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《天川魔法使い協定》(2)‐1
(二)
昨今の天川市における奇怪な事件は、あの二人のせい、だけではないこともたまにある。
《事例・①》
時を遡ること今から一か月前。梅雨の真っただ中、六月二十三日。
対象人物は暮坂亞未(くれさかあみ)。十一才。
彼女の毎日は、自分の家と歩いて十五分かかる天川第一小学校の五年一組を往復することがメインだった。それ以外はとくに目立ってやることはない。学校が終わってから塾や習い事などもやっていない。
「勉強は、まだついていけないほど難しくもないし。ピアノとか水泳とか、あんまり興味ないんだよね……」
母親が専業主婦であったので学童へ行くこともない。だから本当にウチと学校の往き来だけだった。
しかし彼女自身がそれに不満でもなかった。帰ったらおやつを食べ、宿題をやり、ゲームをやり、マンガも読んで……と、やっていれば一日はだいたい終わる。
(でも、たいくつと言えばそうかも)
クラスメイト達の放課後はみんな忙しそうにしていた。英語の塾、ピアノのレッスン、体操教室。友人らは色々やっている。その為、気楽に遊ぶ約束をすることもままならなかった。もしかしたら、それだけが不満だったのかも知れない。
けれど家に帰って、おやつを食べることやゲームすることは、面倒なことではなくラク。母親からは「何かやりたいことあるならお習い事、やってもいいのよ」と言われてもいた。でもそういったことは、亞未にとって面倒だった。だから彼女にその選択肢はちっとも挙がらない。毎日を退屈に感じながらも、それがキライではないし、やっぱり不満が積もるほどでもない。
だから。ある日の放課後。帰り道に出会った〝それ〟は、ちょっと面倒な物なのかも知れなかった。
その日はちょうど梅雨の中休みが訪れ、ここ二日間は晴れの日が続いていた。
そんな日の帰り道に〝それ〟と出会った。〝それ〟とは「鏡」だった。アミも家に一つだけ持っている。ピンク色の丸い縁をした手のひらサイズの小さい物。
けれど、今、彼女が目の前にしているのは、持ち手の部分もふちの部分も透き通った紫色をしている手鏡だった。長さは二十センチ以上はある。そして鏡の部分がトランプのダイヤ形になっていた。
「誰かの落とし物……?」
もうアミの家が見えている場所だった。家の手前に三、四歩で渡れる小さな橋があり、そこの端に太陽の光でピカピカと反射している〝それ〟を見つけた。
(でも周りに誰もいないし……)
細い市道と橋以外は畑だらけ。昼間と言えど、ほとんど人は歩いていない。
彼女は鏡が落ちていることを不思議だと思ったし、まして持ち手の先の鏡の部分はダイヤ型で色も紫。なんだか不気味だとも思った。すぐに離れた方がいいんじゃないか。そんなふうにも感じた。
アミはなんとなく「こわいな」と思ったので、その場から、鏡から、すぐに離れようとした。その矢先だった。
『ワタシを見つけた人は幸せモノです。どうか拾っていただけませんか?』
どこからともなく、何かがしゃべり、誰かに問いかけた。声は女の人だった。優しそうでもあった。でも声の主の姿がない。姿が見えない何かの声は、それだけで恐かった。
「だ、だれ……? どこですか?」
『足元にいる鏡でございます。ワタシを見つけたあなた。あなたは幸せモノです。ひろっていただけたら、その証明をしてみせましょう』
「しょ、証明って。でも……」
『簡単に考えてください。ワタシを拾いさえするだけ。それだけであなたは、とても幸せになります。良い事が毎日たくさんやってきます』
