YASOU SHUUTEI NO PURIN TEIDAN

夜送舟艇のプリン艇団

TEXT ONLY EDITION

榛名 暒

読書位置は、この端末に自動保存されます。

初回掲載2026年9月4日

第2章

「敵と考えて頂いてよい者です。少なくとも多くの生命にとっては危険な存在です」
「そうですか。ならばその敵ですが、どうやらこの場所を先に選定していたようですね。この一帯の全ての生命を一時的に仮死させていたようです。いえ、それに近い状態を作っていたと言うべきか。生命らの感覚を鈍らせていた。だから彼らに留まっている記憶がほとんど無いのです」
「そんな術が?」
「しかも外部からの刺激を極力受けないように〝緩衝結界〟のようなものまでが、この一帯には張ってありました」
「緩衝結界。つまりこの森の動植物たちの動きを封じ、その上、始めから彼らに記憶されないようにした。そこまで周到な準備を……?」
「そしてここからが更に恐ろしいところなのですが。敵はこの場所で何者かへ対し戦いを仕向ける事により、その相手が術を使ったらそれを起爆剤にしてが発動するような仕掛けを作った」
「ある術とは」
「相手の力、神力でも妖力でも魔力でも何でも構いません。それが相手から発すると、ここで使った敵が使っていた術の痕跡が全て消える、というような技を施しておいたようなんです」
「相手の力で?それは今回の場合、プレンティスが神力を使うと彼女の神力が利用され敵が使った術の痕跡を消す術が発動される。そんな事をすれば相当な威力がこの一帯を襲う事になる」
「ですから。主様や私たちが、物凄い雷が鳴って落ちた、と感じたのです。ゼンルさんの力は感じた。しかしその力を利用した痕跡を消す術に対しては、そもそも消すための術ですから、消されていっては何も残らなくなるでしょう?」
「確かに。消えてしまえば残ったもののみが残った、という結果しか残りません」
「しかもゼンルさんは自分の神力で消されたとも考えられます」
「と、おっしゃいますと?」
「あの方が引き金となる神力を使う。そこで起こったのは、痕跡を消すと同時にあの方を痛めつけるか気絶させるかをし連れ去る事も目的にしていた訳でしょう? しかし痕跡を消すものを自動的に発動できる術を仕込んできた点から考えると、敵は始めからあの場所にはいなかった」
「居なかった、のですか」
 言われてみるとその場にいるメリットといない方が良いメリットでは、明らかに遠隔攻撃の方が術者や敵側の人物たちの安全はより確実となる。
「理由は様々に考えられます。天使さんもそれは思いつくはずでしょう? ですから私としては、あの方が術を使うとあの方を『捕縛する』何らかの罠も仕込まれていたと考えます。例えばゼンルさんに目くらましをしたり、意表を突くような罠が仕掛けられて、おそらくはあの方が使った術が跳ね返る、又は同じ技があの方を襲う技です。あの晩、大きな雷が二度鳴りました。つまりその理由がこれに当たると思うので、逆説的に言えば間違いないかと。そんな虚をつき、その僅かな意識の逸れにより捕まえてしまうのです」
「しかし彼女とてそう易々に捕まる事は無いはずです。彼女の強さは天上でも五本の指に入る実力はあります」
「無論、それは分かっていますよ。しかしそれが出来てしまったから攫われてしまったのでしょう? それに強い神力を持っているかといって、何でも出来たり、敵をあっと言う間に殲滅させられるものでもありませんよ。保有する力が強ければかえって足枷になったり、利用されてしまう事もあるものです」
