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《第6話 大ピンチ!対決 黒龍!!》
(六)
オレはかたくつぶっていた目をゆっくりと開いた。
目の前では白いホコリの煙が立ち込めている。その煙の向こうで「ぐうぅぅ」という動物のうなる低い声が聞こえた。
「みんなっ大丈夫か!」
隣に居た舞、隆司さん、そしてオレが脇にかかえている猫。二人と一匹の全員、見た目は無事のようだった。
「りゅ、隆司さんっ……」
「大丈夫だ。少し背中を打っただけだ」
でも舞をかばうように覆いかぶさっていた隆司さんの背中には、こぶしくらいの赤い染みが出来ていた。
「お、お兄ちゃんっ大丈夫っ!? 早くこの薬を使ってっ」
舞も隆司さんの様子に気づき、さっきの小ビンの栓を抜いて隆司さんの顔へと近づけた。でも痛みを堪えている隆司さんの表情が、やわらぐことも血が止まることもない。
「無駄だよ」
オレの右腕の中から声がした。
「その薬。傷みを癒す薬は一回しか効果が無いんだ。君たちは一度それぞれにもう使っただろう? だからもう効かないよ」
「じゃ、じゃあどうしたらいいの? ネコさん、助けてっ」
「僕は大きくなったり風をおこしたりは出来るけど。傷の治療は上手く出来ないかもしれないよ」
猫は自分を地面へ下ろすようにとオレに言う。だからオレはしゃがんでヤツをそっと地面の上へと放した。黒い猫は、ひょこひょこと隆司さんに近づき、ぽんっと背中に前足を押し当てた。それから「みゃ~みゃ~」と鳴き出す。すると猫の足から緑色の光が生まれ、傷を包むと血が出る勢いが弱くなった。
「血はこれで止まるよ。でも傷自体はちゃんと治療をするか、僕の回復術よりも強いものを使わないと治せないにゃ」
「ありがとう、ネコさん」
不安そうだった舞の顔が少し和(やわ)らいだ。オレも小さく胸をなで下ろす。でも完全に安心はまだできない。早く手当をしないと。
「とりあえず隆司さんは壁際で休んでいて下さい。オレは入り口が通れるか見てきます」
立ち上がり、白いホコリがもうもうとしている方をオレは見た。あの白い靄の向こうには唯一、ここから出られるであろう穴が開いているはずだった。でも今はどうなっているかまったく分からない。
舞に隆司さんから離れないよう言って、オレは入り口の方向へ歩き出した。
「なんだあれは……」
何歩か行き、近づいた白い煙の中に大きな黒い影が見えた。高さは三メートル以上、いや、さっきの巨大化した猫よりも全然大きくて、横幅も二メートルはある何かが、いる。
「何が……いるんだ?」
天井が落ちてくる寸前にオレは赤い光を見た気がした。
「怪物でもいるんじゃないだろうな」
ホコリが次第にゆっくり収まっていく。周りも徐々(じょじょ)に晴れていった。
「おい。まさか本当に……」
不気味な「ぐぅぅぅっ」という低い声がいよいよ目と鼻の先から聞こえてきた。
「なんだっ」
黒い影の正体がうっすらと浮かんでくる。
「ゆ、勇ちゃんっ!!」
背中の方からは舞の悲鳴のような声が上がる。オレも自分の目を疑った。
「こ、こいつはっ」
天井に開いた大穴の下。そこには真っ赤に燃え上がる炎のような目と、ヌルヌルしているウロコのような黒い皮膚を持った長い体の怪物がいた。そいつは鋭い爪を生やした四本の足を持ち、頭の左右には鹿のような黒い角と、口の両端には太い黒い蛇のような長い髭があった。奴自体も恐竜のような、巨大なトカゲのような、伝説やおとぎ話、昔話なんかに出てくる動物――
「龍っ!!」
奴は、長いしなやかな巨体を四本の細い足で支え、オレを睨みつけていた。足は細く見えるが、そこに生えている白い爪は見たことがない太さと鋭さだった。岩なんて簡単に砕きそうだ。
一体全体どうなってるんだっ。どうしてこんな怪物が現われるんだっ。まさか猫がまた何かを企んでるのかっ!?
