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掃除神とオレ ~って、掃除神じゃないのか!?~

初回掲載:2026年7月10日

登場人物

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《第1話 真冬なのに麦わら帽子なのか?》

プロローグ


「それでは行ってきます」

 常春(とこはる)のその場所は、住むものすべての者が、心を穏やかにして生きることが出来る場所であった。そのような場所から、本日、そっと抜け出した「風」があった。

「陛下。くれぐれも立場をわきまえた行動をしてくださいね」

「何を言っているんです? お前の方こそ、立場をわきまえた発言をしなさい」

 風はこの世界の王様でもあった。彼はある場所へ出かけるために風になっていた。それを知った背中に羽を生やした部下が、出かける前の王の所へやって来たのだった。

「おっしゃる通りです。けれど外出に許可出来る時間は限りがあります。たとえ貴方であっても時間には限りがあります。それは王自身が決めたルール。ですから私とてそのルールがやぶられたら当然」

「罰していいです。自分で立てた誓約(せいやく)ですから。なので時間もありませんから。もう行きますね。お前はしっかりとボクの留守を預かりなさい」

「わかりました。どうぞ。お気をつけて」

 抜け出した風は何の心配もしていなかった。ただ。これより降り立つ先で。目の前で起こる事実のみを正確に判断する。それ以外は考えていない。この行いは自分が立てた誓約をやぶる危険があっても、絶対に必要な行いだった。

 部下もそんなことは分かっている。だが部下も、数多く存在する世界のバランスを保つ役人でもあった。だから「あらゆる生命がすこやかに生きられるように立てたルール」を実行する義務が彼にもある。そのルールを違反した者へ、誰であろうと例外なく、厳しい罰を下さねばならなかった。たとえそれが忠(ちゅう)誠(せい)を誓う主人、全空間世界を見守る天界の王であったとしても例外では無い。だから部下の言葉は主(あるじ)を心配して言ったのだった。

 けれど風となって抜け出した王は、そんな心配を初めからしていない。やるべきことをわかっている。事実のみを正確に検証し判断すること。それが絶対に必要な事柄だから。これからの未来の、あらゆるすべての、生きとし生けるもののためになること。それにつながること。命へ対する慈(いつく)しみ。それを行うのだから王は何一つ心配をしていなかった。

 そして天から抜けだし舞ってきた風は、人間世界のある川辺で人の形にもどると、そっと降り立った。静かに「お話を聞きにきましたよ」と、水の流れにむかって言葉をかけたのだった。


(一)


「まったく。せっかくの日曜日だっていうのに、なんで朝から水沢川へ行かなくちゃならないんだ?」

「いいじゃない。おうちにいるより健康的よ。ね、お兄ちゃん」

「そうだ。舞の言う通りだぜ」

 でもオレはまったくのる気がしなかった。今は二月上旬。外はびゅーびゅーと強い寒風が吹きすさび、爽やかなんて朝にはほど遠い。家を出てきたのも八時半。太陽だってそれほど高く昇っていない。手袋、マフラー、コートを着込んでいても凍えるし、外気にさらされている耳なんかは千切れそうなくらいに痛い。寒すぎる。

「大体。オレは今日一日、算数……いいや、数学をやっていたかったんだ」

 心で呟いたつもりがしっかり声に出ていた。

 なんせ今春には中学生になるんだ。入学式までには微分積分くらいの基礎的知識は習得しておきたい。父さんもそれが良いと言っていた。そう。中学に入る以上、数学とはきちんと礼儀正しく向き合いたい。初対面で「ちょっと前までランドセルしょってた小学生だったんだろう」なんて、なめられる訳にはいかないからな。こっちから先制攻撃だ。

