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《第5話 一難去ってつぎは何難だ!?》
(五)
「い……いててっ」
体が痛い。そして寒い。と、いうか冷たい。でも息苦しくない。オレはたしか水に飲まれたはず。
「生きてる……の、か」
ゆっくり目を開けると、さっき猫に追い回されたような広い場所に倒れていた。
ここの壁にもオレンジ色の明かりが灯している。さっきの場所と同じように天井からは鍾乳石のツララが何本も下がり、白茶色をした岩の壁に周りは囲まれていた。
「……舞はっ」
岩と石だらけのこの場所に彼女の姿はなかった。オレ一人なのか……? あの激流の中で舞とオレは散りぢりになってしまったのか。
「くそっ」
やっぱり舞と隆司さんの二人を巻き込んだのは間違いだった。危険な目に遭わせた挙句、今は二人がどうなったかも分からない。こうなったら一刻も早く水沢渓谷の仙人に会って、二人を助けてもらうのが先だ。大水を流すか流さないかなんて後回しだ。
オレは立ち上がった。幸い、体にひどいケガや骨折をしたふうはない。
「よし」
それからコートのポケットに手を当て、ある物が入っているかを確かめた。それは二つ折りにしてしまっておいた川の神の所で預かった封筒。オレはそれをポケットから取り出した。やっぱり水(みず)浸(びた)しだな。これじゃ封筒の中身を取り出した時に千切れてしまうだろう。でもオレはそんな封筒を振りかざし大声で叫んだ。
「水沢渓谷の仙人さま! 手紙を持ってきました。ちょっと水に浸かってしまった事は謝ります。でもどうか出てきてもらえませんかーっ」
広い空間いっぱいに声が反響した。
「水沢渓谷の仙人さまーっ」
オレにはこんな方法しか思いつかなかった。自分の声だけがむなしく返ってくるだけ。やっぱりそう簡単には出てこないか。けど出てきてくれないと、舞はケガを悪化させているかもしれないし、隆司さんだってどうなっているか分からない。
「水沢渓谷の仙人さまーっ」
オレは二回、三回と叫んでみた。
「出てきて下さいっ。せーんにーんっ」
やっぱりだめかっ。だったら自力で二人を探し出すしかない。
オレは広い空間の壁の端に一つだけ開いている穴に向かって歩き出した。
「にゃは。君、いっちゃうの?」
え? にゃ、にゃは……? ま、まさか!?
「僕に何か用があるんでしょ?」
背中の方から声がした。しかも聞き覚えがある声。
「化け猫っ!!」
「また会えたにゃ~」
振り返ると。さっきまでオレが倒れていた場所に、黒猫が一匹、前足をそろえてちょこんと座っていた。大きさは普通サイズの猫と変わらない姿をしている。
「君は要領が良さそうだから上手く逃(に)げおおせたと思ったのに。まだこんな所でうろうろしてるの?」
「舞と隆司さんは?」
「さぁ。僕にも分からないにゃ」
「なんだってっ」
「君の居所は分かったけど。他の二人は分からないよ。もうこの洞窟にはいないか。それとも死んじゃったから気配がつかめないか。僕は命がある者しか気配を探り当てられないから」
と言って「にゃはは」と変な笑い方をした。
「おい仙人っ。笑い事で済む問題じゃないぞっ。二人が……二人が死んだなんて」
「笑い事だよ。だって。人間ってさ、地上には沢山生きてるでしょ? だから少しくらい減っても別に問題無いじゃない?」
「なんだって」
「だってダムを作った時、山を削って沢山木を切っても人間たちは〝日本には木がいっぱい生えてるから、ここの山の木くらい切っても良いよね〟ってやっちゃったんでしょ? それと同じ」
「それは違う」
「違わないよ。山には木がいっぱい生えているからいいや、地上には人間がいっぱい生きてるからちょっとくらい殺しちゃってもいいや。同じ事じゃないか」
それは……それはっ。
「木だって、切られたくなんてなかったにゃ」
猫はこちらに向かってちょこちょこと歩き出した。
「ところで君もこんな所で他人の心配をするより、少しは自分の身を心配した方がいいんじゃにゃいかにゃ?」
近づく黒い猫の目がパッと弾けるように青く光った。
「うわっ」
と、同時にオレは空気で圧(お)され後ろへ吹っ飛んだ。
「君もここでじ・えんどにしてやるにゃ」
背中から地面に落ちたオレが身を起こすと、再び猫の目が光り、同時に見えない衝撃波が襲い掛かってくる。立ち上がる隙もない。
「にゃっはは~」
