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「あの。思った以上に強くはないですねぇ」
人間界最強と思しき魔道士は少し首を傾げて眼下を見おろした。そこには二、三発ほど攻撃魔法を食らった死神らが瓦礫の中で倒れている。更に彼らに駆け寄って介抱する仲間の死神らの姿もあった。
「大地の神っ。お止め下さいっ。なぜこのような事を!!」
相変わらず小動物が状況を呑めずに悲痛な叫びを上げていた。
「申し訳ありません。目的の為には必要な行動なので」
と、答えてはみるものの。やはり人を傷つける事は気分の良いものでは無い。カルス自身もそろそろ仕上げに入る事にした。
「ではここで私が作戦を成し遂げた証に……そこにある水晶玉でももらってお頭に届けましょう。盗賊団のお頭ですから、お宝っぽいものを喜ぶはずですからね」
彼は軽やかに自分で破壊した天上界の神殿の元床だった場所へと着地する。死神らとは結構近い距離だった。しかしそこは最早、原型が分からないような瓦礫の散乱する場所。屋根からぽっかり青空が見える、レベルでは無く、屋根と壁がそっくり崩れ落とされ屋外にいる、という状態だった。
そんな足の踏み場もない所から、カルスは傷一つ負っていない人の拳ほどの大きさをした水晶玉を拾い上げた。この透明な玉が天使の話していた〝敵〟なるものが死神らへ送りつけてきたものだと思われる。詳しい事は後ほど落ち着いた場所にでも行ったら調べることにして。今はしかし特別に不審な力は感じない。しかしこれが探知機の役割をする道具であっても厄介なので、彼は即座に術であらゆる力を遮断する状態の結界を水晶へと施した。赤い光が水晶を包むと、そのまま光が立方体となって水晶を閉じ込めた。
「大地の神っ」
そうした一連の作業をしているカルスの元へ。まさに本当の足元に、四本足の白茶色の可愛らしい小さな動物が威嚇するように彼を見上げていた。
「これは一体、何なのですかっ。我々に恨みでもあるのですか!?」
可愛らしい小動物はイタチのような姿で、正式にはフェレットという人間界では呼ばれている種類だった。そう三代目輝星剣士から教わった。そして彼女曰く、この死神を統括している人物が呪姿に掛かっている時の呼び名は……。
「モンすけさん、でしたよね?」
「は?」
「そう主様はおっしゃっていた気がします」
「そ、それは。三代目が勝手に付けてしまった渾名で。わ、私の本名では無く。この姿の時固有の限定的な……」
フェレットはまるで言い訳をするような、なぜかしどろもどろになった。きっと堅物の彼にとって〝モンすけ〟とは受け入れ難い渾名。本名レイモンドに和調の〝助〟。カルスの主が好んで付けそうなニックネームだと思われた。
「モンすけさん。悪いとは思いますが、アナタ方はあちらでケガを負った方の手当とこの神殿の修復にでも勤しんでください。我々には崇高なる目的があるので止まる事は出来ないのです」
「そ、崇高な……目的ですか」
「はい。――ん、おやおや。そろそろお頭さんが私を迎えに来てくれるようですね」
「迎え?」
「危ないですよ、そんな所に一匹でいると」
「えっ」
そう言った瞬間だった。カルスを含めたその一帯に突如として大きな影が落ちた。
「な、なん……あ、あれはっ」
「はあ。なんて派手な船なんでしょうか」
真上を見上げると天上の光を受けた黄金色に輝く大きな船が空に浮かんでいた。
「や、夜送舟艇っ」
小動物がその呼び名を叫ぶ。カルスはそれを聞くと「向こうの首尾も上々という訳ですね」と、浮遊術を使い体をふわりと宙へと浮かす。
「ではモンすけさん。あとは我々が素敵な金銀財宝を手に入れるのを指、いいえ、前足でもくわえて見ていてください」
「だ、大地の神っ」
「夜送舟艇は我々が頂きました。あ、この水晶もついでに頂きます。綺麗なモノですからね~。では、お邪魔しました」
