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是鷹おじさんとぼくたち

初回掲載:2026年7月2日

登場人物

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《第4話 ただピクニックへ行っただけなのに》(4)‐2

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 三月の半ば。わたし、夢(ゆめ)寺(でら)りりかは大学の卒業式も無事に済み、Uターン就職をすることになったので、おととい地元へ帰ってきました。二週間後には晴れて新社会人になるわたし。……なんて。ちょっと自分語りしちゃった。

「ふあ~。もう本当に、オトナの仲間入りってことなんだよね~」

 入社式までは特にやることもなかったし、今日は天気がいいって聞いたので。

「よーし。温泉に行こうっ」

 と、久々に地元の観光地へお出かけをすることにした。

 わたしの生まれ育った街はド田舎だけど温泉が多い。だから日帰り温泉でのんびり過ごし、ついでに温泉街でランチをした。そして最後に子供の頃よく遊びに行っていた温泉街の下にある公園で、気分転換にお散歩をしてから家に帰ろうと思って立ち寄ることにした。そこは幼稚園の秋旅行で初めて行った以来、小学生の頃は遠足で、中学高校では部活動の大会なんかで運動競技場を使うことが多かったから、馴染み深い場所だった。

「うわ~。懐かしいっ。けど、あんまり変わってな~い」

 公園内にあるブランコが特に懐かしくて(小学生の頃、遠足以外に親と一緒に遊びにきた時は必ず遊んでいたから)そっちの方へと歩きはじめた。その時だった。

 後ろの方で「ぐわわーん」と大きな轟音がした。な、何かの叫び声っ!? よくわからないけど、すごく強い風が吹いている時のような……。でも風なんて吹いてはいないしっ。

 思わず振り返ると、いきなりオレンジ色の巨大な怪物が公園内の林の中に立っていた。

「な、なななにあれぇーーっ」

 ど、どうしてそんなものがこんな所に現われたのっ!? 映画の撮影でもっ? あーっ。よくわからないっ。でも、黙ってこのまま眺めているのも……。

「ボウボウウンガーッ」

 へ? な、なに? と、思った瞬間。そのオレンジ色の怪物が、ブファァーーッと炎の帯を周囲の林へと吹き付けた。

「きゃぁーーーっ」

 公園の北側で火の手が上がる。こ、これって映画じゃないっ。いくら撮影許可があっても、公園の木を燃やすことまでは許可される訳ないよねーーっ。

「ど、どどどうしよ~~っ」

 あー。もー。と、ととにかく。は、は、早く逃げないとっ。あーでもーっ。自分の車が止めてある駐車場は怪物がいる方向だし。

「なんなのぉ~~」

 しかたなくわたしは園内の奥へと走った。

 公園内には芝生広場でランチをしている人たちの姿もある。その人たちもまだ現実が呑み込めて無いらしく、怪物を見上げている。

「は、早く逃げた方がいいですよーーーっ」

 これが現実なのか。わたしも、もうパニックになってて、とにかく遠くに逃げるくらいしか思いつかない。少しでも他人のことを気に掛けられる余裕なんて、もうこれ以上はない。そんな走るわたしの目に、少し大きめな樹の幹の所でピンク色の光がぽわりと浮かんでいるのが見えた。

「な、なに? あれも……怪物の仲間?」

 芝生の広がる手前に、何本か植えられている葉が落ちている木々のひとつの所で何かが光っている。けれどその光、怖そうな感じはしない。淡いキラキラとしているピンク色。それを見たらなんだか少し怖さが収った気がする。どういうことだろう。危険な感じじゃなくて、心を和らげてくれる……。

 わたしはなぜかそんな感覚がしたので、不思議な光へと吸い寄せられるように近づいていった。

『だれか……あの怪物を…………止めて』

 ピンクの光へだんだんと近づくわたしに、そんな声が聞こえた。

『あの怪物は、森の大切な樹をいじめている。燃やして、苦しめている……』

 うん。間違いないっ。ピンクの光の方から聞えた。女の子の可愛い声が。

「だ、誰なの? 森が、樹が苦しんでいるって、どういうことなの……?」

 そしてピンク色の光の前までくるとわたしはこわごわしゃべりかけた。

『ア、アナタは……?』

「私は夢寺りりか」

『ユメデラリリカ、ちゃん』

「ええ。あなたは? あなたは何なの? それに森が、樹が、苦しいっていうのは」

『リリカちゃん、アナタは逃げてっ。ここはとても危険な場所っ。今、ホーカゴンが地上に現われて、ここを焼き払って自然破壊をしようとしているのっ』

「なんですってっ!?」

 ピンク色の光がそう言った時だった。オレンジ色の巨大な怪物が、森に向かって再び炎の帯を噴いた。公園の北側の木々がさらにメラメラと燃え上がっていく。

「な、なんてことを……」

『リリカちゃんもここにいては危ないっ。だから早く逃げてっ』

 た、たしかに危ないわ。森は燃え上がり、火の勢いは公園の入口近くまで迫っているし。あの怪物がいつ、この公園へ向けて火を吹いてくるかも分からないっ。

「あなたも。あなたも一緒に逃げましょうっ。危ないわ」

『ワタシは、ホーカゴンを止めないと。このニンゲンカイの自然を守るのが、ワタシたちネイチャーフェアリの役目っ。世界中の自然を守る、植物の妖精のお仕事なのっ』

「え……」

 そ、そんな存在がいたなんて。わたし、ちっとも知らなかった。

 するとピンク色の光はパァーッと一瞬だけ大きく光った。思わず目を固く瞑る。でもそれが収まった感じがして、目を見開くとそこには。

「あ、あなたは……」

「ワタシはチェリーブロッサムの妖精プリンチー」

「チェ、チェリーブロッサム……」

 って、それって桜、のことだよね? で、でも。今、目の前に姿を現したのは、ピンク色をした小型のクマのぬいぐるみ、にしか見えない存在だった。

「ユメデラリリカちゃん。ここは、本当に危ないクマ~。逃げてクマ~」

「で、でもっ」

 わたしがためらっていると、ついに怪物はこちらの方を向いた。そして今度は、ボフッと大きな火の玉を口から飛ばしてきた。って、ほ、ほほほんとうに危ないーーっ。

「きゃぁーーっ」

 どんっと、大きな爆音がした。音がした方を見ると、ブランコが吹き飛んで木で出来ているシート部分がメラメラと燃えている。

 わたしは火の玉が見えた時に、ピンクのクマさんを抱えて走ってその場を離れていたからなんとか助かった。もしもあのまま、あそこにいたら、爆風によって飛び散ったブランコの破片とかに当たってケガをしていたかも知れない。

「大丈夫? 妖精さん」

「ワタシは大丈夫クマ~」

「よかった」

 抱えたクマをいったん放してあげると、それは宙に浮かんだまま留まった。

「でも、どうして怪物が急に現われて、こんなひどいことをするの?」

「ホーカゴンを率いる自然破壊教団ネオアティファクンが、世界を焼き払い、自然や生き物を全て根絶やしにしてから、その後すべてを機械仕掛けの星へ変えると宇宙からやって来たのっ」