広い空間にオレはまた舞い上がり地面へと落とされた。
「くっそぉ……」
「君ってなかなか頑丈にできているにゃ。感心感心」
うぅっ。い、意識が遠くなってきた。半目で開いているのが精一杯だ。
「でも、そろそろ終わりかにゃ?」
仰向けに倒れているオレに、黒い猫の愛らしい顔がアップで映った。
「オレは……」
「ん? 何だい?」
「こんな所では死なない。死ねない。……大体、舞や隆司さんが死んだっていうなら。その証拠を見せろっ。それを見るまでは信じないっ」
「君も往生際が悪いなぁ」
「信じるもんかっ」
「二人は死んじゃったんだよ。もう居ないの」
「ウソ……だ」
「聞き聞き分けのない子供だね、君も。でも僕。そういう子って大っ嫌いなんだよね」
猫は可愛い顔でオレを見下ろしていた。そして右の前足を振り上げる。が、その足だけがみるみる大きくなり、人間の手の二倍くらいになった。その手から白い爪が覗いた。猫の鋭い爪の影がオレの頭に落ちる。
「にゃっはっはっ。君もここで、お、し、ま、いっ」
と、白い鋭い爪がオレの頭を目がけ空を切った。
「やめろーっ」
声と一緒に巨大な猫の足がオレ目の前で何かとぶつかり、その勢いで猫は弾き飛ばされた。な、何だっ。
「勇ちゃーんっ」
「大丈夫か、勇聖っ」
こ、この声はっ。
「舞……隆司さ……ん」
ぼやけて見えたのは、全身がびしょびしょになった舞とホコリだらけの隆司さんの姿だった。
「ふ、二人とも……。無事だったのか」
「あぁ。この通りだ」
「舞も平気。ちょっと風邪ひきそうだけど」
二人は死んでいるどころかすこぶる元気そうに見えた。むしろ一番重症なのは、さっき猫の衝撃波で弾かれて地面に落下させられたオレかもしれない。
「勇聖、起きられるか?」
「何とか」
二人に支えられながらオレは身を起した。そして深く息を吸った。さすがに背中は強く打ちつけられたのでじんじんと痛い。でもそれ以外に体は無事みたいだ。幸い、頭も打ってなかったしな。
オレはゆっくりと立ち上がり周囲を見まわした。
「あいつは……」
遠くの壁際で黒い物体が転がっているのを発見した。オレはそれに向かって歩き出す。舞たちもその後をついてくる。
「にゃ……にゃぁ」
それは空間の隅っこで見事に目を回し倒れていた。
近くには一メートルほどの木の棒のようなものが落ちている。これが化け猫の手に当たったからオレは助かったのか?
「これは……?」
猫のそばにあったそれをよく見ると、ただの木の棒ではなかった。棒状ではあるが少し平たい。でも板でもない。手に取ってみると国語辞典くらいの重さだった。
「剣じゃないか……」
鞘に収まった全長が一メートルはあるものだった。けれど日本刀のように反れてはいない。でも西洋のファンタジーに出てくるのともちがう。強いて言うなら、三国志に出てくるような昔の中国の剣に近い。
「洞窟を歩いていたら落ちてたんだぜ」
「落ちてた? 剣が、ですか?」
「あぁ。だから何かの役に立つと思って拾っておいたんだ。やっぱり役立ったな」
たしかにこの剣のおかげでオレは命拾いをした。でもどうして剣が落ちてるんだ?
「舞はコレを見つけたよ」
と、濡れている服のポケットからごそごそと何かを取り出した。
「見て」
それは大きさが十センチくらいの細い透明なビンだった。中には薄い水色の液体が入っている。
「でね。このビン、ふたを開けて匂いを嗅ぐだけで」
舞はそう言いながらオレの顔にふたを取ったビンの口を近づける。一瞬、オレンジともイチゴともつかない、爽やかで少し甘い香りが鼻の奥をくすぐった。
すると、じんじんと痛かった背中からその痛みがスッと消えた。
「ど、どういう事だ……?」
「うん。コレの匂いを嗅ぐと、怪我が治ったり元気が戻ってくるの。舞も転んじゃった所が治ったの。スゴイでしょ」
す、すごいと思うけど。剣といい、ビンといい。なんでそんなものが落ちてるんだ? この洞窟にいる仙人が落としたものなのか? それともまさかオレたちに同士打ちでもさせるつもりか? ってそれは深読みし過ぎか。とにかくまったく意味がわからない。
そうだ。意味がわからないといえば、右の前足だけを大きくさせて襲ってきたアイツは。
「舞。そのビン、ちょっといいか」
「え? なんで、勇ちゃん」
「いいから貸して」
オレは舞からビンを借ると猫の鼻にそれを近づける。
「勇ちゃんっ何してるの!」
