YASOU SHUUTEI NO PURIN TEIDAN

夜送舟艇のプリン艇団

TEXT ONLY EDITION

榛名 暒

読書位置は、この端末に自動保存されます。

初回掲載2026年9月4日

第1章

 そして。部屋の中を改めて見ると、父と上司が静かに睨み合っていた。空気も張りつめている。しんっと水を打ったような静けさに支配されていた。

 その様子にさすがのランベルセも息を呑んだ。一方はこの世界の支配者。もう一方はこの世界を実際、木っ端微塵に出来る実力者。その二人が一切の妥協しない意志を鋭い眼光で交錯させている。それをどうこうするなど至難の技、程度の話ではない。

夜送舟艇のプリン艇団 第1章の挿絵

「お二人とも。もう宜しいのではありませんか。互いに向き合ったとしても永久に平行線でありましょう」

 部下であり息子という立場でもあるランベルセは部屋の中央まで歩み進む。そしてそれぞれの顔を見た。

 二人とも鋭く冷たい眼光を向け合っている。しかもどちらも言葉を発しない。

「陛下。貴方も今回の件に関しては一切手出し無用とお考えなのですね」

「無論です。あんな失態を晒し、一体、誰がどこに手を貸せと。ボクは絶対に許しません。己が責を負えぬ者は、ならばこれを機に一掃されるべき。ですから誰であっても口出し無用なんです」

 王は部下を見ることなく、まるで正面に立っている人物へ言い聞かせるように静かに言い放った。

「そんな事は分かっている。だけど数多の生命が掛かっているんだよ。それを迅速に救うのが天上界で力有る者の本懐だろう」

「しかしその本懐を真っ先に遂げるべき者がやらなければ、その本懐を負っている者たちの存在意義が無くなります。ルートヴィッヒ、貴方もそれを分かっているでしょう。むしろ誰よりもその事を強いていた。それが貴方のやり方であり、貴方自身も本懐を遂げる事こそが信条ではありませんか。それを今回だけは曲げるなどとは、道理が通りません」

「そんな四角四面は現役の時の話だよ。大体、坊。君だって分かってるはずだよね、光神リステの恐ろしさを。この天上を木っ端微塵にするっていうのは私がするというより、彼の娘が不幸になったと未来で知った彼自身がするって事なんだよ。ゼフィは本当に有言実行なんだ。だから一刻も早く彼の娘を助け出さないと大変な事になる」

「しかしその娘自身が、彼女の意志で天界執行役になったんです。執行役は危険と隣り合わせ。それを承知の上で自らその役を得た。もし自分が不幸になる結果を招き、更にその事が元で他者がいずれ傷つくのであるなら、その一生を強き者に守ってもらう生涯にすればいいんです。現に彼女はウォルシオム家の当主の妻に納まっています。ならばそこで侯爵妃として安穏な一生を暮せば良い。それをしなかったのは彼女自身なんですよ。そこで結局、危険になったから本懐はおろそかにする。今更筋を通さずとも良いとは虫が良過ぎます。では他の執行役達の命は軽んじて良いというのですか? 今の貴方の発言はそう言ってるも同然です。そんなこと、プレンティス自身も『ふざけるな』と怒りだします」

「陛下。私はそんな生易しい話をしているんじゃない。ゼフィは本気なんだ、いつでも。本気で娘を大切に思っているし、その娘に不幸を味わわせた者には容赦はしない。彼にとって娘は世界のあらゆる生命よりも重いんだよ。親ならそこはわかるでしょ、君だって」

「心配はしますよ、常に。でも彼らが信念を持って進みたい方向が出来たら、行かせなければいけません。そして彼らはそれに対して責任が生まれます。なぜなら自分で決めたのですから。それはなにも大人になったから、という曖昧な理由で言っているのではありません。意志を持ちそちらへ歩き出したら、起こり得るすべてを引き受けるということを自身が承諾した表れでもあるんです。それがたとえ出来そうであっても、出来なさそうであっても、進んでいったことには変わりません。ですからそこにはもう他者など関係無い。介入してもただの部外者なんです。周囲の声さえただの音。その雑音を聞き流す事を含めて自分が責任を持ち歩む、ということなんですよ。貴方も親なら分かるでしょう、ルートヴィッヒ」

