YASOU SHUUTEI NO PURIN TEIDAN

夜送舟艇のプリン艇団

TEXT ONLY EDITION

榛名 暒

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初回掲載2026年9月4日

第2章

** ** ** ** **

 テーブルの上には、色とりどりの宝石が散りばめられているような焼き菓子に、貴族のティータイムに相応しい豪華で果実がふんだんに使われてケーキ、タルト、それから伝統的な素朴な菓子が所狭しと並べられていた。その広い丸テーブルの中心には、この屋敷の元当主がにこやかに着いて、右には妻を座らせ、左には息子の嫁に紅茶を注いでもらい、大変寛いだひと時を過ごしていた。
 なんたる余裕。そして羨ましい光景。
「あれ? どうしたのさ、パルティシオン。もう事件は解決したの?」
 自分の書斎をティーパーティ会場に変え、すっかりご満悦の父ルートヴィッヒは楽しそうな顔でランベルセを見ていた。
「いえ。事件はこれからが本番といった所です。そのために準備が必要なのでここに参りました」
「ふーん。それは御苦労様だね。じゃ、その準備とやらをしたら、とっとと行きなよ。私は見ての通り、これからアフタヌーンティをするんだから。邪魔はしないでよ」
「いいえ。そうはゆきません。今回の件は貴方が持ち込まれた事なので、持ち込んだ分の責任をやはり果たして頂きたいと思います」
「はあーっ。それは君が引き受けるって言ったんじゃない。私の手からはもう離れている事でしょ。ちゃんと君が責任を持ってやりなよね。親を頼らないで」
「しかしこの話の発端を作らなければ、そもそも私が動く事などはありませんでした。しかし貴方が私へ話を持って来たからこそ、私は現在、天界補佐官の仕事もさせてもらえずに方々へ動いているのです。ですから切っ掛けを作った分はしっかり働いていただかないと、私に対する穴埋めが為されていない事になります」
 冷静に淡々と。さっきカルスが自分に言ってきた〝穴埋め〟。それを今度は自分が言っていた。すべての元凶、というか発起人へと。
 しかしこの発言内容は正直、不本意ではあった。だが親を頼りにした事を恥じているという訳ではない。このルートヴィッヒ・ランベルセという人物に出てもらうという事態が大問題なのだ。
 しかしこれまた先程の魔道士カルス同様に〝戦力〟としては申し分ないと言うか。口を開かなければこれほどの人材は他にいない。
 けれど、これまた性格が……。
「えーっ。何言っているの? 今、まさにこれからお茶が始まるところなんだよ。それをふいにしろって事? じゃあこのお菓子はどうするの? 折角ソフィアとアンナが一所懸命作ってくれたのに」
「それは私が帰ったら貴方と御一緒にすけます。それまでは一時保留です。母上、アンナ。父と私はこれからプレンティス奪還に出かけてきます。夕食までには帰りたいとは思いますが無理かもしれません。ですので、この菓子を夜食に取っておいてください」
 彼の発言に二人の女性は顔を見合わせる。
「パルティシオン。プレンティスちゃんを助けに行ってくれるのね」
「はい。友人ですので。人命は何より貴ぶもの」
「旦那様、素敵です。プレンティス様を無事に連れ帰って来てくださいっ」
「勿論」
 ふっふっふっ。この状況。どちらに分があるのか。目の前の元当主と自分。
 ランベルセは内心「ふふんっ」と鼻で笑っている。しかしあくまで冷静に淡々と言う。
 対するルートヴィッヒもいつもの穏やかな表情ではあるが。心の中では「ちょっと、何なの君はーっ」と、なっているに違いない。そんな事と、親子なのでよくわかっていた。
「もう、そんな風に君が格好つけたら私は断ることが出来なくなるでしょ? 本当に嫌な子だなぁ、パルティシオンは」
 注いでもらったティカップを父はテーブルへと置いて「はー」とため息を吐いた。
「それじゃ私に対しての穴埋めは誰がしてくれるのさ?」
「貴方に対して……」
「そうだよ。どうなの?」
