「ちょっと。君はさ、自分は外で働いてきたから食事の支度をしなくてイイ、なんて思ってるみたいだけど。私が君と同じ立場であった時は、ちゃーんと夕食の手伝いはしてたよ?」
「は? 私は今神殿から戻ったばかりなのです。帰って瞬時に手伝いは出来ないと思いますが」
「じゃ、瞬時に手伝えるようにしてあげるよ。これを押して食卓に並べて。私はまだ運ばなくちゃいけないものがあるし。わかった?」
「はあ」
そう言って押してきたカートを置き去りにし、ルートヴィッヒは炊事場の方へと戻って行ってしまう。
「まったく本当に勝手な人だ」
カートの上には大きな丸皿が三つ乗っていた。メニューは妻が予告した通りのカレー。皿にルーが敷かれ、その中心にアワやキビの入った白米が半球型に盛られている。
「今日も旦那様のお仕事が遅くなると思って用意しなかったのです。申し訳ありません」
皿の数にアンナが顔を曇らせる。
「い、いや。私の方こそいつも食事の時間までに戻ってこられず、し、支度の手伝いも出来ずにいて。ち、父上のおっしゃる通り……その。すまないと」
「そんなことはありません。旦那様は天上界の為、たくさんの命の為に毎日働いてくださっているんです。お食事の用意をするお仕事はわたしの分担です。それにお義父様が旦那様は〝パルティシオンは今日も仕事がとても忙しくて遅くなると思うから先に夕食にしよう〟と、準備を始めたのです。わたしは待とうかと思ったのですが、今日はいつ帰れるか分からないし、旦那様の分はちゃんと沢山とっておくからわたしは食べておいた方が良い、ともおっしゃって」
「私がいつ帰れるか分からない、と?」
「はい。すごく大変でお仕事山積みだから、とおっしゃっていました。だからわたし、とても心配だったんですけど。でもこうして早くお戻りになられて良かったです」
あの父親。息子に対しては大概、適当な事を言う。おそらくアンナを気遣っての事だと思うが、まるで息子が今日は帰ってこられないほどの大袈裟ぶり。むしろ今日ほどランベルセの仕事が順調に進み終わった事は稀である。
「それではアンナ。早速食事の支度を手伝うよ」
「よろしいのですか?」
「勿論」
「ありがとうございます、旦那様」
ランベルセはルートヴィッヒが放置したカートの取っ手を握ると、青い絨毯の敷かれた床の上を食堂へ向かってカートを押して行った。アンナはまだ炊事場でやることがあると言って逆の方へ歩いて行く。
せっかく会えたのにすぐにすれ違う。しかし今日はもうこれ以上、彼女と別々になってしまうことはない。こんな些細な別れにさえため息がこぼれるほど愛おしい妻。振り返るとそこにはもうそんな彼女の姿は廊下の奥に消えていた。
「父上。どうして私が今日は帰らない、などとアンナに言ったのです?」
夕食後。大量の焦げたイモを食べさせられたランベルセは「じゃ、後片付けは料理を作ってもらった私たちがするね」と言い出した父に促され、炊事場で皿洗いをしていた。自分の隣では布巾で洗った食器を楽しそうに磨く父が立っている。
「えー。だっていつものことでしょ? 君の帰りが午前様なんて。だから今日もそうじゃないかと思って言っただけ。だってアンナったらいつ帰るかわからない君のことを毎日毎日待つって言うから。可哀相じゃない」
「しかし天界王補佐官なのですから、すぐに帰れる容易な仕事ではありません。そんな事、ご自分だって経験者なのですから承知済みではありませんか」
「私は手際が良いから、昼過ぎには仕事なんて無くなってたよ」
「それはお仕えする主が違ったからでは?」
「はー? それって坊がダメダメな王様だって言いたいの? 他人のせいにするつもり?」
「では現王と前王の事務処理能力は同じだとお思いなのですか」
「ちょっと。質問返し? 君ってイヤな子だなぁ。もう、誰に似たのさ」