「それはそうかも知れませんが」
「先程も申し上げました通り、あの方が神術を使い、それと同じ術があの方へとそっくりそのまま返ったとします。敵側がそんな術を使える者であるなら、向こうは更にゼンルさんの神力を利用し、その神力で動きを封じてしまえば良いとは思いませんか? 私なら大きなエネルギー源があると考えて、それを利用してしまいます」
「つまり彼女の力が強ければ強いほど、動きを封じる術が強くかかってしまう。そんな技が使われたということでしょうか」
「そうです。そして仕上げに痕跡を消す術と同時にあの方を回収した。アジトやあの方を封じておけるような結界、空間へ捕えてしまった、ということで敵の作戦は成功したという事です。本当に用意周到なことです」
 そんな事が出来てしまう者がいるのか……。言葉に詰まった。しかし大地の神が言う通り出来てしまえたから現状のような結果が出来ているのだ。しかも天上の主が言うには「これは悪神の仕業ではない」。本当にそうなのか。そんな事が起こり得るのか。
 ランベルセは信じられなかった。
「そして森の生命たちも結果的にゼンルさんの術が使われたお陰で、敵の仮死から醒めるに至った訳ですから。何も記憶に留まりはしていない。と、これはあくまで私の推測で見立てたこの現場の状況です」
 大地の神は何のこともなく淡々と話した。しかし彼の話の流れはおそらく間違いはほぼ無いと思われる。起こった状況を客観的に調査して導き出したものなのだろう。
「大地の神。見事な流れの読み取り敬服するばかりです。たしかに御示しくださった事がここで起こったのなら、プレンティスが破れる事にも納得がゆきます。敵は相当な切れ者であり強者。正直、私が思っていた以上の存在を相手にするということですね」
 それはそうなのだろう。死者の魂を大量に運ぶ道具そうしゅうていを手に入れようなどと企んでいるのだ。想像以上に気を引き締めなければならない相手。
「それにも拘らず、そんな相手を追わず、ましてどこかの機関にも報告していない。六源として主神たる英雄者にも、又、行動を共にされている初代や三代目にも話されていないということは。そこにも見事に線をお引きましたね、紅の魔道士殿」
 ランベルセはため息を一つ漏らした。目の前の策士の判断は、まあ分からなくもない。
「それは人聞きの悪いというものですよ、天使さん。私はあくまでゼンルさんが引き受けている事柄だと判断し、あの方を尊重したまでです。手出しをしては怒られてしまいますからね。それに主様には輝星剣士の修行に集中して頂きたいのです。師たる私やリムズさんも彼女に対する修行めにゅーを考えなければなりませんし。それだけです」
 そして策士は涼しい顔をさせた。
「初代や三代目を関わらせたくない案件だとおっしゃりたいのでしょう」
「天使さん。そこまでお分かりならいちいち一つひとつを言葉にしない方が綺麗ですよ」
「申し訳ございません。無調法なもので。では最後に一つだけ教えて頂けませんか」
「はあ。ちゃっかりさんのしっかりさんですね」
「いえ。私としてもあまりに情報が少なく、そしてまた人員も不足。と、言うより現状は私が一人で動いているのです。主はそっぽを向き、肝心の管轄機関とは接触も禁じられている」