 この期に及んで何たる発言。と、いうか。そもそもこの人は自発的にプレンティスの救出依頼を申し出てきたのではないのか。むしろ、この人のどこに穴が開いて損害を被ったのか。それどころか、この人こそがランベルセやカルスに大穴を開けるような依頼をしてきたのではないのか。
「もう、ルートヴィッヒ様。何をおっしゃってるのです。プレンティスちゃんを助けに行ってとパルティシオンに頼んだのは御自分ではありませんか。少しはアナタも手を貸さないといけませんよ」
 しかし思わぬ助け舟が出された。
「えー。ソフィアはパルティシオンの味方なの?」
「わたしも旦那様の味方です」
「えー。アンナもなの?」
 しかも父の両脇から。
「そうです。わたくし達はパルティシオンの肩を持ちます。それに穴埋めが必要なら、御夜食をもっと豪華なものを作ってお待ちしています。お菓子は取っておいたら硬くなってしまったり、生クリームを使っているものは味が落ちてしまいます。だからお屋敷のみんなのおやつにします」
「えー。このバナナタルトもチェリーパイも食べられちゃうのっ!?」
「それなら新しいものを焼いておきます。今はタルトやパイなんて言ってる場合じゃありません。ルートヴィッヒ様が行かないのなら、アンナ。わたくしたちが行きましょっ」
「はい、お義母様っ」
「えーっ。二人とも未だ行く気満々だったのっ」
「勿論ですっ」
 もはや四面楚歌というもの。
 母とアンナは「それじゃ、アンナ。お屋敷のみんなにおやつを取りに来てもらえるようにお願いしてきましょ」という母の号令の下、父の書斎から出て行ってしまう。本当に行動力がある二人だな、とランベルセも驚かされるほど。あの様子を見る限り、父が助太刀をしない訳にはいかないことは本人もこれでよくわかっただろう。
「君。妙な仲間を味方につけて、おかしな事を企んだでしょう」
「結局、私が何をするのか全部監視されていたのですか」
「監視? 無粋な言葉だね。もっと綺麗な言い方をしないと、貴族としての品位が疑われちゃうよ~。そう言われてなかったっけ? あの紅の魔道士に」
「……お父さん。では品位の高い御立派貴族の鑑になるようにもっとしっかりと我が子を育ててください」
「んっもお。親にも口答えまでして。ホント、一体、どんな親に育てられたんだろうねぇ、君って子はさ」
 しかし父は思った以上に上機嫌だった。
 書斎に残されたランベルセとルートヴィッヒは煌びやかな菓子を挟んで向かい合っていた。
「どう? わざわざ私の部屋でティーパーティを開いている甲斐があったでしょ」
「外ではどこで何が聞いているかは分かりません。先程も人間界で何者かが鷹などに化けて上空に旋回していました」
「執行役は変化術の使い手だからね。彼らであるなら、彼らも相当切羽詰まってきているよだね」
 そう言ってルートヴィッヒは自分の書斎の窓の方を向く。そこから覗ける天上の空は人間界同様に青く澄み渡っていた。その空には白い雲がのどかに浮かんでいる。
「しかしプレンティスを捕えた者たちやも知れません。相手もかなりの術の使い手と魔道士殿は言ってました」
「だろうね。ま、どちらにしても厄介者を相手にする訳でしょ? 結局、執行役だってこちらにしたら多勢に無勢って所があるし、敵って方もヤバい奴が混じってるって感じだし。うん。それなら私としても相手に不足ナシだね~。夜食にソフィアが作ってくれる豪華な料理が待っているし。行ってやってもいいよ」
「まあ。ありがとうございます」
 しばらく空を見つめていたランベルセは気の無い返事をし、二人目のお仲間の方へ視線を戻した。
「ちょっと、何なの? 折角、お父さんが力になってあげるって言ってあげてるのに」
「いえ。まあ、ホント、色々な意味で誰かに自分の心境を察してもらいたいと思っただけで」
「なーに? その言い方。私が加わったんだから大船に乗ったつもりでいていいんだよ? それに親子で戦うなんて楽しそうじゃない。足だけは引っ張らないでよ、パルティシオン」
 もう。色んな点で足は取られています、お父さん。と、本人に言いたい所ではあったが今日のところは時間が無いので止めた。しかし父の方はそれに対してコメントをしなかった事が不服だったのか、少々不満な顔をさせながら「で。君の軟いアタマで考えた作戦は? 聞かせてよ」と言ったのだった。


