YASOU SHUUTEI NO PURIN TEIDAN

夜送舟艇のプリン艇団

TEXT ONLY EDITION

榛名 暒

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初回掲載2026年9月4日

第2章

** ** ** ** **

 コツ、コツ、コツ、と響き渡る靴の音が異様に大きく聞こえた。しかも二人分なので微妙なタイミングのズレと不協和音が鳴っていた。
「でもさ。君が箱舟について意外と詳しい事に意外だったよ」
「回りくどい言い方ですね」
「いいじゃない。意外で意外」
「はあ」
 ランベルセは父を伴い天界本神殿の地下層を進んでいた。そこは石造りの回廊で出来ている。しかし地下とはいえ、実際の本神殿の地上階の下にある訳では無い。地下層と呼んでいる場所は天上界の隣に設けた亜空間を指す。そして亜空間と天界を繋ぐ階段が本神殿一階から下へ向かうように設置されてあるため、便宜上、地下という事になっていた。だからジメジメと湿気を帯びていたり、カビ臭さは無い。階段や廊下には規則的にオレンジ色の柔らかな明かりが術によって灯っていた。王宮の一部のような綺麗な作りをしていた。
「幼い頃にアレックスと……まあ、隠れ家にし、遊んでいました。元はアレックスの父である前ウォルシオム侯ローレンス様が開発し、屋敷に所有していた道具ではありませんか。しかも貴方もその開発に携わった」
「そうだよ。そっか。ウォルシオム邸の地下に置いていた頃から君も知ってたんだっけ。しかも遊び道具にしてたんだ~」
「もう幼い頃の話です。あの頃はそうしゅうていの意義も意味も分からず、子供の絵本に書いてあった、冒険へ出かけるための大空を飛び回るスゴイ船。そういうものだと思っていました」

夜送舟艇のプリン艇団 第2章の挿絵
「あ。そうだっ。思い出したよ。君らって自分達の神力を使って勝手に動かそうとしたんだよね。冒険に行くために。で、しかも君らって、何だかんだで子どもとは言えど神力が高くてさ。見事に箱舟を動かしちゃってウォルシオム邸を半壊させた挙句に、船体まるごと地上に出現させちゃったんだよね~」
「……まあ」
「もうあの時はダイアナにメチャメチャ怒られて。そうっ。私とローレンス様も一緒に」
「それはアナタ方が〝子供たちの神力の高さを誇るべきだ〟とか〝子供は冒険心の塊なんだよ〟などというフォローをしてくださったかれでは」
「そうそう。ホント、私とローレンス様は子煩悩な父親だよね~。我れながらこれほど良い父親はいないよ~」
「まあ」
 あんな大それた事――家が半分壊れ、大きな船が庭に突如出現――をやってしまったのは、当時の自分は驚きと恐怖でしかなかった。そして自分とアレックスはとても反省し、泣きながらアレックスの母ダイアナに謝った気がする。それで普通に収まりそうだった。しかしそこにランベルセの父ルートヴィッヒと、アレックスの父、当時天上補佐官をしていたローレンス・ウォルシオム侯が、子供たちを庇った(余計な事を言った)為、お説教が長引いた。そこは今でも覚えている。
 以来、そうしゅうていはウォルシオム邸で置いておく事が禁止された。そして行き場を失ったそうしゅうていは『死者の魂を運ぶ道具』という公共性が高いものとみなされ、天界本神殿での保管が許された。当時は天界執行役も人数が少なく、むしろ前ウォルシオム侯が一人で生死の往き来を管理監督していたと言ってもよかった。執行役はそもそもローレンス・ウォルシオムの部下が彼の手助けとしてやっていた死者監理の補助要員の事だった。
 その当時は彼のお方が一人で魂の管理が出来るような数であり、又、彼だからこそそれが出来る絶大な裁量と采配があった。その為、突出して天界執行役という役職自体も必要が無かった。しかも彼は妙な発明品を作る事が趣味(?)だった為、それが嵩じ、稀に起こる魂の大量回収用としてそうしゅうていを作ったのだった。それさえあれば十分、一人で回収業務も間に合った。