 そうなのだ。はっきり言って執行役達と共闘してしまえばもっと多くの情報を得られ、プレンティス救出にも良案が出せるかも知れない。しかし彼らと行動を共にしてしまう事は、執行役という存在らを取り潰すことになるだろうし、プレンティス自身も執行役以外の手を借りて事を解決したいとは思っていない。
 それを敢えてやろうとしているのだから。これもまた自分もどこまでお人好しなのか。自身で呆れてしまう。
「おやまあ。それは少し意外なお話ですね? 風神さんがアナタを見捨てたのですか」
「いえ。そこまでではありません。それに主は誰も見捨てたりはしません。ただそれぞれが担う役割に責任を持て、とおっしゃったまで。そして責務を果たすのに手こずっている者に対して、私がその、要らぬ節介を焼いているだけです」
「なるほど。相変わらずお人好しで奔走しているという訳ですか」
「まあ」
 自分で自分自身に呆れたばかりで図星を指されるほど悲しいことは無い。本当にこの目の前の魔道士はどこかの誰かのようで何とも言えない。
「わかりました。では最後の質問にはお答えしましょう。なんでしょう?」
 紅い衣の魔道士はいつものニコニコ笑顔に戻った。雰囲気的にもなんだか軽妙な空気を醸し出している。……本当に嫌な感じなんですけど、とランベルセは思いつつ「それでは」と質問をする。
「それでも敢えて、何が居たのか。お分かりになりませんか」
 犯人については最早答えなどは出ている。天界執行役。そう王は断言していた。だからこそ死神たちで事を収めろと言われているのだ。
 しかし。ここにきて少し分かった事もある。まずは先程の大地の神が示した見解から、犯人が複数人存在し、その中には執行役以外の共犯者なり協力者がいるのではないかと考えられる。
 魔術や神術の相当な使い手がおそらく夜通し調査をして導き出した事。それらの事柄はただの執行役を仰せつかった者には無理な技だと思われた。術を凝り過ぎている。これは相当な術使いではなければ、それこそプレンティスら天界執行役の中でも役付きクラスの者、又は、天界宮廷神術士のハイクラスや他世界の妖魔らが使う妖術などでなければ使えないだろう。
 そして現状、人間が腐肉屍体アンデット化されている。こちらならば死神たちの術で出来る事であり、死神では無ければできない事である。
 つまりその二つの事柄から犯人は執行役と相当な力がある術師のいる、二人以上の複数犯である可能性もでてきた。ならばせめてどのような者が関わっているか。その糸口が分かれば……。
「いえ。分かりませんね、どこのどなたが居たのかは」
「そ……そうですか」
 答えはあっさり出してもらえた。しかしそれは「そーゆーんじゃなくて」と、喉の奥から出かかってしまうようなものだった。もっと協力的な回答をしてくれてもよいのでは、とも言ってしまいそうだった。
「と、なると。私もかなり気になりますねぇ」
「え?」
「アナタが御節介を焼いてまで追っている者が相当な術師。興味が湧きますね」
「はあ。何だか馬鹿にされているのか、そして貴方の方こそどんな趣向の持ち主なのか全く理解が出来ませんが」
「確かめてみたいです、この術を使った者がどのような人物なのか」
「は?」
「は、ではありません。私は先程、最後の質問にはお答えしましょう、と言いました。そして質問にはちゃんと、分かりません、とお答えしたでしょ? だからそれはそれで解決済みなんです」
「そ、それは確かにそうかもしれませんが」
 い、いや。何か違うと言うか。こ、この人は。何をおっしゃっているのだろう……か?
「つまりそれと、どんな術師が敵にいるのか興味がある、ということは別問題と言いたいのですか? 大地の神は」
「はい。だってアナタの質問と私の趣向は全然違います。そうでしょう?」
「そうですけど」
「それならば問題は無いじゃないですか」
「ま、まあそうかも知れませんが」
「ではアナタに付いて行くといずれその術師と会う事が出来ますよね」
「は、はあ。いずれは戦うかと思い……って!? だ、大地の神。貴方、私についてくるとおっしゃるのですかっ」
「ええ、まあ。いいですよね?」
「で、でででも。先程は三代目の修行をさせるために自分もお忙しいと……」
「しかし修行を主様にして頂く為には、この修行を行う人間界が修行に適した安全安心の場所でないとなりません。ましてそんな凶悪で恐ろしそうな術師が闊歩していては、おちおち修行をさせることが出来ないでしょう」
「し、しかし」
「いいですか。その上、主様とリムズさんが〝そんな強そうなヤツを相手に戦うなんて楽しそう、かっけー〟とか興味を持たれたら、天使さん、御二人をどうにか出来ますか?」
「い、いえ。それは……ちょっと」
 無理、だった。大地の神がおっしゃる通り。あの二人に下手に興味を抱かれてしまうとこの案件がますます大事へと発展するに間違いない。まして三代目輝星剣士とプレンティスは仲が良い。そんな彼女にプレンティスの危機が知れれば「もー絶対に助けに行くんだから」と言って大騒ぎになりかねない。母やアンナと同じことになるのが目に見えている。
「と、いう訳でもありますから。以後、私も貴方のお仲間に加わります。どうぞよろしくお願いしますね」
「はあ」
 だからといってこの人と共に行動もどうかと。戦力としては間違いないが。
「では早速。アナタが抱えている状況を洗いざらい話してください。きっと今までの十倍以上に問題解決が加速するはずです」
 お人柄的にはちょっとどうかと。
「それでは僭越ながら……」
 ランベルセは何となく家族の中で一番厄介な人物が思い浮かんだ。そして氷漬けの腐肉屍体アンデットに囲まれながら、新たに仲間に加わった人物へ天界執行役らの話からそうしゅうてい、それに王の話など(家庭の事情は除く)を出来るだけ客観的に話したのだった。