「なるほど。分かった。でも君がそんな事を知っているなんて意外だね」
「私も一応、天界王補佐官ですので。その辺の事情は概要程度、把握しているつもりです」
「ふーん。それはいいことだと思うよ。それに親の仕事に興味を持ってくれていたなんて、そこも偉いね」
「まあ」
 ランベルセは手短に現在進めている案を父へと話した。それを聞いた父は「ま、執行役達は無理かもしれないけど、私達なら面白く出来るんじゃない?」と、喜んだ。その反応にランベルセは〝そーゆー受け止め方が一番の厄介を引き起こすんだよ〟と、心でふっかーいため息を吐いた。だが時間も無く、こうしている間にもプレンティスがどうなっているかが分からない。
「それでは父上。お願いします」
「任せて。いや~久しぶりだなぁ。箱舟に乗るのも」
 ルートヴィッヒが席を立つと、それを見計らったかのように部屋がノックされた。そして母ソフィアと妻アンナ、それから侍女頭のマーガレットと彼女に連れられてきた数名侍女たちが部屋へと入ってきた。
「じゃあこれをお庭に並べてティーパーティにしましょう」
「本当に宜しいのですか? 奥様」
「勿論よ。足りない分はこれからすぐに焼くから。アンナも手伝ってね」
「はーい」
 少し困った顔をさせている侍女頭が「奥様がそうおっしゃるなら……」と、連れてきた侍女たちに菓子を部屋から運び出す事を命じる。
「折角みんなにお菓子を食べてもらうのだから、庭でティパーティをする事にしました。でもそうなると今度はお菓子が足りなくなってしまうのでまたお義母様とケーキとクッキーなどを焼くことにしました」
 お菓子を運び出す様子を見ながら、アンナが嬉しそうに笑顔を夫へと向けた。
「それはすまない事をしてしまったね」
「いいえ。楽しい事です。でも旦那様」
「ん?」
「あまり危険な事はしないでくださいね。プレンティス様の事も心配ですけれど、わたしは旦那様の事も毎日心配しています」
 妻は笑顔を少しだけ曇らせる。
「大丈夫。私も君が食事を作って待っていてくれるから、それを無駄にする事は絶対にしない」
「旦那様……」
「何かあったら父上を代わりに置いて自分の身だけは守るから。安心して待ってて、アンナ」
「まあ」
 その言葉に一瞬驚くが、クスクスと妻は笑い出す。それを聞いたルートヴィッヒは「もう。ホントにまだまだ親頼みのピヨピヨパルティシオンだなあ」と笑い飛ばしていた。
 そんな和やかな場所からランベルセは父を伴って、自分たちも次の行動へと移った。


** ** ** ** **

 天上界の空は今日も穏やか且つ澄み切っていた。
「しかしこんな策に加担して、後々リムズさんにでも叱られなければよいのですが」
 天上の青い空に南海の海色の長い髪をなびかせた紅い衣の魔法使いが、ため息を吐いて浮かんでいた。その足元には天上界の主が住まう天界本神殿。彼はその隣に立つ、本神殿をひと回り小さくした東殿と呼ばれている白亜の建物の方を見た。
「まあ、これも人助けというものですから。それに許可を得てやることですから……本気でやりませんとね」
 自分の世界では紅の魔道士と異名を取るカルス。けれどその少し前までは邪悪の存在によって多少の悪行を重ねてしまった事があった。本人は現在それを猛省し、本来の宿業である大地の神としての役目を立派に務めていた。それなので彼がどういった存在意義を持っているか知る者は「大地の神」と呼ぶ。又は「紅の魔道士」。
 そして多少の悪行を積み重ねていた頃は「魔王の息子」。あの頃は本物の魔族の王と、無慈悲な妖魔と無邪気な魔法使いで色々やっていた。その魔族の王と容姿がとても似ていたから、彼の息子。そう思われ、そう呼ばれていた。しかし実際は別に本当の親子でも何でもない。
 だが魔王と共にやっていたことは酷似していた。命を傷つけるのもすべては楽しみだった。冷酷で残酷で残虐で非道。その行為そのものが楽しいからやっていた。
 それなので現在でも、彼に対してごく一部ではそうした恐怖の存在に映る者もいる。殊に彼の以前の行動を目の当たりにしていた者達には。
「はあ。悪評がぶり返したらあの天使さんも道連れですね」
 カルスはもう一度だけため息を吐くと、手にしていた愛用の杖を東殿へと向けた。
「それでは手始めに宣戦布告として派手な魔法を披露いたしましょう」
 彼は「輝光爆裂破リス・テ・クォートっ」といきなり声を掛けると。杖の先端にくっ付いている三色の宝玉がカッと青白く輝いた。それから杖を三回振ると、そこから青白い強力な魔力が三つ、東殿へ勢いよく飛び出して行った。
「襲撃なんて久々ですからねえ。どうすればいいものでしたっけ?」
 彼はその魔力の後に続いて東殿の方へと向かった。