そう言って楽しそうに父は笑った。
「――で。何か気になる事でもおありなのですか、父上」
「うん。お有りだよ。大有り」
最後の一枚を洗い終え、皿を渡した相手を見ると。その人から笑顔は消え失せ、やや目を細めた険しい表情に変わっていた。
「さすがだね。事務処理能力って所は確かに甲乙あるかもしれないけど。でも別の部分は坊もシンフォリュース様の子だからね。それを越えている所もあるよ」
「親を越えている部分ですか。一応褒めてらっしゃるんですね。で?」
「坊は少し厳しい所があるからね。特に責務に対しては」
ルートヴィッヒは最後の一枚を丹念に磨き上げ、それを食器棚へ戻すと改めて息子の方を見た。彼の顔はいつもの笑顔が引っ込み、やや表情を硬くした思案顔のようになっていた。
「私もね、あんまり情けは掛けない方だったから。だから坊のやり方に反対はしないし、むしろ賛成。でもちょっと今回は放っておきたくないんだよね」
「何をですか」
「私にも親友っていうのがいてさ。彼も私のことは特別に考えてくれていたから。それに恩もあるし」
「親友? ロイ叔父さんやカミュス伯のことですか」
「違う。ゼンフィスのこと」
「それは」
父はそう言って部屋の隅に置かれていた丸い木のイスに座り腕組みをした。その顔はさっきよりも一段と険しくなっている。
「ゼンフィスは四〇〇年前に死んだ私にとって一番の理解者だった。そりゃそうだよね。彼は光神リステなんだから。何でも理解が出来て当然。智の神でもあるし、医術を私に教えてくれた人でもあるし。私とは馬が合ったんだよ。
そして彼のお陰で今も生きている。彼がいなかったら四〇〇年前に死んでたと思う。あの天界大戦で彼に助けられたんだ。でも代わりにゼンフィスが死んだ。ロイもカミュスもみんな生き残ったけど、それは私も含めてゼフィ……ゼンフィスが救ってくれたから。こんな成りをしているけど生きている」
父の姿は一見するとランベルセとほぼ同じくらいの壮年だった。しかし顔には深い皺が刻まれ、手や首もか細いものだった。そこにも皺やたるみがみられた。それは以前に自分の持っている神力以上に力を必要とする大神術を使った為になってしまった老化現象だった。四〇〇年前に起こった悪神リドールとの戦い。当時父は天界王補佐官代行。そして父は神術使いとして、悪神の腹心である白き妖魔との戦いで大神術を発動させ、自分の神力を使い果たし、それでも足りない分を自らの生命力を転化させ補った。結果、神力は徐々に回復はしたものの完全には戻らず、又、生命力は寿命そのものなので失った分が戻ることは無く、外見も老衰した状態になってしまったのだった。
その話は子供の頃から聞いてはいた。だから自分も天界王補佐官として任を預かる以上は死力を尽くす覚悟はあった。それは父の姿を幼い頃より見てきたからこそ。そしてその訳を知り得て尚更強く思っていた。
しかし四〇〇年前の大戦について、父から今聞かされているような話をされたことは無かった。とりわけゼンフィスという親友の話。その存在は名前だけ、足跡だけは知っていた。天上人として生きていた初代六源神の光の神リステ。四〇〇年前はゼンフィス・サタク、またはその後はゼンフィス・オレンハワードと名乗っていた。当時は天界本神殿の資料室で過去から積み上げられてきた天上の残された書物を整理し、製本をしたり、書物を複製したりと、まさに資料室の役人だった。そんな彼と父、それからランベルセの叔父とコルウィット伯爵家の当主が、神殿の仕事を通じて友人関係になった。
そして時々、悪神が天上界へ危害を加えたり、悪影響を齎す行いをした時などにゼンフィスは光神リステの力を使い、父らと共にそれを退けていた事もあったらしい。本来、リステの存在意義はあらゆる生命に害をなす悪神を滅ぼすために生まれた。だから天上界の強き戦士と共に戦う事もあった。