「で、でも。アナタの本当の持ち主が、わたしが勝手にアナタを持って行ってしまったら怒るんじゃない……?」
『そんなことはございません。ワタシは誰のモノでもなく、ワタシはワタシの考えで幸せにして差し上げたい方の元へ行くのです』
「え? そ、そうなの?」
『はい。ワタシは自分の判断でアナタのところへやってきました。だから遠慮も要りません。怖がる必要もありません。ただ拾っていただければいいのです。そうしたことで、アナタは実感することでしょう。ああ、幸せになれた、と』
「ほ、本当に? でも、なぜわたしを幸せにしてくれようとするの? アナタにとってそれが得になるの?」
『ああ、なんて疑い深い方なのでしょう。そして謙虚でもある。鏡であるわたくしめにまで心配をしてくださるとは。だからわたしはアナタの所へやってまいりました。心が澄んだ優しいアナタ。そんなアナタに幸せになってほしい。そう思ったからやってきたのです。わたしが傍に居たいのは心のきれいなニンゲン。そのニンゲンのそばにいる事が一番のトクになること。そういうことなのです』
「そ、そうなんだ……」
はじめはこわかったアミだが、鏡の言葉にだんだんと気持ちが和らいでいった。それに優しい、心が澄んでいると褒められた。恥ずかしいけれど、とても嬉しかった。
「本当に鏡を拾うだけでいいの? わたしが」
『はい、そうです』
アミはその嬉しさですっかり怖さがなくなり、足元に落ちていた紫色の鏡の前にしゃがみ込んだ。そして、やっぱり少しドキドキはしながらも、その鏡をそっと手に取った。
『ありがとうございます、クレサカアミさん。わたしはアナタのような素晴らしい持ち主に出会えて本当に幸せです。約束通りアナタにも幸せになっていただきます』
その日から。アミはたしかに毎日毎日、幸せが続くようになった。
「なんかさ。最近、アミちゃん。ちょっと変わったよね」
「そうそう。なんだか少し……ねぇ」
「ふっくらしたと思う」
「しっ。本人に聞こえたら悪いじゃん」
「でもでもぉ。ホントのことだし」
「だよねぇ~」
そんなヒソヒソ話がクラスの中で囁かれていた。しかもアミの耳にも実は聞こえていた。けれど、彼女はそんなことがちっとも気にならなかった。気にならないほど幸せだったから。
鏡を拾って以来。というか。鏡を拾って帰ったその日の夕方。すぐに幸せな出来事が起こった。
アミが家に帰ってからゲームをしていると、ピーンポーンと呼び鈴が鳴った。それからしばらくして、母親がアミの部屋へとやってきた。そしてニコニコしながら「アミ。さっき親戚のハルコおばさんが来たの。そしてアミに是非って、ほら見てっ。廣瀬にある百貨店のスゴく高いケーキ。こーんなに買ってきてくれたのよ~」と、箱詰めになっていたカットケーキを見せてくれた。イチゴのショートケーキに、チーズスフレ、チョコレートケーキにプリン・ア・ラモード、モンブランにたくさんのフルーツが乗ったタルト、抹茶ケーキにラズベリーのムースケーキ。すべてがまるで宝石みたいにキラキラしている。きれいでとても美味しそうだった。
「ぜ~んぶ食べていいのよ~」
「え? こ、これを全部……?」
「そう。だっておばさんはアミに食べて欲しくて買ってきてくれたって言ってたんだもの」
「そ、そうなの……?」
(自分のために、わざわざケーキがいきなり用意される???)
彼女は嬉しさよりも、不審さと、すごく不思議に感じた。
ケーキはどれも本当につやつやしていて本当に美味しそうだった。さすがデパートで売っている物。飾りに添(そ)えてあるチョコレートでさえも、オシャレで繊細なアルファベットがあしらわれていた。
(も、もしかしてこれが幸せが訪れたってコト???)