 やはり予想以上の亀裂が生じていた。二人の意志の強さは天上界でも挫く者が存在しない程に強靭だと思われる。そこに「ピヨピヨ補佐官」と鼻で笑われた自分が入れる隙などは無い。だが。

「惧れながら御二人とも。話を聞かせて頂く限りお二人のやりとりは、この部屋でやる必要は無いと思われます。申し訳ありませんがこれ以上罵り合いをされたいのであれば、場所を移し他者に迷惑が掛からない場所で存分におやりください」

 両者共、親として、又、それぞれ頑とした考え方を持つ個人として、絶対に曲げたくない意志は分かった。けれどランベルセが一つ言える事は、自分自身は未だ親の立場というものを知らない。想像だけならつく。多くの物語りでも様々な親心というものに触れてきたし、他世界の者と交流をする機会がある役職でもあるので実際に垣間見ることも多々あった。そして自分の親が常日頃から自分の様子を至る所で見守っている状態を鑑みると、まあ親はどうあっても子どもを心配してしまう。それはよくわかった。

「ランベルセ。お前もボクの補佐官であるなら天界執行役達の責務について、そこに居る貴方の父親にしっかり説明し、屋敷へ戻ってもらってください」

「パルティシオン。王の補佐官なら、間違った方向へ進む主を諌めて正しい道筋を示すべきじゃないの? 一刻を争う事態なんだからね」

「手出しは無用なんです」

「規則より人命じゃないの?」

 ……まったく。

「御二人とも。先程から申し上げておりますが両者共に意見が永久に平行線を辿っています。私からすれば御二人は非常に頑固。歩み寄りなどなさらないでしょう。ですから。添わない意見をずっと言い続けるだけ。そんな事をここでされては私の業務が進みません。申し訳ないのですがとっとと、さっさと、出て行っては頂けませんか」

 ランベルセは冷静さを保って対立する二人の間に立った。

「第一、私は今、御二人が話をしている人物の実際の状況を知りません。プレンティスが仮にどの立場で行方が分からなくなっているか、というよりも彼女の現状がどんなものなのかも分かりません。知っているのはアレックスとプレンティスの両名が行方知れずであり、それを統括長のレイモンドとプレンティスの部下であるマリアンヌが探している、ということです。しかしプレンティスとアレックスは執行役でもありますが、夫婦でもあり、風の傍仕えでもあります。だから彼女らの行き先が不明であっても、実際、何が理由でいなくなっているかは当人たちに確認しなければ分からないもの。もしかしたら夫婦水入らずで温泉旅行に出ている事だってあり得ます。邪魔が絶対に入らないで欲しいから、妖魔にでも依頼して、絶対に所在が分からないような術を施してもらい雲隠れをしているのかも知れません」

「何言ってるの、パルティシオン。君じゃあるまいし、アレックスが人に迷惑を掛けるような事態が想定されるようなマネをする訳ないじゃないっ」

「分かりませんよ、父上。横暴な上司に日々、無理難題を言われ、さすがに疲れを感じた彼は妻を伴ってしばらく休暇。そういう事だってあります」

「そ、そんなことはさすがにしないと思いますよ、ランベルセ。お前じゃないんですから」

「私もそんなことはしません。しかし人の心は分からぬもの。実際のところは本人へ確認しなければ何が事実なのか分かりません。その確認も取れていない、剰え、取りようも無いのに、プレンティスが心配だ探した方が良いだとか、いやいや執行役として責任があるからそれを果たしているだけだから探さずとも良いだとか。机上の空論で言い争っておられますが、むしろ、まずはプレンティスとアレックスがいなくなった本当の理由を確かめるべきでしょう。そして探さずとも良い理由ならば放っておく。温泉旅行なのか執行役としての役目なのか、それとも更に思いもよらない理由なのか。それが分かってこそ、この論議は成り立ちます。ですから、御二人。この続きを為さりたいのならアナタ方が二人に会って、ちゃんと理由を聞いてきてから、この争いはその後にやってください。ついでに場所も変えて。いいですか、スタリート様、父上」

 ランベルセはより感情を排し、抑揚なく冷静に言い放った。正直、ここで喧騒を繰り広げられたくはない。主人も父も口達者。続けろと言われずとも、このままでは明日の朝まで確実に続く。

