YASOU SHUUTEI NO PURIN TEIDAN

夜送舟艇のプリン艇団

TEXT ONLY EDITION

榛名 暒

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初回掲載2026年9月4日

第3章

(三)
 サーッと静かな雨音に辺りは包まれていた。葉月にしては柔らかで優しい雨だった。
「やっぱり君じゃ夜送舟艇を動かすのは大変でしょ?」
 父の言葉に返事をすることすら今の自分は億劫だった。本当に疲れた。
「そうなると私かルートヴィッヒさんでやるしかありませんねぇ」
「ウチの子ってば神術より剣技の腕ばっかり磨くから。本当は魔道士君くらいの力と技があってこそ神術の名門ランベルセ家の当主と言ってもらいたいもんだよ。あ、もし良かったらウチの養子にならない? そしたらランベルセ公爵の地位をあげるよ」
「いえ、丁重にお断りします。私は地位など無くても充分やっていけますので」
「だよね~。はあ。こう頼りになる天上人になってもらいたかったものだよ、うちの子も」
 疲れている上に気の滅入る父親からのダメ出し。はあ。本当に疲れる。
 ランベルセは十八畳ある広い純和室で、黒い漆塗りの足の短い重厚な長方形の客人をもてなす机の下座で顔を伏せ、そのまま動けなかった。上座には父、右側には紅の魔道士と茶色の動物、左側にはアレックスが姿勢よく正座をし机を囲んでいた。
 そんな中で一人。自分だけが動けない状態だった。原因は分かりきっている。あの、死者の魂を大量に輸送できる夜送舟艇の動力源となり動かし続けたから。
「しかし夜送舟艇がここまで神力を吸い上げるとは。正直、私も知らなかった」
 イタチの声がした。その意見にランベルセも「その通りだ」と言いたい。しかしそれも叶わない程に体力も失っている。
「まあね。あの船はローレンス様の叡智と私の遊び心が満載だからね~。そして厳密に言えば本当の正統権利者じゃないと本来は動かせない道具なんだよ、夜送舟艇は」
「どういうことですか?」
「だから現在の権利者以外は本来は無理。で。その権利者は君だろう、アレックス」
「はい。ユーディアから自分では動かす事が出来ないからと補佐官である僕へ権利の譲渡をされたんだよ」
「基本的にね、夜送舟艇の権利者は一人。そして現役者が後継者に権利を渡して行く方法以外で所有権は動かない。そういうものなんだよ。だからそれ以外の者が無理矢理動かそうとすると、今、机で突っ伏している人のような状態になっちゃうんだよね。よっぽどの神力や魔力が無い限り」
 ……そーゆー事は早く言って頂きたい。と、心で叫ぶ自分の方へ視線が集中しているのが何となく分かった。余計に惨めだった。本当にウチの親って。この野郎。
「しかしお頭、基、ランベルセ公爵がこの状態では皆々様がお考えになった行動へ移す事が難しいのではあるまいか」
「そうですね。天使さんが使い物にならないと戦力が一気にガタ落ちしてしまいます。そこを何とかしなければゼンルさんを助ける事に支障が出てしまうでしょう」
「ごめんね。もっと強い子に育てておけばこんな足を引っ張る子にならなかったのにね」
「いえ。もう、これは本人の問題でしょう。このように立派な大人に育ててもらってまだ足りないというのであれば、それは最早自分の自覚次第。弱気で情けなくひ弱だけが取り柄、と上司に言われてしまうのは自分自身で乗り越えなければならない短所です」
「一言一句、憶えているのか……紅の魔道士殿は。恐ろし過ぎる」
 ホント怖ろし過ぎる人々だった。
「……もう。いい加減にしてください。話が進まないでしょう」
 そしてそろそろ自分の精神が本当に崩壊してしまう。それだけは何とか止めねばならぬと、ランベルセは最後の気力を振り絞りわずかに顔を上げた。
 そこには、楽しそうな顔をしている人と少しだけ呆れた顔をしている人、それから本当に狭い眉間に皺を寄せている茶色の小さな動物、そして悲しそうな表情の人物がこちらを見ていた。もう。本当に惨めで仕方が無い状態だった。
 ランベルセは小さく息を吐くと、どうにか姿勢を正した。
「私の神力は時間が経てば回復はします。ですが、おっしゃる通りに私がこのまま夜送舟艇を動かす事は非合理的。他の方法を考えた方が良いと思います」