 でも朝早くから隣に住んでいる同級生で幼馴染みの篠(しの)宮(みや)舞(まい)と、その兄で高校二年生の隆(りゅう)司(じ)さんが「近所の川原に行こう」なんて突然やってきた。ちょうど朝ご飯を食べ終わり「さて、今日は連立方程式を」と数学のワークを開いた時のこと。だから断った。が、それにもかかわらず隆司さんから「行かないと明日からお前のおやつを毎日没収する」と半ば強引な誘い文句で無理矢理に連れ出された。迷惑なお隣さんがいると静かな生活が脅かされる。なんてかわいそうなんだろうオレって。


 と、自分を憐れんでいて申し遅れました。オレの名前は雅(みやび)沢(ざわ)勇(ゆう)聖(せい)。天川第二小学校に通う一般的な小学六年の子供だ。好きな教科は算数。でもどの教科も八〇点以下は取ったことは今まで一度も無い。ちなみに算数が好きなのは、父がそれ専科の教師をしているところに影響を受けたからだと思う。でもそれだけではなくて、算数はちょっとした手順やきっかけを覚えるだけで問題が解ける所がいい。そのちょっと覚えた事を工夫すれば、すごく応用が効く。計算問題もそれだけに集中しているのが楽しい。趣味は読書。本。それは自分の中で絶対に必要な物。今はミステリー小説と、ツチノコや雪男が書かれている世界七不思議といういかにもウソっぽい本を読んでいる。これから主人公や筆者と一緒に謎を追っていく、と考えると、それはそれで両方楽しみだ。読書も、そういった本の世界に入って集中できる所がいい。今日はそんな算数、読書をするはずだったのに。って、自己紹介か。そんな平穏を望む小学六年男児を妨害するお隣さん、篠宮兄妹が住んでいる。それも紹介のうちってことで。以上。


「もぉ。お兄ちゃんたら、勇ちゃんのおやつをとるなんて意地悪言わないでっ」

 三人並んで川までの道を歩いていると、頭の左右におだんごを結った淡いピンク色のコートを着た舞が隆司さんの方を見てオレの代わりに抗議をした。けど、近所に出かけるだけなのに、相変わらず支度に時間がかかるオシャレな格好を舞はしているな。

「お兄ちゃん。勇ちゃんをいじめるお兄ちゃんなんて、舞、好きじゃない」

 そう言って舞は体をクネクネさせた。しかも目をうるうるしている。そして舞のそんな様子に、今度は隆司さんの方がおろおろして顔を蒼くさせた。普段は、背が高くてファッションセンスも決して悪くない、黙っていれば「近所のカッコいい高校生のお兄さん」であるはずの隆司さんは、目じりを下げ、口もへの字にし、さらに。

「舞~。そんな事、言うな。オレは舞に嫌われるのが一番悲しいんだ。それだけは冗談でも……傷つくんだ」

 いきなり両手を地面について「よよよっ」と、まるで世界の終わりが来たかのような、めいっぱい悲しい表情を作った。

 はぁ。またいつものが始まった。

 二人は呆れるオレなんかをお構いナシに、

「お兄ちゃん、勇ちゃんは舞の将来結婚する相手なの。だからいじめないで。今は確かにお兄ちゃんより身長が三十センチも低いけど。でも舞の好きな一重の目でしょ~。それからクールだし~,お勉強も出来るし~。それに勇ちゃんのパパを見れば、将来どれだけ素敵になるか分かるもん!」

