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天川魔法使い協定

初回掲載:2026年7月5日

登場人物紹介

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《天川魔法使い協定》(1)‐2

 その晩。

 予告通り、自宅へ帰った朝倉さん一家は、夕食の献立に大根おろしと大葉のさっぱりハンバーグ、昔ながらのケチャップオムライス、それから本物のミモザの花が咲き誇るような丁寧に作られたサラダが食卓に並んだ。他にも、ジャガイモの冷製ポタージュもついていた。

「おお。今日は昊くんが作ってくれた夕食かっ。さすがだね」

「ホント、美味しそうね~。早くいただきましょうっ」

「もーっ。じーちゃんたちは食いしん坊だなぁ」

「それは桜佑。君も同じでしょう」

「わーい。いただきまーす」

 同居をしている奥さんのご両親も加わって、丁度、午後七時のニュースが始まるタイミングで、食事も開始された。朝倉家は時々、このようにお料理上手な御主人が、翌日ケーキ屋の定休日などの場合に夕食を作ったりしていた。一家はその料理が大好きで、その日はいつも以上に和やかにこやかで食事を摂っていた。料理を作った御主人も、家族に喜んで食べてもらえることがなによりも嬉しく、また、作る甲斐を覚えるのであった。

 和気藹々。家族団欒。とてもよい食事風景だった。

 そんな食事開始の直後だった。ドドドドドッ。グラグラーーッ。と、唐突に、大地が揺れた。

「うわぁーーっ。ぼくのハンバーグがっ」

「そ、それよりもテーブルの下に隠れてっ。桜佑っ」

 まるで地面が突き上げられる勢いの揺れが突然、一家を襲った。食卓も上下に浮き、料理もお皿やうつわから零れる勢いだった。それと同時に、空気まで大きくゴゴゴゴゴッと震え家の壁を揺らした。

「こ、これはっ」

 朝倉さんの御主人、大魔道士で、大地の神であるカルスは、すぐにそれが何であるか分かった。そう。分かったからこそ。

「はあ。どうしてそうなってしまうのでしょう……」

 と、大きなため息が出た。

「あの。ちょっと、出かけます」

「え? え? ど、どこに行くの昊さんっ。こんな時にっ」

「こんな時だから、是鷹医院長の所です」

 彼はそう言って「地震はすぐに収めます」と、食卓を前に、黄金色の魔法を天井へ向けて放った。それは物理的な物を壊すことなく上昇し、天井をすり抜けると、彼の言う通り揺れはすぐに収まった。

「あ。と、止まった。揺れがっ」

「でもぼくのハンバーグがお皿から飛び出したよーっ」

「それはあとで作り直してあげます。しかし今はちょっと出かけます」

「えっ。だ、大丈夫? 気をつけてよ」

「はあ。出来る限りはそうしたいですが」

 カルスはやれやれと思いながら、瞬間移動魔法を自らへと掛けたのだった。


 到着した場所。現場というべき所。そこはまるで隕石が落ちたような大穴が空いていた。クレーターというものだった。

「くっくっくっ。どう? 私の実力。畏れ入った?」

 そのセリフに、色々な意味で畏れ入った。

 夜の帳が降りて間もなくの頃。自宅からさほど離れてはいない一級河川の近くに、とあるお宅があった。畑や斎場や遊戯場が点在し、人家もぽつりぽつりと建ち並ぶ広義で言う住宅街。そんな場所に存在している小学校教諭をしている雅沢さん家。そこを木っ端微塵に吹っ飛ばしたようだった。お庭ごと。自家用車ごと。

「はぁ~。少し、すっきりした」

「それなら良かったよ。僕ら妖魔には〝すとれす〟というものを感じる感覚自体が分からないからねっ。しかし、医院長の不快感が取り除かれたのなら、僕も嬉しいよっ」

「まったく。ホント、うちの神々はなってないよね~。こんな紙を私へ寄こすなんてさ」

 主犯格の男が手にしている一枚の紙。カルスはそれに勿論、見覚えがあった。昼間とあるクリニックへ彼自身が持ち込んだものに違いない。紙を手にしている人物は、少し距離をとった場所に立つ背の高い男性へと、これ見よがしにそれを振りかざしていた。