「ええっ!! そ、そんなっ。動物や植物を根絶やしに……。ひどすぎるっ」

「だからこの星にすむ妖精たちが団結して、ネオアティファクンを追い出そうとしているのだけど……強くて勝てないの」

「そ、そんな」

「伝説の戦士キラキュンリンクルが現われれば、そんな侵略者はやっつけられるんだクマけど」

「で、伝説の戦士……?」

「そうクマ。なにかとっても困ったことがあったら、妖精たちの力を寄せ集めた、この魔法のステッキで資格有る者だけが伝説の戦士キラキュンリンクルになって戦うことが出来るクマ。そう妖精たちの間では、とっくの昔から言われているクマ……」

「資格有る者?」

「この星を守る為に戦いたい、という強い心。それだけが資格なのクマっ」

「星を守りたい強い心?」

 な、なに? こ、この展開って。もしかして。あ、いや。で、でも。

「それなら妖精さん達の中で、その戦士に誰かなれば……」

「だめクマっ。ニンゲン限定なのクマ」

「え? そ、そうなの? な、何で?」

「規則だからクマっ」

「き、規則……」

 そ、そんな規則。聞いた事はないけど。第一、変身できる資格がある側は知らないなんて。変な規則のような……。

「ニンゲンが伝説の戦士キラキュンリンクルのことを知っていると、悪用しようとするニンゲンもきっといるクマ。だから普段はひみつにされているクマ。でもひとたび伝説の戦士キラキュンリンクルの力が必要になった時、本当にその資格がありそうなニンゲンの所へ、ワタシたち妖精は現われるクマっ」

「本当の、資格が有る者……」

 って、それって。ワタシの前にクマさん、妖精さんが現われたってことは。ま、まさか。

「ユメデラリリカちゃんっ。伝説の戦士キラキュンリンクルになって欲しいクマ。戦ってほしいクマッ。アナタはその資格があるニンゲンクマっ!!」

「わ、わわたしが~~っ!?」

「危険なことは承知の上クマ。でも。アナタが戦ってくれれば、きっとこの星は助けられるクマ」

「こ、この星を守れる」

「そうっ。アナタしかいないクマっ」

 ど、どうしよう。あんな大きな怪物と戦うなんて絶対に無理。いくら正義の戦士、伝説の戦士になることが出来るって言われても……。

「リリカちゃんっ。お願いクマっ」

 そう言ってピンクのクマさんが、その場で宙返りをした。するとクマさんのカラダがぴかっと光り、回転した中心にピンク色に輝く棒のようなものが現われた。クマさんはそれを両手で掴むと、ワタシへ差し出す。光が収まったそれを見ると、チューリップのようなお花の形が先端に付いた、とっても可愛らしいステッキだった。

「さあ、リリカちゃん。これで伝説の戦士になってっ。変身してっ」

「へ、へへ変身っ!?」

「そうクマッ。そして自然をっ。この星をっ。守ってっ。お願いっ!!」

 クマさんは必死だった。そう。こうしている間にも、怪物は今度は公園の周囲を踏み荒らしている。そのたびの地面や樹が、まるで燃え尽きた炭のように真っ黒になっていく。あの怪物が暴れると、燃やし尽くされた焦土のようになってしまう。

「ひ、ひどいよ。こんなことをするなんて」

 あの怪物はここ以外の場所でも、こんな風にするつもりなの……? ワタシの住む街を、ううん、もっともっと色々な場所を、この星のあらゆる場所を、燃やし尽くそうとしているの……? そんなのって。そんなことは……やっぱり、イヤよっ。ダメ。絶対に。動物だけじゃなくて、この公園の周りの森の木々、今はまだ休眠している花々。そういう植物たち。あらゆる生き物を根絶やしにするなんて。

「わ……わたしにも出来るのかな」

 怖いけど。でも。この星を守る力を与えられる資格がわたしにはあるんだよね? クマさんのお願いを聞いて戦士になれる。みんなを、星を、守ることができる。できるなら、それなら戦うべき、よね?

「リリカちゃんっ」

「クマさんっ」

 わたしの決意が固まりかけている。

 そんな時。未だに怪物を見上げ、ただ怪訝な顔をしている人たちがいた。その人たちはきっと状況に唖然として動けないに違いない。

 その人たちは口々に「もう。ホントになんなの? いきなり現われて火を噴きまくるなんて。ニンゲン界って、あんなものはいないはずでしょ? ニンゲン自身が自分の住んでる場所を壊して自滅するんじゃなかったの?」とか「うわーん。どちらにせよコワイですーーっ」と叫んだり「ピクニックは楽しい気分でするものだろう。炎が周辺で燃えさかっては、そういう気持ちがなくなってしまうよっ」という声が聴かれた。

 うん。公園に来ていた人たちも、恐怖のあまり逃げ出せずにいるみたい。そうよ。楽しい気持ちで過ごせる場所なのに。あんな怪物によってそれが奪われる。ううん。このままだと命すらも奪われてしまう。みんなの大切な命がっ。

「……そんなの。許せないっ」

 わたし、夢寺リリカ。昔は、子供の頃は、正義の味方に憧れていました。そう。幼稚園の頃から小学生の間まで、ずっと見ていたアニメ。普通の女の子が不思議な妖精アニマルから変身アイテムをもらって、それを使ってカッコ良くて可愛い戦士になって戦う事に。うん。ママにお願いして、変身アイテムのおもちゃもいくつか買ってもらった。それくらい憧れていた。うわ~。なんだか興奮してきちゃった。子供の時の夢、叶うかも~。

 そう。うん。はいっ。だからこのチャンスは願ってもない出来事なんです。

「リリカちゃん。ワタシと一緒にホーカゴンと戦ってくれるクマ?」

 ピンク色の可愛らしいクマのぬいぐるみが、ワタシにそう話しかけてきた。宙に浮きながら。これって幼稚園の頃に大好きで観ていたアニメの、変身してステキな衣装で格好良く戦う、あの、プリンセスキュートみたいになって戦うってこと、だよねっ。

「ええ。わたし、伝説の戦士になって戦う」

 わたしだってちょっとコワいわ。でも。ふるふるする手を伸ばしながら、クマのぬいぐるみの差し出した魔法のステッキらしきものを……。


「もう。なーに? あのヘンテコな怪物は。どこから来たのさ」

「みんなが寛いでいる緑地公園をこんなふうに焼き払うなんて。僕は許せないよっ」

「でもでもぉ。あれって妖魔じゃないですか?」

「ってことはさ。お前ン所の一味じゃない? 何やってんの?」

「ん?」

「ん、じゃないですぅ。妖魔なんですよ? この公園を焼いちゃったのは」

 わたしとクマさんが劇的な交流をし、ここでワタシが愛と正義の可愛い戦士になるそのタイミングに。逃げることもしないで、よく見るとブルーシートに座り、お茶をポットから注いだり、牛乳をごくごくと飲んでいる男の人たちが、目の前でのんびりしていた。

「と、ととにかく。リリカちゃん。ワタシとキラキュンリンクルになって一緒に戦ってほしいのっ」

「そ、そうよね。うん。そうそう。えっと、きらきゅん、りんくる???」

「このヨーマリンステッキで変身するクマ~……」

「ヨーマリンステッキっ?」

 や、やっぱりキタこの展開っ。うん。よしっ。気を取り直して。つ、つつついにぃーー。こんなわたしでも誰かのためにっ戦えるっ。みんなの為にっ。

「ん。おや? 君って、西の森妖魔族のピンガリューだろうっ。いたずら常習犯で各世界から苦情殺到の」

 あ? は? どーゆーこと???