 しかしいつの頃からか人間の数や他世界の生命の数もふえてゆき、一方でローレンス・ウォルシオム侯も天界王補佐官としての業務が多忙になった。その為、彼の部下たちが独立して死者の管理監督を任される事となり、それが天界執行役の始まりとなった。
 そしてそうしゅうていは個人の所有物から寄付というカタチで執行役達へ渡ったのだった。
「でも、泣きながら〝船から降ろして~〟って叫んでいた子が、今度はそれを徴発するなんて。今度は怖くなっても助けてやらないよ~」
 後ろから付いてくる父は面白そうに笑っている。
 そういう人なのでもう仕方が無いと思いつつ、内心ため息を吐くと、正面にアーチ状の入口が見えた。扉はついていない。石の壁にぽっかり穴が空いている。その奥にはキラキラと七色に煌めく光が見えた。
「まあ誰も盗もうだなんて思いはしないけど。結構、不用心な管理体制だよね。ドアの一つも付いていない場所に置くなんて」
「しかしあの箱舟は誰でも簡単には動かせないものでしょう。鍵の管理人。所有者でなければ」
「まあね」
 ランベルセは父と共に入口を抜ける。だが部屋に入ると瞬時に思わず足を止めてしまう。
「相変わらず派手だよね~」
 ここは部屋と言うよりも一つの空間、空洞と言っても良い場所だった。人間世界のスポーツ競技場くらいの面積はある。天井も見えない程に高い。そして壁には幾つもの明かりが灯っている。それに照らされた大型船。一見、水晶で出来ているような透明なものだが、明かりによって光が屈折し様々な輝きを放っているかのように見える。全長はおよそ二百メートルはあり、幅も相当あるだろう。人間世界の豪華客船に匹敵する大きさ。そんな箱型の船が圧倒的な存在感を放ち留め置かれていた。
 子供心に「城」に見えたが、今でも相当な迫力だとランベルセは思う。よくこんなものを自分とアレックスは動かせたものだとも。
「こんなキラッキラにそうしゅうていって名前を付けるんだから。ローレンス様のセンスってホントに笑えるよね」
 今は亡き元上司に対しても平然と思った事を言う父は、船の側面に軽く手を触れる。それから目を閉じて少しだけ黙った。
「……そうそう。船尾に隠しておいたんだよ。忘れてた」
 そう言ってルートヴィッヒはすたすたと右の方へと歩き出す。ランベルセはそれに黙ってついて行った。やがて船の端が見えてくると。
「――誰だ」
 船尾の反対側から黒い影が伸びているのが見えた。それは明らかに人影だった。けれどそれは逃げ去ることはなく「……パルティシオンなのかい?」と、聞き知った声が聞こえた。

「アレックスなのか……?」
 やはりというか、罠なのか。声は間違いなく親友の声だった。しかしもしも執行役の誰かが変化の術を使っていたらという事も考えられる。ランベルセは慎重に船尾に近づいた。だが自分のちょっと先を行くルートヴィッヒが「やあ、アレックス。みんながスゴく探しているよ」と、船尾の向こう側へ軽く声を掛けていた。まったく緊張感が無いと言うか、自信家と言うか。この人のこういう所は閉口せざるを得ない。
「アレックス、無事なのか?」
 しかし父が無駄な緊張状態を呆気なく回避してくれたお陰で、ランベルセも船尾から向こう側へと顔を出した。
「パルティシオン。すまない」
 船尾の間近に立っていたのは間違いなく親友のアレックス・ウォルシオム侯爵だった。だが彼の表情は今までに見たことが無いほどに憂いを抱え、ともすれば、このまま泣き出しそうなほどに悲しみに満ちていた。日頃から煌びやかで、慈悲が全身から滲み出ているまさに天上界の慈悲と呼ばれている彼。その溢れんばかりの慈愛の心に、誰しもが己の心を安穏とさせられるほどの善き心の持ち主であるアレックス。そんな彼からその全てが消えていた。ランベルセにとっては少なからずショックとも言えた。
「大丈夫なのか、アレックス」
「僕は自分がとても情けない。プレンティスを……救えなかった」
「それは」
 親友に対して掛けてやれる言葉が無かった。アレックスがどれほど妻を愛しているかは全天上人が知るほどの話。そして親友であるランベルセはその仲睦まじさを実際に間近で見ている。それは我が身を省み、親友夫婦は羨ましいほどの深い絆、愛情で結ばれている。それほどまでの愛妻を失って、いいや、傷つけられ囚われてしまったのだ。居ても立ってもいられないだろうし、その深すぎる悲しみを自分なんかの言葉で和らげる事など出来はしないだろう。