「次はこれを書いた人、ううん、神様に一撃食らわせてやらないとね。まずは君かな? 門弟で一番優秀だったおちびクン」

「ルイ先生。もうこれ以上は止めてほしい。これ以上の事をやったら、このニンゲン界からも追放されてしまうぞ」

 長身の男性は低い落ち着いた声でそう言い放った。

「は? 君ね。それも奥方の意向? もう。何でもかんでも奥さんの言いなりなんて、それは単なる恐妻家だよ。私のような真の愛妻家とは違うね~」

「そういう問題ではない。今、英雄者は天界へ先生に対する抗議に行っている。だから帰ってくる前に帰って欲しい。その間、俺はこの惨状を復元しないと大変な事になる」

「ほら~。そうやってすぐに奥さんを甘やかす。だから彼女はつけあがるんだよ。ダメダメ。少しは自分がやったことを身に染みてもらう為に、ここはこのまま見せた方が良いって」

「そうではない。大変な事になるのは俺、も含めて先生も、だ」

 カルスはこの二人のちょうど中間に立っていた。そして二人がセリフを言うたびに、そっちを向いて、あっちを向く。

「やあっ。カルス君っ。ごきげんよう。どうしたんだい? こんな夜半に。散歩かいっ」

 そこへやはり昼間に会った友人がてってってっと寄ってきた。彼も相変わらずニッコニコで楽しそうな雰囲気を振りまいていた。妖魔だからだった。

「レゼッタ君。どうして医院長を止めてくれなかったのですか」

「カルス君。それは……愚問だと分かって欲しいっ。聡明な君ならばねっ」

 妖魔に問うたのがまず愚問。そして、この状況を放置することは非常に危険で拙いことだった。

「お二人共。殊に是鷹医院長。どうして貴方のような人物がこのような愚行に及ぶのです」

 カルスはまず内科の先生に質問をした。すると彼は「だって、君があとは私に判断を任せるって言ったからさ~。それならムカついた腹癒せに来たまでだよ」そう『しれっ』と応えた。はあ。そう来ますか、この天上界の智者は。カルスは心の中で軽くため息を吐いた。

「カルス。貴様が我が師を唆したのか?」

 そして。それに関しては完全な濡れ衣。しかし医院長も決して嘘を吐いている訳ではない。つまり世間で言う「め……めんど、くさっ」というヤツだった。

 だが彼も、冷静な頭の良い大魔道士で、大地の神だった。

「光神さん、こんばんは。貴方の質問ですが、答えはいいえ。のー、というものです。私は貴方がたの意思を言伝し、お話をしました。最善もきちんと尽くしましたよ。その証拠に、医院長の手には貴方がたが発布した紙がああしてちゃんと渡っているでしょう?」

「確かにそうであるが。ではなぜルイが、我が家を壊滅させるに至る結果となるのだ」

「それは是鷹医院長の判断です」

「ではレゼッタ・ガレジィートェ。貴様はなぜ友であるルートヴィッヒを止めなかったのだ」

「それはルートヴィッヒの判断が一番に優先されるべきだからだよ。我が家の首領は医院長だからねっ」

「ではルイ。どうして我が家を攻撃し、全壊させる行為に及んだ」

「ムカついたから。さっき言ったでしょ? 聞こえてなかった? それとも聞こえたけど忘れちゃった?」

 宵闇の中。全員。正直者しかいない。そんな中で一人だけが「はぁー」と、深いため息を吐いた。それは勿論、被害者からだった。

「ルイ先生。俺は先生のことを尊敬している。しかし敬愛する師の味方ばかりをする訳にもいかない。当然だ。自宅を破壊されたからだ。普通、家を潰されたらいい気はしない。そうではあるまいか」