 大事な物語の山場のところで。またしても脱線的な会話がされた。

「へ。ピ。ピピピンガリュー!? ど、どーしてワタシの本名を……って!! ああ、ああ貴方はもしやーーーーっ」

 わたしの目の前で浮かんでいるピンクのクマのぬいぐるみが、シートの上でポットから紙コップへお茶を注いでいた男の人の方を向いて、スゴく驚愕していた。ぬいぐるみであるにもかかわらず、声だけでも充分、驚きまくっているのが伝わってくる。

「うん。間違い無いはずだよ。君はピンガリュー。おや? もしかして僕のことが分らないのかい? それならこれで、お互いが誰か分かるだろう」

 そんなセリフの後だった。いきなりぬいぐるみと、コップを持っている男の人が、ポムッと真っ白な煙に包まれた。すると小型のぬいぐるみは、ピンク色のソバージュヘアをバァ~っとなびかせた、ピンクのボディコンを着ている凄まじいナイスバディーのお色気ムンムンの女の人に変わった。少なくともわたしにはそう見える。一方で、男の方は白い詰め襟とズボン、それから同じく白いマントをつけた紫色のふわっふわの長い髪を真っ白のリボンで結った人に。って。……ちょちょ、ちょっとぉぉ~~っ。し、しし信っじらっっれないくらいのムチャ綺麗な顔の男の人になってる!! しかもその男の人は紙コップのお茶を持ったまま。ってことは、つ、つつつまりっ。さっきの男の人だよね!? ど、どどどどどーゆーことぉぉ~~。

「ピンガリュー、一体、なにをしているんだい? こんなところで」

 戸惑うようなお顔も見目麗しい男の人と。

「や、ややややっぱり貴方は、おおおお、王兄殿下レゼッタ様ぁーーーっ!!」

 その人に対して、驚愕しすぎて目が飛び出しそうなくらい見開き、本来の艶やかで怪しげな魔性の美女感が台無しの女の人。

「ピンガリュー。よその世界との往来は許されているけれど、その世界の種族とは一定の距離を取って妖魔は生活しないといけない決まりがあるだろう?」

「そ、それは。あの。えーと。に、人間界が悪い奴によってぇ~襲われてるから。ワタシの妖力を貸してあげてぇ~。戦ってもらおうかとぉ~」

「君の妖力を貸すのかい? けれどそれならば、わざわざ非力な人間に貸すより、君が戦った方が断然いいのではないのかな。か弱い人間を危険な目に遭わせる必要は無いし、力の強い妖魔が彼らを守ってあげる方が理に適っているよ。ん? でも、おかしな話ではないのかな? もしあの火を噴いている怪物が悪者だとして、でもあれはさっき気づいたけれど、君の双子の妹オレンジューじゃないかな」

「ぎ、ぎくっ」

「だから君が言う〝悪い奴〟というのは見当たらないけれど? ん。まさかそれとも君ら双子が、またよその世界でイタズラをし、今回は人間に迷惑を掛けてるんじゃ……」

「ぎくぎくっ」

 わたしには言っている意味が分からなかった。様子から妖艶で麗しい容姿をしている女の人と、メッチャ綺麗過ぎる男の人は知り合いっぽいけど。なんだか話が込み入っているみたい。

「あ、あのぉ。わたしはどうしたらいいんでしょうか。何かに変身して戦うって話は」

「は? 君って利用されてるみたいだけど」

「へ? り、利用???」

「そっ。妖怪に」

「よ、よよよよ妖怪っ!?」

「是鷹おじさん。あの女の人は妖怪じゃなくて妖魔ですよ」

「よ、よよよよーま?」

「どっちでもかわらないでしょ。迷惑な生き物ってことでは。両方、他の種族をからかって楽しむのを趣味にしている連中じゃない」

「か、かかからかわれているの? わたし」

「そうだよ~。たぶん」

 と、レジャーシートに座っていたおじさんはピンクのクマが持っていた魔法のステッキを拾い上げる。それをわたしの方へ向けた。

「はい。これを握って……そうだな。キラリンクルチェンジ、とか言ってみなよ」

「え?」

「ほら」

「は、はぁ」

 い、今さら……? なんだか訳の分からない状況になっている最中なのに。

「じゃあ」

 わたしはピンクの可愛らしいデコレーションされているステッキを手に取った。

「――キラリンクルチェンジ!!」

 するとピンク色のステッキから白とピンクの光の帯が現れて、わたしの全身に巻き付くように覆った。それから黄金色の輝きと、なぜかピンク色の花びらがシュルシュルッと帯状になり、腕や膝、それから手足を巻きつくように包む。

「ちょっ!! え? な、何勝手なことをやってるのよーーっ。だ、だめ~~っ。今、その呪棒を使っちゃ」

 え? ジュ、ジュボウ?

 お色気お姉さんがわたしの方を見て叫んでいる。でも。もう。

「やっぱりわたしって……変身しちゃってるの~~っ」

 最後に。ぱあぁぁぁっと全身がピンク色の光に包まれ、それがポムッと弾けた。

「なっ」

 そこにはフリフリのレースがたくさん付いているピンク色のふんわりしたカワイイ衣装を身につけ……。

「ぎゃぁーーーっ。なにこれーーーっ」

 想像しているようなフリフリレースが付いたピンクの服。ではなくて。腕も太ももも、手も足もぶっくぶくで、それなのに赤いビキニの姿になった状態のわたしが、どすんっと地面に着地。しかも素足で。こ、こここれはーーっ。

「ぶぶっ。すごいゼイニク人間ですぅ」

「悪趣味だね、その悪戯」

 イ、イタズラって。そ、そんな……。

 わたしは愕然となり、その場に立ち尽くしていた。ビキニだから恥ずかしいはずだけど。でも。そういう恥ずかしさとかの問題じゃ……。

「あ、あっははは~。大っ成功ぉ~っ。うっふふふ~」

 へ? へ? だ、大成功って……どういうこと??? い、意味が分からない。何に、成功したの?