 話し終えた頃には太陽がちょうど空の一番高い所から光を差していた。真夏の盛り。しかし話を黙って聞いていた人物は汗の一つも掻いていない。
「そうですか。思った以上に難航しそうな案件ですね」
 大地の神もさすがにニコニコとしている状況ではないと思ったらしく、思案顔になって再び黙った。そうしゅうていと引き替えにプレンティスの身柄を渡す。そんな事を言い、実行できてしまう犯人たち。それだけでも相当な相手と言える。目の前の魔道士もそこが難しいと考えているのだろう。
「しかしですね。そうなると、それぞれの立場がどう解決させたいのかで今後の手段や方法が違ってきます」
 腕を組んでポツリと呟くようにカルスは言った。
「アナタというか、私は都合上でアナタ側の人間ですからその立場で言いますけど。我々はゼンルさんを救出する事だけを特化して動く訳です。だから目的と目標自体は決して難しいものではありません。しかし天界の死神さん達の動きによって、それが思った以上に簡単にゆくか難しくなるか、かなり左右されてしまいますね」
「正攻法としては、プレンティスがどこに囚われているのかを探り出し、そこへ救出へ向かう。しかし貴方がおっしゃる通りで、執行役達がどう出るかで時間の掛かる正攻法が取れないとも考えられます」

