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掃除神とオレ ~って、掃除神じゃないのか!?~

初回掲載:2026年7月10日

登場人物

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《第2話 水沢神と自称神!?》

(二)

「う……」

 気がつくと。

「な……何が。起こったん……だ?」

 ひんやりした石の床の上に倒れていた。

「い……一体どういうことだ」

 そして不思議な事に、さっき水を被ったはずがまったく体が濡れていない。

 オレは疑問を抱きつつ体を起こした。

「ここは」

 周りを見て驚いた。

「なんだここは」

 ガラスで出来た透明な壁の向こうに、見たことのない七色をした魚が泳いでいた。他にもオレの背丈より確実にデカい海藻のようなものが、マリンブルー色をした美しい水の中で揺らいでいる。それはまるでおとぎ話の絵本のような光景だった。

「竜宮の城か」

 透明な壁は天井が見えないほど高い柱で支えられているようだった。その柱も紺色の中に金色で紋様が刻まれている立派で豪華なもの。ここ一帯が一種の美術品のような雰囲気だった。

「あれ……ココは?」

「俺たち助かったのか?」

 目を見張るオレの隣では舞と隆司さんも目を覚ました。そして二人も起き上がりオレと同じく目の前の光景に驚きの声を上げる。それから二人も黙って壁の向こうを見入っている。でもここは一体どこなんだ? 本当に竜宮城なのか?

「あ、あのう。みなさん、大丈夫でしたか?」

 きれいな魚たちが泳いでいる方に目を奪われていると、後ろから聞き覚えがある声がした。

「か、香川さんっ」

 振り返るとひ弱そうな男が笑顔で立っていた。

「大丈夫っちゃ、大丈夫だけど。ここはどこなんだ?」

「それならよかったです。ところで皆さん。突然で悪いですが。あの、君たちに会ってもらいたい人がいるんです」

『会ってもらいたい人?』

「はい。だからボクについてきて欲しいんです」

 どういうことだ? たしかに突然だし、何も把握できない。それに隆司さんの質問、無視なのか?

「香川さん。行ってもいいけど、オレたち、無さに帰れるんですか。と、いうかここが一体どこで、何なんですかっ。ここにいる理由と一緒にしっかり説明して下さい」

「はい。ではそこへ行ったら、すべてお話しします」

 香川さんはうなづくと、「こっちです」と、真っ直ぐのびた薄暗い廊下の奥へ向かって歩き始めた。

「舞たちどこへ連れて行かれちゃうのかなぁ」

「大丈夫だ。何かあったら兄ちゃんが守ってやるから」

「舞……お腹が空いちゃった」

「そういえば俺も」

 なんだろう。結構、切実に悩んでいるというか、心配しているのはオレだけなのか? 舞たちはあまり緊張感とか不安感が無いみたいだ。

「大丈夫ですよ。別に危害とか加えるとか、ぜんぜんありませんから」

「え」

 隣を歩いていた香川さんがニコッと笑ってオレを見た。

「意外と君は臆病なんですね」

「オレが?」

「はい」

 いや。そんな事は無いぞ。大体、こんな訳が分からない場所に連れてこられたら、心配だとか不安に陥るのが普通だろう。むしろオレの方がよっぽど落ち着いてる方じゃないのか。

「ボクもそう思います。君の見解は間違っていないと思います」

「え?」

「十分、落ち着いている。子供なのに冷静沈着という言葉がぴったり当てはまります。すごく可愛げが無い」

「は? どういう意味ですか」

「君の父上の小さい頃にそっくりです」

「えぇ?」

 何だ急に。すごく失礼な人だな。この人。それに。

「どうしてオレの父さんを引き合いに出すんですか。父さんのこと知っているんですか?」

「え。あ、まぁ……ちょっと。あはは」

 ちょっと、だと? まったく答えになっていないぞ。確かにオレは父さんによく似ていると言われるが。母さんに言わせれば「勇ちゃんを見ていると、父さんの成長過程を見直しているみたいだわ」というほどらしいからな。

 底もそんな事情を「赤の他人」である香川さんが知っているはずはないし。本当にこの人、怪しい。怪しすぎる。

 でも深く追求するのは今の段階では止めておこう。変なことに関わり合いになるのはゴメンだからな。


 しばらく進むと竜宮城の景色が終わり、代わって鍾乳石の洞窟のような場所へと入った。壁には二、三メートルおきにロウソクがオレンジ色の明かりを灯している。暗くは無いが何だか肝試しに参加させられている気分だ。

「さ、ここです」

 道の一番奥、突き当たりにたどり着くと香川さんは足を止めた。オレ達の前には大きな木製の古めかしい引き戸が、重々しく入り口を閉ざしていた。しかも戸の横には、かまぼこの台のような木の板がさがっている。そこには『狩野(かのう)』と草書体で達筆に書かれていた。

「あの……誰かの家、ですか?」

「まぁまぁ。入ってください」

 オレの疑問をあっさり流し香川さんは引き戸に手をかける。力を込めて「よいしょっよいしょっ」と、戸を開けようとした。

「わーん、開きません。雄山(ゆうざん)さーん、ボクでーす。開けてくださーい」

 泣きそうな声で香川さんがそう叫ぶと、ザッと音を立てあっさり戸が開いた。なんだ。初めから名乗って用件を言えば良いんじゃなかったのか?