おもわず目の前のケーキにゴクリっとのどがなってしまうほど。
ランドセルの中にしまったままの紫の鏡が思い浮かぶ。まだどこに置くか決められずに放っていた。それに鏡は拾ってから何も言わなくなってしまったのだ。
でもこんなに素敵なケーキが突然現れるなんて。たしかにラッキー。
つまりこれが。鏡が言っていた――幸せっ。
「あ……ありがとうっママ!!」
彼女は用意してもらったケーキを思う存分、お腹がいっぱいになるまで食べた。はじめは自分が大好きなチーズスフレケーキ。その初めのひと口を食べた瞬間。
「おいしいーーっ」
この世のものとは思えないくらいに、なめらかでクリーミーな濃いチーズの味が口の中にいっぱいに広がった。甘さもしっかり感じられるけれど、チーズの風味がしっかりしていて、鼻からその香りが抜けるといっそうおいしさも倍増して感じられた。信じられないくらい美味しかった。
「幸せ~~」
彼女は夢中になってケーキを食べ続けた。本当ならケーキはいつも一コだけでもじゅうぶんなのに、今日は二個目、三個目と食べ進んだ。イチゴのショートケーキとチョコレートのケーキは半分食べられた。その二つも、近所で買うケーキ屋さんとは比べものにならないほど美味しかった。でもそれ以上はお腹がいっぱいになってしまい残りは母親にあげた。
「あら? もういいの?」
「うん。もうお腹いっぱいだよ~」
アミはそれで、もう十分満足だった。こんな幸運はめったに起こることはない。
(うん。やっぱり幸せが訪れるって本当だったんだっ)
だが。彼女がめったに起こらない、と思っていた幸運は次の日にもやって来た。
翌日は祖父がやって来て「近所の和菓子屋で特売しておったんだ」と、アミが気に入っている、みたらし団子を5本まとめて詰められているパックを持ってやって来た。その他にも、あんこのお団子、ヨモギのお団子、それから大福にどら焼き。とにかくアミの好きな和菓子がずらずら~と並べられた。
「お、おじーちゃん。ありがと~!!」
更に次の日には「ご近所さんが……」と、外国のチョコレートの詰め合わせが届き、その次の次の日には「おまんじゅうを蒸かしたから」と、今度は祖母が持ってきてくれた。
(毎日がお菓子祭りみたいっ)
こうした日々が続きひと月も経つと、細身であったアミは、見た目で分かるくらいに体が丸くなった。けれどそれに対して母親も、そして自分自身も特に気にはせず、毎日なんだかんだと舞い込む「幸運」をパクパクパクと噛みしめていた。
「なんかさぁ~。アミちゃんが急に太ってきた感じがするかわりに。三橋くん。急にやせてない?」
「そうそうそうっ。なんか急に細くなったよね~」
「ちょっと前まではゴロタローってあだ名どおりにゴロッとしてたのに」
「ダイエットしたのかな~?」
「えーっ。だったらそのダイエット法が知りたい~」
「だよね~」
五年一組ではそんなヒソヒソ話とウワサ話が、ここひと月の間、天川第一小学校の五年一組でずっともちきりだった。
** ** ** ** **
そして夏休みに入ってしまった。
「ね? 気になるでしょ?」
「はぁ。確かに、私のケーキより美味しいなどという代物が、このド田舎県にあるとは思えませんねぇ」
「でしょっ!! 変だよねっ」
「そうだねっ。もしも、そんなケーキがあるなら、実っ際っ。食べて比べてみたいねっ」
「でっもさ~。味覚って人それぞれじゃな~い?」
「そうですよ~。カルスさんのケーキだけが美味しいだなんて。高慢チキチキレースですよ~」
「では、貴方の分のアップルパイは没収です。桜佑。食べていいですよ」
「やった~。ざまなーい、香川さんっ」
「ひどいですーーーーっ」
天川第一小学校、五年一組に在籍している朝倉桜佑くんは、家庭教師をしてくれるという是鷹医院長のお家へ来ていた。医院長のクリニックは十三時三十分から十五時三十分までがお昼休み。だからその時間を利用し、十四時からクリニックの裏手にある母屋の居間で、勉強を見てもらっていた。
