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《第3話 掃除神だった香川さん》
(三)
「おーい。父さん、母さん、居るかっ」
オレはまるで遭難者を捜すかのように玄関先で叫んだ。
「なんだ、勇聖」「どうかしたの~っ」と、二人の声がリビングの方からした。
「勇ちゃん。本当に勇ちゃんのパパかママが連れて行ってくれるの?」
「たぶん。平気だと思う」
オレ達は結局、少し川原で考えてみた。電車はダム周辺から離れすぎた所に駅があるからダメ。歩いて行くには遠過ぎるし、バスはあいにくここからじゃ乗れない。だから車で行こうということになった。が、ここでも問題。誰も運転できない(隆司さんは出来るらしいが危険な事は目に見えている。大体、高校生だし。免許はあるのか……?)
と、いう訳で。休日に暇を持て余しているであろうオレの両親に頼んでみる事になった。オレはリビングに居る二人の所へ行き、渓谷までの運転を頼んだ。
「父さんか母さん。悪いが水沢渓谷まで連れて行って欲しいんだ」
ん? あっ。そうだ。連れて行って欲しいとは言っても、事情、理由をそのまま言う訳にはいかないぞ。言ったらオレが変に思われるし、それどころか大人に話をしても分かってくれるはずがない。神やら仙人やら常識外生命体の事を言ったところで、信じてもらえるわけが無い。だから「宿題のために川原へ行ったら、水沢川の水源に行ってみたくなった」的なことを言った。とはいえ、そんな弱い動機で連れて行ってもらえるとも思えない。でも他に渓谷へ行く理由なんて考えつかないし……。
と、考えがまとまらないでいると「いいぞ、別に」「賛成っお勉強熱心ね、勇ちゃんは」そう言って、二人とも意外とすんなりオッケーの返事をしてくれた。
ちなみにオレの両親は、冷静沈着でオレが世の中で最も尊敬している小学校教師の父・隼(はや)斗(と)、底抜けに明るいお調子者の専業主婦の母・凛(りん)だ。二人が並ぶと『いたずら好きの中学生と、それに手を焼く教師に見えるらしい』。だからよくケンカをしたり、騒がしい二人だけど、今日は意見がめずらしく一致してすんなりオッケーしてくれた。
「みんなで行きましょうっ。旅行みたいでいいじゃない!!」
特に母さんははりきっている。やっぱり、この人にとっては絶好のヒマつぶしなんだろうな。オレ達、人間の危機だっていうのに。いい気なもんだ。
十分後。オレ達は父の車に乗り込み、いざ水沢渓谷へと出発した。
渓谷まではここから県道を進み、国道へと入り、そのまま北へ道なりに走ってゆけば一時間程で着く。行き方は簡単だが山奥の不便な場所であるため、個人的に行くにはどうしても車が必須だった。
出発してから五分。国道へ入ったところでオレは川で起こった話をきちんと両親にする事にした。なんとなく、ウソを吐き、だまして車に乗せてもらっている感がいなめない。それがけっこう気がとがめた。信じてもらえなくても連れて行ってくれるのだから、やっぱり本当のことは言っておこう。
とりあえず川の神というのに会ったこと。その神が水と川を汚す人間に対して怒っていること。このままだと川の神が大水で水沢川流域の人間を流すこと。それを止めるために水沢渓谷があった所へ行き、そこにいる仙人に会って手紙を届けなければならないこと。
話した結果どうなるのか。やっぱり信じてもらえず引き返すことにでもなったら。仕方がないから最寄の駅で降ろしてもらって、時間がかかっても電車と徒歩で向かうしかない。
しかし二人はそれを聞いて「それならなおの事、行かねばなるまい」とか「もう勇ちゃんたら、小学生なのに重大な使命を課せられたのねっ。さすが隼斗さんとあたしの子ども。えらいわ~」とか言われた。
「し、信じてくれるのか?」
「では勇聖はウソを言ったのか?」
「言ってはいない」
「それなら水沢渓谷があった所へ行くしかないでしょ」
うーん。これでいいのか? 二人はそれ以上、驚きもしなければ疑いもしない。ってゆーか。二人とも信じちゃったのか? オレの話。しかも、普通のこと、よくあることくらいの感覚で受け入れちゃってるような。なんだかオレの方が心配になったぞ。けれどそれでいいのならいいことにする。渓谷行きが中止になるよりはマシだ。
そして話のついでに、変な家政夫(オレの中ではそっちの方が妥当)を見た話もすることにした。
「そう言えば水沢川の神の所に、もう一人ヘンなのもいた」
「変な? 何が居たんだ」
「たしか……香川さんとかいう自称〝天界の神〟だ。オレには川の神の家政夫にしか……」
と、オレの見解で言った。あの人には悪いけど自称と言わざるを得ない。その自称付きでさえ、ありがたいと思ってほしいくらいだ。
「なに? 香川? 天界? え……かーがーわーだとぉぉぉっ」
父は突然、ブレーキをかけた。
「な、なんだぁぁっ」
キュキューッという大きなブレーキ音と共に、オレ、舞、そして隆司さんも悲鳴をあげ、ものすごい反動をくらい顔面を前の座席にぶつけた。あ、危ないじゃないかっ。
「なんて運転をしてるんだ、父さんはっ」
幸い後ろから車が来てないから良かったものの。この車内には五人も人間が乗ってるんだぞ。
「ゆ、勇聖っ。か、香川って言ったわね」
今度は母さんが後ろを振り向き、今の状況などお構い無しに血相を変えてオレを問い詰めた。
「も、もしかして。その香川って人はものすご~くひ弱そうで〝ボク、もういいですぅ〟とか言ってるカンジだった?」
「あ? あぁ。確かにへなへなで〝ボク、もういいですぅ〟っていじけたりする、たよりないヤツだった」
母さんも見た事があるような口振りだな。すると両親は顔を見合わせて、
「何故こんな所に現れたんだ」
「あたしの方が知りたいわよ」
小声でごちゃごちゃ言っている。どういう事だ。この二人も香川さんを知っているのか?