「ねえ。だからって、プレンティスの部下をコテンパンにのしちゃったの? 君も意外と意外な所があるね、アレックス」
「それは……」
 船尾から少し離れた壁際でルートヴィッヒがしゃがみ込んでいた。その足元には見知った人物たちが昏倒しているようだった。
「プレンティスの部下、エドワード・コルウィットと統括班のサラ・フローライト、同じく統括班のジェーン・カーネリアンだね。やったの君だろう?」
 父の言葉に対し「はい」と静かにアレックスは返事をした。
「彼らはこのそうしゅうていを動かし、プレンティスを救う為に使うと言ってきたんだ。しかし執行役達だけではそれは叶わない。だから止めたんだよ。けれども話を聞いてくれなくてね」
「やはり執行役は箱舟をダシにプレンティスの救出を考えていたのか」
「ああ、そうなんだ。だから僕はこの箱舟に近づく者を説得するか、あるいは足止めをする為、番をしていたんだ」
「なるほど」
「しかし君が来ることは想定外というか。思ってもいなかったよ、パルティシオン」
「あ、ああ。これはまあ」
 一瞬、返答に詰まった。まさか成り行き、親に言われたから、とは言えない。しかしここで「親友の一大事だから」と言うのもどうかと。傍に父が居る。余計な事を言うと後々がまた面倒になるのが目に見えていた。
「ねえ、アレックス。この子たちはどうするの? ここで寝かせておくのもなんだから、私が術で神殿に送ってあげよっか」
「そうして頂ければなによりですが」
「任せなって。ちょっと回復術を掛けて、あとは瞬間移動で送っちゃうね」
「申し訳ありません、ルートヴィッヒ様」
「いいって、いいって」
 父はそう言って事をせっせと実行し始めた。
「アレックス。私がここに来たのは、方々からの話を聞き様々な状況を察するに、君がここに居ると思ってやって来た。いや、もしもここに居なければ最早見当が付かないとも思っていた。だから父上に同行を依頼した」
「パルティシオン。すまない。しかしこれは……執行役としての果たさなければならない案件なんだ。だからいくら親友の君が手を貸してくれるとは言っても、僕はそれを受け入れる事は出来ないよ」
「そうだろう。私も、執行役第二位の位置である天界執行役最高責任者補佐官である君に対し、責務が関わる部分で手出しはしない。ただ私は友人を助けに来ただけ」
「パルティシオン……」
「アレックス。一体何が起こった? 事のあらましを話してもらえないか。正直、私には経緯も、その君には辛いかも知れないがプレンティスの事も、何がどうしたのか全く今回の事情が分からない。話を聞くくらいなら執行役の責務うんぬんとは関係無いだろう。むしろ、責務かどうかの判断をつけるためにも話を聞かせてもらいたい」
 自分の判断を改めて顧みる必要があった。そうしゅうていを動かし、敵をこちらへ目を向けさせる。それが作戦の第一段階。次に、執行役がやろうとしていたプレンティスと引き替えに箱舟を渡す、と見せかける作戦を自分達がやる。執行役らにとっては無謀な事かも知れないが、こちらは相手を迎え撃つ戦力を確保している。戦闘が必要になればランベルセは剣を取るが、徒党を組んだ二人の最強術師の腕はランベルセの神術など足元にも及ばない所がある。一人は天上界を本当に木っ端微塵に出来るだろうし、一人は緻密で計算尽くした技術と底知れぬ神力で確実に敵を仕留めてしまう。こちらは今や大砲も毒薬も何でも揃った小さな武装集団なのだ。
「ねえ、ちょっと。親友同士の再会で感慨深い思いに駆られてるのはいいけどさ。時間、無いんじゃないの?」
 しかし自分の任務が終了したルートヴィッヒが話の腰を折る。しかも彼の手には黄金色に輝く長さが五〇センチほどある杖のようなものが握られていた。その片方の先端には幾つか凹凸が付けられている。もう一方の先端は楕円状になっていて。中央に紫色の宝石が嵌め込まれ、それを囲うように白い小さな石が上下左右と付いていた。父はその楕円状のすぐ下辺りを掴み「ジャーン。これで出航できるよ、パルティシオン」と、満面の笑みを浮かべる。
