り込んできて何て言い草するのさ。魔道士君は」
遅れて廊下の方から姿を現したカルスがサラッと会話に入ってきた。彼は大きめの四角い御盆を両手で持っている。その上には茶色の液体が注がれたコップに、黄色い台形型をしたフルフルと柔らかそうな菓子がいくつか乗っていた。
「もう。私の実力が分かっていないニンゲンのお菓子なんて食べてあげないよ」
「別にそれでも結構です」
にこりと微笑みながらピンク地に黄色い鳥のアップリケを付けたエプロン姿のパティシエは、机の上にそれぞれコップに菓子の乗った白い陶器、それから小さな小瓶を脇に置いた。しかも黄色い菓子の横にはメロンとオレンジ、そして紫色をしたチェリーと真っ白なホイップクリームまでもが添えられていた。
「ただプリンを出すだけではつまらないと思っただけです。それに気持ちが沈んでいる人には、このプリン・ア・ラ・モードはとても良い効き目が出ますので」
と、カルスはアレックスの方を見て微笑んだ。それはとてもにこやかに。……やはり大地の神は何かを勘付いている。油断ならないというか、『そういう事』がどこで分かってしまうのか。
「朝倉さんの家に戻って材料を調達してきました。ついでに主様にもおやつを与えなければいけない時間でしたので」
「でもプリンは蒸して冷やしてをするから手間が掛かるものじゃないの? よくこの短時間で出来たね~」
「蒸すも冷やすも私の魔法で速やかに実行できます」
「へ~。一流の魔法使いって火加減も匙加減も万能なんだね~」
父はいきなり機嫌が良くなり、綺麗に盛り付けられた菓子を前にじっくり観察をしている。と、いうよりも嬉しそうにただ眺めていた。
「ソフィアも料理上手だけど、君も器用だね~」
それから一人勝手にパクパクと食べ始めてしまう。
「うんうん。折角のお菓子だからね。僕らも頂こうか」
そしてこちらも。さっきまでの沈痛な面持ちが穏やかな慈悲の微笑みに変わった。女性は菓子を目の前にすると、案外、気力はそれなりに回復するものなのかも知れない。
こうして全員、先程まで各々が座っていた位置にそれぞれが着く。目の前には確かにじっと見つめてしまうデザートが置かれた。しかもイタチに対しては小さなカゴにダークチェリーが山盛りにして用意されている。小動物は漆塗りの机をよじ登り、こちらも勝手に「酸味があるが美味い」と器用に前足で持って噛り付いていた。
「それで。話の続きだけど。夜送舟艇はとりあえずSUVのまま動かすんでしょ?」
「大きな戦艦にして空を渡るべきではないと考えてます。目立ちすぎますし、そもそも動きが大掛かりになってしまい鈍くなってしまいます。しかし常に手元で管理しておく方が確実に守れます。加えて武装させておけば武器にもなる。だからアナタがおっしゃる通りで良いと私も判断しました」
「そうそう。親に任せておけば何にも間違いないんだから。少しは分かったね」
「今回限りですけど」
「ちょっと、何それっ。ひっどいな~折角息子のためを思って改造してあげたのに~」
ルートヴィッヒはスプーンを咥えてふくれっ面をする。
「それはありがたいことです。ですから感謝はしています。ついでにアナタがそれを動かしてくださるなら、更に感謝の念が湧いてきます。これから一〇日間、夕食の片づけは私が全部してもいい、というくらいには」
「え? 操縦士をやれっていうの? それはアレックスがするべきじゃないの、持ち主なんだし」
「順当に考えればそうです。しかし父上。アナタが手持無沙汰になると余計な行動を取る率が高いのです。先程の犯行声明を見ても、明らかに必要以上の行動かと。ならば一層の事、大人しく夜送舟艇を動かしてくれているだけの方が私はありがたいです」
「も~~っ。何それ~~っ。ひど過ぎだよっいっくらなんでもっ。私は君のお父さんなんだよっ!? それに対してただ運転手をしろってことなのっ」
「まあ、はっきり言うとそうです」
「ちょっと!! ハッキリ言い過ぎだよっパルティシオン」
「それにお言葉ですが父上。私がこれ以上動かす事は無理です。神力をあれほど消費されてはこの先、大した働きが出来なくなってしまいます。それでは足手まといになるかと」
「もう充分、足手纏いでしょっ。それに君の神術なんて私や魔道士君の術に比べたら、あってもなくてもどっちでもいいレベルじゃない」
「ですから。膨大で甚大な神力を役立てるべき所で役立ててください、とお願いをしているんです。それに父上。アナタが設計から建設まで手を貸している、ということは、アナタがいざ夜送舟艇を使う事になった時、自分にとって有利な条件を当然組み込んでいるでしょう? アナタのような性格なのですから」
「は? 何? その言いがかり」