「す、すみません。そうですよね」

「はぁ。まぁ今度から気をつければ良いんじゃないんですか」

 って。

 ……なんだか。さっきからおかしいと感じていたが。何となくオレの考えてる事、香川さんに筒抜けになっていないか?

「そんな事ありませんよ。ちっとも聞こえてません」

 ……聞こえてるじゃん。

「え、あ。じゃ、もう聞きませんよ」

 は? それってやっぱり聞いていたってことで。この人。さっきから一体、何なんだ。っていうより、オレは自分の気づかない所で口に出しているのか? 自分の考えを。

「そんなことはないですよ。大丈夫です」

「えっ」

 そ、それって。じゃあどういうことなんだっ。

「さて。それはともかく。雄山さん、連れて来ましたよ」

「ともかくって」

 けれど香川さんはオレの疑問に、それ以上は何も応えてはくれなかった。彼はそのまま部屋の中へと入っていく。

 戸の奥。そこは質素な和室、純和風の十二畳くらいの大きな部屋だった。一番奥には白い梅の花が飾られた床の間があり、とても風情がある。しかしこの部屋の中央にはオレの見間違いでなければ〝こたつ〟が、存在感を放って置いてあった。その上には蜜柑がカゴいっぱいに山盛り。そして上座には部屋の主らしき男が、でんっと座っていた。

「御足労をかけたな、カガワ殿」

「いいえ。ボクの方こそ暇だったから、お役に立てて良かったです」

 香川さんは相変わらずニコニコしながら、男の人に向かってオレ達の事を簡単に紹介した。「例の件の人間です」と。

「そうか。この者達が……」

「はい」

 なんだ? 意味ありげな会話だ。大体、コタツに入っている男だって怪しい。まず衣服。白い着物、死んだ人が着せられるような真っ白い着物を着ている。しかも頭も白髪。そのくせ二十代ぐらいにしか見えない。一重まぶたが印象的で、そのせいかすごく冷たい感じがする。

 しかしオレがそんな事を疑問に思っている事など露知らず、コタツに入っていた男じっとこちらを見ている。
 「さ、君たちも上がってオコタに入ってください」

 一方で部屋の中へ招く香川さんのセリフ。緊張感が無いな、オコタって。気が抜けそうだ。

 でもオレたちは香川さんの言葉に従い、靴を脱ぎ一段上になっている畳へ上がった。それからオコタへ足を入れる。オレは丁度、白髪の男と向かい合う形になった。

「それでは改めて」

 香川さんは全員が落ち着いたのを見計らうと。

「えっと。この方は水沢川の神様で在(あ)らせます、狩野雄山(かのうゆうざん)さんです」

 と、オレ達の目の前にいる人を紹介してくれた。って。か、神?

「えぇぇぇぇぇっ!」

 オレ達は凄い剣幕で驚いた。

 オレと隆司さんはそれ以上の言葉を失ったが、舞はすぐさま顔をしかめると「狩野雄山だなんて。神様らしくない名前ね」と、一言。全然へっちゃらのようだ。ま、オレも神様にしては変わった名前だとは思う。というか人間のような名前だな。華道や茶道の家元にいそうじゃないか?

 ともかく。名前も変だし、神様だとか言っているし。本当に、一体全体どういうことなんだ。

「ええと。ここからは話が少しだけ長くなりますから。今、お茶をいれますね」

 そして混乱する中。香川さんだけは変わらず緊張感の無い事を言い、ニコニコしていた。


「ではまず。君たちの質問から答えましょう」

 お茶を注ぎながら香川さんが話し始める。動作はわりとテキパキしていた。この人の正体は川の神様の家政夫だったのか? でも、そのわりには神という人(いや、人じゃないのか)に対して敬っているようでもない。さっきも対等に話をしていた。