 皆が見ているのならば、こちらからも見渡すことにした。しかし仲間に加えた人々は面白いほどに表情が一人ひとり全く違っていた。父は嬉々とし、紅の魔道士はニコニコとしている。獣は獣であるにもかかわらず妙に険しい顔だし、親友は憂いの表情だった。こんな複雑な状況をどうまとめていけばいいのか。ランベルセ自身はため息が百万回出そうな心境を抱え、正直、途方に暮れそうだった。もう、心が折れそうだった。こんな時に思い浮かぶのは優しい妻の笑顔。はあ。アンナの元へ一刻も早く帰りたい。
 そんな気持ちをぐぅぅっと堪えて「そもそも敵側もこのような使い勝手が悪い船を本当に要求しているのか」と、彼はイタチと幼なじみの方を見た。するとイタチは前足で器用に腕組みをし「……それは」と、言っただけで口ごもる。
「アレックス。辛いと思うが、一体、プレンティスの身に何が起こったんだ。話してもらえないだろうか」
 ランベルセ自身も妻を大変に愛している。こんな風に疲労困憊になり、気持ちが挫けそうになれば妻のアンナの笑顔が恋しくなる。だから妻を攫われてしまった親友の心を思うと気の毒でならない。自分も辛くなってしまうほどだった。
 しかし今はその心を察しつつ、彼の妻を一刻も早く助けるためには情報が必要だった。心が痛ましい状況なのは重々承知の上で事実確認をしなければならない。だから一旦、話が落ち着いて聴ける場所へとランベルセは船を導いた。
 最初は人世の上空へと船ごと空間移転をした。それを今度はすぐに夜送舟艇を白のSUVに形を変え、そのままニホン国の某市へと降り立った。そこはランベルセが人間界で活動するための拠点に置いている日本家屋の住居として使ってる、その庭先。
 彼は成り行きで人間世界では音楽事務所を開いていた。その時は西さいおんたかいつと名乗り、関東北部の県庁所在地が置かれている広瀬市に事務所と屋敷を構えていた。そう、屋敷。五〇〇坪の土地に純和風の平屋で十二LDKの広い家。それを瓦が乗った白壁の立派な塀で囲っていた。
 そして庭では錦鯉が草臥れるほどに広い池を有する日本庭園が広がっている。その端には日本製の高級車が止められているガレージがあり、その隣にもう一台置けるスペースがある。夜送舟艇はそこへ初めからそこに置かれていました、といった風に納車した。それをどこの誰の目にも見えるように結界でコーティングした。つまり人間界の車そのものに仕立てた。それこそが目くらまし。天上界の物質は限定範囲でしか視覚認識が出来ない。ならば人間の目にも映る状態にしてしまえば、それはもう人間界の物質と同等の存在であり、夜送舟艇ではないと思われる。ただの大型の乗用車。もちろん鍵は抜いてある。だから今、夜送舟艇は起動する事は出来ない。又、ガレージは勿論、元々西園寺の屋敷は庭を含めた全てに結界が張ってある。主人の許可が無い限りは何人も入ることは出来ない。それはランベルセ、西園寺鷹一が許可した者以外は進入する気を起こさせない、又は阻害される気持ちになる。そういった術が掛けられている。加えて単に防犯の為にあらゆる攻撃魔法や神術、妖術などからも守られている。一方で人間界の警備会社にも防犯装置を設置してもらっているので、ほぼ完璧な防衛態勢を整えていた。

 だから一旦、ここで話を聴取し、今後についてを思案することにした。と、いうか自分が一番思案せざるを得ない状態になっていた。
「パルティシオン、本当にすまない。全ては僕が油断をしてしまったからいけないんだ。だからプレンティスにも……すまない」
 憂いの表情を浮かべた幼馴染みは再会してからそればかりをずっと繰り返していた。その気持ちは本当に痛いほど伝わってくる。しかしそればかりでは今後の対策を考える為にはならなかった。
「……お頭。いえ、ランベルセ公。申し訳ないがウォルシオム侯爵をこれ以上、責めないでもらえないだろうか」
「責める? 私は何も彼に対して責任の追及をしてはいないつもりだが」
「しかし貴方の言葉は、現状の最高補佐官殿を、その、苦しめるに他ならない」
「私の言葉が? 何故だ」
「それは」
 ランベルセの前で気難しそうな顔をさせていたフェレットは更に顔をしかめた。そして少し沈黙すると、四足でちょろちょろちょろとアレックスの前にまで移動した。それから後ろ足だけで直立し、彼を見上げ「アレを見せても良いでしょうか」と、尋ねた。