「なんですか、これは」
そうしゅうていのスペアキーだよ」
「スペア? これが」
「そう。船尾にこっそり魔法で埋め込んでおいたんだ」
 上機嫌のルートヴィッヒだったが、しかし、ここには本来の鍵の所有者であるアレックスがいる。王もそうしゅうていの鍵は彼が持っていると言っていた。
「あの、父上。申し訳ないですけど、スペアでは無くちゃんとした鍵を持っているアレックスが見つかったので……」
「えー。スペアが欲しくて君は私をここに連れてきたんでしょ? 折角だから使いなよ」
「しかし」
「アレックスも良いでしょ? こっちの鍵を使っても」
「それは構いませんが」
「ほら~。君の保険のために連れてこられて、結局やっぱり保険が必要無くなったからポイッと捨てるなんて勿体無いよ、パルティシオン。いざとなった時に本物を使う方が良いって」
「はあ。普通はいざとなった時にスペアがあって良かった、というものでは」
「ちょっと。いちいち口答えばっかりして。もう、一体どういう親に育てられたの? 私、抗議するからね」

「はあ。ご自由に」
 やはり一言多めに指摘をするとこじれるな、とランベルセは思った。仕方が無いので「ではお言葉に甘えて父上が用意してくださった方を使いましょう」と、ため息を吐きながら承諾をする。
 すると父は再び機嫌が良くなり「そうそう。親のいうことを聞いていれば間違いないって。だから君も良い子に育ったんでしょ」と、術を使って体を浮かせた。
そうしゅうていは外付けでハシゴも階段も付いてないから。自分たちで来なよね」
 ルートヴィッヒはそのまま浮遊術で船の上まで昇って行ってしまう。
「すまない、アレックス。少々難がある人選をしてしまったが、まあ、なんとかなるとは思う」
「いいや。とても心強いと思うよ、パルティシオン。ありがとう」
 親友は力無く微笑んだ。けれど彼の表情はもとより、いつも纏っている温厚で柔らかな慈悲のオーラが完全に消失していた。
「大丈夫か、アレックス」
 まるで別人のようになっている幼なじみにランベルセは心の底から不安を覚えた。だがアレックスは「ルートヴィッヒ様を待たせてはいけないね。おっしゃる通り時間も無い」と、彼もまた神術を使って船上へ向かった。
「大丈夫なのか、アレックスは……」
 ランベルセも二人を追って翼をはためかせた。


 甲板に降り立つと、やはり目を見張るものがあった。基本的に水晶で床も柱も出来ているように見えるが、実際の素材は分からない。その船首も広い床だけが敷かれていて、中央になぜか人の腰くらいの高さをした四角柱が伸びていた。それ以外は本当に何も無い。更に後方には帆が張られている訳でもなく、緩やかな三角屋根の箱型をした平屋が乗っていた。それがどういった船室なのかは分からない。だがこれもまたクリスタルで出来ているようなものだった。
「原型がこれなのか……」
 文献や話などから聞くと、この水晶船は必要に応じた形態へ変化させられるという。何らかの方法を使えば、汽車にでも、バスにでも、ロケットにでもなるらしい。しかし今の姿は立派な水晶で出来た箱舟。こんなずっしりと重量感があるものを空へと浮かべられるのか、ランベルセには甚だ疑問に思えた。
「それじゃあ早速、出航しようよ」
 船首の床から伸びている四角柱を父とアレックスが囲んでいた。遅れてランベルセも近づくと、父ルートヴィッヒが例の黄金色をしたスペアキーを両手で握りしめた。
「しかしこれをどうやって動かすのですか」
「まあまあ見てなって。って。あ。でも。一つ忘れてた」
 父が何かを始めるかと思いきや。ルートヴィッヒは一旦スペアを柱の上に乗せた。
「あのさ。ジャンケンで決めない?」
「は? 何をです?」
「操縦士。その方が公平じゃない」
「しかし公平とおっしゃいますけど、私はそもそも操縦の仕方が分かりません。あなたかアレックスが舵を取って頂けませんか」
「えーっ。面倒なんですケドぉ」
「はあ」