 東殿の統括室ではユーディア死神長とレイモンド総統括長が互いに難しい表情で集められた情報を整理していた。ちなみにレイモンドは未だに呪姿から元に戻れず、ユーディアの肩にぶら下がりながらホワイトボードを眺めている状態だった。
 そして他に苛立ちながら待機を命ぜられているイシュール補佐官と、彼と同じく特殊行動班員である赤毛をした豪奢な女性マリアンヌがいた。彼女は公私ともに仕えている特殊行動班長プレンティスを探し回り、その夫であるアレックスを探し、その中で得た付随する情報について報告に来ていた所だった。だが彼女も大した収穫は無く、プレンティス、アレックス共に行方につながる情報はほとんどなかった。
「お嬢様……」
 彼女の視線は統括長の執務用机に向いていた。そこには主を捕えた奴らから送りつけられた水晶玉が乗せられていた。今はただの透き通った玉でしかない。しかし一たびそこへ神力などを与えると囚われの主人が映される。そういう仕組みになっていると極悪非道の奴らは言っていた。
 でも映像を見たいとは思わなかった。主人の囚われの姿など消し去りたいほどだった。
 マリアンヌの隣でさっきからずっと黙っているイシュールも同様で、誰かが水晶に触れようとしただけで激昂するほどだった。
 そしてその他執行役たちは出払っている。ユーディア、レイモンドの命令で捜索や情報収集へと向かわされている。
 統括室はより一層、重苦しい空気に包まれていた。
「……ん。何か感じるが」
「確かに強い力が――」
 その空気の中に緊迫感が走る。
 異常な魔力を感じた刹那。ゴンッガンッドーーッンと、大きな音と激しい揺れに加えて天井が木っ端微塵に吹き飛ばされた。
「ど、どういう事だっ」
「まさか奇襲っ!?」
 室内にいた全員をあっと言う間に白いホコリの煙が包む。更に粉砕された建物の残骸も飛んでくる。逃げる余裕はなかった。ただとりあえず身を守りつつ、煙る頭の上の方を何とか見上げた。
「……誰だっ」
 靄の向こうには確かに怪しげな人影が空に浮かんでいた。しかもそれはたった一人だけのようだった。
「みなさん、こんにちは。一応これは挨拶代わりと言うか。いんぱくと、を与える事が大事なのでやってみました」

夜送舟艇のプリン艇団 第2章の挿絵
 煙の向こうから聞こえた声は、悪びれる様子どころか「なんとなく感」がにじみ出ているものだった。その声に聴き覚えがあったレイモンドは「大地の神……?」と呟く。直後、天井からぽろぽろっと崩れた建物の破片が頭に落下。わずか0.5センチの小石であったが結構な衝撃と痛みを食らう。
 そんな犠牲者が出る中「ご明察です」と、煙が晴れて青空と共に現われたのは「氷の女神」と謳われる美しい容姿の青年。彼がにこやかに中空を浮かんでいた。


 どんな風に眼下の方々には映っているのでしょうね、と思いつつ。カルスはとりあえず人的被害が出ていない事を確かめた。
「おや? 小動物さんの頭に小石がぶつかってしまったようですねぇ」
 青髪の着物姿をしている人物の肩にぶら下がっているイタチが、右の前足で額を摩っているのが見えた。あとはこちらを見上げて呆然としている。