「うっ。臭い……」
しかも奴の方から異常な腐敗臭がしてきた。まるで水沢川で嗅いだ、あの硫黄のような変な臭いがする。
龍はオレを見つけると、突然、前足を振り上げその爪で襲い掛かってきた。
「逃げてっ勇ちゃん!」
オレはそんなことを言われる前に、体を百八十度方向転換させて走り出していた。冗談じゃない。どうしてこんなスゴい奴に襲われなくちゃならないんだっ。このままじゃあの龍に全員襲われて死ぬ。助からないっ。どうすればいいんだっ!!
「逃げても解決できないにゃっ」
「はっ?」
全力疾走のオレの肩から黒猫がひょっこりと顔を出した。ちゃっかりとコートに爪を立ててしがみ付いている。いつの間にっ。
「は、走りにくいだろっ」
「そんなことより、君がここで逃げ回っても意味が無いよ。あの黒龍(こくりゅう)って強いにゃ~」
「見れば分かる。生身の人間が勝てる訳ないだろう。仙人ならあの龍を何とかしろ。お前の仲間なんだろう」
「仲間じゃないにゃ。あれはこの洞窟に入ってきた人間を襲うようにし(、)つ(、)け(、)た(、)番犬、ならぬ番龍にゃ」
「じゃあ人間を、オレたちを、襲わないように命令しろっ」
「それは無理にゃ。あの龍は僕が出した龍じゃにゃいから。止~められないにゃ」
「は~!? それなら早くここから出られる方法とか教えろ。大体、アンタも仙人なら何とかしろよっ。さっきの風とかで龍を吹き飛ばすとか出来ないのかっ」
「僕は猫だもん。さっきの風くらいじゃ効かないよ。子供くらいなら吹き飛ばせるけど、あ~んな大きい奴なんて無理だにゃ~」
「あーっ。じゃーもーどうするんだっ。龍を出した奴になんとかさせろっ」
「それも無理にゃー。今、安らかに昼寝してるにゃ」
「なんだとっ。どいつもこいつも役立たず共めっ
「ひ、ひどい言い草にゃ~。君、父上そっくりにゃ~」
「うるさいっ」
「そのまんまだにゃ~」
くそっ。こんな時にこいつまで父さん似の話か? 関係ないだろうが! ってゆーか、なんで猫もオレの父さんの事を知ってるんだ。いやいや。そんなことよりこの状況を何とかしないとっ。
とにかく、君。このまま走っていても、ほら、もう追いつかれちゃうにゃ」
「んじゃっどーすればいいんだ」
「あそこに落ちてるモノを拾うにゃ」
「あそこ? あそこって何を」
猫は瓦礫の間に向かって前足をにゅっと伸ばす。その先には、棒のような、長い物が見えた。
「あんなの拾ってどうするんだ!」
「良いから取るにゃ」
オレは言われたとおり棒へと近づいた。
「これはさっき、隆司さんが拾ったっていう……剣じゃないか」
「そうにゃ」
そこまでたどり着くと、両手で足元に転がっていた剣を手に取った。
「まさかこれで」
「黒龍をやっつけるにゃ」
「はぁ~?」
や、やっつける? こ、これで? この剣で? そんなこと出来るワケないだろーが。
「君、あの人の子どもなんだろう? だったら余裕じゃん」
「あの人の子どもって。オレ、こんなもんで戦ったことは一度もないぞ」
「え? うそぉ」
「ウソじゃない。第一、戦えるならはじめからそうしてるっ。オレはこんな刃物の使い方なんか、父さんからも母さんからも教わったことは無いぞっ」
「い、一個も?」
「あぁ、一つもっ」
「うっそぉにゃぁぁっ。じゃ、じゃあ僕たち。ホントにあの龍に食べられちゃうにゃ~っ」
猫は肩の上で叫び、にゃーにゃーわめき出した。何なんだ、この猫はっ! 勝手にかんちがいした挙句、一人、いや一匹でパニックになってる。ホントに役立たずなヤツだっ。
しかも距離を縮めた龍は、オレを爪に掛けようと前足を交互に地面へ振り下ろしてくる。オレは右に左に避けながら飛び上がる。
「おい、何とかならないのかっ」
「わーわー。もう死ぬぅ~」
……ダメだ、この猫。
オレは手にした剣を上から下までざっと見た。大きさは大体一メートル。柄の部分には細かい装飾と青い宝玉が散りばめられている。一見すると博物館なんかの秘宝展にありそうな長い剣だ。でも武器としても少しは強そうに見える。