だが四〇〇年前。悪神が差し向けた最強の腹心、白き妖魔と呼ばれる男に天界が襲われた時。天上界は今までないほどの危機的損害を被った。はっきり言って、あれほどの被害は天上界が創設されて以来、無かった事だった。
まず当時の天界王が白き妖魔によって殺された。以下、王の補佐官をはじめとする天界を守護する優秀で有能な戦士、神術使いもあっという間に皆殺しに遭った。それに加えて当時の王太子も生きているのが奇跡的なくらいの傷を負わされ、王太子妃は行方不明にもなり、その挙句、世界を創造する存在である最高神が悪神の呪いを受けた王太子の弟によって封印されてしまう、という事態にまでなってしまったのだった。
このままでは本当に天界が滅びる。当時、まだ子どもだったランベルセは世界の終焉を肌で感じ、恐怖に包まれた空気の中で日々を過ごしていた事を覚えている。
けれどそんな滅びかけた世界を救ったのが王補佐官代行の父と、天界騎士であった叔父のロルウィック・ルドウィン子爵、それから宮廷術師長カミュス・コルウィット伯爵の三人だった。公の記録でもそう記されているし、実力から考えても客観的には可能だと思われるので、ランベルセはそれを真実として認識していた。
「あの時のゼフィは、以前の悪神との戦いで負った傷が癒えず光神リステとしての力がほとんど発揮できない状態だった。だから天上人を装って天上で暮らしながら時間を掛けて力の回復を待っていた。そんな時にあの途方も無い馬鹿な存在がやって来て、あっさり天界を滅ぼしてしまった」
「ほ、滅びはしなかったのでは……。現にこうして今も天上界はあります。なによりも貴方やロルウィック叔父さんらがこの世界を救ったのではありませんか」
「違うね。天界は四〇〇年前に滅んでる。いいや、滅んだも同然だったんだ。陛下も、その補佐官だった人も、みんなが殺されて。たくさんの人々が殺されて。それは殺された人たちは勿論だけど、残された側だって十分苦しみや絶望感を負わされた。私だってそうだよ。頼っていた人たちが全員、居なくなってしまったからね。その人たちがいなければ天界は保たれない。持たない。続けていけない。そういう人たちをいっぺんに失った。だから私はその時に天界は滅んだと思ったんだよ」
「それは……」
「王も補佐官もいない。王太子は死にかかってる。そんな所に私は残されてしまった。私はその時本当に絶望したよ。むしろ戸惑った。普通に狼狽えた」
父の表情から一切穏やかな部分が消え失せている。こういう事は滅多に無い。いつもどこか余裕を持って、まるで風のように自由にどこへでも渡ってゆけるような人物が。行き詰っているようだった。
「でもその絶望の中にあって、天上を救う気にさせてくれたのがゼフィだった。彼も天上が混乱している最中に命を落とした。彼の奥さんと共に白き妖魔に殺されたんだ。けれど彼自体は光神リステだから、そもそもが光の力。彼が命を落としたというのは正確ではなくて、彼は人の形でいられなくなってしまい、人格すら保てなくなった光の力そのものになってしまったんだ。そんな彼が私の所へやって来て、こう願い出た。〝自分の娘だけは守り抜いて欲しい。彼女は本当に大切で大事で何にも代えがたい。誰にも代えがたい。どんな生命よりも幸福と喜びを得るべきなんだ〟って。しかも〝いつか私が人としての姿を取り戻した時、彼女の人生が幸せであったかどうかちゃんと確認するから。もし不幸な人生を歩んでいたら、ルイ、君の子孫は全滅させるからね〟と、言ってきたんだよ。今わの際で。
そして私が当時使う事が出来た最上級で最強の光の神術を発動するよう迫って、勝手にその術の力の源に自らなって、術に乗ってあの白き妖魔を撃退させたんだ。信じられないでしょ?