 と、いうか。むしろ、その舵すらどこにあるのか分からない。後ろの平屋が操舵室にでもなっているのだろうか。
「そうだね。これに慣れている僕かルートヴィッヒ様が動かしてもいいけれど、操縦方法を知らない君が扱いを知るには良い機会かもしれないよ、パルティシオン」
「そうかも知れないが……」
 確かにいざという時に箱舟の扱いを知らずにいたら致命的になるかも知れない。アレックスの提案は父より百倍有意義に思えた。
「じゃあパルティシオンが操縦士に決定っ。オメデトウ~」
 と、ルートヴィッヒは改めて鍵を手に取り、それを息子へと押し付けた。
「ま、指南は私が特別にしてあげるね。うん、まだ息子に託せるものがあってよかったよ~」
「私はどちらかというとアレックスからの方が……」
「いいっていいって。お父さんから何かを習うなんて恥ずかしい事じゃないんだから。アンナも見てないから大丈夫だって」
「はあ」
 この人のこの性格。本当にどうにかして欲しいがどうにもならない。と、いつまで自分は思ってしまうのか。正直、自分にも呆れた。
「では父上。まずは如何すれば良いのでしょう」
 とりあえず鍵を受け取れと言わんばかりに押し付けられているのだから、ランベルセはそれを手に取った。大判の本ほどの重さがあった。
「じゃあ、その鍵をまずこの柱の上に突き立てて」
「え?」
「え、じゃないよ。そこの宝石がくっ付いている方を下に向けて、思いっきり柱を上から貫いちゃって」
「え? は? こちらが下?」
「そうだよ」
「どういう作りになっているんですか、この鍵は……」
 普通は鍵の凹凸が合致して解除するものがそもそもの鍵の役目ではないのか。それとも普通では無い人物らが作ったものだから常識的な考えにとらわれていてはダメなのか。
「もう。ホント、頭カタい子だよね~。鍵の形で上下がどっちかぶーぶー言うなんて」
 ……くっ。しかしここは抑えて。この人は昔からこーゆー人なのだ。生まれた時から、こーゆー感じで自分の傍に居た人なのだ。
「……では。鍵を差し込みます」
「あ。でもただ差し込むだけじゃなくて、君の神力を鍵にしっかり込めて。この船に君の力が動力源だって教えないとね」

「は? 言っている意味が分かりかねますが」
「だから。このそうしゅうていは外付けの動力源を使って動かす訳。だから普段はこの柱の上に神力なり魔力なりが宿った宝玉なんかを乗せて動かすんだよ。でも今日は急遽出航させたいんでしょ? だから当然、そういう動力源が準備できないじゃない。だからそういう緊急措置の為にこのスペアキーとが必要ってこと。わかる?」
「わ、分かりますが……」
って。自分がそれになれということ……? こんな重量感があり過ぎるような水晶の船の動力に。第一、自分の神力で動かせる、の? こんな果てしないほどに重そうなそうしゅうていを。
「あ、あの父上。どれほど神力が必要になるのでしょうか」
「大丈夫、大したことはないって。でも君も死なない程度に放出しなよ。神力が尽きて生命力まで使い切ったら死んじゃうからね~」
「え? は? えぇっ!?」
「ま、そうなったら必然的に交代要員が必要になるけど。それはあの底無し魔力の紅の魔道士にでもやってもらえばいいよね。彼なら二、三日は連続運転可能そうだし」
「ちょ、ちょっと。そんな。そうしゅうていはそんなに神力が必要なのですか」
「平気、平気っ。元気出して行こうよ、大海原を目指して」
 こ、この人。息子を何だと思っているのだろうか。本当の本当にこの人のこの性格は。
「パルティシオン、大丈夫かい? やはり僕が動かそうか」
 顔には出してはいないつもりだった。しかし傍に立つアレックスが心配そうな表情でランベルセを覗いていた。だが彼の方がよっぽど顔色が悪く、今にも倒れてしまいそうな状態に見えた。
「いや。私が友人夫婦を助けると決めたことだ。それにいつ如何なることが起こるかは分からない。ここでそうしゅうていの動かし方を知る事は必要だと私も思う」
 これ以上、幼なじみに心労を掛ける訳にはいかない。おそらく父も一度面倒だと言い出したからには、自分が船を動かす事はしないだろう。と、なればランベルセが動かすしかない。