「おい! また襲ってきたらどうすんだ!」
二人は血相を変えて止めようとするが、オレはかまわず猫の鼻の間近に持って行った。奴は小さな鼻をひくひく動かし「にゃ、にゃ」と声を上げた。
「こいつもこいつなりの気持ちと意見があったんだ。第一、仙人には起きてもらわないと話し合いが出来ない。オレ達はその為にここまで来たんだ」
この猫も本当に水沢渓谷を守りたかったんだろう。その気持ちは悪い事じゃないし、分からない訳でもない。原型、舞や隆司さんも無事だったし、オレも助かった。結果が違っていたら分からないけど。でも今はこの猫を助けても良いとオレは思った。
「甘いな~勇聖は」
「けど舞もネコさんを助けていいと思うよ。だって小さいままならカワイイもん」
そうこう言ってる間に、気を失っていた猫が目をパッと見開いた。
「おい。大丈夫か?」
猫はパチパチとまばたきをする。
「にゃ~ぁ」
そして、つぶらな瞳をうるうるさせると、首を少しかしげてオレを見上げた。こ、この猫。完全に態度を変えてきた。
「今さらタダの可愛い猫ぶるな」
「にゃ~にゃ」
「媚びても無駄だ。ちゃんと言葉をしゃべろ」
「みゃ~ん」
仙人はあくまで可愛らしく甘えた声で鳴いた。今更、単なる猫ぶって誤魔化そうとする気か? それとも油断させようとしてるのか。でも化け猫は化け猫だ。もうだまされないぞ。
けれどヤツはオレの足元にやってくると、背中をすり寄せてくるぶしにじゃれ付いた。まったく。お生憎様だな。オレは猫が特に好きって訳じゃない。むしろ動物はキリン派だ。身近にいる動物なんてありきたりなものに興味は無い。すべて論外だ。
清掃、オレは猫と遊ぶためにここへ来た訳じゃない。仙人と話し合いをするために来た。ちゃんと会話をしてもらわなくちゃそれが始まらない。
「猫の仙人。オレ達は話し合いに来たんだ。出来ればオレ達も分かる言葉で話して欲しい」
「みゃんみゃん」
オレは猫を両手で抱き上げ、自分の目の高さまで奴の顔をもってきた。ヤツの青いビー玉のような瞳がキラキラしている。
「たのむ。話を聞いてくれ」
「にゃ~。仕方がないにゃ~」
猫はオレの顔をじっとみつめると一旦地面の上へ戻せと言った。だから言われた通りにそっと足元に放すと、猫はお行儀良く前足をそろえて座った。
「で、話って?」
「川の神、狩野雄山さんから渡すよう預かった手紙です」
オレも猫の正面にしゃがんで手紙を差し出した。まずはこれを読てもらってからだ。
「雄山クンから? けどビシャビシャだね」
「すみません」
「んじゃ悪いけど。開けて読んでくれないかな。ほら、僕って猫だから手紙、開けられないんだよね」
「は、はぁ……」
そうは言われても。頼まれたからって他人の手紙を開けるのは何だかいけない事をする気分だ。少し後ろめたさを感じながら手紙の上の部分に手をかけた。
「ホントに開けちゃってもいいんですか?」
「うん。いいよ」
再度確認をして良いと言うなら。オレはもう知らないぞ。
「じゃ、開けます」
迷っていた手、指にほんの少しだけ力をこめた。けど封筒を開けても、こんなに濡れていたら、肝心の中身の手紙を取り出せないんじゃないのか? それがうまく出来るか自信はないぞ。
でもゆっくりと封を開け始める。いや、正確には開け始める寸前だった。
ドーンッという音が突然、頭の上で響いた。
「な、何だっ!?」
穴が開いている壁の付近、その天井辺りからだった。ドーンッドーンッと音がし、そのたびに地面が揺れ、上から細かい石やホコリが降ってくる。
「地震か!」
「きゃーっ」
オレは手紙をもう一度ポケットに押し込むと、猫を脇に抱え、もう一方の手で頭をかばった。
「今度はなんだよっ。猫がまた何かやらかしたのかよっ」
「わーん。怖いよー」
「分かりませんっ。でもコイツが何かしていたようには見えなかった」
地面は何度も大きく揺れた。走るどころか立っている事すら難しい。
そして「おおーん」という洞窟で何度も聞いた動物が上げるような唸り声がした。今度は間近で。しかも今までで一番大きな音量で。それからメリメリメリッという岩の割けるけたたましい音もした。
「ふせるんだっ」
直後、天井がガラガラという激しい音をさせ大きく崩落した。
「わぁぁーっ」
オレはその場で身を屈める。
「な、なんだ。あれは」
が、その寸前に。巻き上がる白いホコリの煙の向こうで、赤い光が二つ浮かんでいるのを見た。