「猫仙人」
「なになに? 死ぬ前に食べたいものなら出せるよ」
「違う! そうじゃなくて。だったら。オレがこれで戦ってみる」
「え?」
そう。
「無理な話かもしれない。でも今、これをまともに振るえるのはオレだけだろう」
隆司さんはケガをしているし、舞も危険な目に遭わせる訳にはいかない。と、なればオレがやるしかないだろう。
「でもでも、君、剣なんて使った事ないんだろう? そんな人間が戦うなんて無謀もいいところだよっ」
「そんな事はない。オレはアンタが〝あの人の息子〟だとか期待していた奴なんだろう。だったらオレも何とか出来るんじゃないのか?」
「そ、それは剣が扱えるっていうことが前提の話だにゃ」
「でもやってみるのは自由だろう」
「君、本気?」
「ああ」
剣を持っても、あっさり殺されることも考えられる。でも逆に、剣が扱えたら倒せるヤツ、ともいえないか? だったら剣で抵抗すれば、もしかしたら道がひらけるかも知れない。
猫は少し黙って小さくため息を吐くと、
「分かった。君がそう言うなら協力するにゃ」
意を決したようにうなづいた。
「いいのか? お前の命も危ないんだぞ」
「いざとなったら君を置いて逃げるにゃ。ってゆーかさ、他人の心配より、君こそ下(へ)手(た)をすると死ぬかも知れないんだよ。それでもいいの?」
「別に。やりたいからやるだけの話だ」
「ホントに君、お父さんにそっくりだにゃ~。ま、面白いから。つき合うにゃ。でもホントに覚悟はある?」
「あぁ」
「その返事、信じるよっ」
逃げ惑う中。猫仙人はオレに剣を鞘から抜くように言った。
「いいかい。今から僕が言う通りに動くんだ」
「分かった」
「じゃあ行くよっ」
肩にしっかりとしがみついた猫は「まずは抜いた鞘(さや)を捨ててっ」と厳しい声で叫ぶ。
オレは言われたとおり左手に握っていた鞘を投げ捨てた。
「次は?」
「回れ右をして黒龍と向き合うんだっ」
「えっ!?」
「さぁっ。距離が少しでも開いているうちに」
あの巨大な龍と。対面しろとっ!?
「わ、分かった。なにもかもアンタに任せるっ」
オレは両手でしっかり剣を握り、正面に構えると走る速度を落とした。
「よっし。今だにゃっ。回れ右してアイツに向かって、はっしれーっ」
「分かったっ」
オレは体を止め、向きをくるっと反転させた。そして猫の言う通りに前へ向かって全力で走り出す。
正面にはオレの何倍もある真っ黒な龍が右腕を振り上げていた。
「僕の合図でジャンプするんだっ」
「ジャンプ? 跳んだところでたかが知れているぞ」
「平気にゃ。僕に任せるって言ったろ」
「あぁ。でも」
黒龍もオレ達が向かってきた事に一瞬、混乱したのか振り上げた手を止める。
「今だっジャンプ!」
「で、でも」
「早くっ‼」
「あ、あぁ分かったっ」
オレは勢い良く、その場で飛び上がった。が、その距離なんてせいぜい三十センチ。これじゃ龍になんて到底届か――
「――なくないっ!!」
うっそだろーーー。オレの体はみるみる龍の顎を、鼻を飛び越えて、奴の頭のてっぺんにまで上昇していた。
「さっ、思いっきり剣を振り落とすんだ!」
猫の叫びと同時にオレは剣に力を込め、龍の眉間の辺りに狙いを定めて剣を振った。
『ぎゃわぁぁぁっ』
剣に重い手ごたえがあった。頑丈な龍の鼻の頭に見事オレの攻撃は命中した。剣で鼻頭の上から下に一直線の傷が付く。そこから皮膚の色と変わらない墨汁のような液体が噴き出す。
だがオレはその後を見届ける事なく剣を握ったまま落下していった。
「お、落ちてるぞぉぉーっ」
「平気にゃっ。それより剣を前に突き出すんだっ」
「そ、そんな事を言ったって」
「早くっ! 地面にぶつかってぺったんこになっちゃうにゃっ」
そう言われても。バランスが崩れて、ただ落ちていくオレにすぐなんて無理だっ。
「早くーっ」
「む、無理だっ」
「いいからっ」
頭から真っ逆さまで急降下する中でどうすりゃいいんだ!! だ、大体、剣を前にってどーゆー態勢なんだ?