 なにより。もうこうするしか収まらないだろう。その結果は一〇〇回以上のため息をランベルセ自身が吐かねばならないものになるだろうが。

「ちょっとちょっと。どうして私がプレンティスを探しに行くことになる訳?」

「そうです。ボクは元々探しに行くことはダメだって言ってるのに。しかもルートヴィッヒおじさんとだなんて、絶対に、イ、ヤッ」

「私だって坊とお出かけなんて御免だね~」

「ボクなんてその一〇〇億倍、イ、ヤ、ですよーだ」

「ま、パルティシオンとなら行ってもいいけどさ。でも私は自分が行くんじゃなくて、あくまで探しに行ってよってお願いしたんだけど」

「だから探しに行っちゃダメって言ってるんですーっ」

 ……はあ。まったく。この二人は本当に困った人たちというか。

「では母上とアンナに行ってもらいましょう」

「ええっ!? 何言ってるのさっパルティシオン!!」

「ちょっとランベルセ。いくらなんでも自分の母親と奥さんに行かせるなんて、頭でも打っちゃったんですかーっ」

「違います。今朝方、母上が私の所へやって来て〝プレンティスちゃんが危ない目に遭っているなら、私がアンナと一緒に助けに行きます〟とおっしゃっていました。アンナも〝頑張ります〟と。ですから二人に頼めば、誰よりも何よりも迅速に取りかかってくれるはずです。私もやりたい人がいるなら、そちらの方々に頼みたいと思います」

「なんて事言うのさーっ君って息子はっ!!」

「そんな事したら、ルートヴィッヒおじさんが余計に面倒な事をしちゃいそうですよーっ。もうボク、どうしたらいいか分からなくなっちゃいますぅーっ」

「しかし意志ある者こそが強者と考えられます。意志なき者はたとえ強き力を持っていても、その意志が弱い分、力を出し惜しみするでしょう。結果、最後に残る強き者は意志ある者。きっと母上とアンナはやり遂げられるはずです」

「ま、そりゃ出来ると思うよ~」

「うう。なんかやれちゃいそうですけどぉ……」

 ランベルセは冷たい視線を二人に向ける。父はふふんとしたり顔をし、主は小さくため息を吐き「やれやれ」と呟いた。

「もう。本当に君って子は誰に似たんだか」

「困った親の血が濃くて本当に敵いませんね、ランベルセ」

 それからルートヴィッヒは「さっすが。やる時はやるね、パルティシオン」と、笑顔で息子を見た。王も「こういうズルは本来認めていないんですけどね」と渋い顔でランベルセの方を見る。

「じゃあ、改めて言うけど。私の親友の娘が居なくなったみたいなんだけど。どうしていなくなったのか、雲隠れしなくちゃならない理由を『本人に会って確かめて』きてよ、パルティシオン」

「いいですか、パルティシオン・ランベルセ。風神の傍仕え二人が主に許可なく消えてしまいました。それはいけないことです。今、この状況で悪神が世界のどこかで動き出したら大変な事になります。そういう事も考えずに黙っていなくなる事は大変な問題です。だから見つけ出して然るべき処分を下したいと思うので、ランベルセ。お前に伝令です。アレックスとプレンティスを早々に見つけ出しなさい」

 やっぱりこうなる事に決まっている。ここでもう早速ため息が漏れた。なんと難儀な案件だろう。

「承知しました、陛下。了解しましたので父上は大人しく屋敷へとお戻りください」

 ランベルセは恭しく二人に頭を下げ、もう一度、両者の顔を見た。一方は大変満足な顔をして「はあ。まったく人を老害扱いするなんて礼儀がなってないね。親にひと言言ってやらないと」と言い残し、手を振り、術を使ってさっさとこの場から去ってしまう。

 そしてもう一方は「うう。ルートヴィッヒおじさんが来た時から嫌な予感はしたんですっ。えぐえぐ、うわーんっ」と、思いっきり泣き出したのだった。はあ。その気持ちは痛いほどよくわかる。