 しかしボディコンのお姉さんは綺麗な顔なのに、けたけたと大笑いをしているだけ。隣の超絶イケメンのお兄さんはとても困った顔をして「ピンガリュー。何度も咎められているだろう」と憂いた。

 で、でででも。憂うべきって。わ、わわわたしだよね? ね、ねぇ……。

「だってぇ~。ニンゲンて、自分に期待しすぎてるからぁ。面白くって。普通に考えて、こんな虚弱な種族に何ができるっていうのぉ~? 考えなくてもわかるでしょぉ~。それを緊急事態が起こったからって、急に凄い力を身につけられるワケ、な~~いじゃーん。それなのに。ん、ねぇ~」

 ……わ……わたし。この星が危ない、とか言われて、本気で魔法の力で変身して悪と戦うことが出来る、って思ったけど。今、ものすごく、それについても恥ずかしいじゃん。図星を突かれてない……? がーん。

「だ、か、ら。面白いように引っかかるのよね~。この変身ドッキリ」

 ボディコンの美女は無邪気に笑っている。別に意地の悪そうな、皮肉った嫌な感じは醸し出していない。でも。だから余計にワタシは、自分の心の底から恥ずかしさが込み上がってくる。

「――あのさ。君って莫迦じゃないの? まあ妖魔だから莫迦なんだろうけど」

 わたしは恥ずかしいうえに、情けなくもなった。そんな時だった。

「ニンゲンであろうと何であろうと、自分が住んでる〝世界の理(ことわり)〟から外れているな、って事態に直面したら。自分も〝普段は出来ない事〟がもしかしたら『出来るかも』しれないって、誰でも思うものじゃないの? そんな気持ちをさ。わざわざ誘発させておいて冷静さに欠けるだとか、もっとよく考えろだとか言ってバカにしてる、君。さすが妖魔だよね。里が知れてるよ」

 さっきわたしに魔法のステッキを渡して呪文を唱えてみろ、と言ったおじさん……ううん、よく見るとおじいさんが、涼しい顔にちょっと意地悪そうな表情を浮かべてボディコンのお姉さんを見た。あ、いや。でも。このおじいさんが、そもそもわたしにステッキをくれて呪文を唱えろって言ったような……。

「そうだよ、ピンガリュー。こんなイタズラ、大して面白くないよ。もっと品があるものをやるべきだよ」

 んー。この意見は……ちょっとわたしの感覚には無いかなぁ。品があるものならやっていいの? しかも面白くないって。わたし、面白くもない事をさせられてるの?

「わ、わたし。元に戻れるんですか……」

 う、うわ~。声まで野太くなってる……。でも一番大事なのって、とにかくこのお相撲さんみたいなカラダを元に戻してもらえるかってことよっ。

「貴女。その格好、気に入らないんですかぁ~?」

「え? そ、それはモチロン!!」

 牛乳の紙パックを片手に、柔和すぎる笑顔の若い男の人が当たり前の質問をしてきた。こ、この人。さっきわたしをゼイニク人間とか言って笑っていた気もするけど。でもものすごく柔らかな感じで、春みたいに穏やかなうえに、今一番人気のアイドルグループの微笑み担当王子よりもイケメン。ってゆーか。このレジャーシートの上にいる人たちって、全員、ものすごくカッコイイんですけど。そう。おじいさんに見える人も含めて。なんなの? どういう集団? 本当に撮影か何かなのっ?

「でも貴女も変身してみたかったんですよね~?」

「え? あ。いえ。あの、こんな風になりたいワケじゃなくて……」

「そうなんですか?」

「は、はい。わたしは……なんというか。魔法少女みたいになれるかと思って」

「マホウショウジョ?」

 彼は首をかしげた。

「えー。でも貴女、何歳なんですか?」

「は?」

「ボクには貴方が少女、って年齢には見えないですよ~。二十歳くらい?」

「一応、二十二歳です。つい先日、大学を卒業したばかりなんですけど」

「えーっそうなんですかっ。じゃあ来月から社会人じゃないですか~」

「は、はい。四月から地元の企業で働くんです。大杙フーズっていう」

「もう。立派な社会人になるのに。まだ変身してマホウショウジョ、とか言っちゃってるんですか~? ぷぷぷのぷ~ですね~」

 そ、そう言われちゃうと。さらに今の格好が惨めすぎる……。

「でもちょっと前までは学生さんだったワケですから、仕方ありませんね。けど、今、こんな所でこんな風に騙されちゃってると。今後、社会に出た時に、もっと色々な苦労をしそうですね~」

「え? そ、そうでしょうか……?」

「そうですっ。まず社会に出たら、第一に、仕事しろって追い回されたりしますっ。もう、ボク、それが一番きつくてツラいですぅ~」

「はあ。でも、それは当たり前なんじゃ……」

「そうですけど。でもですね、ボクも別にサボろうとしてサボってるんじゃ無いんですよっ。今やろうとしたのに、ってタイミングで、部下がいちいちお説教するんです。だからボクも〝は~。今やろうとしたところなのに。あーあ、やる気がそがれちゃった〟ってなるんです。わかりますか?」

「ま、まあ。小学生の頃、宿題をやろうとした時にママが「宿題やったの?」って聞いてくる時はちょっと嫌だったけど」

「それですよっ。そーれっ!!」

 牛乳パックを持ってるイケメンさんは立ち上がって、なぜか空へ向かって「ほ~ら。ニンゲンだって嫌だって思ってるんですよーーだっ」と、叫んだ。って。え? え? え、えーと。この人もやっぱりヤバイ人の一味ってこと、だよね?

「いいですか、そこの大人になってもマホウショウジョを目指している人」

「あ、いや。そう言われると、結構メチャメチャ恥ずかしいんですけど……」

「でもホントのことでしょ? だからいいんですよ。そんなことより、貴女も小学生の頃、つらい経験をしちゃったんですね。可哀相ですっ」

「え? あ、ま、まぁ。でも小学生の頃よりも、今の方がツラいと言うか、気まずい経験の真っただ中と言うか……」

「それなら丁度いいですっ。ボクが貴女の願いごと、望みを叶えてあげますっ」

「へ? じゃ、じゃあ元に戻して……」

「ボクならなんでもかんでも叶えてあげられますっ。なんと言っても、あらゆる生命の平安を願い、それを叶えることが出来る、唯一無二の存在なんですから」

 そう言って、彼はパチッと右手の親指で人差し指を弾いた。するとまたもやポムッと、白い煙がわたしを、と思ったら。なぜか牛乳のお兄さん自身を包んだ。

 それからすぐにわたしの頭のてっぺんにポコンっと何か柔らかな物が当たった。え? え? 何? ど、どういうこと?