「じゃ舞からね。あのね、ここどこなの? 何でここにいるの? おうちには帰れるの?」

 一番手の舞はさっきオレが香川さんへした典型的な質問をくり返した。でもオレ達にとっては一番重要な事だ。そしてそれ以外にも知りたい事が増えた。

「次はオレだ。香川さん。オレはあなたが何者なのか知りたい」

 ここに導いてきたのもこの人だし。さっきはオレが頭で考えていた事に対してなぜか返事をしてきたし。個人的にかなり気になる。だが当の本人は苦笑して「まあまあ。そんなにいっぺんに言わないで下さい」と、前置きをし、注いだお茶を全員に配る。かなり余裕な行動だな。

「まずは簡単なことからお答えしましょう。ここは水沢川の神の神殿です。君たちがここにいるのは雄山(ゆうざん)さんとボクから話があるからです。それを聞いてくれさえすれば地上へ帰しますよ」

 と、舞の質問には全て答えてくれた。でもオレの質問は無視。その上、新たな疑問が生まれた。

「おい。勇聖の質問に答えてないじゃないか。それから話ってなんだ?」

 隆司さんは少し怒り気味に口をはさむ。

 すると先ほどまでニコニコしていた香川さんの表情が急にカタくなった。目元も口元もゆるんではいない。笑顔も引っ込め、真面目な顔をしてオレ達の方を見た。

「みなさんをここへ呼んだのは、この川の流域に住む人間を処分するかしないかを決める検討会へ参加していただくためです」

 重々しそうに、そしてきっぱりと言った。

 人間を処分……て。

「えぇぇぇぇっ」

 今日何度目か。でもこれには流石に度肝を抜かれた。「なんて突拍子のない事を」「舞たち殺されるの? こわーい」「アンタ……頭、大丈夫か?」と、三人それぞれの意見だが。

「取引。でも。何でそんな事をするんですか?」

 この一言に尽きる。まさか人間が水を汚しているから、とか言うんじゃないだろうな。

 しかし案の定。

「人間は水を汚す。この頃はそれが酷く、水を無駄遣いしている。だから私は人間に神罰を下す。まずは私の川を汚すおろかな人間たちを水で流す」

 何てことだ。的中しても嬉しくない話だ。

「で、でも。いくらなんでも、それはひどいと思う……」

「そ、そうだぜ」

 舞と隆司さんは戸惑いつつも反論する。

「オレは嫌だ」

 が、オレはハッキリ言った。

「誰が〝はい、そうですか〟なんて言うものか。人間を殺すなんて話も馬鹿げてる。第一、話の要点がおかしい。川は水が流れとなっているものだ。水自体が汚されて、怒って人間を水が滅ぼそうというならともかく。川には何の権限があるんだ。川が汚されることに文句があり、環境美化について訴えたいなら、川原にゴミを捨てるなと看板でも立てれば良いだろうっ」

 オレは啖呵(たんか)をきった。まったくもって納得がいかない話だ。この白い着物の神が水の神ならまだしも。水沢川の神なんだろう。だったら筋が違う。

「……ゆ、勇ちゃん?」

 一同は呆気にとられていた。ちょ、ちょっと言い過ぎたかな。でもオレが最も尊敬している父さんがあんな感じでたまに怒るから。そういうのが身についてるというか。それに数学を解く上で、一つの問題に対して答えは一つ。長文で書かれた問題の場合、よく読まないと複数の論点があったりする。その場合、各々を解き、その上で並列させて考えるか否か。それぞれ解いてから結論を出すものだ。

 それに勿論、ヤツの言い分は理解しているぞ。水も川も汚れる原因は人間のせいだ。人間が悪い。そんな事は今時、幼稚園児でも知っている。が、このまま神の力で滅びるってのは違うとオレは思う。

 しかし全員が呆然としている中。香川さんだけは、さっきのカタい表情から一変。なぜか一人、笑いをこらえていた。ただし、表情を一変させる前には妙に静かで、底の見えない瞳をしたようにも見えたけど。ほんの一瞬だったから見間違いかもしれない。今はオレを見て笑ってるし。って、な、なんで笑われなくちゃならないんだ?

「オレ、何かおかしい事、言いました? 香川さん」

「い、いいえ。ただ、その口調がというか。理路整然と面倒臭いことを言う所が貴方のお父上にそっくりだなぁ、と思って」

 はあ? 何故そんな事を。と、いうか何故そんなことがこの人に分かるんだ。さっきからこの人、事あるたびに変なことを言ったり、父さんの事を引き合いに出したり。オレの考えてる事まで分かるみたいだし。一体何なんだっ。

「香川さんっ。アンタは何者なんですかっ。オレの父を知ってるんですかっ」

「あ、あのその。えっとえっと」

「一体何者なんですっ!!」

「そのあの。えっとボク。あの、い、一応。その。実は……ボクも天界の神様だったりします。すごーく、偉いんですよ。ホントは。あははっ」

 と、笑った。は? 天界? 天界の……神様って。

『えぇぇぇぇぇぇっ』

 今日は何回、驚いたんだろう。けれどこれ程のビックリは初めてだ。香川さんが? こんなナヨナヨでへなちょこな人が天界の神様だって? 百歩譲って川の神の家政夫だとしても、お茶を入れるぐらいにしか役に立ちそうもない、こんな人が? それが天界の? 神様? 大体、天界ってあの有名な天国のことなのか? そんなもの、ホントにあるのか?