あまり長居をすると天上界の余計な戦力が総攻撃を仕掛けてくる可能性もある。もっとも、天使の行いはこの世界の長も知っているらしいので、早々に自分を含めたこちらを撃ってくるとは思えない。とは言え、ここでの狼藉に何もしないという訳にもいかないだろう。
カルスは船の先頭の方へと向かって加速した。地面の方から「大地の神ーっ」と、聞こえる小動物の叫びをあとにして。
箱舟を瞬間移動させるための神力は結構必要だ。と、舵を握りながらランベルセは「はーーーっ」と、大きく息を吐きながら思った。
「ち、父上。この船は操縦の為に相当な力が要るのでは……」
「そうなんだよね。だから面倒だと思ってさ」
「はあ」
瞬時に移動をするためには中程度の攻撃魔法を五発くらい連続して打ち出した疲労感がある。術を五発くり出すだけならまだしも、連続してやるのはベテランの術師であってもわりと骨が折れると思われる。と、なるとひょいひょい軽い気持ちで異空間へ連続して渡り続ける事は難しいだろう。少なくとも自分はやりたくない。
と、少し夜送舟艇の移動方法に懸念している自分の傍でルートヴィッヒが「出でよ~」と、何かを勝手に召喚している。
「父上。何をなさるのですか」
「うん。ちょっとね~」
そして彼の手にはなぜか人間世界で見かけた事のある〝拡声器〟が握られていた。
「ちょっと、じゃありません。そんな物、どうするおつもりですか」
「何言ってるの? 使うおつもりですから喚んだんじゃない」
「は」
ランベルセは一瞬、訝しんで沈黙する。が、ルートヴィッヒはそれを持って船の側面から身を乗り出した。夜送舟艇は丁度、天界本神殿の真上に出ているはず。彼は拡声器を口元へと持って行き、キーキーッとハウリングをさせてから「あーあー。今日の天上は良い天気だね~」としゃべる。勿論、声を大きくする道具を通してなので、ランベルセにも、そしてまた下の神殿にもある程度はよく聞こえているはず。
「ちょっと、父上。ホントに何をされるのです」
そう彼に近づいて道具を取り上げ注意をしたい所だった。しかし舵を握っているためにそう易々と出来ず、自分も大声で制止するのが精一杯。こ、これはどうすれば。
しかし躊躇している間にルートヴィッヒはキーンっと一発させてから。
「ふっふっふっふっ。天界でのん気でのんびり生きている諸君。我々はパルティシオン・ランベルセ公爵の率いる海賊団……あ、名前決めてないよね。じゃあ間に合わせにだけど……プリン一味だよっ。可愛いね、ぴよぴよ補佐官にはぴったりだ」
「ちょーーっっと、父上。独り言も全部拡散してますっ」
「あ、ごめん。とにかく、私たちはひっよこ補佐官ランベルセの率いる海賊団だよ。これから金銀財宝が眠るという伝説のお宝島を目指して盗難活動に勤しむから。よっろしくね~」
「な、ななななんてカッコの悪い宣言をなさるのですっ」
「じゃあ君がやる? 海賊団の活動声明」
「そ、そんなのわざわざやらなくていいのですっ!! この夜送舟艇さえ皆に見せつけさえすれば、状況を勝手に察するはずです。それに我々の仲間がきちんと夜送舟艇強奪の演出は知らしめているのですから。よ、余計な事は……」
大地の神が色々と派手に事を起こしてくれている手筈になっているのだ。だからこの父がやっている事は。
「ま、魔道士殿……」
丁度そこへ赤い衣を纏った全界で一番の魔法の使い手が軽やかに甲板へと降り立った。
「それにこの盗賊団の名前がプリンとは少々可愛い過ぎる名前ではありませんか?」
「そう? だってランベルセってプリンの事なんでしょ、人世だと。それにヒヨコもプリンも黄色じゃない」
「はあ。ヒヨコとは黄色ですが……。と、言うか。あの、天使さんとそっくりなこちらの人は御親戚ですか?」
本心では『まったく知らない人です』と言いたい所だった。親戚どころか親です、とか口が裂けても言いたくはない人。
「大地の神。あの方はお頭の父君です」
「なるほど。顔以外は全然似ていませんねぇ」
「中身は全く違うので御注意下さい」