 と,オレの今後を勝手に予想し、勝手に決めつけ、挙句に、

「舞は絶対に勇ちゃんのお嫁さんになるんだから」

 と、話を進め(オレの意見は完全に無視)、それを聞いた隆司さんが、

「舞とつき合っていいのは俺より強い男だ」

 と、吠えて拳を振り上げる。

「まったく」

 オレはため息をついた。本当にどうにかしてほしい。この兄妹。幼稚園の頃からほぼ毎日続く定番の〝演劇〟上演。やれやれ。

 オレはこんな迷惑なお隣さんを見捨て「はぁー」とため息を吐きながら、一人で先に水沢川(みずさわがわ)へとすたすた歩き出した。

「傷宿題の……石? ……あっ」

「でも。なんで朝から川に行くんだ?」

 オレは追いついた二人へ疑問をぶつける。そう。なんでこんな所に連れ出されて来たのか。単なるお散歩だったらソッコー帰るぞ。

「だって舞、早く勇ちゃんに会いたかったんだもん。早朝デート」

 これもすぐに帰りたくなる理由だな。

 オレはもう一度ため息を吐くと、来た道の方を見た。

「舞。お兄ちゃんの前で変なことを言うな。理科の宿題で川原の石について観察するから来たんだろう」

 これは聞く価値がある。と、いうか。

「宿題の……石? ……あっ」

 そういえば。たしかにそんなような宿題が出ていた気がする。そうだ。連絡ノートに赤ペンで書いた。

「あー。勇ちゃん、忘れてたでしょ? もぉ、やっぱり舞が居ないとダメなんだから」

「別に舞がいてもいなくても連絡ノートを見れば分かる事だ」

「いいの。舞はこれからも勇ちゃんのそばで色々教えてあげるから」

「別にオレは舞から教えてもらうような事は何も無い。オレの方がアタマ良いし、第一、お前から教えてもらいたいモノなんてこの世の中で一つも無い」

「もー.勇ちゃんのイジワルッ」

 オレの発言をお気に召さなかったのか舞はほっぺたをぷーっとふくらませると、一人でさっさと川の方へと行ってしまった。

「勇聖。舞に意地悪を言うな」

「本当のことを言っただけじゃないですか」

「可哀想だろう」

「それなら可哀想な事を言われるような発言をしないよう、妹さんに言い聞かせてください」

「言って分からないヤツはバンジーに繋ぐ」

 はあ。これ以上は言ってもムダだな。仕方ない。

 オレはしぶしぶ舞を追いかけ「一人で石拾いなんぞするのも面倒くさいし、しょーがないから一緒に石拾いをやってやる」と言った。すると彼女は先ほどのご機嫌ナナメを一気に解消し「そうこなくっちゃ」とニコニコしながらオレの手を引っ張り、川原へ駆け出した。

「それじゃさっそく。石拾いしよ~」

 土手を下り、川原へやってくると舞は上機嫌でしゃがみ込む。そして手当たり次第に石を拾い始めた。

「この石。すごくカワイイ」

 砂の上に転がっている石を手に取りながら舞は喜んでいる。まったく子どもだな。

「ここは、もう下流だから丸っこくてすべすべしている石ばかりだな」

「へぇ。勇ちゃんて物知り~」

「授業でやっただろう」

「舞、全然知らなかったよ」

 知らなかったって。その実物を次の授業で観察するから、こうして採取しに来てるんだろーが。

 なんだか石を拾う前から疲れた。本当に舞にはつき合いきれない。オレは一緒に石拾いをする気がかなり失せた。

 やってられない。そんな気持ちを抱え一人、顔を上げ、ここの景色へ視線を移した。

 関東平野に流れる大きな川の源流の一つの水沢川。今日は晴れているから川の水は青く、所々で白波が立っていた。川幅およそ五〇メートル。川向こうには剥がれ落ちそうな黄土色の土と岩肌をさらした絶壁が見える。かなりさびしい景色だ。

 歩いてきた川原の方も一面砂と石だらけ。冬だから草一本と生えていない。枯れたススキの残骸みたいな雑草が、川の本線から外れた水溜りに浸かっていたりもする。

 真冬の寒さに加えて見た目も本当に寂しい。風情を感じるとも思えない。

「寒々しい場所だな」

 そして遠くの風景から今度は間近の方へ視線を移す。

「……水が黒い」

 足元から少しだけ離れた川の水が溜まっている場所で目が留まった。川は空の色を反射しているから青っぽく見えている。でも水際は違っていた。そこは濁っている。それに変な臭い、何かがくさったような臭いもしている。