「ボクはロブロフスキーハムスターの香川亮といいマウス~。よろしくですぅ~」

 可愛らしい女の子の声がワタシの頭の上から降ってきた。

「可哀相な貴女。ボクがそんな貴女の稚拙な願いを叶えてあげマウス~」

「え? あ? ど、どういうことですか」

 と、いうか稚拙な願いって。

「ボ~クにおまかせっ。みっきマウスよ~~」

 と、なんだかわからないけど。女の子の気合いが入った声が聞こえた。

「キラリンコチェーーンジッ。ぴゅあり~~ん」

「はーーーあーーーっ!?」

 その声と共に今度はワタシの全身が黄金色の光の帯でクルクルと包み込まれた。それからサワサワサワ~と気持ちが良い爽やかな風が吹き抜ける。これはかなり心地良い。そして今度こそ桜の花びらのようなピンクの光の粒がわたしへ降り注いだ。

 なんだか心が穏やかになっていく。

 それに併せてわたしの姿にも変化がっ。手や足、腕に太もも。全身を柔らかな光が包んでくれる。よ、よかった。どうやら元へと戻してくれるみたい。

「じゃ、なーーーーーいっ!!」

 黄金の光とピンクの花びらが消え去った直後。わたしは自分を確認。顔をぺたぺたと触ってみる。それから全身チェック。するとふわっふわのレースとピンクが基調になっているメッチャ可愛い衣装の格好になっていた。デブのまま。

「ほ~ら、ニンゲンの新社会人さん。ボクの力、すごいでしょ~」

「もう~~っ。いや~~ん」

「喜んでもらえてなによりです~」

 頭の上から聞こえた女の子の声が、いつの間にか右肩へと移動していた。

「ボクがパートナーマスコットのネズちゃん、香川亮です。お願いでちゅ。ボクと一緒に仕事ばかりを強要する悪い天使と戦って欲しいんでちゅ。ねっ」

「は? はぁ~~~?」

「その天使は自分は仕事がすご~~~く出来るからって、上司のボクに楯突くんでちゅっ。だから、そんな部下には満月にかわってお仕置きよ、でマウス~」

「ちょ、ちょちょちょっと。おっしゃってる意味が、全っ然っ、分からないんですけど。それにわたしは元の、ふつーに戻して欲しいだけであって。あの……こーゆーんじゃないんですけど」

「ダメでマウス!! ボクの部下をやっつけるまで元には戻さないでちゅよ」

「ええーっ。な、なんでーー」

「だってボク一人じゃやっつけられないんだもん」

「で、でででも。そ、そもそも部下をやっつけちゃっていいの……?」

「い~~んでマウスっ。だってすぐに仕事しろ、仕事しろってうるさいんだもん。ボクだってやろうとしてるのに~」

「はあ……」

 も、もう。ほ、本当なのかなぁ? あ、いや。でも。今はその話、どうでもいいっ。

「もーーーっ。わたしってどうなっちゃっているのーーーっ」

 こ、これ。絶対、夢だよね? う、うん。夢。夢だよ。うん。だって。

 デブすぎるわたし。それが白のふわっふわっでモッフモフ~なレースバリバリに付いているピンクの衣装を身に着け、悪の天使と戦え。でもその天使はこの肩に乗ってる小っこいネズミちゃんの部下。

 そんな話。絶対、絶っ対っ、夢だよ。だって。だってだって、これが現実なら。現実だったら……。

「理不尽過ぎーーーーっ」

 喉の奥から、ありったけの大声で叫んでいた。

 その時だった。緑地公園の上空でチカチカッと光が見えたかと思うと、いきなり今度は黄金色をした強い光がカッと突如、現われた。それは大きな光玉に見えたようだけど。あまりの眩しさに、わたしは思わず両腕でその光を遮り顔を伏せた。

「ふふ~ん。丁度いいですね。飛んで火に入る夏の虫、ならぬ、飛んでバカみる冬天使でちゅ。覚悟するがいーでっちゅよ~」

 肩に乗っていたと思ったら、また頭のてっぺんから声とモゾッモゾッという感覚がした。

「ちょ、ちょっと。何してるのよ」

「さっ来たでマウス!! オトナ少女の人っ。とっととやっつけてっ。悪い天使をっ」

「へっ!? て、天使を?」

「そうでマウスーーっ」

 これってワタシの夢なんだよねぇ? それなのに、なんで主導権がネズミなのよ。あ、いや。でも夢って自分好みの進行ができないものなんだっけ?

 ん。いやいや。これが本当に夢だったら。これが本物の夢なのなら。

「さっきから、ネズミに頭を踏まれてる感覚なんて、無いっつーーーのぉぉ~」

 ワタシは自分の腕を振り下げて、天高くに向かってまたも大声で叫んでいた。

 その時にはもう強い光は収まっていた。かわりにわたしたちのいる場所の上空で人が浮かんでいた。その人の背には、真っ白な羽が左右に一枚ずつ付いているように見えた。

「ほ、本当に……天使……?」

「そうでマウス。ちょー性格が悪い天使なんでちゅよ~」

「そ、そうなの?」

 わたしが見る限り、金色の短髪をした男の人のようだけど。でも着ている服は、ヨーロッパの昔の貴族のような宮廷衣裳。赤色の裾が膝まであるジャケットに白いズボン。襟や上着の袖からみえるシャツは少し大ぶりで上品だけど豪華。

 でも。腕組みをし、すっごく強い視線でワタシたちの立っている地上を見据えていた。ううん。なんか睨んでるようなんですけど……。

「何をしでかしていらっしゃるのですか、アナタ方は」

 しゃべった。冷ややかで、唸るような低い男の人の声で。

「やあ、パルティシオン。わざわざ様子を見に来たの? 莫迦妖怪たちの騒ぎを嗅ぎつけて」

「いえ。外事局へ通報があったのです。他世界に対する迷惑行為が発生していると。しかも高度な階級の方が関わっていらっしゃるゆえ、私が自ら行くべき事案とのこと、だそうで」

「そ~なの? 大したことじゃないと思うけど。妖怪が暴れて、ニンゲン界の公園を破壊しただけじゃな~い。そういうのってさ、ニンゲン界のアニメでも、よくこーゆーシーンがあるでしょ。そんな時には黄色と黒の〝ちゃんちゃらこ〟ってのを着た少年の妖怪が、悪とされてる同胞をボコボコにしてたり、殺したりしちゃって事件をすっかり解決してくれるやつ。観たことある?」

「はあ。ちゃんちゃらこ、ではなくチャンチャンコです。それにいちいち問題のある言い方をされていらっしゃいますよ、父上」

「そう? 私には何も問題はないからさ。問題無し。でしょ? パルティシオン」

「はあ」

 ブルーシートの上に立っているおじいさんが、空を見上げて笑ってる。笑顔の先には天使。その天使がおじいさんに向かってチチウエ。父上、でいいとすると。それって。

「あ、あのお二人は親子関係なんですか……」

「そうなんでマウス。だから是鷹おじさんも性格が悪いでしょ~。アナタに魔法のステッキを持たせて呪文を唱えるように言ったんだから~」

「う、うーん。そう……かも?」

「そうなんでちゅ~。もうっ。とにかく、そんな性格が悪い親から生まれちゃった性格の悪い天使を、早くやっつけマウス!!」

 と、またも頭の上でぽんぽんっとネズミが跳ねる感覚がした。

 でも、そう言われても。実際に戦う方法なんて、わたし、分らないし。それにデブでこんな格好をしているから、みっともないし。はぁ。もうどうしよう。

「父上。貴方に元々問題が大アリであることは承知しています。しかしこの妙な茶番、いえ、妖魔が巨大化し人間界の公園を焼き払った事案。これは空間を越えた侵害行為。よってこの一連の行為は天上界の外事局が取り扱う案件です。しかも。そこにはレゼッタ殿。貴方もいらっしゃる」