「そのようですね。しかし父親と一緒に泥棒をするんですか? それって過保護なのか、ふぁざこんというものなのか。どちらにしても貴族の方の趣向にはついて行けませんね」
「あの親子は天上界でも一、二を争う風変わりの親子なのです」
どこからともなく失礼な解説が聞こえてくる。よく見ると、紅の魔道士の右肩に茶色っぽい小さな動物がぶら下がっていた。
「カルス殿。その右肩にいる獣はもしや」
「これは神殿を襲撃した際に殺しそこなった憐れなイタチです。どういう訳か人語を理解し、言葉もしゃべります。そして私に大変懐いてしまいました。だから連れて行かざるを得ないと判断しました」
「執行役総統括長では」
「違います。モンすけちゃん、というイタチです。それ以上でも、又、それ以下でもありません」
「モ、モンすけ……」
「はい。モンすけです。その後をちゃん、でも、さんでも何でも構いません」
「モンすけ、ちゃん……?」
「まあ新しい仲間。さしずめ、ますこっと、というポジションでしょうか」
紅の魔道士はスタスタとランベルセの脇までやってくると「いいですか、モンすけさん。お頭にちゃんと挨拶をするのですよ。きちんとした仁義を切らないとトウキョウワンに簀巻きされ沈められてしまいますからねぇ」と、舵の前に伸びている四角柱へと茶色い動物を乗せた。
「どういう事だ、レイモンド統括長」
「私はモンすけです。以後お見知りおきを」
「……それはつまり紅の魔道士殿の入れ知恵か」
「自分の〝ペット〟としてなら連れて行く。さもなければ地面に叩き落す。そう仰られたので」
「しかしそんな事をしては執行役達を誰がまとめる。霞侶一人で大丈夫なのか?」
「ある意味大丈夫なのです。あちらのお方が東殿をほぼ壊滅させましたゆえ。我ら執行役の戦力である特殊行動班もしばらくは動けない状態へと追い込まれました。加えて建物の修繕にもそれなりに時間が掛かります。執行役が態勢を立て直すまでにはかなりの時間が必要となるでしょう」
「何という事を……」
ほとんどうめき声のようにランベルセは呟き、史上最強の魔道士の方を見る。当の本人は甲板の縁で拡声器を手にしている人とワイワイ揉めているように見えた。
「ちょっと。ウチの可愛い跡取りに難癖付けないで欲しいんだけど。まだまだヒヨッコだけど、そこが可愛いんだよ」という意見と「貴方みたいな甘やかしの親がベタベタしているから少しの事で落ち込む弱い子になるんですよ」という意見がぶつかっている。正直、止めてもらいたかった。そんな話は。
「分かった。もうそれならば致し方ない。モンすけちゃん、というイタチを貫くのであれば我々プリン一味として歓迎する。いかがか? 小動物どの」
「私は本来イタチでは無くフェレット。そこをしっかり認識して頂けるなら付いて行かなくもない」
「……面倒な動物というなら船から放り出す」
「イタチで結構」
茶色い小動物は案外物わかりが良いらしい。獣にしては感心に値する。とでも、少し気を紛らわせなければランベルセは現状について行くことが出来なかった。
と、そんな少し和んでいる船が突如、グランッと大きく揺れた。
「な、何だっ」
ランベルセは舵にしがみ付いて周囲を見回す。すると父と魔道士がギャーギャー言い合っているその向こうで、天上の青い空に見覚えがあり過ぎる人物とその背後には神殿守護の近衛兵が二、三〇人ほどが剣やら槍やらを持ってこちらと対峙していた。彼らの中には宮廷術師たちもいて、彼らが手にする杖にはいつでも攻撃術が打ち込めるように神力が宿っていた。
「もうっランベルセ~~!! いっくらなんでもボクん家を壊していいよ、なんて言ってないですぅーーっ。東側の神殿がそっくり倒壊しちゃってるでしょーっ」
兵士たちの先頭にいるのは天上界の主だった。それがプンプンめそめそと抗議してきた。
「何言ってるの、坊。これが私達プリン武装船団の実力だよ」
「まあ、あの程度で実力を推し量れるかは少々疑問ですが。私にとっては朝食準備前に出来る事ですよ」