「この鍵に神力を……」
 凹凸部分のすぐ下辺りを両手で握り力を集中させた。どれ程の加減で力を放出させればよいのか分からなかったが、父の話だとまずこの船に動力源となる力を認識させる事が一番初めにやる事だという風に聞こえた。ならばいきなりこの鍵に強力な神力は必要無い。
 そう思い小さな切り傷を回復させるに使う程度の小さな神力を鍵へと放出させてみた。すると鍵が黄金色に輝いた。
「うん、いいね。それくらいで十分だよ」
 それを見て頷いたルートヴィッヒは改めて四角柱へ差し込むようにと指示を出す。だが床から伸びている柱の天面に鍵穴らしきものはない。ただの正方形をした水晶の平面だった。
「ちょっとっちょっと。さっきから頭は柔らかくしなくちゃダメって言ってるでしょ。持ち手だと思った石が付いてる方を柱へググッと押し込めればいいんだよ」
「はあ。しかし向きは……」
「君の方に平たい宝石が埋め込まれた面を向けて。で、一気にぐーっと」
「分かりました」
 ランベルセは言われた通り、装飾にしか見えない紫の宝石と自分が向かい合うように鍵を握り直す。それから柱の面の真上で構えた。そして軽く一呼吸を置く。
「ま、そんなに深く考えなくても大丈夫だよ。むしろ船を動かすこと以外は考えちゃダメだね。気が逸れたら沈没するから」
「そ、そうなのですか……」
 こんな時にまで冗談なのか。それとも本気なのか。一抹の不安が過ぎる。しかしこれを出向させなければ全てが先に進まない。
 多少の緊張感を抱きつつ。ランベルセは慎重に黄金に輝く鍵を柱へと押し込めた。
「これはっ」
 光輝く鍵は思ったよりも楽に柱の天面に呑みこまれていってしまう。しかも最早、鍵の上下がどちらかという事は問題無く、柱にすべて呑みこまれていってしまった。
「あの、父上。これで良いので……」
 と、言いかけた時だった。柱と自分の隙間に白い光玉がフワッと現れる。
「あ、パルティシオン。少し下がった方が良いと思うよ」
「え?」
「その光。すぐに変化するから」
「は」
 言われて二歩下がった瞬間。光玉は柱と自分の間で円盤状に変形し、更に大きさも直径が五〇センチほどになった。そして光が収まり始めると同時に、その姿を黄金色の外周に突起が幾つも付いた車輪のような、まさに船の舵へと変貌させた。
「はい。これでそうしゅうていの出航準備は完了」
「こ、これこの船が動くのですか……」
「うん。その舵を握って君の神力を与えればどこにでも。四次元空間でも五次元空間でも世界の果ての果てまで行けるよ~」
「四次元五次元などという所までは行きません。それにこの船の役割はあくまで魂を乗せて天界と他世界の往復に使う物でしょう。必要外用途には認められません」
「もう。ホント、お堅いことしか言わない補佐官だなぁ。君だって子供の頃、これに乗って未知なる冒険に出ようとしちゃったんじゃない」
「ですから。これは子供の事の話です」
「夢がかなって良かったね~」
「もう。地獄の果てまでお運びしましょうか」
「いいよ。そしたら明日から私、地獄の帝王になって天界を攻め滅ぼしに行ってあげるよ」
「結構です。前言撤回致します」
「えー。折角、地獄の業火を詰めた魔弾砲の乱れ撃ちをして天上なんてメラメラに焼き尽くしてやろうと思ったのに」
「あの。冗談に聞こえませんので、本気でお止め下さい」
「勿論、本気だけど」
 だから。この人は本当にヤバい。ヘソを曲げたらやりかねないのが父、ルートヴィッヒ。そうしゅうていを誤って動かしてしまった幼きあの頃。どれほど他所のおうちのお父さんを羨ましいと思ったことか。一〇〇億回は思った。冗談ではなく。
 あのルートヴィッヒ・ランベルセ公爵の息子。そういう立場で生きているだけで、どれっほど笑われ、怖ろしがられたことやら。公爵という立場でありながら素っ頓狂な発言を繰り返し、その癖、仕事においては厳し過ぎるほど厳しい態度で臨み役人たちを震え上がらせていた。だから世間に出るたびにウワサの的となり、ランベルセは幼いながら人々からの心無い言葉に対人恐怖症となった。もともと引っ込み思案な子でもあって、ますます世の中の人を恐れるようになった。