そしてさらにその謎が深まるような発言をする。
「また天界から地上へ物見遊山か、あの者は」
「仕事サボってばっかりねぇ」
って。お、おいおい。ちょ、ちょっと。それじゃ、あの男が本当に天界の神様とでもいうのか? しかも、二人の話し振りだと両親そろって香川さんを知っているってことか?
「と、父さん。状況がよく分からないんだけど。さっきの会話から察するに父さんも母さんも香川さんのことを知ってるのか?」
もしそうだとしたら……なんか嫌だ。
「父さん、母さんっ。ちゃんと答えてくれっ」
いつもの冷静さを失ってやや怒っているように見える父さん、そして一方いつも以上に楽しそうに笑っている母さん。そんな二人を見ていると余計に気になるじゃないか。
「ま、まぁ勇聖。そうムキになることもあるまい」
「でも。父さんだって何だか香川さんの事が思い当たるって感じじゃないか」
「いいや。アレは……そう。そ、掃除の神なのだ」
「え? 掃除?」
「そうだ、掃除。清掃時間の、清掃の神だ」
「ほ、本当なのか?」
確かに川の神のところでは茶くみをしていて家政夫のように見えた。
「以前、あの男を年末の大掃除のときに見かけたのだ」
「大掃除の時に?」
「あぁ。我が家は川に近いだろう。だから掃除が大変そうに見えた時、いきなり現れて家の掃除をしていってくれたのだ」
「そ、そうなのか?」
本当に? そんな事があったのか?
「えーっ、うっそぉ。舞のお家には現れた事はなかったよ~。お隣さん同士なのに」
「だよなぁ。何で勇聖の家だけに来るんだ?」
舞と隆司さんの抗議は尤もだ。オレだってあんなのが家の中をうろうろしているのを見た事はないぞ。
「それは……昔だ。父さんが子どもの頃の話だ。だからお前達が見た事が無いのは当然なのだ」
そうなのか? いや。でも香川さんも「君の父上の小さい頃にそっくり」とか言っていたし。本当なのかもしれない。精度、あのへなちょこの事だ。きっと父さんに色々やり込められたんだろう。そう考えるとなんだか納得が出来た。
「分かった。父さんの言っている事を信じる」
オレの判断に舞たちも昔の話かぁ、という事でそれ以上香川さんの話を止めた。
だが母さんだけは助手席でずっと大笑いを続け、父さんにうるさいと注意をされていた。
それから道路がかなり空いていたためオレ達は予定通り一時間ほどで暮坂ダムについた。正確にいえば、ダム湖の淵を走る国道の路肩に着いた。左の窓からは、眼下に鈍い緑とも青とも言えない水の溜まっている水瓶がのぞけた。暮坂ダムは普通のダムより規模が小さいものだと道すがら父さんが言っていた。
「勇ちゃん。ダムには着いたけど、これからどうするの? 手紙を誰かに、センニンっていう人に、渡さなくちゃいけないんでしょ」
「水没計画もやめさせるんだろう」
二人の言葉は言わずもがな。オレはずっと握っていた茶色い封筒を見た。これを渡さなければいけない。
「元水沢渓谷の仙人に」
しかしそんな人物とはどこへ行けば会えるのか。詳しい事を聞いていなかった。
「あっ! なにっあれは」
車がさらに少し山の方へ進んだところで、舞の大きな声が聞こえた。
「どうしたんだ?」
「あれ。あの、岩っ」
「岩?」
前方右側。すっかり葉が落ちきった雑木林の間に大きな石塔のようなものが見え隠れしてきた。まだここからだと何であるかは分からない。でも相当大きなもので、高さは人の三倍はありそうだった。
「父さん。あの岩が立っている所へ連れて行ってくれ」
林の脇に大きな石とも岩ともつかないモノが建っているのが見えた。
「何だありゃ」
そこは歩道の脇、雑木林を少し切り開き、砂利を敷き詰めた広場だった。その中央に高さが三メートル程の石碑が建てられていた。
「イ……レイヒって読むのかしら?」
「そうみたいだな」
車を広場の端に停めてもらい、オレと舞、隆司さんは車外へ出ると、大きな石の前まで行ってみた。