それに対し、父と魔道士が拡声器を使って交互に泣いちゃっている人に向かって言った。勿論その言葉に「ひどいでずぅ~。他人のお家壊しておいてっ。びえ~ん」と泣き声と文句が飛んでくる。
はあ。本当に厄介な人たちを自分は仲間にしたものだ。
「お頭。あの両名が隙を作ってくれている間にこの場を離れた方が良いと思われるぞ」
「……そうしよう」
ぴょこっと、いつの間にかランベルセの右肩から顔を覗かせた茶色いのの言葉に乗る事にした。もう、あのどうしようもない方々に「静かにしてくださいっ」「事態を悪化させないでくださいっ」と、言ったところで。自分の方に被害が及ぶ事が目に見えている。
現に。
「じゃあ何? 坊が私達に勝てるとでも思ってるの? 生意気言ってると天上なんてホントの本当に木っ端微塵にするよ」
「我々は今のところ盗賊団で海賊団のような武装した集団です。そしておそらく実力はかなりあると思うので、あまり無茶な事をなさらない方が身のためだと思いますよ。仮に我々がこの天界を木っ端微塵にしたとすれば、巻き添えを食らって隣接する他世界にも甚大な被害が出てしまいますねぇ」
「そうそう。妖精界も妖魔界も人間界も、それから四次元、五次元、六次元も捻れ歪み状態になるかもね~。ま、それも全界を通しての一興ってカンジで面白いかも知れないね」
「試した事は無いですがかなり興味深い状況にはなります」
「でしょ? 破壊と創世なんて私達に掛かれば意外と簡単に出来る事じゃない?」
「そうしたら創造神である英雄者は要らなくなりますねぇ。ま、今もあまり居ても居なくてもかわりませんから。今の彼女は三食お昼寝付の怠惰な生活を送っています。ですから誰がそれにとって代わっても、さして問題はないでしょうね」
とか、いけしゃーしゃーと言ってのけている。尚、それに対して「英雄者様の悪口言ってるとおこられますよーだ」と、微妙な反撃をする天界王の情けない御姿。もう憐れとしか言えない。本当に気の毒だとしかランベルセは思えなかった。
なので。
「王陛下。我々はこれより武装船団プリンとして新たな船出をします。私は貴方のワガママ、いい加減さにほとほと疲れました。おやつを買ってこい、如何わしい雑誌を買ってこい、仕事が終わらなかったからランベルセがやっておいてね、などなど。もう我慢の限界なのです。ですからしばらく好きにやらせて頂きます」
「な、ななな何言っちゃってるんですか、お前まで。ルートヴィッヒおじさんやカルスさんはもう頭がおかしいから仕方が無いですけど。お前は弱気で情けなくひ弱だけが取り柄の僕の補佐官でしょーっ。そんな大きな舟を漕いでどこかで冒険が出来るような腕白はできないはずですぅーーっ」
どいつもこいつも。自分以外が頭おかしいのではないだろうか。
「夜送舟艇、砲撃準備っ!!」
今の船体は黄金の箱舟だった。しかし船に命じて父たちの立つ側面に五台ほど砲台を作り上げる。
「目標、天界王っ」
ランベルセの言葉に砲台が一斉に一人の人物の方へと向く。
「お、お頭。本気なのか……」
「撃てっ」
無論、本気だった。掛け声と共にドンッドンッドンッと大きな音が天界の空にこだました。
「スゴイね、三連射式の大砲だ」
「天使さんの日頃のお気持ちが十分込められている。そうお見受けできますねぇ」
その通りだった。
大きな音と共に小型ミサイルのような砲弾が天上界の主を含め、兵士の方へと何発も飛翔した。はっきり言って旧式の丸い砲弾なんか飛ばすか。本気の本当にアイツは仕留めてやる。そんな気持ちから最新鋭のロケット弾型のモノが飛びだして行った。
「夜送舟艇、転移出航っ」
そして大空に大きな爆音が炸裂し、直後に赤や黄、青などの閃光が飛び交うと。兵士らは混乱し「きーーやーーっなんてことーーーするーーんでっすかーーっ」という悲痛な叫びを上げる主をしり目に。ランベルセは再び夜送舟艇へ大きな神力を注ぐ。船はそれを船体へ行き渡らせると、カッと強い光を発して、そのまま天上の空から完全に姿を消した。