 アレックスは一瞬、とても悲しそうな顔をさせる。泣き出しそうだった。しかし「皆に助けを乞わなければならないからね。許可をするよ」と答えた。
「大地の神。貴方が天上で執行役達から奪い取った水晶を出しては頂けませんか」
 フェレットはクルッと体を後ろへ向かせ、テトテトテトと机の真ん中を横断し紅の魔道士の前へと移動する。
「水晶ですか」
「はい。その中に、その。一連の状況とどれほど緊急を要するかが映っているはずです。……ただ」
「どうしましたか?」
「見聞きするのは一度だけで我々は充分でした。侯爵殿下に至っては見ない方が良かったでしょう……」
「そうですか」
 カルスは腰に下げていた袋を手に取ると、中に入っている五センチくらいの赤い正方形の物体を取り出した。その物体の中には球体が入っている。
「一応、この水晶についての解析をする結界を張りました。もう結果の方は私の杖にデータとして残されています。だから元の状態へ戻しますね」
 彼は手にしていた赤い物体へ「解除ルーイン」と術を掛ける。言葉の直後にそれが白く輝き、パリンッとガラスが割れたような音を立てた。そして白い光を放ったまま、彼の手の中で球体がぐんぐんと元の大きさへと戻っていく。
「大地の神。そのまま貴方の魔力、又は神力を水晶へお与えください。さすれば水晶が自ずと映像を再生するはずです」
 フェレットはそういうと、四つ足でテトトトトッとアレックスの元へと戻ってしまう。
「アレックス。我々も観て……いいのだろうか」
「うん……。それでプレンティスが救われるならね」
 ランベルセは一応、親友の許可を取った。しかし許可を得ねばならない根拠が分からない。ただフェレットの話しぶりと雰囲気から、そうしておくべきなのだろうと思った。
 一同はフェレットとアレックスを除き、紅の魔道士が座する両脇にランベルセ親子で並んだ。そして輝きが段々と収まっていく水晶を覗き込んだ。

『――聞いているか、死神たち。お前たちのやっている事は無意味。時機にそれが分かる。同時にこの美しい者はただただ美しい永遠となる。ワタシと共に』

 低く艶やかな男の声が水晶から聞こえた。ランベルセには覚えが無い。ただひどく安心感を抱かされてしまう。そういった男の声だった。
 しかし光の収まった水晶は真っ暗でしかなかった。ただ闇を映し声だけがした。おそらくこの水晶へ向けて画像と音声を吹き込んでいるのだろう。もうこの時点で演技掛かった舞台演出のようだった。
『一〇〇億と在る命はただただ苦しみ。ならばそれを解き放つこそ延々と続く暗黒からの脱却。すなわち命の善。善ゆえにワタシはその善行へ邁進する。そして母なるものと父なるものがその新たなる祝福を齎すために』
 三文芝居のセリフ回しのようだった。だが、その低い声が魅了してくる。不思議なまでに聞き呆けさせてくる。〝命を暗黒からの脱却〟そして〝母なるものと父なるものがその新たなる祝福を齎す〟。低音で張りのある声色で頭に響いた。
 だが突然。水晶に何かが映し出される。それは白く柔らかそうなもの。
「おやこれは。人の足ではありませんか?」
 映し出された部分は確かに人の足に見えた。細くしなやかなふくらはぎ、脛の部分だった。そこから一旦、足首が映り、そこには黒いゴツゴツした輪で出来ている鎖が巻き付けられて両足を拘束していた。そして映像はゆっくりと膝や太腿へと移って行く。この白い足は明らかに女性だった。しかも今の状態では衣服を身につけている様には見えない。だがそのまま水晶はその人物を見せていく。足の付け根に差し掛かると、金色の長い髪がその人の衣のように体を部分的に隠しているように見えた。しかし全てを覆い隠す訳では無く、腹や豊満な胸などその隙間から露わになっている。それが却って彼女を艶めかしく魅せていた。
 そして顔まで到達すると。
「……プレンティス」
 それは固く目を閉じた美しい死の神だった。彼女の顔の両脇には腕が天へと伸びている。おそらく上から吊り下げられているのだろう。
 しかしこれは。彼女をこんな姿にして映像を送りつけてくるとは……。
『よく見るといい。この永遠の美。終わりなき儚さ。これを以ってあらゆる生命に安息という祝福が齎される』