 ランベルセは「陛下。あの人がひとたび動き出したら我々の降参は確定です」と、首を振って主の肩をポンポンと叩いた。


 ひとしきり泣いてさわいで、それから愚痴を言い散らしてはまた泣いて、を繰り返した上司が落ち着くまでに結構な時間が掛かった。その間、ランベルセは用意されていた決裁書類に目を通し、サインをしたり、天界最高責任者補佐官へと相談が必要な案件を抱えている役人らと面会をしたり、業務を続けていた。来訪者たちは一様に天上界の主の様に「いつものことか」という視線を向けるだけで、さして混乱はなかった。

 そしていよいよ泣くのも愚痴を言うのにも飽きたのか、王は来客用のソファに膝を抱え「もうボクいいですぅ」と拗ねだした。それを見たランベルセは侍女を呼び、ティーセット一式と焼き菓子を用意させ、王の前へと並べた。自分も向かい側に座り、一休みをする事にした。

「申し訳ありません、陛下。父がプレンティスを探せと昨夜からずっとあのような状態だったので。私も執行役として動いているのであれば致し方ないだろうと説得しました。しかし結果は家出。挙句に王宮襲撃」

「もう、ホントに困りものです。ルートヴィッヒは引退したとは言え、頭が悪くなる訳ではありませんからボクも手に負えません。でも今回だけは手出し無用です」

「しかし陛下。ウォルシオムらに一体、何が起こったのですか。私も友人として気にはなります」

「でしょうね。あれだけ騒がれ、その上マリアンヌ・ルトフェがお前の屋敷へと赴いた。レイモンドもお前に直接会いに行ったみたいですし。気にするなという方が無理でしょう」

 主は注がれたお茶を静かに口にすると黙った。しばしそれが続いた。

「でもね。ダメです、今回の件に関わる事は」

 ランベルセは何が起こっているのか想像してみるが、主の顔は表情を一切消していたので何も思いつかない。と、いうより主のスタリートから表情が消えている事自体が珍しい。それは大概、怒っている。本気で。主人は常に温厚で春の温かさと柔らかな陽射しのような人物といわれていた。ランベルセ自身もスタリートを穏やかで優しい王だと思っている。

 しかしひとたび悪神が蘇ったなどと言う時の姿も目の当たりにしている。その時の主は凍れる冷血な風神だった。目的のためなら手段を択ぶ。悪にとって最善を尽くす。つまり犠牲を伴う事もある。何よりも悪が滅べばそれこそが最善だからという理由で。

 そしてもう一つ。生命の順行管理をしている。生と死を業に基づいて等号で結び、その往き来が滞りなく行われているかを見守っている。その為、あらゆる生命に対して慈しみを持ち、生命全てを平等だと考えている。

 そんな王の下で天界執行役らが働いていた。天界王同様に、生と死を業に基づいて等号で結び、その往き来が滞りなく行われているかを見守り、あらゆる生命に対して慈しみを持ち、生命全てを平等の下に管理監督している。彼らとて王の直轄機関として働いている。当然優秀な天上人ばかりだった。それが何か失態を犯したとはランベルセには些か納得できない。それに友人のウォルシオム夫妻はさっきも話に出てきた風の傍仕えでもある。全生命の敵である悪神リドールと最前線で戦う宿業を自ら得た人物たち。相当な戦う力を持っている。そんな二人が窮地とは、信じられないことでもあった。

「陛下。では死神たちとは別に行動を致しましょう。父とはプレンティスがどうして皆の前から姿を消したのか、その理由を探れと仰せつかりました。それに背くことは、今度こそ天上を木っ端微塵にする結果となりましょう」

 ランベルセは無表情をしている主の様子をうかがった。その顔色が変わりはしない。雰囲気もしらけたものだった。

「ランベルセ。ボクはルートヴィッヒの言い分に屈したから、お前が関わりを持ったと思われたくはありません。それにこの件は、仮に執行役らから犠牲者が数名出たとしてももう致し方ないんです。勿論、か弱き死者の魂が犠牲になったら話は別です。危害を加えた者には容赦しません。ですがそうならないようにプレンティスが赴いた。だから現状、ボクの彼女に対する評価は執行役達の中で一番高いといっていい。問題は彼女の支援に遅れ、その為にか弱き者達が本当に危機的状態に陥っている。それに対し執行役達が手をこまねいている事が許せない」