 あぁもう。言っていることが信じられないし、とにかく頭が大混乱した。

「でも。仮に香川さんが天界の神様であるとして。その事がオレの父さんを知っている事にどう繋がるんですか? 全然関係ないんじゃないですか」

「いえ、そのあの。か、神様であるから何でも知っている。だ、だから君のお父上のことも知っているって言おうと思ったんですぅ」

 本当にそうなのか? 怪しい。怪しすぎる。それに今の答えには、愛想笑いが顔に浮かんでる。何か隠してる雰囲気がぷんぷんしてるぞ。

 それにどうでもいいけど。神様ってものはみんなこうなのか? オレは香川さんだけが特別であることを心から願いたい。

「ま、まぁ。皆さん。は、話を戻しますが。とりあえず、今回は水と川はお互いに共闘していると考えてください。その上でやっぱり川の流域の人間を処分する、なんて話は反対ですよね?」

 驚く事ばかりで一番重大なことを忘れていた。〝人間を処分する〟という話を。しかもオレの意見はあっさり統合された。

「ボクもいくらなんでも、そんな事をわざわざやらなくても良いと思います」

 わざわざやらなくても? なんか引っかかる言い方だ。

「そこで、ボクからチャンスをあげようと思うんです」

『チャンス?』

「はい。もしも、それが成功したら神罰は下りません」

 条件付きとは随分と一方的な話だ。しかも香川さんからのチャンスなんて、自尊心が受け取り拒絶を強く訴えてる。でもそれを聞き入れなければ人間は処分されてしまうって事なんだろう。

「何だ、そのチャンスってやつは」

 隆司さんも条件に応じるらしい。

「この計画は川の上流、今は無き水沢渓谷の跡、暮坂(くれざか)ダムを破壊することによって行われます。実行者は渓谷の仙人だった狩野(かのう)正逢(せいほう)さんです。彼が三日後、大水を流す事になっています。だからこの手紙を渡し、計画を阻止するのです」

 と、香川さんはオレに茶封筒を差し出した。

「手紙の内容はお教えできませんが。……行ってみますか?」

 水沢渓谷の仙人に会う、か。

「でも、そっちの川の神の狩野さんはいいのか? 俺達が水没計画をおじゃんにしても」

「そのような事。絶対にできぬ。不可能だ」

 川の神は余裕の笑みを浮かべた。

 ふんっ。そうか。オレには出来ないって思っているのか。ま、隆司さんや舞だけならともかく。このオレに出来ない事などない。そう――ありえないっ。

「わかった。オレは行く。行って仙人に会って、そして計画を止めてやる」

「お前がやる? 無理だな」

「無理でも何でも、行ってこの茶封筒を渡してきてやるっ」

 オレを侮辱するとはいい度胸だ。神様だろうが何様だろうが、絶対に見返してやる。

「っていう事にオレはした。舞と隆司さんはどうします?」

 オレは二人の方を見た。

「勇ちゃんが行くなら舞も行くぅ!」

「舞が行くなら俺も行く!」

 三人一緒って事か。……よしっ!

「では三人とも、気をつけて行って来て下さいね」

 香川さんはうなずきオレ達に笑いかけてくれた。この人は応援してくれる、のか? まったくこんなノー天気そうな男が神様だったなんて。いまだに信じられない話だ。

「それではみなさんを地上へ戻します。はりきって行ってきて下さーい」

「え?」

 香川さんが何か呪文のようなものを言った。と、思ったら。

「あ、あれ。川?」

 オレたちはさっきまで石拾いをしていた川原に戻っていた。う~ん、やっぱりあの人も神様なのか?

「どうしたの? 勇ちゃん」

「いや。べつに」

 そうだ。そんな事よりオレ達は水沢渓谷へ行かなくちゃいけない。善は急げと言うし。

「ねーねー。でも、どうやって行くの?」

 ……。

 舞の一言に、オレは沈黙してしまった。言われてみればここから数十キロも離れた山の中へどうやって行けばいいんだ?

 オレ達は、いきなり最初の難関「交通手段」に出くわしてしまった。まったく。前途多難っていうやつだ。