「例えばその為にスペアキーを作った、とか」
「はー。……もう、本当に変な所は抜け目ないな~。ウチの子って」
「何をおっしゃいます。ご自分が一番抜け目がないのではありませんか」
息子は腕組みをし父の方を見た。当の本人は上機嫌で笑っている。
「箱舟の保管庫へ行った時に、アナタはいともあっさりスペアを取り出しました。更に、そのスペアキーには使用条件がある。神力や魔力を膨大に消費させないと動かせない。私でさえ操縦し、空間移動をするために、相当な神力を消費しました。確かに比較対象をアナタや魔道士殿と私とするならば、私の方が小さいでしょう。しかしそれはアナタ方がこの全界で一、二を争うような術師に対し、天上人の中でも神力が高い方の私でさえ、という前提の結果でもあるのです。
つまりそれを加味すると、夜送舟艇は所有権がある者以外はアナタのみが自由に動かせる道具、ということになる。なぜならばアナタ以外に起動させられるほどの力を有する者はまず箱舟の存在は知らない、又は必要とは思わない。現に紅の魔道士殿は箱舟の存在を人間ゆえに知り得る訳が無い。かといって、知ったところでこれほどの燃費の悪さを考えたら非合理的で使いたい道具であるとは思わない。
しかしアナタはアナタが作った訳ですから、そんな消費率はいくらでも改変できるでしょう? むしろ有利に使えるようにもできる。だから夜送舟艇は所有者は代われど、操縦桿を不動に握れる者はアナタだけ。
以上の結果から父上。理由は分かりませんが、アナタにとって箱舟は取り立てて苦になる道具では無い、ということだけは言えるでしょう。ですから。操縦はアナタにお任せします。いいですよね」
なぜ父が夜送舟艇を自在に扱えるように作ったのかはランベルセも分からなかった。推理などは成り立たない。それは父があーゆー性格なので想像もつかない。ただ単純に『面白そうだから』とか『いつか役に立ちそうだから』といった気まぐれである確率の方が高い。
「本当に君ってば、結構、無意味に鋭いんだよね~」
スプーンを口から離し、プリンを掬って再びパクパク食べ始める父は「そこまで分かっちゃったなら私が動かしてあげるよ、面倒だけど」と承諾した。
「でも動かしている最中は、私と言えど術は使えないからね。つまり戦力を欠くことになるけどオッケー?」
「そこのフォローはこちらの方がしてくださるはずです」
と、カルスの方を向いた。彼は特にこれと言って不満そうな顔はしていない。それどころか不自然なくらいニコニコが増量している笑顔になっていた。
「あの。何か……思う所でも?」
「はい。船の操縦、私、やってみたいんですけど」
「は?」
「ですから。夜送舟艇の舵を私が執りたい、と立候補しているんですけど」
カルスはとても嬉しそうな笑顔でランベルセを見ていた。それはもうまるで自分が操縦士に決定したような、満面の笑みになっている。
「お話を聞いていると船を動かせるのはアナタのお父様、もしくは私、と、いうことですよね? それなら私が船を動かしても問題はないはずですよね」
「はあ。しかし話を聞いていた、とおっしゃるのなら。父は船を動かすための有利な条件があるともお分かりのはず。それ以外は所有者であるアレックスを除き、相当な魔力や神力が必要なのです。いくらアナタが相当な魔術に長け、大地の神を継承した者であるとは言えども、消費される力は計り知れないかと」
「ですから。私には魔力に加え、神力もあります。普通の人の二倍、力を持っているんですよ。私が言っている意味も貴方こそ分かりますか?」
笑顔増し増しで言われた。こ、この人は……。
「なるほど~。いいじゃない、その話」
「しかし紅の魔道士殿には戦力になって頂きたいと考えていたのです」
「それこそ私が代われるから別に問題は無いよ。むしろやりたい人がやった方がいざっていう時に強いものだよ。情熱が違うからね」
「ですが」
「私が操縦士になったら、いざという時は帰るからね」
プリン・ア・ラ・モードを食べ終わり、麦茶をコクコク飲み、とてもやりきった感の顔をさせてルートヴィッヒは息子の顔を見た。それから次にカルスの方を向き「キミなら大丈夫。むしろ適任かもね~」と、笑顔で答えた。
「しかし父上……」
「もう、何をそうグチグチ言ってるのさ。決断力が無いなぁ、ピヨピヨ坊ちゃんは」
「ピ、ピヨピヨ……坊ちゃんって……」
「きっと魔道士君だって何か考えがあっての申し出に決まってるでしょ」
そうなのだろうか? 納得がいかない。あのニコニコ笑顔で「船を動かしたい」との発言。純粋にやってみたい、などという動機。にわかに信じられない。