 それを救ってくれたのが幼なじみのアレックスだった。彼もまた、ローレンス・ウォルシオム侯爵というルートヴィッヒの上を行く、とてつもない性格をした人物を父に持つ子供だった。何と言ってもローレンス・ウォルシオム侯爵という人は、あの第一番目の引き金が唯一恐れをなした天上人。それだけでも驚異的な存在であるにも拘らず、天上の梟将きょうしょうと呼ばれ未だ歴代の天界王補佐官の中でその人を越えられる叡智と強さ、統率力を持った人物はいない、と言われているほどの実力者であった。なんせ自分のあの父ルートヴィッヒが尊敬し慕っていた上司。あの人のあーゆー言動行動の手綱を締められた唯一の人物。「ローレンス様には敵わなかったんだよねえ」と、言わしめた人。素っ頓狂な発言を御せるのは勿論、正論などではなく、それを越えた智慧。

 更に加え醫術が趣味の父に対し、あらゆる生き物の生態に大変興味を示されていたローレンス・ウォルシオム侯爵は私的な時間をそうした生命の探求に充てていた。観察研究が主だと聞いていたが、噂では実験も多少はしていたらしい。生体実験かどうかはわからない。
 そんな噂が立つ人物を父に持っているにも拘らず、アレックスは幼少の砌より常に天上の光のような柔らかで笑顔を絶やさぬ子供だった。生まれながらにして慈悲深い存在。彼の言葉や表情は優しく穏やかで、傍に居るだけで鬱積した感情が全て洗い流されてしまう。
 父と前ウォルシオム侯が部下と上司という関係であり、二人がプライベートでも親しく、又、自分とアレックスの歳も近かった為、交流を持つ機会が多かった。そのお陰で、ただただ引き籠ってしまいそうな子供時代を乗り切る事が出来た。彼の励まし、決して無理強いや叱咤するものではなく、緩やかで温かな言葉と急かす事をしないで待っていてくれる時間。それがとても心に染み入り、なぜか勇気づけられた。自分のような神経質で納得が出来るまで考えてしまう性格だからこそ、幼なじみがしてくれた接し方が本当に妙薬のようだった。
 そんな穏やかで慈しみそのものであるかのような幼なじみの言葉に出来ないほどの苦境。最愛の妻が連れ攫われてしまった。アレックスは本当に妻であるプレンティスの事を大切にし、愛している。心優しき善き人の大事な人を奪い去っていくとは……本当に許せない。彼の心中を思うと本当に居た堪れない。
「父上。四次元五次元などではなく、目指すは悪漢のアジト。プレンティスを取り戻す事です。その為に私は舵を取るのです」
 ランベルセは目の前の光輝く黄金の舵柄をグッと握った。途端に自分に宿る神力が両手に向かってスーッと微かに流れ始めた。そして両手の平から舵柄へと伝わって行く。
「やっとやる気を持ったね、パルティシオン」
「元々やる気は満々でした」
「だよね。じゃ、そのままもう少し神力をそうしゅうていへ注ぎ込むんだ」
 言われた通り神力をあと少し多く放出する。すると水晶で出来ているかのように見えていた船が、舵の前に伸びている四角柱を起点に黄金色へと変わっていく。
「うん。これこそ死者を送り出すに相応しいそうしゅうていの姿だね~」
「黄金の船が」
「そうだよ。人間世界の古代エジプトでは天空船とか言って、何とかっていうファラオが死者を運ぶ船やら死者の国なんてのを信仰していたらしいよ。まあ、それをこちらが後から模したって感じかな」
「そうだったのですか」
 成り立ちまではよく知らなかった。そしてこのそうしゅうていは現在の見た目は黄金の箱舟。しかし何らかの方法で小さくも大きくも変容できるという。今は未だそこまでが出来る必要は無い。まずはこれを動かす事だった。
「ところでパルティシオン。この船をどこへ持って行くつもりなんだい?」
 心配そうにアレックスが尋ねてきた。考えてみたら彼に自分の立てた作戦について話をしていなければ、彼からプレンティス誘拐を含めたそうしゅうてい強奪事件の詳細も聞いてはいなかった。
「船は一度人間界へと向かわせる。そこで一戦交えるやも知れない」
「人間界……? なぜ」