そのお陰で私はこんなよぼよぼのおじいちゃんになってさ。考えてもみなよ。光の力の源そのものを操る術を使わされたんだよ。そんな強い力、私の神力だけで制御なんて到底できる訳ないでしょ? だからロイもカミュスも巻き込んで、挙句に私ら全員、神力は全部放出。その上、生命力まで使わされる羽目になって。もう。ホント、ゼフィって我儘で怒りん坊なんだよね」
途中から。話の内容が一気にただの悪口になったような気がランベルセはした。父もため息を吐いている。
「だから以来四〇〇年経っても、私は一つだけ親友から頼まれている事を気にかけているんだ」
「つまり光の神リステ、ゼンフィス・サタクの娘であるプレンティス、ですか」
「そう。彼女が不幸になっていないかをたまに気にしている」
「で。そんな話をわざわざ私にしてきたということは」
「今日の彼女は元気だった?」
回答に窮した。
言われてみれば、今日、神殿からの帰り間際でウォルシオム侯爵について尋ねてきた者がいた。プレンティスは現在、そのウォルシオム侯の妻である。
そして父にしろ、又、ウォルシオム侯の所在を尋ねてきたレイモンド執行役統括長にしろ、両人とも気になる相手がいるのであれば直接、知り得る事ができる能力や立場がある。父ならプレンティスの所在を術で感知するなり、レイモンドも侯爵邸などへ使いを出すか直接行くなりして用事を済ませればいいはずの事。
「私は本日、天界執行役が管轄している東殿へと足を運んでおりませんゆえ。彼女の様子を知ることはありません」
だからといって簡単にこの話へ乗るつもりも無かった。
「ふーん。君は案外冷たいね。やっぱり坊の側近だから?」
「はあ。陛下の補佐官ですが、しかし見ていない人物の健康状態がわかるすべはありませんので。なんとも答えられないのです」
「なに? それとも厄介事に巻き込まれたくないって言いたいの?」
「何か企てでもあると?」
「嫌な子だね。あ、そっか。今日は早く帰れたからアンナと仲良くるんるんしたい訳なんだ~。人命よりも。ふ~~ん。薄情な上に本能優先主義だなんて低俗だね、今のランベルセ公爵って」
「ちょ、なっ。へ、変な疑いを掛けないでくださいっ」
「私はそんな急いで孫の顔を見たい派じゃないから。それよりも親孝行が出来る息子の活躍を見たいんだよね、わりと急ぎで」
「だったら素直に頭を下げてお願いしたらどうなんですか。いつもながら回りくどいやり方をして」
「だって。普通に言うの、詰まらないでしょ? だから色々な演出を加えてみたんだ。なに? 不満?」
「ええ、大いに不満です」
「そっ。じゃあもう頼まない。だったら私が自分で行ってくるよ。あーあ。こんな夜に、こんなよぼよぼの私を屋敷から追い出して。もうすれ違う人に言いふらそっかなあ。息子に屋敷を追い出されたって、ね」
「ちょっと。どうしてそんな根も葉もない嘘をまき散らそうとなさるのですっ」
「だって時間が無いから」
「だったらその勿体ぶった話し方をなさらず、ここで頭を下げて私に頼んだらどうですか。親友の娘の安否を確認して欲しい、と」
「嫌だね。息子になんて頭を下げたら格好悪いでしょ。それより君。むしろ私にそんな大きな口を叩いてタダで済むと思ってる訳? 本能優先主義の薄情息子のパルティシオン」
「ですから。どうしてそのような言いがかりをっ。貴方こそよぼよぼの自分に代わってどうか探してくださいな、くらいおっしゃったらどうですか。そして三度、頭を下げたならその願いを聞き届けて差し上げなくもありません。気が向いたらですが」
「もーっ。可愛くないな、私の息子はっ。意固地っ。唐変木っ」
「貴方の方こそもっと可愛げのある老年者として生きたらいかがですかっ。口ばっかり達者で、しかも聞かされる言葉は耳障りなものばかり。いい加減、要点が分かるようおっしゃって下さいっ」