 天使は父親から、今度はあの、この中で一番の美麗で美形のお兄さんの方を見た。

「やあ、ランベルセ公爵。ごきげんよう。元気そうでなによりだよっ」

「こんにちは、レゼッタ殿。父が毎日お世話になっています」

「そんなことないよっ。僕の方こそ毎日、充実した人間界生活が送れて医院長には大変感謝しているよ」

「はあ。それはそれで良いのですが。しかし。そちらの妖魔は貴方の世界の者たちですよね」

「そうなんだよ~。すまない、公爵。彼女たちは本当に悪戯好きで。今日もこの緑地公園をダメにしてしまったんだ」

「原因は一般の妖魔。妖魔界の王兄殿下である貴方自身は関わり合いが無い。それには間違い無いですね?」

「うん。僕は関わっていない……いいや、僕にも責任があるよね。僕は妖魔界の族長一族だから、今、しっかり注意して、今後はこんな下品で面白くも無い悪戯をしないよう、言い聞かせていたんだ。それにニンゲン達も公園が焼かれてしまっては、憩いの場が失われたことになる。それは悲しいことだろう? 僕も悲しい。折角お弁当を作ってピクニックをしていたところなのに。公園がこんな有り様じゃ」

 すると、今度はピンクの長いソバージュヘアのお姉さんが「レゼッタ様っ。ごめんなさ~~い。貴方を悲しませちゃうなんて、妖魔のみんなに怒られちゃう~~」と、いきなり美形のお兄さんに縋りついて泣き出した。な、なにこれ。恋人に捨てられそうな憐れな女、みたいな感じなんですケド。

 その直後だった。巨大怪物も急にオレンジ色の光に包まれ、その姿をぐんぐん小さくさせていった。みるみるうちに、こちらはオレンジ色のボブヘアで少し浅黒い肌のニンゲンサイズの女の人になった。彼女は紺色のタンクトップとショートパンツ風の、でも袖や裾がすこしギャザーが付いてヒラヒラしている、この世界には無い、オシャレでアクティブな服装の人になった。彼女も美形お兄さんに縋り「殿下っ。ごめんっ。ダサい悪戯しちゃってっ」と、ピンクの女の人の隣で一緒になって謝った。

「見ての通りだよ、ランベルセ外事局長。彼女たちは自らの行いを悔い、深く反省している。だから今回は許してもらえないだろうか」

 そして縋られてる超絶美形なお兄さんも、すごく申し訳なさそうな、もう憂いちゃっているような表情で、天使を見上げた。それから深々と頭を下げる。

「レゼッタ殿。貴方にそのような態度をとられては私も困ります。貴方は妖魔界の王兄殿下。そこの二名は、そんな王族から咎められ充分に反省の様子も見られます。だから貴方に免じて」

「許してもらえるのかいっ」

「と、言いたいところですが。しかし。そこの二人は悪戯の常習犯です。私の部下から上がってくる報告にも、かなりの回数、名前を見ます。一度や二度ではない。しかも、今回のような悪戯を頻繁にやっているようであるならば、その悪戯内容は少々度が過ぎているものばかりだと私は判断します。よって。しばし自世界で謹慎。五〇〇年は他世界との往来を禁ずる。と、天界外事局は判断を下したいと考えます」

「ええーっ。そんなの、可哀相だよっ。公爵っ。もっと慈悲を持ってください。この通りっ。頼むよ、ランベルセ公っ」

 と、今度はメッチャ美形のお兄さんが宙に浮かぶ天使の足元で、胸の前で両手に拳を作って「お願いしますっ。外事長っ。慈悲を」と、もう泣きそうな表情で縋った。

「せめて一〇〇年くらいに、ね。自世界謹慎で許してあげて欲しい」

「殿下。そんな短期間で反省をしますか? いいですか。そこの二名がこの三〇〇年間に発生させたクレームが何件か分かりますか? 一〇万件ですよ、一〇万件。この人間界以外からも、妖精界、天界、様々な所で問題行動を起こしているのです。そのいちいちを、仲裁し、揉み消しをし、他世界との抗争を我が外事局は全て収めてきたのです。つまりこの外事局は、その二名によって一〇万回、迷惑を掛けられているんです。わかりますか?」

「ん」

「ん、じゃありません。一〇万回、振り回されているんです。この三〇〇年。つまり一年でおよそ三三〇回です。それはニンゲンカイの年換算で、ほぼ毎日、といっても過言ではない。わかってますか、毎日、貴方の世界の種族によって、私の部下が振り回されている。甚だ迷惑と言っているのです。外事局はそれだけにかまけている部門ではないのですよっ」

「確かに……ニンゲンカイは三百六十五日周期を一年という区切りにして、生活に取り入れているから。ほぼ毎日と言われても仕方がないね」

「ですから、もう、こちらとしても五〇〇年は大人しくさえして頂ければ、とりあえず五〇〇年はその二人に振り回されない。五〇〇年はとりあえず解決、と言えるのです。外事局はその二人を諌める以外にも沢山の仕事、仲裁や調停案件を抱えているのです。その一つが減るだけでも、私たちはそれでさえも助かるのです」

「ランベルセ公爵。君の言う通りだよ。けれど妖魔も、他世界で自由に暮らす権利を最高神であり創造を司る神から、その権利を与えられている。だから僕ら妖魔の権利侵害になるとも考えられるよ」

「レゼッタ殿。それは、あくまで他世界を侵略したり過干渉したり、もっと平たく言うと、迷惑をかけずに共存することが出来るのであれば、という条件の下で、です。つまり他人へ、他種族へ迷惑をかけない。余所で迷惑行為を行わない。それができなければ他世界に行ったり、住んだりしては駄目、と最高神も定めているのです。わかりますか?」

「う、うん。それは……分かっている。でも……」

 美形のお兄さんは「はあ……。ごめん。君たちは妖魔界へ帰って五〇〇年間の謹慎だよ」と、ものすごく悲しい表情で、今度は縋っている美女たちに頭を下げた。それに対して二人のお姉さんたちは「殿下は悪くないっ。私たちがいけないのぉ~。ごめんなさい~」「謝らないで、殿下っ。ごめん、ホントに」と、さらにお兄さんの作務衣のズボンをぎゅぎゅっと激しく掴んで猛省している。

 そんな光景に、空から「ふーっ」とため息の漏れる音がした。

「では三〇〇年。で、いかがでしょうか。外事局へ迷惑をかけた分と同じ期間、謹慎です。その間、しっかりと他世界の文化や生活様式、規則、それから道徳を学び、しっかり身に付いたと王族の方が判断をした場合。更に謹慎期間を二〇〇年に短縮する。これでいかがでしょうか、レゼッタ王兄殿下」

「ランベルセ公爵っ!? い、良いのかいっ。本当かいっ」

「はい。殿下をはじめ、妖魔の王族が責任を持って、彼女たちが迷惑行為に及ばないよう、しっかり指導をする。その条件の下にです。いいですか? 王族とはその種族のリーダーなのですから、リーダーがしっかり指導をするのは当たり前です。それが出来無いとあらば、今度は王族を含め、天界外事局が妖魔界へ徹底指導に入ります。宜しいですか」