石碑は石の階段を三段昇った所に建っている。長方形で黒の御影石、そこに行書体で慰霊碑と大きく白字で書かれていた。オレと舞は並んでその大きな石を見上げた。
「イレイヒってなーに? 舞達が探していた神様を祀(まつ)っている場所なのかしら?」
「違う。慰霊碑っていうのは、死んだ人の魂が安らかに眠れるよう建てられたお墓のようなものだ。きっとこの碑は、ダム工事の途中で、不幸にも命を落としてしまった人のために建てられたものだろう。事故なんかも起こっただろうから」
「じゃあこれはダム工事で働いていて死んじゃった人のお墓って事なの?」
「ああ」
「それってこのダムを一生懸命作ってくれた人たちがいたのに、舞達が仙人さんに会って手紙を渡さないと、このダムが壊されちゃうってことなのね」
「そうなるな」
「舞、それは納得出来ないよ。仙人さんにダムを壊すの止めてもらわないと工事してた人たちが浮かばれないよ。かわいそうだよ」
そう言うと舞は石碑に向かって手を合わせた。
そうだな。オレ達が仙人に会うって事は、川の流域の人間と、この暮坂ダムを作った人たちの労力や生きた足跡を守る事になる。オレも舞の隣で自然と手を合わせていた。オレ達が何をどこまで出来るか分からないけど、仙人に会って出来るだけの事をやらないと。
「おーい。舞、勇聖っ。こっち、こっち来いよっ」
決心を固めていると、隆司さんの声が石碑の後ろから聞こえてきた。
「どうしたんですかっ?」
オレは舞と一緒に声の方へ行くと、石碑の丁度真後ろ、もう林の茂みに半分埋もれた所で隆司さんが手を振っていた。彼の足元には崩れかかった石作りの小さな家が石(いし)台(だい)の上に乗っかっているのが見えた。
「見ろ、これっ。このちっこい家っ」
近づいてよく見ると瓦屋根の形をした家があった。高さは六十センチくらい、幅も三十センチくらいで言うまでも無く全て石で作られていた。ただし、入り口となっている場所は古くなったせいか石が崩れている。四角形にくりぬかれている入り口部分は少し変形していた。
「これはなーに? お兄ちゃん」
「祠(ほこら)だ。神様が祀(まつ)られている、神様の家のようなもんだ」
「じゃ、これが舞たちが探していた場所?」
果たしてそうなのかどうなのか。確かめるには。
ずっと握っていたせいか、少しシワシワになってしまった封筒をオレは祠の入り口の前でかざしてみた。
「水沢渓谷の仙人さまー。郵便でーす」
なんて。
「もう。勇ちゃんたら、それで仙人さまに会えるなら舞たち苦労しないよぉ」
「ときどき分らないよな、お前って」
そりゃまぁ。オレだってこんなことで仙人に会えるとは思ってない。これはその。時々こういう事をしたくなるのは、母さんの血を引いてるから仕方がないと言うか。
その直後だった。サァッとオレ達の前方から、氷の上を滑ったような冷たい風が吹きつけてきた。つむじ風のように強く。そして突き刺さるような速さで。
「きゃぁっ」
「うわっ」
オレは思わず両腕で顔をかばう。
「風、強すぎるぜっ」
「ねっ! ちょっと。見てみてっ‼ 祠がっ」
もう一度風が吹いた。そして風の中に。
『よく来た……』
不思議な音が混ざっていた。いや、声なのか?
そんな声が耳にまだ残存している状態で、一旦、オレは両腕を顔から放した。舞の叫んだ言葉が気になる。
「なんだっ⁉」
思わずオレも叫んだ。祠の入り口の奥から緑色の光が見えた。それは次第に大きくなりながら、こちらへ向かってくる。
「わーーッ」
緑の光は祠の入り口から大きくあふれ出し、オレ達をアッという間に飲み込んだ。
「どうしたっ勇聖!」
「大丈夫っみんなっ……」
遠くから父さんと母さんの声が微かに聞こえた。が、もうまぶしくて目も開けていられない。自分自身の体の感覚さえも分からない。何が起きたんだっ。まさか郵便でーす、の一言で簡単に会えちゃう人なのか? 仙人て。