 そういえば授業でも、もう少し下流の家が密集している住宅地周辺 of 川は、未だ下水整備がされていないとかで生活排水がそのままこの水沢川へ流れ込んでいる、と担任が言ってたな。ここは田舎だから人口が都会と比べたら少ない。それが理由で大きな公害にはならないと言って、なかなか設備が整わないらしいけど。でも洗濯排水の泡が立っていたり、ねばねばした水になってる汚い場所もあると授業で教えていた。

 さらにここよりもっと山の方は工場地帯があり、そこから工業排水が川へ流れ込んでくる。一時期、そこから何の処理もされていない汚水が流されたって、新聞に書かれた事があった。今は一応洗浄されてはいるらしいけど。魚が住めるかと言ったら……。少なくともオレが魚だったら、そんな水の中で泳ぐのは遠慮したい。

「どうしたんだよ勇聖」

 川や魚に同情していると。遅れてきた隆司さんがオレの隣に立った。

「お子サマは宿題をちゃんとしなくちゃダメだろー」

 オレの態度にやる気が見られなかったのか、隆司さんが代わりにその場へとしゃがみ込む。そして妹と同じように足元の小石を手に取り始めた。

「別にサボっていた訳じゃ……」

 なんとなく言い訳のような事を言ってみた。が、隆司さんは拾った石の中から小さいものを選ぶと、立ち上がり川へ向かって手首のスナップを利かせ水切りを始めた。

「隆司さんの関心も妹さんの手伝いって訳じゃないみたいですね」

「勇聖。宿題ってのは自分の力でやることに意義があるんだぞ。それに大人はもう宿題をしなくて良いんだ」

「大人……」

 この人だって高校生、まだ十七歳じゃないのか。っていうか、隆司さん自身、自分が未成年だって認識、ちゃんとあるのか? しばらく前に十八歳で成人って話になったけど。高校二年生は十六歳か十七歳……まさか、勉強が壊滅的に出来なさ過ぎて実は〝留年〟しちゃってる憐れな人なのか? そんな情報は聞いていないけど。

「ねーねー勇ちゃん」

 近所のお兄さんは〝本当はとても心配しなくちゃならない人〟なのかも、と思っていると。その妹である舞もオレ達の方へ寄ってきた。しかもまた不機嫌な表情をさせている。

「どうしたんだ。お前も石拾いじゃなくて石投げでもしたいのか」

「ちがうよ。なんだか……変な臭いがするの。気持ち悪いよう」

 彼女はものすごく不快感を抱いている顔をした。

「たしかにさっきオレも感じた」

 この辺りを見回した時に、川の汚さと周りに漂う変な臭いを感じていた。でも気持ち悪くなるほどじゃない。今も舞に言われて思い出したくらいだ。鼻が慣れたからか?

「どうした、舞」

「お兄ちゃん、変な臭いがしない?」

「変な? あーでも今、俺は風邪気味だからな。鼻がつまっててよくわからねーな」

「えーっ。絶対するもん。それに石拾いしてた時、川の水が溜まっている所があったんだけど。そこに居たお魚さんが……死んでたの」

「死んで……?」

「うん。こっち」

 舞に案内されそこへ向かうと、川の澱みに嵌(はま)ったメダカ位の小魚たちが、十匹くらい浮かんでいた。

「お魚さんがかわいそうだよ」

 舞は表情をさらに曇らせた。

「こんな汚れた水を流し続けなければならない川そのものもかわいそうだな」

 川は山から水を流し、人間が住む場所へと下ってくる。こんなど田舎であっても、それなりに人が住んでいるし、下水整備が行き届いていないとその分の生活排水が流される。もうここら辺までくると、汚れきっている水の川になっている。

「俺がガキの頃は、ここも今より数倍きれいだったのにな。透き通った小さい魚が群れで水草やコケなんかをつっついていたっけ」

 そういえばここ二、三年の間で、オレの家の周辺も住宅が増えてきた。田舎でも宅地開発が進めば、当然、その分の生活排水が川へと流される。

「うーん。やっぱり何か臭うな」

 始めに石探しで立った場所よりここは臭いが強い気がする。そばにいた隆司さんも「何かクサくないか」と鼻をつまんだ。オレもこの周りからする変な臭いに限界がきそうだ。この匂いは卵の腐ったような……硫黄の臭いに近い。水質汚染で変なガスが発生してるんじゃないだろうな。かなり鼻につく。