そこへ今度は十五時ぴったりに、ケーキ屋さんの父親が「レゼッタ君に頼まれたので」と、アップルパイを焼き届けに来てくれた。その為、お勉強は中断され、西園寺家の家政夫さんが、お茶と「僕もリクエストされたドーナツを揚げたり、焼いたりしたんだよっ」と、自分の力作も大皿に盛りつけて並べてくれた。
加えて。結局、住む家が無くて可哀相な香川さんが、西園寺クリニックの丁稚奉公としてなら置いてもらえる事になり(追放した人物の家に転がり込める精神力あり)、郵便局にお遣いへ出されていたところから帰ってきた。
「見てくださいです~。五円の切手を買ったら、色々なパンフレットもらっちゃいました~。カレーの通販ですよ~。し、か、も、ご当地カレー」
「カレーが当たるのかいっ!?」
「懸賞じゃなくて、お金を出せばカレーが届くの。日本全国から」
「ニ、ニッポン中からっ!? な……なんて便利なんだろーーねーーーーっ」
そんな一同が再び顔を揃えた昼下がり。カレーはともかく。
朝倉桜佑くんが、父親のケーキより美味しいケーキがある。そうクラスメイトの暮坂亞未が言っていた。と、さっくり美味しいアップルパイを食べながら話題に出したのだった。
「桜佑君っ。一体、どこなんだいっ!? 君のお父さんのケーキより美味しいケーキが売っているというお店はっ」
「えーと。廣瀬市の百貨店って言ってたから、鈴凜堂(りんりんどう)百貨店のことじゃないかなって思った」
「それなら早速、確かめに行かないとねっ」
彼の話で真っ先に興味津々となったのは春人さんだった。もうその手には自家用車のカギが握りしめられている。
「しかし鈴凜堂百貨店の中に入っていたケーキ屋さんブリエンツは、たしか二か月前に閉店したはずですよ? 次のテナントはまだ決まっていないとか」
だが父親、業界の事情に精通しているケーキ屋の御主人は首をかしげた。
「へー。それなら違うんじゃな~い? 君のケーキより美味だって言われたケーキの出所は」
「ボク、ペッコちゃんのケーキが好きですぅ~」
「香川さんの好みなんてどうでもいいと思います。そんなのよりブリエンツが無いとなると、父さんのケーキより美味しい店の見当。つかなくなるよね。廣瀬市にケーキ屋さんはたくさんあるし」
ド田舎と言えど、県庁所在地の廣瀬市。息子さんの言う通り、それなりにそこそこ沢山のケーキ屋があった。
「ではヒロセ市全てのケーキ屋さんのケーキを食べて、カルス君の味と比べてみてはどうだろうっ!!」
いいアイデアを出した春人さんはニッコニコの笑顔で「それなら早速、ヒロセ市へ行ってケーキ屋さんを巡らないとねっ」と、提案。
「ぼく、大賛成っ!!」
そして一名の共感者もアリ。
「レゼッタ君。それはあまりにも非効率的です。桜佑も本気にしてはいけません。第一、廣瀬市であろうと、この天川市であろうと、私のケーキの味を超えられる職人はいません」
「魔道士君も言うね~」
「やっぱりカルスさんは高慢チキチキレースで~す」
「貴方も懲りませんねぇ。桜佑。香川さんのドーナツも食べてしまっていいですよ」
「やったー」
「ああっ。ダメですぅーっ。牛乳ドーナツだけは誰にもあっげませんよーだ。あっかんべー、ですーーっ」
話題提示者の小学五年生と大人げない香川さんがドーナツ戦争を始めたところで。それを脇にケーキ屋さんが考え込んでいた。
「な~に? どうかした、魔道士君は」
「いえ。気になるのです」
「自分より美味しいケーキが?」
「はい。私のケーキは、多くの品評会やコンクール、それらに出品させて頂く機会が幾度かありました。そして連戦連勝です。そのお陰で店の評判もいいのです」
「そうだねっ。僕も時々、急に食べたくなってしまうから、注文を入れさせてもらっているよっ。医院長も食べたがるしねっ。でもなかなか、いんたーねっと注文だと予約が出来ないんだよっ。だから直接、頼んでいるんだっ」
「確かに。妖力の遠感術で、直接、私の頭の中へと注文をしてきますよね、レゼッタ君は」
「うんうん。直接がいいからねっ」
「はあ、まあ。他の、できればお電話のほうがありがたいのですが」