 さっきから聞える艶めいた低い声と共に彼女の背後に黒い影が現われる。その影から灰色がかった何かが伸びた。それはギュッと引き締まった腕。それが縛り上げられた彼女の体に巻きつくように後ろから抱き取った。
『死神ども、良く聞け。ワタシはこの永遠を用いて善なる行いを実行する。但し、お前たちがワタシの善に賛同し、より多くの生命の為に降伏を認めるのであればこの美しき人はお返しする。善の賛同の証により多くの生命を救済するべく聖なる船をささげよ。それを用いれば彼女を使わずとも生命はより多く……』
 声がそこで止まる。それから少しの間が開くと。
『救われる』
 プレンティスの背後にいた人影。その言葉と同時に姿を現した。袖の無い黒衣を纏った男。肌は手も顔もくすんだ灰色。髪は赤味が強い橙色をし肩まであった。身体つきは大柄でとてつもない筋肉で覆われている。だが顔の構造は整っていた。髪と同色の瞳はぎらぎらとしているが、目鼻立ちは端正だった。不思議なほどに品はある。しかし全体は太い眉と目はやや吊り上り、野生の中で群れる百獣の王のような印象だった。
 それがか細くしなやかな美しいプレンティスを筋肉質の腕で抱き取っている。
『宵を三度経た後。聖なる船を人の世へ用いるがいい。証と彼女は交換する。もし反故とした場合、証の代わりにこの人が聖なる役目を負う事になる』
 男は彼女の首筋に自分の顔を寄せた。それから彼女の肌へ自分の舌をススッと一筋這わせた。
『ワタシはどちらでも構わない』
 そう言って怪しく微笑んだ。そして水晶はただの水晶へと戻った。
「ちょっと。何なの、あの変態は」
「はあ。自己陶酔にも程がありますねぇ」
 正直、ランベルセは言葉を失った。一体自分は何を見せられたのか。天界執行役で最強と謳われる、まして悪神と戦う事が許されている風の傍仕えである者が。あのような姿を晒し囚われている。こんなことが現実に起こるものなのか。

「もしこの事態がゼフィにバレたら〝僕のお姫様になんて事してくれたんだーっ〟って怒り狂って、彼女を助けられなかった私の家は末代まで祟られるね、絶対に。ううん、全界が滅亡するね。怒りん坊の光神リステならやりかねないよ」
「はあ。ゼンルさんは親御さんからお姫様扱いをされて育ったのですか?」
「そうなんだよ。だからプレンティスは、本当は甘ったれの寂しんでさ。そのくせ意地っ張りの天邪鬼で素直じゃないもんだから、ソフィアが作って持って行ったお菓子を〝お母さんの方が美味しい〟って言って困らせていたんだよ。でもソフィアが帰った後には〝お母さんの作ってくれたのと同じ味がする〟ってマリアンヌにこっそり言ってたりしてさ。ホント、難しいよね、女の子って」
「はあ。その貴方の発言は先程見せられた映像以上に聞かなかった方が良い案件のように思えますが。それに先程の水晶から三つの事が言えますねぇ」
「えっ!? 三つしか分からなかったの、君って。私は五つは分かったけど。ふーん。なるほど。第一番目の引き金の所で策士なんかやるくらいだもんね。程度が知れてるよね~」
「なんですか、その言い方は。貴方の方こそ御立派な子育ての果てに随分と素晴らしいお子さんが育ちましたねぇ。天界補佐官をされている御子息は、何一つとして気づいておられない顔を為さっているようにお見受けしますが」
「いいんだよ、ウチの子は。そういう何も分からず、世間知らずの純粋で純情なお坊ちゃんの所が可愛いんだから。馬鹿な子ほど可愛いって昔から言うでしょっ? だから坊だって、スタリートだってシンフォリュース様に甘やかされたから、あーゆー莫迦なんじゃない。今の天界はね馬鹿で甘ったれな二人のお坊ちゃんによって支配されてるの。だからのほほ~んと平和なんだよ。わかる?」
「何という事でしょうねぇ。親にそこまで言われてしまうとは。もう少ししっかりと生きた方が良いと思いますよ、天使さん」
 こ、この人たちは。い、色々な意味でもうダメダメ過ぎてお話にならない。現に茶色い小動物も今日一番の難しい顔をし、幼馴染みは心底悲しい表情を浮かべて二人のやり取りを見ている。
 そしてランベルセ自身もぐうの音も出ない。今、何かを発言したら槍玉に挙げられる。
「じゃあ魔道士君。君が分かった三つを話してよ。その後、残りを私が補ってあげるからさ」
「御心遣い痛み入ります。では時間が無いのと共に、貴方の減らず口には底が無いので話を進めます」