「よく見ると水際の苔も腐ってるっ」

 舞の見ている方には水に浸っている植物が全て茶色くなり腐っていた。枯れた雑草が浮いているのか。それとも水のせいで腐って枯れたのか。

「これ、シャレにならない臭さだ。舞、それ以上近づくな。下がってろ」

 さっきまでふざけた感じで鼻をつまんでいた隆司さんも、真面目な顔になって、舞をかばうように妹の腕を引っぱった。たしかにこんな所に居たら、オレ達の体もどうにかなりそうだ。

「舞、隆司さん。ここから離れませんか」

 ずっと留まっていたら頭痛や吐き気がしそうだ。オレも少し頭が痛くなってきたぞ。


「そうですよ。ここには長居は無用です」


 三人、その場で臭いにさらされていると。後ろから、突然、若い男の声が聞こえてきた。

「誰?」

 振り返るとそこには、冬なのになぜか年季の入った茶色の麦わら帽子をかぶり、竹で出来た釣ざおと赤いプラスチックのバケツを持った若い男の人が立っていた。

「釣り人……?」

 オレも首をかしげた。でもこんな真冬の朝に麦わら帽子の人っていうのはどうんだ。この人は背が高くて、一見、アイドルにいそうな優しい顔立ちをしている。けれど優しい、というよりはものすごくひ弱そう、と言う方が的を射ている。

「誰だ? アンタ」

 隆司さんもおもいきり、いぶかしそうな表情をさせて言った。けれど男の人はニコニコと笑顔のままだった。そしてオレたちに向かって元気よく質問に答えてくれた。

「ボクは、全国キャッチアンドリリースでお魚さんと接しようの会、の名誉会長の香川亮(かがわりょう)です」

 ……。

 やっぱりこの人に関わらない方がいいのかも知れない。

「あ、あのう。もしかして、お魚マニアさんか何かですか?」

 舞も戸惑いながら香川と名乗った人を見た。

「いいえ。ボクはただ純粋に、魚と接していきたいと考えている者です」

 悪意の無い微笑みで彼は答えた。たしかにこの人自身が純粋そうで悪人とは正反対に見えるけど。でも不審者にはかわりない。

「で。そんな純粋に魚と接したい人が何の用でここに来たんだ? この川は見ての通りの有様だ。魚に会えるかどうか分からない所だぜ」

 警戒心が思い切り口調で現れている隆司さんに、それでもひ弱そうな若い男はおびえる様子もなく「えぇ。たしかにアナタの言う通り。この川、ひどい有様ですね。それでもボクが旅をして回った中ではまだマシな方ですけど」と、答えた。隆司さんの顔、けっこう怖い表情だぞ。この人、顔に似合わず、案外、度胸はあるのか? それに旅って? プー太郎か、こいつは。いよいよもって怪しいな。

「もっと汚い所があるの?」

 しかしその言葉に対して、舞は意外そうな顔で香川さんのほうを見た。

「はい。トウキョウ湾、トネ川の河口。他にも多くの川が水質汚染で苦しんでいます。そしてそこに棲む生き物たちも」

「川が苦しむ?」

 今度はオレも思わず聞き返してしまった。たしかにこんな汚れた水を流し続けていれば、水中生物はもちろん、川自体も苦しいと感じるかもしれない。まあ、水の流れに意思があるとは思えないけど。でもそんなふうに思ってしまう。

「勿論です。水だって、魚だって、コケだって、プランクトンだってみんな生きてます。歌にもあるじゃないですか。♪ぼ~くらはみんなっい~っきているぅ~って」

「たしかに言う通りだな。歌になってる」

 隆司さんは歌詞を思い返すような仕草をすると一人納得したようだった。さらに香川さんは「ここもきっとそのうち〝川の神様〟の怒りにふれますよ」と、常識に反する……いわゆる非常識な発言をした。