「確かに……それはそうだねっ。医院長。少しやり過ぎたのかも知れないよっ」

「まあ、本来ならば少し、という程度ではない。妖魔の判断基準は俺には理解できないが、正直、俺はかなりやり過ぎだと思う」

「私もとてもやり過ぎだと思います。人間にとって、家、まい・ほーむ、というものは、住居としても大切ですが、そこから派生した様々な思い入れもたくさんあるのです。それを壊されては、怒りは勿論、悲しい思いもするものです」

「そうだ。とりわけ、うちにも子供がいるが、彼にとってもこんなふうになってしまった我が家を見れば、ショックは大きいだろう。彼を傷つけた責任は誰がどんなふうにとるのだ。ルートヴィッヒ」

 と、被害者が言い切る前に、辺り一面が黄金色の光に包まれ、あらゆる全てに祝福の神力が降り注がれた。その後。光が収まっていくのと同時に、クレーターが消えて、代わって地面が現われ、その上に人家とそれに付随していたお庭、自動車が現われたのだった。

「同じ子供を持つ父親として、そんな話をされてしまいますと。私はこうしたくなってしまいます」

「は? 私はいっちミリもならなかったけど」

「やっぱりカルス君はお人好しだねっ」

「なんて怖ろしい人たちなんでしょうねぇ」

 自分の愛用している魔法力を安定させてくれる杖を振りかざしていたカルスは、思わず本音を口に出してしまった。

「すまない。やはり誰を我が師へ差し向けても説得など無理ということなのだな」

「はい。無理でしょうね」

「英雄者は甘い。ルイ先生に期待できるのは、リドール神を攻撃する神力と神術のみなのだ。それを分かっていない」

「おっしゃる通りだと思いますよ」

 彼は手にしていた魔法の杖を消して、お医者さんをしている人物を見た。

「是鷹医院長。あまりやり過ぎてしまうと、その後、貴方にとって面倒なことが返ってくると思います。ですので。これ以上、光神さんたちに突っ掛からない方が身のためだと思いますよ」

「あそっ。どんな面倒だか。私には想像もできないけど。そんなの起こせる実力があるの?」

「何だろうねっ。わくわくするよっ」

 カルスの隣の妖魔は相変わらずニッコニコしていて、状況を分かっているのかいないのか。それがむしろ分からなかった。しかし自分が目を向けている人物もなんとも思っていない、平然とした表情をしている。

「ま、おちびクンが『奥方は甘い』って言っている以上。私にとって大したことなんて、な~んにも起こせないと思うけど。魔道士君の買い被り過ぎじゃ、な~い?」

「はあ。それならそれで良いのですが。しかし。大したこと、又はそれほどでもないこと、であっても。私は、私に害が及ばなければそれで良いので。つまり何かが起こっても。私の所へ苦情や文句を言いに来ないでくださいね、ということです」

 光の神さまの自宅を修繕したのも、それどころか、こうしてこのような面倒な現場へとわざわざ出向いたのも。全ては、こんなこと以上の厄介事を引き受けたくないからだった。

「いいですか、医院長。そして光神さん。私は、私の最善をもうこうして尽くしました。ですから金輪際。私の所に、ケーキやお菓子の注文以外では来ないでくださいね。勿論。リドール神が現われた、ということでしたら別の話ですが」

 カルスはそう言うと、誰彼の返事や応答に耳を傾ける間もなく。自分へ瞬間移動魔法を掛け、事件現場からとっとと立ち去ったのだった。長居は無用だった。

「ほら。見ての通り。昼間も言った通りだろう? 魔道士君て」

「お人好しだねっ。いい子だよ、カルス君はっ」

「やはりルイ先生とレゼッタ・ガレジィートェは怖ろしい男。父上の言っていた通りだな」


  ** ** ** ** **


 前日。大した神力を使った訳ではないが、それ以上の疲労感があった。言うまでも無く、ご近所の内科医と他所の世界から遊びに来ている異人種のせいである。彼らの理解力と行動力のせいだった。