「わかったよっ。なんて慈悲深い判断なんだっランベルセ公爵っ。さすが医院長の子供っ。ありがとうっ。感謝するよーーーっ」

 美形すぎるお兄さんの顔に、超絶過ぎる笑顔が咲きほころんだ。一般人なら、そう、普段のわたしだったらその素敵過ぎるであろう顔に見惚れてしまう。でも。今は、そーゆー気分じゃいられない。

 この格好。この姿。とにかく早く元に戻して欲しいんですけどっ。と、叫びたいけど叫べない状況。ヨウマ、とかいう人たちに対する天使のお裁き。水を差せる雰囲気じゃ無いよねぇ、さすがに。はぁ……。

「では妖魔ピンガリュー、オレンジュー。君たちには越境権利を三〇〇年剥奪とする。しかし反省次第ではそれが短縮となる場合もある。自世界へ戻り、しっかりと共存する規則を今一度学び直すこと。以上」

 天使の厳かな声に、ピンクとオレンジの髪色をした美女は「はい。申し訳ございませんでした」と、空へ向かって頭を何べんも下げた。それから美形お兄さんが「では僕が二人を妖魔界へ送還し、弟たちに説明してくるよっ」と、お姉さん二人と共に、この場からサーッと消えてしまった。って、消えちゃうなんて……。

「あ、あのっ。き、消えちゃったんですけどっ」

「そうでマウスよ~。妖術を使ったんだから当たり前でちゅ~」

「で、でででもっ。そうなると、わたしはっ!? こ、ここここの格好はっ」

「あ、そうでマウスっ。遂に現われた悪の天使と最終決戦でちゅ~っ。♪いけっいけっゴーゴーッれっちゅご~」

「はぁーーーっ!?」

 な、ななんでそうなるのっ。だ、だってだって、あのピンクのお姉さんが帰っちゃったら、あの人のくれたステッキでデブくなったワタシは、元通りに戻してもらえなくなっちゃうんじゃ……。

「時に」

 あわあわと焦るわたしの方に向かって風がザッと抜けた。「きゃーっ」と叫び、その強い疾風にまたも両腕で顔を覆う。そしてスゴく至近距離からものすごく棒読みな感じで「陛下。貴方は、何を、なさっていらっしゃるのでしょーか」と、天使の声が聞こえた。と、同時に頭の上で、もぞもぞしていた感覚がスッと消えた。なんだ? と、思いワタシは腕を下ろす。そして目を見開くと。

「やめてでちゅーっ。小動物虐待なんて大人げないマウス~~っ」

「は? 世迷言を申されるようでしたら、このまま拳に力を込めますが」

「いやーんいやーん。止めて止めて~っ。もう、これから仕事しようとしてたのにっ。そんなことしたら圧死して、仕事、出来なくなっちゃいマウス~」

 目の前に天使が立っていた。その顔。たしかにブルーシートの所に居るおじいさんによく似ている。やっぱり親子なのかなぁ。

 そしてその天使の右手には拳が作られ、その中で黄色と灰色の毛が混じったもの凄く小さいネズミが、前足をバタバタさせもがいていた。

「陛下。ならば、何故、はじめから仕事を真面目にやらなかったのですか?」

「いやーん。だからちゃんと仕事をしようと思ったところに、お前が『仕事しろ』だなんていちいち無粋なことを言うから、やる気が無くなっちゃったんですぅ~」

「そうでしょうか。私が朝一番で陛下の所へ予定を告げに伺った時には、牛乳を飲んでから仕事をするとおっしゃり、次に訪れた時にはおやつを食べてからやる、とおっしゃった。しかしその間、書類の一枚にも目を通した形跡が御座いませんでしたが。それは如何なる説明ができるのでしょうか」

「だ、だーかーらーっ。ボクは~おやつを食べて、それから午前中のお昼寝をして、ランチの前にちょこっとやろうかなぁって、思ってたんですぅ。それなのにぃ~お前ったら、自分は仕事を早く終わらせたい派だからって、ボクにも同じことを強要しようとしたんじゃないですか。ボクはお前みたいに、時間を掛けてダラダラ午前中いっぱい仕事するなんて主義じゃないんですぅー。効率的に、パッと集中して一気に仕上げる派、なんで……」

「だまらっしゃいっ!!」

 天使は目尻を吊り上げ、本気で怒っている表情をした。それに対してネズミは「ひやんっ」と、小さな悲鳴を上げる。

「いーですか、陛下っ。貴方の、その嘘っぱちはもう聞き飽きているんですっ。効率的にパッと集中? は? なに寝言を言っているんですっ。昼食の前にちょこっとで終わるような量じゃないでしょうっ。貴方の書類はっ。で? 仮に、その集中とやらで一気に仕上げる、と言ったところで、結局仕上がらなかった残りは、午後へと繰り越し。しかし午後は書類以外の、貴方へ謁見を希望している者達との面会、他にやらなければならないことがあるんですよ? しかも、それが毎日。毎日、繰り越し、繰り越し、とずーーーっと繰り越しまくった書類が山積。そんな今日の書類も含め、山となった書類は、一っ体っ、いつになったら決裁が下りるのですかーーーーっ」

「つ、つつつつ潰れマウスーーーーーっ」

 天使のお兄さんの絶叫と、ネズミさんの悲痛な叫びが重なった。けれど。そこでようやく、誰が一番、性格が悪いのか。わたしにも分かった。

「あ、あのぅ……。もう、どうでもいいんですケド。わたしを元の姿に戻しては頂けないでしょうか?」

 うん。もう誰が悪いとか、どうでもいいんで。わたしを……なっ。元の体型、元の姿、に戻してもらえないかなぁ。

「貴女は……?」

 とりあえずわたしの訴えに遂に耳を傾けてくれた人がいた。天使のお兄さんだった。よ、よかった。これでようやく元に戻れる兆しが。光明が見えたような気がする。

 が。

「しかし、貴女。少々太り過ぎではないですか?」

 ものすごく怪訝な表情でそう言った天使の顔。ワタシはそれを一生忘れないだろう。

 ついでに。ブルーシートの上で笑い転げるおじいさんの姿も。そしてこの二人が親子である、とようやく実感。ものすっっっごく思い知らされた。

 って。よく考えたら。デブにしたのは……じーさんっ!! アンタだろぉぉーーーっ。



 わたし、夢寺りりか。子どもの頃に抱いていた素敵な想いがありました。可愛い衣装を着たカッコいい正義の味方になって戦うこと。でも。それは残酷すぎる「現実」というものによって打ち砕かれてしまいました。魔法少女も美形のイケメンたちも。

「ただの絵空事なんだね。はは……」

 社会に出る前に少し成長出来た気がします、わたし。生きるという事にまだちょっと浅はかだったみたい。てへっ。誰かが言っていた通り、稚拙な考え方をしているのね、わたしって。ちーん。

  **  **  **  **  **

「今日は本当にすまなかったね。ピンガリューたちはミルトス君へ預けてきたよ」

 楽しくピクニックをする、という目的で出かけて行った西園寺クリニックの面々は、その目的を果たせずに帰途へ着くこととなった。もう陽が傾いている。今日が三月としては暖かであるといっても、日が落ち始めるとやはり冷えてきた。そうなってくると医院長が「あーっ。もう帰ってあったかいお茶とどら焼きが食べたいんだけど」と言い出した。そんな鶴の一声で、所用を済ませて戻ってきた春人さんが、ささっと片づけをし、彼らはすぐに緑地公園の駐車場へと向かったのだった。