『川の神?』

 オレ達三人は目をまんまるくして、香川さんを見た。この人。いよいよ、本当にヤバい感じになってきたぞ。神とか言い出してきちゃったし。だ、大丈夫なのか。

「川には必ずそこを守る神がいます。そして人間達が勝手に自然の摂理を……すなわち元々あった自然の流れ、循環を崩すと、その守り神が神罰を下すんです」

「そ、そうなのかっ!」

 再び隆司さんだけが真に受け驚愕する。オレには動揺までしているようにも見えるぞ。

 でもオレにとって香川さんの話はかなり胡散臭く聞こえる。大体、神なんてものは、それこそ本の中のおとぎ話や物語だけにしてもらいたい。大体〝神話〟や〝伝説〟は、本で読んでも、くだらないことばかりしか書かれていない。天国だの地獄だの、それは神様とやらの都合で出来た世界観だし。神を信じたら天国、信じないと地獄。単純すぎるだろう、そんな話。だからジャンルとして好きじゃない。しかも、それを本気で存在するとかいう非科学的な人。科学的な証拠を持ってきてもらいたい。まったく証拠不十分な相手をあがめたり拝んだり。それを本気でやっているヤツも間が抜けている。むしろ心配にならないのか? 絶対にいる、ならともかく。居るか居ないか分からないヤツなんかの話を真に受けて。その話を信じてとっしんするなんて。本当に神とやらが言ったっていう証拠もないし。そんな存在はUMAと同じんだぞ。そしてUMAはロマンがあるけど、神なんてものはそれを利用して人をだましたり、人を不幸に仕立てて、それを救うのが神ですよ、という手段に使っているフシがある。そんな危険をはらんでいる相手を持ち出してくるなんて。

 まったく。そんな事を言い出す香川さんにしろ、自称〝もう大人〟の隆司さんにしろ、いい大人のくせに、それを気づかないなんて。心が情けないな。

「香川さん。オレ、そういう話は嫌いです。神だの神罰だのって冗談じゃない。そんな奴らがいるなら見見せてもらいたい。そしてすべては子供騙しのインチキなら余所でお願いします」

 こういう怪しい奴にはきっぱり言わないとな。子供と思ってあなどられるのは心外だ。

「えーえー。そ、そんな」

 香川さんはオレの言葉にあわてふためく。やっぱり見た目通りの虚弱な人だな。と思うや否や、彼はいきなりしゃがみ込み「うぅ。せっかく教えてあげたのに~。ひどいですー。ボクもういいですぅ」といじけてしまった。

 や、やっぱり、変な人だ。絶対におかしい。この人。

 が。

「ゆ、勇ちゃんっ。ちょっと言いすぎよ。あっ、のの字書いてるわよっ。のの字!」

 ……。

 何なんだろう。オレはこんな状況についていけなかった。この人、一応オレより年上なんだろうか。いいや、ちゃんと小学校、卒業出来たのか?

「はぁ。まったく」

 今日、ため息、何回目だろう。それも吐(つ)き過ぎると疲れてくるな。

 その時。

 ゴゴゴォォォーッ。

 まさに一瞬。何の前ぶれも無く、突如、川の方から大きな水の帯が立ち上った。

「なんだよっあれはっ」

「こっちにくるーーっ」

 舞の言うとおり、いきなりオレ達の方へ水の帯が向かってきた。それはまるで。

「龍だっ」

 水で出来ている龍だった。って、ちょっとまさか。こ、これっ。さっき香川さんが言ってた神罰かっ。そ、それにしたってこんな汚い水を被るなんてオレはごめんだっ!

 しかし逃げる間もなく。

「ゴボッ」

 オレ達は呆気なく水に飲み込まれてしまった。

「――っ」

 声も出せないまま、だんだんと意識が遠のいていく。