 元来。他人のせいにすることはない朝倉昊さんである。大魔道士で大地の神もやっていて、大変思慮深く、理性的な人物。そんな人は他人のせいにはしないものだが。しかし。先晩の事件と、経営しているケーキ屋さんが定休日の水曜日でもあったため。今朝はちょっと寝坊をしていた。スヤスヤスヤ、と。お布団の中で未だ安眠中だった。

 そんな安らかに眠っている彼に、突然、「わーんわーんっ。どーしてこーなるんですかーー」という叫び声と、左右の頬が外側へ「わーんわーん」の声と合わせて、ぐいーぐいーっ、と両方いっぺんに引っ張られた。

「え。は。ななななっ。なん、れす、くわ……」

 完全なる不意打ち。カルスは寝惚(ねぼ)け眼(まなこ)で混乱し、とりあえずスゴく眠たい目をなんとかこじ開けながら、目に映るものをそのまま認知していくしかなかった。

「あ、あならは……ふーじんさん」

 知り合いの顔が逆さに見えていた。しかもかなり至近距離。で、その顔はべそを掻いている。

「もーーっ。カルスさんのせいで、ボク、天界から追放になっちゃったじゃないですかーーっ」

「え。は。あろ。……じじょーが。よく、のりこへ……まへんねぇ……」

 と、いうか。カルスは頬っぺたを引っぱられたままの状態であった。

「昨日、英雄者様がボクの所にルートヴィッヒおじさんのことで文句を言いに来たんですっ。でもその時にルートヴィッヒおじさんが、英雄者様のお家。事もあろうか、潰しちゃったじゃないですかーーーーっ」

「ま、ま……あ」

「そのせいで、おじさんの監視がなってないっ、なってなさ過ぎーーっって言われてっ。カルスさんだけじゃダメだから、ボクもニンゲン界へ行って、もっと近くから監視しなさいって。そう言われちゃったんですぅ~~~~っ」

 と、言い切ったところで、カルスの伸び切っていた頬をポンッと放したのだった。朝からスゴく痛い目に遭わされた。

「風神さん。私に何てことをするのですか……」

「それはこっちのセリフです~~~っ」

 とりあえずカルスは両頬を手ですりすりすりと摩った。しかも知人の顔が近すぎて起き上がることも出来ない状況。なので、今度はカルスがべそを掻く知人の顔を両側から手拍子するようにバシュッと挟み、ぐぐぐっと退かした。

「いだいでずぅーー。ひどーい」

「はぁ。しかし、あの、顔が近すぎて会話もし難いですから。少し離したまでのこと」

 いくら妖精であった母親と瓜二つで、超絶〝お可愛らしい〟顔(本人の主張)であっても。寝覚めにどアップではかなわない。どんな顔、いや、自分の奥さんと我が子以外の顔では、不快でしかなかった。しかも、こうしてとてもウザったい人物では、エアコンの効いている快適な寝室であっても暑苦しい。