 カルスは「器用なイタチさんですね」と感心しつつ、なんとなく「こほん」と咳ばらいをした。それから改めて「みなさんこんにちは。ご機嫌はいかがでしょ?」と、何となく気遣いを見せてみた。しかし勿論、誰一人として「最高です」と答えてくれる者はいなかった。
「だ……大地の神よ。こ、この狼藉は一体……」
 代わりに痛みを堪えながらイタチが声を上げた。他の人物たちは未だに金縛りから解けないと言った感じでカルスをじっと見つめているだけ。まあ、それは無理もない。むしろ正しい反応だと思われる。
 彼自身も自分がやっている事について、些か疑問もあった。何と言えば良いか。カルス自身がこのような行動を取らされている事について、と言った方が正しい。なぜ自分がこんな行動――天界本神殿隣の死神の館を襲撃する――などを取らねばならないのか。
 しかしこれが天上補佐官である天使ランベルセが御題目として提示してきた事だった。執行役の中枢を混乱させ戦力となる特殊行動班の戦力を削ぐ事。それが出来ればそうしゅうていをこちらが手に入れた暁には、完全にランベルセ側と敵側だけで話が進められる。今のままだと死神側にも多少の戦力があり、そこが暴走しないとも限らない。そこでわずかに残っている死神側の戦力を切り崩してしまえば、彼らが邪魔になるような真似を封じる事が出来る。
「はあ。しかもそんな事が易々と出来る人物など」
「貴方しかいません。いえ、貴方しか出来ないし、居るからこそこの案を提示しました」
「はあ。やって出来ない事ではないし私はアナタ側につきました。アナタがリーダーですから一応指示には従います。でも少々乱暴では……」
「これはインパクトが大事なのです。天上界でひと騒ぎを起こし、且つ、執行役を巻き込んだ混乱を起こせば彼らにとっては泣きっ面に蜂。人質とそうしゅうていの交渉どころではなくなります。そして敵側にしてみれば、何が起こったのか分からず一旦、動向を黙って見ているしかなくなる。まして執行役を襲っているのが大地の神。紅の魔道士。世界的な超大物がやっている事にあらゆる全ては手出しなどしてこないでしょう」
「まあ、おっしゃっていることは間違ってはいません。いんぱくと、に関してはかなりあると思います。ですが。しかし……」
「とにかく一時的にあらゆる動きを封じて頂ければ良いのです。そして最終的にそうしゅうていは頂いた、と言って去って頂ければそれで任務完了です」
「はあ。もう思いきり盗賊団か窃盗団か。そんな三下悪党一味の一人みたいですね……」
「盗賊団でも海賊団でもいいのです。とにかく目立ってそうしゅうていを見事に奪い去るのが目的です。魔道士殿は天上の撹乱を。私はその隙に箱舟を動かします」
 それが今回の策。一応陽動作戦ということだった。しかも。
「実際の方法は魔道士殿にお任せします。きっと私などよりも善き策が取れましょう」
「はあ」
 やり方はこちらで考えてよい。つまり丸投げ。舟強奪の言わば作戦の遊び部分とでも考えればよいのか。
「何でしょうねぇ。以前、私とレゼッタ君が天上を落とせなかったのは、どうやら風神さん一人が原因という訳でも無い気がしますね」
「は?」
 作戦会議中に思わず出た言葉だった。
 数年前。カルスは悪神の下で本当に悪い事をしていた。結構、人殺しくらいなどは日常茶飯事だった。そしてその最終目的の一つに天界滅亡というものもあった。即ち、そこに住む生命は殲滅させ、その空間を消滅させる事。
 しかし天界とはあらゆる世界を見守らんが為に存在している空間だった。創造を司る最高神の居もあれば、世界を守るための強力な武人、術師なども多くいる。それどころか悪神を滅ぼさんが為に存在している六源神の風の神が天界王でもあった。だから誰がどう見ても、簡単には悪神の立てた目的など果たせる訳が無いと思われた。
 だが。それをあと一歩の所まで成し遂げてしまった者たちがいた。
 悪神が手駒にしていた三人の腹心。魔王の息子、白き妖魔、そして正真正銘の魔族の王だった。彼らは天上の中枢に罠を仕掛け、更に天界の長の心を蝕む策に出た。その結果、天界の光は失われ、人々には天上と王家に猜疑心や不安感、恐怖心などが蔓延る状況を作り出した。お陰でかなり良い所まで風神や王家に仕える戦士たちは追い詰められた。
 けれど最後の一押しが何かによって上手くいかなかった。あと一手。それを下せば天界は王家もろとも陥落し、そのまま世界が滅ぼせる。そこまで行っていたはずなのに、なかなか崩せる最後の隙が生まれなかった。何かが要として邪魔をしている。それが見えてこない。そこさえ折ってしまえば必ず落とせる。その要がどうしても分からない。