「陛下は彼女の居所を御存知なのですか」

「いいえ。彼女は人世へ向かい、そこで何かと接触し、姿を消してしまった。それからしばらくして術の込められた水晶がユーディアの元へ送られてきました。そこには傷つけられた彼女を捕え、死者の魂たちとともにどこかで監禁されている様子が映像記憶されていたんです」

「そんなものが……」

 想像をすら出来ないような話にランベルセも絶句した。あのプレンティスが囚われてしまうような事態。彼女も神術、剣術には長けている。光の神の娘であるから特に神力は相当な容量を持ち合わせているはず。そして操れる術も数知れず。そして剣の腕もあまり周囲には知られていないがこちらも相当なもの。本人が伝説の剣士、輝星剣士に憧れて幼少から密かに天上界の剣の達人の所で鍛錬を積んでいた。その為、知る者は彼女がどれほどの猛者か分かっている。ちなみにランベルセが今より年若い頃に手合わせをした時には互角か、二、三度負けたこともある。彼女は打力がやや弱いがその分、速さがあった。その速さについて行けないとあっさり負ける事もある。

 そんな彼女が不意を突かれ、まして囚われてしまうことなどありえるのか。疑問だった。

「よもや悪神が関わっているとは考えられませんか? 彼女がそのような窮地に追い込まれるのですから」

「それはありません」

「なぜそう言い切れるのですか」

「それは水晶と共に送られてきた言葉です。彼女の姿と共に今回の事件を引き起こした者からのメッセージが流れてきました」

「それは一体どんな内容だったのでしょうか」

「彼女の命と引き替えに死者輸送のそうしゅうていを寄越せと要求してきたんです」

「やそう……って、それはあの箱舟ですか?」

 夜送舟艇は死者の魂を一度に大量輸送できる執行役が管理する道具だった。それは用途によって形を変え、舟型、列車型、時には人間界の刑務所移送車のようになる時もある。主に災害や戦争などが起こり、同時に大量死者が出た時など大勢を天上へと連れて行かねばならない時に使うものだった。

「しかし犯人、というか。プレンティスを捕えた者はそうしゅうていを手に入れて何を……」

「それが必要な事をしたいのでしょ? 要するに」

「大量の死者の魂を回収しようとしている。つまりその分、生命が死を迎える。命が奪われる事をしようとしている」

「そういうことですよ」

「目的は……不明、ですか」

「死者の魂は大きなエネルギーになります。術だったり、悪神復活の供物だったり」

「しかし悪神は関係無いと陛下はおっしゃいましたよね?」

「そうです」

「なぜそう言い切れるのです?」

「奴の気配をまったく感じないからです」

「根拠はそれだけ?」

「そうですよ。それだけ」

「しかし暗躍しているとか、どこかに潜んで誰かを操っているとかなど考えられるのでは」

「ランベルセ。ボクを莫迦にしているんですか」

「え……。い、いえ。そんなことはありませんが」

 言われてみれば。あの悪神がこの世に現われた時、一番に察知しているのは常に目の前に居るお方。天界王であり六源神の風を司る風神三代目。この方がいち早く邪悪な気配を感じ取り、それを調査し対処している。その手足となって働いているのがランベルセを含めた風の傍仕え。その初動対処神が悪神の関与は今のところは無いと言えば、それはその通りなのだ。

「分かりますよ。奴が関わらないでこんな大それた事態が起こるなんて、お前でなくても信じられないでしょう。しかし実際に起こった。お前が犯人と呼んでいる者が死者の魂を大量搾取しようとしている。向こうも考えているのでしょうね。舟艇を手に入れてから大量の殺害行為に及ぼうとしている。ま、その順番を逆に引き起こしてしまっては大量発生した死者の魂を留める事が出来ない。
舟艇は一か所に魂をとどめておくことが出来る道具です。本来、魂は風に流されてどこかに行ってしまう。ひとたび一陣が吹き抜ければ遠くへ散ってしまうもの。勿論、地球の大気の流れという意味の風ではありません。魂たちの法則上にある風と表現すべき、生者の感情の波動というものです。その激しい起伏の波動で押し流されてしまう事がある。数が少なければ執行役の力で死者たちを留めておくことができますが、数が数千単位で一気に身罷れてしまうと執行役の数に対して無理です。そのために一か所に留め一斉に天上へ運べる乗り物のような道具が必要になる。それがそうしゅうていです」