 その方が良い。ランベルセも思った。おそらく全ての元凶はウチの親。お父さんだと思うので。もうあの人は構わない方が良い。
「一つはその水晶自体について。これは妖力で作られています。一見するとただの水晶ですし、伝わってくるものも魔術の掛けられたガラス玉のようなものです。しかし物質の本質を隠ぺいして存在している物体です。つまり幻術。この幻術は物質を自然にせてしまう術です。自然であるから人に疑いを抱かせない。疑いようがなく、疑いの糸口すら与えない。だからこれをただの水晶に魔法が掛けられている物、としか目の前に現われた瞬間からそうとしか思えない存在なのです。ましてゼンルさんのあのような状況を映し出していました。そうなれば映像の〝いんぱくと〟によって、もうこの水晶はそういう物だ、という以外の存在には思えない物になるでしょう。その上、たとえこの水晶に見える物体へ正体を探る多少の探知魔法や術を掛けたところで、この物体の妖術は破れません。ですから結局、思い込みも後押しし、この水晶は〝ゼンルさんが捕えられている画像しか映さない物〟という存在でストップしてしまう。
 ですから、この水晶が本当はどのような動きをしていたのかも実は分かりません。もしかしたら、天界での執行役さん達のやり取りが筒抜けだったかも知れませんね。単なる映像再生装置、ではなくて送受信可能な小細工がされている道具。勿論、今はただの映像再生装置の状態になっています。私の術で外部との干渉は完全に遮断されています。更に言えば、この妖術の道具が今までに反射してきたモノ――つまりこの道具が写し取った様々なモノですが――敵側が本来再生させたい部分以上にお見せする事も可能です。如何しますか」
 カルスは笑顔を消して全員を見据えるように顔を向けた。
 要するに水晶が術で作り出された瞬間から紅の魔道士の手に渡り結界で封印されるまで、ということだろう。物質が写し取った全てを見る事が出来る。それは紅の魔道士が、水晶の妖術を打ち破り、その上で制する力もあるからこそ出来る事。相当な技術と狡猾さを施した妖魔の上をカルスがいっているという証明でもある。つくづく紅の魔道士とは敵にとっては脅威的な魔道士であり、味方にしても驚異を感じさせられる人だとランベルセは思い知らされた。よくこのような人物を相手に天界は戦いを挑んでいたものだ。なんとかなったのは運が良かったからなのかも……そう今更ながら改めて感じた。
「ただ私としては、他にもやるべき事があるので全員で水晶を見ての解析をする必要は無いと思います」
「はい。私もそれには賛成。って、いうか。ちょっと魔道士君。君の話って、水晶を持っていた人だけしか分からなかった事じゃない? だったら私が分かった事とは違うね。私はさっきの映像を見て分かった事だから」
「ではそれを御披露ください」
「うん、そうするよ。じゃあとりあえず水晶を隅々まで再生して解析するのは……ま、言いだしっぺの魔道士君とアレックス。君らが担当だね。私の話は後々してあげるから」
 ルートヴィッヒはそう言うと「はい。二人は部屋の片隅で見てて」と、襖の方を指差した。
「父上。なぜそんな役目をアレックスに負わせるのです」
「夫だからに決ってるでしょ? じゃあ君。君は現状で奥さんがどうなったのかを他人に見せるのと、自分が見るのならどっちを取る? 私は自分が見て他人には絶対に見せたくないよ」
「それは……」
「ピヨピヨ君。自分も観たくはないけど他人にも見せたくはないっていう選択肢は無いんだよ。まして一刻を争っているでしょ? 何事も命あっての物種。助けてあげれば彼女をいくらでも救う事が出来る。助ける事が出来なければただそれだけで終わる。君はどっちを取るの?」
 父の言う通りだった。助け出す為には自分にとってどれほどつらい現実があったとしてもそれを選ばなければならないとしたら。それをするしかない。もしも自分の身に起こったとしたら……。それでも自分であったら絶対に耐えられない。アンナに何かがあったら、自分だったら多分、狂ってしまうだろう。
「パルティシオン、大丈夫」
「アレックス。しかし君が一番辛いはずだろう」
「ううん。一番辛いのはプレンティスだよ。彼女を救う為であるなら、そしてルートヴィッヒ様の心遣いはありがたい事だよ。彼女と僕は心は一緒。苦しみも悲しみも分かつのが僕ら夫婦のやり方なんだ」
「アレックス……」