「早くっ」
猫の爪が肩に強く食い込んだ。
「あーもうっ」
オレは両手で剣を前にかざすように突き出す。剣の刃先は地面にあと二メートルもない。
「腕はそのまま伸ばしてっ。反ってーーんっ」
猫の叫びに、剣の切っ先が地面わずか三十センチのところで体は頭と足がくるっと百八十度回転した。そしてその勢いのままオレは龍の顔のすぐ下、人間でいう所の喉(のど)元(もと)辺りへ目掛けて飛びこんでいく。
「ぐっと剣を握(にぎ)るにゃーっ」
「わ、分かったっ」
直後。手にずぐぐぐっとにぶく重い感覚と、堅い物を貫いた感覚が両手にビリビリと伝わってくる。龍の喉元にオレの剣が三分の二くらい突き刺さった。と、同時に黒い血が噴き出しオレの顔や服に容赦なくかかる。
『ぐわわわぁぁっ』
龍もけたたましい声で吠えた。頭を大きく振って、前足で首元をかきむしり、地面の上で苦しそうに暴れ出す。その激しい動きで剣を握るオレは振り落とされそうになる。
「こ、このまま剣を握ってなんかいられないぞっ」
「ダ、ダメにゃっ。しっかり頑張るにゃっ」
しがみついてる猫の爪に力が入って肩が微妙に痛い。でも剣は龍の血でもうぬるぬるだ。このままだと、いつオレの手が滑(すべ)って剣を離してしまうかわかったもんじゃない。
「も、もう無理……だっ」
オレの体は龍が暴れるたびに上下左右と振り回される。景色が天井、壁、地面と目まぐるしく変わる。龍は、どすんっどすんっとますます跳びはねる。
「ダ、ダメ……だ」
思わず弱音を吐いた時。しっかり握っていたはずの剣をついに龍の血で滑(すべ)らせ、とうとう手放してしまった。
「うわぁぁ~っ」
オレは地面へとまっ逆さま。剣も暴れる龍の前足の爪に当たって抜け落ちてしまう。共に龍の首元から地面へと落下する。
「うわぁーっ」
どんっと背中を地面に打ち付けた。隣には剣がざんっと音を立てて地面に突き刺さる。オレの体は考えられないくらいの強い衝撃で肺や胃が口から飛び出しそうだった。
でも不思議な事に強い痛みを感じたのは背中だけだった。腰や足はすぐに動かせた。それどころか頭にはクッションのような柔らかい感触があった。
オレは背中を摩りながらゆっくり起き上がる。
「どうなってるんだ?」
振り返ると。
「ね、猫仙人っ!?」
オレが倒れていた場所には黒猫が腹ばいになって倒れていた。
「まさかオレをかばって」
しかし猫はうんともすんとも言わなかった。微動だにしない。
「勇ちゃんっ」
そこへ泣き出しそうな叫び声を上げて舞が走ってくる。
「勇ちゃんっ大丈夫!」
「オレは何とか。それよりも猫が」
「ネコさん? ど、どうしちゃったの? まさか死んじゃったのっ!?」
「分からない。でも動かない」
オレは奴をそっと触ってみた。反応がない。まるで息をしていないようにも見えた。
「オレのせいだ。オレをかばって。コイツが死んだら」
「そんな。そんな事ないよっ。勇ちゃんのせいとかじゃない。だってこのネコさんだって仙人さんなんでしょ? こんなので死んじゃったりしないよ」
「でも。動かない」
「気絶してるだけだよ、きっと」
「精度、息してるようには見えないっ」
「さっきの薬を使ってみれば」
「ダメだ。忘れたのか? 一度使ったらあの薬は効果が無いんだぞ。もうここにいる全員は使ったじゃないか」