「あ、そう。引き受けてくれるんだね。やった」
「……もう結構です」
ルートヴィッヒはしたり顔を見せた。一方、息子はため息を吐く。
ランベルセとしては話を正式にされる前にある程度を把握しておきたかった。いきなり王家の転覆を図るとか、全世界を滅ぼしてみたいとか。唐突に聞かされ腰を抜かす事態だけは避けたかった。と、いうよりどの程度の覚悟が必要か。それが知りたかった。
そして現段階で言えることは大事である事は間違い無い。更に唯一の上司である天上界の長に背くことも事と次第によってはあり得る厄介な事である可能性が極めて高い。
だがウォルシオム夫妻はランベルセにとっても友人であり、夫人というか、プレンティスに至っても数少ない友というべき存在。それは自分の妻も彼女とは親しい間柄であり、プレンティスに何かあったらとても心配し悲しむだろう。
「で。どうしたんですか」
「私も分からないから探って欲しいんだ」
「貴方が分からない事などあるのですか」
「そう。でも予想はつくんだ。多分、死神たちが今、何か動いている」
「天界執行役らがですか」
「昼間。珍しく炎一族の族長の娘、マリアンヌが屋敷を訪ねてきたんだよ。そしてアレックスがここへ来ていないかって」
「マリアンヌ・ルトフェが?」
「うん。だからここにはしばらく顔を見せてはいないと返事をした。でもさ。それっておかしくない? マリアンヌはアレックスの妻であるプレンティスの育ての親みたいなもので、執行役としてもプレンティスの部下でもある訳じゃない。そんな彼女がアレックスを探しているっていうのは、プレンティスがアレックスをマリアンヌに探させている、もしくはプレンティスもアレックスもいない状態で、尚且つ、アレックスにプレンティスの所在を確認しないと彼女がどこにいるか分からないって事態になっている、のどちらかでしょ?」
確かにルートヴィッヒの言う通りだった。マリアンヌがアレックスを探す理由。個人的に用事があるなら、まずはプレンティスを介せばすぐに分かる。他者に聞いて回ることはしない。そこで現在、マリアンヌが容易にプレンティスと連絡が取れない状態にあるという仮説が成り立つ。
ルートヴィッヒはもうこの辺りから親友の娘がどういう状態になっているのか怪しんだのだろう。
「まあだから念のため、プレンティスに聞いてみたら? と、言ったんだけどね。そしたらマリアンヌは〝お嬢様は現在、特殊行動班の業務に当たられていて。あたくしにも派遣先をおっしゃらずに赴かれてしまいましたの〟って答えたんだ」
「それはありえる話でしょう。天界執行役を直接に配しているのは王陛下。その為、一般業務をこなしている執行役達だけでは対応しきれない案件は、専門的に扱う特別部署がある。それが特殊行動班。彼らはその長であるプレンティスから命じられる指示もありますが、長であるプレンティス自身は陛下から直接任務を任される事もある。そうした場合は長は『勅使拝命』と部下には伝えるでしょうが、内容に機密性があれば所在を言わない事もありましょう。マリアンヌが知らないということもありえます」
「でもさ。そうなるとプレンティスがマリアンヌに命じてアレックスを探させている、って可能性は無くなるでしょ? マリアンヌはそもそもプレンティスに会えていない。そんな人から命令を受ける事は出来ない」
「そうですね。と、なるとプレンティスの所在は不明。そんな中でプレンティスに一番近い人物がその夫を探している。しかもわざわざこの屋敷にまで来た、ということは余程アレックスに早く会わなければならない事情がある」