「でしょうね。敵となる相手の強さを考えると迎え撃つ側にも相当な戦力が必要です。時に私の考えでは死神さん達は基本的に武闘派ではないと思われます。いかがでしょうか」
「おっしゃる通りです。彼らは本来、死者の魂を天上へ運ぶことが仕事。その業務に危険はありません。その為、剣術や神術などは個人の裁量に任せられています。そして危険が伴うような場合にこそ特殊行動班がいるのです。彼らは天上界でも群を抜いて戦闘能力は高い方に入ります」
「なるほど。そうなるとますます時間が無いかも知れませんね」
「時間が? そう考える理由は」
「いえ。現状は未だ切迫しているのはゼンルさん自身なので、そこはあの方の生命力に掛けるしかありません。しかしあの方とて風神さんの傍仕えを担っている。ですからあと数時間で死んでしまうという事はおそらくないでしょう。しかし窮していることに間違いないのですから、なるべく早く助けて差し上げないといけません。
 ですがそれとは別の方向に考えなければならないのは、その、魂を大量に輸送出来るという道具の事です。そちらの方が不味いと思います」
そうしゅうていのことでしょうか」
「はい」
 カルスはそこで一旦「ふー」と、ため息を吐いて言葉を止めた。
「その道具と引き替えにゼンルさんの解放を条件に敵は要求をしている訳です。そしてその条件を突き付けられている死神さん達は大した戦力ではない。その上、彼らは現状、アナタを含めた他者へと助けを求められない立場に追い込まれている。と、なれば解決をする為に道具とゼンルさんの命をはかりにかけている状態になっている、という事ですよね?」
「たしかに」
 だがそうしゅうていをみすみす渡す事など執行役達はしないだろう。仲間の命が掛かっていても、むしろ人質にされたプレンティス自身がそれを良しとはしない。それに天界王から執行役としての責任を示せと厳しく言われているような状況なのだ。箱舟を渡して仲間の命を助けようとはしたくても出来ないと考えられる。
「ですが大地の神。執行役達は他者、命ある者に大変深い慈悲を持っている者たちでもあります。人一倍に仲間を思っている。つまりそれは彼らにとっては最大の苦境。しかもプレンティス直属の部下は彼女を敬愛してやまない。よもや執行役達の間でも救助を急ぐ者と責務を重視する者とで亀裂が生じるやも知れません」
「ええ、それはかなりありえるお話です。どなたかが無謀にも単独でゼンルさんを助けに飛び出してしまう事も考えられます」
 大地の神の指摘で真っ先に思い浮かんだのは従弟のイシュールだった。彼はプレンティスの補佐官として特殊行動班のナンバー2。元々天界貴族でもあり王家直属の騎士の家系の長子でもある。しかし騎士よりも死神という道を選び、上司となったプレンティスの強さと考え方に絶大な敬意を抱くようになった。以来、ますます執行役としての責務と上司の期待に応えんがため、職務を精力的にこなしていた。
 そのイシュールならば。大地の神が指摘する通りの行動を取るかも知れない。
「おっしゃる通りです。そうした人物はいるかも知れません」
 ランベルセは返事をしながら従弟の事が案じられた。昔から彼は無謀と言うか、大胆と言うか。自分の正義で行動をしてしまう所があった。そこが良いか悪いかはともかく、彼のそんな部分が羨ましく感じられることがあった。
 しかもそれは執行役という任を命ぜられてからも変わっていない。そんな彼が尊敬しているプレンティスの危機に黙っているとは到底思えない。
 しかし。
「ですが大地の神。プレンティスは別に直属の部下だけに慕われていたり、尊敬を集めている訳ではありません。大勢の執行役達からも畏敬の念を持たれているのは事実です。ですから私としては……」
 と、言ったところで。ランベルセの中で一つの答えが閃いた。だからレイモンドもマリアンヌもを探していたのだ。
「鍵が必要だったのか。そのために」
「如何しましたか?」
 けれども、もしその方法を取ろうとしているのであれば。それこそ無謀である。特にこの現場に来て、更に大地の神から敵には強力な術師が付いていると推測が為された今の段階では、余計にそう思わざるを得ない。
「大地の神」
「なんでしょう。と、いうかいい加減、私の名前を憶えて頂けないのでしょうか。私は魔道士のカルスです」
「はあ、申し訳ありません。しかし」
「神と言われるのは好きじゃないんですよね。せめて魔道士さんかカルスさんか。その辺りでお願いします」
「はあ。では魔道士カルス殿ということで……」
「ま、いいです。何となくアナタが言うとおカタく聞こえますが」
「申し訳ありません……」
 ハッキリ言って〝何で今更呼び方の指摘を??? 大体、自分の話の腰を折らないで欲しいんだけど〟という心境ではあった。しかしこれまた下手に発言をしようものなら、どこかの身内と同じに一〇倍返しの面倒が発生するだろう。なのでランベルセは一応謝罪し話を進めた。こちらとしても〝天使さん、とか、風のお使い、とか言っちゃってるんじゃないの?〟とは口が裂けても言えない。
「では改めまして魔道士殿」
「何でしょうか」
「執行役たちはそうしゅうていを動かそうとしています」
「それは何故です?」
「執行役らは人質と交換にそうしゅうていを渡す。そのフリをしようと考えているのでしょう。そしてタイミングを見計らいプレンティス救出をし、そうしゅうていは手放すことはしない。そうしようとしている。故にその鍵を持っているアレックスを彼らは探していたのだと。やっと分かりました」
「しかし先程アナタもおっしゃっていたじゃありませんか? 死神さん達は武闘派ではないと」
「そうです。だから彼らがその策に出ようとしているなら止める、または、手助けをする。そのどちらかをしなければならない。彼らでは力不足です。特殊行動班が主力として戦ったとしても、人質奪還とそうしゅうていを守りきる事は困難でしょう。殊にプレンティスとアレックスを欠いている状況の天界執行役たちです。そんな彼らとこのような用意周到な手段と術を使う者が勝負をしても勝ち目は多分ありません」