「天使さん。私はただ単純に操縦というものをやってみたいと思っただけです。なんでしょうねぇ。世界に三人だけしか出来ない事、いいえ、もっと出来る人がいるのかも知れません。しかしとりあえず今のところ、持ち主さんとルートヴィッヒさん、それに私だけ、ということならば、ですよ? それなら少なくとも〝出来る〟ことを実証し、知らしめたいじゃないですか」
「はあ」
「そこのキラキラさんは、もう操縦は出来て当たり前。苦も無く出来る事でしょう。それは貴方のお父上も然り。ならば残った私が、この魔力と神力に掛けて、余裕、で動かせれば。それこそ真のスゴイ魔道士という箔がつきます。いかがでしょうか?」
「しかし」
アレックスの事をキラキラさんと言っているカルスの方が、瞳がキラキラなうえに表情もニッコニコになっている。この人は元来こーゆー性格ではなかったような。いや、むしろ本当はこーゆー純粋なお方なのだろうか。
「素晴らしいね、その考え。そのっとーりっ。キミ、ホントにいいねっ」
カルスの言葉に父ルートヴィッヒは興奮し、満面の笑みで喜んでいる。
「そうだよっ。この夜送舟艇の操縦を澄ました顔で遣って退ければ、全界一の術使いとして私も認めざるを得なくなるくらいのスゴイ魔道士認定だよっ。少なくともウチのピヨピヨお坊ちゃんなんて足元にも及ばない、名実共に由緒正しき術師の大家ランベルセ公爵家の正式な後継者だよ~」
よ、喜びの原因はそれなのか。しかも実の息子は相変わらずピヨピヨ扱い。この差って。
「いえ。公爵の地位はともかく。このように天上界の実力者であるルートヴィッヒさんに認められれば、私も先程、天界で起こしてしまった狼藉に対し、汚名返上が出来るというもの。一石二鳥だと考えたのです」
「何言っているの。もう一石百鳥くらいの価値があるって。うーん。いいよねっ。そういう向上心と実力を兼ね備えた真の強き者って。私、そーゆータイプが好きなんだよね~」
「そうですか? それほどでもありますが、ありがとうございます」
「今回、無事に事件が解決出来て、尚且つ、君が夜送舟艇を上手に操りきる事が出来たら、君。魔道士君。君がランベルセ公爵としてウチを盛り立てていってよ」
「いえ。ですからそれは」
「そしてそこのヒヨコお坊ちゃんは公爵の地位を剥奪。アンナと一緒にどこか他所に行って実力に見合った慎ましやかな生活をすればいいから。うん。いいね、その案。決定~」
「父上っ」
「しかし私は人間ですので。しかも天上界で、まして貴方のようなトンチキさんを義父として生きるなどという面倒なことはしたくありません。申し訳ありませんが丁重にお断りさせて頂きます」
「えーっ。折角、良いセンスの良い性格をしている子なのに~」
「父上。それは聞きようによっては悪口に聞こえますが……」
「天使さん。それはアナタのような穿った見方をする事が好きな人には、そう取れるかも知れませんね」
「……もう、どうでも結構です」
フォローをしたつもりだったのに、このザマ。本当に結構だった。
「わかりました。では操縦は魔道士殿ということで」
操縦桿を誰が握るのか。という話だけだったにも拘らず、結構な時間を浪費した。ランベルセにどっと疲れが押し寄せる。まだまだ考えなければならない事は山積しているというのに。まったく、先が思いやられる人物たちに包囲されてしまったものだ、と今更、後悔の念に駆られた。
「で。操縦士は決定したが。今後、我々は具体的にどのような策で動くつもりだ? お頭」
そんな中。カゴに山となっていたサクランボをもりもり食べながら、一番真っ当な発言をレイモンドが挟んだ。可愛らしい小動物であっても彼が唯一の常識人にランベルセには映った。
「夜送舟艇を天上から持ち出したことには成功したが敵のコンタクトは未だ無し。むしろ我々が雲隠れしているから、向こうも交信手段が無いと思われる。しかしそうなると、あちらは危険な相手。こちらがコンタクトを取らざるを得ないような強引な方法に出るやも知れない。プレンティス執行役が敵の手に落ちてしまった事を考えると、ランベルセ公。アナタ方の御身内に不安は無いのか」
レイモンドは可愛らしい顔にはまったくそぐわない真剣な眼差しをランベルセとその父へと向けた。
「そうだね。僕からプレンティスを奪い取っていくくらいの連中だよ。手を貸してくれることはとても嬉しいけれど、アンナやソフィア様、それにランベルセの屋敷の者達に危険が及んでしまったら僕は申し訳が立たないよ」
アレックスも表情を険しくしてランベルセ親子を見ていた。
「その辺は問題無い」
「そうそう。多分、良い具合に勝手に解決しているはずだよ」
周囲の心配に対し、ランベルセと父はとりわけ顔を見合わせることはしないものの、一方は少し忌々しそうに、もう一方は面白そうに笑いをこぼしていた。