「それなら次は店頭へ行くよっ。直接の方が伝わるからね、僕のケーキへ対する気持ちが」
「はあ、まあ。気持ちも大事にしたい所ですが。食べたいケーキの種類と個数が伝わることが一番大切なんですよ」
そんな返事しか出来ないケーキ屋の御主人であったが、
「……と、このように。ご近所の方からも注文を多く頂くほどの盛況をしています」
自分のやっているお店の現状を披露した。そんなことを言えば当然。
「ふーん。そこまで言う? 普通」
西園寺医院長の然るべき返答があった。
「しかし事実です。それなので今年の初めに、その鈴凜堂百貨店さんから『当社に星の丘の支店を出さないか』と、お誘いを受けたのですよ」
「ええーっ。そうだったのかいっ。それは……スゴイねっ!!」
「うっそ。ぼく、知らなかったよっ」
「ええ、桜佑には話してませんでした。奏さんと私だけが知っていることです」
「へー。たしかにそこまでになると、自画自賛をしても別に良いと思うよ。老舗百貨店から声が掛かるなんて。いいじゃない」
「ですが、お断りしました。私はケーキを美味しく焼けますが、経営手腕の両立となると、ケーキの美味しさに保証ができません。ケーキや他の焼き菓子を焼くことに、今より集中できなくなります。ですから二店舗同時経営はしたくありません」
「それなら朝倉奏さんにケイエイシャ、というものをやってもらうといいんじゃないかなっ。彼女は紙幣や貨幣が人並み以上に大好きだろうっ」
「はぁ。まあ、奏さんはお金の亡者、のような一面もありますが。しかし。お金が大好きであることと、経営者をすることは違います。算数、数学が2だったので。無理だと思うのです」
「じゃあ駄目だ。馬鹿なんだね、三代目の輝星剣士は。息子にそれ、遺伝しなくて良かったね」
「まあ、大きな声では言えませんが。他の良い部分は似ています。食欲旺盛の所とか」
「うんうん。いっぱい食べることは良い事だねっ」
ケーキ屋さんはそれからまた少しだけ沈黙をしてから「そうなると。一体、どこのケーキを食べたのでしょうか」と、呟いた。
「もうっ。だったら、カルスさんっ。その、ナントカナントカさん、って子供に、直接聞きに行けばいいじゃないですかっ。あーもー。ボクのドーナツ、小賢しい朝倉桜佑くんにまた盗られちゃったですー。ひどーい」
そう言いながら、香川さんは春人さんに「もっとドーナツないですか~」と注文した。
「確かに気になるなら、言った張本人の所にでも真相を探りに行けば~?」
「しかしご自宅を訪問し、小学生を相手にどこのケーキを食べたのか聴取するのは、あまりにも非現実的な話。それに桜佑も夏休みですからねぇ。親しくも無い、ただのクラスメイトの所へ行くのは不自然です」
「ぼくもケーキのことは気になるけど、暮坂さんちに行くのはイヤだよ。知りたいなら休み明けに聞けばいいんだし」
桜佑くんは香川さんから奪取したドーナツをもぐもぐしながら父親の方を見た。
「それにさ。暮坂さん。そのケーキを食べて以降、それ以外にも、毎日、メッチャ美味しい、和菓子を食べたり、箱詰めチョコを食べたり、色々なお菓子を食べ続けてるって話だよ。だから一ヶ月で体重がすっごく増えて、見た目がちょー変貌したしね。でも本人、全然、気にしてなさそうだし」
桜佑くんはドーナツ片手に視線だけを天井の方へ向け、少し黙って考えてから「枯れ木が肉まんに変身したくらい、変わったかも」と、言った。
「ちょっと。それってさ、完全に病気じゃないっ!?」
新たなる教え子の話に、専門家である是鷹医院長はさすがに驚きあがった。
「あのさ。人間は、健康だった人が一ヶ月で二キロ太ると、体重増加傾向としては要注意なんだよっ。少し経過観察した方がいい。勿論、個体差があるから絶対的な判断じゃないけど。でもさ。見た目が枯れ枝、つまり細身だった子供が一ヶ月で肉まん。それ、明らかに誰が見ても肥満児になったってことでしょ? そんなのは異常だよ。緊急事態だと思うけど」
医院長の顔には険しさの表情が浮かんだ。