 親友はそう言うと、水晶を手にして立ち上がった紅の魔道士と一緒に部屋の端へと行ってしまう。
「父上。いくらなんでも酷な話ではありませんか。アレックスは憔悴しきっている。そんな彼にあのような惨い仕打ちを」
「分かってないねパルティシオンは。とにかくピヨピヨ言ってないで私の話を聞きなよ」
「しかし」
「しかしもお菓子も無いの。敵は夜送舟艇を本気で手にしたいと考えている。本当の意味で」
「どういう事ですか」
「さっきの映像がその証拠だよ。いい? まずプレンティスのあの画。君はあれを見て本当に切迫感を抱かされたでしょ?」
「無論です。あのような姿を晒され、まして……」
「そう。ともすればあの男が彼女を手籠めにでもする、ううん、もう彼女は自分のものしたと言わんばかりな演出をしていた。それを見たら彼女の親しい人たちは一気に感情を駆り立てられ、彼女を救う事に邁進してしまう。当たり前だよね」
「当然です。彼女を一刻も早く救う為に取引材料である夜送舟艇を用いて……って。もしやそれが」
「そうだよ。頭に血が昇った状態を作れば、人の考える事なんてアッサリ短絡的な方向へ流されてしまう。だから彼女を人質にする事が一番良かったんだ。人質が仮にアレックスであったり、そこのイタチでもダメ。だからと言って他の女性執行役の誰かでもダメ。なぜなら感情を煽るにはいまいちの効果だから。まず画として衝撃的じゃないよね?」
「ある意味は衝撃です。しかし切迫感を駆り立てるには、まず男性を人質にしても男に対してはその見た目から〝彼ならなんとか耐えられる〟と思い込むでしょう。又、女性であっても、やはり衝撃の度合いが違ってしまう。プレンティスはウォルシオム侯爵夫人であり執行役の上位者。まして戦闘能力はナンバーワンの実力者です。力の象徴が囚われの身となってしまった。これは大きな衝撃です。更に彼女の容姿。美しくも儚い姿を見せつけられては誰の心にとっても早く助け出さなければと強く気持ちをかき立てられてしまう事でしょう」
「だよね。そこで〝一刻を争う〟や〝早く〟が見た者の中に先行してしまう。起こった出来事に対して冷静に考察せず、熟慮もしない、思案もしないで、とにかく助け出そうと気持ちが急いてしまう。結果、要求された物、今回は夜送舟艇を出してきてしまう。人間のドラマでも良く見かけるでしょ? 身代金だけ取られて誘拐された人が殺されたっていう芝居。本来なら、他にも思案ができそうだったり、犯人がどういう人物かちゃんと解析だってするものでしょ? でもそうする時間を与えない。それも敵側が目的を達成させる為の作戦の一つ。そんな混乱していて、いい加減な状態の執行役達がもうこれしか方法が無いと思い込んで夜送舟艇を持って行く。そして人質と身代金交換場所へ〝プレンティスを返せ〟なーんて人間界へのこのこやって行ったらどうなるか」
「用意周到な奴らです。おそらく全滅させられるでしょう」
「そう。魔道士君くらいの相当な味方が居なければ応戦すらままならない。挙句、船を持って行った執行役達が全滅させられて、当然、船を引き渡しにやって来た者達だって執行役の中である程度の武闘派を向かわせているはずだよね? 船を守るために。でもそれが全滅させられたら、それは本当にヤバい事。誰も生命の為に戦いが出来る執行役がいなくなってしまう事だろう。そんなことになったら」
「死者の魂を悪漢から守る者達が完全に居ない状態となってしまう。そんな事になってしまっては人間のようなか弱き生命たちが非常に危ない。一斉に殺害されてしまったら……」
「そうだよ。奴らは大量の魂を一気に手に入れられる」
「なんということを……」
 すべてに合点がいく。人質の取り方も、水晶の演出も。
「だからプレンティスに白羽の矢を立てたのですね」
「勿論、彼女を正面から連れて行くなんて事はできないよ。私だって多分無理。あの子はすごく強い子だからね。だからある程度の事でおびき寄せた。例えば死者の魂を人質にするなり、行かざるを得ない何らかの理由をつけて。それから彼女の油断や隙を作らせて連れ去っていく」
「それは魔道士殿がある程度解明したのでほぼ間違いはないかと」
「彼が出した答えはあまりこちらにとって歓迎すべきものでは無いんでしょ?」
「はい」
「じゃあもう、後は取るべき道は二つに一つだね」
「……戦うか、戦うか」
「そういうこと」