 お陰で、すっかり、しっかり目が覚めた。

 と、思った時。今度は足の方、素足の足裏にふわっふわっくしゅ~、というなんだかくすぐったい感覚がした。こ、今度は、な、何が。

「んんんっ。なかなかカルス君は起きてくれないねっ。このお掃除用具、くいっ・くるくるわいぱー、で足の裏をコショコショしてみたんだけどね。ダメかいっ」

 ……。

「ボクなら起きちゃいますよ~。敏、感、さん、なんで」

「では、カルス君は、鈍っ感っさんなんだねっ」

 泣いていたはずの若者が、いけしゃーしゃーと失礼なことを言っているのに対し、天然で失礼なことを言っている声も聞こえてきた。

「あの。レゼッタ君。どうして貴方も私の所へやって来て、足裏をこちょこちょする真似をしているのでしょうか」

「あ、カルス君っ。おはようっ。起きた、ということは。君は鈍感さんじゃなくて敏感さんだったんだねっ」

「はあ。普通くらいだと思いますよ」

「なるほどっ。では中間ってことだね。いいねっ。真ん中くらいが生き物として、一番幸せだよっ」

「はあ。どうも」

 と、返事をしながら、カルスはやっと布団から体を起こし「あの。なんなのでしょうか。朝からこのような大勢で」と、周りを見回した。

「もーっ。聞いてなかったんですかっ。だーかーらーっ。英雄者様がボクを天界から追放しちゃったんですよっ」

 真後ろから、わーわーわーと、さっき頬っぺたを引っぱった失礼な人物のうるさい声がした。

「はあ。だからといって、なぜ、私の寝室に急襲を掛ける必要が」

「陛下がね、急いでカルス君に会いたいと言ったからっ。朝食前だったけど来たんだよっ」

「はあ。つまり、思い付いたからすぐに行動へ移した、という訳ですね?」

 今度は布団の足の方の正面から、友人が今日は紺色の作務衣姿で、しかし手にはなぜかフワフワの、静電気を利用し埃を吸着させて取るハンディーモップを手にして正座をしていた。相変わらずのニッコニコな顔で「そうだよっ。すぐに動く。いいことだよっ」と、元気いっぱいの雰囲気だった。

「ほ~ら。だから言ったでしょ? 魔道士君。迷惑そうにしているじゃな~い」

 そして。部屋の書棚を前に、浮遊術を使って最上段を物色している人物までいた。

「あの。昨日も申し上げましたよね? 私の前には、金輪際、ケーキやお菓子の注文以外で来ないでください、と。まだ二十四時間も経っていませんよ」

 俗に言う、舌の根も乾かぬうちに、というやつである。

 しかし。

「そうだったのかいっ。それならカルス君のアップルパイが食べたいから、お願いするよっ」

 妖魔の友人が突然、お菓子を注文してきた。

「いえいえいえ。レゼッタ君。今日はお店、定休日です。それにお菓子が食べたいと言えば私の所へ来ていい、という意味でもないんですよ」

「鋭いね、カルス君はっ。僕の考えを完全に読んでいたねっ。さすが智謀者と謳われていた君だよっ」

「はあ。程度の低い智謀者と勘違いされそうな発言ですねぇ」

「でもアップルパイが食べたいのは本心だよっ。あー。楽しみだねっ」

「はあ。作るとは言っていませんが」

「ん」

 なんだろう。この妖魔の友人は、以前はもう少し、いや、もっともっと賢かったような? いやいや。過去の勘違いだったのか。

「もーーっ。アップルパイなんて、後で作ってもらえばいいんですよっ。それより、カルスさんっ。貴方が、ちゃーーーんと、英雄者様の命令を実行してくれないからダメダメなんですっ」

 と、今度は背後から両肩を掴まれ、ゆっさゆっさと体を激しく揺すられた。まったく、このスットコドッコイは……。と、カルスは思いつつ。

「いいですか、風神さん」

 偉大な大魔法使いは、面倒なので瞬間移動魔法を使い、自分が寝ていた布団の脇に正座をした格好で姿を現した。

 「私は別に英雄者様の命令を反故にした訳ではないのです。是鷹医院長とレゼッタ君が出された命令に従うかどうかまで、私には管理できないというもの。監視をしたところで、彼らの行動を制止など簡単に出来るものではありません。そんなこと聡明な貴方なら、考えずともお分かりになるでしょうに」

「ボクが頭良くても、命令は絶対なんですよっ。ちゃんとやって」

「はあ。では、医院長。レゼッタ君。行動を慎んでください」

「は? 嫌だけど」

「僕はしっかり生きているつもりだよっ。今日もお庭の花壇に水撒きをしっかりしたよっ」

「――ほら。ちゃんと注意喚起をしましたよ? でも結果はこの通りです」

「もーっ。みんなちゃんとしてくださいーーーっ」

 全員。ちゃんとやっている、と思っている。これ以上のことはどうすれば? と、いう状況を知人がただ分からず、わーわー騒いでいるだけなのであった。

「あのさ、坊。大体、『君が』私を天上界から追放だ、って『追い出した』んでしょ? だからさ。君が責任を取らされる方が自然だと思うよ」

「へ?」

 書棚から一冊の魔道書を取り出し読んでいた人物が、チロッと顔を少し上げ、坊と呼んでいる人物を見た。

「この私を『天上へ置いておくと危険だ』とか『ボクん家を壊してムカつく。だから追放』ってやったのって、君でしょ? だから私は仕方無しにニンゲン界へ降りてきて、まあニンゲンに医術を学ばせてもらったから、その恩を返しながら追放令が解けるのを待っているだけなんだけど。だから、元をたどれば魔道士君の監督不行届きじゃなくて、君が私を天界から私怨で追っ払ったのが悪いんじゃな~い? ねぇ」