「そうですね。全てが裏目に、ゼンルさんを危険にさらす上にそうしゅうていという道具も奪われ兼ねません」
 そうなってしまう事が最悪な事態だとランベルセも思った。だが大いにあり得る事だった。無謀すぎる一か八かの賭け。切羽詰まった状態に追いやられている執行役達、特に従弟はやりかねない。理性と感情の狭間で窮するとそうした行動を取りかねない。いや、もうそうするほかないから鍵を持っているアレックスを探しているのだろう。
「天使さん。アナタはどうなさるおつもりですか? 止めますか。それとも彼らを手助けしますか」
 しかも出せぬ出せない選択の答えをカルスは迫ってきた。勿論、彼はランベルセに付いてくると言った立場。最終的な判断はこちらに委ねるのは分かるし、当然の事だった。
 しかし。
「私は彼らより先にアレックスを探し出そうと思います。そしてそうしゅうていをこちらの所有へ切り替えます」
「はい? どういうことでしょうか」
 一瞬。カルスは目を丸くさせてた。素で驚いているようだった。しかしランベルセはさらに自分の考えを続けた。
「現在、あの箱舟は天界執行役らの保有となっています。それを我々で徴発し、こちらへ所有権を移す。そうすれば必然的に敵は我々と交渉せざるを得ないという形になります」
「しかし我々二人だけでそれを出来るとは少し、いいえ、大いに疑問ですよ」
「まあ、そこら辺はこの件を私に動けと言った〝〟にも少しは働いて頂きますので」
「言い出した方?」
 おそらく、あの人は天上でくしゃみの一つもしているだろう。大体、あの人なんかに本当は出てきて欲しくは無い。後々面倒な事を言ってくるだろう。が、今は戦力となる人員が必要だった。それもとてつもない戦力が。
「その人のことは私が何とかします。それで魔道士殿にお願いしたいのは以下の事なのですが」
 執行役達の無謀な行動を抑える為には急ぐ必要があった。負傷者や犠牲者などは出したくないのが本音。その為には少数精鋭で迅速に対応する必要があった。
「はあ。そんな大胆な作戦は私も思いつきませんよ」
 五分ほどで説明を終えると聞いていたカルスはため息を吐いた。
「これなら全てが撹乱します。その隙にこちらは準備を調える」
「まあ、悪くは無いと思います。アナタと私、それから優秀な方々の手をお借りできるのであれば上手くゆくはずでしょう。が、しかし個人的にはちょっとその役は……」
「私に作戦の主導を取るよう発言なさったのは魔道士殿のお考え。ですから是非ご協力をしていただきます」
「はあ。確かにそうですけどね」
 とは言いつつ。渋い顔、もしくは恨めしそうな顔でカルスがランベルセの方を見ていた。しかし撹乱を狙うのであればであれば派手である方がいい。
「それでは作戦を実行したいと思います」
「でも天使さん。あのハデハデさんがどこにいるかは見当が付いていらっしゃるのですか?」
「はではで……? アレックスのことですか」
「そうです。大勢が探しているのでしょう? しかし見つからないというお話」
「それも見当というか。彼と私は本当に幼い頃から付き合いがありましたので。色々と当てがあります」
「わかりました。では。あまり気が進みませんが、しかし、その穴埋めをしてくださいますよね? 勿論」
 そう言って紅い衣の魔道士は愛用の杖を喚び出した。先端に宝玉が緑、白、ピンクと三色付いた一見和菓子の組み合わせに見えるもの。それを翳し、カルスは「召喚逆転リバース」と術を発動させた。彼は碧い光に包まれるとパッと消えてしまう。
「穴埋め……。ただ手助けをしてくれる訳ではなくなったのか」
 ランベルセもふーっとため息を吐いた。
 真夏の日差しが相変わらず強く突き刺さるように照っている。そんな中、強力な冷凍神術によって腐肉屍体アンデットたちがそこら辺に氷漬けになっている光景。そして空にはこの辺の森に生息している猛禽類がいつの間にか飛んでいたりする。腐臭でも嗅ぎつけてやって来たがそれが唐突に消え戸惑っているのか。なんとも言えない妙な状況だった。
 彼は一帯に白い光の粒を降らせると、その氷漬けの人間たちの姿が消えてしまう。残されたのは重機のみになった。腐肉屍体アンデットと化した彼らも魂を戻せば元の人間には戻せる。彼らも本来は死んではいない。一旦、人目につかない場所へ保管をしておけばなんとかなる。
「最早、大事になってしまうのか……」
 彼も術を使い、もう一度、天上へと戻ることにした。