「けれど医院長。ピンガリュー達の悪戯に巻き込まれてしまったニンゲンはどうなったんだい? 彼女にも悪いことをしてしまったよ」

「ああ~。あれねぇ~。あの子なら私が術を全部解いてやったよ」

「そうなのかいっ!? ありがとうっ医院長っ。本当に申し訳ないっ」

「べっつにぃ~。難しいことじゃないからね」

「うんうん。しかし他人に迷惑をかけてしまうことは良くない事だからねっ。僕も肝に銘じておくよ」

「あ、そっ。うん。そうしなよ、お前は特に」

「うんっ。勿論だよっ」

 この二人に対し、今ここには居ない是鷹医院長の息子がもし居たら「どの口が言ってるんだか」とすかさず言っていたであろう。


 ――そう。事件は、というか。はじめに起こった緑地公園巨大怪物襲撃事件は、わりとすんなり解決したと言える。だが、そこから派生した「ニンゲンの成人女性に対する術を掛けた件」も早急に解決すべき事案だった。


 ――肥大化させられた人間女性を前に、まず医院長は息子にひどく叱られた。

「父上っ。この人間へ術を掛けたのは貴方ではないですかっ」

「だって。変身したいっていうからさ~。あの妖魔が渡した、呪いの仕込み杖に神力を与えてやったまでだよ。だから正確に言うと、私が術を掛けてその子をデブにした訳じゃ無いの。元々、デブになる仕掛けがその妖魔の杖に入ってただけ。それが私の神力で解放されただけのことなんだよ」

「お陰で、私はこの人間の心を傷つける羽目になったではありませんかっ」

「それは君が、デブにデブって、そのまま言っちゃったのが悪いんじゃない。私のせいにしないでよね~」

「まったくっ。本当に困った親です、貴方は」

「そうなの? 心外だなぁ。あ~あ。本当に困った息子だよ、君って」

 とかなんとか。医院長は息子からそういったお説教を喰らった。

「父上。やったからには貴方が彼女を全て元通りにしてくださいよ」

 と、息子がチクチク言ってきたため、是鷹医院長が人間の女性を戻してやることとなった。本来ならば、ヒラヒラでぴらぴらしたヘンテコな衣裳へ変えたのは、香川さんであった。しかし彼は医院長の息子の拳の中で半分死にかかっていた。だから医院長が香川さんの掛けた術についても併せて解いてやった。

 だが。彼女が喜んで礼を言ってくれることは無かった。

「もうっ。気分転換のお散歩のために寄っただけなのにっ。信じられないっ!!」

 と、彼女、夢寺リリカという人間女性は、怒り、一目散に医院長たちの前から走り去ってしまった。

「な~に? あの礼儀を知らないニンゲンは」

 やれやれ、といった表情をし、是鷹医院長は手を広げた。息子も「まあ一方的に、散々な目に遭わされた訳ですから」としか言わなかった。

「しかし、彼女がこの緑地公園から出た頃には、もうここでの体験した事は夢でも見たような、それくらいの薄らいだ記憶になりましょう。そう術を掛けておきました。急激に記憶を消去すると脳への負荷が大きいので。ですから父上。貴方の行なった良いことも悪いことも、彼女にとってはほとんど無かったことになります」

「ふ~ん。君があの子にデブって言ったことも?」

「まあ」

「コスいね~我が子ながら」

「良いのです。あなたの息子ですから」

「あっそっ。言ってくれるじゃない? ま、私は別になんでもいいけど」

 と、話し込んでいる間にも、ネズミの方は「ボ、ボグ……死んじゃいまうずぅ」と、言葉通り、部下の手によって瀕死の状態になっていた。

「では、父上。私はコレ、もとい、上司の回収も兼ね、通報事案処理の為にここへ来ただけですので。失礼します」

「はいは~い。私は……ま、仕方ない。ウチの家政夫を待ちながら、この公園を元にでも戻しておくから。君は帰っていいよ~」

「ありがとうございます。本来ですと外事局が始末をするところですが」

「いいよ。大したことじゃないし。どうせ外事は忙しいでしょ? だからって外事局のヒマ窓口にいる口うるさい奴が派遣でもされてきたら、私がイヤだし」

「はあ。相変わらず自分の元部下である彼に対し、ひどい言いようですね」

「アイツがひどい奴、いいや、ひどい竜なだけなんだよ」

「私には決してそんなことは無いのですが。ま、いいです。お二人がここで搗(か)ち合って、天界大戦さながらのいざこざを起こされ今以上にこの公園が損傷したら、もう本当に大問題になりますから」

「ちょっと。私はそんな野蛮なことはしないよ。あのバカ竜が怒るとすぐに人の姿から竜の姿に戻って暴れるのが悪いの。わかる?」

「はあ。もう不毛な話になるので、これ以上のことは申し上げません」

「ちょっとっ。パルティシオン!!」

「では息災にお過ごしください、父上」

「んっもぉーーー」

 こうして、ネズミは最後に「うぅ……。ボ、ボク……死にそう……マウちゅ……」と、言い遺し、部下によって、その部下と共にあるべき場所へと帰っていったのであった。

  **  **  **  **  **

「そうだったのかい? 公園を元に戻してくれたのも医院長だったんだねっ。重ねて済まないっ。本来なら僕が元に戻すべきところだったのに」

 車に乗り込み、運転席から春人さんが頭を下げたが「お前ねぇ。ちゃんと前を見て操作して欲しいんだけど」と、後部座席からの指摘によって、すぐさまフロントガラスの方へ春人さんは顔を向けた。まだエンジンを掛けただけであったのだが、春人さんはその後もしゃべり続け、前なんて見なそう、と医院長には想像がついたためだった。だから的確な指摘といえた。

 その後、しっかりと注意を受けた春人さんはスムーズに黙って車を発進させた。

 医院長はその車窓から外へ視線を投げた。

 まだまだ冬が居付いた景色だった。木の枝は細々とし、芽吹く兆候も見られない。殺風景としかいえなかった。

「天川緑地公園ねぇ。緑地って、どの辺が緑地なのさ。ここ」

 思わず出た言葉だった。

「ん? 何か言ったかい」

「別に。ただ、こんな雰囲気も無い所にピクニックってのはまだ早過ぎなんだよ」

「うーん。そうだね。枯れ木しか無い場所だったね」

「しかも、ただピクニックに行っただけなのに。な~に? このザマは」

「きっと季節が悪かったんだねっ!! 今度は色とりどりの花々が咲き乱れ、木々が青々とした時季に来ようっ。うん。そうしよう、医院長っ」

「あ、そっ。時季の問題じゃなかった気もするけど、私は」

「ん?」

「いいよ、もう」

 週に二日しかない休日。にも拘らず、是鷹医院長にとってなんだか疲れた春間近のとある一日だった。

       ただピクニックへ行っただけなのに・了