「では舟が犯人の手に落ちてしまったら本当の意味で恐ろしい事態が起こり得ると」

「そうです」

「では。そんな事態が想定されるのになぜ執行役達だけに任せて……って、その犯人も」

「ええ、察する通り」

「死神だ、と。いう事なのですね」

「そうですよ」

 生命の監督官により一層の冷たい眼差しがランベルセを射貫いていた。

 さすがに彼もこれ以上の言葉が無かった。むしろ一瞬、頭の中が真っ白になったと言ってもよかった。考えが及ばない。

 プレンティスが囚われてしまったという事も大きな衝撃だった。しかしそれは大きな事件に組み込まれている一つ。その裏には大量殺人の目論見と魂搾取を狙っている者がいて、それを実行しようとしているのは生命の管理監督をすべき天界執行役だったとは。

「スタリート様。お話はよくわかりました。この事態、正直、天界執行役達だけで解決をさせるべきだ、と私個人は思います。なぜなら、私が執行役のとりまとめであったら、自らの所属部署が引き起こした事ですので、部外に迷惑を掛けたくはないし、責任は部署にあると考えるからです。命を慈しみ、生死を見守り生き逝きの順行を滞らせない。それをすべき者が、生死を自由に弄び、利己的な目的で生命に危害を加え死に至らしめるなど言語道断。そんな者がいるのを見逃していたなら、自分が最後まで責任を取るべきですし、周囲もそんな輩を見抜けないとあれば執行役として資質があまりにも低すぎる。同僚や上司がおかしな動きをすれば然るべき所へ通報すべきです。しかしそれも無かったからこそ、ここまで大それた事態になってから悪行が明るみになった。ですからここはやはり、この件は天界執行役らで事件は収拾させるべきでしょう」

「ランベルセ。お前もとことん御人好しというか。人が好いですね……」

 さっきまで冷たい表情をさせていた上司が、ほーっとため息を一つ吐いた。顔からも険しさがなくなり呆れた表情が浮かんでいる。

「そうですね。この事態の収束は執行役達にさせるのが道理です。しかしお前は事態の収拾はしなくていい訳ですから、人命を救う事のみに邁進すればいい。つまり苦しんでいる者へ手を差し伸べる。人として当たり前の行動を取りたい。そう言いたい訳ですね」

「はい。そんな愚かで危険な事態に友人が関わっているのであれば、普通は助けにいくものでしょう。陛下。貴方だって身近な親しい者が崖から落ちそうになったら、急いで腕を掴み助けるものでしょう?」

「それは勿論です。わかりましたよ、ランベルセ」

 主は「鍵はアレックスに持たせているんです」と、言って立ち上がる。

「でもヒントはこれだけです。あとは自分で考えて動いてください。ただし執行役達に関わらず、お前が当初から言っている〝友人の雲隠れがなぜ起こったのか。安否確認と援助が必要ならば速やかに命を救う事〟だけにしてください。それはお前自身も口に出した条件でありボクも認めざるを得ないこと。それ以外は執行役らの責任、本懐に関わることですからね」

 天界王はそう言い残し、入ってきた時とはうって変わった落ち着いた雰囲気でランベルセの部屋から出て行った。おそらく出て行った瞬間から、いつものぽやっとした様子になるだろう。そういう方なのだ。

「陛下の許しはひとまず得られたが……」

 ランベルセは来客用のソファに背を預け、やはり予想通りの大きなため息が出た。しかしここからが大きな問題だった。何と言っても最大の協力者になり得る存在達から情報を収集する事が出来ない。共闘するのであれば簡単な話だった。だが父同様に正面から王を説得に走っても無理であることは分かりきっていた。あの方の信念の強さは一番近くに居る補佐官である自分が一番分かっている。

「しかし急がねばなるまい」

 自分が動いて良いとなっただけでも充分だった。が、これで解決したのではなく、ここから本番だった。

「まずは」

 そう言ってランベルセは立ち上がり術で自らに青い光を纏わせた。そして「召喚逆転リバース」と唱えると、天上から一旦離れた。