「それじゃ。じゃどうするの? ネコさんは助からないの?」
「猫だけじゃない。オレ達だって、もう」
背後から「ぐおぉーん」と洞窟いっぱいを震わせるような低い雄叫びが上がった。
「オレ達だって助からない」
「そんな……」
猫が倒れた今。もう戦う事もできない。いくらオレが剣を振るったとしても、仙人の不思議な力の後押しが無ければ、龍の体にちょっとした傷を付けるのも難しい。出口になっている穴も龍が天井を突き破った時に塞がれ、どこにあったかさえ見当がつかない状態。ここから逃げ出す方法なんてもう無い。
「万事休すだ」
しゃがみ込んで猫を抱き上げる舞の背中をオレは見見下ろした。
「……ない。そんな事ないよ、勇ちゃん。あきらめちゃダメだよ」
「けど」
「それでも。最後まで何が出来るか考えようよ」
「無理だ。もう何も出来ないし考えられない」
「そんな事言わないで。勇ちゃん、ふだんから自分で言ってるじゃない。冷静が大事だって。なにごとも冷静になれって」
舞の肩は震えていた。そして声も。
「舞、勇ちゃんがあきらめるなら……。勇ちゃんが行かないなら舞がいく」
「お前が」
「そう。勇ちゃんが使ってた剣、貸して」
「舞っ。何をするつもりだ」
「だって勇ちゃんがやりたくないなら。もう後は舞だけだもん。勇ちゃんはお兄ちゃんと、このネコさんを看病してて。舞が行くから」
「そんな事は」
「だって。舞は何もしないで死んじゃうのなんて……嫌だもんっ」
舞は立ち上がりオレの胸に猫を押し付けると地面に刺さっていた剣を抜いた。
「舞が行くっ」
彼女の顔は強く決心した表情になりオレを真っ直ぐ見た。そして走り出す瞬間。
「待つんだっ」
オレはそんな舞の腕を寸前に、力いっぱい引っ張った。
「止めるんだ。舞が行ってどうなる」
「舞はあきらめたくないんだもんっ」
「わかったから。オレが行く。行くから舞がこの猫と隆司さんをしっかり看てるんだ。いいな」
「勇ちゃん」
猫をそっと舞に抱かせると、オレが代わりに剣を握った。
「危ないから。下がってるんだ」
もうこれ以上、舞を危険な目に遭わせたくない。さっきだって水に流された時にもオレは舞を守れなかったんだ。今度こそ、なんとかしてやる。
「勇ちゃん。これ……」
舞はさっきの水色の液体が入った小ビンを取り出した。
「効かないかもしれないけど」
猫の鼻の頭に薬を塗る。
「持っていって」
それからオレに小ビンを手渡した。
「ネコさんにはおまじない。勇ちゃんにはお守り」
いまさら何の役にも立たないかもしれない。でもオレはそれを手紙の入ったポケットに押し込んだ。これは舞の気持ちが入ったお守りだ。
「……この薬。あの龍さんにも、効けばいいのにね。あんなに苦しそうなんだもん」
「どういうことだ? 舞にはそう見えるのか。あんな凶悪そうな黒い龍が」
「うん。舞たちに襲いかかってきてるけど……。でも怒ってるだけじゃない気がする」
舞の顔はおびえているが、少し悲しそうな表情をしてもいた。そしてその言葉は本気で言っているようだった。
「とにかく舞。お前はさがってろ」
「……うん」
でもオレにはそれを考える余裕はなかった。みんなを、舞、隆司さん、猫仙人。そしてオレ自身も、みんな生きて帰るんだ。
「いってくる」
オレは握った剣をさらに強く握りしめる。そして後ろで暴れている龍の方へ向かって走り出した。