「そういうこと。で、次にマリアンヌがアレックスに会えない状況という事は、彼自身も天界執行役の責任者補佐官として大任を負い、そうした正当な理由がありマリアンヌでは行方が追えない。又は、前者理由以外で行方不明の場合が考えられる。でも正当な理由で行方が分からなかったら死神長にでも尋ねればいいじゃない。でも教えてもらえずに『アレックスは今任務に就いていてどこに行ったかは言えない』とか言われれば、マリアンヌも執行役なんだからアレックスの行方は諦めるものでしょう? よっぽどなバカじゃない限りは」
「まあそうでしょうけど。ではそうなると、アレックスは現在、正当な理由かそうでないかは別として、その行方が分からない状況にある。そしてそれを探し出さなければならない理由を持ったマリアンヌが居る。それが仮に正当な理由でアレックスの行方が分からなくても、ただ単に姿を眩ましただけであっても探し出したいと強く思っている。
そしてその理由はアレックスならばプレンティスの居場所を知っているから。おそらくマリアンヌはプレンティスの方を探している。アレックスにだけは居所を教えているか、又はアレックスが独自に居所を掴んでいるか分からないけれど、何らかの手掛かりがあるからこそ、マリアンヌはアレックスに会いたいと思っている」
「そうそう。私の話が分かってきたみたいだね」
「だから貴方もご自分でプレンティスの所在を神術などで探ってみた、と。でもそれが分からなかった」
「そうなんだよ。私だって痩せても枯れても一応、天上界を守り抜いた神術使いでもある訳だからさ。そんな私の術を以っても見つけられなかった。
更にそんな状態にあるプレンティスを君を含めて誰も主要な人物たちは探していない。ってことは彼女が行方不明であるのは公に捜索できない理由がある。一侯爵夫人がいなくなれば普通、尋常ではないから大規模捜索をするだろうし、そこには当然、夫たるアレックスだって一番に探しに出るだろう? 君にだって一番か二番目くらいには頼られに来るはずだろう」
「ま、まあ。二番目ではなく一番で良いと思いますが。おそらくそうでしょうね。それにただの家出程度であればアレックス自身がすぐに見つけ出せます。しかしその私へ捜索要請がどこからも掛かってこないという事は……」
「勿論。君が頼りにならないって事も考えられるけど」
「ちょっと。ここでいきなり失礼な事を言わないでください。つまり表沙汰にプレンティスを探せない理由がある。そうに決ってます」
「ま、そういう事。だから私はマリアンヌに〝じゃあウォルシオムの二人は夫婦で特別に動いてるんじゃないの? 大変だね。坊が直接支配している管轄の役人は〟って言ってやったんだ。そしたら彼女、少し顔が強張った」
「それは陛下に対して貴方が尊大な発言をし、彼女が訝しんだのでは?」
「違う。君こそ失礼だな、親に向かって。そうじゃなくて坊に怯えたってカンジかな。いや、嫌悪というか。とにかく一瞬、すくんだって言う方が近いね。
ってことはだよ。彼女は天界王にイチモツある状態だと考えられる。では一介の天上人が、主たる天界王にそうした思いを抱く理由は何か。君には分かる?」
「マリアンヌが王陛下を快く思わない理由ですか」
様々に思い当たる節がある。陛下は自分の住まいである本神殿を気楽にうろつき回る。その為、王族や貴族以外の人物たちとも、これまた気楽に触れ合いをし親しく交流をしている。その為「陛下におやつを取られた」やら「おしゃべりばっかりされて仕事の邪魔」やら「びーびー泣かれて迷惑だ」といった苦情が奴の補佐官、もとい、王陛下の補佐官たるランベルセの所へ結構くる。
だがこの話の中の陛下へ対するイチモツは、そう単純なものではないだろう。しかし想像力を働かせてもランベルセはすぐに思いつかなかった。