「そ、そんなーっ。ボクのせいだって言うんですかーーっ!?」

 是鷹医院長の言い分。間違いではない。ないのではあるが、だからといって、彼の取っている行動に誤りが無い、とは言い切れないのも事実。

「うわーんっ。ひどいですぅーーーっ」

 しかし、それにしても知人である風の神は本当に、いつでもどこでも、うるさかった。彼は根明で陽気、非常に楽観的、と正真正銘にいわれる妖精族の血も引いている。つまり喜怒哀楽が異常に激し過ぎる。と、理解をすればよいのか、悪いのか。

 カルスは、ハァーとため息を吐くしかなかった。

 そこへ何の前触れもなく、寝室の入口の扉が開いた。

「父さん、朝ゴハンがビミョーにぬるくなっちゃうよ」

 入口から顔をのぞかせたのは愛息子だった。彼は室内を一瞥し「なに、これ? どんな状況なの?」と、ものすごく不機嫌な顔をした。

「はあ。まあ、何というべきか」

 子どもに対し、というよりも、誰に対しても。この状況を説明することは難しかった。

 だが息子である朝倉桜佑君も、当然、大魔道士の息子であるから、それなりに魔法が使える子供であった。幼い頃は、その事実を伝えられてはおらず、魔力も大魔道士の父に封じられていた。しかし桜佑くんが聡い子供であり、分別もつく、と彼の両親が判断した十一歳の時。というか、つい最近。魔力の封印を解き、同時に、その魔力をきちんと制御できるよう、魔法使いとしての修行を父の下で始めたのだった。