「私たちにはまだまだ仲間が必要。そして執行役達から離れた場所で全ては行いたい」
「君は彼らを完全に遮断し解決させたいのかい?」
「ああ。これはあくまで私個人が私の友人らを助けるために行っている事。それ以外の者達はでしかない。ゆえ、邪魔者らが入ってこない方法を極力とりたいと考えている」
「パルティシオン。君という人は……」
 アレックスは不安そうな顔を少しだけ綻ばせ、そして泣き出しそうな表情をさせる。
「ありがとう、友よ」
 彼の言葉に無言で頷くとランベルセは「ではそうしゅうてい出航」と掛け声をあげた。その声にまるで呼応するように船が一瞬、強く彼の神力をググッと放出させた。だが直後、メリメリと地響きのような音と足元が小刻みに揺れた。
「うん、良い感じだよ。このまま神力を放ったまま浮上の意志を強く持って」
「はい」
 地響きと揺れがさらに大きくなり、立っている事も危うくなりそうなほどになる。このままだと舵から手を離してしまいそうだった。が、それでもしっかり握り続け、ただただ浮上する事を願う。
「行けっそうしゅうてい
 そう叫んだ時だった。ゴゴゴッという音がしたかと思うと、フワッと一瞬、空気が解放され無重力になったかのような瞬間が訪れた。
「やったね。浮かぶことが出来たよ、パルティシオン」
「こ、これで……」
 実際に床とどれだけ距離が開けられたかは分からない。景色もさして変わっていない。おそらく数センチくらいの離陸状態なのだろう。
「それじゃこの先、実際の操縦方法を説明するよ」
 隣に立っていたルートヴィッヒは舵が浮かぶ四角柱の前に移動し、ランベルセを見た。
「まずその舵を握り君が意志を伝えると、瞬間移動や船の形を変容させる事が出来る。ただし、それをする為の神力はそれに応じて結構消費されるから注意してね。それから船で中空を移動するのは同じく神力を注げば出来る。左右の方向転換も意志によって出来るから、ハンドルはあくまで飾りと考えて。でも右へ回せばそちらへ曲がる事も出来るし、その逆もしかり。今は船の形をとっているから方向転換くらいは船と同じ事が一応出来る、くらいの感覚かな」
「なるほど。ではこの舵の役目は操縦士の力と意志を汲む為の媒体ということですか」
「ま、そうなんだけど少し違う。今この船は君が動力源になっている。それは鍵に『この船の原動力はパルティシオンの神力』と認知させているから。それを変更させたくなったら、柱に埋め込んだ鍵を取り出して、別の力を認知させて柱へ戻せば違う動力へ変えられる。ただしここから便利なんだか不便なんだかの部分で、動力源が操縦桿を握らなくても動力源がこの船にある限り誰でも船を操縦する事が出来る」
「は? では私は神力だけを吸い上げられ、別人が舵を取りどこかに持ち去ることも出来る、とでも?」
「そういうこと。ま、少し考えれば分かると思うけど。人間界の乗り物だって、動力源がガソリンで、そのガソリンの意思で車が方向を決められて走るって訳じゃ無いでしょ?」
「まあ、そうですけど……」
「どこに行きたいか決定できるのはあくまで舵を握っている者。そこを忘れないで」
「はあ」
 何だか腑に落ちない乗り物のような気がした。しかし理屈がそうである以上、それを受け入れるしかない。
「で、最後に。このそうしゅうてい自体は天上界の物質だから、天上界には物理的な作用があるけど人間界では幽霊に近い状態になっている。つまり人間には見えない。妖魔や妖精には見えると思うよ。ま、だから人間界へ持ち出そうとしているんだろうけど」
「はい。人間には見えない。しかし見える人間にこそ用がありますゆえ。だから人間界へ向かうつもりです」
「そう。さすがだね~。じゃ、この辺で説明は終わり。あとはその都度聞いて」
「ありがとうございます」
 とにかく舵を握った者の意思には動く。今も地面を離れ浮かんでいる事は確かだった。
 ランベルセは改めて舵をギュッと握り「一路はまず天上へ」と、わずかばかり神力を強く放出。船へと注ぎ込んだ。そうしゅうていはそれにすぐに反応すると、船体を更に大きく黄金色に輝かせ次の瞬間、あっという間にこの場を去った。