 それに手を拱いているうちに、カルスが生まれた方の人間世界から悪神を滅ぼす力を与えられた五輝神が現われ、彼らによって次第に形勢が逆転されてしまう。三人の腹心たちもそちらを相手にしなければならない状況へ転じ、結局、天界への攻撃はそこで止まってしまう形で終わってしまった。
 たぶん。あの時の要。それがこの目の前にいる天使の補佐官なのだろう。こんな妙で大胆な作戦を提示し、且つ、実行させようとしている。そうしゅうてい強奪などという策を見る限り、つまり要所は自分が手綱を掴み、しかし実地で何をやらせるかは任せた者しか分からない。だから何が実際に起こるかは作戦を組み立てたリーダーでも起こってみるまでは分からない。しかしそうでもしないと実動部分からその行動作戦が漏れてしまう恐れがある。それを防ぐために作戦は動く者の心の中だけに留めておく。だがそんな大胆な命令を下す事が出来るのは、任せる相手にも実力と信頼が無ければ決してできない。一見、丸投げで適当に面倒を押し付けてきているように見えるが……この人物は。
 おそらく心を蝕まれ追い込まれた主人を制し、その上、何かを画策して天上を支えていたのはこのランベルセという人物なのだろう。
「しかしまあ、このくらいの人物が居なければ、天上界もあらゆる世界を見守る役目を担う、などと大口を叩けるものではありませんから。然るに当るいうものでしょうか」
 そんな風に思えたので、カルスも結局、リーダーが下した判断に乗る事にした。
 そしてこの、いんぱくと、のある行動に出た訳なのだが。
「すみませんね、イタチさん。私、今は輝星の御方様の下から少々離脱いたしまして、盗賊団に転職しました。その一環でまずはこの天界にある大物を頂きに参りました」
「ど、どういう意味でしょうか? 大地の神」
「はい。盗賊団をするには沢山の金銀財宝を乗せる乗り物が必要となります。そこで我々の頭目が目を付けたのが皆さん所有のそうしゅうていという大きな船です。お頭さんが言うには〝魂を一度に大量に運べるほどの船だから、お宝も同様に大量に運べる。だから奪いに行くぞ〟とのことでしたので。まあ、そうかも知れないと私も思ったので。とりあえず私の担当は船の所有者を足止めして、もう一方のグループが船を頂戴する、という事になりました」
「な、なぜそんなことを……。い、今はそれどころでは無いと言える状況で」
「さあ。皆さんのご事情はよくわかりません。今回、私の主人になっている方がたまたま思いついたという話なので。しかしとりあえず、そうしゅうてい。我々が頂きます。目指すはこの世に二人といない絶世の美女と不老不死が叶うという永遠の石。ついでに『本当に舌が蕩けてしまう』というほどの、今まで誰の口にも入れたことが無いという幻の食材ミリカーンという物。その三つが揃った伝説の宮殿ミラージュ・パリィース。財宝や金の延べ棒もあるそうなんです。しかも偶然にもその財宝は大型貨物船にいっぱい分。なのでそうしゅうていに白羽の矢が立ちました。そして盗賊団は盗賊団らしく船は頂く。貸してください、なんてぬるまったい事は言いません。大人しく船を寄越せ、という訳です」
「何と馬鹿な。そんな事が……」
 実際、そんな事がある訳はない。無いがそこもインパクト。カルス自身もそんな事を言われて襲撃を受けたら、しかしまず信じないだろう。だが。
「そ……そんなことはさせらんねーな。大地の神さん」
「ええ。そうしゅうていは天界執行役が神聖で厳かに導き遣わす物ですわ」
 ショックが完全に醒めてはいない様子の特殊行動班のイシュール補佐官とマリアンヌが、カルスの前にやってくる。二人は色々な意味で精神的に大きな衝撃を受けているに間違いない。上司が攫われ、挙句、その上司を奪還するために必要なそうしゅうていが今度は訳の分からない人物から横取りされそうになっている。普段ならばもう少し思慮深い判断も出来るに違いない。
 しかし彼らは死神の相棒と言うべき三日月の刃を先端にくっ付けた大きな銀の鎌を喚び出した。それを構えて今にもカルスへと飛び掛からんと、最早一触即発。
「さてさて。そんな心乱れた状態で私に敵うと思ってらっしゃるのですか? 天上界の高貴な騎士のみなさんは」
 カルスも三色の杖に翠の神力を宿してニッコリと微笑んで見せた。