 以降、こうした異種族や異世界のことに関わることも増えていた。

 だから、このような面々が父親の所へ訪ねてくることがあっても、さほど驚くことは減った。

 が。朝っぱらから、こんなバラバラの異種族四人と寝間着姿の父親が、一堂に会している光景は不自然というか、何事が起こったのか、と怪訝に思うのは当然だった。

「もうっ。ちびっこい朝倉君には関係なんて、全っ然っ、ないんですよーだ。しっしっしっ」

「ぼくも香川さんになんて用はないです。勝手にずかずか他人様の家に入って来ないでよっ。しっしっしっ」

「じゃあ僕には、用はあるかい?」

「春人さんには今はないです。あ、でも。今日から夏休みだから、あとでオヤツ、作ってもらってもいい? 食べに行くから」

「承知したよっ。真夏の……ドーナツ!! どうだいっ」

「やったー。ねーねー。父さんっ。今日、春人さんちに行っていい? いいでしょっ」

「宿題をしてからなら、認めましょう」

「へ~、サクラ君。君、夏休みなの? じゃあ、さ。出された宿題、私が見てあげよっか。君、利口そうだから、勉強、教えてあげてもいいよ~」

「えーっ。是鷹医院長の教え方って、結構、厭味ったらしいからなぁ」

「地味に厭味な君の、その『地味』が取れて、完全無欠の厭味ったらしい~子供になれるよ。良かったじゃな~い」

「医院長。ウチの子に変な教育をしないでください。奏さんに叱られますよ」

「まあまあ、いいでしょ。賢くはなるよ。ド田舎で、ううん、ニッポン国で、一っ番優秀な成績が取れる利口な子に、この夏、成長出来るって。しかもタダで」

「うんうんうん。タダなら三代目は大喜びだよっ。きっと行きなさいって言うはずさっ」

「はぁ。まあ、否定はしませんけど。奏さんはタダという言葉を非常に重視していますから」

「やったー。ドーナツ祭りだっ」

「うわーんっ。ボクの話、誰か聞いてよーーーっ」

 ということで。話が、始めに戻る、という状況になった。

「もうっ。オヤツは牛乳ドーナツじゃなきゃ、ボク、やですよっ」

「承知したよっ」

 むしろ後退。

「でもさ、坊。もう君も立派に追放されたワケでしょ? 追放されそうなんですぅー、じゃなくて」

「そうなんですよーっ。あ、だから、もう住むおうちも無いですぅー」

「それなら、陛下。ウチで暮らしてはどうかなっ。ね、医院長」

「は? 嫌だけど」

「んんん。そうなのかいっ。すまないね、陛下。ウチじゃ駄目だそうだよっ」

「ええーっ。ひどいですぅー」

「身内に頼みなよ。あ。それこそ自分の弟ンちに居候しなよ」

「なるほどっ。家族は一緒に暮らす方が自然だね」

「はあ。しかし追放した相手を自宅に住まわせる者は、この世の中に一人もいないと思いますねぇ。一緒に住むことは不自然ですよ」

「ぼくは香川さんなんかをウチに住まわせたくないよ、父さん」

「それはそうです。エンゲル係数があがりますし、普通に喧しくうるさいですからねぇ。風神さんは」

「ひどいですーっ。ボクだって、こんなイヤミったらしい住人だらけの朝倉さん家なんて、ゴメンくださいですぅ~。頼まれたって住みたくないでっすよーだっ。あっかんべーっ」

 結局のところ。つまり、メソメソしている風の神は、我が身に降りかかった悲惨さを訴えるためにニンゲン界へやって来たようだった。と、いうより、住んでいた天上界を追放された事に対して、非常に不満があることを伝えたかったらしい。

 しかしこの騒がしい人も、カルス同様に邪神と戦う定めの六つの神「六源(ろくげん)神(しん)」の風を司る神、その三代目だった。だがもっと重要視しなければならない、かもしれない点は。あのようなウザい若者であるが、天上界、又は、天界と呼ばれる世界の王様でもあった。天界王という存在。それが創造を司る最高神・英雄者の一言で、治めている自世界から追放、追い出されてしまったのだ。

 この状況は客観的に、「住むとこ無くなった~」と、泣いてさわぐだけでは済まない、もっと大きな問題ではなかろうか? オヤツのドーナツは牛乳味じゃなきゃヤダ、なんてどうでも良さそうな気がカルスはした。

 けれど当の本人が「とにかく弟とも一緒に住みたくないですぅ。すぐボクをバカ呼ばわりするし。あそこん家の子供も、親に似てサイテーサイアク。ボクに意地悪してくるんですぅ」と、やっぱりもっと他に大事な何かを考えた方がいいんじゃないのかな、という感じだった。

 だから。

「あの。申し訳ないのですが、そろそろ帰って頂けませんか? 私、朝食の時間なので」

 カルスはこの押しかけてきた人々について、放っておくことが一番だ、と判断した。いや。もう現われた時から、ふつーに早く帰って欲しい、と思ってはいた。しかし、もしかしたら、万が一のこともある。かも知れない。風神が、天上界の大神術使いと最強の妖魔を引き連れて現われたのだ。深刻な何かがあるのかも知れない。とも考えた。

 だが、実際のところ。やっぱりただただウザい話をされただけだった。そして、ただただ騒がしく、ただただ時間を無駄にしただけ。せっかくのお休みの日なのに。朝からうんざりだった。

 だから彼は昨日と同様に「金輪際……」のセリフを言い、それに対して風神がわーわーと泣くので面倒臭いから。

「ではみなさん。召喚逆転(リ・バース)」

 と、一つ手を叩き、ぱんっという音と共に、三人まとめて寝室から魔法で転送したのだった。

「ねえ。本当になんだったの? あの人たち」

「はぁ。本当に困った人たち、としか言えません」

 ほんの、些細な朝食前の出来事ではあった。それが貴重な休日の始まりだった。