「でもさっきも言ったけど、暮坂さん自身、特に気にしていないふうで。毎日、楽しそうにしていたけど。まあ、若干、いつも一緒にいる友だちグループのメンバーからは、引かれてた感じだったかなぁ。でも彼女自身は、服のサイズがこの一ヶ月で子供サイズから大人サイズに急成長、とか言って自虐ネタみたいにしてたし。危機感なんてゼロだったけど」
そう言う桜佑くんも特に気にしていないうふうの顔で、再びドーナツを食べ始めた。
「す……凄い事だねっ。一ヶ月で子供から大人になってしまうニンゲンがいるなんてっ。見てみたいよっ」
香川さんからの追加オーダーされたドーナツを用意し終えた春人さんは、医院長らの話を聞くと、嬉しそうに興奮していた。
「だーかーらーっ。いないの、そんなニーンゲーンはっ」
「んんん??? ではどうしてそうなったのだろうねっ。カルス君のケーキより美味しいケーキを食べたから、なのかな?」
「それはわかりません」
「あ、でもね。そんな子もいれば、彼女とは真逆で、子供相撲に出たら優勝できそうな体型だったムッチリしていた三橋君が、一か月くらいで標準体型よりも痩せちゃったんだ。相当ガリガリになって。だから夏休み前に入院したんだよ」
「ええーっ。そんな子供まで君の学校にはいるのっ!?」
珍しく医院長も春人さんバリにビックリしている。
「うん。はい。両方、同じクラスの子だけど」
「それって、どう考えても」
「学校の怪談ですぅーーっ。こわーい、こわーいっ。その学校ぉ~~っ」
両手にドーナツを持って頬張っている香川さんが、震え上がりながら唐突に叫んだ。
「だよね~っ。完全に呪われてるよ、その学校。何かいるんじゃな~い? 妖魔とか、妖魔とか、妖魔とかがさっ」
「んんんっ。妖魔なのか、天上人なのか、人間なのか、邪神なのかは分からないけれど。心配だねっ。不思議な目に遭って、苦しんでいる人間がいるなら一大事だよっ」
ありとあらゆる生命に慈悲深い春人さんは、ものすごく憂いの表情なんかをさせた。
「あそっ。そんなに心配なら、春人。お前、学校に行って確かめてきなよ。自分で」
「そうだねっ。急いで調査に行って、ニンゲンを救わないとっ」
そして、さっきまで握りしめていた自家用車の鍵。春人さんはそれをまたグッと握りしめ、今度こそすぐに出動する勢いだった。
「あの。是鷹医院長は行かないのでしょうか? ご自分では」
「は? 当たり前でしょ。だって、外、暑いじゃな~い」
一人だけアップルパイを優雅にナイフで小口に切り分け、フォークでそれを口へ運びながら医院長は「それにこれから別に救わなくちゃならないニンゲンが来るしね~」と、壁に下がっている古びた振り子時計を見た。時刻は十五時二〇分。
「ボクも、そんな呪われてる学校なんて怖くて行きたくないですぅ~」
「香川さんになんて誰も期待はしていないから、その心配は要らないと思います」
「もうっ。ひどいですーっ。ボクだっていざとなったら、大活躍できる魔法を連発できるんですよーだ。まだまだヒヨッコ魔法使いの朝倉君なんて、足元にも及ばないんですよ~だ」
「そんなことないよっ。ぼくも本気を出せば、ものすごい合成魔法が使えるんだからっ」
「うんうんうんっ。それなら、道案内をアサクラ君。お願いするよっ。そして陛下っ。正義のために大活躍をお願いするよっ」
「ええーっ。めんどくさーい」
「ええーっ。ボクもあっつい所になんていきたくないですーっ」
こうして。おやつタイム終了の後。「色々な勉強を学べたのは良いのですが、学校の課題は五ページ、残ってますねぇ」と桜佑くんは父親に指摘された分をやってから、人選に満足をしている春人さんを筆頭に、「絶対コワイの出てくるヤツですぅ~」と、不服で、ふへー、フマンだらけの香川さんとで結成された学校の怪談探査一団は、クリニックから車で五分ほどの場所にある天川第一小学校へと向った。
「って、君こそ一緒について行かないの?」
「彼らについて行かずとも、桜佑がいますから。まあ、大丈夫だと思います」
「ふーん。一番の頼りが子供っていうところが、あのトリオの評価だよね」